「劫火大炮!!」
青白い炎による大文字がスタークに襲い掛かるが、それを彼は拳銃から放つ虚閃で消し飛ばす。
直後に背後から海燕が捩花を横に一閃してきたものの、これも容易く回避する。
スタークは、お返しと言わんばかりに海燕目掛け虚閃を放つが、海燕もこれを紙一重で回避した。
その間に肉迫していた焰真が斬撃を繰り出そうとするが、スタークが近づかせまいともう片方の拳銃で虚閃を連射。視界を追い尽くす虚閃の嵐を前に、回避では拙いと焰真は“灯篭流し”での防御に移る。
「チッ!」
中々攻撃を与えさせてくれないスタークに舌打ちと共に歯噛みする焰真は、一旦態勢を整えるために海燕の隣に移動した。
「中々強いですよ」
「だな。はァ~、浮竹隊長の双魚理だったらこの手合いには有利に立ち回れたんだろうがよ……」
敵の攻撃を吸収し、速度や圧力を調整して反射する斬魄刀『双魚理』。
今はもう護廷隊を引退した浮竹が所持する斬魄刀であるが、霊圧を用いた遠距離攻撃には滅法強い。
ここに彼が居ないのが惜しまれるが、海燕もそれがないものねだりであると理解しているのか、『まあ、それは置いといてだ』と話を変える。
「オメーは卍解しねえのか、芥火」
「俺ですか? いや、ちょっと……」
「今更出し惜しみするもんでもねーだろ」
「そうじゃなくて、破面を浄化し過ぎて浄化不良が……」
「消化不良みてえに言ってんじゃねえよ。なんだそのニュアンス。伝わらねえよ」
本日四人も破面を浄化した焰真だが、浄化して増える霊力に反し、まだ焰真の魂魄が増加分の霊力に慣れていなかった。
倒した虚の霊力を我が物とする煉華、及び星煉剣。魂魄限界と呼ばれる魂魄の成長限界がある中、理論上は上限なく霊力を上げられるシンプルかつ強力な能力だが、そのプロセスに本来毒である虚の霊圧を浄化するという工程があるため、浄化・吸収にはそれなりの時間を要するのだ。
「つまり、もうちょい慣らしの時間が必要なんです」
「そうか……」
「そういう海燕さんはしないんですか?」
卍解、と最後に紡ぐ焰真。
やや揶揄うような口振りだった彼に対し、海燕は『気が早ェーよ』とぶっきらぼうに答える。
「野郎、かなり手練れだ。急いては事を仕損じる、っつーしな。端から手の内明かすのは下策だろうよ」
「そうですね」
「そうですね、ってお前……返事が適当じゃねえか?」
「適当っていうか、意識が
「じゃあ話振ってんじゃねえよ……!」
副官にプルプル震えて怒りを滲ませる海燕だが、今言った通り焰真の意識はスタークに向いているため、上官の怒りが焰真に届くことはなかった。もっとも、届いていたとしてもさほど気にはしないだろうが。
「ったく! とんだ副隊長だぜ……俺が副隊長の頃はもっとよー……」
「懐かしいもんですね、あんたが副隊長の頃も。でも、俺はその頃のあんたの背中を追って副隊長やってるつもりですよ」
「……俺もそこまで隊長に生意気なつもりはなかったんだが」
「頼りにされたいって意味です」
「はっ! やっぱりオメーは生意気だ」
昔を思い出す二人。副隊長と一隊士から始まった関係であり、もっと遡れば死神と流魂街の一住民からだ。
それが今となっては隊長と副隊長の関係。時間の流れを感じずには居られない。
横に佇む焰真を横目に、昔はもっと素直だったとかかわいげがあったとか考える海燕だが、それは他ならぬ焰真の成長故だ。
愛情とは裏腹の小憎らしさを覚えるため、素直に成長を喜べこそしないものの、それまでに築き上げられた信頼に関しては一片の曇りもない。
「御託はこのくらいにして仕掛けるぞ」
「はい」
刹那、二人の姿が消える。
眼にも止まらぬ速さの瞬歩で仕掛けてくる二人に対し、スタークは淡々とそれぞれの銃口を彼らへ向けて虚閃を撃つ。
その攻撃範囲から反撃は愚か回避さえも容易ではない虚閃の攻撃。
しかし、焰真たちも何も学習していない訳ではない。スタークの握る拳銃は、銃のジャンルでは比較的取り回しが利く種類だ。だが、縦横無尽に動き回る二つの対象を狙い続けるのは、拳銃の担い手の精神力や集中力を恐ろしい速度で削っていく。
「随分と息が合ってるな」
見事な阿吽の呼吸。
素直な称賛を投げかけ、虚閃を撃ち続けるスターク。
着実に、それでいて確実にスタークに二人は近づいていた。一方で、近づけば近づくほどスタークの狙いをつける動きも小さいもので済む。
ここからが正念場―――両者にとって。
「煉華!」
「捩花!」
ここで仕掛けたのは焰真と海燕だった。
各々の斬魄刀に纏う炎と水をスタークに放ち、両側から彼の視界を潰す。スタークを直接狙ったものではなく、明らかに視界を覆うために広範囲に拡散するように放たれた炎と水により、スタークは一度虚閃をやめ、探査神経を全開にする。
「そこか」
体感では一瞬。
それだけの時間の間に二人の位置を突き止めたスタークが、頭上目掛けて虚閃を撃った―――が、
「おぉらァ!!」
「!」
頭上に現れた海燕が、捩花に纏わせた激流で強引に虚閃を弾いて突破する。
そして、あろうことか海燕の背後に構えていた焰真が、海燕ごと焼き尽くさんばかりの炎を煉華から放った。
「
「浄めろ、煉華ェ!」
流石に味方を巻き込んでの攻撃は予想していなかったのか、スタークは反応が一瞬遅れ、海燕ごと巻き込んで燃え盛る煉華の炎を僅かに喰らう。
「っとォ……急にらしくねえ真似すんじゃねえか」
仲間意識が強いとばかり思っていた二人に対し、向ける目を変えようとしたスターク。
だが、すぐに炎の中から何事もなかったかのような顔で、虚閃を強引に弾いた際に負傷した手を水滴でも落とすかのように振っている海燕の姿に、考えを改める。
「俺にしか喰らわねえ、ってことかい」
強ち間違いではない。
焰真の斬魄刀の始解と卍解の違いは、浄化できる対象の多さだ。始解の場合、虚とその延長線上にある破面を浄化できる。一方で、卍解は整の魂魄だろうと死神であろうと浄化できる。
仮に、始解の状態で死神に炎を当てたとすれば、喰らった当人からすれば青白い光に包まれただけにしか感じ得ず、これといったダメージを追うことはない。
故に、卍解を控えていた今だったからこそ、焰真は海燕ごと浄化の炎でスタークを焼かんとしていたのだ。
「手応えはどうだ?」
「掠っただけですね。やっぱり、直接斬るか刺すかしないと……」
「おいおい、頼むぜ。ま、野郎を驚かせてやれたから及第点にしといてやる」
「どうも。じゃあ次は満点取れるよう頑張ります」
「できんのか?」
「やります。これでも霊術院時代じゃ筆記は取れてた方ですから」
「そりゃ頼もしいぜ」
軽口を叩き合っていた二人をじっと観察していたスターク。
息もピッタリ。それぞれの腕も立つ。相手が弱ければ延々と流すこともできたが、どうやら自分の僅かな望みは叶いそうにないと、スタークは深いため息を吐いた。
そんな時、快活な声を海燕が上げるではないか。
「おーい」
「……?」
「そういや名前訊いてなかったと思ってよ。俺は十三番隊隊長、志波海燕だ。こっちのは……さっき聞いたろ?」
「今更自己紹介なんざ、どういう訳だい?」
「どうもこうも、戦り合ってる相手の名前も知らねえのは気持ちが悪くってな」
「……そうかい」
あっけらかんとした物言いと裏もなさそうな面持ちから、特に深い意図はないと判断したスターク。
徐に左手の手袋を脱ぎ捨てた彼は、彼の手の甲を目の当たりにして目を見開く二人へこう言い放つ。
「
「? そりゃあどういう……」
「何はともあれ、だ。他の奴らの戦いが終わるまでフラフラ逃げ回りたかったが、あんたらみたいな強い奴らとダラダラ戦うのは気が張り詰めて堪らねえ。だから……」
今日何度目かもわからない動き。
虚閃を二人へ放つため、霊圧を銃身の中に収束させていくスターク。
その光景に咄嗟に身構える二人であったが、どうも気色が違うことに気が付き、ハッと目を見開いた。
しかし、もう遅い。
「とっとと終わらせてもらう。―――“
焰真と海燕の視界が虚閃の嵐に覆い尽くされた。
***
「―――“
一方その頃、アルトゥロと戦っていた日番谷は、霊圧の翼を羽ばたかせて悠々と舞っているアルトゥロ目掛けて無数の巨大な氷柱を繰り出した。
「舐めるな」
たかが氷と侮った者を貫く鋭利な氷柱を、アルトゥロは構えなしで放つ虚弾で撃ち落とす。砕かれた氷の破片が日光を反射して幻想的な光景を生み出すものの、そんな光景に目を奪われることなく死闘は続く。
「“
瞬歩で肉迫する日番谷が、氷の斬撃をアルトゥロに放つ。
これを響転で上空へなんなく回避する彼であったが、続けざまに日番谷は斬魄刀を頭上に振り上げた。
「“
氷が意思を持った竜のように、刀身からアルトゥロへと伸びていく。
その氷が伸びていく速度は目を見張るものがあり、響転で一撃目を回避したアルトゥロに追いつかんばかりであった。
「―――虚閃」
しかし、回避が難しいと悟ったアルトゥロが、氷など一瞬の内に消し飛ぶほどの虚閃を放ち、技を無力化するのみならず日番谷への反撃をしてみせた。
眼前に迫る灰色の閃光に、すぐさま瞬歩で回避した日番谷。頬には汗が滴っており、大紅蓮氷輪丸かた迸る冷気でみるみるうちに凍り付いては、激しい動きで温まっている体温で融ける。
「ちっ……!」
「どうした? 卍解とはいっても所詮はその程度か」
安い挑発―――などではなく、アルトゥロの視線は日番谷の背後で一枚散った氷の花弁を捉えていた。
「まあ、未完成の卍解ではそれが限界か」
「何を言ってやがる。まだてめえに俺の力の全てを見せたつもりはねえぜ」
「見る価値もない、と言ったら?」
「嫌でも見せてやるよ」
ガシャリと音を立て、切っ先をアルトゥロに向ける日番谷であったが、状況は芳しいものではなかった。
大紅蓮氷輪丸の際、彼の背後に浮かぶ氷の花弁は卍解を維持できる制限時間だ。
それは彼の卍解が未完成であるが故、氷雪系最強と謳われる氷輪丸の強大な力から彼自身を守るために設けられたもの。
時間が来れば、否応なしに卍解は解ける―――否、
(奴を仕留めるにはアレが……だが)
限りある時間の中、格上と認めざるを得ない相手を倒す手段を思い浮かべる日番谷。
しかし、幾ら己の力に驕る相手であろうと、日番谷に一発逆転の攻勢に出る余裕を与えてくれるか―――それだけが不安要素であった。
しかし、幸いにも天秤は日番谷へと傾く。
「轟け―――『
「っ、狛村か!」
アルトゥロに巨大な鎧武者の腕に握られる刀を振るい牽制して現れたのは、七番隊隊長の狛村。
傷つき倒れた雛森たちを副官・射場と檜佐木に任せ、苦戦している日番谷の下へ駆けつけてきた。
「日番谷隊長、助太刀する!!」
「悪いな、狛村」
「他の隊長が来たか……まあいい。一人だけの相手は飽き飽きしていたところだ」
加勢されたところで自身の優位は揺るがない。そう言わんばかりの不遜な物言いに、武人肌である狛村は彼の傲慢に不快感を露わにするが、視線で訴えかける日番谷に気が付いた。
「狛村、頼みがある。俺が奴を葬る技を仕掛ける準備をする……その時間を稼いでくれ」
「時間は?」
「一分もあれば十分だ」
「……相分かった!」
日番谷の頼みを聞き入れ、狛村はアルトゥロに臆することなく突撃する。
「卍解―――『
狛村の声に応じ、参上する巨大な鎧武者があまりに大きい刀をアルトゥロに振るった。
「ほう……! 近くで見れば尚更巨大に感じる……だが!」
感嘆するように声を漏らすアルトゥロ。
斬撃の軌道から逃げる様子も見せない彼は、なんとそのまま斬撃を真正面から受け止めようと斬魄刀を構えたではないか。
そして激突する両者の刃。流石に単純な力比べでは鎧武者が勝ったのか、空中で堪えようとしたアルトゥロは刀諸共地面に叩きつけられる。
轟音と共に舞う砂煙。
自然に晴れていくのかと思いきや、とある一点にだけ旋風が通り過ぎたように砂煙が払いのけられれば、そこには足下に蜘蛛の巣を思わせる巨大な罅を刻みながらも、二本足で立ち続けて鎧武者の刀を受け止めるアルトゥロの姿があった。
「所詮はこの程度だ!」
「むぅん!?」
「はァ!」
アルトゥロの背中から翼のように放たれる霊圧が勢いを増せば、今度は鎧武者が押し負け、それに呼応して狛村の体勢も崩れる。
その機を逃さずアルトゥロが鎧武者目掛けて虚閃を放てば、山のような巨体に似合わぬ速さで動く鎧武者が掌を突き出し、虚閃を受け止めて見せた。
「流石に硬いな! だが、そのデカブツが貴様に連動して動いているのならば、貴様を狙えばどうなる!?」
すると、今度は狛村に狙いが定まった。
響転で鎧武者の反撃を掻い潜ったアルトゥロが、術者たる狛村の目の前に肉迫し、技も何も関係ない蹴りを狛村の腹部へ叩き込んだ。
「がはっ!」
苦悶の声を上げた後方へ倒れていく狛村。
それに伴って彼の背後に佇む鎧武者も倒れていく様に、アルトゥロはご満悦な笑みを浮かべる。
だがしかし、突然倒れる動きが止まった狛村が、油断していたアルトゥロの顔面に手甲を着けた拳で殴り飛ばした。
「なっ……!?」
困惑するアルトゥロ。ダメージ自体は皆無と言って等しいが、理解できぬ現象に目を見開いている。
そして沸々と沸き上がる激情に顔が歪む一方で、冷静な思考のままに狛村を今一度観察した。
狛村に特段変わった様子は見られない。しかしよく見れば、狛村に連動して動いている鎧武者がビルに手をかけている様が目に入った。
「成程……貴様の代わりにデカブツが支えに手をかけたという訳か」
「儂を侮ったな、破面」
「ふん、侮るのも仕方なのない話だろうに。貴様ら地虫と私の力では、有り余る力の差が―――」
そこまで口にし、アルトゥロは異変に気が付く。
不意に空を見上げれば、先ほどまで快晴であったはずの町の空に暗雲が立ち込め、今にでも何かが降り出してきそうな様相を描いていた。
「なんだ……これは?」
「“天相従臨”」
アルトゥロの誰に投げかけた訳でもない問いに答えたのは、切っ先を空に掲げる日番谷だった。
そんな彼に怪訝な眼差しを向けるアルトゥロに対し、日番谷は淡々と続ける。
「氷輪丸の基本能力の一つであり、同時に最も強大な天候を操る能力だ」
「天候だと? はんっ、何かと思えば……」
「……本当ならもう少し花弁が散ってからじゃなきゃ制御が難しいんだが、加減のいらねえてめえなら、寧ろ今でちょうどいい」
天候を変えるだけの能力と侮るアルトゥロに対し、日番谷は深呼吸をして精神統一する。
次の瞬間、厚い暗雲が立ち込めていた空に巨大な穴が穿たれた。アルトゥロの頭上―――真上だ。
それだけでは何をするのかもわからないアルトゥロは悠々と空を見上げているが、次第に降り注いでくる白い欠片の数々に眉を顰める。
「雪……」
「―――“
ある者からすれば、目を奪われる雪が舞う儚い光景。
だが、舞い散る雪の一つがアルトゥロの肩に触れた瞬間、人の頭部一つ分ほどの巨大な氷の華が咲く。
「!?」
「“氷天百華葬”。その雪に触れた者には瞬時に華のように凍り付く。百輪の華が咲き終える頃には……てめえの命は消えている」
アルトゥロが対処しようと動き始めた頃にはもう遅く、彼の体の表面には無数の氷の華が重なるように咲き乱れていた。
そんな宙に浮かぶ氷の華の塊を、地面から着々と山のように積もり咲いていた氷の華が覆い尽くし、とうとうアルトゥロの姿は見えなくなる。
「油断が命取りだったな」
辛酸を舐めさせられた前回の戦いの雪辱を遂げた日番谷。
踵を返した彼の背後にそびえ立つ氷の華の中央―――気泡が混ざり白く染まる氷の奥のアルトゥロの姿は窺えない。
***
各地での戦いが白熱する中、帰刃したハリベルと砕蜂の戦いもまた激しさを増す一方であった。
雀蜂のリーチの短さを、瞬閧による攻撃力向上によって白打を攻撃手段に加えることで補う砕蜂。
一方でハリベルは、もう一度左腕の蜂紋華が刻まれた部分に雀蜂を喰らえば問答無用で死ぬとだけあって、必死の抗戦を繰り広げる。
「“
迫りくる砕蜂に、水の弾丸を大剣から撃ち出す。
それを隠密起動の名に恥じぬ瞬歩で回避する砕蜂だが、そう易々と接近を許すハズもないハリベルが今度は、大剣に霊圧を収束させ、横薙ぎに振るって虚閃を放つ。
扇状に放たれる虚閃の範囲は広く、防御手段に乏しい砕蜂はやむを得ず回避に専念した。
そんな砕蜂に対するハリベルが取る手段は、攻めの一手だ。
攻撃こそ最大の防御。そう言わんばかりに、ハリベルは大剣を空に掲げ、勢いよく砕蜂目掛けて振り下ろす。
「“
「!」
町を飲み尽くす膨大な瀑布の如き水流が、砕蜂目掛けて繰り出される。
攻撃の余波は凄まじく、水流が直撃した家屋は勿論のこと、周囲に建っていた建物すらも津波のように流れ来る水流に呑み込まれ、次々に崩れ去っていく。
「―――見えているぞ」
波に呑まれて崩壊していく街並みを見下ろしていたハリベルは、いつの間にやら背後に回り込んでいた砕蜂に反応し、しゃがみ込んで彼女の回し蹴りを避ける。
戦いの序盤では回避するまでもなかった白打だが、瞬閧を発動しているならば話は別だ。
先ほどの一撃で砕蜂の白打が脅威足り得ると判断したハリベルは、いかに防ぐかではなく、いかに避けるかに思考が傾倒していた。
一撃一撃が炸裂する攻撃に対して防御を取るのは余りにも拙い。ハリベル自身、己の鋼皮の霊圧硬度は把握しているため、どの程度での攻撃で破られるかも予想は付いている。
「これはどうだ」
故に、いかに近づかせないかがハリベルの主な攻撃となる。
先ほど同様、大剣に霊圧を収束させるハリベルに対し、砕蜂はまた虚閃かと身構える。
だが、大剣が振るわれると同時に雨粒のように無数に放たれる霊圧の弾丸―――虚弾に目を見開いた。
「甘いっ!」
虚閃の二十倍の速度を誇る虚弾。それがばらまかれるように放たれたのだから、弾幕は常人であれば回避できぬほどに厚くなる。
しかしここに居るのは隠密起動の長。最小限の動きで虚弾の嵐を躱し、したり顔を浮かべて余裕をかます。
「どうした、攻撃に繊細さが欠けてきたな」
「……」
「応じる余裕さえないか……まあいい。ならば冥途の土産に目に入れるといい」
「っ!」
刹那、砕蜂の体が無数に分かれた。
「分身か……」
「そうだ。どれが本物か、貴様の目には捉えられんだろう」
「……幾ら姿が増えたように見えたところで、貴様の本体は一つ。私のすることは変わらない」
目にも止まらぬ速さの瞬歩を扱える砕蜂だからこそできる芸当―――分身。
十数人ほどに分かれたように見える砕蜂の姿を前に、動揺した素振りも見せないハリベルは、揺るがず、臆さず、凛とした佇まいを崩さずに剣を構えた。
静寂が辺りを支配する。
一つの町の中で戦っている他の者達の音も、今はずっと遠い場所で行われていると錯覚するほど、両者は相手のみに神経を尖らせていた。
永遠に続くかと思う一瞬が過ぎ、ハリベルの構えた大剣の鋒から水滴が零れ落ちた瞬間、両者は刮目する。
「……来い!」
「征くぞ!!」
砕蜂が分身と共にハリベルに肉迫する。
その多数の分身も、所詮は彼女が高速で移動することによって見える残像に過ぎない。
しかし、残像であるにも拘らず砕蜂の分身は四方八方からハリベルへと襲い掛かろうとする。
凄まじい―――単純に敵を称賛する旨を心の中で唱え、ハリベルは迫りくる分身を次々に叩き斬っていく。
(上!)
“戦雫”で穿った砕蜂が消える。
―――違う。
(右!)
大剣を振るい虚閃を放ったが、それに呑み込まれた砕蜂の姿は掻き消えた。
―――違う、分身だ。
(左!)
空いている左手で迫りくる砕蜂に虚弾を放つ。直撃を喰らい、大きく弓なりに体を反らす砕蜂であるが、この彼女もまた景色に溶け込むように消えた。
―――また分身。
(下!)
複数体の砕蜂が迫る眼下に“断瀑”を放ち、一蹴した。
激流が過ぎ去った後、どこにも砕蜂の姿は窺えない。
―――これも……。
(もらった!!!)
背後。
がら空きの背後から、ハリベルを狙う砕蜂が姿を現した。暗殺を担う隠密起動らしい場所からの襲撃に対し、ただならぬ集中力から汗を金色の髪の先から滴らせるハリベルが振り向く。
流石の反応だと舌を巻く砕蜂であったが、すでに雀蜂の切っ先はハリベルの左腕―――蜂紋華に届く間合いだ。傷口に重なれば、裏から刺しても効果は発揮する雀蜂。この間合いでは、鈍重な大剣を掲げているハリベルでは自身を攻撃することはできないと、砕蜂はほくそ笑んだ。
勝ちを掴んだ―――そう確信した時だった。
ハリベルが自身の左腕を斬り落としたのは。
「なん……だとっ!?」
突進の勢いのまま、斬り落とされた左腕を貫き、“弐撃決殺”の効果があって霧散するハリベルの腕であったが、当のハリベルは蜂紋華を刻まれていた体の部位を斬り離したために“弐撃決殺”の影響は受けず健在。
しかも、ここ一番の勝負所で身を投げ出しすぐには体勢を整えられない速度で突撃した砕蜂のすぐ後ろをとる形となった。
血飛沫が二人の間で舞う中、今度は砕蜂の左腕が宙を舞う。
「っ……ぐぅ!?」
「これで……対等になった訳だ」
“トライデント”―――霧状の斬撃を放つ技が、砕蜂の腕を斬り飛ばした。
共に左腕を失い、露わになった断面から血を滴らせる両者の額には脂汗が浮かばせる。それでも痛みに悲鳴を上げないところは、両者の精神力の賜物と言えよう。
「ハッ……ハッ……やってくれる……!」
「犠牲無くば……貴様を討ち取れないと断じた……」
もう一撃雀蜂を喰らえば死に至る傷。それを抱えたハリベルは、左腕を勝利を掴むための必要な犠牲として、砕蜂に反撃する機会を得るための囮として使ったのだった。
だが、そうであっても己の左腕を斬り落とすことは並大抵の精神力ではできない。
この砕蜂へ加えた反撃は、他でもないハリベルの覚悟の強さが生み出した結果であった。
「さて……仕切り直しだ」
「っ……!」
藍染の傀儡。
そうとしか破面を認識していなかった砕蜂も、ようやく彼らに死神に劣らぬ覚悟があると理解する。
しかし、その犠牲として失ったものは余りにも大きかった。
***
振るわれる斧が京楽の立っていた電柱を砕き割る。
咄嗟に回避する京楽の額には玉のような汗が浮かんでおり、これまでの彼とバラガンの戦いの激しさを周りへ知らしめんばかりであった。
「っとォ、危ない。いやァ~、強いね。速いしパワーもある。正直に言うけど、思っていた以上だよ。凄いねェ」
「蟻の称賛を受けたところで儂が気を良くするとでも思うたか?」
「蟻って……」
余りにも下に見られていることに苦笑しているが、京楽の思考は別の所に向いていた。
ここまでバラガンと剣戟とも言えぬ斬り合いを繰り広げていた京楽であったが、どの方向からの斬撃もバラガンに命中する直前で勢いが衰え、その隙に彼に防がれたのだ。
異質過ぎる力だ。元柳斎の圧倒的な力とも違う、肌が粟立つような寒気を覚える力。
下らない会話でバラガンの力の正体を推測するための時間を稼ぐ京楽であったが、そんな彼の目論見を見通したバラガンが鼻を鳴らす。
「ふんっ。儂の能力がどういうものか判断がつかずに迷っておるのじゃろう」
「……」
「教えてやろう。十刃にはそれぞれ司る死の形がある。それは人間が死に至る要因であり、十刃それぞれの能力であり思想であり存在理由でもある」
「成程ねェ。じゃあ、君のは一体なんなんだろね」
「儂の司る死の形……それは“老い”だ」
「“老い”……?」
「そう。“老い”とは“時間”。最も強大で最も絶対的な、あらゆる存在の前に立ち塞がる死の形だ」
そこまで語られ、京楽は合点がいった。
自身の斬撃の全てがバラガンに届く前に動きが緩やかになったのは、その老いの力とやらで勢いを衰えさせられたのだ、と。
「そう……丁寧に説明してくれてありがとう。能力の正体が知れたなら僕も戦い易くなるってもんだよ」
「戦い易くなる? 随分と烏滸がましいことを言うな、死神。貴様が知ったのはあくまで上っ面。真の意味で貴様が“老い”を―――死を理解することなどはできん」
斧を構えるバラガン。その様は死神の如くおどろおどろしく、京楽の生ける者としての本能に恐怖を与える。
「貴様との戯れもここまでだ、隊長格。朽ちろ―――『
バラガンの構える斧に埋め込まれる目玉。そこから溢れ出る漆黒の霊圧がバラガンを包み込んでいく。
さらには目、鼻、耳といったありとあらゆる体の穴からも霊圧が溢れ出し、バラガンの姿は見えなくなった。
重く、冷たい空気が辺りを支配する。
呼吸するのも憚られるほどの重圧。霊圧ともまた違った雰囲気に、京楽は得も言われぬ悪寒を覚え、花天狂骨を構える。
「……漸くお出ましだね」
黒い帳のような霊圧が晴れ、現れたのは黒いコートを身に纏う王冠を被った髑髏だった。
スタークやハリベルとは違い、かなり外見が変化した帰刃。感じる霊圧の質も相まって、根源的な恐怖を刺激する姿形と言えよう。
それでも長年の経験で落ち着き払った京楽は、バラガンは勿論、周囲の変化も含めて様子を見る。
「!」
真っ先に目に入ったのは、崩れ落ちていく建物の屋根の光景だった。
バラガンの足下を中心に、ただ足が触れただけにも拘らず崩れ去っていく建物の数々は、まるでその場だけ時間が早送りされているように見えるようだ。
不味い、あれに触れてはいけない。京楽の脳が危険信号を訴え、反射的に距離をとろうと彼が動き出した瞬間、バラガンの剥き出しの髑髏の顎が開かれる。
「“
黒い波動が放たれる。
途轍もない速度で広がる波動に呑み込まれた建築物の数々は、みるみるうちに朽ち、崩れ去って塵へと化す。
「ちょ……ちょっと待った!! こんな技ズルじゃないの!?」
“死の息吹”から瞬歩で逃げる京楽は、辺りの建物を朽ち果てさせていく光景にゾッとしつつ、一心不乱に逃げ場を探す。
だが、予想以上に速度の速い“死の息吹”に京楽の逃げ場はどんどん狭まっていく。
「あっ、こりゃダメだ」
突如、余りにも軽い口調で悟った京楽が、羽織っていた女物の羽織を脱ぎ捨てる。
そうして脱がれた羽織がバラガンの京楽を捉える視線上に重なった時、“死の息吹”が京楽の逃げ回っていた建物の屋根に到達した。
風に流され何処とも分からぬ場所へ漂っていく羽織。
「フム……骨も残らず塵になったか」
“死の息吹”が通り過ぎた建物は最早原型を留めておらず、そこには京楽の死体も残ってはいなかった。
「フフフ……フハハハハ! 脆弱、脆弱、余りにも脆弱よ!」
高らかに笑う大帝。
その強大過ぎる力を有した大帝の高笑いが響く中、京楽の形見である羽織は、悠々と町の空を漂うのであった。