BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*8 雪解け

「ほぎゃあああ!!?」

「おぉう!?」

 

 泣き叫んでフェードアウトする魂魄と、それに驚くルキア。

 それを傍らで見守る焰真と別の院生は、得も言われぬ表情を浮かべていた。

 

 現在彼らが居るのは瀞霊廷ではない。凡そ瀞霊廷には建っていないであろう印象のビルや建物が立ち並ぶ町―――現世だ。

 蝋燭や行燈ともまた味わいが違う電灯は、文字通り焰真たちに違う世界へ足を踏み入れたという実感を与える。道路を行き交う車、洋服と言われる類のラフな格好をした人間たち。その全てが、若くして現世にて死し、尸魂界にやって来た魂魄である焰真にとっては新鮮であった。

 

 そんな彼らが現世に居る理由は、魂葬実習のためだ。

 貸与されている斬魄刀には、現世にて彷徨う魂魄を尸魂界に送る能力が存在する。具体的な流れとしては、柄の尻の部分を魂魄の額にポンと押すだけで、自然と魂魄は尸魂界―――正確には、尸魂界の流魂街に流れ着くに当たって、どの地区に行くかのくじ引きをするための空間に訪れるとのこと。

 ひどく事務的な処理がされている三途の川のような空間があるという訳だ。

 

 しかし、魂葬するには一つ注意点がある。

 肩に力が入った状態で魂魄を魂葬すると、魂魄が消え際に非常に痛がるのだ。たった今ルキアが魂葬した魂魄も、彼女が力んでしまったがために悲鳴を上げて消えていってしまった。

 

「何て言うか……あんな風に往きたくはないな」

「ううっ、五月蠅い! 私だって練習すればもうちょっと上手くやれる!!」

 

 独り言に等しい焰真の呟きを耳にしたルキアは、顔を真っ赤にする。

 『そんなことより』と無理やり自分から話を逸らそうとするルキアはと言うと、順番待ちをしていたおさげの少女を焰真の前に連れて来た。

 

「あ、あのっ……」

「焰真。ほれ、次は貴様の番だ。痛くしてやるなよ」

「お、おおぅ……」

 

 初めての魂葬実習。

 焰真はゴクリと生唾を飲みこみ、緊張をほぐすべく深呼吸した。

 

「じゃあ……」

「い、痛くしないでください!」

「……善処する」

 

 胸から因果の鎖と呼ばれる鎖を垂らす少女は、そう懇願した。

 

 そして焰真は斬魄刀の柄の尻を、瞼を閉じる少女の額にポンと押し付ける。

 

「んっ」

 

 艶っぽい声を出して息を飲む少女。

 しかし、少女の姿は一向にその場から消えない。

 

「……」

「……」

「……イってないではないか! もうちょっと強く押すのだ!」

「お、おう」

 

 ソフトタッチ過ぎたのか、魂葬が上手くいかなかったようだ。

 次こそはと意気込む焰真は、今一度少女の額に押し付ける。

 

「んっ……!」

「……イってないぞ」

「んんっ……!」

「……まだイってないぞ」

「んん~っ!」

「……何回繰り返すのだ! もうちょっと強くヤってイかしてやれ! このままではその魂魄がイけぬではないか!!」

 

「『イく』『イけない』って、うるさいからちょっと静かにしてくれ!!」

 

 魂魄が痛がらないよう細心の注意を払う余り、柄の尻がしっかり額に押し付けられず、少女の魂魄は一向に魂葬されない。

 延々と少女が額に柄の尻を押し付けられ、艶っぽい声を漏らす光景に痺れを切らしたルキアは、額に青筋を立てて焰真を怒鳴りつける。

 しかし焰真もまた、ルキアのデリカシーのない発言に痺れを切らし、これまた顔を真っ赤にして声を荒げた。

 

 

 

 結局この後滅茶苦茶魂葬した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

(ドッと疲れた)

 

 初めての魂葬実習を終え、焰真は精神的な疲労に参っていた。

 できるだけ魂魄が痛がらないようにという気配りと、ルキアの破廉恥スレスレの発言が主な理由だ。

 尸魂界の魂魄に年齢を問うのはナンセンスな問題であるかもしれないが、同年代の女子に性的に聞こえる発言をされれば、余程オープンな助平でない限り、精神的に参ってしまうことは想像につくだろう。

 

 それに理由はもう一つある。

 

(みんなに距離を置かれてる……)

 

 前日の一件以来、焰真は一部の生徒から避けられるようになった。

 経緯はどうであれ、同級生に拳を振るったという事実が広まったからだろう。人の口に戸は立てられないと言うが、ついでに話に尾ひれがつくことも少なくない。

 人によっては焰真が殴ったという事実だけ広まり、悪口云々の部分が省かれている可能性もある。

 

 何にせよ、今のままではこれからの霊術院での生活に支障が出る可能性があるだろう。

 

(なんとかしないと……!)

 

 拳を握り意気込む焰真。

 なにも彼とて独りを好む訳ではない。最初こそ一人で暮らしていたため、コミュニティの中で暮らすことに慣れていなかっただけであり、慣れれば寧ろ積極的にコミュニティに属して暮らしたいと思う感性はある。

 

 折角コミュニティの中で過ごすのであれば、可能な限り皆とは仲良く。

 先日の一件も、円滑なコミュニケーションをとるに当たって聞き過ごせない言葉を耳にしたがためにカッとなっただけだ。

 

(となれば、まずは―――)

 

 この雰囲気を改善するために必要なこと。

 それは殴った相手に改めて謝罪すること―――だと、考えた焰真だったのだが、

 

「い、いや……あれは俺が悪かったって反省してるから、芥火に謝られる筋なんてないさ」

「……そうなのか?」

「ああ、勿論だ」

 

 放課後、早速殴ってしまった相手に頭を下げに赴いた焰真であったが、想像以上にあっさりと許しを得てしまい、拍子抜けした顔をすることになった。

 

「でもよ、殴ったし……いいのか?」

「いやさぁ……あれは、クラス全体が……その……朽木に悪いことしてたし、一回誰かが本気で怒らなきゃなんなかったんだと思う。俺はあれだよ。その空気を是正する生贄みたいな……つまり、殴られはしても道理だった? みたいな」

「そ、そうか……」

「それより芥火はいいのか? 今は反省してるけど、俺みたいな悪く言ってた奴が朽木に近づくの。あんまり気分良くないんじゃねえかって思ってさ」

 

 神妙な面持ちで問いかけてくる同級生。

 つまり、今日までの焰真を避けるような雰囲気は、彼が暴力的だから避けていたのではなく、今まで悪く言ってしまっていたルキアへの遠慮―――それは必然的にルキアと行動を共にする焰真とも距離をとることになる―――があったという訳なのだ。

 合点がいった焰真は、心の中でポンと手を叩く。

 そして次の瞬間には柔和な笑みを浮かべてみせた。

 

「いや、大丈夫だろ。お前らが本当に反省してるならルキアだって許してくれる……と思う。実際許すかどうかは、そりゃあルキア次第だけどさ。でも、今まで悪く言われてたから二度と近づくなって言うほど、ルキアは鬼じゃない」

「ほ、本当か?」

「ああ。でも、一回謝ってるだろうけど、もう一回改めて謝ってあげてくれ」

「あ……ああ?」

 

 ルキアと共に居る焰真の言葉には説得力があるのか、陰鬱な雰囲気を漂わせていた男子生徒は表情を明るくする。

 

 陰で悪く言っていた彼も、悪口一つで手を出してしまうほど激怒した焰真と同じく若かったのだ。

 精神が未熟であるが故に、流魂街出身でありながら五大貴族の正妻となった姉との繋がりで朽木家に引き取られたという境遇への嫉妬や僻み。そうした負の感情が、同じ感情を抱く周囲の者達と同調し、最初こそ小さな波紋であった感情が膨れ上がっていったのだろう。

 

 集団の力というものは強大だ。

 時に言葉だけで人を殺してしまえるほどに。

 

 しかし、だからこそ同調の力を良い方向に働かせるべきであり、それを狙い院生が切磋琢磨し合えるようにと創られたのが、この真央霊術院……なのかもしれない。

 

(とりあえず誤解は解けたな。これで一安心……)

 

 ギスギスした空気もこれで解決する。

 そのことに安堵の息を漏らす焰真。

 

「おい、焰真」

「ん? おぉ、ルキアか。どうかしたのか?」

「どうもこうも、そろそろ組対抗の親善試合があるから共に鍛錬しようと誘ってきたのは貴様ではないか」

「あっ」

「『あっ』ではないわ! まったく、貴様という奴はどこか抜けてる……」

 

 やれやれと息を吐くルキアは、『さっさと行くぞ!』と焰真の襟を掴んで道場へ彼を引き連れていく。その際、焰真と頭一つ分以上身長差がある彼女は、爪先立ちで少しばかり背伸びして彼の襟を掴んだのだが、その所作がとても愛くるしく焰真には見えた。

 緋真を姉と呼んで慕っていた彼にしてみれば、ルキアは妹のような存在であろうか。

 緋真との関係は今のところ口にしてはいないものの、心のどこかで家族愛にも似た感情を抱く焰真は、プリプリと怒るルキアに連れていかれる間、彼女の怒る様を微笑ましく眺めるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 年に数回、真央霊術院では学年ごとに、より健やかな院生の成長を促すという意味で、組対抗の親善試合が行われる。

 結果は年ごとに変動するものの、大抵は特進学級である一組が斬拳走鬼の勝利を総なめする傾向があった―――のだが、

 

「か……勝った……?」

「ま、負けちゃった……」

 

 どよめく道場。

 そんな彼らの視線に晒されているのは、鬼道の試合において一組代表として選出された可憐な容姿のおさげの少女・雛森桃ではなく、二組のルキアであった。

 試合の内容は、一組や二組、他の組の代表一名が道場に立ち、十数個設置されている的をいち早く誰よりも多く“赤火砲”で破壊し、全てが壊された時点で最も多く壊した者の勝ちというものだ。

 

 鬼道を安定して発動する丁寧さや、遠くに設置されている的を正確に狙うエイム力が重要視される試合。

 本命は無論、一組の雛森だ。数か月前の魂葬実習の際、予期せず出現した巨大虚の顔面に“赤火砲”を放って命中させたことは、当時霊術院中に噂として知れ渡ったものだ。

 そのような予期せぬ状況下で冷静に鬼道を放てる彼女こそ、今回の親善試合でもその冷静さを発揮し、勝利を掴むと思われた。

 

 だが、結果としてはルキアの勝利。

 自分でもその勝利は予想していなかったのだろう。ルキアは興奮気味に己のクラスが歓喜し、熱狂する陣へと戻っていく。

 

「凄いな、ルキア!」

「ああ! 阿保ほど貴様の鬼道の鍛錬に付き合った甲斐があったぞ!」

「……」

「はっ、済まぬ! い、いや! 今のはだな、焰真のことを悪く言った訳ではない! 本当だ! 貴様が鍛錬に誘ってくれたからこそという……」

「……どうせ俺は鬼道が苦手だよ」

 

 口をついて出てしまったルキアの言葉に、若干焰真は不貞腐れる。

 本当のことを言われてしまえば人間誰しも傷つくもの。必死に謝るルキアを前に、いつか見返してやろうと意気込む焰真は、斬拳走鬼の“斬”に当たる剣術代表として、道場の中央へと赴く。

 

 相手は、何時ぞやの赤鳳梨髪の男子生徒。

 

「では、一組代表・阿散井恋次と二組代表・芥火焰真の試合……始め!」

「おっしゃあああ!!」

 

 気合いを込めた雄叫びを上げ、恋次は木刀を振りかざす。

 焰真は彼の放つであろう縦の一閃を防ぐべく、木刀を頭上で横に構える。

 次の瞬間、道場内には木刀が衝突する甲高い音が響き渡った。硬い物同士が衝突すれば、いずれか一方が弾かれる……と思いきや、恋次は一閃を防御された反動をその膂力でねじ伏せ、そのままジリジリと刀身を焰真へと迫らせていく。

 

「へへっ」

「っ……らぁ!」

「うぉ、危ねえ!?」

 

 得意げに笑っていた恋次であったが、刹那、木刀を引いて恋次の木刀を受け流した焰真が、彼の胴体を叩きつけるべく木刀を振るった。

 しかし恋次が猫のように体を曲げて飛び退いたことで、焰真の一閃は紙一重で回避される。

 

「惜しい!」

「ふぅ~、ヒヤっとしたぜ……!」

 

 最初の剣戟を終えた二人は距離をとる。

 今の一連の流れで、互いの大体の力量の差を感じ取った。

 

(あいつの腕力凄いな)

(避けるのが上手ェタイプの奴だな)

 

 恋次は腕力に物を言わせて相手を叩き切る、いわば“剛”の使い手。

 一方、焰真は攻撃を受け流してから反撃に出る、いわば“柔”の使い手。

 柔よく剛を制す、剛よく柔を断つとは言うものの、互いの力量さにそれほど差はない。どちらが勝ってもおかしくはないといった試合と言えよう。

 そんな中、恋次は好戦的な笑みを浮かべ、木刀の切っ先を焰真へと向けた。

 

「はっ! ここで俺が負けたら一組の面目丸つぶれだからな……全力でぶっ潰してやるよ!」

「当たり前だ。全力で来ないなら、勝っても意味がない!」

「言ってくれるじゃねえか。そんじゃあ……行くぜェ!!」

 

 再度、鬨の声が上げるように恋次の声が道場内に木霊する。

 同時に院生たちの応援もヒートアップし、ほとんどの者が立ち上がり、焰真と恋次を応援していた。

 無論その中にはルキアも居り、ここ最近では一番の活気に満ち溢れた笑顔を浮かべ、友人と幼馴染の激闘に興奮した様子を見せている。

 

「負けるなー、阿散井!」

「芥火、朽木に続いて一組ぶっ倒せェー!」

「頑張れ、阿散井君!」

「負けたら承知しないぞ、焰真!」

 

 沸き立つ院生たちに交じり、ルキアは興奮に高鳴る鼓動を感じつつ頬をほころばせた。

 

(ああ、なんと―――)

 

 

 

 ***

 

 

 

「楽しいことでもあったのでしょうか」

「へ……?」

 

 夕餉を終え、私室に居たルキアの下にやって来たのは緋真だった。

 突然の来訪に戸惑いを隠せないルキア。ここまで動揺している理由はもう一つ。事実、今日一日はここ最近で最も楽しんだ日であるという確信があるからである。

 一組を相手に大金星を取り、その後の親善試合も心より楽しんだ。

 

「えっと、そのう……」

「ああ、ルキア。そこまで畏まらなくとも大丈夫です……ごめんなさい、突然来て。迷惑だったでしょう?」

「い、いえ! 姉様、そのようなことはありません!」

 

 俯く緋真に対し、咄嗟に声を上げるルキア。

 何も緋真を嫌っている訳ではない。そのことは自分自身、よくわかっている事であった。しかし、現実を受け止める時間が、心の余裕がルキアには必要であった。

 普段よりも心が満ちているルキアは、『今日こそは』と意気込み、影が差す緋真の顔を見上げる。

 

「ね、姉様」

「? なんでしょう、ルキア」

「その……今日あったことを話しても良いでしょうか!?」

 

 上ずった声だが、はっきりと口にした。

 歩み寄りたいという意志を含んだ言葉を。

 そのような言葉を投げかけられた緋真はというと、その双眸を大きく見開き、次の瞬間に瞳と口で穏やかな曲線の弧を描いた。

 

「勿論」

「で、ではですね―――!」

 

 傍らに腰かける緋真に対し、やや興奮気味に語り始めるルキア。

 緋真がやって来た時に開けられたふすまは、依然として僅かに開いたままだった。

 

 

 

 その隙間から覗く夜空に瞬く星たちは、一層光り輝いている。

 

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