BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*74 ブレス・ア・チェイン

「バラガンも落ちたか」

 

 独白のように呟いたアルトゥロ。

 かつては虚圏でしのぎを削った相手であるバラガンが京楽たちに敗れたが、

 

「ふん、なんの感慨も湧かんな」

 

 彼の心を揺さぶることはなかった。

 ただ“死んだ”。それぐらいの感想程度しか、アルトゥロの頭には浮かんでこない。

 

「さて……貴様等の仲間は中々健闘しているようだが、貴様等自身はどうだ?」

 

 代わりに、目の前で膝を突いている死神に嘲りを送った。

 日番谷とラヴ。どちらも決して弱くはなく、寧ろ日番谷は稀代の天才と謳われるほどの神童であり、ラヴは虚化もできることから、十分な戦闘能力は保証されているハズだった。

 しかし、現実は無情だ。

 決戦に向けて鍛錬を書かさなかった日番谷も、藍染への復讐のために雌伏の時を過ごしたラヴも、アルトゥロには届かなかった。

 

「はぁ……はぁ……ちくしょう……!」

「ッ……ナメんなよ」

 

 仲間たちが命を賭して戦い勝利を掴んでいるというにも拘らず、自分たちは勝てず、あまつさえ敵の理不尽な強さを前に劣勢を強いられていることに、流石の日番谷も悪態を吐かざるを得なかった。

 だが、太刀筋を迷わす雑念を抱くのもこれまで。

 

「まだ……終わっちゃいねえぜ、アルトゥロ!」

「ああ。ヒーローってのはな、ラスト5秒からでも逆転できるもんなんだよ……!」

 

 余力はある。

 慢心さえも自身の流儀に取り入れているアルトゥロに対し、付け入る隙は―――限りなく小さいが―――あるハズだ。

 全身全霊をかければ勝機はある。

 彼らの瞳に諦めなど宿ってはいなかった。

 

「戯言を」

 

 しかし、彼らの燃える決意もアルトゥロにとっては地を這う虫の歩みほど興味のない代物だ。

 すでに日番谷たちへの興味も失せかけている彼は、他の場所で戦っている、あるいは戦い終えた死神たちの姿を見渡し、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「貴様等との遊びには飽きた……が、この遊戯を私色に彩ることは吝かではない」

「なにっ……?! 待て!」

 

 唐突に日番谷たちの前から消え去るアルトゥロに、日番谷は制止するために叫びながら後を追う。

 その間、風を切って進む二人の目が捉えたのはもう一人の十刃の姿だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 晴天の下、未だ留まらぬ血の雫をまき散らしつつ刃を交える砕蜂、ハリベル、そして途中から参入したひよ里の三人。

 左腕のない砕蜂とハリベルは止血もままならない状態で戦っていたため、心なしか顔の血色も悪い。一方で、到着したばかりかつ藍染たちへの怒りで体力を持て余しているひよ里は、ハリベルに対し果敢に攻撃を仕掛けていた。

 

 ひよ里の猛攻と砕蜂の速撃をいなすハリベルは、頬に幾筋もの汗を流しつつも、藍染への忠誠心と部下の仇をとろうという一心の下、傷を負った身を押して戦い続ける。

 寧ろ、後がないという考えが彼女に尋常ではない気迫をもたらしているのか、ハリベルの反撃は戦闘開始時よりも数段激しかった。

 

 血と水と火花が舞う戦場。

 美しさと勇ましさで彩られていた彼女たちの戦場であったが、横槍を入れる者が現れる。

 

「無様だな、ハリベル」

「っ、アルトゥロ……」

「「!」」

 

 他の場で戦っていたアルトゥロが、予兆もなしに現れたのだ。

 もしや、アルトゥロと戦っていた者達はやられたのかと一抹の不安を覚える砕蜂たちであったが、近づいている霊圧を感じ取り、杞憂だったと胸をなでおろした。

 

 だが、問題であるのはアルトゥロがここにやってきた理由だ。

 重傷のハリベルを慮り助太刀に来たのか、はたまた彼自身が劣勢を悟ってハリベルの下に合流したのか―――全ては砕蜂たちの推測に過ぎないが、備えられる分は武器であろうと手段であろうと予測であろうと備えておくのが戦いの鉄則。

 

 砕蜂たちに油断はなかった。

 

「―――邪魔だ」

「なっ……!?」

 

 故に、予測し得なかった事態に息を飲んだ。

 

 ハリベルの眼前に響転で現れたアルトゥロが、握っていた斬魄刀をそのまま彼女に振り落としたのだ。

 砕蜂たちからすれば、まさかの仲間割れ。そしてハリベルからすれば、突然の裏切りであった。

 

 肩から腰辺りまで袈裟斬りで斬られたハリベルからは、ただでさえ失っていた血をより死に至らせる量まで失ったのではないかと思われるほどの血が噴水のように噴き出す。

 がくり、と膝を折るハリベル。

 しかし、霊力に伴う生命力から未だ命の灯が消えていないハリベルが、憎悪に満ちた眼差しをアルトゥロへ向ける。

 

「ア、アルトゥロ……貴様、どういうつもりだ……!」

「左腕を失い、いつまでも悠長に戦って死神一人も倒せん貴様にはほとほと呆れたと言っている。獲物を私に寄越し、貴様は失せろ」

「っ……! 私を斬って、藍染様が黙っているとでも……!!」

「藍染? クハハハハ、面白いことを言う!」

 

 ハリベルが自分たちの主である藍染の名を告げれば、アルトゥロは狂ったように笑ってから満身創痍のハリベルの前髪を掴み上げ、眼前に顔を迫らせた。

 

「藍染は破面を自分の手駒程度にしか考えていない。私のことも、貴様のこともな」

「っ……!」

「奴の取捨の基準は使える手駒かそうでないかだ。ここで私が貴様を葬ったところで、藍染は貴様よりも死神を殺せる私をとる。だが、私も奴の思い通りに動くつもりは微塵もない。全てが終わった時、私は奴を殺す」

 

―――貴様を殺すのはそのついでだ。

 

 耳元でハリベルにだけ聞こえる囁きが、彼女の魂に灯っていた熱を急速に冷ましていく。

 つまり、アルトゥロがハリベルに手をかけた理由は、より多くの死神を自分が殺して力を得るため。そして、藍染の手駒であるハリベルを殺して得られる、手駒を潰してやったという愉悦に他ならない。

 

 たったそれだけの為に、ハリベルの決死の覚悟を踏みにじった。

 

「ッ……アルトゥロ……!!」

 

 小さくなる命の火。

 だが、最後の最後にハリベルはその火を激しく燃え盛らせ、アルトゥロへの反撃に打って出た。

 例え藍染がアルトゥロの方を取ろうと、最早関係はない。

 単純に復讐するためか、謀反を企てている彼に対し藍染への最後の忠誠を尽くすためか。

 考えるよりも先に動いてしまった自分の行動に理由をつけようとするも、渦巻く激情はハリベルから冷静な思考を奪い去った。

 

「ハリベル様……」

「っ……!」

 

―――幻覚か?

 

 ピタリと止まったハリベル。

 彼女が目にしたのは、死神に斬り倒されて消えた部下三人の姿だった。アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンと順々に前に姿を現す彼女たちに、心も体も弱っていたハリベルの切っ先から殺意は失せてしまう。

 そして、邪悪な笑みを浮かべた部下が手に握っていた剣に胸を貫かれ、ハリベルは失意の下に落ちていく。

 

「それが貴様の最期か」

 

 血に塗れた斬魄刀を振るうのは変身を解いたアルトゥロ。

 最後にハリベルを弄ぶためだけに変身能力を用いた彼は、最後に彼女が見せた疲弊しきった顔を思い出し、クツクツと笑っていた。

 

「“犠牲”の名が泣く」

「っ……!」

 

 仲間を斬った挙句、その死に様を嘲笑うアルトゥロに、砕蜂たちは慄いた。

 同時に確信した―――こいつだけは必ず倒さなければならない。生きている限り、殺戮を止めないであろう邪悪な虚。まさしく悪意の権化とも言えるこの破面を、と。

 

「だが、飛んで火にいる夏の虫だな」

「……なんだと?」

 

 フッと笑みを浮かべる砕蜂に対し、今度はアルトゥロが怪訝に眉を顰めた。

 すると次の瞬間、彼の周りに次々と死神たちが集まってくる。

 

 砕蜂、ひよ里に加え、アルトゥロを追ってきて合流した日番谷とラヴ。さらに、バラガンを倒したことで手が空いた京楽、リサ、ハッチだ。

 スタークと戦っていた者やアヨンとの戦闘で負傷・救護している者、そして現在進行形で市丸と相まみえている平子や、東仙と刃を交えている狛村と檜佐木は居ないが、7対1である。

 余程実力が隔絶していない限り、どれほど腕の立つ相手でも苦戦を強いられる戦力差が、今の死神たちとアルトゥロの間には存在していた。

 

「わざわざ死にに来たとはな……殊勝なことだ」

「……ククク、ハーッハッハッハ!!」

 

 隊長格らに囲まれたアルトゥロは唐突に高笑いする。

 一見彼にとって不利な状況にも拘らず、狂ったように笑う彼に対し、囲んでいる死神たちは得体の知れない不気味さを覚えた。

 

「なにが可笑しい」

「笑わせてくれる! 貴様等如きが!! 私を殺すなどと宣うことはな!!!」

「……ならばすぐにでも分からせてやる」

 

 砕蜂が剣呑な空気を放てば、自然と他の死神たちも物々しい雰囲気を漂わせて身構える。

 口ではどうとでも言える―――御託もほどほどに、その身に死という結果をもたらした方が勝者だと言わんばかりに、鋭い眼光がアルトゥロへ向けられた。

 

 全身に殺意を向けられるアルトゥロ。しかし、その余裕綽々とした佇まいが崩れることはない。

 

―――それほどまでに揺るがぬ彼の自信はどこにあるのか?

 

 全員の脳裏に過った疑問に対し、アルトゥロ本人が斬魄刀を高々と掲げ、その(こたえ)を見せつけた。

 

「まさか忘れた訳ではあるまい。私にも……帰刃があることをなっ!」

『!』

 

 そう、先ほどまで日番谷とラヴを圧倒していたアルトゥロだが、それでもまだ彼は未解放の状態であった。

 解放後と解放前では天と地ほども隔たっている戦闘力を誇る帰刃を、もしもアルトゥロが行えば一体どうなるか。

 

 背筋に氷が滑るような悪寒を全員が覚えた。

 

 させはしない―――真っ先に動いた京楽に続き、足の速い砕蜂、そして直情的な日番谷とひよ里が飛び込んでいく。

 だが、アルトゥロの背中に形成されている霊圧の翼が途端に勢いを増し、一度の羽搏きで飛び掛かって来た者達を一蹴する。

 

「くっ!」

「しまった……!」

 

 仕留めそこなったことに歯噛みする面々を他所に、おどろおどろしい霊圧がアルトゥロの周囲を渦巻く。

 そして、

 

 

 

「滅ぼせ―――『不滅王(フェニーチェ)』」

 

 

 

 アルトゥロの体を覆い隠すように折りたたまれた霊圧の翼が勢いよく開かれた。

 霊圧の翼から散った赤黒い霊圧の欠片は、羽根の如く鋭く、雨のように屯っていた死神たちを打ち付ける。

 その鋭利さは凄まじく、掠っただけで死覇装は裂け、皮膚が切り裂かれては血飛沫が舞った。

 

 直撃を喰らった者も数名。

 しかし、辛うじて致命傷には至っておらず、羽根を喰らった者達は突き刺さった羽根を引き抜く。

 

「無事かっ!」

「おっとっと……こりゃあ、また……」

 

 日番谷が叫んで安否を確認する一方で、京楽は目の前に出現した化け物に冷たい汗を流した。

 元柳斎の烈火の如き霊圧とも、藍染の静かでありながら大海の如き強大な霊圧とも違う。

 

 姿形に思った以上に変化はない。あるとすれば、一層激しさを増して噴出する霊圧と翼と、首や手首、足首から噴出する赤黒い霊圧。そして白黒が反転した瞳だろうか。

 だが、炎ともまた違う揺らめき方をする霊圧の翼の余波から感じる霊圧に、京楽は自身の唇が渇いていくことに気が付いた。

 

 それは正しく“混沌”だ。

 アルトゥロの能力は殺した死神の霊力を我が物とするもの。故に、彼から感じう霊圧の波動からは、彼に無残にも殺されてしまった死神たちの怒り、悲哀、憎悪、絶望、無念等々……知る限りの負の感情が入り混じっていた。

 

 一人を相手しているにも拘らず、京楽は自身の足下から彼に殺された亡者たちが自分たちと同じ場所に堕とそうという怨念の下、這い寄ってくる光景を幻視する。

 

 しかし、今一度放たれるアルトゥロの霊圧に我に返った。

 死神たちを見渡すアルトゥロの瞳は飢えた獣のように貪欲さを映し出す、同時に彼らを見下す傲慢さを覗かせるほど歪に歪んでいた。

 

「さあ、死神共……死出の準備は終えたか?」

『!!』

「引導を渡してやるっ!!!」

 

 護廷十三隊とアルトゥロ―――延いては死神と虚の頂上決戦とも言える戦いが、いままさに始まった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 偽物の空座町の空で新たなる死闘が繰り広げられ始めた時、ハリベルはアスファルトの地面に体を横たえ、虫の息ながらも必死に生き永らえていた。

 だが、すでに意識は朦朧となり視界もぼやけている。

 そう遠くなく彼女は死に絶えるだろう。

 刻まれた刀傷からあふれ出す血溜まりに浮かぶかのように倒れている彼女は、遠のく意識の中、せめて部下であり仲間だった三人を想う。

 

(済まない……アパッチ、ミラ・ローズ、スンスン……私は―――)

 

―――ピチャ。

 

 血溜まりを踏みつける足音はすぐ傍から聞こえてきた。

 目の前に見える黒い影に気が付いたハリベルは、瞳だけを動かして目の前に現れた人影を見つめる。

 輪郭もぼやけるほどに衰弱した彼女に、目の前の人影が誰かなど分かる由もない。

 だが、黒装束を纏っていることだけは分かったため、恐らくは死神だと当たりをつける。残り少ない力を振り絞って周囲を見渡せば、先ほどまでそこになかったおどろおどろしい門が構えていたことからも、そう断じた。

 

 死神ならば敵だが、生憎今のハリベルに戦う余力などは残されていない。寧ろ、一般隊士にさえ斬り殺されかねないだろう。

 どうしたものか―――そうハリベルがぼんやりと考えていれば、目の前の死神からチキリと刀を握る音が聞こえてきた。

 

―――ああ、私は殺されるのか。

 

 是非もない。だが、もしかすると死にかけ自分を見かねて介錯しようという、武士道精神に基づいた善意なのかもしれない。

 もしそうであるとすれば都合が悪いと、ハリベルは文字通り死に物狂いで言葉を紡ぐ。

 

「死神……なら、話を……聞いてくれ」

 

 ピタリと死神の動きが止まった。

 

「私は……直に……死ぬ。誰の手に……かかるまでもなく。だから後生だ……部下の無念も晴らせず……斃れた私に……せめて、死ぬまで……あいつらのことを想わせて……くれ」

 

 熱い雫がハリベルの頬を撫でる。

 毅然に振舞い、いついかなる時でも彼女たちの模範となる佇まいを崩さず戦士としての姿勢を説いたハリベルであったが、この時ばかりは溢れる想いに嘘を吐くことはできなかった。

 

「たのむ……!」

 

 懇願するように、弱弱しい手で死神の黒装束の裾を掴んだ。

 すると死神は、膝を突いてハリベルの前に近寄る。そして何を思ったのか、自身の黒装束の一部を破り、その布切れで零れるハリベルの涙を拭ったではないか。

 

「そんなの御免だ」

 

 突き放すような言葉に、ハリベルの顔が一瞬強張った。

 だが、すかさず穏やかな声音がハリベルの鼓膜を揺らす。

 

「死にたくないならそう言え。大事な人に会いたいならそう言え。素直になるべきなのはそこじゃないのか?」

「……」

「どうなんだよ」

 

 裾を掴んでいたハリベルの手を握って問いかけてくる死神に、しばし考えを巡らせるハリベルはゆっくりと頷いた。

 

「……あいたい……もういちど、あいたいなぁ」

「……分かった」

 

 瞳孔も半分ほど開いてしまっているハリベルが最期に紡いだ願い。

 確かに聞き届けた死神は、徐に己の刀を振りかざす。次の瞬間、辺りには青白い神々しい炎に包まれていく。

 暫くすると、燐光を煌かせながら燃え盛っていた炎は消えていき、膝を突く死神の前に横たわっていたハリベルは影も形もなくなっていた。

 

 それを見届けた死神は、背後のおどろおどろしい骸骨があしらわれた門の前に倒れている四人を、一人は右腕、一人は左腕、一人は背中、そして最後の一人の服を口で噛んで持ち上げ、ノッシノッシと運んでいく。

 至る所が焦げ、前が大きく開かれる形になってしまった己の死覇装のことも厭わず、唯一治療ができる吉良が居る場所に向かう。

 

「……!」

 

 気合いで大人四人を運ぶ死神は、上空で繰り広げられる死闘に参戦するべく、足を急がせるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ハッハァ!!」

 

「ぐああっ!」

「チィ!」

「こなくそっ……!」

 

 アルトゥロが両腕を勢いよく左右へ開くと同時に羽ばたかせられる霊圧の翼。そこから全方位に弾け散る霊圧の羽根は、速く、そして鋭かった。

 一つ一つは小さいが、それを補うほどの数が死神たちを次第に追い詰めていく。

 散弾銃(ショットガン)の如く、アルトゥロに近いほど受ける羽根の数は増えるため、迂闊に近づくことも許されない。

 だからといって距離をとって戦っても、超高速の響転で距離を詰められるか、虚閃で狙撃されるなど、根本的な解決にはならなかった。

 

「打ち砕け―――『天狗丸(てんぐまる)』!!」

 

 そこで状況を打開するべく、虚化によって身体能力を向上させたラヴが斬魄刀『天狗丸』を解放し、その巨大なトゲ付きの金棒をアルトゥロの背中へ振り下ろす。

 

「見えているぞ!!」

「ぐぉ!?」

 

 しかし、片手で容易く受け止められるや否や、反撃の虚閃がラヴの体を呑み込んだ。

 煙の尾を引かせて墜落するラヴだったが、何も結果を生み出せていない訳ではない。隙を作り出した彼に続き、虚化したリサとひよ里が左右からアルトゥロへ斬魄刀を振るう。

 

「鉄漿蜻蛉!!」

「馘大蛇!!」

 

 ほぼ同時に、二人の斬魄刀が交差する。

 

「なッ……!」

「居ない!?」

「見えていると言った筈だ!!」

 

 二人の斬魄刀は直前で響転したアルトゥロを捉えきれなかった。

 彼女たちが反撃を突く速度よりも、アルトゥロが体勢を立て直す速度の方が早かったのである。

 交差する彼女たちの後頭部を鷲掴みにした彼は、そのまま彼女たちの顔面を合わせるように叩きつけた。

 

「ぐっ……!」

「あ゛っ……!」

 

 見事なまでに彼女たちの仮面は叩き割られ、そこへダメ押しにもう一度、アルトゥロが彼女たちの顔面をぶつけ合わせる。

 二度の衝突によるダメージは少なくなく、両者共に夥しい量の鼻血を噴き出す。

 そんな彼女たちを投げ捨てたアルトゥロは、虚閃で消し飛ばさんと指先に霊圧を収束―――そして発射。

 

 僅か一秒にも満たない間だった。

 リサは勿論、ひよ里も真面に動ける体勢には入っておらず、眼前まで虚閃は迫ってきている。

 このままでは消し飛ばされる―――だが、彼女たちと虚閃の間に一つの結界が割って入り防いでみせた。

 

 九死に一生を得た二人に対し、アルトゥロは芝居がかった挙動で辺りを見渡す。

 

「んん? 誰だ、私の邪魔をする不届き者は」

「縛道の九十九『禁』!!」

 

 二人を救ったのは卓越した鬼道の腕を有すハッチだった。

 彼は詠唱破棄で縛道における最も番号の大きい術『禁』を繰り出し、アルトゥロの腕をどこからともなく現れた帯で締めあげ、それに楔を打つことで彼の動きを封じ込める。

 

「―――“嶄鬼”」

 

 そこへすかさず上をとった京楽が花天狂骨を振りかざして飛び掛かる。

 

「脆弱!!」

『!』

 

 だが、膂力だけで禁を破り拘束から脱したアルトゥロが、頭上の京楽目掛けて虚閃を放った。

 咄嗟に回避した京楽であったが、紙一重で回避した虚閃の裏側に回り込んでいたアルトゥロの回し蹴りを喰らい、吹き飛んでしまう。

 

「ハハハ、ハーッハッハッハ!!」

 

 狂ったように笑うアルトゥロの蹂躙はまだ終わらない。

 帰刃したアルトゥロに特筆すべき特殊能力はなく、ただ純粋に強大な力で周囲が焦土と変えるのが戦い方だ。

 それだけで“老い”の力を持つバラガンや、“無限装弾虚閃”や狼の弾頭を扱えるスタークよりも上の数字―――“0”を与えられた。

 

 それが何を意味するか、死神たちはその身をもって教えられている。

 

「虚弱! 惰弱!! 脆弱!!! クハハハハ! 弱い、弱すぎるぞ!!」

 

 数多もの死神を犠牲に手に入れた力は凄まじく、霊圧、膂力、速力といった基本的な能力において、死神側に彼に勝る者は誰一人として居なかった。

 霊圧硬度も尋常ではなく、ただ斬るだけでは刀傷一つ負わせることさえ叶わない。

 

「っ……“艶鬼”、『白』!」

「ハァ!!」

「うっ!?」

 

 そこで京楽が、口に出した色のみを斬れる“艶鬼”にて、自身にリスクの高い―――相手に与える威力が各段に上がる―――色を指定して斬りかかったものの、アルトゥロの白装束に刃が届くよりも前に刀身を素手で掴まれた挙句防がれてしまい、逆に京楽の隊長羽織の部分をアルトゥロが手刀で斬りつける。

 

「これが“力”だ!」

 

 迫りくる死神を千切っては投げ千切っては投げの圧倒的な戦いを繰り広げるアルトゥロは、満身創痍かつ死屍累々な死神を見下して吼える。

 

「弱者を喰らい、君臨する王のッ!!」

 

 前方へ両手から放つ虚閃が宙を疾走し、偽物の空座町に爆発を起こし、火柱を上げる。

 それだけに留まらず、アルトゥロは虚閃を放ったまま両腕を左右へと開いていくことで、町を更なる火の海地獄へと変えていく。

 

 赤熱に染まる偽物の空座町は最早地獄と化していた。無事な建物を探す方が難しく、燃える家屋からは黒煙が立ち止まない。

 巻き起こる爆発から広がる爆炎の津波が、建物を焼き尽くし、崩壊せしめ、鳴りやまぬ轟音とアルトゥロの笑い声だけが町に木霊する。

 

「この私……アルトゥロ・プラテアドのな!!!」

 

 殺戮者は止まらない。

 アルトゥロは死神を一蹴して気を良くしているのか、白目と黒目が反転した瞳で元柳斎を睨みつける。

 

「どうした、山本元柳斎! 貴様等の部下がやられているぞ!? 貴様は私と戦わんのか!?」

「……」

「ほぉ……まあ良かろう。ならば精々高みの見物でもしているがいい。貴様の護らんとするものの悉くが蹂躙される景色をな!!」

 

 堂々と佇む元柳斎がまだ動かないと見たアルトゥロは、辺りを見渡し、徐に狙いをつけんと目を細める。

 その視線の先に何があるのか―――日番谷が察した。

 

「野郎! まさか柱を……」

「貴様等の護りたいものなど知らん!! 理想も!! 思想も!! 命も!!」

「本物の空座町を……いや、結界の外の町ごと火の海にする気だァ!!」

 

 切迫した日番谷の叫びに、皆が動く。

 アルトゥロの狙いである転界結柱の柱を壊されれば、転送回帰で本物の空座町が回帰されてしまう。それだけに留まらず、これだけの霊圧の攻撃が放たれれば結界さえも穿たれ、結界の外の町も被害を受ける危険性があった。

 このアルトゥロが本物の空座町で戦えばどうなるかなど、用意に想像できる。

 建物や地形、そして避難させるべく共に転送された空座町の住民が戦闘の巻き添えになって命を落とす。

 

―――それだけは避けなくては!

 

「やらせるなァー!」

 

 日番谷が叫ぶ。

 

「空座町を……!」

 

 リサが駆ける。

 

「僕たちが……」

 

 京楽が翔ぶ。

 

「護らんでどうすんねんボケがァー!!」

 

 ひよ里が吼える。

 

 

 

 

 

「もう遅い、滅びろッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 閃光が瞬いた。

 アルトゥロの手から放たれた虚閃が一直線に柱の一つ目掛けて疾走する。極太の光線は先ほどの暴虐の限りを尽くした戦い方によって廃墟と化し遮る物のないこともあってか、偽物の空座町の上空を突き進んでいく―――否、あったとしても変わらなかっただろう。

 ビリビリと大気を揺らす虚閃は、もうすぐ柱と結界がある境目に到達しようとしていた。

 

 ここから虚閃を防ぐ手段はない……誰もがそう思った時だ。

 

 アルトゥロたちが居る場所から見れば、豆粒程度の大きさの人影が、虚閃と柱の間に立ちはだかる。

 流石にこの距離では誰が立っているのかなど分かりもしない。

 しかし、柱を護るべく立ち上がった青白い炎が、人影が誰かをすぐに知らせる標となった。

 

「もうお前の……」

 

 声は鮮明に響きわたった。

 かつてこの閃光から護れなかった―――救えなかった者を想う死神の声が。

 

「思い通りにさせるか、アルトゥロおおおおおお!!!!!」

 

 彼の覚悟に応じ激しさを増して揺らめく青白い炎が、アルトゥロの放った虚閃を拡散するように受け流す。

 それによって柱は守られ、威力が減衰したことによって結界も破られずに済んだ。

 

 自身の攻撃を防がれたアルトゥロは、一瞬不服そうに眉を顰めたが、すぐさま歓喜に彩られた薄い笑みを浮かべる。

 

「……芥火焰真」

「―――絶望なんかしてやらねえよ」

 

 瞬く間にアルトゥロの近くに現れたのは、ボロボロになった死覇装に身を包む焰真だった。

 ワンダーワイスの至近距離からの爆発を受けても尚無事だった彼だが、丈夫であるハズの卍解仕様の死覇装の一部が破れ、覗く肌に火傷を負っていることから、少なくないダメージを追っていることは目に見えて明らかである。

 

 しかし、瞳に宿る闘志は一切揺らいではいなかった。

 

「絶望は……諦めない奴には訪れない!! それにな、最後まで諦めない奴にだけ掴めるものが希望って言うんだ!! 俺は希望を最後まで信じて戦う!!」

「……反吐が出る綺麗事を。まだそんな寝言を吐けるか!! 私のこの……圧倒的な力を前にしても!!」

「ッ!」

 

 アルトゥロが放つ霊圧が、焰真の被っていた帽子を吹き飛ばし、彼の白髪を弄ぶように揺らめかせる。

 浴びる霊圧は凄まじく、焰真も堪らず目を細めた。

 

「……確かに、今のままじゃお前には勝てない」

「……ハッ! 今更になって負けを認めるか?」

「違う。今の俺じゃ勝てない……だから、皆の力を借りて戦うって言ってんだ」

「ほう……私の足下にも及ばない地虫の力に縋ってか。よかろう! 見せてみろ!」

「ああ……その眼に焼き付けやがれ!」

 

 天へ鋒を向けるように星煉剣を掲げる焰真。

 刹那、家屋が燃えて起こる上昇気流とも違う柔らかい風が、焰真へ集まるように吹き渡った。

 

「ッ! なんだ……これは?」

 

 瞠目するアルトゥロが目にしたもの。

 

 

 

 刹那、各地に上がる光の柱と、天から降り注ぐ光の柱に包まれる焰真の姿だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「面白い事が起こっているよ」

 

 目の前で戦う市丸へ呟いたのか、平子へ呟いたのか、はたまた誰に訊かせる訳でもない独白か、藍染は呟いた。

 遠目でも見て分かるほどの小さな光の欠片が、一斉に焰真の下へ集まっていき、彼の体に取り込まれていく。

 

 東仙たちの戦いからも興味が失せた藍染は、一心に視界に映る不可思議な光景を目に焼き付ける。

 

(―――彼は死神でありながら滅却師の因子を持っていた)

 

 長年、偽りの仮面を被っていた頃の自分を慕っていた焰真の姿を思い浮かべる藍染は、淡々と自身が得た『芥火焰真』という死神の情報を思い返す。

 

(だが同時に虚の因子も有していた。普通ならば虚の因子が体内に流れ込めば、滅却師の因子を持つ者は毒で衰弱し、やがて死ぬ……しかし、彼が生き永らえたのは一重に霊王の欠片が彼の中に存在していたからだ)

 

 『霊王』―――三界を統治する尸魂界の王だ。

 その正体を知っている藍染は、霊王の欠片と呼ばれる代物が世界中に散らばっており、時には欠片が魂魄に溶け込んでいることも知っていた。

 霊王は全ての種族の始祖。故に本来混じり得ない二つの種族の因子を共存させることもでき、中には“愛”を覚えた物の形を意のままに変えるという神に等しい能力を有させることもできる。

 

(それが完現術者。霊王の欠片を宿した人間が、母体に虚の因子が宿っていることで生まれた異能力者。井上織姫や茶渡泰虎や、かつての死神代行のように……芥火焰真、君もその一人さ)

 

―――両親の顔も知らない彼が知っているかは別だが。

 

 ともあれ、完現術者である焰真にも彼固有の能力があるハズ。

 彼の斬魄刀―――浄化した虚の霊力を我が物とする能力とは別に、何度か見せたこともある能力。

 

「さあ、見せてくれ……君のその能力(チカラ)を」

 

 自分の魂を他人に分け与え、あるいは他人の魂を受け取り、己や他人の能力を強め・成長を促進させる能力。

 

 

 

 繋がりの下に魂を育み、それそのものを己が力とする力の名は―――

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

絆の聖別(ブレス・ア・チェイン)

 

 

 

 

 

 焰真に、彼が築き上げた絆の下に育まれた魂が集まっていく。

 次第に彼の体の傷は癒え、同時に彼の膨れ上がる霊圧によって大山鳴動するかのように大気が唸る。

 

「皆の……」

 

 緋真の。

 

「皆のだ」

 

 ルキアの。

 海燕の。

 

「皆の(こころ)が俺に力をくれる」

 

 他にも恋次や雛森を始めとする仲間たちや、今この場に来ることができず、それでも護廷十三隊の勝利を願って瀞霊廷に居る死神たちの―――それこそ数えきれない魂がほんの少しずつ焰真に力を与えた。

 

 それは暴力で力を獲得したアルトゥロに匹敵するほどに。

 

 アルトゥロから放たれる赤黒い霊圧に勝るとも劣らない青白い霊圧が、焰真の体から神々しい光と共に溢れ出した。

 

「アルトゥロ……俺はお前に勝つぜ」

 

 斬魄刀と完現術。二つの能力により、全ての種族の力を宿した剣を焰真はアルトゥロへ突きつける。

 

「俺の魂に誓ってな!!!」

「……地虫が幾ら力を合わせた所で私を斃す事など出来はせん!!!」

 

 相対す死神と虚の決戦の幕が、

 

 

 

「アルトゥロぉぉぉおおお!!!」

「芥火焰真ぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 今、切り落とされた。

 




*オマケ ハリベル in 尸魂界

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