先ほどまでアルトゥロの赤黒い霊圧によって禍々しい様相を描いていた空が、今は神々しい青白い光に彩られている。
決して混じり合わない二つの色が空を泳ぐ。
同時に、今日何度目かも分からない腹の底に響く激しい衝撃音が響きわたって来た。
思わず顔を顰める雛森であったが、彼女は吉良ほどに及ばないものの持ち前の鬼道の腕から霊術院で好成績を収めていた回道で、倒れている四人を吉良と共に治療する。
彼女自身も、つい先ほどまでアヨンから受けた傷で真面に動けなかったものの、吉良の献身的な治療でなんとか動けるまでになった。その体を押して動く彼女の顔には疲労が覗いている。だが、他人に心配をかけぬようにと、彼女は何とか取り繕っているのだった。
「大丈夫ですか、志波隊長!?」
「あぁ……だが、俺はまだ軽ィ方だ。他の四人を頼む」
「っ……分かりました! じゃあ、どうしても我慢できなくなったら言って下さいよ!?」
煤けたり破れたりして襤褸切れのようになっている隊長羽織と死覇装を身に纏う海燕は、『ガキじゃあるめーし』と雛森の言葉に言い返す。
だが、焰真の咄嗟の判断で免れたとは言え、ワンダーワイスの中に封じ込められていた流刃若火の炎の炸裂したダメージを全く受けていないという訳でもなく、現在はこうして治療を待っている。
他に焰真に連れて来られた者達は、ローズ、拳西、白の三人。
全員、ワンダーワイスとの戦いで傷を負った仮面の軍勢だ。そんな彼らも見捨てることなく治療のため吉良たちの下に立ち寄った焰真は、休むことなくアルトゥロとの戦いに身を投じている。
途中、倒れているハリベルをも見過ごせず、煉華の炎で浄化した彼の行動を見ていた海燕は、初めて彼と出会った時のことを思い出していた。
(ビビりの癖して、手前の大切な奴の為なら命省みねェで突っ込んで泣いてたガキがよ……)
―――立派になった、本当に。
心も体も成長したものだと一人感慨深そうに瞼を閉じる。
「なぁ……叔父貴だってそう思うだろ?」
約二十年前に行方不明となった叔父・一心に向けて言い放つ。
***
「はああああっ!!!」
「がああああっ!!!」
咆哮を上げて衝突する焰真とアルトゥロ。
衝突の際に弾ける霊圧によって、近くに辛うじて建っていた罅の入ったビルが倒壊する。そうでなくともガラス窓が砕け散り、両者の激突がどれほど凄まじいものかを物語っていた。
「だぁ!」
「っ! 舐めるなァ!!」
「ぐっ!?」
剣戟による一瞬の硬直の後、すかさず焰真がアルトゥロの横っ腹に蹴りを叩きこむ。
体に奔る衝撃と軋む音。だが、アルトゥロもやられたままでは済まず、叩きこまれた足を掴んでは、そのまま焰真を真下に放り投げる。
体勢を立て直す間もなく、真下にあったビルに突入することとなった焰真は、既に廃墟寸前であったビルを縦に真っ二つに裂いて地面に激突した。
「
閃く虚閃が瓦礫の山と化したビルを焰真ごと呑み込む。
しかし、虚閃に妙な違和感を覚えたアルトゥロは、虚閃が狙った標的を境に左右へ弾けている様子に瞠目した。
次の瞬間、虚閃を斬魄刀で弾いて受け流していた焰真が、歯を砕けんばかりに食いしばったまま、アルトゥロの下へ突撃する。
「劫火大炮ォ!!」
「猪口才な!!」
虚閃が無意味と察したアルトゥロが虚閃を止めた途端、劫火大炮をアルトゥロ目掛けて放つ焰真であったが、アルトゥロの腕に掻き消されて無力化されてしまう。
その間にも接近していた焰真が斬りかかる。
速く、鋭く、正確な剣閃が息つく間もなく繰り出された。
「喰らうものかっ!」
「! がっ!」
しばし回避に徹していたアルトゥロであったが、焰真の刺突に対して体を反らして回避。そのまま星煉剣の刀身を掴み、彼の体を手繰り寄せる。
そして、迷うことなく焰真へ頭突きを食らわせた。
思わず瞼を閉じ、上体をのけ反らせるように怯んでしまう焰真。
すると、口を大きく開いたアルトゥロが、口腔に灰色の霊圧をみるみるうちに収束させるではないか。
ほぼ零距離での虚閃が、焰真に襲い掛かろうとする。
だがしかし、
「っ、らぁ!!!」
「なっ―――」
カッ! と目を見開いた焰真が、反らしていた上体を更にのけ反らしたかと思えば、体を翻しサマーソルトのような形でアルトゥロの顎へ蹴りを叩きこんだ。
頭突きの意趣返しと言わんばかりの攻撃は、アルトゥロの脳を揺さぶるだけに留まらず、発射直前まで収束していた霊圧がとどまっていた口を強引に塞がせる。
次の瞬間、アルトゥロの閉じられた口から眩い光が溢れ出すと共に、彼の頭部を中心に爆発が起こった。
「ぐっ……があああああああっ!!!」
自身を覆っていた煙を霊圧で吹き飛ばすアルトゥロは、血が溢れている口を裂けんばかりに開いて叫ぶ。
怒り狂っている彼の瞳は血走っており、油断すればすぐにでも喉笛を掻き切られそうになると錯覚してしまいそうな殺意が焰真へと向けられている。
そんな彼は霊圧の翼を豪快に羽ばたかせ、無差別に凶器と言って過言ではない霊圧の羽根を辺りにまき散らす。
焰真は斬るなり避けるなりして機関銃の如き霊圧の羽根の掃射に対処するが、その間にも眼下の街並みはどんどん崩れていき、激震と共に土煙や埃が舞い上がる。
崩壊する街並みを目にし、焰真の瞳に灯っていた静かな怒りが激しさを増す。
偽物とは言え、人間の命の営みが行われている光景を蹂躙される様は見ていて気持ちの良いものではない。
何より、町には治療している死神たちも居る。流れ弾を喰らう可能性も無きにしも非ずだ。
その可能性を考慮すれば、すぐにでも止めなければいけないのは明らか。
焰真は星煉剣を構えて吶喊する。
「いい加減にしやがれ、アルトゥロぉぉぉおおお!!!」
「それは私の台詞だ、芥火焰真っ!!!」
「なにっ!?」
縦に一閃する焰真であったが、それをアルトゥロは白刃取りで受け止める。
押し切らんと刀身から炎を迸らせる焰真だが、負けじとアルトゥロも背中の霊圧の翼の勢いを強めた。
拮抗する両者。だが、僅かにアルトゥロが勝っている。
次第に押される焰真に対し愉悦に歪むアルトゥロの顔が迫っていく。
「命とは! 孤独を強いられ! 老いに蝕まれ! 犠牲を糧とし! 虚無のままに! 絶望に沈み! 破壊に怯え! 陶酔に逃げ! 狂気と化し! 強欲に溺れ! 憤怒を振り翳すものだ!!」
「それが一体なんだって言う!?」
「貴様が気に喰わんと言っている!!」
アルトゥロの勢いが一掃強まり、焰真も思わず顔を顰める。
「貴様の眼には何者にも負けんという意志が宿っている!! それこそ、この私にも負けんという意志がな!! だが、矢張り貴様は理性だけで私を斃そうとしている!!」
「ぐぁ!?」
星煉剣を腕力で退かしたアルトゥロが、空いた片方の拳で焰真の顔を殴りつけた。
「本能のままに生きろ、芥火焰真!! 解る……解るぞ!! 貴様のその力!! その気になればこの
「するかよ……そんなことォ!!」
もう一度振り抜かれようとしていたアルトゥロの拳を、星煉剣の柄を握っていた左手で防ぐ。
「俺は救うんだ!! 命を……皆を!!」
「それが脆弱だと言っている!!」
「何が悪い!! 俺は俺の思うままに生きる!!」
アルトゥロの腹部へ前蹴りを叩きこんだ焰真が、怯んだアルトゥロから距離をとり、星煉剣を構え直す。
「悩んで悩んで悩んで……ああじゃねえこうじゃねえって考えて……それでも今の俺が出した
「ハッ! 揺るがぬ思想の下に戦わぬ貴様如きが私に勝てるとでも!?」
「あるさ。護って救う……それが俺の絶対に揺るがない誓いだ!!」
焰真の宣誓に呼応し、星煉剣から溢れる炎の輝きが増す。
より澄んだ光。見る者の心を洗うように透き通った青白い光は、彼の青臭くも真っすぐな想いを象徴しているようだ。
「戯言を!! ならば私が―――」
「霜天に坐せ―――『氷輪丸』!!」
「むっ!?」
焰真の決意を挫く為に飛び掛かろうとするアルトゥロであったが、どこからともなく疾走してきた氷の龍に邪魔をされ、顔を顰める。
虚閃で消し飛ばした氷の龍がやって来た場所に目を向ければ、そこには幾分か呼吸が整った日番谷が居た。
「お前だけでドンパチやってたお陰で大分休めた。手を貸すぜ、芥火」
「日番谷隊長!」
「まあ、ダメって言われても手は出すがな」
「……いえ、ありがとうございます」
日番谷の加勢にフッと微笑む焰真。
しかし、加勢に赴いたのは彼だけではない。次々にアルトゥロを囲っていく死神たちは、先ほどまでアルトゥロに辛酸を味わわされた者達に加え、アヨンと戦い倒れていた者、そんな彼らと共に治療されていた海燕たちだ。
全員が十分に休めているとは言えない。彼らの疲労は目に見えて明らか。
だが、全員が瞳に猛々しく燃え盛る闘志を宿している。
―――芥のように取るに足らなかった火が、今やこうして全員を奮い立たせんとする焰へ。
「焰真くん」
「っ、雛森?」
「あたしたちは、焰真くんを一人で戦わせたりなんかしないよ!」
「……ああ、ありがとな」
隣に現れた雛森が屈託のない笑顔を焰真へ向ける。
その笑顔に幾分か肩の力が抜けた焰真は、これまた屈託のない笑顔を雛森に向けた後、アルトゥロに対面した。
「地虫共が……いいだろう。貴様等を斃し、私は更なる高みへ昇る!!」
「アルトゥロ……!」
「来い!! 塵も残さず葬り去ってくれる!!!」
今日一番の大きさの霊圧の翼を形成するアルトゥロが、焰真目掛けて飛翔する。
その禍々しい翼の羽搏きで巻き起こる風に煽られる死神たちだが、体が押されるのは一瞬。すぐさま身構え、アルトゥロに各々の刃を向けた。
迎え撃つは他ならぬ焰真。真面にアルトゥロと刃を交えられるのは、元柳斎を除いてこの場には彼一人のみ。
故に星煉剣を構えた焰真もまた、青白い炎の尾を引かせ、アルトゥロと正面衝突せんとする勢いで駆けていく。
「援護するぜ! 卍解―――『金剛捩花』!!」
「行くぞ、志波! 卍解―――『大紅蓮氷輪丸』!!」
舞うように駆け抜ける焰真を援護せんと、卍解した海燕と日番谷が繰り出す水と氷の龍が絡み合うように突き進み、アルトゥロに向けて顎を開く。
「この程度の目くらまし!!」
鬱陶しいと言わんばかりの形相で虚閃を放ち、二匹の龍を消し飛ばすアルトゥロ。
しかし、彼の目の前に焰真の姿は窺えない。
「上かっ!!」
「おおおおおっ!」
アルトゥロの予想通り、彼の真上から大車輪の如く回転して勢いをつけていた焰真が、星煉剣を振り下ろす。
すかさず腕を交差させて受け止めるアルトゥロ。
「ぐぉ!?」
だが、予想を大きく上回る力に受け止めきれず、地面目掛けて吹き飛ばされる。
何故かと思考を巡らす彼の視界に入ったのは、不敵な笑みを浮かべる京楽だ。
「―――“嶄鬼”」
「っ……おのれェ!!!」
場に居る者全員を強制的に花天狂骨の提示する遊びに従わせる能力。その技の一つ、“嶄鬼”は上を取った者が優位に立てる。拮抗する力を持つ焰真とアルトゥロの内、焰真に“遊び”の勝者としての補正がかかったならば、アルトゥロが押し負けるのは自明の理。
怨嗟の声を吐き出し、アルトゥロは翼を羽ばたかせると共に体を翻して体勢を整える。
「隙だらけだ」
「なにっ、ごっ!?」
そこへ静かに背後に肉迫していた砕蜂が、瞬閧で強化した蹴りをアルトゥロの顔面に叩きこんだ。
「弾け―――『飛梅』!!」
「ぶっ潰せ―――『五形頭』!!」
さらに、雛森の飛梅の火球と大前田の鉄球が襲い掛かるが、血走った目を浮かべるアルトゥロは、翼に供給している霊力を増やす。
供給量が増えた霊圧の翼は一気に巨大になり、迫る攻撃を一蹴してみせる。
「地虫如きの攻撃で……!!」
「それはどうかな?」
「!」
「縛道の六十一『六杖光牢』」
暗い声。這い寄るような声音に導かれるがまま振り向けば、詠唱を終えた吉良がアルトゥロに縛道を繰り出したではないか。
体に突き刺さる六つの光の帯。
六十番台の鬼道は、通常人間の膂力で振りほどくことは不可能だ。
「効かぬと言っている!!」
しかし、九十番台を強引に破ったアルトゥロであればその限りではない。
すぐに腕に力を込めたアルトゥロにより、突き刺さった光の帯に罅が入っていく。
自身が放った拘束が解かれていく―――にも拘らず、吉良は平静を崩してはいない。
「……そう足掻くものじゃないよ」
「縛道の六十二『百歩欄干』!!」
「縛道の六十三『鎖条鎖縛』!!」
すぐさま、射場と乱菊が追撃の縛道を繰り出し、拘束に入ったからだ。
三つの六十番台の縛道を受ければ、流石のアルトゥロであろうとも振りほどくには時間がかかる。
とはいってもほんの数秒―――しかし、その数秒こそが死神たちを勝利へと導く光明と化す。
「芥火くん! これを!」
「助かる、吉良!」
吉良が放り投げた7のような形の斬魄刀『侘助』を受け取った焰真が、藻掻くアルトゥロの前に迫り、星煉剣も含め、借りた斬魄刀で何度もアルトゥロを斬りつける。
同時にそれは拘束に用いている縛道にも攻撃を加えることになってしまうが、与えることができた攻撃を考慮すれば、役目は終わったも同然。
「貴様等ァ……っ―――!!?」
拘束が解け、いざ反撃に出ようとするアルトゥロであったが、不意に重くなった自身の体重に、ガクリと体が崩れる。寸前の所で耐えるように踏みとどまったものの、既に何度も斬りつけられた体に力を込め、傷口から絶えず血が噴き出す。
「なんだっ……これは!!?」
「斬りつけたものの重さを倍にする。二度斬れば更に倍。三度斬ればそのまた倍。やがて斬りつけられた者はその重さに耐えかね、侘びるかの様に頭を差し出す……」
ノールックで投げ返した焰真から侘助を受け取った吉良が、言葉通り詫びるように前のめりに崩れかけているアルトゥロへ紡ぐ。
「故に、『侘助』」
「貴様……!!」
「だけれど、侘びる君を赦すのは僕が決めることじゃあない」
「!!」
突如、空が赤黒く染まる。アルトゥロの霊圧ではない。
必死に空を仰いだアルトゥロが目にしたのは、平子を除く仮面の軍勢の面々が虚の仮面を被り、限界まで収束した虚閃を一声に放たんとしている光景だ。
「いくで!! あの舐め腐ったハゲにきっついのぶちかましたるわ!!」
「奏でよう……僕たちの
「あー、分かり辛ェな。こういうのは『合体必殺技』とかでいいんだよ」
「別になんでもええわ」
「皆サン、タイミングを合わせまショウ」
「先走るなよ、白!」
「分かってるって!! 必殺……ウルトラスーパーハイパ~~~……」
『虚閃!!!』
アルトゥロへ降り注ぐ七条の閃光。
虚もどきが放つ虚閃とは言え、威力は本物の虚となんら遜色ない威力だ。
一つ一つではアルトゥロに致命傷を与えるに至らない威力だが、七人同時に放てばまた話は違う。
轟々と唸りながら突き進む虚閃がアルトゥロの背中に直撃し、侘助によって動きが鈍くなっていた彼を押していく。
アルトゥロもただ喰らうつもりもなく、背中の霊圧の翼での防御を図るが、自重を支えるために用いていた翼を防御に転じたため、彼はどんどん地面へと押し付けられるように落ちる。
地に足をつき、それでも王としての意地を貫かんと二本の足で立ち続けるアルトゥロ。
歯を食いしばり、虚閃を翼で受け止め続けるアルトゥロは吼える。
「小癪な!! 貴様等如きが……独りでは立つ事さえままならぬ弱者が、この私をおおお!!!」
「なッ、あいつ!」
「しぶと過ぎやろ!」
驚愕する面々を射殺さん眼を浮かべ、アルトゥロが吼える。
「斃せると思うなああああああ!!!」
全身全霊を以て七人分の虚閃を受け切っても尚、大地を踏みしめて立ち続けているアルトゥロ。
許せない。許せる筈もない。
一人一人は自分には遠く及ばぬ弱者。それらが群がった所で、自分になど敵う筈はなかった。
しかしどうだ? 芥火焰真という一人の死神が加わっただけで戦況は一変した。
たった一人拮抗する相手は、地虫と蔑んだ芥のような命の力をほんの少しずつ束ねた武器を手にする男。
そんな男と互角であることも、そんな彼と地虫が手を組んだことでここまで劣勢になることも、プライドの高いアルトゥロにとっては到底許せるものではなかった。
故に怒る。激昂した彼の気迫は霊圧に現れ、歪に揺れる霊圧の翼が周囲の建造物をなぎ倒し、瓦礫を更に細かく破砕していく。
最早、戦慄や恐怖という感情では留まらぬ思いをアルトゥロに抱く面々。
まさしく『不滅』の名を冠す斬魄刀を携えていた者に相応しいしぶとさだ。彼の姿には、敵でさえ感嘆を覚えさせ、同時に恐怖を与えるものがある。
だがしかし、その必要ももうない。
アルトゥロから見て、逆光を背に背負う死神が一人、彼の目の前に君臨するように降り立った。
「なっ……!!?」
「これで……」
星煉剣の柄を両手で握る焰真。
血で彩られた顔は決意に固められている。
焰真、そしてアルトゥロにとって世界がスローモーションのように遅く時間が流れていく。
柄を握り締める音、衣擦れの音、瓦礫を踏みしめる音、そして鼓動の音。
靡くマント、舞う血、巻き立つ埃、揺れる眼。
その全てが鮮明だった。
角度を変え、星煉剣の刀身が反射した太陽の光が、どこまでもアルトゥロの視界を惑わせる。
(馬鹿な……!)
ゆっくり……ゆっくりと刃がアルトゥロの体に添えられていき、白装束、果てには鋼皮に食い込んでいく感覚が脳に伝わる。
(馬鹿な……!!)
まるで火打石をこすり合わせたかのように、刃と体の間から弾ける炎。
だが、その炎は炎と呼ぶには余りにも神々しかった。
(馬鹿な……!!!)
それもその筈だ。
その炎は悪しき魂を浄化するが為に存在する炎。
炎を纏う刃を有す剣は数多の命の力を煉った剣。
鮮烈な光を放つ命の瞬きが凝縮された剣が、赤鰯の如く血みどろなアルトゥロの剣よりも儚くも美しい光を放つのは当然のことだ。
そして握るのは一人の死神。
彼―――芥火焰真は、アルトゥロの悪業を絶つ為に刃を振るう。
「終わりだ!」
「ぐ……!?」
「劫火……滅却!!!」
「があああああああああ!!!」
刃が振り抜かれると同時に、刻まれた傷口から血飛沫と共に青白い炎が燃え盛る。
同時に、アルトゥロの体に刀身が突き刺され、焰真の血を糧によって、より激しい烈火が彼を焼き尽くしていく。
炎の苛烈さは燃えている者の業の深さを表す。天を衝かんばかりに燃え盛るアルトゥロから昇る炎は、それだけ彼の業の深さを表していた。
無論、すぐに留まるはずもない。
星煉剣が浄化するのは生前の罪ならず、これまで犯した罪の全て。
破面になって数多の死神を殺害した彼の浄化の痛みは、想像を絶する壮絶なものだ。
「それがお前の罪だ!!」
「ぐ、ぐぅ……私が……貴様等、地虫如きに……!!」
「償え、アルトゥロ!!」
「あああああっ!!!」
アルトゥロもただではやられず、胸に突き刺さる星煉剣の刀身を握っては抜こうと試みたり、もう片方の手で焰真に虚閃を放とうとしたりする。
しかし、彼の抵抗を阻まんと瞬歩でやって来た雛森が、突き出された腕を斬り上げて虚閃の狙いをずらす。これによって焰真に虚閃が当たることはなく、アルトゥロ決死の反撃も水泡に帰した。
「お、のれェ……」
やがて炎の勢いは衰え、帰刃も解けたアルトゥロの姿が露わになる。
脱力する彼は微動だにせず、機は熟したと焰真が彼の胸から刃を引き抜き、疲労からか膝から崩れ落ちる。
そんな焰真を心配しつつ、雛森はアルトゥロが倒されたことにホッと胸を撫でおろす。
「これで……」
「―――愚か者めがっ!!」
「えっ!?」
突如、面を上げたアルトゥロが鬼のような形相で焰真に飛び掛かる。
その手に握る武器など無いが、手刀の形を作る彼からは、焰真の喉笛を掻き切らんとする気迫がこれでもかというほどに放たれていた。
「思い上がるなよ、死神!! 私が貴様の思い通りになるなど……!!」
「焰真くんっ!!」
そのまま焰真に突撃するアルトゥロに対し、飛梅を構える雛森が割って入る。
『危ない雛森さん!』などと吉良や他の者達の声が聞こえるが、雛森はただ焰真を守る一心でアルトゥロの前に立ちはだかった。
手刀が雛森に到達するまであともう少し。
飛梅を握る手が震えようとも、雛森にその場から退けるという考えは一切脳裏に過らなかった。
例え己を犠牲にしようとも守る―――その決意は固い。
「―――大丈夫だ、雛森」
「……えっ?」
しかし、覚悟したタイミングで手刀が届かないことにも、後ろから聞こえた焰真の優しい声音にも雛森は呆気にとられた。
立ち上がった焰真が雛森の肩に手を置き、彼女を自身の背後へ移動させる。
その間雛森は、いつまで経ってもその場から動けないアルトゥロに視線を移し、とある異変に気が付いた。
「鎖……?」
「ぐっ!? なんだ、これは一体……!」
どこからともなく現れた鎖に雁字搦めになっているアルトゥロがもがくも、一向に鎖が解ける様子はない。
そんなアルトゥロへ、沈痛な面持ちを浮かべる焰真が星煉剣の切っ先を向ける。
「地獄の鎖だ」
「なん……だとっ……!?」
地獄、それは現世、尸魂界、虚圏をひっくるめた“三界”ともまた違う空間にある、生前に大罪を犯した者が堕とされる場所だ。
無論、破面と言えど生前大罪を犯していれば、死神によって倒された後に地獄に堕ちることとなる。
だが、焰真の斬魄刀に限っては生前大罪を犯していたとしても堕ちることなく尸魂界に赴けるという、半ば特権的な能力が備わっていた。
にも拘らず、アルトゥロが地獄に堕ちようとしている―――それが意味することとは、
「俺の斬魄刀で斬った相手に限っては、尸魂界に送るか地獄に送るかは俺の裁量だ」
「っ……!」
「俺の斬魄刀は虚の霊圧を浄化する……だが、そりゃ言葉のあやだ。あくまで
―――悪業
焰真は語る。
どれだけ正当な理由だとは言え、人を殺すことは罪であり、盗みを働くことも罪。だが、数多く存在している罪には因果関係がある。
人はやがて、ただ罪だから罰するのではなく、理由も考慮して罰を軽くするようにしてきた―――それを“情状酌量”と言う。
煉華は、ただ虚を浄化する斬魄刀などではない。
魂に確と刻まれている悪業を一度浄化し、その魂の生殺与奪の権を握る縛道系斬魄刀。
始解では虚にしか通用しない。それは本来地獄へ送る判断の対象が虚でしかなく、尚且つ焰真の滅却師の因子を有しつつ虚の因子も兼ね備えるが故の虚特効とも言える霊圧が、彼が煉華の炎を『虚を浄化する炎』と把握していた由縁である。倒した虚の霊力を我が物とする部分については、悪さができぬようにという『没収』の意味合いが強い。つまり、“浄化不良”とは没収した霊力を焰真の霊圧による中和が滞っている状態を指している。
一方、卍解になればその制限も外れて人間も死神も、悪業を浄化すれば地獄送りが可能だ。虚に対して霊力の没収を人間や死神にはできないが、それでも悪業を浄化し切れば地獄に堕とせるとなれば、いかに星煉剣が死神として許された力から逸脱しているか分かるだろう。
「今まで自分から使ったことはない……」
優し過ぎるが故に躊躇する。
だが、優しいからこそ与えられた能力でもあった。
「でも、俺も今のお前を尸魂界に送るほど甘くもない!」
「っ! おのれえええええ!!」
「地獄の底で悔い改めろ、アルトゥロ・プラテアド!! 堕とせ―――『星煉剣』!!!」
「芥火焰真ああああああああああ!!!」
穿界門を開く時の如く、突き出した星煉剣を鍵穴に差した鍵のように回す焰真。
すると、アルトゥロの背後に骸骨があしらわれたおどろおどろしい門―――地獄の門が出現し、轟音と肌が粟立つ寒気と共に門が開く。
アルトゥロに絡みつく鎖は門の奥へと続いており、みるみるうちに彼を地獄へと引きずり込む。
「がああああああ、がはっ!!?」
刹那、深淵のように冥い門の奥から巨腕が現れ、アルトゥロの体に巨大な刀を突き刺した。
貫かれたアルトゥロの口からは血が溢れ出す。
しかし、その瞳から焰真への殺意は消えておらず、震えながら鋭い眼光を焰真へと向ける。
「これで……終わったと思うなよ……私は……」
『ヴヴ……ルル……フフ……フハハハハハ!!!』
「地獄の底から貴様の首を狙う!!! 憶えていろおおおおお!!!」
高らかな地獄の番人・クシャナーダの笑い声と共に、地獄に引きずり込まれていったアルトゥロ。
すぐさま地獄の門は閉じてはバラバラと崩れ去り、元からそこに地獄の門など無かったかのように消え失せていった。
「……堕ちたか。これで……」
最後の十刃も落ちた。
残るは藍染たちのみ。東仙は既に狛村と檜佐木に倒されたようであり、微力な霊圧が遠くから感じ取れるのみだ。
そして当の藍染はと言えば、最後の十刃が倒されたにも拘らず悠々と構え、死神たちを見下ろしていた。
部下が倒されたことへの動揺も焦燥も感じられない。つまりは、元より情は抱いていなかったということだ。
当然という感想が浮かぶ一方で、どこか胸を締め付けられるような感覚を覚える焰真は、一気に上空へと飛翔して藍染と同じ目線に立つ。
それは彼のみならず、他の戦い終えた者達も藍染と相対すべく彼の下へと集っていった。
「―――ようやく、私の下に辿り着けたようだね」
待ち受けていたとでも言わんばかりの口調。しかし、そこに感慨深さなど微塵も滲んではいない。
語り部のように淡々と、そして演者のように芝居がかっているように腕を大きく広げる藍染は告げる。
「さあ、かかってくるといい護廷十三隊。私は逃げも隠れもしない。なに、安心するといい。結果は変わらないさ。君達が私の前に斃れるという結末は」
藍染が剣を抜く。
誰もが身構えたその瞬間、藍染の背後の空間が切り開かれた。
どこかでも続く常闇の世界。そこから飛び出す一人の少年が、漆黒の刀を高々と掲げるや否や、藍染目掛けて刃を振るう。
「―――
六芒星の如く爆ぜる霊圧。
「
漆黒の星が瞬いた。