BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

73 / 101
*73 アニマロッサ

 護廷十三隊に十三人居る隊長。

 彼らが隊長に就任するには三通りの手段がある。

 

 一つ、隊首試験に合格すること。

 一つ、複数の隊長から推薦を受けること。

 一つ、隊員二百名以上の立ち合いの下、現隊長との一騎打ちにて勝利すること。

 

 そして、絶対ではないにせよ、一騎打ちで隊長に就任した剣八以外の隊長は卍解を習得しており、最早卍解習得は隊長就任の必須条件と言っても過言ではない。

 無論、それは現十三番隊隊長こと志波海燕も例外ではなかった。

 

 槍撃に波濤を乗せ、敵を圧砕する捩花―――その卍解の名は、

 

「―――『金剛捩花(こんごうねじばな)』」

 

 始解の比ではない波濤を自身の体の周囲に渦巻かせる海燕が、捩花と形状の変わらない槍を操り、波濤を自由自在に操って狼の弾頭を一蹴していく。

 

「おぉらァ!!」

 

 自身の周囲に群がっていた狼の弾頭を一蹴した海燕は、槍を振るい波濤をスターク目掛けて放つ。

 射線上の建物を呑み込み、一瞬の内に圧砕していく光景はまさに圧巻。

 突き進む波濤は解号の『水天』に違わぬ龍の形を成し、スタークに噛み付かんとその顎を開く。

 

「チィ!」

「わっぷ!」

 

 喰らう直前で虚閃を水龍目掛けて放つスタークの傍で、水龍が爆散した際の水飛沫を浴びる焰真はびしょ濡れになると共に、波濤を操る海燕へ抗議の視線を送った。

 

「濡れたんですがっ!?」

「涼しいだろ、ありがたく思え!」

「マントひたひたになって重くなったんですが!?」

「んなチャラ付いた格好してるからだ!」

「この……帰ったら都さんに言いつけてやる!」

「人妻を利用しようとしてんじゃねえ!!」

 

―――隊長の奥さんは副隊長の部下。

 

 そんなこんなで三席でありながらもある意味海燕よりもヒエラルキーの高い都を盾にとる焰真に対し、海燕もぎゃーぎゃーと騒ぐも、その間絶妙なコンビネーションでスタークを追い詰めていく。

 卍解したことで射程が広がった海燕、そして速度と攻撃力が段違いになった焰真。

 始解の時とは比べ物にならない隙の無い布陣に、流石のスタークも冷や汗をかかざるを得ない。

 

『スターク! あたしが攻めるよ!』

 

 そんなスタークを見かね、リリネットの意思を宿している狼の弾頭が、焰真と海燕目掛けて数十頭単位で襲い掛かっていく。

 

「馬鹿、前に出過ぎるな!!」

 

 制止の甲斐なく突っ込んでいく狼の弾頭だが、焰真と海燕は造作もないと言わんばかりに蹴散らす。

 海燕の卍解は、白哉の千本桜と同様に単純な攻撃力の向上と攻撃範囲が広がるものだ。

 単純故に強力。そしてこの時、攻撃範囲の拡大はスタークの狼の弾頭に対してかなり優位な立場をとれる能力強化だと言えた。

 

 狼の弾頭は、噛み付けば起爆し、隊長格と言えど無傷では済まないダメージを与えるに至る。それが数頭のみならず、数十頭と次々に襲い掛かるのだから、相手からすれば堪ったものではない。

 だがしかし、噛み付けば起爆というプロセスは、裏を返せば噛み付かなければ爆発もしないという意味だ。つまり、噛み付く前に対処すれば襲われた者は無傷で済む。

 

 狼の弾頭の動きの速さから対処は困難にも見えるが、範囲制圧に長けた攻撃があれば話は別。

 それこそ卍解の名に恥じぬ圧倒的水量で周囲の敵を圧砕する海燕の金剛捩花であれば、狼の弾頭に噛まれるより前に蹴散らすことも容易いというものだ。

 

「リリネット、こいつらにお前の相性は悪い! 下がれ!」

『で、でも……!』

 

 どもるリリネットを他所に、スタークは再び斬りかかってくる焰真の対処に迫られる。

 その最中、海燕の放った波濤に襲い掛かられるスタークは、まさに前門の虎後門の狼の如き状況であった。

 狼の弾頭を用いれば、まだ状況は変わるだろう。

 だが、頑なにスタークがこれ以上狼の弾頭を用いない理由は、半身に理由があった。

 

 一体の虚が孤独の余り魂を二つに分けたことによって生まれたのがスタークとリリネットだ。

 それぞれの人格は独立しており、同じ魂から生まれた存在にも拘らず、彼らは互いの人格を尊重し合っていた。

 しかし、帰刃して再び一つの肉体にリリネットが回帰した時、彼女の人格はどうなるのだろうか?

 

 虚化の症状に苛まれた一護が虚に人格を乗っ取られかけた時のように、肉体の支配を司るのはより強い人格である。

 彼らの場合、圧倒的なまでに強いのはスタークだ。

 もし仮にスタークが全力を出せば、彼の体に回帰したリリネットの人格は薄れ、やがては消失していく。

 斬魄刀のように体とは別の媒体に人格が宿っているならばともかく、破面である彼らはその限りではない。

 そうならないためにも、今はリリネットの人格を狼の弾頭の群れに宿している訳だが、逆にこの時は狼の弾頭が全て消えれば、リリネットの人格が消失してしまう。

 

(―――フザけんな)

 

 焰真の斬撃を受け止め、スタークは心の中で悪態を吐く。

 

(なんでお前さんの方がそんな辛そうな顔してやがる)

 

 自分の身が置かれる状況は勿論、どこか悲痛な眼差しを浮かべて斬りかかってくる焰真に対し、スタークは困惑した。

 

「泣きてえのはこっちだよ……」

「―――それじゃあ、センチメンタルな君へ贈る旋律を奏でてあげよう」

「!」

 

 突如、どこからともなく現れた十二体の人形がスタークを中心に回り始める。すると、海燕の操るものとも違う水流がスタークを囲んで閉じ込めた。

 

「んだ、こりゃあ……!?」

「卍解―――『金沙羅舞踏団(きんしゃらぶとうだん)』。君は僕の旋律の虜になる」

 

 身動きがとれないスタークが周囲の状況確認に努めれば、指揮棒を握った右手と空の左手が頭上に浮かぶローズが、襤褸切れのように傷んだ服を身に纏いながらも、頭上の手を操ることで十二体の人形を操る。

 音に関する能力を有する金沙羅。その卍解とは、音楽を操ることで敵にまやかしの旋律を聴かせて心を奪うというもの。そして、心奪われたものはまやかしを現実だと錯覚し、実際にダメージを受けることになる。

 

「君はもう、僕たちの輪舞曲(ロンド)から逃げられはしない」

 

 そうして、ローズの操る水流がスタークを逃がさんと言わんばかりに荒れ狂う。

 

「金剛捩花!」

「ぐっ!」

 

 さらに、そこへ海燕の波濤も混ざり、スタークは八方塞がりとなった。

 苦悶の声を上げ、それでも退避しようとするスタークに対し、今度は焰真の追撃が迫る。

 

「うおおおおっ!」

「っそ……!」

『スタァ―――ク!!』

 

 間に合わない! とスタークの脳裏に諦めが過った時、同時に狼の弾頭が焰真へ飛びかかっていった。

 予想だにしていなかったリリネットの独断専行に、スタークのみならず焰真の目も大きく見開かれる。

 

「ば……リリネットっ!!」

『諦めんなよな、スターク!! あんたが諦めようとしたって、あたしはそうさせないよ!! ケツ引っぱたいて叩き起こしてやるんだからな!!』

 

 彼女の勝手を怒ることも呆れることも忘れ、スタークはそれほど離れていないにも遠く―――ずっと遠くへ去ってしまうようなリリネットへ手を伸ばした。

 その間にも、リリネットの意思を宿した狼の弾頭は焰真の体中に噛み付く。

 一方で、焰真の体から青白い炎が迸っていた。今にも爆ぜそうな炎は、噛み付いている狼を今から焼き払わんとばかりに激しく揺らめいており、一層スタークの焦燥を焦る。

 

 手を伸ばす、伸ばす。だが、届かない。真っすぐに突き進む彼らには。

 

『だからさ……!』

「―――ああ、そうだ。諦めていいかどうかは……」

『スタークは絶対に……!!』

自分(おれ)だけが決めていいことだあああっ!!!」

 

 大爆発が辺りを覆う。それは狼の弾頭(リリネット)がもたらしたものか、はたまた焰真の炎によるものか。

 どちらかも分からないスタークであったが、耳を劈く爆音に顰めた顔に覗く瞳には、焰真に斬り伏せられる少女の姿が見えた。

 

(―――リリネット)

 

 それが現実か幻覚か、スタークには分からなかった。

 だが、先ほどまで傍に居てくれていた少女の気配は感じない。

 

「ぁ……あぁ……そう、かよ……」

 

 唇を震わせながら紡ぐ声にもならぬ声。喉の奥で圧し潰されたしまった名前をついには口に出せず、爆炎を切り裂いて焰真が目の前に参上する。

 咄嗟に霊子の剣で防ぎ、激しい剣戟を繰り広げるスターク。

 そこには今までの彼になかった気迫が宿っており、歯を食いしばるスタークはもう片方にも剣を発現させ、二刀流で焰真に立ち向かう。

 

 火花と霊子が迸る剣戟。だが、激しさは増すばかりにも拘らず、スタークの瞳はどこか虚ろである。

 刃が掠って血が噴き出すも、今のスタークは痛みにさえ鈍くなっていた。

 最早何が体を動かしているかも分からない。強いて言えば、死を恐れる虚の本能だろうか。一方で、スタークの頭はここに居なくなってしまった少女のことを思うばかりである。

 

(だけどよォ……)

 

 爆炎も晴れ、猛攻を仕掛けてくる焰真に続いて海燕とローズの援護も入る。

 叩きつけられる水流が体を軋み、鈍感にならざるを得ないスタークに代わって悲鳴を上げた。

 動かなくなった体。ただ墜落するスタークに向け、星煉剣を振りかざす焰真が迫る。

 

(やっぱり、お前が居ないと俺は……―――)

 

「劫火大炮ォォォオオオ!!!」

 

 浄めの大文字がスタークの体を穿った。

 体に合わさるように重なる炎は、スタークに尋常ではない激痛をもたらし、一瞬だけ彼の朦朧となっていた意識を覚醒させる。

 青白い炎の向こう。何も見えないハズなのに、いつも憎たらしくて騒がしい少女の背中が見えたような気がした。

 

「―――ちくしょう……会いてえなぁ」

 

 死に際に、今更どうしようもなく諦めがつかなくなった想いを吐き出し、スタークは墜落し―――消えていくのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 落ちていくスタークが浄化されて魂葬されたのを見届け、焰真は息を吐く。

 瞼を閉じれば、彼に劫火大炮を食らわせる直前に斬り伏せたリリネットの姿が脳裏に過る。

 魂を分かつという能力の特性から、リリネットの人格を宿した狼の弾頭が星煉剣の浄化の炎を受ければ、なんと狼の弾頭が爆発直前に収束して人のナリへと変容したのだった。

 それは他ならぬリリネットであり、帰刃したスタークにとっては木っ端に等しい魂の欠片から形成された彼女の魂は以前以上に貧弱になったものの、完全に独立した魂魄として誕生したのだ。

 

 焰真は驚いた。だが、リリネットはそれ以上に驚いていた。

 そのため、さっさと浄化した焰真であったが、彼女が死んだものだと思いながら倒れていったスタークに罪悪感を覚えつつ、ドッキリと仕掛けた子供のようにいじらしい笑みをフッと浮かべる。

 

「会えるといいな」

 

 彼らの再会を心から願い。

 

 少しばかり感傷的になる焰真。そこへ海燕とローズが駆け寄ってくる。

 

「ふぃ~! やっと一人倒せたな」

「僕たち、中々いいコンビネーションだったと思わないかい?」

 

 決して無傷ではないものの、十刃の一角を落とせた彼らの達成感はそれなりにあった。

 一方で未だ藍染は動かず、自分を狙いに来た平子は市丸に任せるなど、傍観者に徹している。

 この間に他の者達に加勢し、戦況を自分たちへと傾けられれば―――そう考えた三人であったが、すぐ傍を通り過ぎてビルに叩きつけられる人影にムードが一変した。

 

「拳西! 白!」

 

 ローズは建物の壁にめり込む白髪で筋肉質な体のタンクトップ姿の男性・六車拳西と、白いライダースーツを身に纏った黄緑色の髪を靡かす少女・久南白の名を叫んだ。

 すでに満身創痍とも言えるほどボロボロな体を晒す彼らの内、辛うじて意識が耐えていない拳西が、ローズに気が付いて口を開く。

 

「ロー……ズ! 白がやられた!」

「一体誰に!?」

「ガキだ! 後から来たあの―――」

 

 そこまで口にした時、拳西に得体のしれない異形の影が重なる。

 次の瞬間、ガトリングが発射されたような連射音が轟くと共に、拳西と白がめり込んでいたビルが跡形もなくなるほどに崩れていく。

 

「拳西っ! 白っ!」

「っ、なんだあいつは!?」

 

 全身が異形の鎧に包まれ、大きく突き出した肩からは無数の腕が生え伸びている。

 

「ウゥ~~~アァ……?」

 

 異形の化け物が振り返った時、ようやく焰真はそれが何者であるかを察した。

 ワンダーワイス・マルジェラ。以前、現世襲来の際に来ていた破面の一人である。知性を感じさせず、本能のままに動いているかのような獣を思わせるワンダーワイスの様相に、三人は総毛立つ感覚を覚えると共に、剣を構えて動き出していた。

 

「星煉剣っ!」

「金剛捩花ァ!」

「金沙羅舞踏団!」

 

 死神三人の卍解の矛先がワンダーワイス一人に向けられる。

 自身へ向けられる殺意や戦意を感じたのか、ワンダーワイスはすぐさま肩から生やす腕を高速で動かし、三人の攻撃に迎え撃つ。

 

 ワンダーワイスの標的となったのは先陣を切って突っ込んでくる焰真だ。

 両者、共に目にも止まらぬ速度で動いている。だが、僅かに勝ったのは焰真だ。浄化の炎を迸らせる刃で次々に腕を斬り落とし、その顔と髪に血化粧を施していく。

 そうして腕を粗方斬り落とした時、焰真の背後から猛進してくる水龍の形を成す波濤がワンダーワイスの片腕を圧砕した。

 

「やったか!?」

「いや……再生してやがる!」

「超速再生か!!」

 

 焰真と海燕の連携も甲斐なく、ワンダーワイスの腕がみるみるうちに元通りになっていく。

 その再生を目の当たりにしたローズが金沙羅舞踏団を操らんと身構えたが、ワンダーワイスは囲むように整列する人形たちを再び生えてきた腕で掴み、ローズごと引っ張り上げる。

 そしてワンダーワイスは、釣り竿で釣り上げられた獲物のように近づいてくるローズ目掛け、夥しい数の腕の乱打を繰り出す。

 

「ローズさんっ!!」

 

 焰真が叫ぶもローズからの返答はなく、襤褸雑巾のようになるほど殴られまくった体からは血が噴水のように噴き上がっていた。

 

「っ……野郎! 星煉剣!」

『分かってる、焰真!』

 

 このままではまずいと本能が叫んだ時、焰真は自身の斬魄刀に声をかけ、刀身から迸らせる炎を青白い色から赤白い色へと変えた。

 始解、卍解と共通する焰真の斬魄刀の形態の一つ、“地極”。

 本来破面化した際に失われる虚の再生能力を備えるワンダーワイスを前に、焰真は浄化能力特化の“天極”では劣勢を強いられると考え、攻撃力特化の“地極”へと炎を切り換えたのだ。

 

 長引かせてはいけない。本能がそう告げている。

 烈火の如き猛攻を焰真がワンダーワイスに仕掛ければ、ワンダーワイスはそれ以上に熾烈な乱撃を焰真に繰り出す。

 放たれる拳や手刀の数々が焰真の体を打ち、抉り、そして穿つ。

 それでも止まれば死に直結すると斬撃を止めない焰真の周りでは、互いの血が舞い止まない。

 

 苛烈な猛攻の応酬。このまま続けばどちらも倒れかねない。

 そんな時、ワンダーワイスに迫る影が二つ。

 

「卍解―――『鐵拳断風(てっけんたちかぜ)』!!」

「白ォ~……スーパーキック!!」

 

 虚化した拳西と白が、満身創痍の体を押してたった一発―――されど一発を、焰真に気を取られて無防備になっているワンダーワイスの背中に叩きこみ、ワンダーワイスの体勢を崩した。

 すかさずワンダーワイスは数多ある腕の数本を用いて二人を弾き飛ばすも、崩れた体勢はすぐには立て直せず、焰真の背後から爬行してきた水龍に体を呑み込まれる。

 

「捩花ァ!!」

 

 命を賭して戦う副官に負けず劣らずの気迫を発する海燕による全身全霊の一撃。

 水龍に呑み込まれたワンダーワイスは抜け出せないまま、ビルの屋上よりも高い高所から真っすぐ地面に叩きつけられる。

 

「オァ……!!」

 

 苦悶の声が漏れる。

 同時に唯一残る感情が、死を目の前にして恐怖を彼に思い起こさせた。

 

「ア……アアァァァアアァァアァアアアアア、ア゛ッ!!!」

「―――……!」

 

 断末魔の如きうめき声を上げ、砕けた体を再生しつつ起き上がろうとしたワンダーワイスであったが、彼の喉笛を正確に貫く刃によって声を発することが許されなくなった。

 

「……浄めろ、星煉剣」

「―――ッ!!!」

 

 赤から青へ。

 ビルを超すほどの高さまで燃え盛る浄化の炎が、ワンダーワイスを浄化せんと星煉剣から溢れ出す。

 喉を貫かれたワンダーワイスは声を発することもできず、ただただ身を焼く炎の痛みに身をよじらせる。

 だが、数十秒もすれば足掻く余力さえなくなったのか、パタリと彼の動きが止んだ。

 浄化を続ける焰真はこれで終わりかと悟る―――しかし、歪に歪むワンダーワイスの頭部に違和感を覚えた。

 

 

 

 

 

―――『滅火皇子(エスティンギル)

 

 

 

 

 

 それはとある理由から、言葉も知識も記憶も理性も失ったワンダーワイスの帰刃の名。

 滅する炎―――その解は、護廷十三隊総隊長・山本元柳斎重国の斬魄刀『流刃若火』のものだ。

 焱熱系最強最古と謳われる流刃若火の攻撃力は凄まじく、真正面から戦えば藍染でさえ倒せると言っても過言ではない。

 故に藍染は用意していた、流刃若火に対抗するための手段を。流刃若火の炎を封じ込めるためだけの改造破面を。

 

 元柳斎が虎視眈々と藍染を道連れにすべき、密かに準備していた“炎熱地獄”の炎も、ワンダーワイスが帰刃してからは、それまでの分も含めて全て彼の中に封じ込められている。

 そして封じ込めるとは、新たな炎が生まれないように刀の中に封じ込めておくことともう一つ。

 

―――それまでの分がワンダーワイスの中に。

 

 時間がもっと経てば、偽物の空座町と隣接する町との境界に張られている結界ごと、周囲を焦土に変えんばかりの炎が炸裂していたことだろう。

 だが、今の状態でも結界内に居る者達が焼け死ぬほどの威力は十分に有していた。

 藍染にとって、それは死神を一網打尽にするための爆弾。

 

―――さあ、精々救ってくれ。私の世界を。

 

 どこか遠くでそんな呟きが聞こえた気がした。

 だが、焰真はワンダーワイスの頭部に収束している超高密度の霊圧が今にも炸裂しようとしている光景を前に動く。

 

 

 

()()()、星煉け……―――!!!」

 

 

 

 無情に、炎は爆ぜる。

 

 

 

 ***

 

 

 

「向こうで随分と派手な花火が上がったようじゃな」

 

 偽物の空座町の一角で巻き起こる大爆発は、少し離れた場所で戦っていたバラガンにも、その余波である衝撃と熱が届かせていた。

 一瞬景色が赤熱に染まる様はまさしく地獄という言葉が相応しい様相だ。

 しばらくして爆発は止んだものの、爆心地に立ち上る黒煙の巨大さはこの決戦の壮絶さを物語っている。

 

「だが、貴様等にはあのような弔いは必要あるまい」

「ッ……!」

 

 やっと向き直したバラガンを睨むのは、肩で息をするリサとハッチだ。

 “老い”という人智を超えた反則的な能力は、いくら元隊長格と言えど対処に迫らせるだけで満身創痍に至らせるほどの凶悪さを誇っていた。

 だが、まだ彼女たちの瞳から希望は消えてはいない。

 

「ハッチ……もう一度行くで」

「はいデス」

「フハハハハ、まだ抗うか蟻共めが!」

 

 徹底抗戦の姿勢を崩さぬ二人を嘲笑うバラガンは、自身の頭上に回り込む虚化したリサを見上げる。

 次の瞬間、降り注いできたのは一条の虚閃。

 しかし、バラガンは容易いと言わんばかりにリサの虚閃を片手で弾く。

 

「滑稽、滑稽、滑稽ぞ! 虚圏の神たる儂に向かって虚の真似事とはな!!」

 

 お返しと言わんばかりに放たれたバラガンの虚閃が、上空に佇んでいたリサに掠る。

 体勢を崩してしまったリサはそのまま墜落していき、バラガンがトドメに“死の息吹”を放とうとするが、柱状の結界が無数にバラガンへ降り注ぐ。

 

「小賢しいわ!!!」

 

 だが、ハッチによる攻撃も“老い”の力によって一瞬の内に朽ち果てていく。

 

「儂を誰だと思っている!! 我こそが“大帝”、バラガン・ルイゼンバーン!! 虚圏の神だ!!」

「神……デスか。デスが、ワタシたちも仮に“神”の名を冠す者達。アナタに勝てない理由があるでショウか……!?」

「神だと? 死神如きが……身の程を知れい!!」

 

 無差別に“老い”の力を放つバラガンに、リサとハッチは防戦一方だ。

 そんな中でも反撃を画策する二人。リサのアイコンタクトを受けたハッチは頷き、おもむろに合掌してみせる。

 すると、バラガンの頭上に結界に覆われた建造物が次々に落下してくるではないか。

 

 しかし、建物が降り注いでくることなどバラガンにとっては些細な問題。

 “老い”の力で朽ち果てさせようと腕を空に掲げたが、建造物の合間から身構えているリサの姿が窺えた。

 

「潰せ―――『鉄漿蜻蛉(はぐろとんぼ)』!! “二十一条蜻蛉下り”!!」

 

 一本の刀が巨大な槍のような形状に変化し、それを容易く振り回すリサが、バラガン目掛けて霊圧による無数の刺突攻撃を繰り出す。

 そうすれば、攻撃の軌道上に存在していた建物が貫かれ、破壊されていくのは当然のこと。

 バラバラに壊された建物の破片がバラガンに降り注ぐが、寧ろそれはバラガンにとって“老い”の力による破壊を手助けする結果となる。もっとも、そのような真似に出なくともバラガンにとっては等しく小さいことだが―――。

 

「神には何人たりとも勝てん!! それは貴様等と儂の力が隔たっている訳ではない……元より、人の手に負えぬ存在を神と呼ぶのからだ!!」

 

 建物を“老い”の力で破壊するバラガンは、近くのビルの屋上に降り立ったリサを瞳など埋め込まれていない眼窩で見据える。

 

「人も死神も破面もそれぞれの違いも諍いも! 意志も自由も草木も鳥獣も月も星も太陽も、全ては取るに足らぬ事!! この世界の中で、この儂の“力”のみが……ッ!!!」

「―――じゃあかしいわ。ぎゃーぎゃー騒がんときゃあ」

 

 

 

―――ドンッ!!!

 

 

 

 バラガンの体を大きく揺らす衝撃が奔った。

 

「なん……じゃと……!?」

 

 視界が割れる。突如として明滅し始めた世界。色彩豊かな景色とモノクロの景色が交互する中、自身の顔面の半分と骨の欠片が重力に従って墜落する様を、バラガンは目にした。

 体に上手く力が入らない。どうやら体の骨―――特に背骨から頭蓋骨を綺麗に両断されるように貫かれたらしい。

 

―――一体何に?

 

 朦朧とする意識の中、バラガンはリサから伸びる影が動くのを目にした。

 そして、影からとある男が浮かび上がる様も……。

 

「いやァ……ありがとうね、リサちゃん」

 

 男―――京楽がリサの背後の影から浮かび上がると同時に、風がふわりと巻き起こる。

 

「い~い景色だよォ♡」

「フン!」

「痛い!!」

 

 ちょうど風でリサのスカートの中身が見えた京楽が、いかにもエロ親父という顔を浮かべれば、全力の後ろ蹴りが京楽の顔面に突き刺さる。その勢いで完全に影から飛び出た京楽は、『鼻血が……』と悶絶しながら蹲った。

 

「リ、リサちゃん……相変わらず容赦ないね……」

「アホ! あたしが来んかったらせせこましく影ン中で隠れてたあんたがパンチラ見てええと思ってるんか?」

「い、いや……今のは事故みたいなモンだし。ねェ?」

「じゃあかしいわ!」

「また痛い!」

 

 今度へ瞬歩で勢いをつけての飛び膝蹴りが京楽の顔に突き刺さる。

 

「お、おのれ……!」

 

 彼らのやり取りを見ていたバラガンは、恨み言を口にしながら体が崩れていた。

 

「許さん許さん許さん許さん!! 蟻共が蟻共が蟻共が蟻共がああぁぁぁ……―――」

 

 しかし、受けた一撃が余りにも重かった。

 バラガンほどの者でも―――否、バラガンであるからこそ体の外からの攻撃にめっぽう強かったため、反面“老い”の力を退けるために張っている力の内側からの攻撃には弱かったのだ。

 もっとも、人体の急所が数多く存在する体の中央の軸に沿って切り裂かれて生きられるものは居ないだろう。たとえ、これがバラガンでなくとも勝敗は決していたと言えるかもしれない。

 

 最後まで京楽たちへの呪詛を吐いていたバラガンも、その身を保てなくなり霊子へと霧散する。

 

「……やっと、だね」

 

 心底そう思うよ、と京楽が紡ぐ。

 

「リサちゃんたちのおかげさ」

 

 “影鬼”―――花天狂骨の技の一つ。相手の影を踏むことで、相手の影の中に潜り込んだり攻撃ができたりできる非常に汎用性の高い技だ。

 京楽はこの技を用い、バラガンの“死の息吹”から逃れた後、虎視眈々と彼を一撃で葬れる機会を窺っていた。

 

 リサは、京楽が影鬼で潜んでいると考え、バラガンの至近距離に影ができるよう立ち回っていたのだ。

 降り注がせた建物もリサの攻撃も全ては囮。真の狙いはハッチがバラガンの体内へ転送した建物の破片―――異様な空間が広がっているバラガンのコート内に、影を作り出すことである。

 結果、京楽は無防備と言える体内からバラガンを鋭い一閃で倒すことができた。

 

「でも、よく僕が影鬼で隠れてるってわかったね」

「アホ」

 

 感心するような物言いの京楽に向け、リサは罵倒のような口調で答える。

 

「あんたの副官やってたん誰やと思っとんねん」

「―――そうだねェ」

 

 元八番隊副隊長・矢胴丸リサ。

 京楽との信頼は、百余年たった今でも薄くなってはいなかった。

 

 

 

 

 

「アノ……ワタシも結構頑張ったんデスが……」

 

 

 

 

 

 少々蚊帳の外になっているハッチだった。

 




*オマケ1 リリネット in 尸魂界

【挿絵表示】


*オマケ2 スターク in 尸魂界

【挿絵表示】


*オマケ3 捩花の卍解の命名経緯

 本作での海燕の卍解の名称は『金剛捩花』とさせて頂きましたが、何故『金剛』であるのかを軽く説明します。
 まず、捩花の始解の解号である『水天逆巻け』の『水天』から、仏教における水神若しくは龍神である『水天』を連想させたのが始まりです。繰り出した波濤が龍の形状となっているのはそれが龍神が元ネタだからということになります。
 そして『水天』は元々『バルナ』と呼ばれるインドの神様なのですが、この『バルナ』は密教において金剛界曼荼羅の四大神とされており、ここから『金剛』を取る形となっております。
 『金剛』とはダイヤモンドのことでありますが、他にも極めて強固なことから『最上』という意味もあり、また『金剛心』という言葉には『不動なる心、揺るぎない信心(加護や救済を信じて神仏に祈る事)』があり、尸魂界創生の折に『虚も救済されるべき』という現在の斬魄刀に通じる概念を提唱した志波家にピッタリであると考え、命名に至りました。

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