BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*82 Last Moment

『ぅああああッ!!!』

『隊長!!!』

『がッ』

『無理だろこんなもん!!!』

『きゃあああッ』

 

───消えるな。

 

『何なんだよ……何なんだよ、こいつらは……』

『ひいいいいいいいい』

『畜生……! 畜生……!!』

『助けて……』

『大丈夫か!! こっちだ!!』

 

───消えるな。

 

『どけよ、ジャマなんだよ!!』

『いやだよ、もういやだあああああ』

『くそォッ、これでもダメかよ!!』

『逃げましょう!! もう逃げましょうよ!!』

『逃げるなァ!! それでも護廷十三隊隊士か!!!』

 

───消えるな。

 

『一体どうすりゃいいんだ!!』

『退がれ、馬鹿野郎!!』

『痛てえよ、痛てえよォオオオオ』

『耐えろ! 絶対に堪えるんだ!!』

『必ず……───必ず一護が来てくれる!!!』

 

「───ぅぅぅおおおおおああああああああああああああ!!!!!」

 

 またしても、黒が弾けた。

 何度も。

 何度も何度も。

 何度も何度も何度も繰り返し解き放つ霊圧の牙。例えそれで己が身を、刃を、魂を削ろうとも、一護は一瞬でさえも躊躇わずに月牙天衝を撃ち続けた。

 しかし、一向に監獄が打ち破れる気配は見えない。

 このままではただただ自身の体力と霊力を浪費するだけ。

 それでも監獄の影響で連絡機能が遮断され、相手側の音声を伝えるだけの機器と化した伝令神機から届けられる声が、一護を奮い立たせていた。

 

「死なせねえ……みんな死なせねえぞ……」

 

 瞬く命の光が、消えてしまう前に。

 

「俺が……俺が護るんだよ!!!」

 

 その時だ。

 自身の中で脈動する血を直覚した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 雨が降り始めた。

 血と焦土を洗い流さんとする鎮魂の慈雨。元柳斎にはそう思えた。

 間もなくして雨雲に空を覆われた瀞霊廷は、薄暗い闇に包まれる。立ち上る土の香りは、焼け焦げた虚しい感傷を呼び起こす。

 

(これで……)

 

 焦げた斬魄刀を元の状態に帰す元柳斎は、斬り伏せられた賊軍の長を背に天を仰いだ。

 間もなく戦争は終わる。これは紛れもない予感であった。

 古来より戦争とは敵将の首を取れば終わるもの。士気が下がるのも然り、統率を失うのも然り、何事も頭が居なくなるという状況は配下に混乱を招くものだ。

 

 失った尊い命の数は計り知れない。

 それでも、この戦禍がもうすぐ終わると思えば、元柳斎の胸には安堵が込み上がって来た。

 しかし、その生温い感慨は心の奥に押し込め、死にかけの敵将に語り掛けた。

 

「終いじゃのう、()()()()()()

 

 滅却師の王、ユーハバッハ。

 千年前、護廷十三隊と死闘を繰り広げた光の帝国(リヒトライヒ)の皇帝だ。

 その時も多くの犠牲を強いる大戦争を繰り広げたが、死力を尽くした戦いの末、死神側が勝利を掴み取った。

 

 今回も元柳斎が勝った。

 奇しくも千年前の決闘同様、彼の卍解に圧し負けるという形で。

 しかし、今回ばかりは勝利に酔う冷血さは元柳斎には無かった。千年という時は互いを老練させ、結果的により多くの死者を生み出してしまった。

 

 全ては、千年前にユーハバッハを討ち取れなかった己の詰めの甘さが招いた悲劇。

 悔やんでも悔やみきれぬ後悔や慙愧が、大勢の部下を失い穿たれた胸へ訪れるが、これでせめてもの弔いはできただろう。

 

「滅却師はここで終わる。儂が終わらせる。もう二度と同じ過ちは犯さんぞ。貴様らの仲間を(みな)(ころ)し、二度と我らに歯向かえんよう灰も残さん」

「フ、フフ……その怒りに身を任せる姿……若き日に重なって見えるぞ」

「そうじゃ。どれだけ永う生きたとて、己が身を巡る薄汚れた血は雪げん。所詮人殺しよ。儂も……お前もな」

「その……通りだ」

「なればこそ、儂が後顧の憂いを断ち切ろう。滅却師は我が身と火と共に、歴史の闇へ葬られるのじゃ」

 

 元柳斎の卍解───その奥義に胴体の大部分を灰燼にされたユーハバッハは、息も絶え絶えになりながら語を継ぐ。

 

「お前は……一つ思い違いをしている」

「……何じゃと?」

「この聖戦は終わらん。千年前より見通された未来なのだ……我らの勝利は揺るがん」

「戯けた事を。ならば、今に見ておれ。儂が貴様の部下を殺して回る」

「いいや、できはしない……何故ならば───」

 

 炎の墓標が立てられる。

 灼かれたのは───一番隊舎。

 

「沖牙ァ!!!」

 

 隊舎の守護を任せていた部下の名を呼ぶ元柳斎。

 倒れた()()()のユーハバッハは、勝ち誇ったように墓標より舞い降りる人影に手を伸ばした。

 

 

 

「我等が滅却師の王は……滅んでなどいないのだから」

 

 

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)

“Y”

貴方自身(ジ・ユアセルフ)

Royd Lloyd(ロイド・ロイド)

 

 

 

 彼こそがユーハバッハを騙っていた者の正体。

 額に瞳が埋め込まれた真の姿を晒す彼は、己の下へ歩み寄る主君はピクリとも眉を動かさず、瀕死の部下に指を差し向けた。

 

「よくやった、ロイド」

「! ……私を……よく……やった……と」

「もう、眠るがいい」

 

 感極まり涙を流すロイド。

 しかし、彼の息の根を止めたのは他でもない主君のユーハバッハであった。たった一発の神聖滅矢がロイドの身体の九割を滅し飛ばす。

 

「……外道が」

 

 命を賭して戦った部下に何たる仕打ちだ。

 湧き上がる義憤もあるが、それ以上の疑問が口をついて出る。

 

「貴様今迄何をしておった」

「……一番隊舎の下には何がある?」

 

 一番隊舎───総隊長たる元柳斎が治めるかの土地の真下には、尸魂界にて最も危険で悪逆な罪人共を収監する檻が佇んでいる。

 

 名を、真央地下大監獄。

 

 収監されている者の中には、かの大罪人もまた無間に幽閉されていた筈だ。

 

()()()()()()()()()()()

「!」

 

 嫌な予感はまんまと的中した。

 

「特記戦力の一つとして我が麾下に入るよう言ったが、案の定断りおった」

 

 元柳斎が問うまでもなく彼の大罪人と相見した理由を語るユーハバッハ。

 しかしながら、その声音には毛ほども残念がる様子は見受けられない。藍染を味方に入れられれば僥倖───その程度の理由で監獄へ侵入し、()()()()()()に一番隊舎を破壊したのだろう。

 

「さて……偽物との戦いで力を使い果たしたか、山本重國?」

「ほざけ!」

 

 ユーハバッハの挑発に対し、元柳斎は流刃若火を構えた。

 繰り出すは、やはり卍解だ。偽物とは言え、先の偽物は自身の卍解を奪えなかった。それは相手が自身の卍解の底を知らなかったから。千年前の時点で全ての力を出し切っていなかった元柳斎は、そこに賭けて卍解を行使した。

 今も同じだ。監獄に潜っていたのなら、先の卍解の詳細の全ては把握していない筈。

 

───一撃で仕留める!

 

 絶殺の気概に溢れる元柳斎は、その炎と見間違わんばかりの苛烈な霊圧を迸らせた。

 

「卍かっ……!!?」

 

 が、天地を焦がさん灼熱は一瞬にして鎮まった。

 瞠目する元柳斎が目の当たりにしたのは、メダリオンを構えるユーハバッハ。そしてそこに吸い込まれていく自身の卍解の姿であった。

 

「お前の卍解が奪えぬ訳ではない。だが、強大なお前の力は私以外には御し切れまい。故にロイドには私が戻るまで手を出すなと命じてあった」

 

 戦慄。

 次に、心身を焼き尽くさんばかりの屈辱が押し寄せた。

 

 自分がああも力を揮えたのは、あくまで相手取っていた敵がそう指示を受けていたからこそ。

 そして、もしも影武者が命令を聞かず卍解を奪掠していれば、御し切れぬ破滅の劫火が瀞霊廷を───否、尸魂界全土を燃やし尽くしていたかもしれないという己の迂闊さに、元柳斎は歯噛みした。

 

「ユーハバッハ!!!」

「良かろう。死神の長よ。手向かうのなら、せめてもの餞だ」

「!」

 

 五芒星が刻まれた金属板が、赫い輝きを放つ。

 

 

 

「卍解」

 

 

 

───残火(ざんか)太刀(たち)───

 

 

 

 尸魂界史上焱熱系最強最古の斬魄刀、『流刃若火』の卍解。

 その風体は、一見ただの焼け焦げた刀。

 ユーハバッハが腰に携えていた剣を抜き、滅却師の高速歩法・飛簾脚にて元柳斎に肉迫。

 怖気が背筋を奔る。

 身を捩り、振るわれた一閃から逃れんとしたが、想像を遥かに上回る剣速に胸の皮一枚を斬りつけられた。

 

 だが、血は出ない。

 浅く、長く刻まれた刀傷の見た目からは想像もできないが、元柳斎からただの一滴も血液が零れ落ちなかった。

 しかし代わりに元柳斎がぐらりと立ち眩んだ。

 全身を巡る沸騰せんばかりに灼熱の血潮。これはたった一太刀で与えられた壮絶な熱量を喰らったが故。

 

残火の太刀

“東”

旭日刃(きょくじつじん)

 

 刀が持つ全ての熱量を刃先の一筋にのみ集中させた極熱の斬撃、それが“旭日刃”。

 あらゆる堅牢な防御を無視して消し飛ばす一閃は、人を斬ろうものなら肉が焼け、炭と化し、やがて灰となる過程を飛び越え、刃先に触れた部分を灰燼も残さない。例え刃先に触れなかった傷口も、余熱により一瞬で焼かれる事になろう。

 

「よく躱した。だがまあ、己の卍解の恐ろしさはお前が一番よく知っているか」

「流刃若火ァ!!!」

「そして、今の私を倒す術が無い事もな」

 

 刃が吐く大火がユーハバッハを呑み込まんとする。

 しかし、赫々と燃え盛っていた炎は、ユーハバッハにたどり着く一歩手前で霧散した。まるで何かに焼き尽くされたかのように。

 

 話は至極単純。

 

残火の太刀

“西”

残日獄衣(ざんじつごくい)

 

 ()()()()()()の炎に焼かれただけだ。

 さながら、太陽を纏っているが如き途轍もない高温。如何なる物質でさえ物質としての形を留められぬ高温は、纏うユーハバッハでさえ全力の静血装を発動させなければ焼身しかねない次元だ。

 水も、花も、崩れた瓦礫も。何もかも焼き尽くす獄炎の衣は、例え主である元柳斎の炎でさえ太刀打ちできるものではなかった。

 

———おのれ。

 

 ギリッ、と歯を食い縛る元柳斎は瞬歩で距離を取る。

 刀も通じない。炎も通じない。

 ならば、そのいずれにも属さぬ種類の鬼道で圧し潰すしかあるまい。

 

「破道の八十八『飛竜撃賊震天雷炮(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)』!!!」

 

 純然たる力の奔流。極大の霊圧の閃光が、不敵な笑みを湛える魔王へ迫る。

 一縷の望みを託した一条の光は、空間を軋ませながら大地を抉り、大気を穿ち、天地を焦がす灼熱を貫かんと咆哮を上げた。

 

 その間、ユーハバッハはと言えば直立不動のまま、肌身を焼かんばかりの震動を感じるのみに留まっている。

 

 これで倒せるとは毛頭思っていない。

 しかし、僅かでも通用すれば勝機はある。

 

 斯くして───その希望は潰えた。

 

「殊勝な事だ」

「!!!」

「無駄骨を折る貴様に、せめてもの手向けだ」

「貴様……まさか!!!」

 

 とうとう一分の隙間もなくユーハバッハを呑み込んだ閃光。

 次の瞬間、それは中から湧き上がった焼き焦げた骸骨の群れに破られた。

 

残火の太刀

“南”

火火十万億死大葬陣(かかじゅうまんおくしだいそうじん)

 

 かつて元柳斎の斬魄刀に焼かれた亡者の灰が、その焱熱によって地の底より蘇る。

 押し寄せる亡者は、確かに元柳斎も見覚えがある顔ぶればかりだ。千年前に葬った滅却師を皮切りに、瀞霊廷を裏切った逆賊や歯向かってきた無法者。中には苦心の末、元柳斎が介錯した旧友さえも───。

 

「ユーハバッハ!!! 己ェ!!!」

「どうした、かつてはその手で殺した仲間を今は斬れぬと宣うか?」

 

 悦に浸った笑みを深めるユーハバッハに、元柳斎は一瞬の逡巡を経て群がる亡者を焼き払う。

 しかし、余りにも数が多い。

 流刃若火でさえも押しのけられる物量に、片腕の身体では次第に捌き切れなくなり、とうとう距離を詰められるに至った。

 

「無様だな、山本“元柳斎”」

「ッ……!」

「貴様は弱くなった。腕を治していれば斯様な醜態を晒す事も無かっただろう。利するもの全てを利用したかつての貴様なら、我々の侵攻も一筋縄ではいかなかっただろう」

 

 だが、と蔑むような視線をユーハバッハが向ける。

 

「我等滅却師を殲滅した貴様は変わった。安らかな世を手に入れた貴様は護るべきものを増やし、慈しみ、つまらぬ正義や誇りの為に二の足を踏む惰弱の一群に成り下がった」

「抜かせ!!!」

 

 我が身ごと亡者の群れを焼き尽くさんばかりで炎が立ち上る。

 しかし、依然冷徹な瞳を湛えるユーハバッハは、烈火の如く怒り狂う元柳斎に狙いを澄ませた。

 

「死ぬ前に教えてやる。尸魂界はこれから死ぬが……」

「!」

「護廷十三隊は千年前、我等と共に死んだのだ」

 

 刹那、天地が分かたれる。

 

 

 

残火の太刀

“北”

天地灰尽(てんちかいじん)

 

 

 

 炎帝の一閃が、元柳斎の焦げた躰を両断した。

 地平まで続かんばかりの苛烈なる極熱の斬撃。

 身を守る術も、避ける術も持たなかった元柳斎は、熱に熔かされ朦朧とする意識の中で悟る。

 

 

 

(違うな、ユーハバッハよ)

 

 

 

 薄れる意識の中、

 

 

 

(護廷十三隊は)

 

 

 

 曇天の下を駆け抜ける、

 

 

 

(決して斃れぬと知れ)

 

 

 

 流星を感じた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「───山本重國が死んだか」

 

 遠く彼方で消失した霊圧に、ハッシュヴァルトは死神の長の命運が尽きた事を理解する。

 彼が死んだとなれば、護廷十三隊は壊滅したと同然。残る隊長格に陛下を倒せる程の力を持った者は居ない。

 

 勝敗は決した。

 

「それでも戦うと言うのか?」

「はぁ……はぁ……」

 

 ルキアは血でしとどになった胸を押さえながら、生まれたばかりの小鹿のように震えた脚で立ち上がる。

 

「当、然だ……」

「無益だ」

「それは貴様が決める事ではない……!」

「君が抗った所で未来を変えられはしない」

 

 そう告げるや、ハッシュヴァルトは剣を鞘に納め、ルキアの下から立ち去ろうと踵を返した。

 待て、と追う事さえままならない。

 臓腑に届きかねない一太刀を貰ってしまったのだ。呼吸する度に肺に血が流れ込み、悶えるような苦痛に苛まれる。

 

(まだだ……行かせる訳には……!)

 

 最後に打てる手は一つ。

 これを使えば、自身は霊力を使い切る。そうなれば生命維持すらままならなくなり、後は死へ向かうのみ。

 それでも先へ行かす訳にはいかない。

 義兄を殺し、姉を悲しませ、親友を打ちのめす相手を希望の御旗の下へ行かせる訳には。幸いにも敵は死に体の己を完全に戦力外とみなし、背を向けている。

 不意を突くには絶好の機会。

 そして最後の死に場所だ。

 

(約束を……破ってしまうな)

 

 脳裏に過る友の顔。

 而して決意は固まった。

 

「卍、解!!!」

 

 血塗れの矮躯から迸る猛烈な冷気が、辺り一面を銀世界に包み上げる。

 

「───『白霞罸(はっかのとがめ)』!!!」

 

 極寒の白波は、瞬く間にハッシュヴァルトの体を凍てつかせていく。

 氷に覆われた肉体は身動きを取る事さえ許されず、急速に凍結していく部位とそうでない部位との温度差による収縮で、不可逆の亀裂が奔る。

 そして、一体の氷像は肩から腰にかけて入った亀裂により、体を二つに分かたれた。

 

「……な」

「言った筈だ」

 

(なん……だ……これ、は……?)

 

「君では未来を変えられない、と」

 

 泣き別れとなった体に戦慄するルキアは、()()()ハッシュヴァルトに絶句した。

 

(一体、どうやって……)

 

「私は範囲世界に起こる不運を、幸運な者に分け与える事で世界の調和を保つ」

「……!」

「最初から君に勝ち目などは無かった訳だ」

 

 

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)

“B”

世界調和(ザ・バランス)

Jugram Haschwalth(ユーグラム・ハッシュヴァルト)

 

 

 

 身に降りかかる(不運)を、範囲内の対象間で分かつ能力。

 それだけであれば傷の共有の千日手で済んだ。

 だがしかし、彼が左手に持つ『身代わりの盾(フロイントシルト)』が肩代わりする。

 つまり、相手側からすれば一方的に傷を押し付けられるワンサイドゲームであった訳だ。どれだけ傷を与えても、返ってくるのは自分の身。それを知っていれば、ルキアもここまで必死になって倒そう等と固執しなかっただろう。

 

 しかし、最早手遅れだった。

 

 白霞罸の余波で冷気に満ち満ちる場に倒れ伏すルキアは、自身の体が凍り付いていく感覚を覚えながら、悠然と立ち去っていく滅却師を見ているだけしかできなかった。

 

(姉様……兄様……六花……)

 

 今際の際に過るのは大切な家族の顔。

 

(焰真……───済まぬ)

 

 そして、全てを託した友の顔だった。

 ルキアの意識は、そこで途絶えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「存外遅かったな」

 

 舞い降りた一人の死神に対し、ユーハバッハが漏らす。

 

「いや、よくぞ辿り着いたと言うべきか。ハッシュヴァルトから逃れ、群がる我が星十字騎士団を押し退けて……な。流石だと褒めてやろう、芥火焰真」

「……お前が滅却師の頭か?」

「ああ、そうだ。我が名はユーハバッハ。お前の全てを奪う者だ」

 

 不遜な物言いに、焰真は嫌悪感を隠さない。

 

「お前が……お前の所為で……こんな……!」

「ああ、その目に焼き付けておけ。千年以上もの歴史を持つ瀞霊廷がこれほどまでに蹂躙された事など護廷十三隊創設以来初めてだ。貴様ら総隊長と呼んで従っていた男が死すのもな」

「!? 総、隊長……」

「どうした、気づいていなかったか。余程無我夢中で駆け付けたらしい」

 

 クツクツと喉を鳴らすユーハバッハを余所に、焰真は人と呼ぶ事さえ憚られる焦げた人形を見据えた。

 微かに感じられる霊圧。確かにこれは元柳斎のものだ。

 あの威厳と強さに溢れた姿が今や見る影もなく、物言わぬ亡骸になっていた。

 

「それともう一つ伝えておこう。朽木ルキアもたった今死んだ」

「ッ!!? ……ッ……!!!」

「怒りで言葉も出てこないか。だが、そう悲しむ必要もあるまい。お前はよくやってくれた。───我が滅却師の尖兵として」

「………………は?」

 

 言葉が見つからなかった。

 怒りも、哀しみも、驚きも出てこない。

 ただただ呆気に取られた。理解が追い付かなかった。

 

 何を言っているんだこいつは?

 自分が滅却師の尖兵?

 仲間を殺して回る敵の?

 

 数拍の間を置き、焰真は漸く言葉を絞り出す。

 

「そん、な……馬鹿げた話が」

「『ある筈がない』か? だが、真実とは得てして当人の知る由のない場所にぶら下がっているものだ。私はお前の事を良く知っているぞ。現世の純血統滅却師(エヒト・クインシー)の父と人間の母の間に生まれた混血統滅却師(ゲミシュト・クインシー)……だが、生まれる直前に母親の胎へ流れ込んだ虚の霊圧は、魂に内在していた霊王の欠片と呼応し、お前を完現術者(フルブリンガー)として目覚めさせた!」

 

 焰真の斬魄刀を指さしながら、声高々に紡ぐ。

 五芒星を模った鍔は、紛れもなく滅却師が所有する霊具───滅却十字(クインシー・クロス)のそれだった。

 

「私は滅却師の王……始祖なり! 全ての滅却師は私の血が流れている! お前のその血肉も私の魂から分かたれたものに他ならない!」

「そんな戯言を誰が!」

「悲しい事を言ってくれるな、焰真! 真実から必死に目を背ける我が子を眺める程、辛い事はない!」

 

 卍解を解いたユーハバッハは、自身の身を守る必要がなくなった静血装の余剰分を、そのまま体外へと伸ばす。

 外殻静血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン)。体外まで拡張された防御壁は、ユーハバッハの喜悦を示すが如く激しく瞬いていた。

 

「焰真! 滅却師とも違う道を辿った死神擬きよ! 何故私が今日までお前を生き永らえさせた解るか!?」

「そんな事……お前が決めた事じゃねえ! 俺は! 皆を救う為に生きてきた!」

「違うな! 感じろ、お前の中に今も尚集う魂の脈動を! 力の胎動を!」

「ッ……!」

 

 完現術を通じて集まる人々の魂。即ち死の報せ。

 高まる霊力に相反し、心を蝕む無力感を誇りと誓いで奮い立たせてきた焰真だが───しかし。

 

「お前は力を高める為に生きてきた! いいや、()()()()! それは全て……遍く尸から魂を取り込んだお前の力の(ことごと)くを、私が奪う為だ!」

「───」

「さあ、見せてみろ!!! “絆の聖別(ブレス・ア・チェイン)”を!!! 絆と死の上に成り立つ至高の力をな!!!」

 

 限界を超えた。

 

 

 

 

 

「ュ……ユーハバッハぁぁぁァァァアアアあぁアァアああぁぁああ゛あ゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 爆発する霊力が辺りの瓦礫を塵に還す。

 目尻から零れ落ちかけていた血涙も、迸る波濤に呑み込まれて宙へ消える。

 

───こいつだけは赦さない。

 

 刹那、焰真の姿が消える。

 半球を形成する防御壁まで肉迫した焰真は、その膂力の全身全霊を以てして斬撃を振り下ろす。

 しかし、余波だけで数百メートル先まで地面に亀裂を走らせた一閃は、堅牢を誇る防御壁に阻まれてしまう。

 

「触れたな、焰真!!」

「ッ!!」

「外殻静血装は私の体に触れる全てを侵食して静血装を拡大する!! 私に触れればお前の体までもな!!」

 

 言葉通り、青い外殻に触れた刀身を通じ、焰真の体にまで静血装が昇り詰めてくる。

 

「お前の力を貰うぞ!! 芥火焰真!!」

「───こんな」

「!!」

「こんなもんで……くれてやれるかよおおおおおおッ!!!!! 」

 

 が、直後、雄叫びと共に静血装を押し返す赤い血管が瞬いた。

 焰真の力を奪い尽くさん勢いに溢れていた静血装は、逆に注ぎ込まれる異物に耐えかね、そのまま彼の体から弾かれる。

 

(これはまさか!!)

 

 そしてそのまま振るわれる二振り目。

 奪掠の力を宿す外殻は、妖しい煌きを纏った焰真により、今度こそ打ち砕かれた。

 

(───動血装(ブルート・アルテリエ)か!!)

 

 明らかな攻撃力の向上。

 何より血管を通じて霊子を拡張する血装を押し返せるとなれば、それぐらいしか思い当たらない。

 

覚醒(めざ)めているのか、滅却師としての力に!!)

 

 対峙する相手の成長に歓喜の笑みを隠さないユーハバッハは、切り返して振るわれる刃を剣で受け止める。

 一合交える度に天が哭く。

 紛う事なき次元の違う戦いは、まさしく死神と滅却師との雌雄を決す死闘に相応しい。

 そしてユーハバッハは、少しずつ確信を抱いていた。

 

(この与える力、我が『聖別(アウスヴェーレン)』とほぼ同質。やはりお前は滅却師の───)

 

 途中まで考え、止めた。

 今はただより上質な力を奪い去る事だけを考えよう。悪辣とした物言いで焰真を激昂させたのは、彼の力を引き出す為に他ならなかったのだから。

 

 より非情な手段で。

 より狡猾な手段で。

 より暴慢な手段で。

 

「最期まで足掻くがいい、焰真よ!! 瀞霊廷に生きる命がお前ただ一人になるまで!!」

「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」

 

 怒りに身を任せた斬撃に対し、飛び退く事で事なきを得る。

 年季が違うとは言え、自身と同質の能力を持っているのだ。功を急いて仕損じる羽目だけは御免被ると、浮足立つ内心を宥めつつ、ユーハバッハは身構える。

 

───コホッ。

 

 そんな彼の耳に入った音───否、声。

 弱弱しく咳き込んだような声に辺りを見渡すユーハバッハであったが、その正体を窺い知る事はできなかった。

 足元から紅い閃光を迸らせる焼死体を見るまでは。

 目を見開き、飛び退かんとする。が、死に体の握力とは思えぬ手がユーハバッハを逃がさない。

 

「山本……重國───ッ!!?」

 

 余りに小さい霊圧は、次元を超えた戦いの中では感じ取る事さえ能わなかった。

 

 そして次に紡がれた言の葉を、彼が聞き取る事さえも。

 

 しかし、焦げた全身が一振りの焱の刃と化した光景に全てを察する。

 

 これは焼き焦がした己の肉体を触媒に発動される禁術。

 

 

 

 

 

破道の九十六

一刀火葬

 

 

 

 

 

 文字通り、己の骨肉の一片までもが瀞霊廷を護る刃と化した元柳斎が、ユーハバッハを焼き殺す刃となって襲い掛かる。

 

「ぐぅ……死にぞこないめが。半端者と侮ったが、まさか……」

 

 咄嗟に発動した静血装でさえも防ぎきれぬ大火の奔流に、少なくない傷をユーハバッハは負った。

 

 完全なる慢心だ。

 しかしながら、当然の油断とも取れる状況でもあった。

 

 こうして不覚を取る前に、焰真の目の前で死体すら残さず滅し飛ばすべきだったか───天を衝く焱から逃れるユーハバッハであったが、

 

「───逃がさねえぞ」

「!!」

「絶対にな」

 

 凄惨な目つきの焰真が眼前に現れるや、懐から()()()()を取り出した。

 それはズタズタと傷だらけで、血に濡れて、五芒星が刻まれた金属板。

 

「卍解」

 

 驚愕の色の染まるユーハバッハの瞳。

 その視界に映される。

 天を覆い尽くさんばかりに散りばめられた刃が、一振りの刀を成す光景を。

 

「莫迦なッ……」

「───『千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)』」

「貴様、()()()()()()!!」

 

 卍解奪掠の霊具、メダリオン。

 行使するには当然仕組みを理解していなくてはならず、何よりも滅却師にしか扱えないようにできていた。

 だからこそ、見落としていた。

 敵として現れた滅却師が、奪った卍解を利用してくる事態を。

 

 己の卍解を奪われぬ為が故の苦肉の策。

 そして絆があるからこそ為せる御業。

 

終景(しゅうけい)……白帝剣(はくていけん)!!!!!」

 

 逆襲の白刃が煌いた。

 

 これは賭けだ。

 

 得体も知れない敵方の道具を使い、他人の卍解で不意を衝く。

 思い付きの攻撃であるのは重々承知だ。

 ただ、四人の滅却師に囲まれた時、どうしてもこれだけは取り返さなくてはと必死に奪い、形見になるかもしれない金属板を懐へ仕舞っていた。

 そしてふと囁きかけられた気がしたのだ。

 

───私を使え。

 

 それは千本桜の声か。

 都合のいい幻聴かもしれない。

 

 それでも。

 それでもだ。

 それでも、無念の内に果てた仲間達を思えば、この刃で仇敵を討たねばならないと魂が叫んだ。

 

 二度目はない。

 だからこそ、この一太刀で貰い受ける。

 

「おおおおおッ!!!!!」

 

 強引に一振りの刀へ押し固めた白刃を、驚愕に瞳を染めるユーハバッハへと振り下ろす。

 

「───甘いな」

「!」

「そんな付け焼刃で私を斬れると思ったか!」

 

 大火の残滓を切り裂く白刃は、静血装を走らせた掌で真正面から受け止められた。

 彼の言葉通り、億万の花弁を凝縮した剣でさえ、彼の肉体に傷を刻む事さえできない。

 威力が足りないか? ───否、単純に練度が足りていないだけだ。本来の持ち主である白哉が操れば、例え滅却師の頭目であるユーハバッハでさえ、白帝剣の前では傷を負っていただろう。それだけの超絶とした破壊力を秘めている。

 逆に言えば、本来の持ち主でない焰真が奮えばこの始末。

 本来持ち得る破壊力から遠く離れた鋭さしか発揮できず、受け止められた衝撃で押し固めた花弁が拡散してしまう。

 

「メダリオンを利用した猿知恵は褒めてやろう! だが、希望を持ち過ぎたな! お前にそれは使いこなせん!」

「───ああ、その通りだ」

「なんだと? ……ッ!!」

 

 散り行く花弁は、その面積を加速度的に増やしていく。

 一枚一枚は桜の花弁程しかない大きさであっても、億を超えれば空を埋め尽くす猛烈な桜吹雪を成す卍解。

 仮に一本の刀へ収束された花弁が途端に統率を失えば───辿る道は一つ。

 

 刹那、白帝剣が()()()()

 いいや、あるべき姿に戻ったというべきか。何にせよ膨大な量に戻っていく刃の花弁は、みるみるうちに詰め寄る二人の間に壁を成す。

 自傷を厭わぬ奇襲だった。

 それにまんまと自分もかかってしまった事実に、ユーハバッハは苛立ちと、それに矛盾するような恍惚とした気分を覚えていた。

 

「小癪な……ッ」

「───『双王蛇尾丸』」

「!」

 

 桜の壁の向こうで膨れ上がる霊圧。

 ユーハバッハは即座に身構える。

 

「狒々王!!」

 

 そんな彼の腕を退かすように狒々の腕が突き出される。

 力尽くで引き剥がす───事は叶わず、寧ろ骨肉を握り潰さんばかりの握力が、ユーハバッハを掴んで離さない。よくよく見ていると、狒々の腕が仄かに紅く光っているではないか。

 

外殻動血装(ブルート・アルテリエ・アンハーベン)!! よもやここまで!!)

 

 知ってか知らずか、拡張した動血装が狒々王に絶大な力を注ぎ込んでいる。

 

「オロチ王!!」

 

 ユーハバッハの驚嘆を無視するように、切り裂かれる壁の向こう側から鋸状の刃が引き剥がされた腕を貫いた。

 一瞬の別れから再会する双星の滅却師。

 猛獣を身に纏う滅却師はと言えば、奪った死神の奥義にありったけの力を注ぎ込み、握る柄に怒りを込める。

 

 そして、怒りが撃鉄を打ち、剥かれる牙が火を噴いた。

 

「喰い破れ!! 双王蛇尾丸───“蛇牙鉄炮(ざがてっぽう)”!!!」

 

 爆ぜる紅い霊圧が蛇を為し、鋭い牙がユーハバッハの腕を呑み込んだ。

 止めどない力の奔流。静血装で守っていたにも拘わらず、内側から爆ぜる霊圧に耐え切れなくなった腕は、内と外から塵も残らず灼き尽くされた。

 

「これほどとは……!」

「ユーハバッハぁぁぁあああ!!!」

「ふっ……ははははは!!!」

「くっ!!?」

 

 消し飛んだ腕を一瞥し、狂ったように笑うユーハバッハ。追撃を仕掛けてきた焰真を軽く弾き飛ばし、彼は笑みを深める。

 

「嬉しいぞ、焰真。お前がこれほどまでに滅却師の力を使いこなしている事が」

「喋るな、黙れ。もう二度とその口を開くな」

「そう言ってくれるな。我が子の成長した姿を間近で望む程、親にとって喜ばしいものはないのだから」

 

 返答は刃で。

 

 一瞬の内に間合いを詰めた焰真が振るった刃は、ユーハバッハの剣に受け止められる。

 

「そんなに私の首が欲しいか?」

「ッ……お前は皆の仇だ……!!!」

「仇……か。仇ならばどうする? 私を殺すか?」

「地獄を見せてやる!!!」

 

 力を込められた刃が、互いの体を押し飛ばす。

 

「フー……ッ! フー……ッ! フー……ッ!」

「飢えた獣のような風体を晒す。余程私が憎いようだな」

「『憎いようだな』……だと? お前は……お前は自分が何をしたのか分かって言ってるのか……!!?」

「ああ、分かっているとも。我々は憎き死神を打ち倒している。千年越しの宿願だ。これで死んだ同胞も安らかに眠れるだろう」

「ッ……!」

 

 刹那、それまで赫怒に染まり切っていた瞳が悲痛に彩られる。

 

「───それがお前の甘さだ」

「ッ!? がッ!!」

 

 その迷いに付け入ったユーハバッハが、慈悲の無い一閃で焰真を弾き飛ばした。

 

「仲間を殺した仇にさえ憎しみを持ち切れぬ。同情する余地があるなら、お前はどんな咎人とて温情を向けるだろう。その災禍に晒された民の気持ちも憚らずにな」

「ふざけるな……それをお前が言うか……ッ!!? お前が……お前だけは……!!!」

「事実だろうに。現にお前は道中の星十字騎士団すらも殺しては来ていない」

「ッ……!!」

 

 指摘され、図星だと歯を食い縛る。

 そうだ、道中に自分を狙ってきたと公言する四人を焰真は撃退するだけだった。始解だからと侮った相手を、完現術で得た超絶とした霊力を以て、全力を出される前に叩きのめしてきたのだ。

 そこに一切の容赦はなかった。

にも拘わらず、無意識の内に焰真は命を取らぬ道を選んだ。

 

 殺すまで時間をかける余裕がなかった?───いいや、違う。

 

「私には視えるぞ。お前の仲間とやらは問うだろう……『何故仕留めなかった?』、とな」

「ッ……!!」

「皮肉だな!! お前よりも惰弱な命の方が、お前が討ち漏らした敵の脅威を良く知っている!! だからこそお前を責める!!」

「違う!!! そんなこと……!!!」

「皆は言わぬ、と? それは喜ばしい事だな!! 確かに道理だ!! 歯が立たぬ敵を一蹴したお前に、自分の命が可愛い者共は言わぬだろうな!!」

「ユーハバッハぁ!!!」

「そう悲しんでくれるな、焰真!! ならば情けをかけるついでに教えてやろう!! お前が“絆”と呼び、心から愛する繋がり……それはお前を畏れ、嫉み、故に取り巻く弱者同士の───傷の舐め合いだァ!!」

 

 高らかに嗤うユーハバッハの声が、尸が積まれる瀞霊廷に轟く。

 

「■■■■■■■■■ッ!!!!!」

 

 直後、最早慟哭と呼ぶ事さえ生温い咆哮が、それを上塗りにした。

 怒りと悲しみが綯い交ぜとなった声音。

 

 人知れず耳にした者達は、その余りにも悲痛な音色に胸を締め付けられるような感覚を覚えた。

 そして───震えた。

 

 剥き出しの憎悪が。

 張り裂けん悲嘆が。

 身を焦がす憤怒が。

 

 ありとあらゆる負の感情が押し寄せる心───それより発せられる霊圧が、瀞霊廷を鳴動させる。

 

(もうすぐ……もうすぐだ!)

 

 天を衝かんばかりに高まる力に、ユーハバッハは笑みを隠さない。

 生易しい上辺だけの感情など不要だ。

 迸る(くら)い衝動こそ、真に魂魄より力を引き出す方法。

 

(私を殺しに来い、焰真よ。その力こそ、我が望みを叶えん力なのだから!)

 

 もうすぐ手が届く。

 

 散りばめられた砂粒の内、一際輝いていた光に。

 

「さぁ、来るがいい!! 私の(もと)へ!!」

「───!!!」

 

 天を割る刃が相まみえる───その瞬間だった。

 

「───なんだ、あれは……」

「ッ……一、護……?」

 

 空が、砕けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

(恋次)

 

 血のように赤く。

 

(ルキア)

 

 骨のように白く。

 

(白哉)

 

 物言わぬ骸のように斃れた者達を見遣り、黒い流星は墜ちてきた。

 

「───」

「……貴様」

「一護……お前……」

 

 一瞬にして二人の間にやって来た一護。

 ボロボロに擦り切れた死覇装を靡かせる彼は、ここに来るまでの間だけでも目の当たりにした凄惨な光景を前に無言を貫いていた。

 ただ、彼の心を何より表すのは握られる刀。

 漆黒に染め上げられた柄から下がる鎖は、小刻みに触れ合っては微かな悲鳴を上げていた。

 

「黒崎一護か。どんな手を使ったのか知らぬがキルゲの“監獄”をよく破った。だが、そのボロボロの体で私と戦うつもりか?」

「……焰真、こいつが敵のリーダーか?」

「……ああ」

「そうかよ」

 

 一護へ向けて語り掛けるユーハバッハ。

 しかし、それに触れぬ一護は淡々と焰真と言葉を交わす。

 

「なあ、一護」

「おう」

「ルキアと恋次は」

「焰真」

「……そう、か」

 

 たったそれだけで、今為すべき事を察した。

 直後、二人の()()がユーハバッハに面と向かう。

 

「やるぞ、焰真」

「……ああ」

「こいつを……倒す!」

「……ああ!」

 

 力強く頷く。

 

 刹那、黒と白が螺旋を描いて立ち上る。

 それは二人の霊圧。数多の人々の想いを受けて託された魂が発する力だ。

 (そら)が流す涙を打ち払う奔流は、そのまま二人の握る刃を抱きしめるように覆い尽くす。

 

 

 

月牙(げつが)……」

劫火(ごうか)……」

 

 

 

 赤黒い牙と青白い炎が、混じり、唸り、

 

 

 

天衝(てんしょう)!!!!!」

大炮(たいほう)!!!!!」

 

 

 

 一人の王へと殺到した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『神の審判(ハシュトロン)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───がっ……!!?」

「なん……ッ!!?」

 

 鮮烈な月の牙はユーハバッハの肉を食い破り。

 猛烈な炎の矢はユーハバッハの骨を焼き切り。

 

 その結果───一護と焰真の体に壮絶な傷が刻まれ、血飛沫が舞い上がった。

 全身全霊の一撃は言うまでもなく超絶とした威力。結果、振り抜いた互いの斬魄刀を折るに至った。

 

 突如として起こった出来事に混乱する二人であったが、頭上で瞬く光輪を目の当たりにし、この光景を作り上げた者の存在に気がつく。

 

「あいつは……!」

 

 天秤を彷彿とさせる翼をはためかせる天使が舞い降りる。

 

「遅かったな、ハッシュヴァルトよ」

「申し訳ございません、陛下」

「まあよい。大儀だった」

「身に余るお言葉です」

 

 ()()()()()()を解いたハッシュヴァルトは、浅くない傷を負って膝を着く一護と焰真を見遣った後、ユーハバッハの左腕に目を遣った。

 

「陛下、その腕は……」

「構わん。この程度」

「……嘘……だろ……!!?」

「───傷の内にも入りはせん」

 

 一護の瞳が捉えた景色。

 それは失われた四肢の一つに光が集うや、瞬く間に傷一つない腕が再生されるというものだった。舜盾六花の事象の拒絶とも違う。まるでどこかから寄せ集めたような───不思議と一護はそう直覚する。

 

 だが、一方で焰真が注目していたのは別の部分であった。

 再生するユーハバッハの腕の出所。それはそう遠くない場所から立ち昇る光の柱にあると見た。

 霊覚を集中させて探る。

 すると、それは剣八に殺された筈の滅却師から搾取された力───否、魂であると理解できた。

 

「ユーハ、バッハぁ……!!!」

「何に憤る、焰真? 己が与えた傷を治された事か? それとも全霊を賭して放った一撃が友を傷つけた事か? まあ、どちらにせよ私には些事に過ぎんがな」

「赦さねぇ……お前だけは……絶対にっ!!!」

 

 血にしとどに濡れる焰真が、吐き出すように紡ぐ怨嗟の言葉。

 それを受けて喜悦の笑みを浮かべるユーハバッハに、ハッシュヴァルトが口を開く。

 

「陛下」

「ハッシュヴァルトよ。この二人を連れ帰る。我が麾下へ加えるぞ」

「……了解しました」

 

 誰が、と言いかけた瞬間、込み上がって来た血が言葉を遮った。

 

(畜生、こんな時に……!)

 

 途端に視界が歪む焰真が限界を悟る。

 ここまでの戦いを経て、今の彼は最早気力だけで立っているようなものである。強敵との連戦、二つの卍解の行使、そして何よりも格上の相手と対等に立ち回るべく限界以上の力を発揮していたのだ。

 辛うじて保っていた肉体だが、それを不可思議な能力による同士討ちと、決死の攻撃が無為に帰された現実を目の当たりにし、今すぐにでも崩れんとしている。

 

 そんな焰真の許へ、ユーハバッハは歩み寄っていく。

 

(立て!!! まだだ!!! まだ俺は……!!!)

 

 挫ける体を心が奮い立たせようとする。

 しかし、とうとう眼前まで迫ったユーハバッハが、焰真の首を掴み、その傷だらけの体を天へと掲げた。

 

「焰真よ……その力、貰い受けるぞ」

 

 薄れゆく意識の中、焰真は。

 

(皆を救えちゃ……)

 

 

 

「貴様の……“絆の聖別(ブレス・ア・チェイン)”をな!!!」

 

 

 

(ぁ……───)

 

 自身の中から、魂を奪われていく感覚と共に闇に沈んだ。

 

「っ、焰真ぁぁぁあああ!!!」

 

 一護でさえ知覚する力の流動。

 焰真からユーハバッハへと流れ込む強大な力に、一護は激情に駆られて立ち上がらんとする。

 

「無駄だ」

「がっ……!!?」

 

 しかし、直ぐにハッシュヴァルトが動く。

 組み伏せられた一護は折れた刀を振るう事すらも赦されず、大切な仲間の一人が彼の仲間達との間で紡がれた絆の結晶を奪われる光景を見る事しかできなかった。

 

「クソッ!! 放しやがれェ!!」

「問答は無用だ。君達は間もなく見えざる帝国の一員となるのだから」

「ふざけんなッ!! 誰がそんなもんになるかよ!!」

「君達の意思は関係ない。全ては陛下の御意思だ。滅却師の血を引く者として、君達は陛下の下に居るべきなのだから」

「んなもん関係ねえ!! 俺はッ……俺が居てえ場所に居る!! 居てえ場所を護るんだ!! それはてめらの下なんかじゃねえッ!!

「……子は親の下に居るべきだと思わないか」

「そこを!! 退きやがれってんだよおおおおおッ!!」

 

 傷口から血が噴き出すのも厭わず、一護は強引に拘束を振り解こうとした。

 ブシッ、と血飛沫が舞う音。それに重なる肉の繊維が千切れる旋律。聞くに堪えない不協和音を耳にしたハッシュヴァルトは、主君たるユーハバッハに言われるまでもなく動き出す。

 容赦も加減もない一撃が延髄へと叩き込まれた。

 当然守りの体勢を取る事もままならない一護は、真面に攻撃を喰らっては、一気に意識が朦朧とし始める。衝撃もさることながら血を失い過ぎた。

 

「ハッシュヴァルト、そのまま押さえていろ」

「は」

 

 碌な抵抗もできぬ一護へ、敵軍の首魁が歩み寄る。

 底知れぬ力と闇を漂わせる彼は、何を思ったのか自身の手首を剣で切りつけては溢れ出す血液を倒れる死神の口へ注ぐ。

 生温く肌と舌を伝い、喉の奥へと流れ込む血液。

 鼻を吹き抜ける鉄臭さも相まって酷い嫌悪感を覚えるも、吐き出す力を振り絞れぬまま、王の生血は少年の中へと取り込まれた。

 

 傍から見れば意味の解らぬ行為。

 しかし、その儀式を知るハッシュヴァルトは訝しさをおくびにも出さぬまま、思い至る懸念を伝えんと王へ呼びかけた。

 

「陛下」

「よい、これは()だ。私から決して逃げられぬと魂に刻み込む為のな」

「……承知致しました」

 

 だが、不遜な王は側近の懸念も承知済みだと答える。

 こう言われればハッシュヴァルトもそれ以上の反論はなく、先の命令を遂行せんと一護を運び出すべく動き出す。

 

(ク……ソ……)

 

 心の中で、一護は何度も己に言い聞かせる。

 ここで立てなければ。

 ここで戦えなければ。

 ここで護れなければ。

 

 きっと二度と───自分の居場所には帰られない。

 

 護るんだ。尸魂界を。

 そして帰るんだ。現世に。

 皆が、仲間が、家族が居る場所へ。

 

 

 

 

 

 そう、奮い立たせた時だ。

 空気が爆ぜ、背中が軽くなる。

 そうして聞こえる声。

 

 

 

 

 

「───その言い分じゃあ、一護は俺ん家に帰ってくるのが道理だな」

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 それはどこにでもある平穏な家庭の風景。

 

「お母さん、これどう?」

「あら、それじゃあ味見してみようかしら! ……うん、とっても美味しいわぁ!」

「ほんと!? やったぁ!」

 

 仲睦まじく台所に向かう母と娘。

 

「遊子はお料理が上手になってきたわね! もうどこにお嫁さんに出しても恥ずかしくないわ! ……でもお母さんが寂しいから誰にもあげな~い!」

「もう! お母さんったら、そういうのはお父さんだけで大丈夫だよ」

「うふふっ、お母さんは遊子のこと可愛がっちゃダメ?」

 

 コロコロと笑う娘を、母親が心の底から愛おしそうに抱き締める。

 

「ダメじゃないけど……あ、そう言えば今日お父さんどうしたの?」

「お父さん? あぁ、今日は大事な用があるからって出かけてるわ。今日はちょっと帰って来られないかも」

「えぇ~! 折角お夕飯遊子が作ろうと思ってたのに!」

 

 残念がる言葉の端々に家族を思いやる心が見受けられ、母親はまたもや頬を綻ばせる。

 

「あらあら。それじゃあお父さんとお兄ちゃんが帰ってくるまで、お母さんと一緒にもっとお料理練習しよっか!」

「うん! 二人共、うんと驚かせてあげるんだから!」

 

 絆が紡がれたが故に奪われなかった、一つの未来。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それは予期せぬ訪問者の声。

 

 此処に居ない。

 居る筈がない者の声に、一護の白熱とした思考は冷や水を浴びせられたように落ち着きを取り戻す。いや、唖然としたと言った方が正しいだろう。

 

「………………は? なん、で……」

「……貴様が何の用だ」

「なんで……()()が……ッ!!?」

()()……───()()

 

 黒崎家の大黒柱であり、一護の父親。

 その名も黒崎一心。逆立った短髪と野性的な髭面が壮年を強調しながらも、中身は小学生のような幼稚さというウザったい男。

 

 そんな彼が死覇装と斬魄刀を携え、自分達を連れ去ろうとする滅却師の前に現れた。

 

 理解が追い付かず、口をパクパクとする一護。

 一方、困惑する息子を一瞥した一心はと言えば、普段の軽薄さを微塵も感じさせぬ真剣な面持ちで二人の滅却師を見遣る。

 

「っつー訳だ。俺の倅と妻の命の恩人はやらねえよ」

「頑なに戻らなかった尸魂界にまで子供を迎えに来るとは殊勝な事だ。浦原喜助の差し金か?」

「バァーカ!! 誰があいつの頼みで尸魂界にまで来るかよ!! 俺にお願いが通用するのは真咲と遊子と夏梨だけだ」

 

 キメ顔を晒すが、口に出しているのは妻と娘への溺愛だ。

 こんな時にまで何を言ってやがるんだコイツは、とまた別の理由で唖然とする一護であったが、圧し掛かる強大な霊圧に息を飲む。

 

「───今一度問おうか。黒崎一心よ、貴様如きが何をしに来た?」

「……言った筈だぜ。そいつらは連れて行かせねえ」

 

 言うや、一心は威嚇にと霊圧を発する。

 一護が驚く霊圧の大きさ。これは紛れもなく隊長格に匹敵する。

 

───自身の父親は何者なのだ?

 

 堂々巡りの疑問が顔に浮かんで出る一護に、ユーハバッハは一心を一笑に付す。

 

「ふんっ、場違いな戦場に来て親気取りか。息子に何も教えておらぬ者が笑わせてくれる」

「てめえこそ笑わせてくれんじゃねえよ」

 

 緋色の柄を握り、刀を抜く。

 

「燃えろ───『剡月(えんげつ)』」

 

 赫々と燃え盛る炎を宿す刃。

 しかし、尚もユーハバッハの表情は動かない。

 

「……それで? 貴様如きが私達を止められるとでも思ったのか?」

「止められると思ってる訳じゃねえ。()()()()()()()()()()()来たんだよ」

「そこに倒れる二人に劣る貴様がか。とんだ馬鹿親だな」

「誉め言葉だぜ」

 

 冗談はさておき。

 そう言わんばかりに深呼吸を一つ挟んだ一心は、ユーハバッハを睨みつける。

 

「……滅却師の血を引き出しに散々俺の倅を誑かしたみてえだが、てめえは一護の親じゃねえよ」

「貴様も分からん訳でもあるまい。私は滅却師の始祖。全ての滅却師は私の───」

「だからなんだ?」

 

 一心はバッサリと切り捨て、言い放つ。

 

「一護は真咲と俺の息子だ」

「っ……親父」

「それにな、ユーハバッハさんよ。てめえは一つ大きな勘違いをしてるぜ」

 

 刹那、剡月が猛り始める。

 燃え盛る大火は上へ、上へ。遮魂膜まで届きかねない炎の量を迸らせる刀を握る一心もまた、それまでとは比べ物にならない───次元の壁を焼き熔かす超えた力を放ち始める。

 予想だにしていなかった力に瞠目するハッシュヴァルト。

 その隣に佇むユーハバッハもまた、目の前に立ち塞がる一人の親を前に警戒心を露わにする。

 

───これは、まさか。

 

「……親ってのはな、死んでも子供を護るもんなんだよ」

「黒崎一心……貴様……」

「それをてめえ……子供が必死に手に入れたモンを奪うだァ? ───片腹痛ぇんだよ」

 

 焱熱系最強最古の斬魄刀に勝るとも劣らない豪火が一心を覆う。否、()()()()()()()()()()()()()()

 

 その苛烈で、猛烈で、激烈な力に満ちながらも……どこかホッとする温もりを感じ取った一護は、一心の背中をジッと見つめる。

 

「親……父……」

「確り見ておけ」

「!」

「こいつは()()()()見せらんねえからな」

「……あぁ」

 

 猛る烈火は天にも昇り、月すら衝き抜く牙へと成る。

 

「これが……」

 

 

 

 

 

───“()()()月牙天衝”だ。

 

 

 

 

 

 

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