「吉良、雛森たちを頼んだ。こいつは俺と檜佐木さんでなんとかする」
「……分かったよ」
雛森を抱きかかえる吉良は、彼女の他にも倒れている者達を治療するためにアヨンの前から去っていく。
そんな吉良の動きに僅かにアヨンが反応したように体を揺らすが、その瞬間にアヨンの気を引くため、焰真と檜佐木がアヨンの視線上へと移動した。
「檜佐木さん、俺が先行します。なので援護を」
「ああ、気を抜くなよ」
「はいっ! 卍解―――『
先輩死神たる檜佐木の言葉を受けた焰真は、次の瞬間には死覇装が変化した着物ではない黒装束に身を包み込んだ。
本日二度目の卍解。今まで倒した虚の霊力が上乗せされるという斬魄刀の能力であるが、言い換えれば卍解した本人の限界以上の力が身体に宿るという訳であるからして、上乗せした状態を長時間維持するのは焰真の体に負担がかかる。
そのため、必要でない時は卍解を解いて体力を温存しているのだ。
空座町に四番隊は居ない。卯ノ花と勇音も、今は虚圏へ一護たちの応援へと他の隊長格と一緒に向かっているハズだ。
故に、吉良のような現役の四番隊でない者も、この場においては貴重な人材なのだった。
だが、回復要員が必要となるのはあくまで負傷した者が現れた時に限る。
つまり、
(速攻で……斬る!!)
こちらが傷を負う間もなく倒せば、それだけで済む。
焰真が星煉剣を構えて動き出した。同時にアヨンも、目障りな羽虫が動いたために叩き落さんと剛腕を突き出してくる。
一拍遅れて鳴り響く空気が破裂するような音。
それだけのパワーを有していた拳であるが、肝心の焰真を捉えられた様子はなく、次の瞬間にアヨンの腕にらせん状の刀傷が刻まれ、そこから血飛沫が辺りに舞う。
「おおおおおっ!!」
焰真はアヨンの腕をズタズタに斬りつけた後、すでに背後で次なる攻撃への備えを整えていた。
山の様な巨体を有すアヨンは、通用する斬撃を加えるだけでも一苦労。
しかし、焰真の目にこれから迫る苦労への悲観など微塵も感じられはしない。
背後に焰真が居ると気配で察したのか、アヨンは斬りつけられた腕とは逆の腕で裏拳のように腕を振るう。
速度も威力も凶悪。だが、幸いなことに攻撃の軌道を読むことは至って簡単。
アヨンの攻撃に反応さえできれば、事前に瞬歩でその場から離れるだけで攻撃は避けられる。
アヨンの裏拳をとんぼ返りの如く宙がえりで回避した焰真は、隙を窺って突進する。
迫るアヨンの巨躯に恐れることなく、すれ違いざまに肩口に刃を喰い込ませた。
「お、らぁぁあっ!!!」
鋼皮、肉、骨と刃を阻む頑丈な壁に対し、焰真は柄を握る手に全身全霊の力を込め、半ば無理やり断ち切る形でアヨンの肩口を大きく抉るように斬り裂いた。
舞う血飛沫も尋常ではない量であり、みるみるうちに焰真には血化粧が施されていく。
生温い血液に晒されることも厭わず着実にアヨンへ傷を刻んだ焰真―――しかし、肩に垂れかかっている長い鬣の一部が裂ける。
(目!?)
血走った眼が焰真の姿を捉えた。
さらに、眼前に霊圧が収束し、至近距離で彼に虚閃を直撃させるではないか。
ただの虚閃であれば、一発や二発程度なんてことはない。しかし、虚閃の勢いで後方へ吹き飛ばされた焰真を、アヨンはズタズタに斬りつけられた手で握って見せた。
「オッ……」
そのままもう片方の手も用いて握り、焰真への拘束を強めるアヨンは、鬣に隠れていた目と巨大な口腔を晒す。
そして、握る焰真をビルに叩きつけた。
「オッ、オッ、オッ」
何度も何度も何度も。
ビルが崩壊し、瓦礫の山と化した場所めがけて何度も叩きつける。
「オッ、オッ、オッ」
自身の腕や肩に傷をつけた死神を殺さんと何度も叩きつけている内に、瓦礫の山さえも衝撃と風圧で消えていき、最終的にはコンクリートの地面に叩きつける形となっていた。
アヨンの手には血が尾を引いている。
それが焰真のものであれば、すでに絶命しているハズの出血量だ。
「オッ、オッ、オッ……?」
だが、ようやく違和感に気が付いたアヨンが叩きつけることを止め、ゆっくりと腕を掲げる。なんと、両手の指先がスッパリと斬り落とされて、握り潰そうとしていた焰真の姿はなくなっているではないか。
「オッ、オオオオオオオ……!!」
「おい」
自身の指がなくなったことへの痛みからの悲鳴か、はたまた憤怒の雄叫びか。
どちらかかも分からぬ声を上げるアヨンを前に、晴れていく土煙の中で五体満足の焰真が、黒衣についた埃を手で払っていた。
「気……済んだか?」
「オオオオオオオオオオオ!!!」
―――『済むはずがない』という意かもしれない。
アヨンが咆哮を上げつつ、指先を斬り落とされた腕を振り落とし、焰真を今度こそ叩き潰そうとする。
一方、焰真は機を見計らって跳躍し、振り落とされたアヨンの腕に足をつけた。
「るぁあああ!!!」
人を殺すしか考えられぬ物の怪以上の雄叫びを上げ、星煉剣の刀身をアヨンの腕に深々と突き立てる焰真。そのまま焰真が腕を駆け上っていけば、当然突き立てられた刃はアヨンの肉を、骨を斬り裂いていく。
焰真が肩口まで上り詰めた時には、アヨンの腕は骨が見えるほど肉を斬り開かれていた。最後に刃が振り抜かれれば、噴水の如き血が迸り、辺りを血の海へと変貌させる。
最早、一方の腕は使い物にならないだろうというほどに損傷した。
しかし、まだ一本ある。
今度は明確な怒りを滲ませた咆哮を上げ、アヨンは肩口辺りでとどまっている焰真へ巨大化させた腕―――“
「オオオオオッ!!!」
「らぁ!!!」
だが、今度は跳躍と共に真正面から横に一閃された。
大きく開いた掌―――その上半分を斬り落とされる。
それでもまだアヨンの焰真への執念は潰えておらず、残った体の部位を総動員させ、自身の体を切り刻む死神を追う。
次の瞬間、アヨンの視界が暗闇に鎖された。
「オ……?」
「目をもらったぞ!」
「っしゃおらぃ!!」
アヨンからは窺うことはできないが、たった今焰真に執心であったアヨンが傍を通り過ぎた二名の死神が、アヨンの後方に佇んでいた。
共に斬魄刀を構える檜佐木と射場の二人だ。
アヨンが焰真に気を引かれている間、援護のタイミングを見計らっていた二人が、その時が来たと目を斬魄刀で斬りつけたのだ。
だが、射場は先ほどまで焰真たちとは共に居なかった。
狛村と共に、弓親が守護していた柱の場所へ向かっていたハズ……そんな彼らがこの場に居ることは、つまり、
「狛村隊長ぉ!! 今です!!」
「おおお! 卍解―――『
射場の声に応じ、轟音を響かせ参上する狛村、そして鎧を纏った武者。
アヨンほどもある刀を構える鎧武者は、狛村の動きに連動して刀を振りかざす。
「でやあああッ!!!」
「オッ……―――オオオオオオォォォォ!!!」
斬撃と共に巻き起こる旋風。
それを肌身で感じ取り、本能で斬撃に対し腕を盾に防ごうとするアヨン。しかし、狛村の洗練された太刀筋、刀の鋭さ、そして鎧武者の大質量を前にすればアヨンの筋肉の鎧も意味を為さない。
受け止められたのは一瞬。元より、焰真に体をズタズタに斬りつけられてことも相まって、受け止められるだけの力を維持することはできず、一瞬の拮抗の後にアヨンは真っ二つに叩き斬られた。
ただの肉塊となり、断面からは血がとめどなく溢れ出すアヨン。
その二つに分かたれた体の間に佇んでいた焰真は、静かに星煉剣を振るい、辺りに浄化の炎を灯した。
破面の腕から創生された化け物であるアヨンだが、効果はあったのか、次第に死肉と化した巨体も血の海も少しずつ消えていく。
「―――来るか!」
『お、らァ!!!』
勇ましい雄叫びを上げながら焰真に飛び掛かる三つの人影。
それは、アヨンを生み出すことで隻腕となったハリベルの従属官であった。腕の断面から血が溢れているのも構わず、ハリベルの忠誠心のままに敵へ飛び掛かる姿は、敵ながら天晴と言えるものだ。
だがしかし、だからと手を抜く焰真ではない。
青白い炎の尾を引かせてその場から離脱し、三人の襲撃を掻い潜る。
「逃がすかよッ!」
「
「ぐぉ!?」
「アパッチ!」
すぐさま焰真を追おうと顔を上げたアパッチであったが、狛村の天譴によって召喚された鎧武者の手が握る刀がアパッチを斬りつけ、彼女を数メートルほど弾き飛ばす。
そんな彼女を心配する声を上げるミラ・ローズであったが、今度は射場が彼女へ斬魄刀を振り下したのを皮切りに、彼らの剣戟が始まった。
「はぁ!」
その間、唯一焰真に追いつくことができたスンスンは、長い袖の陰から蛇を伸ばし、焰真に食らいつかせようとする。
剣でも拳でもない不規則な動きの攻撃に、やや慣れぬ様子で対処していた焰真ではあったが、数秒も戦っていれば順応した様子で、突き出された蛇の首を星煉剣で斬り落としてみせた。
『くっ!』と歯噛みするスンスン。
その瞬間、焰真の背後に光の柱を振りかぶっている死神の姿が目に入った。
「縛道の六十二『
「っ! しまった……!」
投擲され、途中で無数に分裂する光の柱を避けようとしたスンスンであったが、帰刃することにより胴体が長くなっていたことが祟り、数本ほどスンスンの体に百歩欄干が命中し、地面に縫い留められてしまった。
動けなくなることにスンスンは焦る。
なんとか抜け出そうとした彼女であったが、何か手を打つよりも早く、スンスンの目の前に現れた焰真が、青白い炎を纏わせた刃で彼女に袈裟斬りを加えた。
深々と体を切り裂く刃。
それもあるが、何より体に引火する浄化の炎が彼女に想像を絶する苦痛をもたらした。
「あああああっ!! は……ハリ、ベ、ル……さまァ……! 申し訳―――」
炎に包まれて倒れたスンスン。最後に主の名を告げた彼女の姿は、炎が消える頃、すでにその場から消えてなくなっていた。
「スンスゥン!! てめえ、ちくしょうがあああっ!!」
普段は険悪なムードを漂わせているミラ・ローズも、この時ばかりは同じハリベルに忠誠を尽くす仲間として、彼女の消失に死神への憤怒を燃え上がらせる。
その意気は切り結んでいた射場を膂力だけで弾き飛ばすほどであり、歯が砕けんばかりに歯を食いしばった彼女は、仇討ちのために焰真へ吶喊していく。
「させるか!!」
死に物狂いのミラ・ローズの様相に、射場の応援に駆け付けた檜佐木が彼女の腕に風死の鎖を巻きつけ、動きを止めようとする。
だが、それだけではミラ・ローズ決死の吶喊を止めることは叶わず、檜佐木はその場から大きく離れてしまうほどに引っ張られてしまう。
「邪魔するんじゃねえええ!!!」
「ぐっ!? 破道の十一……『
「がっ!?」
それでも檜佐木には意地があった。
ミラ・ローズが仲間を倒され憤るように、檜佐木もまた仲間を倒されて憤っていた。その怒りはミラ・ローズに負けてはいないと、彼自身自負している。
「てめえだけが怒ってると思ったら大間違いだっ!」
これ以上仲間を傷つけさせるにはいかない―――そう強く思う檜佐木は、腕に絡めている鎖に綴雷電で電撃を流し、ミラ・ローズの動きを一瞬止めてみせた。
その一瞬を突き、この場で誰よりも静かに激しく憤る焰真がミラ・ローズの眼前に現れる。
彼が星煉剣を構えた瞬間、ミラ・ローズは電撃で痺れている体を気力だけで動かし、手に握る大剣を振るう。
「死ねえええっ!」
「はああああっ!」
「ぐっ……げほっ!!?」
身の丈ほどもある大剣で焰真を斬ろうとしたミラ・ローズであったが、刃が彼に届くよりも前に、焰真の鋭い刺突が大剣の刀身を貫いた挙句、ミラ・ローズの胸に深々と突き刺さる。
それに伴い、ミラ・ローズは大剣を振るうことを許されなくなった。
血反吐を吐き、怨嗟の眼差しを大剣越しにミラ・ローズ。
「舐めてんじゃ……ねえ!」
しかし、彼女は何もせず死を待つ獣などではない。
大剣での攻撃ができなくなったと知るや否や、すぐさま大剣の柄から手を放し、空いた手に霊圧を収束させ、虚閃を放たんとするではないか。
「―――“
爆ぜたのは青白い炎。
ミラ・ローズの胸に突き立てられている星煉剣の刀身から、爆発と見間違うほどの勢いもある爆炎が二人を中心に広がる。
「あっ……がっ……!!」
膨大な浄化の炎は、ミラ・ローズが虚閃を放つよりも前に彼女を浄化し尽くした。
浄化の際の激痛に脱力したミラ・ローズの体は地面に向かい一直線に落下するが、地面に激突する直前で、彼女の体は尸魂界へと送られる。
こうして最後に残ったのは、狛村の天譴の直撃を喰らい、瀕死になっているアパッチのみとなった。
焰真が瞬歩で倒れるアパッチの目の前に赴けば、戦意をこれっぽっちも失っていない瞳を浮かべる彼女が、ペッと唾を吐いてくる。
しかし、満身創痍に加えて焰真の顔面目掛けて吐いた唾は、ある程度の高さまで上がったところで弧を描くように落下を始め、アパッチ自身にかかった。
「はぁ……はぁ……くそっ!」
「ここまでだ、破面」
「いい気になってんじゃねえぞ死神ィ……! あたしたちを倒してもな……てめえらはどう足掻いてもハリベル様に勝てやしねえんだよ!」
「……」
「へ、へへっ……地獄で待ってるぜ……クソ死神がよォ!!」
「……そうか」
呪詛を吐き終え、最後に主への申し訳ないような顔を浮かべたアパッチ。
そんな彼女に淡々と焰真は炎をくべた。
パッと燃え、サッと消えていく。その刹那的で幻想的な光景は、花が散る様に―――そして命が散る様によく似ていた。
炎と共にアパッチが消えた後、卍解を解いて斬魄刀を鞘に納める焰真。
彼の顔には、敵を倒した達成感も、呪詛を吐かれた苛立ちも、まるで敵を殺してしまったかのような感傷も宿ってはいない。
「安心しろ……すぐに
また自身の力が高まる。
それに伴い、この戦いを早く終わらせんとする決意がより固まっていくのだった。
***
「ふぅ~、やれやれ。皆頑張ってるねぇ」
ふぅ、と一息吐く京楽。
少しずれた笠を被りなおす彼は、真下に倒れている二人の破面を一瞥した。
どちらもバラガンの従属官である破面―――ジオ=ヴェガとニルゲ・パルドゥックだ。京楽がバラガンの相手をしようとした時に立ちはだかった敵だが、結果だけを言えば京楽がなんなく勝利した。
速さが取り柄のジオ=ヴェガも、京楽の間合いの違う二刀流に苦戦させられた挙句、業を煮やした『
「さ・て・と……それじゃあ、次は君が相手してくれるのかい?」
「……ふん」
部下を倒され、自身の顔に泥を塗られたバラガンは、顔色は変えないものの放つ霊圧に唯ならない怒気を含ませ、腰かけていた玉座の肘掛の先を握り潰しつつ立ち上がる。
すると、彼はそのまま玉座に手を突っ込み、どこからともなく現れた柄と共に収められていた巨大な両刃の斧を取り出した。
「蟻が……調子に乗りおって」
「そんなつもりは全然ないさ。ただ、強そうな君を見てると、実際のところ十刃じゃ何番目かってのは気になるよねェ」
「……何を言うかと思えば」
呆れたように息を吐くバラガン。
次の瞬間、彼の姿が消えるのを目の当たりにした京楽は、反射的にその場から離れる。
すると、いつの間にか京楽の眼前に迫っていたバラガンの振るう斧が彼の被っている笠に掠り、勢い余って笠が脱げてしまう。
「っとォ! 危ない危ない。いやはや、ご老体なのに速いね」
「ふん、その余裕がいつ崩れるか見物だな」
「いやァ、これが余裕に見えるなら間違いさ。これでも随分焦ってる方だよ」
「つかみどころのない男だ。確かに、ジオとニルゲがやられるのも已む無しか。だが……」
威圧感の塊とも言えるバラガン。その一挙手一投足に畏怖を感じさせる彼が、京楽に手を翳し、掌を上に向けてみせる。
まるで、貴様の命など自分の掌の上だと言わんばかりに。
「儂の前では如何なる事柄も小さい事に過ぎん。貴様の気にする数字とやらも、儂にとっては取るに足らんものだ」
「……成程ね」
バラガンの物言いから並々ならぬ自信を感じ取った京楽。
その溢れ出る自信は、単なる傲りか、はたまた格上だろうと格下であろうと勝てるという己の実力への自負か。京楽は後者と捉えた。
ならば、十刃の強さの序列の参考になる番号も気にし過ぎるのも良くないだろう―――そう結論付けるや否や、京楽は斬魄刀を構えて唱える。
「花風紊れて花神啼き、天風紊れて天魔嗤う―――『
尸魂界に二振りしかない二刀一対の斬魄刀の一つ、『花天狂骨』。
青龍刀を思わせる形状へと変容した刀を構える京楽は、底知れぬ悍ましさを漂わせる大帝に挑む。
***
舞うように刺す。
踊るように斬る。
そんな剣舞をどれだけ繰り広げたであろうか。
一進一退の攻防を繰り広げる砕蜂とハリベルは、互いに慎重に戦いを進めていた。戦いは膠着状態に近い。どちらかが斬魄刀の解放なりしなければ、状況は変わらないだろう。
ハリベルの帰刃の情報は、当然のように砕蜂には渡っていない。
故に彼女は、易々と『
二撃同じ個所を突き刺せば、問答無用で相手を殺す―――それが砕蜂の雀蜂の最たる能力“弐撃決殺”。
だが、その強力な雀蜂のデメリットとして、雀蜂の形状が手に装着するガントレットのように変容するため、刀剣と比べるとリーチが極端に短くなってしまう。
白打を織り交ぜるならばリーチの長短など些細な問題だが、当のハリベルに通常の白打は通らない。寧ろ、砕蜂にダメージが返るばかりだ。
(しかし、延々とこの千日手な戦いを続けるつもりも毛頭ない)
ガキン! と刃を弾かせる甲高い音を響かせ、砕蜂は後退した。
彼女に息の乱れは一つもなく、上着が顔の下半分を覆っているハリベルも、息を切らした様子は窺えない。
「どうした、貴様の力はその程度か?」
「安い挑発だな」
「挑発? 馬鹿を言え。貴様の底をたった今知っただけだ」
「底……か」
徐に上着のファスナーに手をかける。
開かれた上着が風に靡かせられれば、乳房の内側に刻まれた『3』の文字が砕蜂の眼に映った。
(3!)
「まだ私の底を貴様に見せた覚えはないぞ」
「ほう……では見せてみろ」
「お望みとあらばな」
あえて砕蜂の挑発に乗る形でハリベルは斬魄刀を構える。彼女もまた、この膠着状態を打開したかったのだろう。
そのために手っ取り早いのは帰刃。
真の姿へと回帰し、圧倒的な力で敵を叩き潰す―――ハリベルが考えた策略はこうだった。
「討て―――『
逆さに斬魄刀を構えたハリベルを、どこからともなくわき出した水が覆い隠していく。
二枚貝を思わせる水の殻は、やがて巻貝のように渦巻くが、突如としてそれは縦に一閃され弾け飛んだ。
そして水の中から現れたハリベル。
外見にさほど変化はなく、顔の下半分を覆っていた仮面がなくなり、体の各所に鎧が着いた露出度の高い煽情的な姿へと変わっているだけだ。
刀身に空洞があった斬魄刀は、鮫の頭部を思わせる大剣へと変貌し、帰刃前よりもリーチが上がっていることが分かる。
だが、取り回しの関係上インファイトでは自分に分があるというのが砕蜂の見立てであった。
砕蜂はハリベルをじっくりと観察し、攻撃に備える。
すると、やおらハリベルは大剣を振りかざし、
「ッ! なんッ……だと……!?」
一閃。
驚愕する砕蜂。彼女の体は、どこからともなく放たれた斬撃で右半身を斬り落とされてしまったのだ。
断面を更に肉面からは夥しい量の血が溢れ出し、砕蜂の瞳は虚ろなものへと変貌し、彼女の小さい体は地面に向けて落下する。
「……他愛ないな」
護廷十三隊最速もこの程度。
落胆にも感情が湧き上がったハリベルだが、すぐさま視線はスタークと戦っている焰真の方へと向けられる。
他にも彼女の従属官たちと戦った死神は居るが、全員にトドメを刺したのは他ならない彼だ。
他の破面とは違い仲間意識の強いハリベルにとって、亡き従属官の部下の仇討ちとして、焰真は倒さなければならない相手として心に刻まれていた。
「次は貴様だ。三人の仇は討たせてもらうぞ」
司る死の形は“犠牲”。
犠牲失くして生きられぬ残酷な世界の中、彼女は犠牲となった三人のために戦う。たとえ敗北し死ぬことになろうとも、それはハリベルにとって本望だ。
犠牲になった者達のために戦い、また自分も誰かの犠牲となって死んでいく。それが彼女の生き方。
犠牲に殉ずるため、いざ焰真の下へ赴かんと歩を踏み出したハリベル。
だが、虫の知らせにも似た予感を感じ取ったハリベルは振り返り―――迫りくる砕蜂の姿を目の当たりにする。
「尽敵螫殺―――『雀蜂』!!」
隊長羽織もいつの間にか脱ぎ、背中がさらけ出している刑戦装束を身に纏った彼女は、始解する。そんな彼女に対しハリベルはすぐさま大剣を振るう。
反応し切れない速度ではない。防御もまだ十分間に合う、と。
しかし次の瞬間、砕蜂の両肩から霊圧が爆ぜた。
「―――
「なッ!?」
砕蜂の背中から霊圧の翼のようなものが噴き出すと同時に、彼女の刺突の速度が急激に上昇し、盾代わりに構えようとした大剣を雀蜂に纏う鬼道の炸裂で強引に弾き、彼女の左腕に雀蜂が突き刺さる。
確かに刻まれる“蜂紋華”。
加えて、瞬閧によって直撃した部位が炸裂したことにより、ハリベルは激しく弾き飛ばされる。
なんとか途中で立て直す彼女であったが、唐突な砕蜂の変化には眉を顰めずには居られない。
だが、一番の疑問は何故砕蜂が生きているかだ。
「……どういう事だ」
「隠密歩法“四楓”の参『空蝉』。貴様が斬ったと錯覚したのは私の残像だ」
「……成程」
先ほど砕蜂が墜落していった場所に目を向ければ、右袖が斬り落とされた隊長羽織だけが落ちているではないか。
相手に倒したと思わせるほどの残像を見せる瞬歩『空蝉』。夜一を師事していた砕蜂が使えない道理はない。
その空蝉で自分を倒したと油断させたところで相手に接近。そして、隠し玉の瞬閧で虚をつく。
「詰みだな、破面」
「一撃を与えただけでもう勝った気か」
「そうだ。“弐撃決殺”……私の雀蜂の能力だ。その蜂紋華にもう一度雀蜂が当たれば、貴様は死ぬ。どうだ、単純な話だろう」
「……ああ、そうだな。これから私が貴様の攻撃を受けなければ済む話だ」
「見え透いた強がりはよせ。無様を上塗りするだけだぞ」
「強がりかどうか……戦えば分かる」
たった一撃が命取り。
だが、その程度のことは戦場に立った時点でハリベルは覚悟していた。たとえ、相手の能力によって死ぬことになろうとも、斬撃の一発で死ぬことも所詮同じ。
取り乱すことでもなく、ハリベルの心は波紋の一つも経たぬ水面のように穏やかであった。
しかし、砕蜂はそうではない。
「……私の」
「?」
「私の隊長羽織は、夜一様から継いだものだ……」
「……誰だ」
「貴様のせいでその羽織もダメになった! そのツケ、貴様の命で払ってもらうぞ!!」
「だから誰だと訊いている」
「問答無用!! 征くぞ!!」
要するに、言いがかりである。
砕蜂の敬愛する主、四楓院夜一。
そんな彼女も身に纏ったことのある隊長羽織は、主君と和解した今となっては家宝同然の代物。それを敵の隙を突くためとは言えダメにしてしまった。無論、後で拾って大事にしまうつもりであるものの、砕蜂にとっては綻び一つつけられただけでも大事だ。着られないほどに切り裂かれたのであれば尚更である。
烈火の如く怒る砕蜂。
対して、波立たぬ水面の如く冷静なハリベル。
ある意味対照的な二人の戦いもまた、激しさを増していくのだった。