BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*80 invasion

「アァ~!」

「よしよし、六花。どうしたの?」

 

 縁側でぐずる我が子を抱え、自愛に満ちた眼差しを向ける緋真。

 実妹や家族に等しかった少年との別れ、夫との出会い、そして妹が処刑されるあわや一歩手前となる波乱万丈な人生の中、ようやく掴み取った一輪の幸せ。

 しかし、これ以上ない幸福を感じていた緋真も、普段は愛くるしさが勝る我が子の泣き顔が今日ばかりは一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 

 言いようもない嫌な予感。

 それから目を背けるように空に目を向ければ、ポツリと一滴の雫が頬を打つ。

 

「あら、雨でしょうか? いけない……きゃ!?」

 

 六花が風邪を引いては大事だと室内へ戻ろうとした途端、一条の稲妻が曇天を引き裂いた。

 

「あれは……?」

 

 ただの落雷ではない。

 不思議と、そんな確信が緋真の胸を過った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 所変わって空座町。

 

 少し前に銀城空吾率いる完現術者との激戦が繰り広げられた町であったが、重霊地でありながらも以前と変わらない平穏が流れるようになっていた。

 しかし、それもとある連絡により暗雲が立ち込め始める。

 

 空座町の担当を引き継いだ十三番隊士・行木竜ノ介。

 彼の伝令神機を通して知らされた一番隊副隊長・雀部長次郎の死亡は、否応なしに一護達にこれから起こる事件を予感させた。

 同様に、その直前の滅却師らしき霊術を扱う破面の襲撃。

 

(一体尸魂界で何が起こってんだ?)

 

 一護にとって尸魂界の異変も他人事ではない。

 こうして死神としての力を取り戻せたのも、自分の戦いに恩義を感じてくれた死神達の厚意によるところが大きいのだ。それを無視するとなれば己の信義に反すると言っても過言ではない。

 しかしながら、適材適所という言葉がある通り、一護は自分に調べものが向いていない事は重々理解していた。以前に白哉と刃を交えた時のような、自身の考えが及ばぬしがらみがあることもだ。

 

 だからこそ、今は待つしかなかった。

 

 雨竜が予想する要請が来た時こそ、存分に力を振るう場面。

 それまでは変わりなく町の平穏を護る為に戦う──つもりだったのだが、

 

「い~~~づ~~~ごおおおおおお!!!」

「ネっ……ネルっ!!?」

「超加速!!」

「うごぁ!!?」

 

 パトロールの最中、空から降ってきた知り合いの体当たりを喰らった。

 割と洒落にならないダメージに蹲りながらも、一護は胸の中ですすり泣く幼女を見遣る。

 

「て……てめぇ……久しぶりに会ったと思ったらコレかよ……」

「い……いちご……たいへんっス、いちご」

「?」

「たすけてっス、いちご……虚圏が……ウルキオラ様がぁ……!!」

 

 新たな報せは、不安と緊張を加速させた。

 

「──そんな、ウルキオラくんが……」

 

 既に日も暮れ、夜と言って差し支えない時間帯。

 それながらも一護の部屋に集った面々は、ネルと遅れて落ちてきた挙句金的踵落としを喰らう羽目になったペッシェから、虚圏の穏やかではない事態を聞かされていた。

 織姫がビー玉のような瞳を揺らし、視線を落とす。

 彼女とウルキオラの関係は言葉にするのは難しいが、ほんの少しでも心を通わせ合った特別な関係だ。

 

 彼が謎の来襲者に拉致されたと聞かされれば、心優しい彼女ならば心配するのは想像に難くない。

 

 一方で一護と雨竜もまた、今回の一件が予想よりも遥かに深刻であることを思い知らされていた。彼の強さは虚夜宮での一戦で理解(わか)っている。有象無象にやられるタマでない。だからこそ、ウルキオラを攫った来襲者の強大さも否応なしに考えずには居られなかった。

 

「俺も信じらんねえよ。まさか、あいつが……」

「アルトゥロ様やバラガン様、スターク様、そしてハリベル様……多くの有力者が亡くなった虚圏を実質的に統治していたのはウルキオラ様だった。空の玉座には頑なに座らなかったが、大勢の破面は彼の御方に付き従い、虚圏の王と信じて疑わなかった。そんなウルキオラ様を攫ったのは……恐らく、見せしめが理由だろうな」

「チッ! 胸糞悪いぜ」

 

 嫌悪感を隠さない一護が吐き捨てる。

 護る力を欲しこそすれど、元来争い事を好まない彼だ。故に倒した相手の生き死ににも固執せず、命までは取らないスタンスを取っている。だからこそ、謎の敵勢力の行いには反吐が出る想いだった。

 

 すでにここまででも場を暗くするには十分。

 だが、ネルとペッシェにとっての本題はここからだ。

 

「その奴等にドンドチャッカが捕まっている。奴等は自分のお眼鏡に敵わぬ破面を殺すような連中だ! このままではいつドンドチャッカが殺されるか分かったものではない……!」

「おねがいっス、いちご! ドンドチャッカを……ドンドチャッカをたすけてほしいっス!」

「たりめーだろ」

 

 悩む時間は必要なかった。

 床に額を擦りつけて懇願するネルを抱き上げた一護は、そのまま小脇に抱える。

 

「石田。おめーはどうする?」

「──すまないが、僕は今回同行できない」

「……ああ、滅却師は虚を滅却する為に居るんだもんな」

 

 泰虎や織姫が一護へ同行する意思を見せる一方、雨竜だけは真摯な面持ちで辞退した。

 それが滅却師としての誇りか、はたまた雨竜個人の事情か。どちらにせよ聡明な彼なりの理由があるのだと理解する理由は、それ以上追及する事もなかった。

 

「お前ならそう言うと思ってたんだけどよ。でも一応声かけとかねえとお前あとでスネるだろ」

「……お前な……」

「心配すんな。お前一人いなくてもどうとでもなるって」

 

 僅かに立ち込めた神妙な空気を軽妙なやり取りで解せば、思わず織姫と泰虎が口元を緩ませる。

 やはり彼らはこうでなくては。

 面と向かって信頼だどうだと叫ぶ柄ではないが、心の奥底では“仲間”として確固たる絆を結んでいる──それが一護と雨竜だ。

 

 こうして虚圏へ向かう面子は決まった。

 すると、まるでタイミングを計っていたように人影が現れる。

 

 知る者ならば、誰しもが心のどこかで予想していた。

 彼の登場を──稀代の天才であり奇天烈な科学者の男を。

 

「なーんか楽しそうなおハナシしてますねェ。虚圏旅行、ご手配しましょうか?」

 

 浦原喜助。

 彼が居れば、天国へも地獄へも赴けるだろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 沈んだ空気が満ち満ちるのは、副官が集う二番側臣室だ。

 現在、一番隊舎では件の賊軍の件で隊首会が開かれている。各副隊長はそれらが終わるまで待機している訳であるが、一人分の空白に自然と閉口してしまう。

 特に肩を落とした様子で席に着いているのは、待雪草の隊花を掲げる副官章を身に着ける青年。

 

「焰真。なに辛気臭い顔してやがる」

「……いや、別に俺は」

「てめえが責任感じる事でもねえだろ。シャキっとしやがれ」

「……ああ」

 

 恋次が『こりゃ駄目だ』と手を上げる。

 先日瀞霊廷──一番隊舎を襲撃した賊軍により、百名以上の隊士が死亡した上で、護廷十三隊創建以来より一番隊を支えてきた重鎮たる雀部が戦死したのだ。

 厳格な性格ではあったが、一度接してみれば分かる人当りの良さと誇り高さ。副隊長になった者であれば、必ずしも居住まいや生き様に憧憬の念を抱く事だろう。

 焰真もその一人であり、プライベートでも交友を深めていた分、今回のような最期で受けたショックは計り知れないものであった。

 

(『自分が居りゃあ』……なんて考えてやがるんだろうな、こいつは)

 

 もしも焰真が現場に居合わせていれば、その実力もさることながら、“絆の聖別”で致命傷を負った者達を救えたかもしれない。

 だが、それもたらればの話。

 死んだ人間は生き返らない。生を受けた以上、命はいつしか死ぬものだ。

 それでも不本意な最期が立て続けに襲い掛かった事実は、心根が優しい彼にとって堪えるものである事は想像に難くなかった。

 

「焰真君……」

 

 沈痛な面持ちの焰真の傍らで、慰めるように雛森が肩に手を添えた。それに彼は『ありがとう』と弱弱しい声が応える。

 誰もが隊首会が終わる時間を待つ。

 隊長らに共有された情報を、早く己も知りたいという一心のまま、刻一刻と時間は過ぎ去っていく。

 膨れ上がる疑問や不安を抱いたまま時間が流れる室内は、ひどく居心地が悪かった。

 

 すると、近づいてくる一人の霊圧に全員が浮足立つ。

 それは一番隊の伝令役の死神だ。

 

「失礼致します! 只今を以て、総隊長殿より賊軍の襲撃に対する戦備を整えよという決定が下されました! 各副隊長には持ち場に戻り、指揮を執るようにと……」

「やっぱりこうなっちまうかよ……」

「っしゃあ! 目にも見せてやるわ……!」

「今から勇んでも仕方ないでしょ、ったく」

 

 頭を抱える檜佐木と闘志を燃やす射場。

 彼らに呆れる乱菊もまた、続くように二番側臣室を後にする。

 

「焰真君……えっと」

「そっとしてあげよう、雛森さん」

「あっ、うん……また後でね」

「……あぁ」

 

 続々と副隊長が去っていく。

 吉良と雛森が居なくなれば、とうとう部屋に居るのは焰真だけになった。

 

「……っくそ!」

 

 握りしめた拳で己の太腿を殴る。

 直後、鈍痛が体中に響くが、不甲斐ない自分に対する罰としてはこれでも足りない。

 

(雀部副隊長……)

 

 拳を握れば、仄かに彼の魂が自分に宿っている事を実感する。

 彼との間に結ばれた絆もまた、彼の死という形で焰真の中に煌々と光り輝いていた。“絆の聖別”の特性上、絆を結んだ者が死んだ場合、その者の魂の一部は焰真の元へと還っていく。

 結果としてはそれだけ彼の力と化す訳だが、力を得て無力感に苛まれるなど、とんだ皮肉なものだ。

 

「辛気臭い顔をしているところ失礼するヨ」

「っ、涅隊長?」

 

 そんな彼の下へ訪れる男──涅マユリ。

 ある種、確執がある相手の登場に苦々しい顔を浮かべる焰真を前に、ズケズケと歩み寄って来たマユリは『さて』と仰々しく口を開いた。

 

「件の賊軍……後ほど自分の隊長殿から正体は知らされるだろうが、君には私から直々に伝えようと思ってネ」

「……一体誰なんですか? 雀部副隊長を殺した相手は」

「賊の正体は──滅却師だヨ。君がのうのうと尸魂界にのさばらせた……ネ」

「そんな……!」

 

 ありえない、と叫びたかった。

 だが、目の前に居る人物は狂気的ではあるが分析や結果を偽る性質でない。

 

「どこにそんな証拠が!!」

「今回犠牲になった隊士から検出された霊圧だヨ」

「っ……!」

「勘違いしないでおくれヨ? 別に私は君を咎める為だけに来た訳じゃあない」

 

 やや棘のある言い方ではあるが、それも致し方ないほどの犠牲が出た。

 滅却師──虚を滅却する退魔の眷属。その力より、二百年ほど前に死神とは決別。殲滅作戦が行われた後、現世に確認されている滅却師は両手で足りる程だ。

 ただし、尸魂界に住まう滅却師はその限りではない。

 焰真の陳情と、彼の肩を持った卯ノ花と白哉により一魂魄としての命を保障された彼らは、流魂街のどこかしこで普通の住民と変わらぬ生活を送っている筈だった。

 

 そんな彼らが賊軍の正体とは、どうしても信じられなかった。否、信じたくなかった。

 でもなければ、雀部や大勢の隊士が死んだのは自身が滅却師に温情をかけたから──そう言われているようであったから。

 

 張り裂けそうになる胸を押さえる焰真。

 それに対し、マユリは『はぁ……』と一息置いてから語を継ぐ。

 

「死神と滅却師の確執は今に始まった話じゃあない。二百年前の殲滅作戦は君も知っての通りだが、それよりも前──およそ千年前にも両者の間で戦争は起こっていた」

「千年前……!?」

「まだ護廷十三隊が設立されて間もない頃さ。その時は辛くも我々死神が勝利し、以降は滅却師の勢力は衰えた……が、今回の被害を見る限り、衰えていたどころか水面下で力を蓄えていたと見るべきかネ」

「……千年前の報復、ですか?」

「そんな単純なものならばいいんだがネ」

 

 本題はここからだ、とマユリは紡ぐ。

 

「今回の一件を受けて、私は滅却師についての研究再開について許しを得た」

「そんなっ!?」

「当たり前だろう? 雀部副隊長の遺言から、奴等は卍解を封じる手段を手にしているとの事だ。滅却師の能力解明は可及的速やかに行わなければならない。その為ならば、仮に賊軍と一切の関係がない滅却師だろうと犠牲にしても致し方ない。卯ノ花隊長や朽木隊長……何より総隊長殿もそういう見解だ」

 

 これは最早君でどうこうできる問題ではない。

 マユリはそう付け足し、光を失った瞳で床に視線を落とす焰真へ告げる。

 

「分かったかネ? 私が態々君を訪れたのは、後でアレコレ文句を言われないようにさ。さて、これで一応筋は通した事でいいかネ?」

「ま、待ってください……! 滅却師なら俺が話を」

「言っただろう。最早一刻の猶予もない」

「っ……!」

 

 縋るように面を上げた焰真を、マユリは突き放す。

 

「此の事態を招いた元凶は何から何まで甘さなのだヨ。総隊長殿も、君も」

「甘さ……?」

「敵を殺し切れず、逃がし、あまつさえ命の尊さを説いて敵を許す……どれも今は唾棄すべき甘さだ。君も護廷十三隊の一員ならば早々に割り切るといい」

 

 どれも正論だ。

 言い返せずに立ち尽くす焰真へ、トドメの一言が突き刺さる。

 

「その甘さでお仲間を殺されたくないのならネ」

 

 そう締めくくったマユリは、足早に焰真の元を去っていった。

 この場に残るのは、酷く居た堪れない空気と唇を噛み締める焰真のみ。震える程に握られた拳からは手甲越しに血が滲む。

 

「俺は……俺は……」

 

 とうとう零れ落ちる雫は、床に点描画の染みを描く。

 

「こんな事の為に救った訳じゃ……!!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ハイハーイ、静粛にー!! これより、生きるか!? 死ぬか!? 虚・破面混合大センバツ大会を開催いたしまぁす!!」

 

 殺伐とした空気。

 並び立つは狩る側と狩られた側。

 後者がいつ死ぬか・殺されるか分からぬ空気に慄く一方、狩る側の陣営の長を務める眼鏡の男が空気に似合わぬ声音を響かせる。

 

虚圏(ウェコムンド)狩猟部隊(ヤークトアルメー)

統括狩猟隊長

 

Quilge Opie(キルゲ・オピー)

 

 虚圏が侵攻された後、生き残った虚と破面から自陣営の尖兵として役立つ者を選び抜く役目を任された男だ。

 廃墟と化した虚夜宮の残骸の陰で兵士を吟味するキルゲ。

 しかし、そこで繰り広げられるのは選抜と言う名の虐殺であった。次々に説明と共に無慈悲に破面を串刺しにする姿は猟奇的そのものであり、周りに居る部下の白装束も呆れた様子で眺めている。

 途中、藍染の側近を名乗る威勢の良い女破面二人が反抗してきたが、鎮圧するのに一分もかからなかった。

 

「しかし、何ですねぇ。この程度の破面を側近に置くとは藍染とやらも高が知れている。まあ、藍染亡き後虚圏を支配していたウルキオラ・シファーも、陛下の前では手も足も出なかったのですから」

 

──情報(ダーテン)には無い力を持っていたのは驚きましたが……。

 

「然もありなんと言った所……」

「ぎゃっ!!!」

「……おい、やりすぎてはダメだと……」

 

 背後から上がった悲鳴に振り返る。

 が、それが部下に甚振られた破面のものではないと知るのは、無惨に両断されている死体を目の当たりにした瞬間であった。

 刹那、水色の閃光が迫りくる。

 閃光の先に佇む人影を確かめながら、掌に青い血管模様を奔らせるキルゲは、難なく真正面から受け止めてみせた。

 本来の軌道から押し退かされた破壊の光は、片や白い砂地を抉り、片や黒一色の空を彩る。

 

「……何者です、貴方は?」

「ウルキオラをやったのはてめえじゃあねえなァ」

 

 凶暴に牙を剥く姿は猛獣そのもの。

 浅葱色のリーゼントを靡かせる青年──否、破面は押し寄せる白装束を鞘から抜いた斬魄刀の一閃で斬り伏せる。

 有象無象を蹴散らす強さ。

 間違いなく、この場で真面にやり合えるのはキルゲしか居らぬだろう。

 虚圏侵攻にあたって、目ぼしい戦力は事前に情報で共有されていた。目の前の破面はその中に載っていた一人。

 

「成程。そういえば情報にあった顔ですねぇ」

「俺を知ってやがる訳か」

第6十刃(セスタ・エスパーダ)──グリムジョー・ジャガージャック」

 

 破壊の申し子。

 孤高の王。

 

 斯様な獣により、辺りは瞬く間に血の海と化した。

 これはこれは……、と先程の虚閃の余波で崩れた前髪を整えるキルゲが、部下を鏖殺した獣に相対す。

 

「十刃がやって来るとは僥倖ですねぇ。貴方程の力があれば陛下にとって実に上質な手駒となるでしょう」

「……その陛下ってのがてめえらの親玉か?」

 

 怪訝そうな睨みを利かせるグリムジョーに対し、キルゲは『えぇ』と続けた。

 

「陛下は素晴らしい御方だ。貴方の主君であった藍染惣右介なんぞよりも崇高で、神聖で、新たなる世界の頂点に立つに相応しい……」

「……」

「貴方のような手合いは言葉で語るよりも実際に目で見る方が早いでしょう。そこで一つ提案です! 降伏して──」

 

 それ以上の言葉は、風を裂く音に阻まれた。

 振り下ろされた斬撃を、鞘から抜き放った刃で受け止める。その余波で白い砂漠の海に柱が形成されるが、すぐさまグリムジョーから噴き出す霊圧が砂塵を振り払う。

 

「……舐めた事抜かしてんじゃねえぞ、三下が」

 

 ギリギリと鎬を削る鍔迫り合いの中、グリムジョーは怒気を隠さぬ獰猛な表情で吼える。

 

「てめえじゃ話にならねえんだよっ!!!」

「っ!!」

 

 少しの間拮抗していた両者であったが、グリムジョーが踏み込んだ瞬間、押される予感を覚えたキルゲが自ら引き下がる。

 

「ふぅ……危ない危ない。しかし、これは交渉決裂ですかな?」

「端から交渉にもなりゃしねえんだよ。俺は誰の下にもつくつもりはねえ」

 

 残念がるキルゲをグリムジョーがバッサリと切り捨てる。

 黒崎一護に負けながら生き永らえた彼は、藍染亡き後、孤高の王として虚圏を闊歩していた。敗北に塗れた体で生きるのは屈辱そのものだ。

 それでも今日まで生き永らえら理由は唯一つ。破り、壊し、踏み越えていく為に他ならない。

 自分を打ち負かした死神も、依然として上に君臨する破面も──気に入らないものは全て破壊する。

 

 ウルキオラもその対象の一人だった。

 だが、彼は今、謎の襲撃者に敗北を喫した挙句、何処とも分からぬ場所へ連れ去らわれたというではないか。

 そんなことを自分は許さない。ウルキオラも黒崎一護も殺すのは自分なのだ。

 

──邪魔する奴は何人たりともぶち殺す。

 

「メガネザル、てめえはウルキオラの足元にも及ばねえ」

「……ほう、それはつまりどういう意味で?」

「俺にぶっ殺される運命ってこった!!!」

 

 斬魄刀を握らぬもう片方の手に漆黒の霊圧を纏わせる。

 “豹王の爪”の下に編み出した新たな技。黒虚閃同様、圧縮された虚の霊圧は黒い輝きを放ち、触れた物全てを破壊する威力を発揮する。

 例えキルゲほどの実力者であっても、真面に喰らえば致命傷は避けられない。

 それを察してか、キルゲの瞳が細められた。

 

「やれやれ……血気盛んで仕方がないですねぇ」

「オオオオオッ!!!」

「やはり獣は獣。手向かうならば檻に捕らえさせてもらいましょうか」

 

 霊圧の火花が宵闇を照らしあげる。

 グリムジョーとキルゲによって繰り広げられる剣戟は、凡百の戦士が立ち入る隙のない熾烈な様相を呈す。

 猛獣は狩人の喉笛を噛み千切るべく。

 狩人は猛獣の急所を射抜くべく。

 

「ふむ、敗残兵崩れとは言え流石十刃。やりますね」

「抜かせ!!」

 

 キルゲの挑発ごと薙ごうとするグリムジョーの爪が首に狙いを澄ませた。

 このまま漆黒の爪が弧を描けば、間もなく一人分の生首が白亜の砂漠に生けられることだろう。

 

──仕方ありませんね。

 

「おおらぁ!!」

 

 猛々しい咆哮と共に、凶爪がキルゲの首へ直撃する。

 

「……ッ!?」

 

 が、手応えがなかった。

 爪先を伝い、腕を真紅に染め上げる生暖かい血肉の感触が。

 

 おかしいと思い巻き上がる砂塵の先を睨む。

 やおら、二人を覆い隠していた砂煙は消え失せていく。その全てがキルゲの背に生えた光の翼へ収束するように。

 

 晴れる視界。すれば、突き立てた爪はキルゲの首を刎ね飛ばすどころか、その皮膚を食い破ることさえ敵わなかった現実が暴かれ、グリムジョーの顔が驚愕に染まった。

 馬鹿な。と歯噛みする彼であったが、首筋に奔る青色の模様を目の当たりにし、一つの推測が浮かぶ。

 

 しかしながら、わざわざ敵の推測を待つ間抜けは居ない。

 

 今度は腕に赤色の模様を走らせたキルゲが、光子──否、霊子で形成された剣を横薙ぎに振るう。

 すぐさま斬魄刀で防ぐグリムジョーであったが、予想以上の膂力に圧され、防御の甲斐なく腹部に横一文字の傷を負わされた。

 

「糞ッ!」

「やはり獣には力で屈服する必要があるようですねぇ。どちらが弱者で、どちらが強者かを……ね」

「てめえ、その姿は!」

「おっと、言い忘れていましたねえ。決して死神の卍解や破面の刀剣解放なんぞの悍ましい力ではありませんよ。この姿の名は『滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)』」

「滅却師……だと?」

 

 慄くように目を見開くグリムジョー。

 それは格上と対峙した畏れとは違う。

 

 本能が訴えかける衝動。虚としての魂が警鐘をけたたましく鳴り響かせる。

 

 

 

──こいつにだけは殺されてはならぬ、と。

 

 

 

「流石は獣。危機には敏い。しかし──もう遅い」

 

 キルゲの頭上で瞬く光輪は、辺りに満ち満ちる霊子を片っ端から奪い尽くしていく──グリムジョーの霊体さえも。

 剥がされる霊子を前に飛び退こうとするグリムジョー。

 だが、それを許さぬのがキルゲだ。

 予備動作に入った相手に対し、的確に矛先を向けるや、死神の縛道や滅却師の銀筒とも違う呪縛の力がグリムジョーの体を縛り付けた。

 

「チィ!!」

「感じますか? 我が力の脈動を……」

 

 こうなってしまえば、グリムジョーも屠殺を待つ家畜以下の存在。

 眼前で身動きが取れない獣を前にし、薄気味悪い微笑みを湛えるキルゲは、悠然とその刃を振り上げた。

 

「貴方を罰する力、『神の正義(ピスキエル)』の力を……ッ!?」

 

 刹那、キルゲとグリムジョーは垣間見た。

 闇夜を切り裂き、虚圏の大地に舞い降りる三日月の姿を。

 

 その予想外な客人を前に、キルゲの口元が弧を描く。

 

「ふむ……今度は“特記戦力”が来客とは退屈しませんねぇ」

 

 

 

 ***

 

 

 

「……」

「──ま。おい、焰真!」

「! あ……あぁ」

「どうした、さっきから。そんな様では先が思いやられるぞ!」

「痛ぁ!」

 

 焰真の生返事に対し、尻を引っぱたくルキア。

 思いの外痛烈な一撃だった為か、陰鬱な面持ちもどこへやらと蟀谷に青筋を立てる焰真が隣の副官補佐を睨む。

 

「てめッ、本気でやりやがって……!」

「たわけ! 副隊長がそんな腑抜けた顔でどうする!」

「……そうだな、悪い」

 

 副官補佐の叱責に、焰真はハッとした。

 マユリから告げられた流魂街の滅却師への対応。それは他人を救い、幸せを護る事を本懐としていた焰真にとって衝撃と虚無に苛まれる一件であった。

 事態が事態だ。言い分は理解しているものの、だからと言って納得し切れるものではない。

 

 ルキアはそんな懊悩を見透かしたからこそ、毅然たる佇まいを見せたのだろう。

 眉間に寄っていた皺が解け、フッと口元が緩む。

 

「うむ、それでいい。貴様は副隊長、私は三席。貴様が腑抜けた時は、いつでも私が尻を引っぱたいてやる」

「……そうだな。それなら俺もお前が怠けてる時は尻を蹴り上げてやるよ」

「なッ!? 嫁入り前の乙女の尻を蹴り上げるつもりとは、貴様一体どういう了見だ!」

「乙女? ……フンッ」

「貴様、今鼻で笑ったかァ!?」

 

 気安い仲だからこその無遠慮な言葉の応酬。

 十三番隊にしてみればいつも通りの光景ではあるが、滅却師襲撃前の緊迫した空気を解きほぐすにはピッタリの漫才であった。

 このようなやり取りをできるのも、隣にルキアが居るおかげだ。

 

(そうだ、俺のやる事は変わらねえ。今あるものを全力で護り抜く。それだけだ)

 

 心にゆとりが生まれた事で改めるや、焰真の心に決意の炎が灯る。

 自然と斬魄刀を握る手にも力が入る姿は、誰の目から見ても明らかな程の戦意に滾っていた。

 すぐさま焰真は、戦備に忙しない十三番隊の指揮に奔る。

 敵に遮魂膜を無視して廷内に侵入できる手段がある以上、警備の目はどれだけ広げても足りないだろう。

 

(いや、俺が向かうんだ……何処にだって!!!)

 

 全身全霊で護り切る。

 その為に得た力なのだから。

 

(焰真……)

 

 しかし、意気込んでいる焰真を見るルキアは、どこか不安そうであった。

 事が事だ。心優しい彼が仲間を護れなかった事実に負い目を抱く事も、過去に救った種族と同族の賊軍と戦う羽目になった事も、全てが焰真の心を圧し潰す呪いとなっているように見える。

 

(まったく、世話の焼ける奴だ。もう少し緊張を解いてやるか……)

 

 そう思った瞬間だった。

 

 群衆に奔るどよめき。

 集まる視線の先──空には、一人の影が浮かんでいた。

 

「ッ、莫迦な……!?」

 

 思わず口を衝いて出た言葉は、責を負う立場の者としてあるまじきもの。

 不必要に周囲の者へ混乱と焦燥を招くものだったと自省しつつも、ルキアの瞳は見下ろす人影に戦慄した。

 

()()()()()()()()()だと!!? 一体いつの間に!!?)

 

 予兆さえ感じ取れなかった。

 まるで最初から其処に居たかのように自然と現れたのだ。一体全体如何なる手段で侵入を果たしたのか見当もつかない。

 

 直後、瀞霊廷が青白い光に包まれる。

 思わず顔を背けたくなる光量に怯み、目が慣れる頃合いを見計らって景色を見渡す。

 そこには瀞霊廷にあるまじき尋常ではない霊子密度を誇る火柱が、無数に立ち上がっていたではないか。

 

「これは一体……!?」

「くッ!!」

「焰真!? 何処へ行く!!」

 

 駆け出す焰真をルキアが呼び止める。

 だが、案の定足を止めなかった彼はそのまま怒鳴るように叫び、ルキアに応えた。

 

「あの火柱の根本だよ!!」

 

 『おい待て!!』と叫ぶルキアを置いてけぼりにする焰真は、瞬歩で口述した根本へと急いだ。

 一分一秒が惜しい。

 自分の足が何故こうも遅いのか。そう呪ったのも久方ぶりだ。

 

 だがしかし、焰真がそう思うのも致し方ない。

 こうして走っている間にも、()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「くそぉぉぉおおお!!!!!」

 

 血反吐を吐かんばかりに絶叫する。

 そして、辿り着いた──その瞬間だった。

 

 

 

「──吉良?」

 

 

 

 また一つ、霊圧(いのち)が消える感触。

 同時に己の身を(おとな)う力の胎動。

 

 これは。

 嘘だ。

 だって。

 あいつが。

 そんな。

 

 頭が真っ白になりながらも、体は自然と動いていた。

 たった今、目の前で部下を一人斬り伏せた男を目の前に斬魄刀を抜く。

 

「いやあああああ!!! 可条丸先輩!! 可条丸先輩!!! ああああああ……」

 

 血の海に沈む隊士を前に、慟哭に等しい悲鳴を上げる女隊士・斑目志乃。

 彼女の叫びに呼ばれたように現れた焰真は、光の消えた──されど、心火で灼け付きそうな瞳で仲間を斬殺した滅却師を見据える。

 

「お前が、やったのか」

「──ああ」

 

 白装束に純白のマントを靡かせる金髪の青年。

 人一人殺めたにも拘わらず、平然とした面持ちは慣れているからだろうか。どちらにせよ只者ではない佇まいである。

 内包する霊圧も尋常ではない。

 これでは席官はおろか、一部の副隊長では真面な戦いになるかさえ怪しい強さだ。一方的な虐殺さえあり得る。

 

 既に殺された副隊長が居るのだから。

 ならば、せめて。

 せめて、こう思わなければ壊れてしまいそうだから、声に出して紡ぐ。

 

「……俺で、良かった」

 

 震えた声で。やっとの思いで。

 

 対して、金髪の滅却師はこう答える。

 

見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)皇帝補佐・星十字騎士団(シュテルンリッター)最高位(グランドマスター)、ユーグラム・ハッシュヴァルト」

「……それがお前の名前か」

「殺す相手には自分の名を名乗る。それが君の流儀だと聞いた」

「……随分と人の事を調べてるな」

「だからこそ、君の下へは私が来た」

 

 血糊一つ付かぬ剣を構え、ハッシュヴァルトと名乗った滅却師は死神に対峙する。

 

「特記戦力の1──芥火焰真」

 

 刹那、巨岩が肩にのしかかるような霊圧が辺りを襲う。

 人によれば、即座に卒倒して地に伏せてしまう程の強大な力。

 しかしながら、これはあくまで焰真へ向けられる戦意──それも小手調べ程度の余波に過ぎない。

 

「関係、ねえよ」

 

 だが、赫怒に燃える男には蚊ほどの重みも感じはしなかった。

 

「俺がなんだろうと、お前らが何者だろうと……ッ」

 

 今尚絶たれる命の光に比べれば、この程度──。

 

「お前らはッ、俺が斬る!!!!!」

 

 義憤の炎で己が身を焼き焦がす焰真は、その赫怒と涙で揺らぐ視界の中、打ち倒さなければならない敵を見据えた。

 

 

 

「浄めろ───『煉華(れんげ)』!!!!!!」

 

 

 

 浄罪が何の意味も持たぬと知りながら、浄き炎は燃え盛る。

 

 

 

 ***

 

 

 

「──怒っているな、焰真。そうだ、それでいい」

 

 悠然と宙から火蓋が切られた死闘を眺める男が零す。

 純白の装束が特徴的な滅却師の軍勢においては、目を引く漆黒のマントを靡かせる。口元に湛える笑みは不敵で、激情に駆られる青年の姿を見た反応としては卑陋(ひろう)極まりない。

 

「そうでなくては、お前が生まれた意味がない」

 

 各地で散り、塵と化し、魂の薄片が集っていく流れをその一身で感じ取るにつれ、笑みは深まっていく。

 

「死する友の為に怒れ。怯える命の為に奮え。遍く魂を救わんと強くなれ。そうしてお前は──我が許へ還る運命なのだから」

 

 

 

──闇に産まれし、我が息子よ──

 

 

 




*Q&A*

Q.更新頻度は?
A.章が終わるまで毎日0時投稿です。

Q.どのくらいの長さ?
A.40万字~ぐらいの文量となります。(8章終了時点で60万字程度)

Q.1話当たりの文字数は?
A.1万~4万字ぐらいです。後半に行くにつれて1話当たりの文字数が多いです。
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