BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*72 ゲリラ・マスカレード

 日番谷の体から氷が散るように剥がれていく。

 

「―――はぁ……!」

「大丈夫か、日番谷隊長」

「ああ、なんとかな」

 

 厳しい戦いだったが、と付け加える日番谷の顔には疲労がありありと浮かんでいる。

 未完成の卍解を操るのはこれほどまでに体を酷使するものなのだと、日番谷は否応ないに実感せざるを得ない。

 

 そんな彼であるが、他の戦っている者達の応援に向かわんと踵を返した。

 後に控えている藍染との戦いに万全を期すためにも、できる限り敵は減らしておかなければならない。

 始解で戦えば次に卍解できるまでの霊力は回復するだろうと踏む日番谷は、そのままあちこちで爆ぜる霊圧の激突を肌身で感じ取った。

 

―――バキッ。

 

「ッ……!?」

 

 激戦の音に乗って聞こえてきた亀裂の入る音。

 あり得ない―――思わず表情を強張らせた日番谷と共に、狛村も視線を向ける先には、“氷天百華葬”によって築き上げられた氷の華の山がそびえ立っている。

 その氷山が今、バラバラと氷の華を砕け散らせて崩壊し始めていた。

 

「嘘……だろ……!?」

「……なんと」

 

 氷山にみるみる広がっていく亀裂。

 途端にそこから赤黒い霊圧が噴き出せば、一気に氷山の罅が急速に広がっていき、崩壊の速度も上昇していく。

 そして、とうとう爆発するように氷山が砕け散り、中から巨大な霊圧の翼を広げるアルトゥロが姿を現した。

 

「―――倒した、とでも思ったか?」

 

 嘲笑うように薄氷が白装束に纏わりついたアルトゥロが言い放つ。

 

「甘い……甘い、甘い、甘い甘い甘いッ! この程度で私を倒せるとは、随分思い上がったものだ死神!!」

 

 アルトゥロは、“氷天百華葬”の雪に完全に覆われる直前、己の体の周りに薄く霊圧の翼を覆わせるように展開していた。

 触れることで花開く氷の華。それが躱す場所がないほどに降り注ぐ訳であって、一見回避することなど不可能のように思える。

 だが、予め自身の周囲に壁を一枚でも隔てていれば、直接の氷結は防げるといった逃げ道があった。無論、それでも次々に花開き積み上がる氷山に閉じ込められるが、それを突破する力があれば何の問題もない。

 

「どうだ? 絶望したか」

「ッ……わざと喰らってやったって言いてえのか」

「そうだっ! 貴様と私の圧倒的なまでの力の差を思い知らせるためにな!」

 

 苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべる日番谷に対し、愉悦に浸るアルトゥロが凶悪な笑みを浮かべてみせる。

 アルトゥロほどの力があれば、一度技を完全に受けるまでに他に逃げようはあった。

 それにも拘らず彼が避けなかったのは、自身の力を誇示することに他ならない。

 

「……その慢心が命取りになるぜ」

「クハハハハッ!! 慢心せずして何が王か!!」

 

 アルトゥロの顔が狂気に歪むのと同時に、羽ばたかせている霊圧の翼もまた歪に揺れる。

 

「ましてや、地虫に油断しない者が何処に居る!」

「!」

 

 まさしく暴君。過信ではなく、真っ当に己の力を把握した上での余裕の佇まいを崩さぬアルトゥロの虚閃が、日番谷と狛村目掛けて放たれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ほお」

 

 煙が立ち上る銃口にフッと息をかけたスタークが、感嘆の声を漏らした。

 

「今ので生きてるとはね」

 

 視線の先に佇む二つの人影―――焰真と海燕。

 怒涛の虚閃の連射“無限装弾虚閃”を回避しようと試みた彼らだったが、結果的に全てを避け切ることは叶わず、数発喰らった模様だ。

 死覇装の所々が煤けており、露わになっている体表からは血が流れている。

 回避のために瞬歩を多用したこともあり、彼らは息も絶え絶えとなりながらスタークを睨んでいた。

 

「はぁ……はぁ……あんなの反則技だろ……」

「ちくしょう、スカした面しやがって……!」

 

 焰真、海燕と続いてスタークの力に対する呪詛のような言葉を、口に含んでいた血と共に吐き捨てる。

 

「いよいよ卍解しなきゃきつくなってきましたね……」

「そうだな。こうなりゃ一気に……ん? なんだ、ありゃあ?」

「? ……あれは!」

 

 卍解することも念頭に置き始めた二人であったが、異変に気が付いた。

 遠く―――彼らから遠く離れた場所に、距離感がおかしくなるほどの巨大な黒腔が開かれる。

 そこから歩み出てきたのは、王冠のを思わせる仮面の名残を額につけた破面と、どこかで見た事のあるような瞳の巨大な化け物。

 

「あの時の……!」

 

 焰真の脳裏に過ったのは、尸魂界で藍染たちが謀反を起こした際、隊長格に囲まれた彼らが撤退に用いた黒腔から覗いた得体のしれない化け物の瞳。今回、黒腔から身を乗り出した化け物の瞳は、その時の瞳とほぼ一致していたのだ。

 どこが顔かもわからぬ巨体を有す化け物―――フーラーは、体の一部分に孔を開いた。

 

「なっ……!」

 

 するとフーラーが、たった今開いた穴―――否、口から息を吐きだした。

 息とは言っても、最下級大虚を遥かに上回る巨体の口から吐き出された息だ。その勢いは凄まじいものであり、息が吐かれた先にあった藍染たちを囲む炎の城郭を、文字通り一息に掻き消していく。

 

 それはつまり、最悪の敵の出現を意味する。

 

「―――厭な匂いやなァ。相変わらず」

「同感だな」

「“死の匂い”てのは、こういうのを言うてんやろね」

「結構なことじゃないか。死の匂いこそ……―――この光景に相応しい」

 

 死神の死覇装と対になるかのような白装束を身に纏う三人の死神。

 数多の血が流れ、死屍累々の様相を描いている町を見下ろす藍染たちは、不敵な笑みを浮かべて姿を現した。

 

「藍、染……!」

 

 焰真は歯軋りをし、複雑な心の様相を表すような表情で藍染を見上げる。

 

 最悪の状況とはこのことかもしれない。十刃の頭四人は未だ誰一人として倒れず、一方で護廷十三隊は数名の負傷者を出している。今戦っている者は目の前の敵を相手するだけで手いっぱい。そこへ藍染たちが加わるともなれば、護廷十三隊側が劣勢を強いられるのは目に見えて明らかであった。

 

 自然と焰真の柄を握る手に力が込められる。

 例え劣勢を強いられようと、彼に諦めるという選択肢はない。

 

 だが、彼の意志に反して護廷十三隊の一部に終わりを悟るかのような陰鬱な空気が流れる。

 その空気は次第に戦域全てに伝播し、否応なしに護廷十三隊の士気を下げていく。

 

 

 

 

 

「―――待てや」

 

 

 

 

 

 だが、そこへストップをかける者達が。

 

「久し振りやなァ、藍染」

 

 因縁の相手が現れた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 “仮面の軍勢(ヴァイザード)”。彼らはかつて護廷十三隊の死神であったが、藍染の策謀によって虚化実験の犠牲となったことで四十六室に処分の裁定が下されたものの、浦原、夜一、鉄裁たちによって現世へ逃れた者達だ。

 息を潜めること百余年。淡々と藍染への反撃を目論んでいた彼らは、今回の藍染の謀反を機に一護へ虚化の制御を教えるなど暗躍していた。

 しかし、こうして藍染が現世侵攻を開始したともなれば、最早身を隠すこともない。

 

「ほな」

 

 元五番隊隊長・平子真子の声を合図に、仮面の軍勢の面々は象徴たる虚の仮面を被り、フーラーが生み出した数十体にもなる最下級大虚へと向かい、次々に倒していく。

 一体一体は隊長に及ばないものの、数が揃えば柱の防衛もしなければならない死神たちにとっては脅威たりえる最下級大虚が圧倒され、即殺されていく様は、最早爽快感さえ覚える光景だ。

 

「……凄ェ」

 

 感嘆するように焰真は一人呟いた。

 

 虚の力も使いよう。正しい使い方をすれば人を救えることは焰真自身よく分かっていたつもりだった。

 だが、いざ自分以外が虚の力を用いている姿には、新鮮という感想を抱かずには居られない。

 

 そう仮面の軍勢の戦いぶりに感心するのも束の間、ペストマスクを彷彿とさせる仮面を被った長い金髪を靡かせる男性が、焰真たちのすぐ傍に現れる。

 

「やあ、初めましてだね」

「……十三番隊副隊長、芥火焰真です」

「自己紹介ありがとう。僕は鳳橋(おおとりばし)楼十郎(ろうじゅうろう)。気軽にローズと呼んでくれていいよ」

 

 キザったくウインクを決める鳳橋楼十郎改めローズは、彼をどこかで見たことがあると言わんばかりに目を見開く海燕に対しても『よろしく』と気さくに声をかける。

 そのような海燕に焰真は問う。

 

「知り合いですか?」

「一方的に顔を知ってるぐらいだな」

「……なら十分ですね」

「ああ、違ェねえ」

 

 百年前から護廷十三隊に身を置いている海燕にとって、当時からしてみれば新任の隊長とは言え、三番隊隊長を勤めていたローズの顔は覚えていた。

 同時にそれは、海燕に心強い味方の加勢を実感させる。

 焰真のように何も知らない隊士からしてみれば、突然参入してきた仮面の軍勢は敵か味方もわからないイレギュラーな存在。

 しかし、海燕のように当時の隊長格たちであったと知っている者たちからすれば、単純に隊長格数名が合流したと考えることができ、虚圏へ一護たちの応援に赴いた隊長格たちの空いた穴を埋める存在であると信頼も確信もできよう。

 

「さぁ、共に奏でよう。彼らの鎮魂歌(レクイエム)を」

「れくいえむ?」

「そして僕らの凱旋行進曲(アイーダ)を」

「あいーだ?」

独奏(ソロ)では決して到達できはしない僕らだけの協奏曲(コンチェルトー)さえあれば……どんな敵だって倒せる筈さ」

「そろ? こんちぇるとー? ……海燕さん」

「俺に訊くな」

 

 あらぬ方向を見遣りながら語るローズ。彼は現在、自分の音楽の世界に没頭中だった。

 そんな彼の言葉の趣旨を理解できなかった焰真は、助けを求めるあまり海燕の方を向いたが、残念ながら助けは得られない。

 

「海燕さん、俺にはチンプンカンプンなんです」

「うるせえ、俺もチンプンカンプンだ馬鹿野郎」

 

 いい年こいた男二人、戦場でチンプンカンプンである。

 

―――やっぱり合わないかもしれない。

 

 加勢してくれたローズに失礼ではあるが、どことなく波長が合わないと悟った焰真はやんわりと言葉を流してスタークに再び向かい合うのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「っと……よう、白髪の隊長さん」

「……日番谷冬獅郎だ」

「おっ、そうか。まあ、敵の敵は味方っつー寸法でよろしくやろうぜ」

 

 狛村が平子に襲い掛かった東仙へ立ち向かった結果一人となってしまった日番谷の下へ加勢に来たのは、どんな因果か狛村と同じ七番隊隊長を勤めていたジャージ姿でアフロ頭の男、愛川羅武ことラヴであった。

 サングラスの奥で細められる瞳でアルトゥロを捉えるラヴ。

 結界内での戦いをある程度眺めていた仮面の軍勢は、無論日番谷と戦っていたアルトゥロの戦い方も強さも目にしていた。

 

「強そうだな」

「ああ……気を付けろ。認めたくはねえが桁違いに強い。付け焼き刃になるのは仕方ねえが、ここはお互い協力して連携を……」

「へっ、中々熱い展開だな」

「は?」

 

 思わぬラヴの返答に鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべる日番谷。

 そんな彼を横目に、ラヴは爛々とした瞳を浮かべつつ、嬉々とした声色で続ける。

 

「立ちはだかる強敵。そこに参上する第三勢力。自分たちだけでは勝てない相手も、志を共にする得体の知れない連中と手を組んで打ち倒す……う~ん、ジャンプらしい熱い王道展開だな」

「じゃんぷ? お、おい、一体何の話をして……」

 

 困惑する日番谷。一方でラヴは、愛読している週刊雑誌を思い浮かべていた。

 もっとも、それはローズが買ってきたものであるのだが、彼にとっては些細な問題である。

 

「友情! 努力! 勝利! ヒーローが悪者を倒して大団円を迎えるための三大原則だぜ。さァ、俺はラブコメもギャグも好きだが、王道中の王道のバトルものが好きなんだよ! ハッピーエンドのために気張ろうぜ、なァ!?」

「お……おぉう」

 

 現世の知識に乏しい日番谷は、ラヴが口にする三大原則とやらも結局理解できないまま、氷輪丸を構える。

 

―――気が悪い訳じゃねえんだが……。

 

 どこか苦手意識を覚えざるを得ない日番谷なのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「蟻が二匹死にに来たか」

 

「蟻て。散々な言われようやで、ハッチ」

「そうみたいデスね……」

 

 バラガンの前にやって来たのは、セーラー服でおさげ、そして眼鏡をかけている女・矢胴丸リサと、恰幅のよいスーツ姿の男・有昭田鉢玄ことハッチである。

元八番隊副隊長と鬼道衆副鬼道長。対するは、八番隊隊長に何もさせず勝った“虚圏の神”を自称する破面。

 数では勝っているものの、やや不利であることを否めない状況だが、バラガンを前にするリサとハッチの目に絶望感など欠片も宿ってはいない。

 

「しかし、リササン。アナタの力では、アノ手合いを相手するのは少々難しいのデハ?」

「アホ抜かさんときゃあ」

「あ、アホ……」

 

 味方にキツイ口調で阿保と罵られたことに、ハッチの顔が見るからに落ち込んだ様相を描く。

 だが、リサも相性が悪いと聞こえる言葉に不服を覚え、口が悪くなった訳ではない。

 口が悪いのは元々。それはともかくとして……、

 

「あたしに考えがあんねん。ハッチはあたしの言う通り動いとき」

「……ホウ。わかりました、デハそうしまショウ」

 

 眼鏡の奥に佇む怜悧な目は、揺るぎない闘志と確固たる自信―――否、信頼だろうか。それらが宿っており、ハッチは詳細を聞かずともリサの考えに賛同することを決めた。

 しかし、そんな二人を嘲笑うようにバラガンが肩を揺らす。

 

「フハハハハ。何やらコソコソ話し合ってるようじゃが……笑止。どんな小細工も儂の前には等しく無意味よ」

「……安心せェ。無意味かどうか、すぐにでも分からせたるわ。しょうもないダメ親父引き摺りだすまでの間なァ」

 

 上空に吹き渡る風が、リサのスカートを激しく揺らす。

 

 

 

 ***

 

 

 

「なんやねん。両方片腕無いて」

 

 前を開いたジャージを靡かせ、砕蜂とハリベルの下にやって来た金髪ツインテールの少女・猿柿ひよ里は悪態を吐く。

 

「あほくさ。こんな相手さっさと終わらせたるわ。ぶっ手切れ―――『馘大蛇(くびきりおろち)』」

 

 抜き身の斬魄刀がひよ里の紡ぐ解号に呼応し、ギザギザな大剣と化す。

 それを担いだひよ里は、左腕の断面から血を流す砕蜂を横目に前へ出た。

 

「邪魔や、退いとき」

「ふんっ! 勝手にしろ。なら私は藍染の所に……」

「アホアホアホアホちょっと待てぇ~い!!!」

「っ、なんだ一体……騒がしい」

 

 踵を返して藍染の下へ向かわんとする砕蜂に、退くことを促した当人であるひよ里が、ノリツッコミ調の制止の声を上げながら、すさかず砕蜂の襟を掴もうとする。

 流石に隠密起動である砕蜂の襟を掴むことは叶わなかったが、『傷口に響く』と不満を漏らす彼女を立ち止まらせることに成功したひよ里は、今日一番のツッコミに肩で息をしつつ物申す。

 

「なんで三下相手して死にかけのサルみたいになっとる奴が藍染トコ向かう抜かしとんねんっ!! アホか!! ウチらも藍染のハゲをブチ殺そうてここ来てんねんで!?」

「ならば問題はないだろう。誰が奴を殺そうとも問題はないだろうに」

「問題アリアリやっ!! お前には譲る気持ちっちゅうもんがあらへんのかっ!? 義理もあらへんのにわざわざ代わりに三下の相手しよう言うてる奴を他所に本命んトコ向かう奴がどこに居んねん!!」

「チッ、うるさいチビだ……」

「お前かてチビやろ!!」

「貴様よりは大きい! まったく、夜一様は百年経ちより魅力的になられたというのに、貴様等と来たら……」

 

 砕蜂の夜一に対する見方が恋する乙女のそれだからとか言ってはいけない。

 

「あの猫ババアかて大して変わらんやろ!!」

「なんだと……貴様に夜一様の何が分かる!!」

「別に分かりたくもあらへんがな!! コソコソ人殺してた隠密起動みとうな連中は特になァ!!」

「ほう……貴様、死にたいようだな……!」

 

 最早ハリベルは蚊帳の外。

 話題があらぬ方向へ派生し、夜一を侮辱された砕蜂はひよ里に殺意を、そしてひよ里は浦原が元々所属していた二番隊に嫌悪感を露わにし、両者の間にビリビリと火花を散らしている。

 しかし、そんな彼女たちの舌戦も間を通り過ぎた霧状の斬撃により終わりを告げた。

 避けなければ体の一部分が斬り落とされかねない一撃。

 それを放ったのは他ならないハリベルだ。

 

「……茶番に付き合ってる暇はない」

「なにが茶番や! ウチらからすればお前との戦いの方が茶番みたいなもんや」

 

 馘大蛇を肩に担ぐひよ里は、八重歯を覗かせる狂暴な笑みを浮かべて言い放つ。

 

「しばき回したるわ、ハゲ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「煉華!」

 

 青白い炎を刀身を迸らせる焰真がスタークに背後から斬りかかるが、これは響転で回避される。

 

「捩花!」

 

 しかし、すかさず海燕が激流を纏わせた槍撃で追撃する。

 範囲の広い攻撃だが、これは拳銃から虚閃を放って弾くことで無力化した。

 

「奏でろ―――『金沙羅(きんしゃら)』!」

 

 だが、海燕の捩花をはじき返した虚閃を放った拳銃と共に腕に巻き付く鞭。

 それはローズの斬魄刀『金沙羅』。先端が薔薇を模した形状の、金属質な鞭であった。

 

「ちィ!」

『スターク!』

 

 標的が二人から三人に増えただけで、スタークに強いられる負担は急激に増加する。

 今回も、三人に対処するものの隙を突かれた形でローズの攻撃を許してしまった。

 金沙羅が腕に絡みついたスタークは、指揮棒を振るように腕を振るうローズの動きに応じて金沙羅に振り回された挙句、近くにそびえ立っていたビルに叩きつけられる。

 

 コンクリートの壁をぶち破り、屋内に転がるスターク。

 破面の強靭な鋼皮をもってすれば、壁の一枚や二枚を突き破ったところでダメージはないが、体に伝わる振動までは防げない。

 寝すぎた日のような頭痛に襲われるスタークは、怠そうに頭を抱えて転がる。

 

「……いてえ……」

『何ボーっとしてんだよ、スターク! 早く立たなきゃあいつら来るよ!?』

 

 拳銃の姿となっているリリネットの叱咤を受けるスタークだが、彼は中々起き上がらず、寧ろよりリラックスできるよう横たわった。

 これにはリリネットも驚愕した声を上げる。

 

『ちょ、スターク!』

「もう帰ろうぜ……あいつら強いしよ。藍染サマも俺ら助ける気なさそうだしよ……あとはアルトゥロかバラガン辺りに任せようぜ……」

『スタァ―――クッ!!!』

 

 完全に他力本願になっている半身に、ついにリリネットが激怒した。

 

『あんたバッカじゃないの!? 他のみんなが死ぬ気で戦ってんのに、あんただけが帰ろうなんて……仲間を見殺しにするつもりなのかよっ!』

「おいおい、キチー言い回ししねえでくれよ……」

『いーやっ、するね!! ハリベルは片腕斬り落とされても戦って、バラガンは従属官全員やられても戦って、アルトゥロは一回カチンコチンに凍らされても戦ってる!! あんただけが根性みせないでどーすんのさっ!!』

 

 騒いでいるのは拳銃だが、感極まって半べそになりながら怒るリリネットの顔を、スタークは幻視した。

 

『頑張れよ、#1(プリメーラ)!! 仲間が死んで減るのがイヤなら、あんたが戦うしかないだろ!!』

「……それも、そうだ」

『スタークっ!』

 

 ようやく重い腰を上げた半身に、リリネットが喜色に満ちた声を上げる。

 

 一方その頃、焰真たちはスタークが投げ込まれたビルの外で待ち構えていた。

 どこから出てきても攻撃を仕掛けられるよう、三方向からビルを囲む。ビルを囲むには少々物足りない人数かもしれないが、隊長・副隊長である彼らからすれば十分な人数だ。

 

(どう出てくる?)

 

 ビルの屋内から“無限装弾虚閃”が繰り出される可能性も考慮し、いつでも瞬歩ができるように足踏みする焰真は、緊張で乾く唇を舐めて湿らせる。

 その時、甲高い音がビル中から響きわたった。

 

「なにっ!?」

 

 焰真の目に飛びいった光景―――それは、これまでの戦闘で一度も見た事がない狼の霊圧の塊。

 数十を超える群れを成す狼は、ビルの窓を全て突き破る勢いで多方面から飛び出し、待ち構えていた三人に襲い掛かる。

 

「まだ隠し玉があったか!」

 

 迫りくる狼の群れを煉華の炎で一掃する焰真。一方で、高速で動き回る狼の群れに、焰真よりも攻撃範囲に乏しい海燕とローズは対処に追われていた。

 

「ちくしょう、このワンコロが!」

「厄介だなァ!」

 

 各々の斬魄刀を振るい、次々に狼を打ち落としていく二人。

 しかし、とうとう数頭が彼らの武器や体に噛み付く。

この程度であればまだどうとでもなる―――そう思う海燕とローズであったが、そんな考えを吹き飛ばすかの如く、狼が鮮烈な閃光を放ちながら大爆発を起こす。

 

「海燕さん! ローズさん!」

「他人の心配かい」

「―――!」

 

 途轍もない爆発を次々に受けた海燕とローズに気を取られた焰真の足下から、幾条もの虚閃が天へ昇るように撃ち上げられた。

 虚閃の直撃を受けた焰真もまた、煙の尾を引かせながら建物の陰へ墜落していく。

 その間にも彼らを襲う狼―――否、弾頭の群れは蹂躙を止めなかった。

 

 この狼の弾頭こそが、スタークの真価。

 己の魂そのものを分かち、引き裂き、同胞のように連れ従えそれそのものを武器とする。

 これこそがコヨーテ・スターク(リリネット・ジンジャーバック)の能力。仲間の魂を意図せず削ってしまうほどの強大な力を有す彼らの、孤独を象徴する技でもある。

 

 たんなる虚閃ではなく、魂そのものを武器としているために威力は虚閃の比ではない。

 これで三人を仕留められれば御の字だが―――。

 

「卍解!!!」

「―――そう簡単にゃ済まねえか!」

 

 ここにも同類が居た。

 孤独を恐れ、魂を己が武器とする男が。

 

「『星煉剣』!!!」

 

 卍解の余波だけで狼の弾頭を一蹴した焰真が、スタークが目を見張るほどの速度で肉迫してくる。

 それに対し、霊子で構成された武器を発現させる“コルミージョ”で剣を作り出したスタークは、焰真の斬撃を防いだ。

 だが、予想以上の攻撃の勢いに、スタークは完全に受ける止めることは叶わないと悟り、咄嗟に退いて攻撃を回避する。

 そんなスタークに対し、焰真は海燕やローズに仕向けられている狼の弾頭の勢いを少しでも衰えさせるため、怒涛の追撃をスタークへ仕掛けた。

 

「おおおおおっ!!」

「チッ……やっぱり、あんたみたいな熱血は苦手だね……!」

 

 焰真は全力も全力。

 今日倒した破面の分の霊力に加え、今まで倒した虚……そして今日ばかりは収集した魂のおかげで、焰真のスペックは総じてスタークを上回るに至っていた。

 一方でとある事情から全力は出せないスタークが、焰真に劣勢を強いられることは当然のこと。

 

 鬼気迫る形相で剣を振るう焰真に対し、スタークの顔からはどんどん余裕が消え去っていく。

 

 その時だった。

 

 

 

「―――卍解」

 

 

 

 天を衝かんばかりに逆巻く激流が戦場に現れたのは。

 


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