BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*89 13BLADE`s

 光が謳う。

 魂が躍る。

 

 極まった双星を祝福するように、瞬く閃光が曇天を衝いた。

 

 それは仄暗い瀞霊廷を照らし上げ、一条の光明と化す。

 

「これが焰真の新たな卍解……」

「こいつが……」

 

 石砦の縁に佇んでいたルキアと恋次は、歓喜の色を滲ませた瞳を見開いていた。

 一方で帰面もまた、全身全霊を発さんとする少女に、漸くかと言わんばかりの微笑を湛える。

 

『よっしゃあ、そのままブチのめせェ!』

「やかましいぞ、ったく……」

 

 興奮を抑えられぬリリネットを窘めるスタークであったが、紡いだ声音に嫌悪感は欠片もない。

 何故ならば、()()()()自分を救った力だからだろう。孤独に屈し、魂を二つに別った己に、真なる意味で“仲間”を授けてくれた繋がりの顕現。

 

 それらが並び立つ光景を目の当たりにすれば、このように感傷に浸りたい気分も少しは出てくる。

 

「見せつけてやれよ。お前も、あんたも」

 

 独り言つスタークは、迸る眩い光から決して目を逸らさない。

 

 最後まで見届けるのだ。

 彼らの───真価を。

 

 刹那、全員の期待を一身に背負う双星は一際強く瞬いた。

 

 

 

「───『星煉剣(せいれんけん)』!!!」

「───『鎖斬架(さざんか)』!!!」

 

 

 

 黒白の双星は、今まさに光臨する。

 

 片や滅却師の白装束を黒く染め上げたかの如き姿の焰真は、五芒星を掲げる軍帽の(つば)を持ち上げ、陰に悠々と佇む碧眼と紅眼を見開いた。

 片や死覇装を白く漂白したかの如き姿の虚白は、手首と柄尻を繋ぐ鎖を揺らす双剣を逆手に構え、白目が漆黒に塗り上げられた瞳を露わにする。

 

 凄絶な霊圧だ。

 されど、不思議と威圧感は感じられない。

 溢れ出る力は、周囲に立つ者達を抱きしめるように広がっていき、太陽の温もりと夜の優しさを全員に直覚させる。

 

 だが、これで終わりではない。

 

 星煉剣を天へと衝き上げる焰真が叫んだ。

 

「皆!! 聞こえてるかァ!!」

 

 それは絆で繋がる魂への呼びかけ。

 

「俺は、皆を護りたい!! もう、誰一人だって死なせたくない!! だから……だから、俺と一緒に戦ってくれ!!」

 

 すれば、魂の奥底に眠っていた欠片が激しく脈動するのを感じた。

 止めどない力が湧き上がる。同時に脳裏を過る数多くの人々との思い出が、星煉剣を握る焰真の決意をより固く、より強いものへと昇華させる。

 心と力。どちらか一方でも欠落すれば結実する事のない願いも、今の彼ならば不可能はない。

 

絆の聖別(ブレス・ア・チェイン)!!!」

 

───()()救う力を。

 

 魂からの叫びは、瀞霊廷全土から流星を呼び寄せ、焰真の下へと集う。

 

「リリネット!

 クールホーンさん! 

 ルピさん!

 アパッチさん!

 ミラ・ローズさん!

 スンスンさん!

 ワンダーワイス!

 ハリベルさん!

 スタークさん!」

 

 その傍らで、後ろで待っていた帰面の名が呼ばれる。

 共に芥火焰真に浄化された破面。数奇な運命を辿り、殺伐としていた破面時代とは違う関係を築き上げた獄卒───その中核に坐る虚白は、晴れ晴れとした屈託のない笑顔を咲かせて振り返る。

 

「ボクと一緒に戦って!」

 

 瞬間、虚白の胸に穿たれていた孔から無数の鎖が生え伸びる。

 因果の鎖を彷彿とさせる口を備える不気味な鎖は、そのまま帰面の下へと延びていく。喰らいつかんと、捕食の鎖は牙を剥く。

 

 だが、

 

『まっかせなァ!』

「いいわよ、虚白ちゃん! 生意気な滅却師の坊やに、あたし達の美しさを見せてやろうじゃない!」

「はいはい……どうせ嫌って言っても巻き込まれるんだからちゃっちゃと済ませてよ、白チビ」

「チッ、しゃーねえなァ。あたしの胸を貸してやるよ!」

「どの立場から物言ってんだい、まったく」

「貸す胸もない癖によく言いますわ、フンッ」

「アゥ! オオオオ~!!」

「いいだろう。私達の力、使いこなしてみせろ」

「……ハァ、この流れで俺だけ断るなんてできる訳ねえだろ。まあ、断るつもりは端っから無かったけどな」

 

 誰一人として拒む者はおらず、寧ろ待ち侘びていたと言わんばかりに向かってきた鎖を手に取った。

 

 かつて己を縛り付けていた鎖も、今や手を取り合う為に。

 

虚食転生(ウロボロス)

 

 過去に幾百、幾千、幾万もの魂を喰らい、融け合ってきた虚───ディスペイヤーの根幹を為す能力。

 瞬間、鎖を掴んでいた面々が光と化し、虚白の体を包み込む。

 だがしかし、聖隷のように魂や霊子を隷属する訳ではない。

 

「───纏骸(スカルクラッド)!!!」

 

 一度は焰真に牙を剥いた怨念の鎧は、煌々と煌めく希望を宿し、虚白の体を(よろ)う甲冑と成る。

 それぞれが融合した者の帰刃を連想させる特徴を含んだ見た目。

 紛れもなく全員が一人の少女と融け合った奇跡を示す姿を見せつける虚白もまた、清廉な浄火の輝くに負けぬ金色の光を放つ。

 

「な、なんたる霊圧だ……」

 

 二人の変貌の一部始終を眺めていたルキアは、ただただ眼前で繰り広げられていた奇跡に心奪われていた。

 どちらも一人だけの力ではない。

 数多もの魂が繋がり重なって達した極致とも言える次元は、霊王宮で修行を積んだルキアと恋次でさえも遠い目を浮かべてしまう領域であった。

 

 真の力を解放した二人には、星十字騎士団ですらも畏れや慄きを超えた情動を覚える。

 ただただ圧巻された。それだけは間違いないと、誰もが漠然と立ち尽くす自分に言い訳をつきながら。

 

「成程な」

 

 例外なく立ち尽くすリルトットは悟るように呟いた。

 

「これが、特記戦力か」

 

 未知数の“繋がり”の意味を思い知った瞬間だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「いいね」

 

 際限なく溢れ出す霊圧を一身に浴びつつも、グレミィの余裕を湛えた表情の色は変わらない。

 

「最強の破面すらも斃した死神と、最強だった破面の軍勢を纏う虚」

 

 グレミィの両の眼は、悠然と並ぶ超絶たる双星に気圧される事も無く、確りと視界に捉えている。

 

 でなければ、想像できない、先の映像(ヴィジョン)が。

 彼らを潰す光景───頂点に君臨する最強を、更に上回る最強(じぶん)の姿を。

 

「相手にとって不足はないね」

 

 開戦の狼煙は(たちま)ちに。

 

 焰真と虚白。二人の周囲に忽然と生まれ出づる人影。

 それらは紛れもなく星十字騎士団の顔ぶれ。

 勿論、彼らは本物などではない。全員がグレミィの想像によって生み出された偽物であるが、偽物だからと本物に劣る訳でもない。

 武器や兵器を想像するよりも、実在の人間を想像する方が強さの再現としては容易だ。

 仮にも一人一人が隊長に匹敵する力を持つ星十字騎士団。その大部分が一斉にたった二人の為だけに襲い掛かろうものなら、訪れる未来は圧倒的で悲惨な結末となるだろう。

 

───彼らを除けばの話だ。

 

 閃光。

 そう形容する他ない圧倒的な光芒が、パッと閃いては収まった。

 一瞬の出来事だ。目にする事さえままならぬ始まりと終わり。

 星十字騎士団の一斉攻撃というグレミィの想像は───白銀と黄金の剣閃によって敢え無く消滅した。

 

「そうこなくっちゃ」

 

 不敵に笑うグレミィ。

 一方、互いを横目で見つめた二人が叫ぶ。

 

「虚白!!」

「アクタビエンマ!!」

 

()くぜ!!」

()くよ!!」

 

 駆ける影がグレミィへ向かう。

 

 対するグレミィが生み出すのは紅蓮に煮え滾る溶岩の津波。炎の泡を()ぜさせながら二人へ迫る溶岩はそのまま突っ込んでくる人影を呑み込んだ。

 が、瞬きをする間もなく閃いた剣閃が溶岩のドームを()し飛ばす。

 

 その時、二人の姿は放射状に弾ける溶岩の中には無く、既にグレミィの左右に斬魄刀を振り翳していた。

 

 天を割る一閃が二振り。

 振り下ろされた斬撃の衝撃は、地面のみならず空に浮かぶ雲さえも切り分ける。

 にも拘わらず、グレミィは健在。刃が直撃する寸前に、自分と刃の間に堅牢な鋼の柱が割って入ったからだ。

 

 僅かな間、斬撃を喰い止める鉄柱。

 グレミィの想像の産物はまんまと受け止めた訳だが、そうも長くは続かない。

 甲高い震動音。続いて火花が散る光景がグレミィの目に映った。

 単なる刃でない事は火を見るよりも明らかだ。

 

 これは、()()()()()

 

魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)!)

 

「はああああッ!!」

 

 ものの数秒で鉄柱を切り裂いた白刃が煌いた。

 奇しくも滅却師の霊具と同じ能力を持った刃は、進路に立ち塞がる万物を切り裂く霊子を巡らせ、グレミィを両断せんと迫っていく。

 

 次の瞬間、得体の知れない衝撃が虚白を襲う。

 流れるように目線を足下へ。

 すると、無機物で均された地面と同じ材質でできた腕が、虚白の足首を掴んでいたではないか。

 瞠目する間もなく投げ飛ばされる虚白。それだけに留まらず、どこからともなく現れた拳銃、機関銃、散弾銃、ロケットランチャー、果てにはミサイルといった火器が一斉に空を舞う白い影へ襲い掛かる。

 

 意表を衝かれたところで関係ない。自分は如何なる状況からでも意表を創り出せるのだから。

 ほくそ笑むグレミィ。

 だが、爆音の背後で鈍く響く金属が(ひしゃ)げた音が、彼の意識を後ろへと引きずり込む。

 

「劫火」

 

 鉄柱を強引に灼き斬った焰真が、返す太刀を振り抜く。

 

「大炮ォ!!!」

 

 赤白く輝く炎がグレミィを呑み込んだ。

 寸前で、手頃な硬いもの───そうだ。()()()()()()()()グレミィは彼を盾にして難を逃れる。

 阻まれた炎はグレミィを境にVの字へ分かたれ、元の石砦の高さも相まって空へと届かんばかりに炎壁を巻き上げた。

 

「この程度───」

「じゃあ終わらない!!」

 

 弾かれるように振り返れば、あれだけの火砲に晒された虚白が五体満足で健在していた。

 ギロリと向かれる双眸の焦点が合わされるのは、白く瞬く光球を収束させる双剣の切先。普通の虚閃とは気色の違う破滅の光は、暴れる霊子を抑え込む霊圧の殻が弾けて解放された。

 

 白虚閃(セロ・イリュミナル)

 

 白い虚閃。黒虚閃(セロ・オスキュラス)とは正反対の純白に彩られた光は、焰真の炎との挟撃を描く。

 

「無駄だよ」

 

 と、背後から迫りくる閃光に幾重にも重なった流動する地面を差し向ける。

 土流ならまだしも、滅却師が霊子で手ずから作った石材だ。何よりも物量が圧倒的。ともすればビルをそのままぶつけるに等しい攻撃が、白い虚閃を阻み、拒み、その先に居る魂を押し潰さんと轟音を響かせる。

 

───立て直すには十分な時間が稼げるだろう。

 

 そう考えていたグレミィの背後で、暗い影を白い光が突き破った。

 

「!」

 

 咄嗟にもう一人の蒼都を生み出し、不動の盾とした。

 “鋼鉄(ジ・アイアン)”と静血装を併用すれば星十字騎士団きっての防御力を誇る彼であれば、例え王虚の閃光や黒虚閃ですら容易に耐えられる。

 

 耐えられる───筈だった。

 

(これは……)

 

 次第に蒼都の輪郭が、小さく、より小さく削れていく。

 

()()()()()!)

 

 ただの霊圧ではない。

 正しくは、霊子を凝縮した光線。

 虚圏侵攻時、多くの虚や破面を混乱に陥れた無機物さえも灼き尽くす炎と同じ性質を持っている虚閃だ。

 これを前にすれば、如何なる頑強な物体ですら外側から()()()()()()()

 

 理解に時間を要した。

 そのたった一瞬の隙を衝き、浄火を阻む蒼都の顔面を掴み、地面に叩きつけた焰真がグレミィの横っ腹を蹴る。

 刹那、人間を蹴ったとは思えない轟音と共に、グレミィの体が水切り同然に硬い地面を跳ねた。

 

 十回ほどバウンドした所で、体勢を立て直した自分を想像する。

 すれば、それまでの慣性が嘘のように平然と地面に足をつけるグレミィが、炎と光を破る二人の姿を目撃した。

 速い、途轍もなく。

 言葉を発する間も惜しんでグレミィが想像を()()()()()()

 

 時間にして一秒。

 その間にも距離を詰めていた二人の足元から、次々に鋭い石の棘が生えては襲い掛かる。

 瞬歩と響転の速さも相まって、棘が迫りくる間隔は極めて短くなるだろう。

 

 しかし、関係ないと言わんばかりに二人の刃が次々に棘を斬り飛ばし、グレミィへと続く道を切り開いていく。

 

 焰真は力強き真っすぐな太刀筋で。

 虚白は鎖を掴む様に振り回す剣で。

 

 それぞれが各々の在り方を示す太刀筋を見せて突き進む。

 だが、そうは問屋が卸さない。

 

「これならどうかな?」

 

 今度想像された産物は、空一面に浮かぶ矢や剣、槍といった刃物の類。

 雲に代わって空を覆う刃物は、最早蠢動しているかの如く風に揺れている。それもグレミィの意思一つで指向性を持った動きを始めた。

 

 狙いは言わずもがな。

 地面の棘に加え、空からも刃が降り注ぐ。

 挟撃も先ほどの意趣返し。

 

()()()()?」

 

 これで仕留められるなど毛頭思っていない。いわば様子見。

 

「上!」

 

 だからこそ、目一杯力を込めた剣圧だけで押し寄せる棘の群れを薙ぎ払う焰真の姿と、

 

「うん!」

 

 焰真に言われるや、背中の甲殻から生やした触手───『葦嬢』の先から迸る“無限装弾虚閃”が、降り注ぐ刃物を一蹴する光景を目に収められた。

 

「たった一手かよ!」

 

 各々の行動一つでひっくり返された戦況に、グレミィは笑みが止まらなかった。

 

「ハハッ!」

『!』

 

 突如、二人に襲う浮遊感。

 足元に力が入らない違和感に視線を下へ向ければ、自分らが進もうとしていた進路に沿う形で地割れが起こっていた。

 

「沈みなよ」

 

 それだけに留まらず、一瞬で包み込んでくる膨大な量の水が、地割れの中へと二人を攫う。

 如何なる強者とは言え、所詮は人間だ。水中で息が続かない以上、延々と水の牢獄に囚われていれば焰真と虚白も死に至る。

 ただ、彼らが何も抵抗をしない筈がないからこそ、入念に断割した地割れを再び閉じようとした。

 

 しかし、その寸前で虚白が触手で焰真を掴む。そのまま水牢の外へと思いっきり投擲すれば、焰真だけでも脱出させるに至った。

 間もなく塞がれる地面に呑み込まれる虚白だが、振り返る事もせずに空を蹴る焰真が、グレミィ目掛けて吶喊する。

 

 一人ならば対処は容易い。

 そう考えたグレミィの肩を突き抜ける激痛が、思考を地面の方へと向けさせた。

 

「アッハァ!」

 

 そこには間欠泉の如く噴出する水柱に乗る虚白が、水を滴らせる巨大な大剣を右腕に携えていた。

 

 皇鮫后(ティブロン)

 

 水を操る鮫の魂を宿す彼女に一滴でも水を与えたのが間違いだ。

 それこそ地面から断ち割る高圧水流を放ち、まんまと脱出してみせたレベル。一瞬の判断ミス───否、グレミィにとっては想像力不足が命取りだ。

 

「おおおおお!!!」

 

 虚白に一瞬気を取られた内に肉迫する焰真が、雄叫びを上げて星煉剣を構えた。

 即座に無数の石柱を生み出し迎撃にあたるが、焼け石に水だ。一太刀でほとんどの石柱が無残に砕かれた。

 それならば、と雷鳴が轟く。曇天を蠢いた青龍は、直後に音を置き去りにして焰真に牙を立てる。

 大気を震わせる落雷。常人で考えれば感電死は免れない一撃であるが、斯様な物差しで測れぬ相手である事をグレミィは疾うの昔に思い知らされている。

 

「へえ!」

 

 マントで体を覆い超電圧の稲妻から身を守った焰真に、思わず感嘆の声が漏れてしまった。

 よく見ればマントの布地に青い紋様が奔っている。それが静血装であると理解できれば、彼の凄まじい防御力にも納得がいくというものだ。

 

 一つ、また一つと対峙する相手の情報を引き出す。

 そうして蓄えた情報を以て確実に相手を殺せる想像を創り出す。これがグレミィの戦い方だ───否、そう言い切ってしまうのは間違いかもしれない。

 あくまで焰真と虚白の二人を殺す戦術がそうなっただけ。

 容易い死など、これまでに何度も与えてきた。

 吹けば消える蝋燭の火のように、自分の想像次第で他人の命は呆気なく消える。

 そう確信していた彼にとって、ユーハバッハ以外で初めて思い通りにならない相手が彼らだ。

 

───なら、どうしても試してみたくなるじゃないか。

 

 狂笑を湛えるグレミィは、尚も迫る焰真へ巨拳を差し向ける。

 ありとあらゆる死の映像(ヴィジョン)。それを打ち破って迫りくる相手を上回る想像を生み出せた時、自分はかつてない悦びを覚えるという確信があった。

 

───ああ、だからか。

 

 景色の奥で十字架が煌いた。

 瞬間、赤黒い十字が焰真を殴りつけようとした巨拳を破砕する。

 

 十字鎖斬(サザンクロス)

 

 虚白の渾身の一撃が、活路を拓く。

 すれば、何も遮るもののない焰真が星煉剣を振り下ろす。

 残像を目にする事すら許さぬ一閃は、水流に穿たれたグレミィの肩から先を切り落とす。

 

「やるね!」

 

 素直に相手を賞賛するグレミィの腕は、次の瞬間には元通りだ。

 一瞬瞠目する焰真。

 だが、すぐさま事の次第を理解した彼は畳みかけるように返す太刀で斬りかかる。

 これを阻むのは、例に漏れずはたと顕現した鎖。斬魄刀を振るわんとする焰真の体を縛り付けた鎖は、グレミィの思い通りに彼を遠くへと投げ飛ばそうとした。

 

「そぉら!!!」

 

 すると、自身の剣の一方を投擲する虚白が、正確無比な狙いで焰真を束縛する鎖を絶ち切った。

 

「破道の一『衝』!」

「!!」

 

 そのフォローをそれだけに留めない焰真が指先から放つ衝撃。

 弾かれる剣は、グレミィの体に引っかかったかと思えば、遠心力のままに回転を始める。程なくして雁字搦めとなったグレミィは、腕力だけではどうしようもできない拘束に、判断が遅れた。

 

「でやあああ!!」

「がッ!!?」

 

 顔面に突き刺さる膝蹴り。

 鋼の強度を以てしても意識が飛びかねない一撃に吹き飛ばされるグレミィだが、鎖に絡めとられている以上、行き先は虚白に手綱を握られている。

 

「ごぁ!!?」

 

 今度は焰真の劫火大炮が豪快な雄叫びを上げる。

 断罪の赤白い炎。斬魄刀を通じて生成される霊圧は、焰真の匙加減で月牙天衝同様の霊圧の刃同然の威力も可能だ。

 今回は収束の時間もあって最大火力とはいかなかったが、グレミィの思考を阻むだけの威力は発揮する。

 

「はああああッ!!!」

 

 爆炎の勢いに加えて虚白によって振り回されるグレミィは、最後に自身が築き上げた石砦へ耳を劈く轟音を響かせる勢いで叩きつけられた。

 数十メートルと巻き上がる土煙。

 その真下では、今も尚グレミィが石砦を二つに割って地面を突き進む。延々と延びる鎖斬架の鎖が限界まで達した所で制止した頃、創り上げられた石砦は中央から両断されては崩壊を始める。

 

 巻き上がる土煙の中、頭を抱えて身を起こすグレミィ。

 そんな彼が想像で土煙を吹き払えば、断割の石砦の間を縫って舞い降りる流星が二つ。

 

「うおおおお!!!」

「やああああ!!!」

 

 己が身を捩らせる勢いで一回転して斬撃の速さを高めた双星は、白刃が重なる瓊音(ぬなと)を奏で、グレミィを叩き切る一心で斬魄刀を振り抜いた。

 

 噴き上がる衝撃と霊圧。

 轟音と共に地割れの中を反響しては、土煙と破片と共に空高く舞い上がり、石砦の崩壊に拍車をかける。

 当然、その光景を石砦の片割れの上で眺めていたルキアと恋次も、凄絶な一撃を直覚しては戦いの終わりを期待する瞳を浮かべた。

 

「やったか!?」

「……いやっ、まだみたいだぜ!」

「ッ! 地面が……いや、()()()()()()()()()!? 何事だ!?」

「ヤバぇ気配がビンビンしやがる! 飛び降りるぞ、ルキア!」

「あ、ああっ!」

 

 ただ事ではない震動を足元に覚えた二人が飛び降りた瞬間、石砦の残骸は急激に変貌し始める。

 変化は一目瞭然。ただの残骸と化していた石砦が、その双子山を一瞬にして巨腕へと変えてみせた。

 天高く掲げられた掌は間もなく大地に突き立てられ、元より埋まっていたと錯覚させる巨人が地面を割って現れ出づる。

 

 黒縄天譴明王すら可愛く見える超弩級の巨人の出現。

 それだけの衝撃で周囲の建物は軒並み崩壊し、グレミィに一太刀加えた焰真と虚白の小さな体を宙へと吹き飛ばす。

 

「ごめんよ、正直舐めていた」

「いや、ううん。舐めていたって言い方はちょっと違うかな」

「正しくは、きみらの全力を正確に想像できていなかった」

「だから、一番の力を見せようと思ってね」

 

 巨人の()()に立つグレミィが交互に喋る。

 

「ぼくの力は“想像”だから」

「命ですらも“創造”できる」

「こっちのぼくはもう一人のぼく」

「こっちのぼくももう一人のぼく」

「どっちも斬れない」

「どっちも死なない」

「想像する力は」

「単純に倍だ」

 

 巨人が口腔を開ければ、射線に居る万物を焼き払わん業火が迸る。

 紅蓮の炎も二人に届く頃には白く燃え上がり、瀞霊廷の空一面を灼熱で埋め尽くしていく。

 焰真は“灯篭流し”で、虚白は『滅火皇子(エスティンギル)』を応用した炎吸収と超速再生で凌ぐ。

 だが、そこへ群がる石柱の腕による集中砲火だ。ただ殴りつけるのではなく、指先に神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)に生み出し、一発一発がバンビエッタの“爆撃(ジ・エクスプロード)”に劣らぬ破壊力を有した弾雨を解き放つ。

 

 先に綻びが生まれたのは、虚白であった。

 

「ぐッ!?」

 

 弾雨を捌き切れなかった彼女の左腕を、視界に犇めき合う神聖滅矢の内の一本が滅し飛ばすまではいかなくとも、直撃の勢いだけで千切ってみせた。

 腕一本分なくなればそれだけ対応に遅れが生まれ、怒涛の追撃が押し寄せる。

 

 だが、虚白もただやられるのを待つだけではない。千切られた腕を代償に、混獣神(キメラ・パルカ)の腕を召喚する。

 それで一時的に弾雨を防ぎはしたものの、今度は矢ではなく石柱の拳が直接殴りつけてきた。

 一発二発程度ならまだしも、迫りくるのは優に百本を超える岩石の拳。

 剛腕に任せて打ち砕くだけでは捌き切れず、守りを掻い潜り迫ってきた拳の嵐が白い人影を襲う。

 

───まずは一人。

 

 好機を垣間見るや、グレミィが獲物を見つけて歯を剥き出しにする獣の形相を浮かべる。

 刹那、業火を吐き出していた巨人の口から眩い閃光が迸った。

 大気の壁を破る衝撃波が辺り一帯を吹き飛ばす嵐を生み出す光線。標的は、砕けた岩石の破片と共に墜落する虚白だ。

 

 しかし、捕えたと確信したグレミィと虚白の間に、炎が止んだ寸隙の間に死神が割って入る。

 

「───“業鏡(わざかがみ)”!!!」

 

 斬魄刀を逆さに構えた焰真が碧眼を煌かせれば、自身と抱きかかえた虚白の前面に青みがかった結界が生み出される。

 それは虚白を滅し飛ばす為の滅殺の光芒を阻み、四方へと光を分散させていく。

 

外殻静血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン)! 陛下以外でも使える人が居るなんて)

 

 いや、それだけではない。

 体外まで拡がった防御壁の表面を、結界内の霊圧回路から噴出した霊圧が流れる事で、受け止めるのではなく()()()()()()()

 

「でも、ぼくの想像力にいつまで持つかな?」

 

 しかし、防御も永遠に続く訳ではない。

 抜け出せない状況を創り出せたのなら、そのまま力尽きるまで削るだけだ。

 他者にとっては全霊力を用いた渾身の一撃であっても、グレミィにとっては想像一つで生み出せる攻撃の一つに過ぎない。

 

 だからこそ、容易く出力も高まる。

 すれば、受け流すことに主軸を置く“業鏡”の性質上、拡散した攻撃の流れ弾が瀞霊廷にも影響を及ぼす威力へ。

 このままでは余波だけで瀞霊廷が火の海になりかねないと察した焰真が、状況の打開を模索し始める。

 

 やおら早鐘を打つ胸にそっと手が添えられる。

 

 不意に目を落とせば、超速再生で傷一つなくなった虚白が口元に弧を描いていた。

 

「助けてくれてありがと♪」

 

 小気味よく響くリップノイズ。

 それが悪戯な笑みのまま、頬に口付けした音だと気付くや、一瞬焰真は呆けたように目を見開いた。

 

 その間、虚白が血に濡れた鎖斬架を構える。

 切先に収束する霊子と霊圧。この感触は白虚閃か───そう考えていた焰真であったが、虚白の背より生える幾条もの鎖が翼を形成する。

 因果の鎖を彷彿とさせる鎖は、その先に携えた大口を開き、途端に暴食を開始した。

 瀞霊廷に満ち満ちる濃密な霊子。それらは滅却師が死神への妨害の為に振り撒いたものだが、霊子すらも喰らう虚白にとっては格好の餌だ。

 

 刻一刻と収束する霊子が、今にも爆ぜんばかりに膨れ上がる。

 それらを辛うじて抑え留めるのは、虚白と融合した帰面らの霊圧の殻だ。各々を象徴する色を見せる霊圧は血と混じり合い、莫大な霊子の光球を虹色の燐光で彩る。

 最後に完成を報せる光が弾けた瞬間、虚白は自身を抱きしめるように支える焰真へと叫ぶ。

 

「ブチ破るよ!!」

「ああ、やってやれ!!」

「これがボクらの()()()()()……!!」

 

 

 

皇虚の閃光(セロ・エル・マス・グランデ)

 

 

 

 超絶たる霊子の一条を、王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)並みの霊圧で押し固めて放つ破滅の光芒。

 それを信じる焰真は、光の行く手を阻まぬよう壁を解く。

 すれば真正面で二つの閃光が相撃つ。力と力の衝突。純粋に上回った方が勝負に勝る。

 結果は───虚白の勝利。

 巨大な化け物の放つ閃光を突き破り、皇虚の閃光はとうとう巨人の心臓を貫く。ビリビリと大気を震わせる閃光は、尚も孔を押し広げ、やがて崩壊を全身へと波及させる。

 

「グッ……!」

 

 巨体が崩壊する瞬間、初めてグレミィの口から苦悶の声が上がった。

 まだ足りなかったとは。

 想像の悉くを上回る死神と虚の力。覆したかと、すぐさま覆される盤面。常に形勢逆転の可能性を宿す相手を前に、限界以上を強いられる。

 

───ああ、ぼくは必死になってるんだな。

 

 焦燥。

 喜悦。

 憤怒。

 興奮。

 

 一緒くたになって湧き上がる感情はまさしく混沌。

 

(どうすればあいつらを殺し切れる?)

 

 形あるものでも駄目。

 物量で押しても駄目。

 純然たる力でも駄目。

 

 如何なるものでさえ、彼らという刃に斬られて終わる。

 

「なら、()()()()()()できみらを殺すだけさ!!!」

 

 無数に分裂するグレミィの姿。

 次の瞬間には二人の周りに現れた彼らは、翳した掌から暗黒の空間を天幕の如く覆い被せてくる。

 

()()()()に包まれて死ね!!!」

 

 有害な放射線と真空に包まれた無限大の地獄。

 真空故に露出した眼球や口腔粘膜からは体液が強制的に蒸発し、傷口からも曝された血液が沸騰を始める。呼吸しようとも空気はなく、逆に肺が破壊されるように対組織が崩壊するのだ。

 

 常人ならばものの数秒で意識を失い、死に至る暗黒空間。

 地球という揺り籠の外へ放りだされた二人は、逃げる間もなく冥い帳の中へと閉じ込められていく。

 出口はない。グレミィの想像の中の宇宙は、双星を殺す為だけに生まれ、何処とも知らぬ闇へ葬られるのだ。

 

 余りにも出鱈目な力。

 しかし、グレミィが二人に感じているのと同じく、二人もまたグレミィの想像力の底を引き出せてきている───少しずつ勝利を手繰り寄せている感覚を覚えるからこそ、その表情(かお)には一切の恐怖と絶望は映らない。

 

 全身に苦痛が押し寄せ、言葉も伝えられぬ中、焰真と虚白は互いを一瞥する。

 

 出口のない宇宙空間に閉じ込められたのならば、自分らで道を切り拓けばいい。

 

 必要なのは、空間を歪ませる超絶たる力。

 

 沸騰する血が刃に吸われ、広大な宇宙を照らす光を生み出す。

 焰真が星煉剣を、虚白が鎖斬架を構えた瞬間、刀身を中心に膨れ上がる霊圧が空間をグニャリと歪ませる。

 

 

 

───この二人が力を合わせれば、なんと容易い神業だろうか。

 

 

 

 片や、星煉剣に集う魂が力を発し、刀身の外にまで紅い血管を拡げては浄火を宿す一振りの刃を撃ち放つ。

 片や、鎖斬架の片方に王虚の閃光を纏わせ、もう片方に皇虚の閃光を纏わせては刃を交差させ十字を描く。

 

 

 

 重なるは、黄金の五芒星と白銀の十字架。

 

 

 

───煉獄劫火大炮(れんごくごうかたいほう)───

───皇虚の十字架(グラン・ド・クロス)───

 

 

 

「何────」

 

 目の前で繰り広げられる光景に理解が及ぶ間もなく、宙に佇んでいたグレミィ達が光に呑み込まれた。

 一人、また一人と超絶たる力を前に想像の余地すらなく消えていく。

 どれだけ想像しようとも、押し寄せる力に対抗し得る力を思い浮かべられない。

 

(これが、死?)

 

 体が塵に、想像が水泡に帰す。

 

(死ぬのか、ぼくが)

 

 痛みすら感じさせぬ一撃を前に、グレミィは死の予感を覚えていた。

 

(こいつらに倒されて)

 

───違う。

 

 脳裏に過る拒絶。

 それはグレミィにとって魂からの叫びでもある。

 

(まだだ! まだ死にたくない! まだ負けたくない! こいつらに……こいつらに勝つまでは!)

 

 他者から与えらえる死など嵩が知れている。

 死とは理不尽の極致だ。他人のエゴで産み落とされた人生の涯に待ち受ける絶対的な終わり。

 

 それを、それすらも他人に与えられるなど憤懣遣る方ないにも程があろう!

 

 負けたくない。

 勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい───是が非でも勝ちたいんだ。

 

 必要なのは、このままでは逃れられぬ絶対的な死を乗り越える鮮烈なインスピレーション。今迄の想像の遥か高みを行く、自分の限界を超えた未来の光景。

 それこそ自分が世界を一望する天上人であると想像せねばならない。

 

 この世界はぼくのもの。

 この世界はぼくの思い通り。

 たとえぼくが死んだとしても、そんな未来を打ち破る想像をしてみせようじゃあないか。

 

(あ)

 

 脳の核心で閃く感覚。

 

(そうか)

 

 全身が消滅した微睡みの時間、頭の中に湧き上がる。

 

(これが)

 

 天上天下唯我独尊。己こそが世界の中心に居座る新世界を、

 

(陛下の視ていた世界!!!)

 

 ()()を、グレミィは垣間見た。

 

 

 

「───『神の創造(レミウルゴス)』───」

 

 

 

 刹那、グレミィを彼方へと滅し飛ばさんとしていた光が引き裂かれる。

 宇宙空間より脱出した焰真と虚白は、各々の持ち得る術で回復しつつ、一変した場の空気を肌で感じ取った。

 

「……それがお前の本気、って訳か」

「隠してた訳じゃないんだ。その辺りは誤解しないでくれると嬉しいな」

「じゃあ、ここからが正真正銘の全力って受け取ってもいいな?」

「そうだね」

 

 光臨した天の使いは、柔らかさの中に残酷さを孕んだ笑みを湛えて応えた。

 

 滅却師完聖体。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の滅却師にとっては、まさしく奥の手に等しい滅却師最終形態を超えた超越形態だ。

 グレミィの背より広がる翼は、翼と呼ぶには余りにも機械的だった。

 まるで基盤の電子回路。脈動の度に根本から羽根の先まで奔る光は、さながらグレミィの思考を隅々まで伝える信号のようだ。

 

「礼を言うよ。ぼくがこの姿になれたのは、間違いなくきみらのおかげだ」

 

 徐に感謝を述べるグレミィは、脳神経を模った光輪(ハイリゲンシャイン)を廻しながら手を翳す。

 

「これでぼくは限りなく陛下に近しい力を得た。今のぼくを殺せるのは、陛下以外に居やしない」

 

 間髪入れず、グレミィの側へと現れた焰真と虚白が刃を振るう。

 しかし、確実にグレミィを捉えた筈の剣閃は、得体の知れない力によって軌道を逸らされる。

 

「!」

「これも“想像”の力さ」

「破道の七十三『双蓮蒼火墜(そうれんそうかつい)』!!」

 

 畳みかける焰真は、掌から蒼炎を迸らせる。

 だが、これもまた不可解な力によって中心を穿たれ、無力化されてしまう。

 先程とは明らかに違う感触に、焰真は怪訝そうに眉を顰める。

 

()()()

「鋭いね。きみの言う通り、さっきまでのぼくは遅かったよ」

 

 瞬きする間もなく別の場所へ瞬間移動したグレミィは、無垢な瞳で身構える二人を見据える。

 

「対処しようとするから後手に回る。なら、きみらの動き……そのちょっと()()()()()()()()()()()()()()()()。想像した未来を、指先でほんの弾いてあげる。そうすればきみらの未来にも干渉できる。そうすればまんまとしてやられるなんて羽目にはならない」

「未来……だと? そんなこと」

()()()()()()()()? 普通ならそうだろうね」

 

 天に手を掲げるグレミィ。

 するや、瞬く間に生まれ出づる光球より一条の光線が迸った。

 虚閃ほど太くもない光は、そのまま二人の間を抜けていく。

 次の瞬間、光が堕ちた場所より遮魂膜に触れんばかりの爆炎が上った。轟々と巻き起こるキノコ雲に、背中に爆風を浴びる二人は目を見開く。

 

 想像よりも疾く、想像よりも強くなったグレミィは爛々と瞳を輝かせている。

 

「でも、ぼくは“夢想家(ザ・ヴィジョナリィ)”のグレミィ・トゥミューだ。()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 可能性の化け物。

 今のグレミィを例えるならば、その言葉こそ相応しい。

 

「さあ、第二ラウンドだ! 精々ぼくの想像を超えてこい!」

 

 己の進歩に沸き立つグレミィが、浮足立って叫ぶ。

 

「ぼくも……きみらの想像を超えていく!!」

「───望むところだ!!」

「どっちが絶望するのが早いか……ううん、希望を持ってるか勝負だねェ!!」

 

『おおおおお!!!』

 

 三体の化け物が雄叫びを上げる。

 

 

 

───ズンッ!!!

 

 

 

 が、そんな三人の腹の奥に圧し掛かる重圧が、意識を強引に引き寄せる。

 

「……なんだ?」

「この霊圧は……まさか!!」

 

 水を差され、明確な苛立ちを見せるグレミィに対し、憶えのある霊圧を感じ取った焰真は視線を地面へと落とす。

 

 現れたのは、無明の地獄を斬り拓いた剣鬼。

 野性味溢れるざんばら頭を、未だ止まぬ爆風に揺らされながら、ボロボロに刃が欠けた斬魄刀を肩に乗せる。

 

「随分と面白そうな奴と()り合ってるじゃねえか、芥火」

 

───護廷十三隊最強、十一番隊の長。

 

───“更木”よりやってきた“剣八”。

 

───十一代目の最強を継ぐ男。

 

「更木隊長……!!」

 

 その名も更木剣八。

 

「へぇ……! 特記戦力、更木剣八。こんなところでお出ましなんて運がいいなぁ」

 

 他の木っ端であるならばまだしも、特記戦力に選ばれている死神の登場に、水を差された筈のグレミィも気分を良くする。

 対する剣八は、普段の戦闘狂の気を抑えたかのように静かな佇まいで宙に立つグレミィを見上げていた。

 

 その姿に焰真はどこか感傷に浸っているかのような雰囲気を感じ取る。

 

(あの更木隊長が……一体何があったんだ?)

 

 仔細を知らぬ焰真は、彼の静かなる情動の理由を察するには至らない。

 だが、彼の体より湧き上がる際限なき霊圧が以前とは別次元であるとは理解できた。遥かに研ぎ澄まされた霊圧は荒々しくも一本芯の通った刀を彷彿とさせる。

 

「でも、今はきみとやる気分じゃないな」

「待てッ、グレミィ!」

「陛下に手も足も出なかったきみなんて───嵩が知れている」

「更木隊長!! 危ない!!」

 

 巨大な光の弓を顕現させるグレミィが、これまた巨大な光の矢を放ち、剣八を影も形も滅し飛ばさんとする。

 割って入ろうとする焰真だが、間に合う距離ではない。

 剣八には元直属の上司ともあって全幅の信頼を置いている焰真であるが、だからこそ彼の悪癖を知っていた。

 

 相手の力量を推し量るべく、攻撃を真正面から受け止める。

 

 絶大な霊圧を誇る剣八だからこそ致命に至らぬ行為であるが、完聖体を顕現させているグレミィ相手にも真正面から受け立つには、例え彼であっても些か分が悪い。

 

「───何が」

 

 だがしかし、それすらも斬り捨てる。

 味方の予想も、敵の想像も。

 

「!!」

 

 縦に振るわれた斬撃。

 ただそれだけで、超絶たる威力を孕んだ光の矢がバラバラに打ち砕かれ、霊子へと霧散していった。

 

「知れてるって?」

「ッ……凄ぇ……!」

「へえ……やるね」

 

 獰猛に剣八は嗤う。

 慄く焰真。

 対して、グレミィもまた剣八同様に嗤っていた。

 

「いいよ、きみもこっちにきな! 今、ぼくは最高に気分がいいんだ! 強い奴と戦いたくて仕方がない……だから、きみもぼくと戦おうよ!」

「断る」

「……なんだって?」

 

 さらりと述べられる拒絶に、グレミィのみならず焰真も呆気に取られた。

 しかし、我関せずと剣八が語を継ぐ。

 

「リンチは性に合わねえ。そういう訳だ、芥火と知らねえ餓鬼。そいつぁ俺に寄越せ」

 

 そっちかぁ~、と焰真は頭を抱える。

 

「いいの? ぼくは相手が何人でも一向に構わないよ」

「テ()ェが良くても俺が嫌なんだよ───折角戦り合う愉しみが減っちまうだろうが!」

「……なるほどね。それに関しては共感するよ」

 

 彼はそういう人間だ。

 生粋の戦闘狂。戦う事が何よりも大好きな彼は、子供のように自分の取り分を取られる事を嫌う。

 それは戦いにおいても同じ。味方が多いと自分が相手する人数が減ると考える剣八は、一対一(サシ)か一対多を好む。

 

 己の流儀を通す根っからの十一番隊気質。

 

 それを垣間見たグレミィは、堪え切れずに噴き出した。

 

「なら、仕方ないね。まずはきみから相手にしてあげるよ」

「───せやったら、俺らも一緒に相手してくれや」

「……これはこれはお揃いだね」

 

 グレミィは、自身を取り囲む形で現れた死神の軍勢を見渡し、口角を吊り上げる。

 

「護廷十三隊諸君」

 

 並び立つ錚々たる面子。それは各地で星十字騎士団と刃を交えていた死神の長達だ。

 星十字騎士団が銀架城への招集を転機に、態勢を立て直すべく治療を受けて回復を果たし、期せずして滅却師の根城へと集結した。

 

「さっきは世話になったな。借りを返しに来たぞ、滅却師」

 

二番隊隊長

砕蜂(ソイフォン)

 

「お、おおお……! マジで真ん前に滅却師の城があるじゃあねえか……!」

 

二番隊副隊長

大前田(おおまえだ) 日光太郎右衛門(にっこうたろうえもん) 美菖蒲介(よしあやめのすけ) 希千代(まれちよ)

 

「随分とハードな音色が響いてきた……けど、僕の琴線には触れないね」

 

三番隊隊長

鳳橋(おおとりばし) 楼十郎(ろうじゅうろう)

 

「焰真も恋次もルキアちゃんも来とるんやったらはよ言えや。出遅れてもうたやんけ」

 

五番隊隊長

平子(ひらこ) 真子(しんじ)

 

「みんな、無事だったんだね! よかったぁ……」

 

五番隊副隊長

雛森(ひなもり) (もも)

 

「心配かけて悪かったなァ、雛森。まあ、ご覧の通り俺らはピンピンしてるぜ」

 

六番隊副隊長

阿散井(あばらい) 恋次(れんじ)

 

「此処にユーハバッハが……そして奴がその門番と。中々一筋縄ではいかんか」

 

七番隊隊長

狛村(こまむら) 左陣(さじん)

 

「狛村隊長、儂がお背中をお守り致しますけえ。共に元柳斎殿の無念を晴らしましょう!」

 

七番隊副隊長

射場(いば) 鉄左衛門(てつざえもん)

 

「はっ! 活きの餓鬼が一人暴れてるみてえだがな……仕置きが必要みてえだ」

 

九番隊隊長

六車(むぐるま) 拳西(けんせい)

 

「滅却師の街並みとは言え、瀞霊廷を滅茶苦茶にしやがって……!」

 

九番隊副隊長

檜佐木(ひさぎ) 修平(しゅうへい)

 

「それを止める為に俺達は来た。一度は無様を晒しちまったが、今度はそうはいかねえぞ」

 

十番隊隊長

日番谷(ひつがや) 冬獅郎(とうしろう)

 

「瀞霊廷を護ってこその護廷十三隊ですもんね、隊長!」

 

十番隊副隊長

松本(まつもと) 乱菊(らんぎく)

 

「更木隊長ォ! こんな楽しそうな戦い、独り占めなんてズリィじゃねえですか!」

 

十一番隊第三席

斑目(まだらめ) 一角(いっかく)

 

「まあ、それがうちの隊長ってもんでしょ。戦いの酒で命を摘まむ……ふふっ、らしくなってきたじゃないか」

 

十一番隊第五席

綾瀬川(あやせがわ) 弓親(ゆみちか)

 

「朽木、世話かけたな。焰真のお守りは大変だったろ。それと見ねえ内に……はっ、立派になりやがって! 頼りにしてるぜ!」

 

十三番隊隊長

志波(しば) 海燕(かいえん)

 

「か、海燕殿! こんな時に頭を撫でるのはやめて下さい!」

 

十三番隊第三席

朽木(くちき) ルキア

 

 錚々たる面子。

 音頭を取るのは飄々とした口調の平子であるが、彼は集った隊長格の他に()()()()程戦線に加わった人物に、真意を推し量る鋭い視線を向けて続ける。

 

「……ほんまに俺等と一緒に戦う気なんやな?」

「あらら、信用されてへんなんて傷つくわぁ」

 

元三番隊隊長

市丸(いちまる) ギン

 

「信じろなどと綺麗事は言わん。私はただ、私の正義を貫く為に此処に立っているだけだ。だが、君達が私へ刃を向けない限り、私も君達に刃を向けんとは約束しよう。それが信義というものだ」

 

元九番隊隊長

東仙(とうせん) (かなめ)

 

 かつて刃を交えた市丸と東仙。

 予想外の救援を遂げた仇敵には、他の隊長格も懐疑の視線を向けていた。

 

「安心してください。こいつは私が見張っておきますから」

「東仙についても心配は無用だ、平子隊長。仮にも瀞霊廷へ刃を向けた時は、儂が責任をとって東仙とこの命を斬り捨てる所存……!」

「いや、あんたに死なれて困んのは俺らやねんけど……まあ、そこまで言われたらいつまでもブツクサ文句言うんも無粋やな。こんな状況じゃあしゃあないわ」

 

 しかし、共に乱菊と狛村が二人の存在を擁護する。

 未だ懐疑の眼は晴れないが、瀞霊廷を裏切ってまで滅却師に与する理由もないと断じた面々は、不承不承といった雰囲気で彼らを容認する。

 

 こうして新たに二名、隊長格に匹敵する強大な戦力が護廷十三隊に加わった。

 

「さぁーて、滅却師さん。こない頭数前にしてもまだ一人でやるつもりか?」

「おい、邪魔すんじゃねえ! 失せろ!」

「更木は黙っとれ! オマエに任せとったらあっちゅー間に瀞霊廷が火ン海や! それに俺らも滅却師ン城に用あって来とんねん!」

 

 飛び交う怒号。

 確かに平子の意見も尤もだ。剣八に回りへ配慮した戦い方を求める等、不可能に等しいだろう。

 護廷の名に懸けて、一発一発が瀞霊廷を滅ぼしかねない力を孕む滅却師に対して剣八一人に任せるのではなく、早急に隊長格全員でかかって討伐するべきだ───それが大多数の意見。

 

「そういう訳や、滅却師さん。アンタにゃスマンが、袋叩きにさせてもらうで」

 

 剣八を除き、全会一致でグレミィへ斬魄刀を掲げる護廷十三隊。

 

「うーん、弱ったなあ」

「なんや、あない力見せといて怖気づいたんか?」

「いや……一人に一人は十分過ぎるかもって思ってね。でも、いっか」

「なんやと? ───ンなっ!?」

 

 平子が瞬きする間に、グレミィの姿が増殖した。

 終結した護廷十三隊に匹敵する頭数を瞬時に揃えたグレミィは、困惑と驚愕に包まれる死神を見下ろしながら、人差し指を突き立てる。

 すれば、どこからともなく五芒星が描かれた金属板が現れた。

 人によれば忌々しい記憶を呼び起こす物体を出現させたグレミィは、淡々と言葉を紡いでいく

 

「ぼくらが持ってるこれ……メダリオンって言ってさ、死神の卍解を奪えるってのは知ってるよね。でも、ぼくは持ってないんだ。なんでか分かる?」

 

 その問いに誰もが思考を巡らせる。

 だが、グレミィの能力の仔細を知らぬ者からすれば難問に他ならない。

 一方で、実際に相対していた焰真が、即座に導き出した(こたえ)に目を見開いて声を上げる。

 

「まさかお前!?」

「そうだよ、ぼくにはメダリオンなんかなくったって───卍解くらい“想像”できる」

『!!?』

 

 空に隊列を為すグレミィ達が、それぞれが瞬時に卍解を顕現させる。

 

───残火(ざんか)太刀(たち)───

 

 

───黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)───

 

 

───雀蜂雷公鞭(じゃくほうらいこうべん)───

 

 

───金沙羅舞踏団(きんしゃらぶとうだん)───

 

 

───千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)───

 

 

───双王蛇尾丸(そうおうざびまる)───

 

 

───黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)───

 

 

───鐵拳断風(てっけんたちかぜ)───

 

 

───清虫終式(すずむしついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)───

 

 

───大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)───

 

 

───龍紋鬼灯丸(りゅうもんほおずきまる)───

 

 

───金剛捩花(こんごうねじばな)───

 

 

───白霞罸(はっかのとがめ)───

 

 

 

 死神の斬魄刀戦術の極致を、いとも容易く生み出してみせたグレミィの姿に戦慄と衝撃が波及する。

 知っている限りの卍解、そうでない者は始解を再現するグレミィは、表情を強張らせる護廷十三隊に嗜虐心を満たされたかのような笑みを湛えた。

 

「判った? 今のぼくには例え隊長さんだって相手じゃないんだ」

「舐め腐った真似しおって……!」

「ぼくを殺したいなら、相応の強者を連れてきてほしいな。ぼくは星十字騎士団最強の───」

 

「おい」

 

 不意に響くドスの利いた声に、グレミィは顔を向けざるを得なかった。

 そこに佇むは───それはそれは嬉しそうな喜悦に顔を歪ませた剣八の姿。子供のように爛々と輝いた瞳を浮かべ、卍解の葬列を見上げていた。

 

「てめえ……随分と面白ぇ真似するじゃねえか……!!」

 

 剣鬼が握る刀もまた悦びに打ち震える。

 

「隊長共の卍解だと……? そりゃあいい、言われてみりゃあ俺も斬りたくて仕方なかったんだぜ!!」

「それは……───きみの夢を叶えられそうで良かったよ」

「ああ、問題は本当に本物ぐれぇの強さがあるかどうかだが……そいつぁ斬ってみなくちゃわからねえしな」

 

 狂ったような笑みを湛える神と鬼が睨み合う。

 

「さあ、来いよ。全部まとめて相手してやらぁ」

「いいの? ぼくが言うのもなんだけど、跡形も消えてなくなるんじゃない?」

「何言ってやがる、馬鹿野郎が。俺とてめえは敵同士。それ以上に本気で斬り合う理由が要るか?」

「……ふふっ、そうだね」

「だったら、全力で俺を殺しにきやがれ。なんだって斬ってやるよ。炎だろうが雷だろうが氷だろうが水だろうが得体の知れねえ力だろうが───俺に斬れねえものはねえ」

 

 断言する。何故ならば、

 

「俺が『剣八』だからだ」

 

 それこそが初代剣八、卯ノ花(うのはな)八千流(やちる)を斬り殺し受け継いだ名。

 

「仮にも最強名乗んなら、剣八(おれ)を殺してみせやがれ!!!」

「───乗った」

 

 卍解の矛先が剣八一人に狙いを澄ませる。

 例え一つでも万死を齎す超絶たる力を孕む刃が牙を剥く。

 ただ一人の男を殺す為だけに。

 

「きみの蛮勇に敬意を表し……ぼくの想像力の全てをきみに注ぎ込んであげるよ!!!」

 

 卍解の一斉攻撃の予感。

 それを裏付けように膨れ上がる霊圧に、当事者以外の誰もが瞠目すしては身構える。

 幾ら出鱈目な戦闘力を誇る更木剣八とて、卍解を一斉に喰らおうものならば塵も残らない。それが大半の人間の予想であり、ほぼ確定的な未来とも呼べる結末だと信じて疑っていなかった。

 

「ねえねえねえねえちょっと! あれはまずいんじゃない!?」

「いや……」

 

 それは虚白も同じ。

 だが、焰真だけは静謐を湛えた眼差しを剣八へと送り、慌てふためく彼女を制する。

 

「更木隊長を信じよう」

 

 揺らぎない瞳は───最強を見つめていた。

 傷を負い骨肉が欠けても倒れぬ様は、決して折れぬ剣を思わせた。

 

 刹那。

 

 森羅万象を焼き尽くす焱を。

 万雷の鼓音(こおん)()(いか)()を。

 一帯を殲滅する蜂牙の(いかづち)を。

 まやかしを表現する旋律を。

 億万に桜吹雪(さくらふぶ)く花弁の刃を。

 大蛇と狒々の王たる双牙を。

 山の巨体を揺らす鎧武者を。

 一切の光無き無明の地獄を。

 怒涛の炸裂を見舞う鉄拳を。

 天地の水を統べる氷の竜を。

 時の完熟にて昇る紅き龍を。

 轟々と逆巻く紺碧の大海を。

 世界を白銀に染める凍気を。

 

「嬉しいなぁ……おい、()()()もそう思うだろう?」

 

 剣を握る鬼は語り掛ける。

 とある日の出会いを思い出しながら。

 

 

 

───どっから来た、ガキ───

 

 

 

───刀だぞ。怖くねえのか───

 

 

 

───ガキ。名は?───

 

 

 

───無えのか───

 

 

 

───俺もだ───

 

 

「吞め」

 

 

 

 愉悦をお前にも味わわせてやるぞ、と。

 

 

 

 鬼は、童子に嗤った。

 

 

 

 

 

野晒(のざらし)

 

 

 

 

 

(ザンッ)!!!!!

 

 

 

 

 

 一閃。

 そう形容する他ない光景だった。

 一人の男へ殺到した暴力が、敢え無く振るわれた刃に食い千切られる。

 時を同じくし、並み居る隊長格が直立できぬ衝撃波の嵐が周囲に吹き荒れる。爆炎、電光、轟音、散華、骨片、破片、刃、飛沫、氷霧───一刀の下に斬り伏せられた卍解の残骸は、共に喰らわれたグレミィの体と共に消えてなくなった。

 

「何だ……一体何が……ッ!?」

 

 唯一生き残った本体のグレミィが、震えた声で爆炎の中に佇む剣鬼を見下ろす。

 掲げるは無骨な長刀。身の丈ほどもある刀を悠々と肩に担ぐ剣八は、手に残る斬撃の余韻に浸る間もなく、今尚爆炎と黒煙に覆われる空を仰いだ。

 

「悪かねえ気分だ」

「!」

「試し斬りにゃあ、ちょうどよかったぜ」

 

 業火の中で嗤う姿は、まさしく“鬼”。

 否、戦いを求め続ける彼を言い表すのであれば“修羅”の方が正しいか。

 

「……あはっ」

 

 しかし、修羅はもう一人。

 

「あは、ははっ、ははは……ははは、あはははははははは!!!」

「なんだ、急にうるせえ奴だ」

「はははッ、いや、ごめんよ。だって嬉しくて」

「ああ?」

「血沸き肉躍るっていうのはこういう感覚を言うんだね。きみも好きでしょ? 自分が全力を出して戦える相手との限限(ぎりぎり)の殺し合い。ぼくもついさっき好きになったばかりなんだ」

「……ハッ! そりゃあいい趣味してやがるな」

「お互い様だろう? だからこんなにもワクワクしてる」

 

 違えねぇ、と零す剣八の口角は堪え切れないと言わんばかりに吊り上がる。

 

「俺達気が合いそうだなァ!!!」

 

 そう叫ぶ剣八は斬魄刀───野晒を担いでグレミィへ飛翔した。

 振るわれる長刀は、グレミィが顕現させる光剣と切り結び、幾度となく大気に悲鳴を上げさせる。

 

「更木が始解だと……!?」

「……ちゅうことは、やったんやな。烈さんを」

 

 驚愕に染まる表情の砕蜂に、平子が胸中で綯い交ぜとなった感情に自分なりの折り合いをつけていた。

 瀞霊廷を護る為に必要だった犠牲、と割り切られればどれだけ気楽だっただろうか。

 しかし、彼女に犠牲を強いなければいけなかった世界も、眼前の光景を目にすれば幾分か救われた気持ちとなる。

 

(卯ノ花隊長……)

 

 仔細を知らぬ焰真も、自身の許に導かれた魂の切片に彼女の面影を垣間見、人知れず涙を流す。

 優しき微笑みの中に修羅を飼っていた彼女は、既にこの世には居ない。

 軌跡を描く間も無く風に攫われていった雫は、そのまま瀞霊廷の空に瞬いて消えた。

 

「……征くぞ、ユーハバッハの許に!」

 

───最強(グレミィ)最強(けんぱち)に任せる。

 

 楽観ではなく、確かに魂が覚えた確信のままに焰真は再度銀架城突入を目論む。

 一直線に降下する彼の傍らには、すぐさま虚白も並ぶ。

 

「オトモするよ!」

「ありがとな! 皆も城の中へ!」

 

「馬鹿を言え! あれを放っておけるか!」

 

 先導する焰真に対し、真っ先に反論したのは砕蜂だった。

 

「あの滅却師を初めに仕留めなければ被害が広がる! ユーハバッハを倒す前に瀞霊廷が廃墟になるぞ!?」

「あー、もう……それじゃあこうしよう。種明かしだ」

『!!?』

 

 不意に指を鳴らすグレミィ。

 すると次の瞬間、威風堂々と門を構えていた銀架城は見る影もなくバラバラに崩壊し、ただの瓦礫の山と化した。

 驚愕の色に染まるのは護廷十三隊だけではない。グレミィの戦いに巻き込まれぬよう遠巻きに眺めていた星十字騎士団もだ。

 

「これは……!?」

「───贋物(フェイク)さ。本物の銀架城はあっち」

「なん……だと……!?」

「ぼくが陛下に下された命令は二つ。一つは贋物の銀架城を造って死神をおびき寄せること。もう一つはおびき出した死神を全員殺すことさ」

 

 明かされる真実に誰もがしてやられたと歯噛みする。

 

「グレミィ!!!」

 

 空を衝く怒号が上がる。

 

「てめえ……そのことを知ってやがったのかァ!!?」

 

 怒髪衝天を体現するバズビーは、あるいは明確な欺瞞とも取れる命令に声を震わせていた。

 もし仮に下された命令が本物であるのならば、自身もまた贋物の銀架城に誘き寄せられた訳だ。

 

 目的は───“餌”。

 

「うん」

「ッ……!!!」

「これは陛下の優しささ。弱いきみらを犬死させないようにっていうね」

「グレミィイーッ!!!」

「ぼくに怒るのは筋違いだよ。それに……ぼくはもう、そんな命令なんて聞くつもりはない。

今は他に気を向けている余力すら惜しい!!!」

 

 ギラギラと輝く眼光は剣八を向いたまま。

 

「きみらも納得が欲しいんなら、命令なんかより自分の心に従えばいいんだ!!! そっちの方が気分もいい!!! 生きていることを実感できる!!!」

「余所見たぁ随分余裕じゃあねえか!!!」

「余裕なんかないよ!!! だから目障りなものを排除したい!!! 邪魔なもの全部をぼくの中からこそぎ落としたい!!! ただ純然に!!! 殺し合いを楽しむ為に!!!」

 

 迸る情動のままに刃を振るう死神と滅却師の闘争。迂闊に割って入れば死に至る熾烈な様相を呈す死闘は、今も尚力がぶつかり合う爆音を轟かせている。

 

「ぼくの邪魔をするつもりなら相応に覚悟してほしいな!!! それこそ……殺してでも殺し続けたいからね!!!」

 

 その時、瀞霊廷に影が掛かった。

 暗雲などという段階ではない。

 瀞霊廷の上空───それこそ広大な廷内の面積に等しい物体が、遥か頭上に想像されたからだ。

 

 空を紅く破っては、敷き詰められた雲を払って堕ちてくる一つの星。

 

 

 

「隕石……だと!!?」

 

 

 

 瀞霊廷───否、剣八へと向かって堕ちる隕石を目の当たりにし、ルキアは絶句した。

 規格外な能力は持っていると理解していたが、能力を理解している事と起こった現実を呑み込めるかは別の話だ。

 

「これで殺せるなんて毛頭思ってないよ。けど、きみを殺す為ならなんだって想像してみせるさ」

 

 墜落すれば瀞霊廷が丸々クレーターになりかねない巨大な落下物を生み出しながら、グレミィは狂気的な笑みを浮かべていた。

 無我夢中。己が喜悦に酔い痴れる彼に、最早他人の命など眼中にない。

 

「力比べと行こうか。ぼくときみ……どっちの力が上か───ッ!!?」

 

 その時だった。

 

 

 

 星の上で、月が瞬いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「んだ、ありゃあ……!?」

 

 霊王宮から下りる途中、信じられぬものを目にした。

 直接見た経験がある訳ではないが、紛れもなく隕石と称していい重力に引かれる巨岩が、真っすぐ自分の目的地───瀞霊廷へと落ちているではないか。

 

「このままじゃ俺も下りらんねえ……仕方ねえか!」

 

 期せずして行く手を阻まれた。

 ならば、切り拓けばいいと背負っていた二振りの黒刀を手に取る。

 握って数日にも拘わらず、不思議な程に手に馴染む感覚は、やはり彼らが自分の斬魄刀だからだろうかと笑みが零れてしまう。

 

「そんじゃあ、いっちょいくぜ!! 『斬月』!!」

 

 生まれ変わった斬月()と手を取った一護は、眼前に迫る隕石に刃を向けた。

 漲る霊力。それを貪る刀は、刻一刻と黒に爆ぜんとする牙を研ぎ澄ませていく。

 

 極限まで高まった霊圧が弾けようとした寸前、一護は漆黒を重ね合わせる。

 

 

 

 刻む十字は夜よりも昏く、されど月よりも明るく天を照らす。

 

 

 

月牙十字衝(げつがじゅうじしょう)!!!」

 

 

 

 解き放たれた月の牙は、迷いなく隕石へと喰らい付き───星を噛み砕いてみせた。

 

 

 

「───よう、みんな」

 

 

 

 降り注ぐ星に紛れ舞い降りた死神が云う。

 

 

 

「待たせちまったな」

 

 

 

 黒崎一護───彗参(すいさん)

 




✳︎設定紹介✳︎
・神の創造(レミウルゴス)…グレミィの完聖体。元ネタは、『ティマイオス』に登場する世界の創造者『デミウルゴス』。
 『デミウルゴス』+『グレミィ』=『レミウルゴス』。
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