BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

86 / 101
*85 Rolling star

「全員、十字奉上!」

 

 見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に堂々と鎮座する城、銀架城(ジルバーン)

 

 統べる男は、滅却師の王。

 

「ユーハバッハ陛下に敬礼!!」

「───揃ったか、星十字騎士団。諸君らに報せがある」

 

 来い、壇上の上から呼び寄せる。

 すると、彼に限りなく迫る階級の者しか立てぬ壇上に、見慣れぬ少年が現れるではないか。

 皇帝補佐のハッシュヴァルトですらなく、星十字騎士団ですら面識のない男の登場に、場にどよめきが走った。

 

 しかし、本当の衝撃はそこからだ。

 

「石田雨竜。この世に生き残った最後の滅却師だ」

 

 私は、とユーハバッハが続けた。

 

 

 

 

 

───この者を我が後継者に指名する。

 

 

 

 

 

 驚愕、茫然、嫉妬。湧き上がる感情は千差万別。

 しかしながら、誰もが同様に考えていた感想は共通していた。

 

 石田雨竜が後継者など、認められる筈がない。

 

 星十字騎士団の属する理由は様々だ。

 

 ユーハバッハの思想に共感したから。

 ユーハバッハの強さに畏怖したから。

 ユーハバッハの尊さに心酔したから。

 

 そんなユーハバッハの口自ら後継者と告げられた男には、認めるに足り得る実績や情報が一切なかった。

 唯一明かされた“この世に生き残った最後の滅却師”という内容も、後継者に相応しい理由に足りるかと訊かれれば首を傾げざるを得ない。

 

 疑心、不審、不安───星十字騎士団に広がった動揺は、間違いなく波乱を呼ぶ前兆であった。

 故に全ての滅却師の眼は向けられる。

 

 

 

 石田雨竜、彼一人に対し。

 

 

 

 ***

 

 

 

 所変わって、ネガル遺跡。

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)のような人工的な建物がほとんどない虚圏にて、数少ない古の時代より存在する建物であった。

 聞くところによれば、かつて虚圏を支配していた虚が根城にしていた等という噂もあるが、真偽のほどは確かではない。

 

 ただ、その異様さから寄って来る虚も少なく、密かに安息を取り、研究を進める場には適していた。

 

「浦原さん、井上が着いた」

「おや。無事に着いたみたいっスね……良かった」

 

 遺跡の中に張ったテントで機器に触れていた浦原が、泰虎から織姫の安否を耳にし、胸を撫で下ろしたような言葉を口にする。

 だが、その口振りは彼女が此処にたどり着くという絶対の確信があるといった、実に穏やかな声音であった。

 

 一方で確かに驚きも覚えている。

 予想よりも早い到着。自分の分析が済むまでの時間を想定した修行のつもりだったが、泰虎や織姫はそれを難なくこなしてみせた。

 

───実に頼もしい。

 

 それほどまでに強い意志の表れか、一護を想うが故の力か。

 どちらにせよ、彼らの想いに応えるべく、目の前に鎮座する金属板に目を遣った。滅却師から拾い上げた代物。卍解奪掠の道具である事は間違いないが、未だその全貌は明らかに出来ていない。

 

「……どうやら、コッチの方が時間がかかっちゃいそうっス……」

「間に合うのか、浦原さん?」

「間に合わせます。でも、アタシらが遅れたとしても()()()を送りましたから」

 

 だから大丈夫っスよ、と心配する泰虎に軽い口調で返したが、どうにも彼の表情は晴れない。

前髪に隠れる瞳も、どこか不安と懸念に揺れているようだった。

 

「本当に大丈夫なのか? 奴等を信用して……」

「確かに茶渡サンは心配するでしょう。でも、安心してください。ああ見えて義理堅いヒトらなんで♪」

「ム……」

 

 やはり不安だ。

 

 そんな感情を拭えぬ面持ちの泰虎に、浦原はダメ押しの一言を告げる。

 

「それでも心配なら、貴方は信頼する人を想像してみてください。()()はきっと、そんな方々を守ってくれます。()()が信じる人の信念に則って……ね?」

「……そこまで浦原さんに言われたら信用するしかない」

「ヤダなァ~、茶渡サン! アタシみたいな胡散臭くてダンディな駄菓子屋の店長の言葉なんて、早々に信用しないでくださいよォ」

「……フッ」

 

 茶化す言葉に、泰虎は微笑みを零す。

 

 彼はそういう人間だ。

 言動は軽薄だが、ここぞという時にはしっかりと決めてくれる。そこだけは確かな信用に値すると確信しているからこそ、自分は浦原に付いてきたのだ。

 

 そのようなことを考えていれば、不意に後ろから虚圏には似つかわしくない快活な声が響き渡ってくる。

 

「茶渡く~ん!」

「井上」

「あっ、浦原さんもこんにちは!」

「どうも、井上さん。首尾はいかがっスか?」

「バッチリです!」

「それは良かった」

 

 グッと拳を握り、力こぶを作る織姫。

 散々巨大虚や大虚に追われてきたにも拘わらず、彼女は元気溌剌だ。

 

「さて、お二方にはこれから修行してもらう訳なんスけど、その前に! アタシからのプレゼントっス!」

「プレゼント?」

 

 コテンと首を傾げる織姫に、『ササっ、これをどうぞ!』と渡す浦原。

 訝しみながら受け取った布を広げれば、瞬く間に織姫の顔が上気する。

 

「な、なななっ、なんですかコレ!?」

「なにって……アタシ()お手製の勝負服っスよ」

「勝負服って……どういう意味ですか!?」

 

 上ずった声を上げ、浦原に詰め寄る織姫。

 彼女が受け取った服は、白を基調にした可愛らしいワンピース───かと思いきや、彼女の豊満なバストをすっぽり収めつつも、谷間と側面(よこちち)を曝け出すような破廉恥極まりない仕上がりであった。

 流石にこれでは“勝負服”の受け取り方も違ってくる訳だ。

 

「こんなの着れる訳ないですよぅ……」

「特殊な霊糸で編み込んだ機能性抜群の逸品っスよ? 並みの攻撃なら通しませんし、通気性・伸縮性も良し! なにより……」

「なにより?」

「これ着たら黒崎サンも大喜びだと思うんスけどねえ……」

「わかりました! 着ます!!」

 

 前言撤回。

 恋は盲目とはこのことだ。

 

 まんまと浦原の口車に乗せられる織姫に何も言えずにいる泰虎もまた、浦原から受け取った同様の素材で作られた服に着替えた。

 成程、確かに現世の衣服とは比べものにならない性能だと肌触りで分かる。

 こうして滅却師の侵攻に備えた勝負服に着替えた二名を前に、浦原は途端に神妙な面持ちを浮かべた。

 

「さて……お分かりかと思いますが、滅却師の軍勢の力は強大っス。何の策も弄せず次の侵攻を待てば、尸魂界は今度こそ終わりっス」

 

 それが事実。

 しかしながら、いざ告げられてみると唇が渇いていくような緊張と絶望が胸に押し寄せてくる。

 

「大勢の隊士が斃された今、尸魂界を護り抜くにはお二人の力も必須です。なので、僅かな時間ではありますが、お二人の完現術(チカラ)を高める為に……協力者をご用意いたしました」

『!』

 

 だが、そこで何も用意していない筈がないからこそ、浦原喜助なのだ。

 

 遺跡の奥より現れる二人程の人影。

 一人は、人と呼ぶには余りにも巨大な体躯をした巨漢。

 一人は、儚げな印象を与えるワンピースを着た女性。

 

「オイ、ゲタ帽子。俺はこの木偶の坊の相手すりゃいいのか?」

()()。是非とも()()おつもりで扱いてあげてください」

「ハッハァ! そりゃいい! ここんところ鬱憤が溜まって仕方なかったんだ! サンドバックにしてやるから、精々すぐに死んじまわねえようにしてくれよォ!」

 

 巨漢は泰虎を見下ろしながら、荒々しく鼻息を鳴らす。

 一方、彼の傍らに立っていた物静かな女性は、織姫の前に歩み寄るや、裾を持ち上げ、丁寧に腰を曲げてみせた。

 何とも美しいお辞儀だ。随分手慣れていると織姫は呆気に取られてしまった。

 そんな織姫に対し、女性は粛々と口火を切る。

 

「……崩姫(プリンセッサ)様。不束者ではありますが、貴方のお相手は私が務めさせていただきます」

「は、はい! よ、よろしくお願い申し上げます……?」

 

 つられるようにスカートの裾をたくし上げてしまう織姫に、女性はぽかんと口を開いた後、おかしそうにクスクスと笑う。

 

「そんなに緊張なさらずとも大丈夫ですよ」

「は、はぁ……?」

「……貴方様が持つ“事象の拒絶”。藍染様の崩玉すらも融合前に回帰するお力……きっと滅却師との戦いにも役立つことでしょう。その上でお伺いします。貴方様は、心よりそのお力を高めたいと願いますか?」

 

 突然の問い。

 だが、織姫の中で答えは既に決まっていた。

 

「……はい! 絶対に役立たせてみせます! あたしは皆を護ってみせる……黒崎くんも、黒崎くんが護りたい皆も! 彼を護って、皆を護るの!」

「……承りました。貴方様のお覚悟、しかと聞き届けました」

 

 刹那、女性の背中から紡がれる糸が超絶とした力を予感させ、織姫はゾッと背筋を凍らせた。

 しかしながら、それだけの力を放ちながらも眉一つ動かさない女性は、光を───否、魂を宿した瞳で織姫を見つめる。

 

「ならば、そのお覚悟に報いらなければ」

「貴方は……一体……?」

「名乗る程でもない雑用係とだけ。ですが、貴方様が望むのであれば()()()()()()()()を再現してみせましょう。その力すら拒絶能えた時、貴方様のお力は限りなく高みに上られる筈です」

「……わかりました、やります!」

 

 容易い道でない事は理解している。

 それでも立ち止まる理由にはならなかった。

 

 泰虎と織姫。

 

 共に一護を想う友達として、彼らは辺境の地にて自身の力を高めるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……」

「……」

 

 ジッと向き合う二人。

 微動だにする事もなく、ただひたすらに木刀を向け合い相対する。

 その時間がどれだけ長く続いた事だろうか───向き合うルキアと恋次が、当初は思い浮かべていた雑念を捨て去り、無心で身構えていた。

 

 するや、唐突に終わりを告げる鐘の音が鳴る。

 

「ぶは───っ!!!」

 

 まるでそれまで水中に潜っていたとでも言わんばかりに空気を求める。

 

「ふぃ───っ!! きっついなー、オイ!!」

「たわけ、ただじっと向き合うだけで何がキツいのだ!」

「馬鹿野郎、俺ァ向いてねェんだよ! ひたすらジッとしてんのも、味方に刀向けんのも!」

「わ……私だって味方に刀を向ける事など向いておらぬわ!」

「だからオメーもガタガタに疲れてんじゃねーか」

 

 張り詰めた精神を揉み解す気安いやり取り。

 麒麟寺の湯治を経て、無事生死の境目から生還した二人は、無事にこれまでの修行の準備を経てここに至る。

 

「うわっはっはっは!!!」

 

 響き渡る豪快な笑い声。

 彼こそが、ここの主であり、零番隊のリーダーとも言える存在。

 

「少しは慣れてきたかのう?」

 

 

 

零番隊

「まなこ和尚」

兵主部(ひょうすべ) 一兵衛(いちべえ)

 

 

 

 たっぷりと蓄えた髭と禿げ頭。

 首からぶら下げる巨大な数珠と、一見からして『和尚』と称せる彼の修行こそ、霊王宮へ連れてこられた者にとっての最終段階であった。

 ただ息をするだけでも体力・精神力を奪われていく超高濃度の霊子に満ち満ちる空間は、下界に住むルキアや恋次にとって地獄の如く場所である。

 

 空気に慣れるだけでも随分かかった。

 こうして他愛ないやり取りをするだけでも正直辛い。

 それでも支え合う仲間とのやり取りが、彼らを踏ん張らせる気力を生み出していた。

 

「おう、和尚さんよ! 俺達ァいったいいつまでこんなことしてりゃいいんだ!?」

「たわけ、無礼者め! 貴様はすぐそうやって!」

「怒鳴るんじゃねえよ! 俺ァ別に」

 

「うわっはっは!! 元気で結構!! 大した進歩じゃ、立派立派!!」

 

 喧嘩を遮る笑い声を響かせた兵主部は、その達磨のように丸い瞳で二人を覗く。

 

「うむ……そろそろ頃合いじゃ。奥の間じゃ既に焰真が修行を始めておるぞ。おんしらも一緒にどうじゃ?」

『っ! はい!』

 

 阿吽の呼吸で返事をする。

 

 そのまま兵主部に導かれるがまま、長い階段を上った先にそびえる社に入れば、()は居た。

 

「焰真!」

「───お? ルキア! 恋次! こっちに来たのか!」

 

 満面の笑みで二人を歓迎する焰真が汗を流していた。

 最後に会ったのは、それこそ滅却師による第一次侵攻の時かそれ以前の話。こうして無事に再会できた事に感動しているかの如く、焰真はホワホワとした雰囲気を漂わせている。

 

「ははっ! こうして話すのもなんか久しぶりな気がするなー。体の具合はどうだ? どっか悪いところとかないのか?」

「う、うむ。お蔭様で全快と言ったところだ。修行にも一向に差し支えない」

「そうか! 良かった良かった」

「それよりもてめえの話訊かせやがれ。修行の方はどうなんだよ」

「修行か? んー、まあいい感じだな。次に滅却師が来るまでには仕上がるさ」

「そ、そうかよ……」

 

───なんと言うか、思っていた様子と違う。

 

 もっと切羽詰まったような状態で黙々と打ち込んでいるかと思えば、穏やかな日常の中で和気藹々と修行しているかのような明るい様子。

 彼の事だ。情けない話ではあるが、自分達が倒された事実に負い目を感じ、もっと暗い表情をしているかとばかり思っていた。

 

 これでは折角用意した笑い話が無駄になるではないか。

 色々と思索を巡らせていた二人だが、不意に見つめ合う。

 

「……なあ、焰真」

「なんだ恋次?」

「こっちに来る前によ……採寸、しただろ?」

「っ……! あ、あぁ……」

 

「結局するのか、その話を!!?」

 

 何故か三人共に赤面になる。

 それは兵主部の下へ来る前───ルキアと恋次が死覇装を創った女の下を訪ねた時の出来事だ。

 

『ふんどしも脱げ』

 

 

 

零番隊

第四官

北方神将

大織守(おおおりがみ)

修多羅(しゅたら) 千手丸(せんじゅまる)

 

 

 

 複数の作り物の腕を背負う廓言葉の美女が、二人に言い放ったのだ。

 あれは酷いものだった。

 羞恥に喘いで抗議すれば、イチモツを切り落とすと恋次は脅された。ルキアも幾ら女性が相手とは言え、丸裸になるのは抵抗があったのだが、結局彼女の指示(おどし)には逆らえず───。

 

 

 

『ど、どこを触ってる!?』

『ほう……見かけによらず、ここは中々の大きさじゃのう』

『あぁ!? ちょ、やめ……っ!』

『ふむ……成程成程。ここにこんなものがあるとは』

『ひんっ?! そんなところを見るな!!』

『よし……仕上げじゃ。股を開け』

『は? え……ちょ……待っ……きゃああああああ!!?』

 

 

 

「───と、恋次の叫び声が布一枚隔てた先から聞こえてきてな」

「お前かよ」

 

 焰真が全てを代弁する。誰のとは言わない。

 一方で、悶死しかねない恥ずかしい記憶を赤裸々にされた恋次は、髪の毛のみならず顔も真っ赤にして叫んだ。

 

「悪ィか!!? 誰にも見られた事のねえ裏っつー裏まで覗かれたんだぞ!!?」

「悪くはないけどなんだ、その女々しい悲鳴は。お前にゃガッカリだよ。ちょっとだけ期待させやがって」

「何に期待していたのだ、貴様は」

 

 男共の隠し切れぬ欲望を垣間見、絶対零度の視線を送るルキア。

 すると、後ろからのっしのっしとやってきた兵主部が割って入る。

 

「うわっはっは!! まあ、千手丸は妥協を許さん奴じゃからのう。裸にひん剥かれただけの価値はある至高の反物を仕立ててくれる筈じゃ」

 

 千手丸が直々に仕立てる死覇装は、瀞霊廷で流通しているようなただの死覇装とは訳が違う。それこそ素材から別格であり、特別な糸から作り上げた死覇装は、死神が手に入れる事のできる衣の中でも最上級の防御性能を誇る。

 

「さてさて、完成を楽しみにしつつ……修行はここからが本番じゃぞ? 準備はよいかのう?」

 

 返す答えは一つ。

 

『望むところ!』

 

 

 

 ***

 

 

 

 誰もが力を蓄える。

 

「疲れたか井上? 今日はもう終わりにするか?」

「ううん、大丈夫」

 

 今度こそ大切なものを失わぬ為。

 

「なんかさ、平和だなあ……って思って」

「平和か? 戦いの為に修行してるんだぞ」

「それはまあそうなんだけど……」

 

 誰もが力を研ぎ澄ます。

 

「でもさ、こんな風に人間のあたしたちが虚圏で普通に過ごしたり、破面の人たちを助けたり……こういうの、なんかいいなあって思って」

 

 今度こそ大切な人を護り抜く為。

 

「こういうのがずっと続けたばいいのにって」

 

 誰もが力を練り上げる。

 

「ずっとみんなで助け合って、お互いの世界を大切にしあって」

 

 今度こそ大切な愛を証明する為。

 

「そのままずっと、戦いなんて始まりませんでしたって───」

 

 

 

 ***

 

 

 

 而して、始まりを迎えてしまう。

 

 

 

 死滅の予言───破滅の未来───滅亡の戦争が。

 

 

 

「征くぞ、雨竜。ハッシュヴァルト」

 

 

 

 絶望の希望の狭間で繰り広げられる、

 

 

 

「世界の終わる9日間だ」

 

 

 

 千年にも渡る血戦(けっせん)の幕が上がる。

 

 

 

 ***

 

 

 

 二度目の侵攻もまた、死神の虚をつく形で始まった。

 

「計器が全て異常を示している!! 何が起きたんだ!!」

「信じられん……こんな……こんな事があるのかよ……!!」

 

 最も早く侵攻の()()に気がついたのは技術開発局であった。

 瀞霊廷中に張り巡らされている情報網。いつ如何なる時であっても機能していた機器の全てが()()()()()()のだ。

 

「瀞霊廷が……消えた……!!」

 

 阿近の声に絶望が滲む。

 

「───まさかこんな形で地の利を潰されるとはねェ……」

 

 一番隊舎に構えていた京楽は、滅却師の街並みへ変貌する瀞霊廷の風景に、改めて敵の強大さを思い知った。

 

「……来たか」

 

 流魂街から離れた社に鎮座していた浮竹もまた、塗り替えられる景色の一部始終を目の当たりにしていた。

 瀞霊廷に住む死神や住民の全てが、今まさに目の前で起こっている現実を受け止めきれずに困惑し、動揺し、人によっては発狂すらする始末。

 

 混沌とする状況。

 そして逃げ惑う人々を銀架城から望むユーハバッハは勝ち誇ったように紡ぐ。

 

「───解るまい。千年前の戦い破れ行き場を失った滅却師は、現世からお前達死神が()()()()()()()()()()()瀞霊廷の中へと逃れた。そして、瀞霊廷内のあらゆる“影”の中に霊子による空間を創り」

 

 

 

───それを以て『見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)』と呼称した。

 

 

 

 即ち、前回も遮魂膜を破って侵攻した訳ではなく、既に遮魂膜の内側に居たという訳だ。

 

 誰もが想像のつかない方法。

 故に奇襲としてはこの上なく有効であり、同時に、死神を殲滅する舞台が瞬く間に出来上がったのである。

 

「陛下は平和を愛するお方。辛い戦いなど短い方が良いとお考えです。故に下される命令は一つ」

 

 真っ先に総隊長に就いた京楽の下にたどり着いたハッシュヴァルトが告げる。

 

 それは余りにも一方的で無慈悲な審判。

 

「───“瞬時に敵全軍を殲滅せよ”」

「……成程」

 

 敵軍にとって死の宣告に等しい命を遂行すべく、各地に散らばった星十字騎士団は蹂躙を始めた。

 標的は星の数程も居る。手にかける獲物に困る事はなかった。

 

 

 

 瀞霊廷に生きる命を無差別に蹂躙せんとする聖殺の開始だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

───ある者は生き延びた死神を根絶やしにするべく。

 

 

 

「こっちよ、竜ノ介!!」

「は、はいィ!」

 

 戦闘配備の通達が届くよりも早く───尤も通達が届く筈もない中、十三番隊舎であった場所を駆けていく死神の志乃が竜ノ介に喝を飛ばす。

 前回、尊敬する可条丸を目の前で殺害された事もあり、志乃は滅却師を倒さんと息巻いていた。

 

「あいつら、絶対に許さない……可条丸先輩の仇を取るのよ!」

「で、でも……」

「でも何よ!?」

「芥火副隊長もルキアさんも居ないんですよ!? あの二人で勝てなかった相手が、僕たちなんかに……」

 

 復讐心で盲目的になってしまっている志乃よりも、竜ノ介は臆病であるが冷静であった。

 下っ端ならば兎も角、幹部クラスの相手ともなれば隊長格でなければ戦いにすらならない。

 それを理解しているからこそ、志乃に落ち着くようストップをかける。

 だが、志乃の瞳に宿る復讐心の炎が鎮まる気配はない。

 

「それでもやるの! 滅却師は……滅却師は全員討ち取るのよ! 誰一人だって逃がさない……!」

「志乃さん!」

 

 怨嗟の渦に呑み込まれかけている姉貴分に、竜ノ介は必死に呼びかける。

 だが、

 

 

 

「オオ───!!!!! 芥火焰真はどこに居やがるぅぅぅううう!!!!!」

 

 

 

『!?』

 

 滅却師の街並みと化した光景の中、赫々と燃え盛る炎が突き上がった。

 

 

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)

“H”

灼熱(ザ・ヒート)

Bazz-B(バズビー)

 

 

 

 怒髪冠を衝く火勢を巻き上げる男の登場に、列を成していた死神一同が慄き足を止めた。

 

「ふーッ、トサカに来やがるぜ……! この俺をコケにしやがったんだ……絶対にぶっ殺してやるよ……!」

 

 彼が怒る理由は唯一つ。

 前回侵攻時、特記戦力を討つべく焰真と対峙した結果、まんまと敗北を喫してしまった事実だ。実際には焰真がユーハバッハの下へ赴くべく、四人の連携の甘さの隙を突く形で体よく逃げ果せただけなのだが、その際、滅却師完聖体を出す間もなく顔面を殴り抜けられ気絶した屈辱は、数日たった今でも腸が煮えくり返る想いであった。

 

「知ってんぜ、ここが十三番隊だろ? あの野郎の住処だ。燻し出しゃあ出てくるかァ、オイ!!?」

 

 マグマの如き煮え滾る激情を露わに十三番隊へと赴いたバズビー。

 眼前に並ぶ死神を一人一人確かめた後、盛大な舌打ちを鳴り響かせる。

 

「居ねえな……なら、用済みだ! 消し炭にしてやるよ!」

「くっ!?」

「ダメです、志乃さん! 逃げましょうよ!」

「竜ノ介! あんたは黙ってなさい!」

「勝てない相手に立ち向かってどうするんですか!? そんな命を投げ捨てるような真似……芥火副隊長が許してくれませんよ!」

「!」

 

 最後の一言に、斬魄刀を抜いた志乃が固まった。

 竜ノ介はヘタレだ。その上戦いは苦手で大して強くもない。言動は迂闊で、時には上司にもこってりと絞られるような残念を言い表す死神である。

 だが、そんな彼にも尊敬する死神が居た───昔、流魂街で兄共々命を救ってくれた焰真だ。彼に憧れたからこそ、護廷十三隊への入隊希望調査にも十三番隊と記載した。

 

 晴れて十三番隊に入った後、その時既に副隊長であった彼からは三つの教えを受けた。

 

 一つ、仲間を救う為に戦え───そうすれば仲間もお前を救ってくれる。

 一つ、自分を護る為に戦え───自分の命を安売りして勝てる戦いはない。

 一つ、死にそうになったら全力で逃げろ───絶対に諦める事だけはするな。

 

 上記二つを遂行する事は難しい竜ノ介にとって、最後の教えは救いであった。

 

 戦うのは怖い。

 それでも命を無駄にだけはしたくない。

 臆病だが、彼は勇猛だった。

 命を投げ捨てようとする志乃に対し、全力で逃げたい衝動を我慢しつつ、万に一つも勝てぬ相手から全員で逃げ延びる事を提案したのだ。

 

 それは功を奏し、我に返った志乃がハッと息を飲む。

 しかし、既に遅い。

 吸い込んだ空気が肺を焼く程に熱いと感じる頃には、バズビーから紅蓮の炎が巻き上がっていた。

 

「三下に用はねえんだよ!」

「ぅ……今からでも間に合います! ほら、皆早く!」

「ええい、行木! お前らだけでも行けィ!」

「車谷先輩!?」

 

 豊かなアフロを揺らす先輩隊士が前へ出る。

 

「私が殿を務める!」

「そんな……でも!?」

「いいから早く! 全員焼け死にたいのか!?」

「っ……はい!」

 

 鬼気迫る表情で告げる車谷の意志を無駄にしない為にも、竜ノ介はバズビーの前から逃亡を試みる。

 

「逃がすわきゃねえだろ!!」

「おっ、お早う───『土鯰(つちなまず)』ゥ!!」

 

 怒りのままに放たれる猛火。

 対して、ここが己の死に場所と理解した車谷は、せめてもの盾にと解放した斬魄刀で地面を穿ち、それなりに大きな土壁を築き上げる。

 

───到底、迫りくる炎を防ぎきれるものではないと知りながら。

 

 

 

「水天逆巻け───『捩花(ねじばな)』」

 

 

 

 刹那、巻き上がる激流が猛火を受け止めた。

 轟々と唸る激流は、超高温の炎に熱されるやたちどころに蒸気と化し、辺りに白い霧を生み出していく。

 それらを足裏から迸る熱気“バーニング・ストンプ”で払ってみせたバズビーは、自身の邪魔をした死神に眉間を寄せる。

 

「てめえは……」

「うちの部下に手ェ出してんじゃねえよ、滅却師さんよォ」

「十三番隊隊長……志波海燕ゥ!!!」

 

 自身に辛酸を舐めさせた死神直属の上司と知るや、彼の炎は猛り立つ。

 

「ちょうど良かったぜェ!! あんたの部下に用があって来たんだよ!! 骨の髄まで灰にされたくなきゃあ、芥火焰真の居所を教えなッ!!」

「はっ、安っぽい挑発だな。そら芥火に負ける訳だわな」

「ア゛ァン!!?」

 

 蟀谷に青筋を立てるバズビーに、三叉槍と化した捩花と構える海燕は大胆不敵に告げる。

 

「釣り合わねえってこった、てめェとあいつじゃよ。てめェは俺の相手で十分だ」

「……いいぜェ、隊長さんよ。よっぽど俺に───ぶち殺されてェらしいなァ!!!」

 

 爆ぜる炎が翼のようにうねる。

 これでもまだ序の口だ。

 バズビーという火災を前には、幾ら海燕と言えども苦戦を強いられる。最悪、死んだとしても何らおかしくはない。

 

 だが自分には帰る場所が───待っている家族が居る。

 

 捩花に波濤を纏わせ、飛び火が後ろの隊士へ降りかからぬよう注意を払う。

 そろそろ撤退も済んだ頃だ。

 これで存分に戦えると意気込んだ海燕は、愛する家族を思い浮かべながら言い返す。

 

「そいつは無理な話だぜ。なんたって俺ァ、これから先たっぷり家族サービスせにゃいけねえからよ」

「口だけは達者だなァ!! あの芥火焰真の隊長さんだ……ガッカリさせてくれんなよ、なァ!!?」

 

 

 

志波海燕

VS

バズビー

開戦

 

 

 

 ***

 

 

 

───ある者は抵抗する力を持たぬ住民に刃を向け。

 

 

 

「希代を放せ、ちくしょおおおおおッ!!!」

 

 肉親に手を掛けられ、吼える大前田。

 滅却師の犠牲に遭っているのは、彼の妹である幼い少女・希代であった。些細な時間にも児戯に誘ってくる年相応の愛らしさを持つ彼女を、時に素っ気なく扱いこそすれど、心の底から愛している大前田にとって、滅却師の蛮行は到底許せるものではなかった。

 

『そうして欲しければ答えろ。15秒くれてやる。回答を期待する』

 

 

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)

“K”

叡智(ザ・ノーレッジ)

BG9(ベー・ゲー・ノイン)

 

 

 

 砕蜂の卍解を奪った機械人形が如き風体の滅却師が、白装束の下から伸びる触手で希代の腹部を貫きながら問う。

 だが、妹を人質に取られた大前田には、正常な判断をする余裕も、滅却師が納得する答えも持ち合わせてはいなかった。

 

 つまり───詰み。

 

 15秒。

 余りにも短い死刑宣告を前に、自身もまた肩を貫かれている大前田は叫びながら暴れる彼を、彼の妹も助けられる者など居りはしない。

 

『15秒経過。残念だ』

「クソがあああああァアアア!!!」

 

 

 

───“瞬神”の後釜に就いた風神を除けば、だが。

 

 

 

 BG9が取り出したガトリング砲型の神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)であったが、突如として吹き荒ぶ突風に攫われ、その砲身を刈り取られてしまった。

 

『……そちらから来るとは都合がいい。蜂家九代二番隊隊長隠密機動総司令官・砕蜂』

「よく知っている。隠密機動として、余り己の身辺を知られる気分は良くないがな」

 

 放たれた弾丸を捨て去りながら、奪った砲身を転がす砕蜂が不敵に笑う。

 しかし、彼女の背中からは謎の旋風が巻き起こっている。霊圧の翼のような姿は、隠密機動総司令官にのみ教えられる白打と鬼道を練り合わせた最高白打戦術───“瞬閧”にも似ていた。

 

『それは瞬閧か? 随分と情報(ダーテン)と違う風体だが』

「情報……成程、貴様らの根城は瀞霊廷の影の中にあるんだったな。ならば、貴様が知っているのは未完成の瞬閧だ」

『何だと?』

 

 砕蜂が瞬閧を披露したのはたったの数える程。

 それを滅却師の目が光る瀞霊廷に絞れば、自ずと敬愛する夜一との戦いであると理解が及ぶ。

 

 そして、嘲笑う。

 

「貴様らも随分と古い情報に踊らされているようだ。私の瞬閧は───疾うの昔に完成している」

『……成程な』

「私の瞬閧は“風”。名を───」

 

 

 

無窮瞬閧

 

 

 

 無尽の風の翼が、砕蜂の体を軽やかに羽ばたかせる。

 

「安心しろ、長々と苦しませるのは性じゃない。一思いに首を捩じ切ってやろう」

『……“無窮瞬閧”か。非常に有意義なデータだ。それならばお前は回収した後、生かさず殺さずのまま分析してやろう』

「ふんっ……ほざけ!!!」

 

 

 

砕蜂

VS

BG9

開戦

 

 

 

 ***

 

 

 

───ある者は立ち向かってくる敵を殺して。

 

「くっ……通すな、通すなァー!!!」

「はっ。なーに、いっ、てん、だか、ねっ」

 

 斬魄刀を振り上げながら迫ってくる死神に向け、可憐な容姿の少女は小気味いいリズムで喋りがてら、掌から霊子を放ち応戦する。

 直後、十数名は居たと思われる死神の集団は爆炎に包まれた。

 

 

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)

“E”

爆撃(ジ・エクスプロード)

Bambietta Basterbine(バンビエッタ・バスターバイン)

 

 

「通す通さないとかじゃなくって、そもそもあたしたちは侵略完了してんの。なのに『通すなァー』なんて騒いでバッカみたい」

 

 現状を理解せぬ言葉を嘲笑する旨を紡ぎながら、バンビエッタは悠々と闊歩する。

 

「そう思わない? ………………ねえ! 聞いてんのあんたたち!」

 

 と振り返るバンビエッタ。

 

 しかし、そこには何人の影もなかった。

 ピュ~、と風の音が虚しく鳴り響く。

 

「………………なんで最初っからだれもいないのよッ!! あたしすっごいでっかい一人言みたいになってるじゃない!! 今回はあたしら5人団体行動って言ったの誰よ!! リルトット!! あんたでしょ!!」

 

 本来共に居る筈のメンバーの姿が窺えない。

 おかしい、侵略開始してたったの数分だ。その間消えたとなると、最初から団体行動するつもりがなかったのではないかと勘繰りたくなる。

 そんな鬱憤を晴らすように、うがあああ! と髪を搔き乱して荒ぶるバンビエッタは、頬を朱に染めながら叫び倒す。

 

「リル!! ジジ!! ミニー!! キャンディ!! 出てきなさいよっ!!」

 

 

 

 ……しかし、仲間は来なかった。

 

 

 

「ぐ~~~~~……」

 

 こんな辱めはないと歯噛みするバンビエッタ。

とうとう彼女の堪忍袋の緒が切れた。

 

 

 

「出てこ───い!!!」

 

 

 

 迸る霊圧に解き放たれる霊子。

 直後、バンビエッタを中心に辺り数十メートルに大爆発が起こる。爆風と衝撃波により滅却師の街並みの一部は瞬く間に更地と化した。

 爆心地に佇むバンビエッタは無傷。

 破壊神。たった一瞬でこれだけの規模の破壊を巻き起こしてみせた彼女は、辛うじて被害を免れた死神の目にそう映った。

 

「リーダーに恥かかせたらどうなるか……忘れてんなら思い出させてやるわ……このへん一帯更地にしてあぶり出してやるからねッ!!」

「───そこまでだ」

 

 爆炎の熱気が滞留していた爆心地に、突如として冷気が流れ込む。

 

「……誰よ、あんた」

「これ以上尸魂界はてめえの好きにはさせねえ」

「ふーん、あっそ」

 

 バンビエッタの前に現れたのは、隊長羽織を羽織る銀髪の少年と、副官章をつけた艶めかしい雰囲気の美女。

 十番隊隊長───日番谷冬獅郎。

 十番隊副隊長───松本乱菊。

 一見何ともアンバランスな組み合わせに見えるが、隊長副隊長間の連携は他の追随を許さない信頼で結ばれている彼らが、満を持して参上した。

 

 だが、興味がないと言わんばかりの態度を取るバンビエッタが、あぁ、と気づいたように声を漏らす。

 

「よく見たら蒼都に卍解取られたボクじゃん。なーに? 副隊長のおばさんに泣きついてあたしら倒しに来たって訳?」

「おばッ……!?」

「……乗るな、松本」

 

 おばさん呼ばわりに苛立ちを隠さない乱菊を、日番谷が窘める。

 やれやれ、先が思いやられる───だが、不思議と心は平静を保っていた。

 

「ああ、そうだ。俺はお前を倒しに来た」

「はっ! 言うじゃん。ん~……う~ん……」

「どうした」

「ちっちゃいけど、よく見たらカッコいいかも。ねえ、ボク。隊長なんかやめて、あたしに可愛がられてみない? 死ぬほど気持ちいいことしてあげるわよ」

 

 突拍子のない提案に、思わず日番谷も眉間に皺を寄せた。

 

「ダメですよ、隊長!!? あんなビッチそうな女の誘いに乗るなんて!!」

「お前は俺をなんだと思ってやがる」

 

 呆れたように溜息を吐いた───直後、怜悧な視線がバンビエッタを射抜く。

 

「断る」

「あら、ざ~んねんっ。なに、他に好きな子でも居るの?」

「お前には関係ねえ話だ。だが、敢て言うなら……」

 

 卍解を奪われても尚、絶対零度をその刀身に宿す氷輪丸を滅却師へ向ける。

 

「───眼中にねえ」

「……ふ~ん」

 

 刹那、バンビエッタの瞳が冷めきる。

 情動に熟れた色から、殺意に塗れた残酷な色へ。

 

「下僕になってくれるなら死ぬ前にいい思いさせてあげようと思ったんだけどなァ~。それならしょうがないわよね……あんたら、爆殺よ!!!」

「───松本、構えろ」

「はいッ!!」

 

 

 

日番谷冬獅郎・松本乱菊

VS

バンビエッタ・バスターバイン

開戦

 

 

 

 ***

 

 

 

───ある者は己が栄光の為に。

 

「ぐぅ!!?」

 

 跳ねる巨体が建物に突っ込む。

 衝突の勢いで壁が抜け、建物はそのまま轟音を轟かせて崩落する。

 

「フハハハハハ!!! ワガハイの輝かしい勝利だ!!!」

「ヘイ、ミスター!」

 

 覆面姿の大男───マスク・ド・マスキュリンは高らかに笑う。

 自身の勝利を祝福せんとゴングを鳴らす小男・ジェイムズを侍らせつつ、瀞霊廷を歩んでいたマスキュリンは、早速一人の隊長と交戦を始めていた。

 

「ま、待て……!」

「ム!? まだ立てるか、しぶとい悪党め!!」

「儂は……儂は元柳斎殿の遺志を無駄にせん為にも、負けられんのだ……!!」

 

 七番隊が隊長、狛村左陣。

 人狼の彼が、かつての虚無僧の如き笠を脱ぎ捨ててから何日経っただろうか。

 

 始まりは元柳斎に拾われてからだった。

 迫害を受け、洞穴の中で人の目を避けるだけの人生に、死神という道を与えてくれたのだ。その忠義は計り知れない。例え命を投げ打ってでも、元柳斎の命には応えんという覚悟さえ決めていたほどだ。

 

(だが……儂は……!)

 

 しかし、元柳斎が賊軍の親玉に殺され、自身の中に黒い怨嗟が湧き上がるのを感じた。

 血を巡り、心の蔵を高鳴らせる激情。

 それが自身を逸り立てる。

 

 滅却師を倒せ。

 滅却師を殺せ。

 滅却師を滅ぼせ。

 

 何度も何度も。遺体の一かけらも残らなかった元柳斎、彼の斬魄刀の残骸を見てからというもの、寝ても覚めても脳裏に過る考え。

 

───これが復讐だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 

(だが、それではいかんのだ!)

 

 己が内に湧き上がる感情を抑え込み、狛村は吼える。

 

(それでは東仙に諭した事を、儂が繰り返してしまうだけではないか!)

 

 卍解を奪われた狛村は、残された天譴を以てマスキュリンに立ち向かう。

 しかし、その見た目に違わぬパワーに、狛村は終始圧倒されていた。

 

「がはぁ!!? おのれ……!!」

「獣の如きタフネスだな……しかし、いくら立ち上がろうとワガハイには勝てんぞゥ!」

 

 もどかしい。

 

 仇を討ちたい。

 部下を護りたい。

 尸魂界を───親友が護ろうとしていた世界を救いたい。

 

 なのに、力が足りない。

 命を捨て置けば手が届くだろうか?

 手段を選ばねば成し得られるだろうか?

 復讐に身を(やつ)せば、この燃え上がる憎悪と赫怒が、滅却師の一切合切を焼き尽くしてくれるだろうか?

 

 だがしかし、それでは駄目なのだ。

 

 元柳斎が護ろうとした世界。

 東仙の親友が愛した世界。

そして、東仙が生きている世界───それらを亡き者達の代わりに護り抜かなければならないのだから。

 

「それまで儂は……死ねんのだァ!!!」

「ウオオっ!!?」

 

 振るわれる天譴の刃がマスキュリンを薙ぎ払う。

 流石の巨腕と巨刃。これには流石のマスキュリンも弾かれ、複数棟の建物を突き抜けるように吹き飛んでいく。

 

「ミスタァー!!?」

「はっ……はっ……!」

「そんなァ! 戻ってきて下さいよ、ミスター!」

 

 悲痛な叫び声が上がる最中、狛村は辺りを見渡す。

 

(避難は済んでいるのか? 隊士達は無事か? 鉄左衛門は何処へ───)

 

 一つでも多く護らねば。

 そんな狛村の耳に届く声は、

 

 

 

「負けないでくださいよ、()()()()()()()!!!」

 

 

 

「ジェ───イムゥ───ズッ!!!」

「なッ……がはぁ!!?」

 

 狛村の体の側面に突き刺さるドロップキック。

 全身の肉が揺れ、骨が軋むような衝撃。意識すらも落ちかねない威力に、何とか牙を噛み締め堪えながらも、狛村の体は数十メートルほど吹き飛んだ。

 

「こ……これは、一体……!?」

「声援こそが我が力……ジェイムズよ! ワガハイは戻ってきたぞ!」

「キャー! ミスターが帰ってきたぁ!」

 

 黄色い歓声を浴びる英雄は、先程よりも一段と強靭な肉体を備えて舞い戻った。

 

 

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)

“S”

英雄(ザ・スーパースター)

Mask De Masculine(マスク・ド・マスキュリン)

 

 

 

「底知れぬ力……これが滅却師の軍勢か……!」

「さァ、悪党よ! ここからが正義の執行の時間だ! その罪深き肉体に、我が鉄拳を喰らわせてやろう!」

「倒れぬ……儂はまだ……斃れられぬ!!」

「しつこい輩め、観念せい!」

 

 ボロボロの体を気合いで支える狛村が雄叫びを上げた。

 次の瞬間、爛々と輝く拳を握るマスキュリンが、骨肉の一片までをも尸魂界の盾にせんとする狛村の───腹部を貫く。

 

「ぐ、ぼぁ……!!」

「ふっ……最後の一撃は切ないものよ」

 

 血に濡れた拳を引き抜けば、ドクドクと空いた風穴からとめどなく血を流す狛村が崩れ落ちた。

 

 強き意志も、圧倒的な暴力を前には無意味。そう言わんばかりの光景が広がっていた。

 

「どうだジェイムズ! ワガハイこそが星十字騎士団最速の勝利を飾ったのではないか!?」

「ヘェ! 流石はスーパースターだァ!」

「フハハハハ……ハ? ハァ!!?」

「どうしたんですか!?」

「しまった!! そう言えば『奪った卍解でその隊長を殺せ』という命だった!!」

 

 やってしまったァ! と頭を掲げるマスキュリン。

 陛下直々の命令を反故するなど重罰もの。いくら隊長を倒したとは言え、それでは()()()()()()()()()

 

「ううむ、どうしたものか……しかし、ワガハイの奪った卍解は取り返されてしまったし……」

「ミスター!! こうなってしまったら、スーパースターに相応しい武勲を立てるしかないのでは!?」

「ム……? ムムッ、ムムムムム!!? そうだ、その通りだジェイムズ!!! フハハハハ、ワガハイは何を悩んでいたのだ!!!」

 

 拳を掲げるマスキュリンは叫ぶ。

 

「このまま他の隊長を倒して回る!! 悪党は一人残らずワガハイが根絶やしにしてくれる!!」

「わぁー!! いいぞ、スーパースター!! 世界の平和のために頑張ってェー!!」

「フハハハハ!! 世界がワガハイの活躍を待っている!! 行くぞ、ジェイムズ!!」

「ヘェ!」

 

 そうして二人は次なる獲物を探しに向かった。

 

 

 

 

 

「───卍解」

 

 

 

 

 

 その時に聞こえた鎖の音。

 

「! 何だ、この異様な音は!?」

「ミスター! アレをご覧に!」

「なにィ!?」

 

 たった今駆け出してきた場所に振り返れば、倒れていた狛村の傍に何者かが佇んでいる姿が見えた。

 死覇装の裾を肩まで詰めた───ノースリーブの死神。彼の首には鎖が絡まっていた。大地と空に繋がる無数の鎖、それらが頭上で絡まった巨大な球体から伸びたものが、だ。

 

 確かに聞こえた、卍解と。

 だが、マスキュリンの知識の中にはその死神が卍解できるという情報(ダーテン)はなかった。

 

「貴様、何奴!?」

「───死神だ」

「こ……れは……?」

「!!?」

 

 憮然と構えた死神が、虚ろな瞳を浮かべて答えた。

 するや、腹部に風穴が開いて倒れていた筈の狛村が、何事もなかったかのように立ち上がるではないか。

 

「何故ワガハイが倒した死神が……!?」

「檜佐木、これは一体……?」

「俺の卍解の能力(ちから)です」

「貴公の……卍解だと?」

「はい。『風死絞縄(ふしのこうじょう)』───それが俺の卍解の名です」

 

 死神───檜佐木は、五体満足で生き返った狛村に胸を撫で下ろしながら、彼を追い詰めたマスキュリンにドスを利かせる。

 

「……狛村隊長。無礼は承知の上です。ですが、どうか俺も一緒に戦わせてください」

「檜佐木……」

「俺は貴方を死なす訳にはいかない。貴方は東仙隊長の親友なんですから」

「……ああ」

 

 世界を憎む男の、数少ない理解者。

 もしも狛村という繋がりを絶ってしまえば、彼は必ずや世界の中で孤独に陥ってしまうだろう。

 

 それは檜佐木も、当の狛村自身も望んではいない。

 

 残る繋がりが復讐を止めさせた。

 残る繋がりが新たな力を得させた。

 

 死した者の無念を晴らす。

 確かにそれも大切かもしれないが、生きている親友を無下にし、命を捨て置く事だけは許されない。

 

───彼と再び相まみえるまでは。

 

「……助太刀感謝するぞ。共に戦おう。正義の為に……奴らを討ち……尸魂界を護る為に!」

「はい!!」

 

 

 

狛村左陣・檜佐木修平

VS

マスク・ド・マスキュリン

開戦

 

 

 ***

 

 

 

「これは……」

 

 京楽の下へ赴いたハッシュヴァルトは、未だに刃を交えられずに居た。

 その原因が目の前の結界。触れるや、自身の力が弾かれている───否、吸収されているような不思議な力で、容易に破壊できない事を物語っていた。

 

「───“白断結壁(はくだんけっぺき)”。滅却師の力の侵入を一時的に完全に断つ防壁です」

 

 事実を述べるのは、一番隊副隊長へ───もとい、総隊長となった京楽の補佐として異動した七緒であった。

 自身の斬魄刀を持たず、鬼道の才だけで副隊長に上り詰めた彼女は鬼道衆に勝るとも劣らないセンスを持ち合わせている。

 “白断結壁”もまた、彼女の才能を遺憾なく発揮している術の一つ。

 

 成程、確かに素晴らしい術だ。

 一時的にとは言え、星十字騎士団レベルの滅却師でさえたたらを踏むしかない防壁は、滅却師以外の脱出を許さないキルゲの“監獄”に迫る有用性がある。いや、聖文字といった個々人の能力でない以上、汎用性で言えばこちらの方が高いだろう。

 前回の侵攻から短期間の間にこれほどの術を作り上げた才能は、素直に賞賛に値する。

 

 しかし、一つだけ大きな過ちがあるとハッシュヴァルトは目を細めた。

 

「一つ質問しよう。高度な鬼道の才を持つ君が開発したこの術を、他の隊長達は使えるのか?」

「! ……いいえ」

「そうか」

 

 やはり。

 

 あくまで使えるのは限られた鬼道の達人のみ。

 これでは一個人を守るだけで精一杯。とても瀞霊廷全土を守り切るには足りないお粗末さだ。

 

「!!」

「君は術を完成させて終わるのではなく、それを誰もが使えるものになるまで洗練させるべきだった」

 

 それを象徴するように、一番隊舎だった建物から遠く離れた空で一つの火球が花開いた。

 あれはバンビエッタの“爆撃”だろう。星十字騎士団の中でもきっての破壊能力を有す彼女の手にかかれば、相手をしている死神の死体は塵も残るまい。

 ほんの僅かな同情と、この戦力差を悟り、ハッシュヴァルトの瞳には憐憫の情が浮かんだ。

 

「───そうすれば、せめて隊長達はこの一方的な処刑ではなく戦いの中で死ねただろう」

 

 今も尚、曇天の下に爆音が鳴り響く。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ほらほらッ! さっきの威勢はどうしたのよ! 逃げてるだけじゃ、あたしは倒せないっての!」

 

 霊子の雨が次々に日番谷と乱菊へと降り注ぐ。

 一発一発の小さい。それでいて破壊力は侮れない威力だ。もしも一撃でも直撃を喰らえば、戦闘不能は必至。まだ侵攻が始まってそれほど経っていないにも拘わらず、ここで隊長格が減るのは死神側にとって余りにも大きすぎるデメリットだ。

 故に、下手に攻勢に打って出る事もなく、退きながら相手の能力の分析に時間を費やしていた。

 

 幸いだったのは、バンビエッタが能力一辺倒な力任せな戦い方であった事。

 凄まじい物量と破壊力。

 それを除けば実に単調な攻撃ばかりだ。

 

「松本!」

「はい!」

 

 打てば返る鐘の如く、乱菊が返事一つで動く。

 灰状の刀身───灰猫をバンビエッタの視界を覆い尽くすように広げる。

 

「無駄だっての!」

 

 すかさず起こる爆発が、視界を覆う灰猫を吹き飛ばす。

 

「こんなもんで───」

「これならどうだ?」

「は?」

 

 足元が急に肌寒くなる。

 弾かれるように下を向くバンビエッタ。そこには六芒星を描く氷の結晶が、小さな煌きを瞬かせていた。

 

「!!」

「───“六衣氷結陣(ろくいひょうけつじん)”」

 

 刹那、天を衝かん勢いで氷の柱が聳え立つ。

 大紅蓮氷輪丸の“千年氷牢”に比べれば些か威力は落ちてはしまうものの、氷輪丸は氷雪系最強の斬魄刀。例え卍解を奪われたとしても、人一人凍死に至らせる力を発揮する事はできる。

 様子を見る限りでは、バンビエッタは直前まで罠の存在に気付かず、まんまと柱の氷獄の餌食となった。

 

「やりましたか、隊長!?」

「……いや、まだだ!」

 

 下がれ、松本! と退避を促す日番谷。

 直後、鮮烈な閃光を辺りに拡散する氷獄が、けたたましい爆音と共に砕け散った。

 

「───っぶないわねぇ! でも残念。あんたの攻撃、通用しなかったわよ?」

 

 やはり健在していた。可憐な容貌に似合わぬ凶暴な笑みを湛える女滅却師は、足癖悪く氷塊を蹴飛ばしながら歩み寄ってくる。

 

 そこまで甘くない相手だと割り切っていた分、衝撃は小さい。

 しかしながら、講じた策が一つ、また一つと潰されていく光景は精神的に堪えるものがある。

 が、動揺をおくびにも出さない日番谷は毅然と立ち振る舞う。

 

「運が良かったな。自分の爆撃で自滅しなくて済んで」

「はぁ? なーにいってんのよ。あたしは“E”……“爆撃(ジ・エクスプロード)”のバンビエッタ・バスターバイン! 自分の攻撃でやられるようなヘマなんかやらかすもんですか!」

 

 挑発に対する意趣返しと、再び霊子の()()が二人の死神へ差し迫る。

 だが、先程から覚えていた違和感の正体を掴むべく、日番谷の怜悧な眼が光った。

 

(こいつの爆弾は少しおかしい。さっきの“六衣氷結陣”だって、氷自体が爆発したように見えた)

 

 着弾から起爆までの僅かな時間。

 霊子そのものが爆発しているならば、堅牢な氷も相応の砕け方をするものだ。着弾地点は細かく、そこから離れていくにつれて罅は広がっていく筈だ。

 しかしながら、先ほどの“六衣氷結陣”の時、氷の柱は均等に。まるで内部から起爆されたかの如く一斉に爆散したのである。

 

(まさか、こいつの能力は……)

 

───試してみる価値はある。

 

 敵の能力を暴く方法が、頭に浮かんだ。

 

「もう一度だ、松本!」

「はい!」

 

 冴える慧眼の奥に希望が芽生えたのを見逃さなかった乱菊は、何度も無力化された灰猫による視界の遮断を図る。

 

「あー、もうッ! 何度も何度もうざったいっての、このおばさん!」

 

 またもや、軽く爆撃で蹴散らすバンビエッタ。

 開いた景色の奥に、何やら氷で出来た壁が形成されている事に気がついた彼女は、ニヤリと口角を吊り上げた。

 

「なーにー? あたしの爆撃を防ごうっての? そんなんやったってムーダムダぁ!」

 

 性懲りもなく策を弄する死神へお灸を据えようと、バンビエッタの霊子が火を噴いた。

 

「───ッ!!?」

 

 ()()()()()()

 突如として起こった出来事に静血装を発動する間もなく、爆炎の直撃に見舞われたバンビエッタは、その麗しい肢体を放り出すように吹き飛んだ。

 直後鳴り響く轟音は、日番谷の下へ届いた爆弾が炸裂した合図だ。

 

「……思った通りだぜ。お前の出す霊子は()()()()()()()()()()。霊子を打ち込んだ物体を爆弾にする為のな」

 

 六角形が無数に並ぶ氷壁の後ろに立つ日番谷は、まんまと破壊された氷の防壁を見遣りながら続ける。

 

「証拠に、お前の目の前に設置した()()()()()()()()()()()と、俺が練り上げた耐衝撃用の氷壁のどちらもが爆発した。爆弾ってのも誤作動を起こさないよう、多少の衝撃じゃ起爆しねえもんだろ」

 

 前者は、本当に触れれば砕けるような脆い代物。

 それにさえ反応して爆発するなど、普通に考えれば安全性に欠けているとしか言いようがない。

 しかし、後者の結果を見れば見方が変わってくる。

 日番谷なりに編み出した耐衝撃用の構造をした氷壁。霊圧もそれなりに込めたからには、かなりの堅牢さを誇る。

 それまでの経験則から、一発までならば凌げると踏んだ代物だ。それがただの一撃。最初に触れた霊子により、霊子が浸透したかのように内部から爆発して破壊された。

 

 強度に関係なく、物体に触れた瞬間起爆する。

 つまり、障害物さえあれば逆に敵への攻撃に利用もできるという絡繰りだ。

 

「タネが分かれば恐るるに足らねえ。お前、自分の攻撃じゃやられねえって言ったな? どうだ、今の気分は?」

「……ぉ……」

「……」

「───ちくしょぉぉぉおお!!!」

「!」

 

 美貌を憎悪に歪ませたバンビエッタが吼える。

 刹那、彼女の中心から莫大な霊圧が迸った。先にも見せた超広範囲に及ぶ爆発による衝撃波攻撃の前兆。

 危機を察した日番谷は、すぐさま緻密に編み込んだ氷壁“綾陣氷壁(りょうじんひょうへき)”を展開し、衝撃波から乱菊を守ろうと前へ出た。

 

 だが、敵の攻撃は熾烈を極めた。

 

「許さない……絶対に許さないッ!! よくもあたしの顔に傷をつけてくれたわねッ!? ぶっ殺す!! どこに隠れたって、瀞霊廷ごと()し飛ばしてやるッ!!」

 

 ヒステリーに叫ぶバンビエッタの爆撃の波は、更に加速していく。

 とうとう耐え切れなくなった“綾陣氷壁”が悲鳴を上げるように砕け散る。瞬間、二人の身に襲い掛かる爆風が彼らの体を攫った。

 

「ッ……松本ォ!!」

「隊長!! くっ……あたしに構わず───」

 

 次の瞬間、より激しさを増した爆風が二人を引き離した。

 瓦礫と共に宙を舞う乱菊は、襲い掛かる破片にやられぬよう、必死に腕を組んで身を守っていた。

 そうすること数十秒。

 ようやく地に足がついた瞬間、爆風の余波によろめいた彼女は尻もちもついた。

 

「きゃ! いったぁ~い……ホントなんなのよ、あの滅却師。デタラメ過ぎるでしょ……」

 

 ジンジンと痛む尻を撫でながら立ち上がる乱菊は独り言つ。

 奪った卍解無しにあの強さ。仮に卍解しようものならば、攻撃の規模も破壊力も各段に向上するだろう。

 

 想像し鳥肌が立つ。

 何としてでも早急に討伐しなくては。

 

 その為にも、出来る限り早く日番谷と合流せねばなるまいと乱菊は辺りを見渡した。

 しかし、見渡す限り見える滅却師の街並みには目星となる建物が見えない。霊圧知覚も、今や街一帯に散布された高濃度の霊子によって機能していないのだ。

 

「しょうがない、っか。はぁ……あたしってば隊長が居ないとだらしないんだから、しっかり看てもらわないと困りますよー、っと」

 

 誰に聞かれるでもない独り言を呟く乱菊は、本人が聞けば説教間違いなしの愚痴を垂れる。

 

「たぁ~いちょ~?」

 

 

 

「───成程、君の向かう先に隊長が居るのか」

 

 

 

「!? 灰猫!!」

 

 猫輪舞(ねこりんぶ)

 

 渦巻く灰の刃が、音もなく背後に現れた敵影を一瞬で取り囲む。

 上手くいけばこのままじわじわと削っていく筈だ。

 しかし、乱菊は柄に伝わる異常なほどの手応えのなさに瞠目した。

 

───あたしは何を斬ってるの?

 

 削る感覚がない。

 それどころか、灰猫が敵の硬度に負けて逆に粒の一つ一つが打ち砕かれん勢いだ。

 見覚えのある感覚に、サァと血の気が引いた乱菊は、すぐさま灰猫にて視界を潰しながら撤退せんと飛び退いた。

 

 次の瞬間、灰に覆われていた人影から絶対零度の冷気が迸ったかと思えば、灰猫の刀身全てが凍り付いてしまったではないか。

 一瞬の出来事に、理解が追いつかなかった。

 そんな彼女の思考を奪い去るかの如く、氷結した灰猫を砕きながら氷の翼を背負う男が飛び出してくる。

 右手に携えた得物の鉤爪が、冷気を纏いながら乱菊の胸に突き刺さった。

 

「ああぁッ!!!」

 

 燃えるような痛み。

 肉を食い破られた挙句、周りの血肉が凍り付かされる苦痛は想像を絶する。

 それに加え、直後に背面が瓦礫とぶつかる衝撃の三重苦と化し、彼女は息も絶え絶えとなりながら地に這いつくばる結果となった。

 副隊長がたった一度の攻撃でこの有様。

 

 圧倒的な力の差を思い知らせる敵軍の一人は、被っていたフードを脱ぎながら、苦痛に身を捩る乱菊の下へ歩み寄る。

 

「『大紅蓮氷輪丸』───美しい卍解だ。君の隊長のものだよ。終にその卍解にトドメを刺されるとは夢にも思っていなかっただろうが」

 

 

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)

“I”

鋼鉄(ジ・アイアン)

Chang Du(蒼都)

 

 

 

 口元に傷が刻まれた東洋人風の男滅却師、蒼都。

 前回の侵攻で日番谷から卍解を奪った彼は、出し惜しみする事もなく卍解を発動し、そして───乱菊を倒した。

 

「この卍解も“君と生きたもの”だ。これまでに何度も救われてきた事だろう」

「ぅ……ぁ……」

「君にとっては戦友のような卍解だけを彼と君の下から奪い、君達が死んだ後も永らえさせてしまう事を……心から申し訳無く思うよ」

 

 背中から伸びる氷の尾で、乱菊の首を絞め上げながら蒼都は告げる。

 最早乱菊は虫の息。気丈にも蒼都を睨みつけていた瞳も、今や虚ろなものへと変わり果てていた。

 

「共に生きたものは共に死すべし。それが僕の流儀だよ」

 

 だからすぐには殺さない───乱菊を乱雑に持ち上げた蒼都は、爆音が鳴り響く方角に目を遣った。

 星十字騎士団に下された命の内、“奪った卍解でその隊長を倒せ”というものがある。

 その命に則れば、蒼都が倒すべき隊長は日番谷であるのだが、バンビエッタは命令を無視して彼を殺しかねない勢いだ。

 

 それは許せない。

 

 ユーハバッハに対し、苛烈なまでの忠誠心を抱いている蒼都にとって命令違反などもってのほかだ。

 新参故に命令を蔑ろにし、ユーハバッハへの忠誠心が足りない者は、蒼都にとって許し難い存在に他ならない。

 

 一刻も早く命令を遂行せねば───そう踏み出した瞬間、氷が砕かれた音が響いた。

 

「……誰だ、君は?」

 

 それは蒼都が足元の破片を踏み砕いた訳ではない。

 乱菊を持ち上げる氷の尾を、何者かの手によって一瞬で斬り落とされたのだ。

 第三者の乱入を示す襲撃に振り返る蒼都の足元で、気を失いかけていた乱菊は、虚ろな瞳に光を取り戻した。

 

───これは幻覚か?

 

 正気を疑う自身を否定したのは、他の誰でもない。

 

 

 

 

 

「ああ、そらアカンわ」

 

 

 

 

 

「……何だと?」

 

 蛇のように冷たく笑い。

 蛇のように睨みを利かせ。

 蛇のように獲物をつけ狙う。

 そして、蛇のように大事なものを蜷局(はら)の中へ隠し続ける。

 

「ギ……ン……?」

「───人の獲物取ったらアカンゆうことや、滅却師サン」

 

 

 

 彼の男の名は市丸ギン。

 

 

 

 尸魂界を裏切った大罪人の一人。

 そして───乱菊にとって最愛の一人。

 

 

 

「それがどうゆう意味か……教えたる」

 

 

 

 執念(しゅうね)く獲物をつけ狙う蛇は、紛うことなく、神を(ころ)す為に参上した。

 

 

 

 全ては彼女の為に。

 

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