BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*83 Stand Up Be Strong

「二組十一班から十六班は西五十六区へ! 残りは私に同行しろ!」

「はい!」

「死体は後に回せ! 怪我人の搬送が最優先だ!」

 

 降りしきる雨の中、四番隊主導の下で懸命に行われる救命活動。

 元柳斎の指示により戦闘中救護詰所から出る事を許されず、只管に待機していた彼らも覚悟はしていた。

 しかし、いざ外に出て目の当たりにする膨大な屍の数には、死体を見慣れた者でさえも顔から血の気を失い、果てには嘔吐する凄惨な光景が広がっていた。

 

 積み重なる死体、死体、死体───。

 原形を留めていればまだいい方で、敵方の強大さを表すように顔や四肢のいずれかが潰され、死体が誰であったか判別する事さえ難しい。

 血の海を踏みしめ、何とか息のある者を担架で運ぶ。

 最早虫の息である隊士でさえ、何とか救わんとする四番隊の活動は日を跨いでも尚、延々と続いていくが。

 

「……」

「おい! 何を立ち止まっている!」

「は、はい! 申し訳ございません!」

 

 とある跡に気を取られていた隊士が上官に叱られ、止めていた足を動かす。

 だが、後ろ髪引かれるように視線だけは一心に注がれていた。

 

(いったいどう戦えば……あんな風になるんだ?)

 

 灰燼一つ残らない一面の焦土。

 そこへただ一つ残されていた大地の刀傷は、遥か地下の地盤にまで届きそうな程に深く、そして今尚断層を赤熱させる残り火を灯させていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「───によれば、浦原喜助。井上織姫。茶渡泰虎。三名共に無事とのこと。まだ音声での連絡はついていませんが、つき次第追ってご報告します」

「……そうか……良かった」

 

 綜合救護詰所の一角。

 送信された霊打信号から虚圏に居る仲間の無事を知らされる一護は、ほんの少し安堵の様子を見せるように胸を撫で下ろす。

 

 滅却師の軍勢───見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)は撤退した。

 危うく連行されかけた一護がこの場に居る理由。それは彼の父親・一心が命を賭して護ってくれたからに他ならない。

 

(親父……)

 

 一心が『最後』と称した月牙天衝。

 自分と焰真二人掛かりで傷を負わせられなかった相手を退かせるだけの威力。それはまさしく超絶と言い表すより他ならなかった。

 最も命の気配が薄い滅却師の頭目とその側近を中心に、一面を焦土にしてみせた瞬間。一護は一部始終目の当たりにしていた。

 

『“最後の月牙天衝”……おのれ、流石にこの手傷は厳しいか』

『陛下、影の領域(シャッテン・ベライヒ)圏外での活動限界です。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)へお戻り下さい』

『馬鹿な、まだ時間は───いや、藍染惣右介……奴の小細工か。檻の中から部下を手助けするとは、奴も案外情を捨てきれぬか……まあいい。またお前達とは会うのだからな、一護……そして焰真よ』

 

 だが、その代償は大きかった。

 

 一心は、今、

 

「……クソッ」

「───グッモォーニンッ、イッチッゴー!!」

「うおおおお!!?」

 

 人混みを器用に掻い潜り、飛び込んでくる一人の髭面。

 完璧に油断していた一護の横っ腹に突き刺さる飛び蹴りは、陰鬱としていた一護の表情を驚愕一色に染め上げ、そのまま数メートルほど吹き飛ばす。

 

「な……何しやがってんだ、テメェー!!」

「や、ちょっと待て一護! これには深い訳がある!」

「息子に飛び蹴りすんのに深い訳なんてあってたまるかァー!!」

「ぎゃあああ!!?」

 

───霊力こそ失ったが、騒々しさには一切の衰えがない点だけは安心した。

 

───いや、やっぱりうざい。

 

「おまっ……親父の顔に蹴り入れるか、普通?」

「今まさに飛び蹴りかました奴が何ほざきやがる……?!」

 

 黒崎家(※男限定)のコミュニケーションが済んだところで、息子と父は面と向かう。

 口火を切ったのは後者だ。

 

「……見間違いじゃねえぞ、どんだけ見ても」

「……そうみてえだな」

「訊きてえことは山程あるだろうが、全部まとめて話すとちと───」

「いや……今はいい」

 

 腰を据えて話そうとした一心に対し、一護はそっぽを向いた。

 

「滅却師の親玉……あいつの言うことを全部信用するつもりはねえ。俺の親はあんたとお袋だ。そこだけは間違いねえ」

「一護……」

「でも、今あんたから全部を訊いて収拾つくような気分じゃねえんだ。それに理由があるんだろ? 話さなかったそれなりのが」

「……」

「だったら後でいい。今は……()のことだけを考えてえ。()のことはその後だ」

「一護!」

 

 逃げるように歩き始める一護に、一心は手を伸ばす。

 

「……先に家で待ってるぞ」

「……ああ」

 

 それだけで、今は十分だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 重度傷創治療室。

 霊圧治療では間に合わない緊急を要するレベルの患者を収容する部屋だ。解りやすく言えば、生死の狭間を彷徨うような重体患者が収められている。

 包帯だらけの体には電子音を響かせる機器から伸びるチューブや器具が無数に繋がっており、一人では命を永らえる事さえままならない現実をありありと示しているようだった。

 

「ルキア……」

「阿散井様も酷い状態でしたけれど、朽木様はそれ以上に不味い状態でした」

 

 ベッドに横たわる戦友を前に、一護は悲痛な面持ちを浮かべる。

 恋次も中々に酷い有様だが、それ以上に不味い状態など想像もつかない。

 だが、織姫のように治療の術を持たない一護は、隣でカルテを抱きかかえる看護婦の説明に耳を傾ける。

 

「上半身と下半身が、その……」

「続けてくれ」

「……敵の手で斬り落とされてしまっておりました。不幸中の幸いだったのは、肉体が凍結していた為に出血と細胞の壊死が進んでいなかった事です。それでも臓器の大部分に深刻なダメージを負っていました。正直、このまま目を覚ますかどうかも……」

「……あぁ、悪い。時間取らせちまって」

「……失礼致します」

 

 重々しい空気の中、看護婦が退室する。

 沈痛な静寂が部屋を満たす中、一護は足音を響かせながらルキアの下へ歩み寄った。

 

「ルキア……」

「すぅ……すぅ……」

「うおおっ、焰真!!?」

 

「あっ、そこに居られたんですね! 焰真さん!」

 

「花太郎! ……もしかしてこいつ探してたのか?」

 

 ルキアのベッドに寄りかかりながら寝息を立てる焰真に、一護は吃驚した。

 そんな彼の声を聞きつけたのか、一護にとっては見慣れない白衣姿の花太郎が廊下からひょっこりと現れる。

 目の下に浮かぶ隈は、それまでに不眠不休で何名もの患者を治療してきた証拠。

 そんな彼が一護が指さす先で眠りこける焰真を連れて行こうと引っ張るが、彼の体は岩の如く微動だにしない。

 

「う~ん、困ったなァ……この人も軽い傷なんかじゃないのに」

「一応治療は済んでんのか?」

「まあ、一応は……それでも内臓をざっくりやられてたんです! 本来なら絶対安静ですよ! それなのに」

「それなのに……なんだよ?」

「何度もルキアさんのところに来るんです。意識もはっきりしてないのに」

 

 暫し、言葉を失った。

 だが、無言を貫く程に満ちていく重々しい空気に、一護は態と快活な笑顔を作った。

 

「そうか……よし、なら運ぶの手伝ってやるよ」

「えぇ!? 駄目ですよ、一護さんも重傷なんですから!」

「いいって。ちょっとぐらい手伝わせてくれ……って、重ェ!!? はぁ!!? 床に張り付いてんのかこいつ!!?」

 

 人一人なんてことない───と思いきや、想像以上にびくともしない体に驚愕する。

 床に癒着しているか、もしくは根でも張っているのか。そんな素っ頓狂な考えが浮かんでしまう程、今の焰真は不動の置物と化していた。

 

「ったく、どうして……ッ!」

 

 無理に引っ張れば容体が悪化するかもしれないと手を離す。

 次の瞬間、一護は焰真からルキアへと伸びている手に気がつく。そっと布団を捲ってみれば、包帯が巻かれた痛々しい手が華奢な掌を握りしめる光景が広がっていた。

 目撃した一護はゆっくりと布団を戻す。

 そのまま焰真へと目を向ければ、彼の頬が涙で赤く泣き腫らしている様が窺えた。

 

「焰真……」

 

 泣き疲れ、深い眠りに落ちた焰真同様、一護もまた自身の無力さを痛感し、胸が張り裂けそうな想いを覚えた。

 

 護りたかった、どうしても。

 それでも護り切れなかった。

 

 傷ついた仲間を癒せる術があるなら、自分だってそうしたい。

 だが、一護にはその知識も経験も圧倒的に足りない。故に自分の役目ではないと割り切れるのかもしれないが、焰真は違う。

 

 傷を癒す術を()()()()()

 だが、今はそれを()()()()

 

 何度も試したのだろう、自身の完現術で死に瀕する仲間を救おうと。

 しかしながら、癒せないからこそ大切な仲間は危篤のままだった。

 この感覚ばかりは自身には共有できない痛嘆があっただろう───そう察し、一護は焰真の痛ましい姿から目を逸らす。

 

「……クソッ!」

「アホ。なーに不貞腐れとんねん」

「……平子……」

 

 廊下より隊長羽織を羽織った男が現れた。

 彼こそが現五番隊隊長・平子真子。

 藍染が抜け、空席となった五番隊の長の座───元鞘に収まった仮面の軍勢のリーダーである。

 

「お前らが死ぬ気で戦ったから親玉も追っ払えた。お前が来てへんかったらもっとムチャクチャになっとったわ」

「でもよ……」

「でももヘチマもあらへん。もっとシャキッと胸張らんかい、ボケェ」

 

 一見口汚く聞こえる関西弁も、これは平子なりの叱咤激励だと一護は理解している。

 沈痛な心情を湛えていた瞳に、仄かに光が戻った。

 

「───黒崎一護様!」

「!」

「涅隊長がお呼びです! 斬魄刀の件で……」

「……そうか。悪ィ、平子! 俺ちょっと行ってくるぜ」

 

 技術開発局から遣わされた局員に案内され、一護は救護詰所を後にした。

 傘も差さず、雨の中を走り抜ける背中を見送る平子は、その忙しなさに呆れた溜め息を吐く事しかできない。

 

「自分の傷もよう治さんと他人の事ばっかりや」

「……平子隊長」

「おう、桃。お前も見舞いか?」

 

 そこへ現れたのは平子の副官となった雛森であった。

 藍染への未練を絶つように髪をバッサリと切った彼女は、新たに隊長の座に就いた平子とも良好な関係を築いている。

 元隊長への複雑な感情に踏ん切りをつけ、平子と雛森という新たなコンビも隊士達に受け入れられ、隊に明るさを取り戻してきた───その矢先の戦争だった。

 

「はい。阿散井くんと朽木さんがここに居るって聞いて……」

「せや。焰真も居るで」

「へ? ……きゃあ!? 焰真くん!? どうして床で寝てるの!?」

 

 やはり不意を突く床の上で就寝中の焰真の存在。

 ()()()衝撃的な焰真の姿に混乱する雛森は、グルグルと目を回したまま『あたし、布団取って来ます!』と駆け出しかける。

 

「待ちィ! ……寝かしとき」

「で、でも……」

「今そういうんは四番隊の仕事や。お前の役目やあらへん」

 

 それでも尚眠りこける焰真が心配なのか、挙動不審に彼と自身へ視線を交互に移す雛森へ、はぁ、と頭を掻く平子が続ける。

 

「桃、お前はそんなことしとる場合ちゃうやろ。俺は隊長、お前は副隊長。お前は俺ん次に隊を率いらなあかん責任背負っとんのやで。()()一人にだけ目ェ眩んで隊士ん事ほっぽっとく気か?」

「……!」

「……俺も昨日まで仲良かった奴等が死んで、気持ちに整理がつかんのはよう分かる。そん中で生き残ってくれた奴等を心配すんのもな。だからこそや。俺らは次こそ護る為に働かなあかんのや」

 

 毅然と隊長格としての責務を説く平子。

 総隊長や同期で付き合いの長かった吉良の死を始めとし、剣八や白哉と言った隊長格の負傷、隊士の甚大な犠牲、瀞霊廷の被害を出して収束した滅却師の第一次侵攻。

 しかし、これだけで敵の侵攻が終わるとは誰も思っていない。

 “次がある”という確信があるからこそ、立ち止まっている暇はなかった。

 

───こんなん柄やないんやけどなァ。

 

 辛い事を言っている自覚はあるが、それを乗り越えられる強さを持っているという信頼があるからこその叱咤だった。

 迷子のように不安に駆られていた瞳は、瞬く間に焦点を取り戻す。

 間もなくすれば、可憐ながら凛然とした五番隊副隊長の姿が帰ってくるではないか。

 

「すみませんでした、平子隊長」

「分かればええんや、分かれば。ま、桃は頭良ェから言わんでも分かっとったか。我が五番隊の“書類仕事の虎”こと雛森副隊長殿ならなァ」

 

 平子の揶揄いに、雛森はフッと微笑みで返す。

 

「じゃあ……またね、焰真くん」

 

 それから隣で眠りこける想い人へ静かな別れを告げ、雛森は平子と共に病室を後にした。

 残されたのは病室の外の慌ただしさとは隔絶された静寂。花太郎も焰真の移動を諦め、せめてと持ってきた毛布を掛け、次なる患者の下へ向かう。

 

「すぅ……ん、んぅ……」

 

 その中で寝苦しそうな寝息を立てる焰真は、酷く現実味を帯びた夢。

 

 意識が朦朧とする中で見た夢は、まさしく悪夢だった。

 

 どこぞの建物と知らぬ場所。

 護廷十三隊が対峙するは、純白の衣を纏う滅却師の王を名乗る一人の男。

 その男を前に誰もが倒れ、命を奪われていく。

 

 一つの破滅の未来を指し示すかのような内容。

 

「お……れじゃ……」

 

 寝言を紡ぐ焰真の頬には、また一筋の涙が伝った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ん……」

 

 ふと、意識が覚醒した。

 頭が痛い───眠り過ぎたか。窓際から差し込む月光で夜だと気付きつつ、鈍痛が響く頭を抱える焰真。

 そんな彼は不意に鼻腔を撫でる、どこか郷愁を呼び起こさせる甘い花のような香りの出所を探す。

 

「起こしてしまいましたか」

「え……?」

 

 だが、いざ自分を目覚めさせた香りの正体と目が合った瞬間、世界が止まったように錯覚した。

 

 

 

「……ひさ姉……」

 

 

 

 朽木緋真。四代貴族が一、朽木家当主の御内儀(おかみ)

 しかし、それ以上に雨模様の日々を送っていた焰真にとって、一筋の陽光に等しい温もりを注いでくれた掛け替えのない家族でもあった。

 

───何故彼女が?

 

 咄嗟の出来事で、彼女が見舞いにきたという考えが過る間もなく、

 

「ごめん」

 

 罪を謝る言葉を紡いだ。

 動き易いよう街着を纏う女性へ、縋りつきながら何度も告げる。

 

「ごめん……ごめん……ごめんッ……!」

 

 碌な寝食を取らずただでさえ酷い顔が涙に濡れる。

 

───ああ、みっともない。

 

 自覚しながらも、この嗚咽は止められなかった。

 今にでも吐き出さなければ張り裂けてしまいそうだと心が叫ぶ。

 勝手に涙が溢れ出るのだ。枯れ尽いたと思ったのに、病室の床に零れ落ちる雫は一つや二つでは済まぬ量であった。

 

「護れなかった……誰も……!!」

「……」

「ルキアも……朽木隊長も……ひさ姉の大切な人を、ッ……!!」

「焰真……」

「いっぱい、いっぱい死んだんだ……!! 知ってる人も、知らない人も……誰が死んだのか分からなくなるくらい死んだ……知らなきゃいけないのに、知りたくなくなるくらい……!!」

 

 子供のように泣きじゃくりながら、胸の中で渦巻いていた感情を吐露する。

それは眠らなければ狂ってしまいそうになる後悔と悲哀。

 このままでは無惨に引き裂け、砕け散りそうになる胸に爪を突き立て、辛うじて心を圧し留めながら語を継いでいく。

 

「みんなを護りたくて死神になったのに……みんなを救いたくて力をつけたのに……みんな奪われたんだ……!!」

 

 滅却師の王との戦い。

 最後に意識が途絶えた瞬間、自分は奴に力を奪われた。

 

 長い時間と繋がりが育んだ絆の力。死に瀕する仲間を救うには必要と言い聞かせながら、何度も試してみた。

 結果は───寝台に横たわる仲間を見れば一目瞭然だ。

 

 残っていない。

 奪われたのだ。

 紡いだ絆の、何もかもを。

 

 護れない。

 救えない。

 そして残らない。

 

 大切な人が消えていく事実に、芥火焰真は耐えられない。

 

「おれは……恐いよっ……!! これ以上、誰かを失うのが……!!」

 

 精神が退行した様に涙を流す焰真。

 いつまでも止まらぬ涙に焼け尽く痛みを覚え、目尻に爪を突き立てながら語を継ぐ。

 

「こんなに痛いなら……みんなと出会わなきゃよかった……!!」

 

 脳裏に過る思い出が、痛みと化す。

 どうか今だけは忘れてくれ。そう思う度に蘇る鮮明な光景が、頭を殴りつけ、心臓を握り潰す。

 

「こんなに苦しいなら……生まれたくなんかなかった……!!」

 

 縋りつく力さえ手から抜け、焰真は膝から崩れ落ちる。

 これまで彼を支えてきた者は大勢死んだ。その残酷な現実を受け止めるかのような姿に、緋真は沈痛な面持ちを湛える。

 

 そして、

 

「ありがとう」

 

 ゆっくりと、抱き留めた。

 

「ひさ……姉……?」

「人の為に涙を流してくれてありがとう……それと『生まれたくなんかなかった』……そんな悲しいことは言わないでください」

「っ、でも……!」

「貴方が涙を流すのは、心がしっかり悲しんでるから。どうかその涙を否定しないであげて」

 

 そう言って緋真は、零れる涙を指で掬う。

 

「泣けなくなってしまうことが、この世で何よりも悲しいことだから」

「っ……!」

「大丈夫、貴方は強い……そして優しい心の持ち主です。だから戦わなくちゃと言い聞かせ、剣をその手に取っている」

 

 優しく両手を取る。

 傷だらけの手には、負けず劣らず襤褸切れの手甲がはめられている。昔緋真に贈られ、大切な宝物として肌身離さず身に着けていた代物だ。一度はお守りにと仲間に託し、そして帰ってきたものでもある。

 大切に使われた贈り物を見つめながら、緋真は柔らかな微笑みを湛えた。

 

「……戦いたくなんてないのに」

「っ……!」

「貴方はそういう子でした。いつも力を振るう時、その眼は涙に濡れている」

「違う……違うよ、おれは……!」

「恐かったでしょう。苦しかったでしょう。辛くて逃げだしたい時もあったでしょう。でも……貴方は今迄戦ってきた。護りたくて、我武者羅に」

 

 あの頃を思い出しながら、緋真は紡ぐ。

 

「力なんかなくったって、貴方には勇気があった。その挫けぬ心こそが貴方の武器と私は知っております」

「……心……か」

 

 だが、焰真の表情には暗い影が落ちる。

 心緋真が勇気と謳った代物なら崩壊寸前の割れ物に等しい状態だ。

 仮に形を留めていたとしても、今や繋いだ心───絆の力の全てをユーハバッハに奪われた。

 

 残されたものなど、何一つ無い……そう言わんと口を動かした時。

 

 

 

「いえ」

 

 

 

 緋真の手が優しく両手を包み込む。

 

 

 

「心は、此処にあります」

 

 

 

 じんわりと、柔らかな体温が冷え切った指先を温める。この温もりを自分は覚えている。雨の日も風の日も、冷え切った夜にいつも握り締めてくれた家族のもの。

 

「貴方は優しい子だから、戦う時は何時だって誰かの為でした」

「ひさ姉……」

「心は他人に奪えるものではありません。絆も然り、貴方が紡いだ繋がりは一つとして奪われてはおらぬのです」

 

 だから、と陽だまりのように温かな微笑みを湛える女性は言う。

 

「一人で悲しまないで。一人で苦しまないで」

「……!」

「貴方の心は貴方だけのものじゃないのですから。どうかその痛みを、私達にも分けて下さい」

 

 もう一度強く、強く抱き締める。

 

「それでも辛いなら一人になればいいから。落ち着くまで一人で居て、寂しくなったらまた戻ってくればいい……人と人の繋がりはそういうものです」

「っ……う゛ん……!」

「だから今は───お休みなさい」

 

 滑らせるように頭を撫でる。

 すれば涙も力も枯れ尽きていた体が、みるみるうちに闇に沈んでいく。

 だが、不思議と恐怖はない。穏やかさえ感じるようだった。

 

(ああ、やっぱ……───)

 

 静穏な夜を彷彿とさせる安らぎの中、焰真は眠りについた。

 意識が落ちる直前、瞼の裏に広がった夜空には満天の星が浮かんでいると幻視した今、彼を脅かすものは何一つとしてなかったのだから。

 

 

 

 ***

 

 

 

 何度も夢を見た。

 

 現実と区別がつかぬ白昼夢を見る状態は、休息を欲する体にとっては余りよろしいものではなかったと言えよう。

 だが、ズタズタにされた心を癒すには、微睡みの中の優しい夢が必要だった。

 

 何度か繰り返し夢を見る中、どれが夢でどれが現実か朧気ながら区別はついてくる。

 それでも心身は安らぎを求めていた。

 

 次に見たのは、緋真との夢。

 

 これは流魂街だろうか。

 ボロボロの平屋の中、彼女と面と向かう。屋根の下で共に暮らした毎日は、貧しくも幸せな記憶だと断言できた。

 

『焰真』

 

 姉のような、母のような。

 優しい声音を転がし、自分を抱きしめる彼女の腕の中で、子供の姿をした自分は身を委ねる。

 

(ひさ姉、苦しいよ……)

 

 息苦しいほど強く抱き締められる。が、不快感はない。

 胸いっぱいに広がる落ち着く香りは、太陽のように温かかった。自分が生まれたのは彼女と出会う為だと当時は信じて疑わなかった───今でも彼女との出会いは掛け替えのない転機だと信じている。

 

(もう少し緩く……熱いからさ……熱苦し……あつ、熱ぅっ!?)

 

 しかし、全身を覆う灼熱に目が覚めていく。

 振り払おうと暴れるが、何やら水───否、お湯のように熱い液体が地肌に纏わりつき、中々抜け出せない。

 夢から急速に意識を引き戻された焰真は、一頻り藻掻き苦しんだ後、漸く地面に足を着けて立ち上がった。

 

「ぶはァっ!!? げほっ、ぶえっほぉ!!? あぢっ、あっぢぃ!!? あづ……熱……?」

「お、漸く目が覚めやがったか」

「……は?」

 

 真っ先に目に入るリーゼント。いや、リーゼントの男。

 一昔前のヤンキーを彷彿とさせる風体の男が睨みを利かせているが、どうにも威圧感に欠ける。と言うのも、焰真が佇む場所が広大な温泉───その湯船のど真ん中であったからだろう。

 

───カッコォン!!!

 

 馬鹿でかい鹿威しが鼓膜を震わせる。

 寝起きの一発には些かな強烈な轟音だ。

 

「……は?」

 

 当然、一度だけでは飽き足らず。

 

 生まれたままの姿を晒す焰真は、湯気が立ち込められている岩に囲まれた温泉を見渡し、真っ当な疑問を口にする。

 

「……どこだ、ここ」

「うちの湯船に浸かりながら寝るたァ、随分と贅沢な客人じゃねェか。どうだ? いい湯だったろォ」

「あんたは……」

 

 訳が分からない状況ではあるが、只者ではない風格を漂わせている男に、焰真は警戒心を抱く。敵意こそ感じられないが、何者であるか分からない以上、慎重な態度を取るのは仕方もない。

 しかし、自身へ向けられる警戒心など毛ほども気にしない豪胆な態度の男は、不敵な笑みを浮かべる。

 

「ここァ、オレら零番隊が霊王サマから預かった『零番離殿』……んでもって俺サマの城、『麒麟殿』だ」

「零番隊……だって!?」

 

 王属特務。

 霊術院出身ならば、一度はその名を耳にする。

 

 尸魂界に神は居ないが、王は居る。

 その王こそが霊王であり、彼を守護する死神らを総称し───零番隊と呼ぶ。

 

「自己紹介だ、芥火焰真。俺サマは零番隊の麒麟寺(きりんじ)天示郎(てんじろう)ってモンだ」

 

 

 

零番隊(ゼロばんたい)

第一官

東方神将

泉湯鬼(せんとうき)

麒麟寺(きりんじ) 天示郎(てんじろう)

 

 

 

「あんたが……零番隊……?」

「なんだァ? 信じられねェって面してんな」

「そりゃあ、なんだって俺が零番隊に……うん?」

 

 困惑しながらも、喧しい轟音の中に紛れる悲鳴と喧騒が聞こえてきた。

 徐に振り返る。するとそこには湯船に腕を突っ込む筋骨隆々な眼鏡の男二人と、濁り湯の中から時たま浮上するオレンジ色の頭が───。

 

「一護ォー!!?」

 

 湯船を突き進み、男二人をラリアットで薙ぎ倒す。

 

「何やってんだお前らあああ!!!」

「うごッ!!」

「数男ォ!! 副隊長、貴様ァ!!」

「お前もだあああッ!!!」

「がほッ!!」

「数比呂ォ!! おのれェ!!」

 

 数秒に満たぬ()()

 結果、湯船に男二人の水死体(無論気絶しているだけだが)がプカプカと浮かび、温泉の淵に流れ着くに至った。

 

「オウオウ、全快じゃねェか。体はバッチリみてェだな」

「なぁーに悠々と湯船に浸かってやがる!! 上がれェ!! 湯船から!!」

「馬鹿言え! 何でて()ェに俺サマが指図を受けなきゃならねえ」

「風呂ってのはな!! 身も心もゆっくりできる癒しの場じゃなきゃならねえんだよ!! それをお前、俺の目の前で湯煙殺人事件起こそうとしやがって!! お湯じゃなくて頭沸いてんのか!!?」

「よォーくわかってんじゃねえか! うちの湯は365日毎日ホッカホカだぜェ!」

 

 風呂に並々ならぬこだわりを持っているからこそ、湯船の中で行われかけたバイオレンスを許せなかった焰真が吼える。

 しかし、彼の怒りなど意に介さない麒麟寺は、一頻り焰真の体を眺めてからフンと鼻を鳴らす。

 

「そんだけ生意気なクチ叩けんなら次んトコに行っても良さそうだな。いいぜ、手続きしといてやらァ」

「はあ!?」

「はぁ……はぁ……ま、待て、焰真」

「一護! 大丈夫か!?」

「殺されかけたけどな。あんのリーゼント野郎……!」

 

 危うく湯の中で百数える羽目になりかけた一護は、茹蛸の如く真っ赤に染まった顔で睨みを利かせる。

 だが、湯船の中で眠りこけていた焰真よりも事情に把握していた一護が、事の次第をかいつまんで説明してくれた。

 

「……つまり、俺らは瀞霊廷を立て直す一環として零番隊に霊王宮まで連れてこられたって訳か?」

「おう。まずは湯治ってことでな、あのリーゼント頭んトコに連れられてきた」

「湯治? ……あ」

 

 漸く気付く。

 

 ユーハバッハとの戦いで傷だらけになっていた筈の体が、綺麗さっぱり元通りになっている事実に。

 驚嘆する焰真が麒麟寺に目を戻せば、したり顔が視界に映り込んだ。

 

「だから言ったろォ? うちの湯殿は最高だったろ」

「一体どうやって……」

「て前ェん中の傷み切った霊圧と血を白骨地獄で抜き、そっちの血の池地獄の湯と入れ替える……そいつが俺サマの治療法だ。て前ェぐらいの傷じゃあ一晩もありゃ十分だったみてェだな」

「一晩!?」

 

 まさか一日中湯船に浸かっていたとは思わなんだ。

 

 愕然と立ち尽くす焰真に一護は語り掛ける。

 

「まだ始まったばかりだぜ。こっからが本番だ」

「一護……」

「今度こそ尸魂界を護るんだよ。だから今はこいつらの力を借りようぜ」

「……ああ」

 

 無力は痛い程思い知らされた。

 ならば、今は前を向くしかない。それを二人は理解している。

 

 傷は癒え、決意は固めた。

 焰真は力強さを取り戻した瞳で麒麟寺

 

「頼む、麒麟寺さん。次のところに案内してくれ」

「───良い面構えになったじゃねえか」

 

 

 

 黒崎一護・芥火焰真……全快。

 

 

 

「……そう言えば、さっきから若干ルキアとか恋次の霊圧感じるけどどこだ?」

「ああ、あいつらはそっちに……沈んでる」

「殺す気か!!」

 

 湯船に()()()()()()二人と白哉を目の当たりにした焰真の絶叫が轟く。

 

 

 

 ***

 

 

 

 零番隊は五人居る。

 五人全員が隊長であり、尸魂界において何かを作り出した者達だ。

 

 ある者は魂を回復する術を。

 ある者は仮の魂とそれを取り込む技術を。

 ある者は魂の写し鏡たる刀を。

 ある者は魂を(よろ)う漆黒の衣を。

 ある者は尸魂界に存在する遍く名を。

 

 彼らこそが尸魂界の歴史と言っても過言ではなく、それらを巡り魂の───死神の神髄を究める事こそ、霊王宮へ誘われた一護と焰真達の目的の一つであった。

 

「さあ、たんとお食べ! おかわりはいくらでもあるよ!」

 

 巨大な杓文字を背負う恰幅のいい女性が、その巨体に似つかわしい山盛りの料理を食卓の上に並べる。

 豪快ながら食欲をそそる彩り、香り、種類───思わず涎が垂れそうになったところで、茫然としていた二人はハッと我に返る。

 

「……まさか、これを大食いするとかが修行か?」

「あり得るかもな」

「オヤオヤ、浦原喜助のせいで随分疑心暗鬼に育っちまったみたいだねえ」

 

 邪推する二人に巨体を揺らす女性は語を継ぐ。

 

「いらん心配するんじゃないよ! この臥豚殿は食の宮殿だ。アタシの仕事はここであんたらをハラいっぱいにさせること!」

 

 

 

零番隊

第二官

南方神将

穀王(こくおう)

曳舟(ひきふね) 桐生(きりお)

 

 

 

「そしてあんたらの仕事はここでハラいっぱいになることさ」

 

 さあ、と二人の腹を指さす曳舟は、豊満な頬肉で細められる瞳の奥で見抜く。

 

「たらふく食べな! めちゃくちゃにハラ減ってる筈だよ!」

 

───ぐ~~~~~……。

 

「んあ……ッ!?」

「言われてみたらスゲー腹へってるぞ!!」

「うっ、もう我慢できねえ! よし……いただきます!」

「いただきまーすっ!」

 

 辛抱堪らない腹の虫が騒いだところで、二人は目の前の料理にかぶりつく。

 現世ではありえないボリュームの品々ではあるが、霊体の彼らの胃袋には外見からは想像もつかない量の料理がホイホイと収められる。

 艶々な白米、瑞々しい野菜、香ばしい肉料理、出汁が利いた汁料理、つるっとしたのど越しが堪らない麺料理等々……どれも二人の舌を唸らせる絶品ばかりだ。

 

 次々に料理が平らげられる光景を目にし、曳舟は満足そうに頷く。

 

「いい食べっぷりだ、しっかり食べるんだよ! アタシはデザートを作ってくるからね!」

 

 踵を返して厨房へ戻る彼女に目もくれず、尚も二人は一心不乱に食べ進める。

 

「うめェ!! こんな旨い料理、瀞霊廷の高級料亭でも食ったことないぜ!!」

「……ふぅ」

「どうした一護、腹一杯か?」

「いや、ちょっと休憩してるだけだ」

「そうか。なら、そっちの料理頂戴してもいいか?」

「これはやらねえよ!」

 

 焰真が向ける箸から器を庇う一護。

 しかし、先の勢いはどこへやらと一護の顔が陰る。

 

「なあ、焰真……俺達、こんな事してていいのかな……」

「んぁ?」

「瀞霊廷じゃ、みんな次の戦いに備えて鍛錬してる筈だろ。それが俺達霊王宮(ここ)に来てずっとフロ入ったりメシ食ったり遊んでるだけじゃねえか……」

「……」

「こんな事してて本当に……次の戦いまで強くなれんのかよ……!」

 

 一護が感じているのは焦燥。

 滅却師の侵攻がまたいつ始まるか分からない中で、悠長に入浴や食事を取っていいものかという葛藤でもあった。

 霊体になれば器子でできた現世に肉体よりも強靭になる。それこそ場合によっては何日も、何か月も不眠不休で鍛錬できる強者も中には居るだろう。

 一護と焰真は間違いなくその“強者”の括りに入る。

 だからこそ、悠長に休息を取っていいものかと、ふと思い悩んだのだろう。

 

 そんな彼へ、焰真は自身の傍にあった料理を差し出す。

 

「……もっと食えよ、一護」

「焰真、俺は!」

「沈んだ気分になるのは元気が足りないからだろ」

「は……?」

 

 呆気に取られる一護に対し、焰真は水を飲み干して一息吐く。

 

「生きてたらどうしたって腹が減るし、眠くもなる。だから俺等にできるのは()が膿む前にしっかりケガを治す事。そんでもって腹一杯食べる事。風呂に入って、寝て、そして起きみたら案外元気は出てくる」

 

 一護より何倍も生きているからこそ、直面した悲劇も数知れない。

 

「元気が出たら、それから修行する。修行して疲れたら、またメシ食って、風呂に入って、布団で寝て……それで俺は強くなってきた。お前は違うか、一護?」

「俺は……」

「一護は……俺もそうだけど、いつも突っ走るからな。でも、下手に近道しようとしたらガタが来るに決まってる。だから今は精々しっかり体を作っておこうぜ」

 

 焦らず、逸らず。

 いつだって前へと進む道は日常の繰り返しだった。

 既に半世紀以上生きている焰真もまた、それを理解する人間だ。一護は数か月で急速に成長したからこそ、普通の死神が理解する過程の重要さが希薄化してしまったのだろう。

 そのことを諭す焰真は、再び料理に口をつけ始める。

 

「ハッハー!! あたしの言った事、ちゃんと理解できてるじゃないかい!」

 

 やおら厨房の方から聞こえる声に振り返る。

 

「アタシらのやってる事は普通の修行までの準備の流れと何も変わりゃしない。ただしそれを“霊王のスケール”でやってるってだけの事」

 

 焰真の語った内容に搔い摘んだ要点を付け足す()()は、背後に用意された巨大なケーキを指し示す。

 

「さっ、わかったらとっととデザートを食うんだよ!」

「いや……どちら様ですか?」

「キレイなお姉さーん!!」

「うおお!? 急に飛び出してくんじゃねえよ、コン!!」

 

 料理作りに霊圧を消費し、劇的な減量の末に美女と化した曳舟だった。

 その美貌は、一護の懐に隠れていた義魂丸で動くライオンのぬいぐるみこと、コンが飛び出してくる程である。

 

 彼もまた曳舟が創り出した技術の一端を示す存在。

 “義魂”───その神髄は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に他ならない。

 曳舟が作った料理には、まさしくその神髄の集大成とも言えるもの。

 

「あんたらならようく分かる筈だよ。アタシが言ってることの意味がね」

 

 義魂の力に満ち満ちた二人は、確かに己が身に宿る別格の霊圧(ちから)を感じ取る。

 

 これはまるで、

 

(“絆の聖別”みてえな……)

 

 奪われた能力に似た感覚。

 そう直覚した時、焰真は自身の魂の奥底で震える力に気がついた。

 

「これは……」

「さて、ここであんたらがやることは終いさ」

「次は一体どこに向かうんだ?」

「次は斬魄刀を創った男の宮だよ」

「斬魄刀の……!?」

 

 遍く死神が携える半身とも言える刀───それが斬魄刀。

 片や卍解を折られ、片や刀に溶け込んでいた力を奪われた。

 そんな二人にとって、斬魄刀の創造主たる者のとこへ向かうとなれば否応なしに気合いが入る。

 

「次に向かう宮の名前は『鳳凰殿』。主の名は───」

 

 

 

 ***

 

 

 

 零番離殿の移動手段は、『落舞台』と呼ばれる台座から人間を丸ごと打ち上げるという過激極まりない手段である。

 

「おおお落ちるううう!!?」

「『百歩欄干』───『吊星』」

「おぎゃあああ!?」

 

 一度体験した焰真は鬼道で即席の足場を作るが、片や一護はコンのボタンを押し、筋骨隆々なマッチョボディへと変化させた挙句、彼をクッションにする事で難を逃れるのであった。

 

「ぅオイ!! なんでオレを今クッションにした!? そっちのトランポリンみたいな方で十分だったろ!!」

「悪ィ、つい」

「ついィ!? 一護てめえこの野郎!! オレを敷いていいのはネエさんの桃尻だけって決まってんだよォ!! あああああ、ネエさん!! ネエさぁーん!! オレはここに居まァーす!!」

 

 楽しげなぬいぐるみだ。

 などと他愛のない感想を抱いていれば、不意に二人をスポットライトが照らし上げる。

 

「何だ!?」

来落者(らいらくしゃ)二名!! そこへなおれ!!』

 

 スピーカーと通し響き渡る大音声。

 陽気さを感じさせる口調に合わせ、次々にスポットライトへ灯りが灯る。

 

『頭が高い頭が高い!! 即ち……』

 

 すると最後に照らし出される人影が、どこからともなく噴出した白煙と共に、その正体を露わにした。

 

 この男こそ、斬魄刀を創りし男。

 

 

 

『頭が、SO(ソウ) High(ハイ)─────!!!』

 

 

 

「ん」

「な」

 

 古より斬魄刀を打ってきたとは思えぬノースリーブのジャンパーやサングラスをかけたハイテンション極まりない男が、高々とその腕を掲げる。

 

 

 

『アイアム ナンバワン ザンパクトー クリエイラァー!! 十、九、八、七、六、五枚!! 終いに三枚、二枚屋Oh-Etsu(オウエツ)!! 一番イケてる零番隊士!! S・I・K・U・Y・O・R・O、シクヨロでェ─────す!!』

 

 

 

零番隊

第三官

西方神将

刀神(とうしん)

二枚屋(にまいや) 王悦(おうえつ)

 

 

『斬魄刀ォ───Love(ラブ) It(イット)!!!』

 

 

 

 ***

 

 

 

「……やはり、こうなってしまったか」

御義父様(おとうさま)……」

 

 流魂街の一角にて、白装束の一団が集まっていた。

 深い皺が刻まれた老爺を中心に集った彼らは、神妙な面持ちでとある方向を見遣る。

 

 それは未だ戦火の爪痕らしき黒煙が立ち止まぬ瀞霊廷がある方角であった。沈痛な眼差しを送る老爺は、記憶に深く刻まれた一つの詩を口にする。

 

「封じられし滅却師の王は、900年を経て鼓動を取り戻し、90年を経て理知を取り戻し、9年を経て力を取り戻す」

「『聖帝頌歌(カイザー・ゲザング)』……ですか?」

「ああ。じゃが、この歌にはまだ続きがある」

 

 集まりの中、一際若い少女に対し、老爺が応える。

 

「封じられし滅却師の王は、900年を経て鼓動を取り戻し、90年を経て理知を取り戻し、9年を経て力を取り戻し───9日間を以て世界を取り戻す」

「それが今回の……」

「見えざる帝国……いや、ユーハバッハが予言した千年来の宿願。世界が終わる9日間じゃ」

 

 誰もが息を飲む。

 自分達の立場は悪い。ユーハバッハが()()()()()()()()

 

「じゃが、全てを諦めるにはまだ早い。融和こそ遠のいてしまったが、我々にはまだ時間が残されております」

「それでは」

「我々が為せる事をしましょう。その為に皆さまにはこうして集まって頂きました」

 

 眼鏡の奥に佇む静謐な、それでいて力強い眼が集った同志を見渡す。

 

「滅却師と死神……永い間いがみ合った我々も、最早反目している場合ではないという事です。手を取り合えばまだ間に合う……! 滅却師の未来を示してくれた()の青年の月日を無駄にしない為にも、立ち上がらなくてはならないのです!」

「はい!」

 

 少女は力強く頷いた。

 そして、誰もが紡いだ。

 

「滅却師の───誇りにかけて!」

 

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