BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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Ⅸ.BRAVE SOULS
*79 アフターダーク


──俺は、

 

 

 

『選んださ』

 

 

 

──俺を裏切った死神達を叩き潰す。

 

 

 

『俺は自分で護る道を選んだ』

 

 

 

──お前はそれを間違っていると正論を騙ると思っていた。

 

 

 

『俺は力が欲しかった』

 

 

 

──お前は、それすらしねえのか。

 

 

 

『ずっと、ずっと』

 

 

──どうしてだ。

 

 

 

『いろんな奴らを護れる力が欲しかった』

 

 

 

──そいつは、俺を理解しようとしてる奴の眼だ。

 

 

 

『力を失ってそのことを思い出したんだ』

 

 

 

──俺と同じ場所に立って肩を並べる奴の眼だ。

 

 

 

『いろんな奴らを護れる力が欲しかった』

 

 

 

──お前は俺を理解したその上で、

 

 

 

『ルキアが力を求めてくれた俺に護る力をくれた』

 

 

 

──俺の全てを否定するってのか。

 

 

 

『みんなが力を失った俺に力を取り戻させてくれた』

 

 

 

──なあ、一護。

 

 

 

『だから俺は』

 

 

 

──もし、俺達が逆だったら。

 

 

 

『みんなを護っててめえと戦うんだよ』

 

 

 

──そしたら俺達は。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ご報告致します。現世にて、黒崎一護及び立会の為に現世へ向かった各隊長らは、元死神代行・銀城空吾とその一派である完現術者に勝利しました」

「……そうか」

「浮竹さん」

 

 閑静な居住区の一角に聳え立つ屋敷。

 元隊長の居所と言われれば、やや簡素な印象を抱く外観であるが、それでも一人で暮らす分には十分な大きさだ。

 

 そこに住まうのは、元十三番隊隊長・浮竹十四郎。

 今、彼は目の前で報告を持ち帰ってきた青年を見遣る。初めて出会った時よりもずっと壮観な佇まいとなった彼を目にすれば、自身の中にある親心が感慨深く奮い立つようだ。

 しかし、今回の件については心苦しい役回りを任せてしまったものだと申し訳ない気持ちがある。

 

 それでも複雑な心境をおくびにも出さず、真摯な眼を向ける青年に口を開いた。

 

「焰真」

「はい」

「彼と会うことはできるかい?」

「手筈は既に」

「……分かった。案内してくれ」

 

 

 

 ***

 

 

 

「おぉ~、高い高ぁ~い!」

「きゃっきゃ!」

 

 緩やかな時が流れる十三番隊。

 そこに似つかわしくない声の主を抱き上げるルキアは、席次も貴族としての品格も台無しなにやけた顔を浮かべ、赤子を抱き上げていた。

 生まれて一年も経っていないものの、風に靡くほど長く生え揃った下睫毛は、受け継いだ遺伝子を強く感じさせる。

 

「うぅむ、可愛い……! やはり赤子はいつ見ても癒されます」

「だろ? 俺の子だからな」

「流石は都殿のご子息……そこはかとなく上品な雰囲気を感じられます!」

「おい、朽木。俺の子でもあるからな?」

「すみません、都殿。天鵺(てんや)殿の方を抱いても?」

 

 赤子に『殿』とつける堅苦しさ──それと上司である夫を軽く流すほど打ち解けている光景──に、傍らでもう一人の赤子を抱いていた都はくすくすと笑みが零れる。

 

「勿論よ」

「おぉ、有難き幸せ……! はぁ、赤子はどうしてこうも愛くるしい生き物なのでしょう」

「うふふっ。朽木さんの子供が生まれたら、こんなお母さんに可愛がってもらって幸せでしょうね」

「そんな!」

 

 私に子供など先の早い話です! と言いつつも、しっかりと両腕に抱いた赤子を抱きしめるルキア。

 彼女が抱き締める子供は、海燕と都の子供──双子だ。

 兄を『天鵺(てんや)』、妹を『地鵆(ちどり)』と言う。

 どちらも生まれて間もなく、育児に追われて休隊中の都は忙しい毎日を送っているが、子宝に恵まれた彼女は幸せの絶頂にあった。

 

「でもよ、朽木。お前ん家なら、白哉と緋真ちゃんの子供が居るだろ? 構わねえのか?」

「構いたいのは山々なのですが……」

「なんだ、まさか構わせてくれねえのか?」

「まさか! 姉様にはよく面倒を看させてもらっております! しかし……」

 

 やや肩を落とすルキアは、姉夫婦の間に生まれた姪『六花』の愛くるしくも気品ある佇まいを思い出しながら、はぁ……、と青息吐息を落とす。

 

「人見知りなのか、姉様と兄様以外に抱かれると泣き始めてしまって」

「……お前でもか?」

「子は親の顔がしっかり分かるのでしょう」

 

 傍目から見れば、緋真とルキアは瓜二つだ。

 今でこそ髪型は違うが、全く知らない者が片方を見た後、もう片方と対面すれば同一人物だと錯覚してしまうレベルである。

 だからこそ、それをいとも容易く看破してしまう六花には驚きの一言だった。赤子も侮れないと、海燕は静かに感心する。

 

「でも、芥火が抱いた時は全然じゃなかったか?」

「うぐぅ!?」

「はっはっは! 叔母の癖に姪に泣かれるたぁ同情するぜ」

「海燕殿……実は今日中に上覧してもらいたい書類がこの程度ありまして」

「うおお!? てめえ、どっからそんなに持ってきやがった!? ふざけんな、俺は定時で帰るぞ!!」

 

 机の陰から現れる書類の山。

 ドゴン! と鈍い音を立て、隊首室の中央に位置取る海燕の机に鎮座する壁に、海燕は喉から声にもならない呻き声を上げる。

 しかし、彼もまた可愛くて可愛くて堪らない我が子が生まれたばかりの親だ。仕事は定時までにこなし、一刻でも早く家に帰って子供を看たいという馬鹿親が加速した結果、わざわざ自慢の為に隊舎へ子供諸共妻に来てもらったほどだ。

 

 彼はそれまでの呑気ぶりが嘘のように鬼気迫る様子で書類を処理し始める。

 思わず苦笑を浮かべる都であったが、ふと過った疑問をルキアへと投げかけた。

 

「そう言えば芥火君は? 今日一度も見かけていないけれど」

「ああ、焰真ですか。あやつならば休暇を取っています。なんでも浮竹殿に用事があるとかで」

「成程、通りで」

 

 真面目で仕事が早い彼が居なければ、それだけ書類処理も滞る訳だ。

 

「でも、浮竹さんに用事って?」

「さあ、私はそこまで……」

 

 冠婚葬祭以外滅多に休みを取らない焰真だ。

 そんな彼が、わざわざ浮竹を訪ねる為だけに休みを取るなど珍しいの一言に尽きる。それほどまでに火急の用事であったのだろうか?

 

 思索に耽るルキアと都であったが、不意にぐずる天鵺と地鵆を慌ててあやす。

 

 まさか彼ら二人が流魂街へと赴いているなど、露知らず。

 

 

 

 ***

 

 

 

 気持ちが悪いくらいに晴れている日だ。

 どこか鬱屈とした気分の時では、尚更降りかかる陽射しが煩わしく思えてしまう。

 

「そんなに怖い顔をしないでよ、銀城」

「そうですよ。気が荒立つのは分かりますが、だからこそ心にゆとりを持って──」

「うるせえよ。別に俺は荒立っちゃいねえ」

「そんな口調じゃ説得力ないよ? 分かってる?」

「……うるせえよ」

 

 言い返す言葉も思い浮かばなくなった男は、両隣に佇む長身痩躯の青年と眼帯を着けた紳士然とした壮年の男を前に、晴れ渡る空を仰いだ。

 みすぼらしい和服を纏う住民が多い流魂街の中、洋服を着こなす彼らは周囲から浮いている。同時に彼らが最近死んできた人間だという事実を何よりも示していた。

 

 銀城空吾──初代死神代行。

 黒崎一護よりも前に非正規の手段で死神となり、死神代行として尸魂界より存在を認知されていた人物でもあり、とある理由から死神達に徒を為した男でもある。

 

 彼自身もであるが、もう一つの能力──完現術を持つ者達と徒党“XCUTION”を組み、つい先日死神の力を取り戻した一護と見届けに向かった隊長格と刃を交えた一件は、双方の記憶に新しい。

 

 結果から言えば、銀城は死んだ。元より奪う目的で完現術を発現させるまで手を結んだ一護に、大勢の死神の助けがあって力を取り戻され、斬り伏せられるという末路で。

 同様に仲間であった月島秀九郎は白哉に、沓澤ギリコもまた剣八に討たれた。

 そして導かれた尸魂界。どうやら自分達は地獄に堕ちる程の悪人ではなかったらしいと、落胆にも似た感情が胸を過った。

 

 しかし、それも好都合と言えば好都合だ。

 どうしても知りたいことがあった。

 死神を裏切るに至った理由。XCUTIONを組織するよりも前に、同じ境遇という理由で大義も野望もなく集まっていた完現術者が、()()に殺された一件──その真相を明らかにするには、誰よりもまず自身を死神代行に任せた男に訊く他ないだろう。

 

(──来たか)

 

 そよ風と共に肌を撫でる霊圧に、銀城は視線を向けた。

 そこには長い白髪をそよがせる男と、彼を護るように付き添う青年が並んでいた。

 

「やあ、久しぶりだね」

 

 言葉通り。まるで久しく会っていなかった友人と再会したような口振りの挨拶。

 それが銀城の神経を逆撫でた。

 

「浮竹……」

「銀城」

「浮竹さん」

「いい、焰真」

 

 殺気立つ空吾を月島が言葉で制する一方、浮竹もまた前へ出ようとした焰真を手で制する。

 

「俺達に争う気はない。安心してくれ」

「……そっちがその気でも、こっちがその気だとは限らねえだろ?」

 

 柔和な笑みで丸腰であることを証明する浮竹であったが、銀城は首に下げるネックレスを見せつけるように掲げる。

 これが彼の完現術の媒体であり斬魄刀。その気になれば、すぐにでも武器を取って戦うこともできる。

 

 剣呑な空気を霊圧と共に浮竹へあてる銀城。

 だがしかし、あくまでも交戦する意思を見せない浮竹は、すぐ傍に構えていた店の軒先を指さす。

 

「立ち話もなんだい。そこで話さないか?」

「その義理が俺にあるか?」

「君が言う義理とやらはないかもしれないな。だが、俺には君に説明する義務がある。君はそれを求めたから、俺との対談に応じてくれたんじゃないのか?」

「そうだ。あんたにゃ一から十まで弁明してもらわなきゃな。納得できなきゃ殺す。そのぐらいは覚悟できているだろ?」

「ああ」

「っ!」

 

 さらりと。

 余りにも呆気なく返された答えに、思わず銀城は瞠目した。

 死を覚悟したにしては、随分と穏やかな様子だ。いや、覚悟しているからだろうか?

 

 どちらにせよ、彼が今この場に死を覚悟して立っている事実に、銀城は生唾を飲み込んだ。

 

「なに、俺も昔より随分と身軽になった。仮に死んだとしても憂いはないよ。信頼できる部下が居るからね。まあ、死んだら死んだで色々と迷惑はかけてしまうだろうが……君が俺に手を掛けても君に責任が及ばないように遺書も書いてきた」

「遺書……だと?」

「そうだ。ここにも俺が知り得る限りの事実は書き記した」

「!」

「君が求めている答えが書かれていると確約はできないが、俺なりの義務は果たさなくちゃと考えてな。気に入らないのなら、今すぐ俺を斬り殺して遺書の中身だけを読んでいくのもいい。さて、どうする?」

「……」

「俺は……できれば君と話がしたい」

 

 虫のいい話だとは思うが、と結ぶ浮竹。

 

 数拍の沈黙。

 銀城は掴んでいたネックレスの十字架を見つめ、口元を震わせていた。

 

 彼が如何なる思いで立っているか。それは浮竹や焰真は勿論、長いこと連れ添った月島やギリコでさえ推し量れるものではない。

 

 仲間を大勢殺され、死神を裏切り、最後には自分と同じ死神代行に討たれて死んだ。

 

 その数奇な人生を歩むに至った岐路が、この男。

 湧き上がる憎悪や憤怒の中、不意に自分を斬り伏せた死神代行の少年の顔が過った。

 立場が違えば、この場に立っているのは彼だったかもしれない。

 

 そう思えば、

 

「……分かった」

「……ありがとう」

 

 訊かずにはいられないことがいくつもあった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「──つまり、俺達を陥れたのはあんたじゃなくて、別の何者かってことか」

「ああ。君が姿を消してからも出来る限りのことはしたが、俺が調べられたのはそれが全てだ。すまない」

 

 時間にして一時間に満たぬ間。

 

 浮竹の口から語られたのは、過去に銀城の仲間であった完現術者が虐殺にあった事件が責任者であった浮竹のあずかり知らぬ場所で起こり、あれよあれよという間に自身の弁明も虚しく銀城が尸魂界の敵対者に仕立て上げられてしまったという事実であった。

 

「それで納得できると思ったか?」

 

 あからさまな殺気を放つ銀城が浮竹を睨みつける。

 

 求めていた答えは得られていない。

 

 結局仲間を殺した首謀者は誰なんだ?

 なんの目的で殺された?

 どうして浮竹はそれを調べられない?

 

 語られた内容は、真相にたどり着く為にはひどく不確かであった。

 一旦は落ち着いていた心の波も荒立つ。

 真相を明らかにできなかった浮竹もそうだが、彼が把握できない場所で仲間を手にかけた組織にも。

 湧き上がる不信は刻々と殺意と憎悪へと変換されていき、今すぐにでも浮竹の首を刎ね飛ばしたいという衝動を生み出す。

 

 しかし、まだだと言わんばかりに月島が肩に手を置いた。

 このまま浮竹を殺しかねない彼を見かね、一歩前へ躍り出る彼は、手元に携えていた本から栞を取り出す。

 

「……僕の完現術『ブック・オブ・ジ・エンド』は、僕という存在を斬った対象の過去に()()()()()()()()()()。君が嘘を吐いているのなら、すぐにでも証明できるよ?」

「それで君達の疑問が一つでも解けるのなら喜んで受け入れよう」

 

──嘘は吐いていないみたいだ。

 

 月島のあるいは脅迫とも取られる言葉を前に毅然と返す浮竹。

 彼の様子から虚偽は述べていないと察した月島は、困ったように鼻を鳴らした。

 浮竹の語った内容が全てであるならば、それはそれで困る。結局は何も分からず終い、得があったとすれば自身に罪がないと訴えられた浮竹側ではないか。

 

「どうする、銀城?」

「……まだだ。まだこいつは話したりねえって顔をしてる」

 

 そう言って浮竹に振る銀城。

 

 それは、彼の願望でもあった。

 

 まだ終わらないでくれ。終わってくれるな。

 まだ納得できていないんだ。少しでもいい。憶測であっても真相に近づきたいんだ。

 そうでなければ、殺された仲間に面目が立たない。

 

 揺れる銀城の瞳をジッと見据える浮竹は、少し逡巡した様子を見せる。

 語るか語らまいか。事実以上のことを述べれば、必然的にそれらは憶測となってしまうのだから、無責任に銀城達を焚き付ける結果になってしまうかもしれない。

 もしもそうなり、銀城がまた新たな命に手を掛けて死神に手を掛ければ──今度こそ自分は後悔してもしきれなくなる。

 せめて、彼には健やかな余生を送ってほしい。

 それが切なる願いだったからこそ、浮竹は熟考の果てに、ゆっくりと話し始めた。

 

「君達の……完現術の力の根源が何かは知っているか?」

「完現術の? そりゃあ、虚の──」

「虚は、あくまで能力が発現する要因の一つに過ぎない」

「……なんだと?」

 

 完現術の発現条件。

 それは、妊娠中の母体が虚の霊圧を受けることで、胎児にその力が流れ込むこと。

 

 銀城自身、仲間から聞いた話で確信を得た上で一護にも語った。

 だが、それが要因の一つとはどういうことだろうか?

 浮竹から語られる話に食い入るように身を乗り出すのは銀城のみならず、月島やギリコもであった。

 静かに──彼の一言一句を聞き逃さぬよう、耳を澄ませる。

 

「ただの人間が完現術を発現する条件……それは、魂に霊王の欠片を有していることが何よりの条件だ」

「霊王?」

「現世・尸魂界・虚圏の三界を支える王だ。尸魂界のずっと上……別の次元に存在する霊王宮に居るとされている」

「……話が見えねえな。なんで急にそんな奴が出てくる?」

「俺も霊王様の力を宿していてね」

 

 世間話のように語られる内容に、聞いていた全員が驚愕を露わにする。

 それに構わず浮竹は続けた。

 

「俺は幼い頃から肺が弱くてな。ある時、病で危篤に陥ったことがある。そんな時、迷信深かった両親はとある土着神の下へ祈祷に向かった」

「その土着神が、その霊王様って奴か?」

「ああ。正確には、その右腕を模ったものだと言われている。おかげで俺はこうして生き永らえることができた」

「そいつはめでたいこった。で? 俺達の能力と何の関わりがある?」

「言い伝えにはなるが、霊王様は全知全能の神だったとされてな。例え体の一かけらであっても強大な加護をもたらすんだ。もしも、仮にだ。それを全て集めたらどうなると思う?」

「? ……──!」

 

 思案し、銀城は思い至る。

 

「霊王そのものができる……って意味か?」

「仮定の話にはなるが、集めた欠片の分だけの力は得られるだろう。これが、君達完現術者が襲撃された理由なんじゃないかと俺は思っている」

「ちっ! つまりなんだ? 俺達は尸魂界の王様作る為の材料として襲われたって訳か」

「俺の憶測になるがね」

 

 ここにきて、ようやくそれらしい回答は得られた。

 自身の魂に含まれる霊王の欠片。下手人はそれを求め、仲間を殺して回ったという訳だ。

 全くもって胸糞が悪い。そして用意周到だ。尸魂界の組織が如何様かなど把握していないが、当時隊長であり死神代行を監視する責任者であった浮竹にすら悟られず犯行に及ぶなど、かなり綿密な計画を練ったに違いない。

 

「……犯人に心当たりは?」

「霊王の力について知っている人物は、尸魂界広しと言えど数が限られるだろう。それに君達を複数人殺せるとなると、それだけの実力者を雇える立場か腕を持っていることになる。かなり高位の貴族かもしれないな」

「それが聞けりゃあ十分だ」

「どこに行くつもりだい?」

「決まってるだろ。あんたの言うお偉いさんとやらを殺しに行くんだよ」

 

 立ち上がる銀城に、腰掛けたまま浮竹が止める。

 しかし、銀城の瞳に宿る心火はメラメラと燃え盛り、留まることを知らなかった。

 

 無に等しい情報から、それでも候補が大勢居るものの犯人には目星がついたのだ。

 銀城にとってはそれだけで十分であった。雪辱を──恨みを晴らすのだ。殺された仲間の為にも仇を取らなければ死んでも死にきれない。地獄に堕ちることもなく尸魂界に来たことに意味を求めるとするならば、まさにこの時の為。

 

「待て」

「待たねえよ」

「もう少し……もう少しだけ待って欲しいんだ」

「?」

 

 だが、浮竹の言葉に踏み出そうとした足を戻す。

 依然怒りに燃えた眼を向ければ、先程とは打って変わって晴れやかな表情を浮かべる浮竹に呆気に取られてしまった。

 なんて顔をしやがる。ともすれば銀城の神経を逆撫でる様子であったが、次に紡がれる言葉に、彼の心は平静を取り戻すこととなった。

 

「君が居ない間、尸魂界は大きく変わった。ある死神代行のおかげでね」

「……一護か」

「ああ。尸魂界百万年の不変がだ」

 

 黒崎一護。

 銀城が姿をくらました後、朽木ルキアの手によって死神の力を手に入れ、死神代行として護る為の刃を振るう少年。

 それは時に友を護る為、掟を破り処されようとする仲間を護る為、連れ去らわれた仲間を護る為、そして大勢の命に手を掛けて神に反逆しようとする男から皆を護る為。

 数多もの奇跡の上に幾千もの命を護ってみせた彼により、時に命よりも掟を優先していた尸魂界は変革を始めていた。

 

 その手始めとして、世界を護るべく死神の力を失った彼へ、その力を取り戻させようと護廷十三隊が力を貸した。

 本来、死神の力の貸与は重罪。

 けれど、その罪を補って余りある恩義に報いるべく、数多の死神が立ち上がったのだ。

 

「護廷十三隊だけじゃない。中央四十六室も……尸魂界の司法も変わり始めている。ただ裁くだけじゃない。より多くの魂を救わんとする方向にだ。その中には勿論君達も居る」

「だから胡坐を掻いて待ってろってか?」

「そういう意味じゃない。けれど、君の仲間の仇が裁かれる時は必ず来る。今の尸魂界を見ていると、そんな確信があるんだ」

「……口だけなら何とでも言えるぜ」

 

 知ったことかと吐き捨てる。

 

 罪人が正しく裁かれる時が来る?

 そうさ、被害者やその知人ならそう信じたくもなる。

 

 だが、因果応報の結末を迎えた者がどれだけ居るだろうか。

 やられた側が嘆き、怒り、哀しむ一方、それを嘲笑うように罰から逃れる者はいくらでも居る。

 だからこそだ。この手で殺さなければ気が済まない。例えそれで自身が罰せられようと関係ないのだ。

 

──俺が断罪人だ。

 

 銀城がそう十字架に誓ったのも最近の話などではない。

 いくら尸魂界が変わり始めているとはいえ、仇を任せられるほど死神を信頼していなければ、他人に任せられるほどに浅い恨みでもない。

 

「こちとら仲間を殺されたんだ。何人も……何人もだ!! 『はい、そうですか』って引き下がってたまるかよ!! 俺は!!」

 

 血の海に沈む仲間。

 絶望に苛まれ、復讐を誓った過去が呼び起こす憎悪と怒り。

 

 しかし、その瞬間に瞼の裏を過る少年の顔が、銀城の荒立つ心に待ったをかけた。

 

(あいつなら……どうしたんだろうな)

 

 今際の際、自身の全てを理解したような眼をしていた彼ならば。

 もしも、彼と自分の立場が逆だったならばと、不意に思い至った。

 

「……なあ。一護だったら……どうしてたと思う?」

 

 怒りも憎しみも含まれていない純粋な疑問が零れ落ちた。

 ただひたすらに仲間を護りたい一心で刃を振るう彼が、仲間を殺されたならばどうしていただろう。

 

 自分のように、怒りのままに死神を憎んだだろうか?

 自分のように、憎悪のままに復讐を選んだだろうか?

 

 一護のように、仲間の為に命を懸けて戦えただろうか?

 一護のように、仲間の為に絶望を打ち破れただろうか?

 

 幾百、幾千、幾万にも及ぶ“もしも”の話。

 その問いに答えを返したのは浮竹でも、隣に立つ月島やギリコでもなく、静かに話を聞いていた青年であった。

 

「あんたと変わらないさ」

 

 焰真が告げる。

 戦う意志のない表れか、斬魄刀を持たぬ彼が澄んだ瞳を向けて言い放ったが、それに不服を示したのは他ならぬ銀城であった。

 一度は手を放したネックレスへ、再び手をかける。

 

 綺麗事など望んでいない。

 ましてや同情もいらない。

 刃を交え、戦ったからこそ魂が理解している。

 

──あいつはそんなんじゃ……。

 

 見当違いな解答だと銀城は斬り捨てようとした。

 その時だった。

 

「護った筈だ」

「っ……!」

「残された仲間を……何としてでも」

 

 続く言葉に、銀城の魂に憑りついていた怨念のような感情が融けていく。

 積年の恨みがガラスが砕けるような音を立て、砂となって吹かれて消える。

 

──変わらない……だと?

 

 まさか、そのような答えが返ってくるとは夢にも思わなかった。

 

(そう、か……)

 

 自分と一護の選んだ道は違うとばかり思っていた。

 けれど、よくよく考えれば似た道を辿っていた。

 

(俺達は世界を変えたかったんだな。自分の周りを……ほんのちょっとでも)

 

 抱いた感情こそ違えど、魂の根幹を成していた想いは唯一つ。

 

 大切と思えた人を護りたい──それだけだった。

 

 理不尽な力で命を奪われる世界を、護ることで変えようとしたのだ。

 

(本当にそうだと思うか? なあ、一護……)

 

 ブック・オブ・ジ・エンドで()()()の記憶を思い出す。

 一途に。只管に。苦しみ。喘ぎ。時には絶望し。それでも尚、立ち上がり、仲間を護ろうとした姿にはどこか胸を締め付けられるような思いを覚えた。

 それは意図せずして彼に自身を重ねていたからなのかもしれないと、銀城は自身を嘲笑するように鼻を鳴らす。

 

 ()()()()自分は、存在したかもしれない未来の一つ。

 その自分は、確かに一護を仲間だと思っていたのだから──。

 

「はっ! だから俺はベタな悪役しかできねえんだ」

「空吾君……」

「気安く呼ぶな。俺はもう帰るぜ。……ごちそうさん」

 

 湯呑に残っていた茶を飲み干し、席を立つ。

 まだ何か言いたげな浮竹だが、既に銀城は満足していた。

 

「後始末はあんたらに任せる。だが、これだけは覚えとけ。また俺の仲間に手を出そうもんなら、そん時は覚えておけ」

「ああ、肝に銘じておくよ……ありがとう」

「礼を言う場面でもねえだろうが」

 

 そう言って銀城は踵を返す。

 月島やギリコが何か言いたげな顔をしていたが、それに対し彼はガンを飛ばした。からかわれるのは御免だ。

 しかし、足早に去ろうとする彼らを浮竹が思い出したように呼び止める。

 

「そうだ! もしも死神に興味があるなら言ってくれ! その時は俺が全力で応援するよ」

「あんたも大概だな。俺みてえな奴を死神に誘おうなんざ。それより……そっちのあんちゃんはナニモンだ?」

「俺か?」

 

 浮竹の勧誘を一蹴し、銀城は焰真に目を向けた。

 

「似たような匂いがするんだよ。俺達とな」

「……そうか」

 

 同族だから感じる。

 彼の斬魄刀からは、自身のネックレスと同じ気配がしたのだ。

 斬魄刀であり、完現術であると。

 

 だからこその問い。

 そして、見出した一つの可能性(みらい)

 

「あんたの仲間……かもな」

「……そうか」

 

 不敵な笑みを浮かべる焰真に、銀城は今度こそその場を後にする。

 存在していた実績(かこ)が拓く道は、完現術者が死神になるという未来。

 

 帰路を進む間も、見上げた空はムカつく程に晴れ晴れとしていた。

 

「同族嫌悪って奴だな、オイ」

 

 空に向かって吐き出した唾は、そのまま自分に返って来た。

 

 

 

***

 

 

 

 現世と尸魂界に太陽が昇る間も、虚圏には黒白の世界と闇が広がるのみ。

 

 そこに佇む虚夜宮も、今や一年以上前の激戦の痕を残すように、天蓋の至る所が剥がれ落ち、永久の夜空を隠せなくなっている。

 虚夜宮の主が居なくなってからというもの、この場所は静寂に包まれていた。

 

「……」

 

 ウルキオラは瞳を閉じ考える。

 

 今も尚、心を。

 

「ウ、ウルキオラ様!! 敵襲です……がぁ!!?」

 

 が、そんな彼の思考を妨げるように、訪問者が現れた。

 玉座の間の扉を勢いよく開いた破面は、間もなく胸部を光の矢で貫かれて絶命する。身に纏っていた白装束が血に染まっていくにつれ、玉座の間にも血の臭いが満ちていく。

 

「……何者だ」

 

 石像の如く玉座の傍で微動だにしなかったウルキオラ。

 彼が落とす視線の先。

 開かれた扉の奥からは、破面とは違う白装束の軍団が軍靴を轟かせて現れた。

 

「──ウルキオラ・シファー。空となった虚の玉座の守り人よ」

「死神ではないな」

「光栄に思え。お前達は今から平和の礎となれるのだからな」

 

 侵入者の内、首魁と思しき男が威を覚えさせる笑みを湛え、言い放つ。

 

 

 

 

 

「我が名はユーハバッハ。お前の全てを奪う者だ」

 

 

 

 

 

 ジェリコの喇叭は吹き鳴らされる。

 奏でるは、破滅の音色。

 




『一体いつから完結だと錯覚していた?』

という訳でお久しぶりです、柴猫侍です。

長らくお待たせいたしました……BLESS A CHAIN千年血戰篇、数ヶ月の間書き溜めし、ようやく投稿してもいいと判断できるところまで完成致しましたので連載再開とさせたいただきました!

また少しの間、この作品と焰真の物語を追っていただければ嬉しい限りです。
それでは9章『BRAVE SOULS』……どうぞ!
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