BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*90 ルシファー・ダンス

 砕かれた流星と共に三日月は現れる。

 

 精悍な顔はどこか晴れ晴れと。

 曇りなき瞳は燦然たる希望を覗かせる。

 

「一護……!」

「はッ! 遅ぇぞ、この野郎」

 

 歓喜を滲ませるのはルキアと恋次だけではない。

 三者三様の喜びや期待を宿した瞳を、現れた死神代行へと一心に注いでいた。

 

「───特記戦力、黒崎一護」

 

 試金石として投じる筈だった隕石を砕かれたグレミィは、無垢な瞳に抑えきれぬ興奮を浮かばせる。

 

「まさかこんな場所に特記戦力が三人も来てくれるなんて……!」

 

───なんて幸せ者なんだ。

 

 喜悦を露わにする。

 しかし、相まみえている剣八との殺し合いをふいにする事は許せない。だからといって、折角集った特記戦力の一人だけと戦うのも勿体無い話だ。

 

 全員と戦いたい。

 全員を打ち負かし、自分の最強を証明したい。

 我儘に、身勝手に。

 天上天下唯我独尊の極みに立ったグレミィは、贅沢な想像を頭に巡らせる。

 

「それじゃあ頼んだよ、()()()()

「任せなよ」

「きみの分まで楽しんできてあげる」

 

『!!』

 

 突如として完聖体のグレミィ二人が、焰真と一護の前へと現れた。

 対して、元々剣八と切り結んでいた一人は後方に空間の裂け目を生み出したではないか。一度入った経験がある者ならば直覚する不気味な乱気流が吹き荒ぶ。

 黒腔。三界の周りを満たす永劫の暗黒。

 

「じゃあぼくらは場所を移そっか、更木剣八」

「ああ? 俺ァどこだって構やしねえよ」

「きみが良くても周りがうるさいんだ。こっちなら誰の横槍も入らない。きみもきみで周りを気にする必要もなくなるし……満足できるんじゃないかな? 気兼ねのない全力の殺し合い。大好きでしょ?」

「……ハッ! いいぜ、のったァ!!」

 

 仮にも護廷十三隊の一人。

 戦いの最中はさておき、全く周囲の被害を考えていない訳でもない剣八からすれば相手からの提案は渡りに船だった。

 黒腔での死闘の経験がある以上、あの場所程周りを気にする必要もない場所もないと知っている。

 

 迷わずグレミィと共に黒腔へ飛び込む剣八は、そのまま姿を消す。

 

「更木!! あの莫迦者め……!!」

「まあ、こんな状況ンなったらそっちの方がええかもな」

「だからといってまんまと戦力を分断されたぞ。どうしてくれる!?」

「俺に言うなや、砕蜂」

 

 剣八の身勝手に怒り心頭な砕蜂が怒鳴り散らすが、その矛先は関係ない平子へと向いている。

 本人としては『なんで俺やねん』とため息を禁じ得ないが、気を取り直して一護を見遣る。

 

「っちゅー訳や、一護。お前、ヤバイ奴に目ェつけられとるでェ!」

「……みたいだな」

 

 双刀と成った斬月を構えた一護は、新たに光臨した天使を睨み上げる。

 風格からして、虚圏で戦ったキルゲと同じ星十字騎士団だろう。

 しかしながら、そのただならぬ威圧感は対峙したどの滅却師よりも不可測で得体が知れない。

 

「やあ、初めまして黒崎一護。会えて光栄だよ」

「……見たことねえ顔だな」

「だから初めましてって言ったんだよ。星十字騎士団“V”、“夢想家”のグレミィ・トゥミューさ」

「おんなじ顔が二人居やがるな。一体どういう理屈だ?」

 

 既に規格外な能力の片鱗をまざまざと見せつけられ警戒する一護だったが、空から声が響き渡る。

 

「一護! そいつは自分の想像を現実にできるなんでもありな野郎だ!」

「焰真! 想像を現実に……だと?」

「様子見なんてするな! 最初から全力でやれ!」

 

 実際に相まみえたからこその助言を伝える焰真。

 彼が卍解し、完現術を解放しても尚倒し切れない相手となると───一護も眉間に深い皺を刻まざるを得ない。

 

「成程な……サンキューな、焰真」

「懸命なアドバイスだね。ぼくもその方が助かるよ。様子見でうっかり死なれたら興ざめもいいところだからね」

 

 不遜な物言いのグレミィらは、共に各々が相手する特記戦力の前に立ち塞がる。

 

「さて」

「始めよっか」

「最高の……」

「殺し合いって奴をね!」

 

 瞬間、極限に達する緊張。

 これより繰り広げられるであろう熾烈で苛烈な死闘を想像する死神達は、決死の覚悟を胸に抱き、刃を手に取った。

 

 

 

 その時、光芒が天を貫く。

 

 

 

「!!?」

『───黒崎一護、私の声が届いているだろう』

 

 突如、頭の中に響く声に一護が振り返る。

 見据える先は無論、謎の光の柱の方だ。

 

「ユーハバッハ……?」

『黒崎一護、我等を光の下に導き者よ。感謝しよう』

「……どういう意味だ」

『お前のお陰で、私は霊王宮へ攻め入る事ができる』

「!?」

 

 瞠目する一護の様子に、周りに居た護廷隊の面々も虫の報せを感じ取る。

 

 その間も、ユーハバッハの勝ち誇った声音は続いていた。

 曰く、一護が纏う衣の名は『王鍵』。彼の藍染惣右介が重霊地と十万の魂魄を犠牲に生み出そうと目論んだ霊王宮への鍵だが、その正体は霊王の力で変質した零番隊の骨や髪である。

 それらを用いて編まれた衣は、死神が手にできるものの中で最上位とも言える代物だ。

 霊王宮と瀞霊廷との間に存在する障壁の強制突破を成し得たのも、王鍵の衣があってこそ。

 

『だが、その絶大な防御力ゆえお前の突破した七十二層の障壁は、その後6000秒の間閉ざす事ができぬ!』

 

 光の柱は昇る。

 

 目指すは三界を統べる霊王が坐す霊王宮。

 其処が滅却師の───ユーハバッハの手に堕ちれば、三界に未来はない。

 

 理解した。

 だからこそ、一護は一目散に駆け出した。

 

「行かせるかよ」

 

 しかし、行く手を阻む無数の弾雨。

 

「てめえを狙ってるのがグレミィだけだと思ったか」

「甘い考えですぅ~><」

「そうだにゃ~ん」

「まんまと銀架城に行かせると思ったかァ!!」

 

 いの一番に立ち塞がるバンビーズ。

 続けて舞い降りる星十字騎士団は、誰もが飢えた瞳を覗かせて一護へと牙を剥く。

 

「黒崎ィ……一護オオォーッ!!」

「てめえだけでも殺してスコアを稼がなきゃなあ」

『どんな命令であろうと、我々は陛下への忠誠を尽くすだけだ』

 

 バズビー、ナジャークープ、BG9と全員が滅却師完聖体を顕現させている。

 この包囲網を突破するのは並々ならぬ労力を要するだろう。

 

───たった一人であればの話だが。

 

 立ち止まろうとした一護の目の前を、突如として桜吹雪が埋め尽くす。

 神聖滅矢でも撃ち抜けぬ防壁を為す花びらを見て悟れば、自然と視線は感じた霊圧を追う。

 吹き抜ける風は凛然と、戦場に立つ者の頬を撫でていく。

 すれば、どこからともなく死神が舞い降りた。花弁の翼を散らし、純白を揺らす男は巻き起こした斬撃の嵐で星十字騎士団を吹き飛ばす。

 

「白哉!!」

「征け、黒崎一護」

「ッ!」

「兄の行く手を阻む者は……我等が露も残さぬ」

 

 背中を押す白哉に続くように、紺碧の浄火が一護と星十字騎士団を阻む防壁を為す。

 苛烈に燃え盛る炎。にも拘わらず、不思議と熱さは感じない。寧ろ母の腕に抱かれているような温もりさえ覚える一護に、焰真は告げる。

 

「一護!! 俺達がお前の背中を護ってやる!!」

「焰真……みんな……!!」

「お前はお前の心に───魂に従え!!」

「ッ……ああ!!」

 

 星を掻き分け、月が進む。

 

「逃がさないよ」

「疾ッ!!」

「ッ……っと」

 

 すかさずグレミィらが動いたが、焰真と虚白が刃を振るい、邪魔立てを目論む思考を断つ。

 

「お前の相手は」

「ボク達でしょ?」

「……」

 

 浮かぶ微笑は、はたまた苦笑か。

 目の周りに影を落とすグレミィは、ふぅ、と一息吐いてから口を開いた。

 

「まあ、思い通りにいかないのも一興ってことにしておこう。その代わり……手加減は期待しないでよ?」

「その台詞、そっくりそのまま返してやるよ」

 

 焰真が中央に陣取るのは、剣呑な空気を漂わせる死神の隊列。あるいは───グレミィの葬列だ。

 

「俺達を誰だと思ってる。護廷十三隊だぞ? 人一人護れなくて……何が護廷だ!!」

 

 力を生み出すは───揺るぎない誇りだ。

 共鳴し、集う魂は更なる力を焰真へと分け与えて膨れ上がる。

 

「グレミィ、お前がどんな絶望を想像してみせたって関係ねえ!! 諦めない限り……望みを絶やさない限り俺達に絶望はねえ!!」

 

 ふと隣に目を遣れば、ニッと口角を上げる虚白の顔が窺える。

 絶望を乗り越えたからこそ今がある、と。撒いた種が芽生えた事実を噛み締めながら、焰真は言い切った。

 

「……はっ、お熱いね」

「お前の貧相な想像で倒れるほど俺達はヤワじゃねえぞ!! 護廷十三隊の底力……その頭ン中に焼き付けてやるよ!!」

「でも───案外嫌いじゃないな」

 

 熱に火照った頭と体は、より熱い戦いを求めている。

 どうしても、どうしようもなく。

 相手が限界以上を振り絞るような闘争を、自分が求めてしまっていると理解したグレミィから笑顔が絶える事はない。

 

「かかってこいよ、グレミィ!!」

「望むところさ……芥火焰真ぁ!!」

 

 ぶつかり合う矜持と矜持。

 勝るのは喜悦か誇りか。

 

 

 

 雌雄を決するは、これからだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 走る、走る、走る。

 風となって光の下を目指す一護は、今まさに霊王宮へ突入する寸前のユーハバッハへと向かっていた。

 霊王宮には零番隊が居る。本来の霊王護衛───世界を護る点に関しては、彼らに任せてもいい部分はあるだろう。

 

 だが、違うのだ。

 他人にできるから。そのような理由で止まる男ではない、黒崎一護は。

 

(もうすぐだ……ッ!!)

 

 その甲斐もあってか、一護が本物の銀架城に辿り着くまで些少の時間も掛かりはしなかった。

 けれども、霊王宮突入まで猶予がない事実に変わりはない。

 すぐさま屋上へと向かう一護。

 足元の霊圧を弾き、全速力で跳躍してみれば、屋上に描かれた五芒星の紋様に佇むユーハバッハと、

 

「石田……!?」

「……黒崎」

 

───石田雨竜の姿を目撃した。

 

「どうしてお前がそこに居んだよ……!?」

「雨竜よ」

「は」

 

 一護の問いに答える事もなく、ユーハバッハに応答する。

 すれば、不敵な眼差しと共に微笑を湛える滅却師の王が、刃向かう息子に一瞥をくれた。

 

「忠義を示せ」

「仰せのままに」

 

 滅却師十字を構える雨竜。

 一護が瞠目する間もなく霊子兵装を顕現させた雨竜は、その弓に番えた光の矢を迷わず()へと向けた。

 

「───『光の雨(リヒト・レーゲン)』」

 

 降りしきる弾雨が一護を襲う。

 明確な敵対行為。それは死神にであり、瀞霊廷であり、何よりも仲間への裏切りを示す一矢に他ならなかった。

 悲痛な衝撃を癒す時間も与えず、神聖滅矢の弾雨は一護を穿たんとする。

 

「三天結盾!!」

 

 傷つけぬ為の壁が現れた。

 

 一護と雨竜が同時に見遣った先。そこには先程剣八とグレミィが通っていった空間の裂け目が生まれていた。

 

「石田くん……」

 

 こちらもまた、悲痛な声音を紡ぐ。

 井上織姫と茶渡泰虎。しばし虚圏にて浦原と行動していた彼女達であったが、余りにも悪いタイミングで辿り着いてしまったようだ。

 

「何故だ、石田……」

「石田くん、どうして黒崎くんを傷つけようとしてるの……?!」

「答えろ、石田ァ!! 何で見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)なんかと───」

 

 

 

「判らないのか」

 

 

 

 呼び止めんとする仲間へと向けられたのは、余りにも淡々とした声音。

 

 

 

「僕が、滅却師だからだ」

 

 

 

 それが事実であり全て、そう言わんばかりに。

 

「ッ……石田あああああ!!!」

 

 ブチッ、と堪忍袋の緒が切れるままに吼える。

 斬月を握る手の力も否応なしに強まり、溢れんばかりの霊圧は一護の内に湧き上がった怒りを表さんばかりだ。

 途轍もない霊圧の波濤が周囲を覆う。

 その身に纏う霊圧だけで、凡百の攻撃など歯牙にもかけない鎧を為す一護は、遣る方ない憤怒のままにユーハバッハへと刃を振るう。

 

「月牙───天衝ォ!!!」

 

 霊圧の刃がユーハバッハらへと迫る。

 例え星十字騎士団であろうとも喰らえば一たまりもない一撃を前に、側近として傍らに佇んでいたハッシュヴァルトが一歩前に踏み出そうとした。

 

「───『神の弓引(ウリエラ)』」

 

 その寸前、眩い白光が黒い牙を受け止める。

 衝突した爆ぜる黒は間もなく形を留められずに瓦解するが、漂う残滓の間から垣間見えた変貌は、三人を絶句させるに十分だった。

 

 ユーハバッハの前に降り立つ片翼の天使。

 携える光の弓は、捥がれたもう片方の翼を思わせん形を成し、閃いては消える霊子の羽根を辺りに舞わせていた。

 

 滅却師完聖体

 

 一度解き放てば霊力を失う滅却師最終形態を昇華させた、見えざる帝国の滅却師の扱う究極体。

 現世へと雲隠れした()()()()が拒んだ研鑽の涯。

 その姿を露わにした意味に、一護の瞳は揺れ動く。

 

「石田、てめえ……その姿は……ッ!!」

「黒崎、お前に陛下を止める事はできない」

「なんだと……もういっぺん言ってみやがれ!!」

「仇為すというのなら───僕が君を討つ」

 

 光が収束───否、収斂する音が響く。

 次の瞬間、その右手に一本の矢を携えた雨竜は、流麗な動作で弓に番えては弦を引き絞る。

 

「さようなら。それ以上の言葉を言うつもりはない」

「グッ……!!」

 

 畳みかける衝撃の数々に動揺した一護は、解き放たれた一矢を交差した斬月で受け止める。

 だが、完聖体を顕現した雨竜の神聖滅矢は、かつての受け捌いた記憶から隔絶した威力だった。

 

 勢いを殺し切れずに彼方へ吹き飛ばされる一護。

 その姿に織姫は咄嗟に手を伸ばし、喉から声を迸らせる。

 

「黒崎くん!!」

「井上、危ない!」

 

 駆け出した織姫を巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンデ)を構えながら泰虎は身を挺して守る。

 直後、幾条もの閃光が盾となった泰虎へ直撃した。

 

「チャドくん!?」

「心配ない。だが、こいつらは……」

 

 織姫と泰虎を囲む集団。

 全員が滅却師の正装である白装束にこそ身を包んではいるが、顔や体のどこかしらに窺える仮面の名残が、彼らが何者であるかとありありと示していた。

 

「虚圏から連れてこられた破面か……!」

 

 歯噛みする泰虎が拳を握る。

 同様に拳を握った織姫であったが、胸に湛える想いは別物だ。キュッと唇を噛み締めた彼女は、今にもはち切れて上がりそうな胸中の悲鳴を我慢していた。

 

 だが、そんな彼女の想いも通じる筈もなく、見えざる帝国の尖兵となった破面は神聖弓を構える。

 

「陛下の邪魔立てをするというのなら、貴様らに命はない! ここで死んでもらうぞ!」

「やめて! 貴方達もたくさん仲間の人を殺されたのに……たくさん苦しい思いをしたのに……どうしてまだ戦おうとするの!」

「無駄だ、井上! こいつらは話が通じる様子じゃない!」

 

 説得を試みる織姫であったが、正気でない破面の様子に見切りをつけた泰虎が突っ込んでいく。

 心根が優しく、争い事に向いていない少女の為に拳を振るう泰虎は、次々に破面らを殴り倒して意識を奪う。

 それでも幾人かの手は泰虎の守りの手からすり抜ける。

 狙われる織姫は、みすみすやられる訳に来たのではないと必死に自身へ言い聞かせては三天結盾で自衛に徹する。

 

 しかし、盾で身を守っているというのに痛みは胸へと突き刺さるばかりだった。

 

「どうして……!」

「───全ては陛下の御為って奴さ」

「!」

 

 ふと、声が響いた。

 瞳を見開いた織姫は、そのまま視線を声の方へと向ける。

 

 宙に浮かぶは、斑模様の刺青を顔面に刻んだ男だった。

 

「永劫の和平を望む陛下の大望の……な!」

 

 

 

星十字騎士団

“V”

生存能力(ザ・バイビリティー)

Shaz Domino(シャズ・ドミノ)

 

 

 

 突如として現れた星十字騎士団の一員は、下卑た笑みを湛えながら光の矢を番える。

 標的は無論、主君に弓引く死神とそれに協力する者全て。織姫や泰虎も例外ではない。眩い光を発する神聖滅矢は、カッと瞬いた直後、破面共々二人へと攻撃を仕掛ける。

 当然、避け切れなかった破面は体を穿たれ血を流す。人によれば頭部や心臓といった生命維持に関わり部位を抉り取られ、ほぼ即死の形で地に落ちていく。

 

「なんて奴だ……味方も巻き込んで!!」

「だめェ!」

「井上!?」

 

 墜落する破面を救わんと飛び出す織姫が、三天結盾で傷ついた者を受け止め、更には双天帰盾を以て救命を試みる。

 間一髪で墜落を免れた者、絶命して間もない為に双天帰盾で即死前の状態に戻る者と、救われた者は大勢に渡った。

 

 その代償だが、救った織姫は無防備もいいところだ。

 

 彼女の背中を、シャズの投擲したダガーがつけ狙う。

 心臓一直線。決して霊力が高い訳ではなく、霊圧硬度が低い織姫が喰らえば致命傷に至るであろう一撃だ。

 割って入ろうとする泰虎だが、最早間に合う距離ではないと絶望が表情に滲む。

 一方でシャズは一人仕留めたと勝ち誇った笑みを湛え、自身と陛下の供物となる少女の最期を見届けんとしていた。

 

 

 

 

 

 そして───翡翠が閃いた。

 

 

 

 

 

「きゃあ!?」

「なっ……!!?」

 

 どこからともなく迸った翡翠色の閃光が、織姫の命を奪おうとしたダガーを滅し飛ばす。背後で吹き荒れる旋風に驚く織姫以上に、予想外の邪魔が入ったシャズは眼鏡の奥の目を白黒とさせる。

 

「銀架城の方から来やがっただと? 一体どいつが……!?」

「……この霊圧……」

 

 大穴が穿たれた銀架城へ翻るシャズよりも早く、織姫は自分を救った光芒の正体を悟った。

 

 一歩、石畳をかつかつと歩く音。

 静謐を木霊させる靴音は次第に近づき、伸ばされていた腕が光へと踏み入る。

 

 刹那、影を抜けた硝子玉の双眸と目が合った。

 

 こちらを覗き込む瞳はあの頃と変わりなく無機質。ただ目の前の現実を映し出すかのように、唖然とする自分の姿を捉えていた。

 

 忘れることはない。

 忘れられるはずもない。

 

 手を握った───心を繋いだ相手のことを。

 

 

 

「───ウルキオラ……くん?」

「……久しぶりだな、女」

 

 

 

 紡いだ声は、以前と変わりなく。

 身に纏う白装束こそ胸の孔が覗く程に襤褸切れとなっているが、病的に白い肌には大した傷も見受けらない。

 彼の凶報を耳にしていた織姫は込み上げてくる安堵に目頭が熱くなった。

 

「無事で良かったぁ……」

「……」

 

 慈母の微笑みを湛える織姫に対し、ウルキオラは目を倒れた破面へと向かう。

 少女の迅速な救命により命を拾った破面は、敵であるにも拘わらず助けられた事実に困惑している様子であった。

 

「……相も変わらず甘い女だ」

 

 呆れも蔑みもなく、現状を目の当たりにした感想を漏らす。

 すれば、さらに彼の背後から静かな足音とそれを掻き消すドシドシと騒々しい足音が反響してくる。

 

「晴れて自由に動けるようになった気分はどうだァ? ウ~ルキ~オラ~あ!」

「……ヤミー」

「……御体も大事なさそうで何よりです、ウルキオラ様」

「ロカ。面倒をかけたな」

「勿体無いお言葉です」

「オイ!! 俺にはなんの礼もねえのかよ!! 折角お前を心配してきてやったのによォ~!!」

「喚くな、騒々しい」

 

 褐色肌の巨躯を揺らす破面、ヤミー・リヤルゴ。

 髑髏の仮面を被る女破面、ロカ・パラミア。

 

 虚圏にて()()()()()()()()()()()()()()二人の破面は、各々が現虚圏の統治者を前に各々の反応を見せる。

 対してウルキオラも忠実な従者を務めるロカには淡々としながらも礼を告げ、ヤミーには憮然とした態度を取る。

 

「ちぃ!! 破面が裏切りやがったか!?」

「俺はお前達に与したつもりはない」

「あぁ? ……よく見りゃあてめえ、陛下にやられて運ばれてきた破面じゃねえか。はっ! 無様に檻ン中にブチ込まれてたとこを手下に助けてもらったか!」

「アァ!? 誰が手下だ、ブチ殺すぞ!!」

「喧しいぞ、ヤミー」

 

 手下呼ばわりされる事が我慢ならないヤミーが怒号を上げるが、見向きもしないウルキオラが手で制す。

 すれば、制した手に刀の柄が差し出される。

 ウルキオラの斬魄刀を回収したロカが、元の持ち主の手にと綺麗な所作で捧げるように戻したのだった。

 

「始末は、俺がつける」

 

 柄を握れば、銀光が一文字を描く。

 白銀の刀身には一切の欠落もなく、僅かな光すらも反射してギラギラと輝きを放つ。

 

「てめえが俺様を? 馬鹿も休み休み言え! 陛下に手も足も出なかった雑魚がよォ!」

「───そうか」

 

 ウルキオラの視線は迫りくるシャズではなく、織姫の方へと向けられた。

 

「女」

「!」

「退いていろ」

「え……?」

 

 含む色を滲ませぬ勧告に応える間もなく、ウルキオラとシャズが衝突する。

 漆黒のダガーと白銀の刀身が切り結ぶこと数回。金属が奏でる甲高い悲鳴の直後、折れたダガーの刀身と共にシャズの右腕が飛んだ。

 

「がっ……!?」

「どうやら滅却師(おまえたち)を買い被り過ぎていたようだ。お前程度、刀を使うまでもなかったな」

「な、なんだとォ……!! そんな涼しい顔をしてられるのも今の内だ……大気の戦陣を(レンゼ・フォルメル・ヴェント・)杯に受けよ(イ・グラール)! ───『聖噬(ハイゼン)』!」

 

 滅却師の唱える呪言と共に、床に突き刺さっていたダガーの柄尻から結界の柱が突き上がる。

 それは斬魄刀を握るウルキオラの右腕を抉った。骨肉をごっそりと削られた腕には力も入らず、直後には手元から得物を零れてしまう。

 

「ウルキオラくん!」

「この程度で喚くな、女」

「ははは!! 強がるなよ、いくら刀剣解放で回復できるったって千切れた腕までは治りゃしねえだろ!!」

 

 織姫の心配を一蹴するウルキオラだったが、そんな彼をシャズは嘲る。

 

「てめえの腕は治らねえ、だが俺は違う!! 俺が陛下に与えられた聖文字は“Ϛ”!! “聖痕(スティグマ)”だ!! 不滅の体の俺をてめえは殺せねえ!!」

 

 そう豪語するシャズの右腕は瞬く間に修復されていく。

 死神の回道でも虚の超速再生でもない再生能力。それこそがシャズの───グレミィの想像の産物であった彼の力であった。

 元は想像の肉体しか持ち得ていなかった彼が、再生の度に肉体を現実の霊子に置き換える事により、グレミィの支配から脱したという経緯がある。

 

 自身もまた星十字騎士団の一人という自負を持つシャズの士気は高く、純粋な戦闘力で勝る破面を前にしても臆する様子は見られない。不滅の肉体に余程の自信があるのだろう。

 このままでは長期戦は免れない───などと冷静に思考していれば、ちょっかいをかけるような声が飛んでくる。

 

「苦戦してるみてえだな、ウルキオラァ! 俺が代わってやろうか!?」

「俺が居ない間に余程暇を持て余していたようだな。哀れにすら思えてくる」

「あぁ、なんだとォ!?」

「黙って見ていろ」

 

 千切れた腕から斬魄刀を拾い上げるウルキオラもまた唱える。

 

「俺も鈍った勘を取り戻したい」

 

 真価の鍵───解号を。

 

 

 

「鎖せ……『黒翼大魔(ムルシエラゴ)』」

 

 

 

 白い躰より溢れ出る黒い霊圧。

 虚特有の禍々しいオーラを帯びるウルキオラは、やがて殻が弾けると共に降り始めた黒雨を翼で振り払う。

 

 舞い降りるは、紛れもなく悪魔だった。

 

「───刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)

 

 より昏く。

 より黒く。

 闇が生まれ落ちたと錯覚するような漆黒を帯びた悪魔は、ゆっくりと腕を掲げた。

 

 その鋭い爪先は、茫然と立ち尽くすシャズへと向けられ、

 

黒虚閃(セロ・オスキュラス)

「なッ!!?」

 

 怒涛の黒い波濤を解き放った。

 

「がっ、ぎゅが、ごああああッ!!?」

 

 咄嗟に静血装で防御するシャズだが、全身を呑み込み、端から体を削っては塵に還す閃光を前に身動きを取れずに居た。

 

(なんだ、こいつ!!? 話と違ェじゃねえか!!! 他の奴らの話じゃあ陛下に手も足も出なかったって……!!!)

 

 全身を蝕む激痛と衝撃に呻きながら、シャズは思い返す。

 同僚と呼ぶ事さえ憚られる騎士団内で噂される話から、破面の統治者はユーハバッハに一方的に倒される程度の実力だった筈だ。

 後にキルゲが狩猟部隊を率い、烏合の衆となった破面から使えそうな個体だけを選抜していたが、どれも星十字騎士団の足元にも及ばぬ雑魚ばかり。

 雑魚の頭は所詮雑魚。そう思わざるを得ない醜態を破面は晒していた。

 

───だが、シャズはここで致命的な勘違いを犯していた。

 

 ユーハバッハがウルキオラの相手を担った理由は、単に見えざる帝国の力を示す為ではない。

 

 ユーハバッハ以外では()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 確かに星十字騎士団内でも彼に勝てる人材は数える程度には居る。それでも星十字騎士団と比較しても騎士団上位に並ぶ実力、加えて滅却師の毒たる虚の霊圧を持っている以上、間違っても並みの騎士団員では無傷とはいかない。最悪、尸魂界侵攻前に貴重な戦力を失う羽目となるだろう。

 

 その一端を担う力こそ、破面の中で唯一ウルキオラだけが使える二段階目の解放───刀剣解放第二階層。

 一年と数か月の時を経て、その間グリムジョーやヤミーに喧嘩を売られては返り討ちにしたりや相打ちとなってはロカに治療される生活を続けた結果、彼の力はより洗練されるに至っていた。

 

「ぐ、ぉぉぉおおお……!!?」

 

 四肢が消し炭になる程の暴力の嵐。

 それを経て漸く解放されたシャズは、まさしく満身創痍であった。

 

「クソがァ……だが、言っただろ……俺は不滅……この程度の傷なんざ!!!」

「───そう言えば、訊いていなかったな」

「……あ?」

「不滅とは言ったが、塵も残らず滅し飛んだらどうなる?」

 

 たった一瞬で再生された掌に、一本の霊圧の槍が握られる。

 余りにも容易く生成されたが侮る事勿れ。内包する力は絶大であり、誤って放てば守るべき虚夜宮すらも消滅しかねない威力である事実は知る人ぞ知る。

 

「一度、試してやるか」

「ク……ッ!!!」

 

 四肢が消滅したシャズに、現在取れる手段はない。

 防御も回避も、ましてや攻撃も。

 ただただ迫りくる運命を受け入れるしか、シャズに道は残されていなかった。

 

「クソがああああああああ!!!」

「───“雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)”」

 

 刹那、一条の稲妻が曇天に閃いた。

 続けて巻き起こる爆風の余波は凄まじく、ただでさえ戦禍の痕が痛々しい瀞霊廷にさらなる傷を刻んでいく。

 幸いなのは街並みが滅却師のものであった事と、爆裂した場所が黒虚閃によって押し上げられ空高くを舞っていたシャズと同じ高さであった事か。

 

「きゃあああう!?」

「井上! な、なんていう威力だ……前に一護はこんな奴と戦って……!?」

「うぅ……さ、流石ウルキオラくん……凄いや」

「ム……感心するところか?」

 

 爆風に煽られて吹き飛ばされそうになった織姫を泰虎が受け止める。

 だが、彼の巨体を以てしても油断すれば体が浮きそうになってしまう。戦慄こそすれど、織姫のように感心しようにもし切れない自分が居ると自覚する泰虎は冷や汗を流す。

 

 一方、ウルキオラの強さを知る破面は至って落ち着いた様子であった。

 

「あーあー。折角俺がブチ殺そうと思ったのによー」

「お前じゃあ殺し切るまでに時間がかかる。そうなった場合、今度はお前が死神に狙われるぞ」

「ああ? なんでだよ」

「……馬鹿が」

「おい、今馬鹿っつったか!? 別に理由訊いただけだろうが!!」

「その理由が分からない時点でお前は馬鹿なんだ。ロカの案内がある内に虚夜宮に帰れ。もしくはクッカプーロでも呼んだらどうだ? 道に迷わずに済むぞ」

「ブッ殺すぞ、ウルキオラぁ!!」

 

 相も変わらないポーカーフェイスだが、ヤミーと気安いやり取りをする光景は、織姫にとって新鮮なものであった。

 

(ウルキオラくん……あんなに仲良さそうな人が居るんだ。なんだか安心したなぁ)

 

 どこか胸の奥が温まる感覚を覚える。

 

 しかし、それも束の間の出来事。

 

 

 

 ***

 

 

 

「石田ァ!!!」

 

 戻ってきた一護と雨竜の衝突は終わっていなかった。

 完聖体の雨竜を相手に、味方に本気で刃を振るえない一護は劣勢を強いられている。頭では分かっていたつもりだ。雨竜を倒してでもユーハバッハを止めねば、取返しのつかない事態に陥るかもしれないと。

 それでも鋒を向ける度に止まるのだ。振るう手が、脈打つ心臓が、巡る思考が───魂の芯が。

 

「知ってんだぞ!! お前……母親を殺されたんだろ!! ユーハバッハに!!」

 

 一瞬、雨竜の瞳が揺れ動いた。

 

「なんでそのお前がユーハバッハの隣に居んだ!? 自分(てめえ)の母親を殺されて、お前は何とも思わないのかよ!!」

 

 少なくとも、己が知っている石田雨竜という人間は違うと。

 慟哭に等しい叫びを上げる一護であったが、極僅かな間を置いた滅却師は冷ややかな声音を発した。

 

「僕の親は───陛下だ」

「おま、え……ッ!?」

「陛下は全ての滅却師の父。全ての滅却師は陛下の血を引いている」

「だから……血を引いてるからって、お前の親がユーハバッハな訳ねえだろ!! 目ェ覚ませよ!!」

「誰がなんと言おうと、この事実は覆らない。僕の帰る場所は元より───陛下の許だっただけだ」

 

 踵を返す雨竜。

 刹那、天を貫く光の柱から吹き荒れる風が勢いを増す。その場に留まっていられぬ程の旋風。柱の間近に居た一護は当然正面から受け止める目に遭う。それにも拘わらず、見開いた瞳は一心に背を向けた雨竜へと向き続けていた。

 

「血が繋がってるとかどうとかじゃねえ!! お前が本当に家族だって思う人は誰だって話だ!! それ全部棄ててまで……お前は何がしてえんだ!? 答えろォ!!」

 

 呼び止める声に振り返ることもせず、光の翼は霧散する。

 

「……陛下」

「もうよいのか」

「はい」

「永劫の(わか)れになるぞ」

「承知の上です」

 

 短いやり取りを経た次の瞬間、いよいよ嵐が本格的になる。

 ユーハバッハらを包む光の柱はゆっくりと、それでいて次第に速さを増しながら滅却師を天の彼方へと導く。

 間もなく暗雲に巨大な穴が穿たれるや、途轍もない衝撃波と共に、ユーハバッハらの影は昇天していった。

 

「石田ァ!!!!」

 

 しかし、その叫びも突入の衝撃で轟く爆音に掻き消されてしまう。

 吹き荒れる爆風に立つ事もままならなくなった一護は、飛来する瓦礫を避けながら空を見上げる。

 

 やっと嵐が止んだ頃、廃墟と化した街並みの中央で立ち尽くす。

 

「……」

「一護……」

 

 傍までやって来た泰虎が、立ち止まる一護を一目見て呟いた。

 かける言葉が見当たらないとはこの事か。親友である泰虎でさえ、一護の胸中の想いを推し量るには余りある。

 

「黒崎くん……」

「……」

「あっ、ありがとう! ウルキオラくん!」

「礼を言われる筋合いはない。たまたま離れた先にお前が居ただけだ」

 

 光の柱から迸った衝撃波から逃れた破面一勢であったが、ロカを庇って離れる途中、ウルキオラは織姫も抱きかかえ、その背中より生える黒翼で瓦礫と旋風から守っていた。

 

 そのおかげか、織姫の体や看護していた破面にも傷一つついていない───たった一人を除いては。

 

「ウルキオラぁ……俺だけ仲間外れかァ、おい?」

「お前の図体なら問題ないと思ってな」

「ふざけんな!! やっぱりいっぺんぶっ飛ばしてやんぞオラァ!!」

 

 瓦礫に埋もれ、下半身だけが地面から生えたような恰好になっていたヤミーが脱出するや怒号を飛ばす。

 

「け、喧嘩はやめようよ! 折角助けに来てくれた仲なんだし……」

「御二方なりの信頼の形です」

「そ、そういうものかなぁ……?」

 

 仲裁に入ろうとするや、冷静なロカが必要ない旨を告げる。

 やや訝しげにする織姫であったが、信頼の形も人それぞれだ。それこそ、一護と雨竜のような関係もあるのだから。

 

「───あちゃー、一足遅かったみたいっスねえ」

 

 不意に響く飄々とした声。

 降り出した雨を都合よく持ち合わせていた番傘で遮る男は、小気味いい下駄の音を響かせながら現れた。

 

「浦原さん……」

「どうしましょ。霊王宮への旅行券手配しましょか? 少し時間はかかるかも知れないっスけど」

「頼む!」

 

 即答。

 迷いない瞳を湛える一護は、誰よりも早く自身の道を言葉で示して見せた。それには当然織姫と泰虎の二人も笑みを浮かべて続く。

 

「さてさて……これでウルキオラサンも救出したことですし、ロカサン達との契約は満了ってことでよろしいっスか?」

「はい。ウルキオラ様、これから如何なさいますか?」

「ロカ、虚夜宮は?」

「ルドボーン様が統率を。散り散りになった破面を集めております」

「そうか。なら問題はないな」

 

 ロカへ端的な確認をとったウルキオラは、元の姿に戻りながら一護の方を見遣る。

 続けて見据える織姫は、何かを待ち侘びるかのように自身を凝視していた。

 

 彼女の胸中を推し量る真似など、感情の機敏に疎いウルキオラにはできない。が、幽かに聞こえる珠と珠が触れ合う澄んだ幻聴を耳にし、自然と言葉が紡がれた。

 

「……借りは返す」

「と、言いますと?」

「弔い合戦だとは思うな。だが、虚夜宮の守護が俺の任務だ」

 

 変わらぬ使命を背負いながらも、その瞳に宿す光は以前とは別物だ。

 

「見えざる帝国は潰す」

「ウルキオラくん……」

「誰でもない、俺の意志で遂げる」

 

 堕ちた悪魔もまた、天を目指す道を選んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 力を、刀と例えよう。

 

 

 

 形作るものが至高の逸品だとすれば、その刀が欠けることはなく。

 鍛えたものが稀代の刀匠だとすれば、その刀が折れることはなく。

 振るうものが無双の剣豪だとすれば、その刀に斬れぬものはない。

 

 

 

 人も、同じだ。いつ如何なる状況で戦うか分からないにせよ、誰もが自身が出せる限界───あるいは限界以上の力を発揮せんとするだろう。

 しかし、意思に反して状況に左右されてこその力。

 ある時は実力以下の力しか出せぬ時もあれば、ある時は持ち得る力以上を見せつける。

 

 

 

 ならば、芥火焰真が最も力を揮う時は?

 

 

 

 哀れな虚や破面を相手にした時───否。

 心底愛する者を傷つけられた時───否。

 業腹収まらぬ怨敵と対峙した時───否。

 ましてや、他人から得た魂をその身に宿す時でもない。

 

「おおおおおっ!!!」

「ちぃ……!!」

 

 猛る炎の一閃が一人のグレミィを灼き斬った。

 苦悶の声を上げる最強の滅却師は、鬼気迫る形相でなおも迫りくる死神を前に光剣を顕現させて切り結ぶ。

 火花が消え入るよりも早く、横より割って入った白い影が光剣を両断した。

 さらに畳みかけるように花開く薔薇の花弁が、グレミィの周囲を覆い尽くしては視界と霊圧知覚を封殺する。

 

 白薔薇ノ刑(ロサ・ブランカ)

 

「アクタビエンマ!!」

「任せろッ!!」

 

 気合いの入った声を轟かせ、星煉剣の刀身から炎が噴き上がる。

 

 劫火滅却

 

 血装の体得により血を()べずとも燃え盛る炎が、白薔薇の牢獄に囚われたグレミィを火刑に処さんとする。

 しかし、寸前で薔薇を粉々に吹き飛ばしたグレミィが脱出してみせた。

 

「こいつ……」

「散れ」

「舞え」

「!!」

 

 息を吐く間もなく、刃と凍気が咲き乱れる。

 

「───『千本桜(せんぼんざくら)』」

「───『袖白雪(そでのしらゆき)』」

 

 四方八方より殺到する花吹雪。

 その隙間を縫って迸る凍気が、グレミィの動きを鈍らせる。ギギギ、と錆び付いたロボットを思わせる動きを見せたのも束の間、想像で体を覆う氷を砕いては、雪崩れ込む刃を全方位目掛けて解き放つ神聖滅矢で撃ち落とす。

 

(おかしいな)

 

 グレミィは想像ではなく思案を巡らせる。

 

「『蛇尾丸(ざびまる)』ぅ!!」

「『風死(かぜしに)』ッ!!」

 

 左右より迫る刃を弾き、グレミィは群がる死神を見下ろす。

 

「吹っ飛ばせ───『断風(たちかぜ)』」

 

 しかし、迫る一陣の剣閃が炸裂した。

 直前に体を鋼鉄化させたグレミィであるが、まんまと不意打ちを受けた事実が気に喰わなかったのか、その表情は険しいものと化す。

 

(やっぱり目を増やそうか。流石にこの数は鬱陶しい───)

 

 自身を増やそうと断じた瞬間、()()()彼が刃を奔らせる。

 

「グレミィッ!!」

「はん!」

 

 想像していた通り、焰真が星煉剣を振り下ろした。

 すぐさま顕現させた光剣で受け止めるが、余りにも絶妙なタイミングでの攻撃に、思わずグレミィも歯噛みしてしまう。

 

「そう簡単にはいかないかぁ……!」

 

 一護を取り逃がしてから始まった護廷十三隊全戦力と言っても過言ではない死神との死闘は、今現在グレミィが劣勢を強いられていた。

 多勢に無勢、などという言葉でグレミィは片づけない。

 単に有象無象が揃ったぐらいでは星十字騎士団最強を止められはできず、集った隊長格でさえグレミィが想像を巡らせれば容易く手折れる命に過ぎない───その筈だった。

 

(全部芥火焰真のせいか)

 

 ここまでグレミィが苦戦を強いられた一因は、紛れもなく特記戦力───否、芥火焰真の存在が大きかった。

 他を排除しようとすれば妨害に入り、否応なしに焰真へと意識を向けざるを得ない。

 彼以外の死神へ意識を向けている時間の全てが、焰真にとっての好機。絶妙な間隙は、グレミィに反撃という反撃を許さず、じりじりと彼の集中力を削るに至っていた。

 

(それにしても護廷十三隊の動きがいいなぁ。情報(ダーテン)を見た限りじゃあこんなに戦えるはずもないのに)

 

 霊王宮へ赴いていたルキアや恋次、白哉ならばまだ分かる。霊王宮にしかない超霊術なりを会得し、力を得て舞い戻ったと想像できるからだ。

 しかし、第一次侵攻以降も瀞霊廷に留まっていた面々までもが自身に対抗し得る働きを見せる現実には納得しかねていた。

 

「どんな絡繰りがあるのかな?」

 

 殲景・千本桜景厳の如く、焰真の全方位に光剣を出現させる。

 一瞬の内に殺到する光。

 しかし、光が弾けたかと思えば無傷の焰真が漆黒のマントを翻しながら現れ、グレミィへと再度突撃する。

 

 殺戮の天使と救世の死神の激突。

 その一方で、地上でもまた激闘は繰り広げられていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「オォラ!」

「ちぃ! こんのハゲ頭が……」

「どうしたァ!? 動きが鈍ってるぜ」

 

 一度は辛酸を舐めた相手であるナジャークープに対し、三節棍と化す鬼灯丸で猛攻撃を仕掛ける一角。

 弓親もまた群がるゾンビを一蹴しつつ、戦いを楽しむ同僚の援護に回っていた。

 

「やれやれ……そこかしこで戦ってさ。お祭り騒ぎだね!」

 

 一瞥する風景は、まさしく戦争を切り抜いた一枚絵だ。

 右を見ても左を見ても戦い。しかも、どれも瀞霊廷史上に刻まれてもおかしくないレベルのものだというのだから、戦を何よりも好む十一番隊としては血が滾って仕方がない。

 

「もうガス欠かァ? 炎のキレが悪いぜ!」

「ほざけよ、死神ィ!」

 

 衝突する波濤と猛火。

 卍解する海燕と完聖体のバズビーは、先の一戦からは考えられぬ程に拮抗していた。これにはバズビーも苦心し、鬱憤を募らせた様相で炎をまき散らす。

 だが、すぐに海燕が操る水流が暴れる炎を鎮めていく。踊るように流れる水龍は、火の粉一つの飛び火も許さない。

 

「悪ィな。うちは花火師の家系でな、火遊びにゃちぃ~~~っとばかしうるさいんだよ」

「テメェ……余程俺をキレさせたいみてェだな」

「そいつはこっちの台詞だぜ」

 

 グラグラと煮え滾るバズビーの怒り。

 しかし、業腹は海燕も同じだ。幾人もの仲間が滅却師に殺されたのだから、情に厚い彼にしてみれば人殺しに功績程度にしか思わぬ星十字騎士団には嫌悪感が留まらなかった。

 

「受け売りだがよォ、俺にとっての戦いは二種類あんだ」

「ああ?」

「一つは命を守る為の戦い……もう一つは、誇りを守る為の戦いだ。だが、どうにもいけねえな。この戦争は……その両方だァ!!!」

 

 水龍が牙を剥き、バズビーへと喰らい付く。

 直後、バーナーフィンガー4で一点突破し窮地を脱するバズビーであったが、遅れた分だけ皮膚には波濤に押し潰された裂傷が痛々しく刻まれていた。

 

「今更尻尾撒いて逃げるなんて通ると思うなよ、滅却師。俺の誇りと大事な奴等を泣かせた事、後悔させてやるよ」

「……ハッ! できるもんならやってみなァ!!!」

 

 三度、水と炎は入り混じる。

 

 またある所では、雷鳴が轟く。

 風神と雷神が宙を踊っては、その度に血飛沫が舞う。

 

()っ!」

「ぐッ!」

 

 風車を思わせる踵落としが、キャンディスの脳天に突き刺さる。

 一直線に墜落する滅却師はすぐさま瓦礫の中から脱出するが、その雷速に迫る死神が拳を振り抜いた。

 

「───遅いな」

「な、ん゛ッ!!?」

 

 ボグッ、と鈍い音と共に神速の殴打が鼻っ面へと突き刺さった。

 受け身もままならず吹き飛んだキャンディスは、そのまま後方に建物へと突っ込んだ。

 目にも止まらぬ速さの攻防。“雷霆(ザ・サンダーボルト)”の聖文字が関する通り雷の速さで動けるキャンディスであったが、風の翼───“無窮瞬閧”を纏う砕蜂を前にはいいようにあしらわれていた。

 

「ふ……ざけんなァーッ!!!」

 

 一方的にやられる屈辱。

 女として顔に傷をつけられた事実も相まって、キャンディスの怒りは怒髪冠を衝く勢いの稲妻として放出された。

 

「あたしが……このあたしが死神なんかにィ……!!」

「死神にやられる事がそんなに屈辱か? なら良かったな。これ以上の辱めを受けずに済むんだからな」

「あ゛ぁ!? 舐めた口利きやがって、許さねえ……絶対に許さねえぞ、てめー!! いい気になんのもそこまでだ!!」

 

 飛翔するキャンディスは、徐に右腕を空へと掲げた。

 すると背中より電光が爆ぜ、頭上の暗雲に緑がかった雷が幾条にも奔っては収斂を始める。

 

「てめえは顔も分からねえぐらいぐちゃぐちゃにして殺してやる!!! あたしの顔に傷つけた罪……思い知らせてやる!!!」

「顔だと? はんっ……所詮は女か」

「文句あるか、アァン!!?」

 

 カッ、と一際瞬く電光が暗雲を貫いた。

 溢れんばかりの霊圧はキャンディスの艶めかしい体をスパークとして駆け巡る。全身に力が満ち満ちた、まさしく全霊の姿。

 

 処刑執行人と化したキャンディスは、轟く雷霆を大罪人の首を刎ねるギロチンとして振り下ろす。

 

 

 

電滅刑(エレクトロキューション)!!!!」

 

 

 

 降り注ぐ極太の稲妻。

 喰らえば感光し、全身を焼き尽くされるであろう一撃を前に、砕蜂はとある人物を脳裏に浮かべた。

 

「───この身と心、全ては疾うの昔に捧げた」

 

 敬愛を越え、崇拝に達していた憧憬の御仁の姿と比べ、迫る稲妻は余りにも遅い。

 スローモーションに見える世界の中、砕蜂はゆっくりと右腕を掲げた。背中より放たれる翼の風圧が増せば、彼女は颱風を背負う形となる。

 普通ならばアンバランスな圧に前方へ押し飛ばされかねない状態だが、これからを思えば寧ろ正しい。

 

「卍解」

 

 刹那、砕蜂の右腕に現れる殺人蜂の毒牙は、

 

 

 

「───『雀蜂雷公鞭(じゃくほうらいこうべん)』」

 

 

 

 炎の尾を引いて、降り注ぐ稲妻へと激突した。

 仄暗い空を眩く照らす電光は、直後暴力的に押し広がる爆炎に掻き消される。隠密とはかけ離れた一撃必殺の爆撃。

 キャンディスが持ち得る最強の手札すらも飲み込んだ爆炎の中からは、ピクリとも動かない影がヒュルヒュルと墜ちていく。

 

「おー怖。あっちは派手にやっとんなァ……」

 

 決着をつけた砕蜂を眺める平子が気の抜けた声を漏らす。

 

「平子隊長!」

「わーっとるちゅうに。桃は働き者やなぁ」

「戦いの最中ですよ!? こっちに集中してください!」

 

 もう! とぷりぷり怒る雛森を横目に、平子は対峙する滅却師を見据える。

 すれば、剣呑な空気を纏うリルトットが舌打ちを響かせた。

 

「多勢に無勢か……どうしたもんだかな」

 

 あくまで焦燥は覗かせず、淡々と現状を自身に言い聞かせる。

 

「リルちゃ~ん、ミニ~、助けてぇ~」

「助けを呼んでも無駄だぜ。てめえからは操られた死神を元に戻す方法を訊き出さなきゃならねえからな。それまで凍り付いてろ」

「ひぃ~」

 

 情けなく助けを求めるジゼルは体の大部分を厚い氷に覆われ、身動きが取れなくなっていた。

 彼女───否、彼の聖文字は死者に自身の血を浴びせて発動する。

 滅却師ならば一度殺し、死神であれば生きていても血の一滴でも浴びれば、いずれは心臓で増殖した血液が全身に行き渡る。

 そうすることでジゼルの意中のままに操れるゾンビが出来上がる訳だが、大気中の水分を一瞬で凍結する日番谷の卍解とは相性が悪かった。

 

「おんどりゃあああ!!」

「どけどけェ!! 痛い目見たくねえならな!!」

 

 一方、操られる死神や滅却師のゾンビはと言えば、射場や大前田といった副隊長勢が喰い止める。

 彼らにとってはゾンビ化した者など格好の獲物だ。緩慢な動きで副隊長を捉える事は叶わない。

 

『馬鹿な……私の情報(ダーテン)では、奴らがこれほどの力を持っている筈がない…』

 

 戦況を一望していたBG9が口に漏らす。

 一度は砕蜂や大前田を下した彼であったが、収拾したデータ以上の戦闘力を発揮しているとしか思えぬ活躍に怪訝な声音を紡ぐ。

 この場に集う死神は、星十字騎士団との激戦で疲弊し、とてもではないが全快したとは言い難い状態の者ばかり。

 

『何故───』

「貴様の相手は、この私だ」

『ッ!!』

「この前の借り……倍にして返させてもらうぞ!!」

 

 BG9の思考を遮るは砕蜂の拳であった。

 “叡智(ザ・ノーレッジ)”によって彼女から受ける白打は、全て無力化できるよう装甲を調整していた───にも拘わらず、鋼鉄の躰を突き抜ける衝撃を殺し切れず、BG9は瓦礫の山に激突した。

 

『……もう一度、入念にデータを採集する必要がありそうだ』

「案ずるな。そのような機会、二度と貴様には与えん! 鉄屑にして涅にでも引き渡してやろう!」

『機会を与えないのは此方の台詞だ。幾ら貴様が策を弄そうとも、一つ一つ丁寧に摘んでやる』

 

 BG9が光の翼を構築する。

 機械手臂を模した形状と挙動は、千手観音を彷彿とさせる姿を砕蜂に見せつけた。

 

『───『神の経典(ノーイール)』。蓄積されたデータを下に、()()()()()()()()()()。万策尽きるまで遅々とお前の骨肉を磨り潰してやる』

「生憎と貴様の鈍い茶番に付き合っている暇はない」

『なんだと?』

「無窮瞬閧───風神戦形!!!」

 

 姿形を変える砕蜂に纏い巡る風袋。

 それは翼のように噴き出すのみならず、しなやかな腕や脚を柔らかくも激しく包み込んでいく。

 まさしく嵐の化身と化した砕蜂は、轟々と唸る脚で地面を蹴り、一瞬の内にBG9の眼前へと滑り込んだ。

 

「果てろ、滅却師」

『舐めるな、死神』

 

 命を刈り取る鎌鼬と化した蹴撃を前に、BG9も迎え撃った。

 直後、爆炎と竜巻が唸りを上げる。

 

 一見すれば味方の安否が気になる光景でしかないが、仲間の無事を信じる日番谷は問う。

 

「次は───どいつが相手だ」

 

 凛然たる冷気と闘志を漂わせる大紅蓮氷輪丸の翼が、悠然と羽搏いてみせた。

 戦場の流れは護廷十三隊へと傾いている。星十字騎士団を一人ずつ着実に仕留め、数を減らしていけば、いずれはグレミィと戦う陣営にも加勢に入れるだろう。

 護廷十三隊総力を以てすれば最強を自称する規格外な能力を持つ滅却師と言えど、勝機は十二分にある。

 

 浮足立ちそうになる心を鎮め、冷静に戦況を見極めていく日番谷。

 無難に劣勢な戦場へ加勢するか、強気に優勢な戦場へ赴き畳みかけるか。

 

 しかし、辺りに満ちる冷気が()()()事で咄嗟に振り返る。

 

「新手か?」

「ゲッ、ゲッ、ゲッ」

 

 向ける切先を辿れば、奇妙な笑い声を上げる男がぬるりと現れた。

 

「可愛そうなジジちゃん……キミの姿を見ていると、ミーのココロは今にも張り裂けそうだネッ♡」

「げっ……」

「でも安心してヨネッ♡ ミーの溢れる愛のパワーで助けてあげるから~~~!」

「ッ!!」

 

 何かをする気配を察し、その場から離れる日番谷。

 取り残されるジゼルは、これから起こる出来事を予想したのか顔を青ざめさせ、荒々しい口調で叫ぶ。

 

「バンビちゃん!! 早く僕を助けろよ!!」

「イヤよイヤよも好きのウチってネッ♡」

 

 手で形作られたハートから妖しい色を放つ光が迸る。それはジゼルと彼を庇おうとしたバンビエッタを巻き込んだ。

 しかし、これといった傷を負った訳でもなく二人は健在。

 何が起こったのかと訝しむ日番谷が目を細めたが、異変は間もなく訪れた。

 

「ペペ、さまァ……」

 

 蕩けた瞳を浮かべた二人が、浮遊する台座に浮かぶ滅却師の許を目指す。

 ジゼルは氷獄から己が身を砕き、上半身だけになっても這いずり寄り。バンビエッタもゾンビになった影響で知性が衰えても尚、発情した獣となって歩み寄っていく。

 

「ヨシヨシ♡ そんな恰好になってもミーはみんなを愛してるヨッ♡」

「ペペ、さまぁ……バンビに……ごほうび……」

「だ~め、ボクが先だもん」

「ん~? バンビちゃんもジジちゃんもごほうびが欲しいのかい? そ・れ・な・ら♡ み~んなまとめて殺っちゃってェ~~~♡」

「はぁい♡」

 

 猫撫で声を奏でる二人。

 すると、ジゼルが欠損した肉体を修復すべく、辺りに転がるゾンビから血肉をかき集める。

 

「させるか!! 大紅蓮氷輪丸!!」

 

 迸る冷気を、新たにやって来た滅却師ごとジゼルとバンビエッタ目掛けて放つ。

 しかし、

 

「がああああッ!!」

 

 バンビエッタが繰り出す霊子の弾丸を撃ち込まれ、冷気は次の瞬間に爆裂してしまう。

 遅かったか、と歯噛みする日番谷。

 

 そんな彼へ愛の伝道師が説く。

 

「ココロは1つ。カラダも1つ。ミーのヒトミにみつめられれば、キミのココロはまっ2つ。2つになったココロとカラダ、1つにまとめてボクのモノ♡」

 

 

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)

“L”

(ザ・ラブ)

PePe Waccabrada(ペペ・ワキャブラーダ)

 

 

 

「愛のロープで吊られなさいッ♡」

「ッ! 喰らうかよ!」

 

 三度迸る愛の閃光。

 ペペの虜となった二人を見るに洗脳系の能力と推察した日番谷は、一発でも喰らえば不味いと回避行動に徹する。

 物理的な攻撃力もあるのか、避けた先に転がっていた瓦礫が融ける様も目の当たりにした彼は、すぐ傍まで迫った閃光を斬撃で霧散させた。

 

「……やっぱりな。愛で人は操れても、物までは動かせねえみてえだな」

「Oh……流石は隊長さん、鋭いネッ。でもさ……」

「? ───ッ!!!」

「そこまで見抜いて、()()()()()()()()()()?」

 

 刃向かうは今まさに握る斬魄刀。

 宙を舞う血飛沫は、すぐさま大紅蓮氷輪丸の冷気に中てられて凍り付く。本来ならば傷を負った際、出血を留める為にも利用される冷気だが、今この瞬間ばかりは能力を行使しなかった───否、できなかった日番谷が卍解を解除し、斬魄刀を手放した。

 

「……ちっ、ハメられたか……」

「斬魄刀には心がある。知ってたヨッ、だからミーは前回の戦いでキミ達から卍解を頂かなかった」

 

 勝ち誇ったような声音のペペは云う。

 

「だってミーには“愛”がある。“心”ある斬魄刀なんていつでも奪えるモノだから♡」

 

 浅薄だったかと脳裏に過る後悔を振り払い、日番谷は切り替える。

 今は失ったものを取り戻す事を夢見る暇はない。楽観的思考は捨て置き、冷徹に最善手を見極めんとするが、

 

(流石に白打と鬼道だけで対処するのは厳しいか……!)

 

 不得手ではないとは言え、星十字騎士団相手に凌げるレベルかと訊かれれば否定せざるを得ないだろう。

 

「隊長!?」

「来るな、松本!」

「へっ? わぶっ!?」

 

 信頼を置く上司の危機に、対峙していたミニーニャとの戦いを放り出して駆け寄らんとする乱菊であったが、すぐに日番谷が突進し、彼女を弾き飛ばした。

 直後、今度は意表を衝かれたミニーニャが“愛”の餌食となる。

 これでまた敵が一人増えた。しかし、乱菊を戦力と呼ぶのは些か賭けが過ぎる。卍解のみならず斬魄刀そのものを奪われる以上、刀身の面積が増える灰猫は恰好の的でしかないからだ。

 

(まずい……()()()()!)

 

 僅かに優勢で保っていた均衡が音を立てて崩れ始めかける感覚。

 このままではグレミィと戦う焰真達にも影響が伝播しかねないと、日番谷の顔には苦心がありありと浮かぶ。

 

(なんとしてでもここで食い止めなきゃならねえ!)

 

「松本! なんでもいい、転がってる刀を一本寄越せ!」

「は、はい!」

「───もう、遅いヨッ♡」

 

 死体から斬魄刀を拾い上げようとした乱菊の頭部を、ハートの閃光が射貫く。

 

「松本ォ!」

「サァ♡ キミもミーの虜になっちゃいなァ♡」

 

 唄うように命令を下すペペに応じ、刀を拾った乱菊が動く。

 順手に持った斬魄刀を、そのまま日番谷の方へと大きく振りかぶる。女性とは言え、副隊長の膂力で投擲された刀の速度はかなりのものだ。

 しかも、日番谷の背後からはペペに操られるバンビーズの三人が迫ってきている。

 

 八方塞がり、まさしく絶体絶命の状態だ。

 

「くそッ……!」

 

 迫る刀を目で追った次の瞬間───()が見開かれた。

 

 

 

「……アレ?」

 

 

 

 ペペが、眼前に飛来する刃に気がつき、ヒュっと息を飲む。

 

「ぎゃあああ!!? な……ミーに一体何を……!!!」

『……』

「……へ? ちょっと、ねえ、なんでミーの方を視てるのさ。キミらの敵はあっち。ミーの言うことはちゃあんと───」

 

 自身の方に向いていたバンビーズの三人に告げるのも束の間、ミニーニャの剛腕が顔面に突き刺さった。

 

「ぼぶら、ばああああっ!!?」

「なっ……!?」

 

 吹き飛ぶペペの姿を日番谷は茫然と眺める。

 ペペにしてみれば唐突な裏切り。日番谷にしてみれば思わぬ僥倖と言って過言ではない状況だが、その理由が判らないとなると素直に喜べるものではない。

 胸に満ち満ちる不審のままに辺りを見渡す。

 

 すると、

 

「───全てのものには『支配権』があります」

 

 燦々と光り輝く後光を背負い、一人分の影が伸びてきた。

 

「部下は上官の支配下にあり、民衆は王の支配下にあり、雲は風の支配下にあり、月光は太陽の支配下にある」

「あれは……」

「私はこの力を───“(アモール)”と呼んでいます」

 

 一人の褐色肌の男───否、破面が姿を現した。

 しかし、参上した存在は彼だけではない。他にも三人、似たような霊圧の質の紳士然とした男、ゴスロリ服の女、アフロ頭の男と特徴に枚挙にいとまがない面子が次々に並び立つ。

 その中でも日番谷の目に付いたのは、最奥に佇む光───否、物理的に光り輝く服を身に纏っているマッドサイエンティストであった。

 

「やれやれ……これほど隊長格が揃っているというのに、なんとも無様な状況かネ」

「お前は……涅!?」

「これはこれは日番谷隊長。どうにも手元に斬魄刀が見当たらんが、どこかで失くしてしまったのかネ?」

「お前に言われる筋合いはねえ───って、それよりも眩しいから光を抑えろ! なんで光ってる!? ふざけてるのか!」

「フン、仕方ないネ。そこまで言うのなら私の威光を絞ってあげるヨ」

 

 キュッと摘まみを回せば、燦々と輝いていた発光体がようやく視認できるようになった。

 

 

 

十二番隊隊長

涅 マユリ

 

 

 

 煽るような物言いにピクリと青筋を立てる日番谷だが、言い返せないのもまた事実。

 グッと言葉を呑み込んで堪え、日番谷はその奇抜な服装への疑問も横に置き、早速本題に突っ込んでいく。

 

「なんだ、そいつらは?」

「破面だヨ。尤も、私が虚圏で回収した後に手塩にかけて()()()奴等だがネ」

 

 平然とした顔で言い放つマユリに、日番谷はそう言えばと空座決戦以降虚圏に入り浸るようになった彼の姿を思い出す。

 随分とご執心だとは噂で聞いていたが、その理由が破面だと知れば、呆れた溜め息しか出てこない。

 

「てめえはなんていうもんを連れてきて……」

「元破面……それも十刃クラスの不審者を通廷証もなしに連れてきた副隊長殿も居るのだから、大目に見て欲しいんだがネ」

「それとこれとはまた別の話だ」

 

 大方死体の再利用といったところだろう。

 死体や義骸に入れれば作動する義魂丸なる霊具が発明されている以上、例え死体だとしても動かす事自体はさほど難しいものではない。

 問題は本来の人格を維持したまま───究極的に言えば、蘇生させられるかともなれば、マユリのような倫理観に欠如のある天才でなければ成し得られない所業である事は確かだ。

 

 しかし、倫理観を捨て置いてまで連れてくるだけの価値はある面々ではあった。

 

 

 

「おい! 話が違うじゃないかね! ぼうや(ニーニョ)はどこかね!? 吾輩はあのオレンジ髪のぼうや(ニーニョ)が居るというから来たのだ!」

 

 

 

破面№103(アランカル・シエントトレス)

ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ

 

 

 

「あたしだって、あのメガネの滅却師に会いに来たのよ! あたしにナメた真似したことを後悔させる為にね!」

 

 

 

破面№105(アランカル・シエントシンクエンタ)

チルッチ・サンダーウィッチ

 

 

 

「茶渡泰虎も……どうやら居なさそうだな。幸運を祈った手前、無事な姿の一つぐらい拝みたかったんだが」

 

 

 

破面№107(アランカル・シエントセプティマ)

ガンテンバイン・モスケーダ

 

 

 

「浅ましい方々だ。我々破面は皆須らく藍染様の為に動くべきだというのに」

 

 

 

破面№7(アランカル・セプティマ)

ゾマリ・ルルー

 

 

 

 上は十刃、下でも“元”な破面の中でも上位実力者が涅の手によって滅却師に対抗する尖兵として直されたのだった。

 ジゼルのゾンビと違い、マユリのゾンビは明確な自我がある。

 だからこそ、そのほとんどが緩慢な動きしかできぬジゼルのゾンビよりも知性を働かせ、数的不利を覆すだけの力は発揮するだろう。

 

 しかし、懸念点も勿論ある。

 

「はあ!? 今更藍染様なんて引っ張り出しても意味ないでしょうが! ここどこだと思ってんのよ!?」

「それに生き返ったとは言え、あの狂人のことだ! いつ気が変わって我々を殺しにかかるか分からんぞ!」

「なればこそ、囚われの身である藍染様をお救いし、太陽の許に導くのが我々の使命だと言っているのです……王に導かれてこその民衆、藍染様に導かれてこその破面! 藍染様こそが我々の太陽だとなぜ分からないのです」

「おいおい、いざこざは御免だぜ。ここはお互い拳を引っ込めて───」

 

 

 

「勝手にギャアギャア喋るんじゃないヨ」

 

 

 

『ホギャアアアアア!!!!』

 

 徐に取り出したスイッチをマユリが押した瞬間、言い争っていた破面達から電撃が発せられる。

 これが反逆を阻止する担保。体には何の影響もなく、脳に直接苦痛を与えるだけの電気状刺激であった。

 

 だが、どこからどう見ても脳にだけ刺激を与えているとは思えない電気量に、日番谷は哀れなゾンビ兵を唖然としながら眺めていた。

 

「……涅、それよりも松本はどうなってる?」

「なに、こっちの破面の能力で体の支配権をこちらの手中に収めただけだヨ。ゾンビ化を解除する程面倒な手順を踏まずとも解除できるから安心してくれたまえ」

「そうか……ありがとう」

「礼を言われるまでもないヨ。それより刀を拾って敵と戦った方がいいんじゃないかネ?」

「ああ……!」

「まあ、こちらはもうその必要もなくなりそうだが……」

 

 マユリの視線の先では、凄惨で一方的な蹂躙劇が繰り広げられていた。

 

「ぶぎッ!? ぷごお!? ま、待っテ! 待て! それ以上殴られたら死んじゃウ! やめぢっ!!?」

 

 愛の奴隷と化した三人に一方的に嬲られるペペ。

 体中の穴という穴から汁を垂れ流す彼は、ミニーニャに殴られ、バンビエッタに蹴られ、ジゼルに噛み付かれていた。

 加えて、ゾマリの“愛”に支配された新たなゾンビが流れ込んでくる。

 最早地獄絵図の様相だ。幾人ものゾンビと奴隷に群がられるペペは、声にもならない悲鳴を上げるばかりだった。

 

「た……たずげで……!」

「───助けてほしいか?」

「じょ、ぞの声ば!?」

 

 見知った声が聞こえた瞬間、空より降り注ぐ光の弾雨がゾンビを一蹴する。

 

「リ、リ゛ルトットちゃん♡」

 

 平子と雛森と戦っていたリルトットが、光の翼を羽搏かせていた。表情の変化に乏しい淡白な顔のまま、彼女はペペの前へと降り立つ。

 救援に来てくれたのだと信じて疑わないペペは、『キミこそがミーの天使だよ~♡』と歓喜の声を上げる。

 

「サア♡ 一緒に戦って死神を倒そうじゃなぶーッ!!?」

 

 が、次の瞬間にはリルトットの華奢な脚がペペの脂ぎった顔面に突き刺さる。

 そのまま二転、三転と後ろへ転がるペペは、三度瓦礫の山へと突っ込んだ。

 

「え゛っほ! え゛っほ! な、何するんだいリルトットちゃん……こんな時に……!」

()()()()()? それはこっちの台詞だぜ、オレの仲間に手ェ出しやがって」

「ピェッ!?」

 

 抗議せんとしたペペであったが、ずるりと垂れ下がる頬に背筋が凍る感覚を覚えた。

 聖文字で顕現する巨顎を持ち上げるリルトットは、丸い瞳の奥に冷え切った殺意を燃え上がらせている。

 

「どうせ潰し合わせて功績を独り占めしようだなんだ考えてたんだろ」

「そ、それは誤解だヨッ!」

「ジジを操ったのは死神と……殺した滅却師も自分の奴隷にするため。違うか?」

「ち……ち、ち、違うよォ~!!? ミーはそんなことち~っとも考えてないから───」

「言い掛かり上等。だが、これ以上てめえのせいで足並み崩されんのもゴメンだ」

 

 ガパリ、と涎を滴らせる口が開かれる。

 

「いただくぜ」

「ヒッ……お助けェ~~~~~、ギッ!!?」

 

 骨と肉が噛み砕かれる鈍い音が鳴り響く。

 咀嚼し、嚥下するまでにさほど時間は掛からなかった。血で汚れた頬を手の甲で拭うリルトットは、舌に残る後味に顔を歪めながら、口直しの果実を頬張った。

 

「ふぅ……まずいな」

「そら、どっちの話や?」

 

 独り言つリルトットへと応える影。

 不敵な笑みを湛える平子に続き、雛森、そして斬魄刀を拾い上げた日番谷が彼女を取り囲む。

 

「降参するなら今ン内やで? ま、とっ捕まえた後どうなるんは保障せんけどなァ」

「だろうな。今更投降して許されるなんて虫のいい話があるかよ」

「そういうこっちゃ。せやけど、抵抗せんならできるだけ苦しまんよう介錯したるで」

「ほざけよ」

 

 刹那、開かれる大口が平子と雛森が立っていた場所に喰らい付く。

 寸前で跳躍して回避する二人も、最早お手の物といった様子だ。

 

「そいつはもう見切ったで!」

「───本当か?」

「なんやと?」

 

 巨大な顎に隠れて見えなかったリルトットの手元。

 そこには神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)───ではなく、親指と人差し指でハートのサインが作られていた。

 まずい、と平子が雛森を見遣る。

 

「避けろ! 桃ォ!」

「え?」

「遅いぜ」

 

 雛森が気づくよりも早く、ハートの弾丸が脳天を穿つ。

 幼馴染の少女が撃ち抜かれた姿を目の当たりにし、背後から斬りかかろうとしていた日番谷は瞠目の後に絶叫する。

 

「雛森!!」

「これで……二対二だな」

「なっ……?」

 

 だが、頭部を撃たれた筈の雛森には傷一つなく、何事もなかったかのように地面に足をつける。

 しかしそれも束の間、火炎を迸らせる七支刀から火球が放たれる───日番谷の下へ。

 すかさず剣で斬り落とす日番谷であったが、脳裏に過った最悪の想像に歯が砕けんばかりに食い縛る。

 

「雛森……まさかお前!?」

「リルトット……様ぁ」

 

 胡乱な瞳を主人へと熱烈に注ぐ雛森が、リルトットの隣に駆け寄った。

 

「雛森っつったか。お前はそっちの銀髪の隊長をやれ」

「はい……リルトット様の仰せのままに!」

 

 的中してしまった予想に、平子と日番谷の二人は忸怩たる思いに表情を険しくする。

 

「あの滅却師の能力やと!?」

「くそッ、迂闊だった!」

 

 間違いなくペペの聖文字と思しき洗脳能力。

 それに操られた雛森は、一切の迷いもなく日番谷へと斬りかかる。幼馴染───それにまったく特別な想いを抱いていない訳ではない日番谷は、彼女に本気で刃を振るえない。

 実力的には自分が格上でも、相手が違うだけでこうも劣勢を強いられるものか。

 

「躊躇うんやない、冬獅郎ォ!!」

「分かってる! 分かってるが……!!」

「ちぃ、随分性の悪い真似してくれるやんけ……!!」

 

 雛森と戦う日番谷に代わり、否応なしにリルトットを相手する状況になった平子が怒りを滲ませた笑みを覗かせて告げる。

 

「悪いな……と言うつもりはねえぞ」

 

 聖文字“G”───“食いしん坊(ザ・グラタン)”の真髄は、食した相手の能力を、胃の中身が消化されるまで使用できるというもの。

 つまり、ペペを喰い尽くしたばかりのリルトットは、消化するまでに“(ザ・ラブ)”の能力が使えるようになった訳だ。

 

(だが、長くは続かねえ。時間を掛けりゃあ掛ける程、不利になるのはこっちだ)

 

 胃の内容物もそうだが、刻一刻と堕とされる仲間の数々。

 時間が経つにつれ、加速度的に形勢は滅却師側が不利となっていくのは間違いないと見るリルトットは、徐に空を見上げた。

 

「……さっさと決着(ケリ)をつけやがれ」

 

 犇めく暗雲の下、今尚グレミィと死神らが死闘を繰り広げている。

 

 

───これでも頼りにしてるんだからな。

 

 

 

 仲間を信じるのは、死神だけではなく。

 

 だがしかし、誰もが待ち侘びた頂上決戦は終幕を下ろそうとしていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……やっぱりか」

 

 グレミィが独り言つ。

 

「───金沙羅奏曲第十一番(きんしゃらそうきょくだいじゅういちばん)十六夜薔薇(いざよいばら)”」

 

 金色の鞭が奏でる戦慄が楕円状の爆発を起こし、グレミィに襲い掛かる。

 

 これは───ブラフか。

 冴えた思考の中で次なる一手を先読みするグレミィは、黒煙の先から迫る刃を幻視した。

 

「轟け───『天譴(てんけん)』!!」

「鳴け───『清虫(すずむし)』」

「射殺せ───『神鎗(しんそう)』」

 

 天譴の巨大な刃、清虫弐式・紅飛蝗(べにひこう)、一瞬の内に延びる刀身が命を奪いに迫りくる。

 これらを想像の防御壁で難なく受け止めたグレミィであったが、問題は次に襲い掛かる相手だ。

 

「星煉剣!!!」

「鎖斬架!!!」

 

 集う戦士の中でも頭一つ抜きんでた実力を持った死神と虚。

 彼らが立ちはだかる限り、勝利は簡単に手に居られない崇高な存在へと昇華し続ける。今尚、勝利は遥か彼方。

 

(この感じ……ぼくの考えは間違ってないかな)

 

 怒涛の剣舞を演じる二人を相手取りながら、グレミィは一つの確信を持った。

 

 芥火焰真が最大限に力を発揮する時。

 

 それは哀れな虚や破面を相手にした時ではない。

 それは心底愛する者を傷つけられた時ではない。

 それは業腹収まらぬ怨敵と対峙した時ではない。

 ましてや、“絆の聖別”で大勢の人間から魂の力を借り受けた時でもない。

 

()()()()()()()()()()()……それが真に畏れるべききみの力って訳か)

 

 人という点が芥火焰真と結び合う事で巨大な点描画を描くように、彼の影響力は凄まじい。繋がりがなくまとまりのなかった集団でさえ、付け焼刃とは思えぬ連携を以て追い詰めてくるのだから、尚の事怖ろしいと言える。

 人間関係の潤滑油や縁の下の力持ちとの言葉では表し切れない存在。

 

 だが、それ以上の力があるとグレミィは見ていた。

 

(死神達の力の増強……初めは陛下と同じ分け与える力のせいだと思っていたけれど、そんな次元じゃあない)

 

 情報で得た焰真の完現術───“絆の聖別”は、彼の体に流れる滅却師の血と霊王の欠片が元となって誕生した能力。

 それらは数百年に一度生まれる奪う力とは真逆の与える力を模したものであり、有事に育んだ魂を集める事で強大な力を発揮する、と。

 

 グレミィは直々にユーハバッハから教えられた。

 しかし、実際に相まみえた事で与えられた情報が間違っている───正確ではないと認識を改めるに至る。

 

 完現術とは物質に宿る魂を使役し、術者を助けるよう働きかける能力。

 さらには愛着を持った物に関しては、その形を変化させられ、本来持ち得る以上の力を引き出す事さえできる。

 ここで浮かび上がる疑問は、()()()()()()()()()()()()()()だ。

 最初のきっかけは滅却十字かもしれない。ただ、それは愛着を持っていた物というだけで本質には届いていない。

 

 誰かが言った、完現術は“愛”の能力だと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こそが、完現術の本質である。

 

「ハハッ!!」

 

 いよいよ追い詰められたと認めるグレミィが、最後の攻勢に出る。

 脳細胞が焼き切れんばかりに思考を巡らせれば、次々に現れる無数のグレミィが焰真と虚白の周りを取り囲む。

 想像力も最早限界に近い。苦し紛れで創った自分自身の中には、中身のない分身や幻覚も含まれていた。

 だが、傍目から見ても分からぬグレミィらが脅威である事実に変わりはない。

 

「させるか!!」

「ルキア、行くぞ」

「はい、兄様!」

 

 しかし、すぐさま助けが割って入った。

 並走するルキアと白哉は、周囲に犇めくグレミィの影に臆する様子も見せず、斬魄刀の全力を解放してみせる。

 

「卍解───『白霞罸(はっかのとがめ)』ッ!!!」

「卍解───『千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)』」

 

 白銀が世界を塗りつぶし、直後に舞い散る花吹雪が凍てついたグレミィを打ち砕く。

 

「やるね……!」

殲景(せんけい)千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)

「!!」

 

 間髪入れず浮かぶ刃の葬列が、一人の滅却師へと切先を向けた。

 

 

 

「奥義───“一咬千刃花(いっかせんじんか)”」

 

 

 

 グレミィに殺到する千の剣。

 彼一人を屠る為だけに広がる圧巻の光景は、そのままグレミィの想像を押し潰してみせた。

 

「ッ……はぁ! はぁ……」

「狒々王!!」

 

 辛うじて脱出したグレミィの脚を、下から掴む巨腕。

 それが恋次の双王蛇尾丸だと気付いた瞬間───グレミィは自身の敗北を悟る。

 

 

 

───理解する時間も惜しかったのに、いつのまにやら敗北を納得する理由を探していた。

 

 死を目前としながらも穏やかな顔を湛えるグレミィは、空に瞬く星を見上げる。

 

 燦々と煌めく星の輝きは、どうやら自分には()せるものではなかった。

 彼だけではない。今この場で戦っている誰もが、彼という光の下で一層強い輝きを放っているのだから眩しくて敵わない。

 

 高々一人に堕とせるものではなかったと、グレミィは自嘲する。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()……か)

 

 

 

 それが“絆の聖別”の真の力。

 博愛主義者か、はたまた聖人君子か。

 そんな人間にしか扱えないだろう能力を、よくもまあ使いこなせるものだと感心するグレミィは心の中で賞賛した。

 

(道理で勝てない訳だよ)

 

 初めから一人で戦っていた自分には、とても。

 望んだ事と言われればそれまでだが、この納得には生まれて初めて湧き上がる羨望が影響していた。

 

───誰かと一緒に戦うことなんてなかったもんなぁ。

 

 いつも一人。

 誰もが自分を畏れ、近づこうともしなかった。

 それが当たり前だと言い聞かせ、始めは覚えていた感情はいつか想像できぬまでに薄れ、霞み、最後には消えていった。

 あったのは“最強の自分に誰も勝てない”という淡々とした事実のみ。

 

(いや、近づいてくる奴は居たなぁ)

 

───例えば、図々しくお菓子をせがんでくるような毒舌の少女とか。

 

(でも、もう遅いっか)

 

 名残惜しいが、後は残りの自分に任せるしかない。

 自分の敗北を受け入れ、晴れ晴れとした顔を浮かべるグレミィは、目の前に迫る刃に言い放つ。

 

 

 

「きみの……───勝ちだよ」

 

 

 

 浄罪の炎は、最強の星を灼き斬った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 幽幽たる暗黒の涯、剣鬼と修羅は血で血を洗う死闘を繰り広げている。

 幾度死線を跨ぎかけただろうか。超絶とした力と力のぶつかり合いは、彼らという二点の結びを以て、この世で最も死に近い境界線と化していた。

 

「ククッ!!」

 

 抑えきれぬ嗤いのままにグレミィが想像を巡らせる。

 刹那、暗黒を照らし上げる炎に包まれた隕石が無数に剣八へと墜ちていく。

 

「ハハァ!!」

 

 しかしながら、嗤う鬼を殺すにはまだ足りない。

 余りにも呆気なく、次々に隕石は野晒に斬り砕かれては散り散りになって底も知れぬ闇の奥へと墜ちる。

 

「芸の無ェ野郎だぜ!!」

「それはどうかな?」

 

 隕石さえも斬り飽きた剣八が叫ぶが、まだグレミィも万策尽きた訳ではない。

 考え得る限りの殺し方は幾らでも、そして何回も試していた。

 

 隕石で圧し殺そうとした。

 業火で焼き殺そうとした。

 光剣で斬り殺そうとした。

 火砲で撃ち殺そうとした。

 巨腕で絞め殺そうとした。

 狂獣で噛み殺そうとした。

 深海で沈め殺そうとした。

 槍雨で刺し殺そうとした。

 鉄槌で叩き殺そうとした。

 千刃で突き殺そうとした。

 

 それでも未だ剣八は斃れず、剣を振るう。

 

 愉しいね───グレミィは死を与えんとする千手を以て告げる。

 

 愉しいな───剣八はそれら全てを叩き斬って応える。

 

 全てが蕩け合ってしまう悦楽が全身を満たしていく。

 永遠に戦っていたい。

 永遠にこの微睡みの中で夢を視て痛い。

 勝ちたいのに勝ちたくない───矛盾する幸福を孕みながら、それでもとグレミィは吼える。

 

 

 

「でも……勝つのはぼくさっ!!!」

 

 

 

 敗北する己の未来とは訣別する。

 これはその為の秘策。

 両手の掌の間に生まれ出づる光球。これまでの万万千千の手段では特段驚く程の見た目でもない。

 

 しかし、例えハッタリでも本物であろうとも剣八が為す事は一つ。

 

 

 

「こいよ!!! 全部ぶった斬ってやるからよォ!!!」

 

 

 

 血塗れの剣鬼は雄叫びを上げる。

 

「───ありがとう。やっぱりきみは期待を裏切らない」

「!!」

 

 突っ込む剣八を前に、グレミィの抱える光球はみるみるうちに光量を増していく。

 瞬間、剣八はそれが内包する力を本能で嗅ぎ取った。かつてないほどの死の臭い。己が塵も残らずに滅し飛ぶ未来を幻視する。

 

超新星爆発(スーパーノヴァ)って知ってる?」

 

 炸裂寸前の光を抱え、グレミィは語る。

 

「大きな星が死ぬ時に起こる大爆発さ。きみに分かりやすく例えるなら……地球が爆発するよりも、ずっと規模の大きい爆発だと思ってくれればいい」

 

 でも、と続ける。

 

「ぼくは死なない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 光は、今にでも爆ぜんと輝きを増す。

 距離が離れているというにも拘わらず、全身を焼き尽くさんばかりの熱量がビリビリと押し寄せてくる。剣八程の霊圧の持ち主でなければ、すぐにでも塵も残らずに殺されかねないだろう。

 

「さようなら、更木剣八。きみとの殺し合いは愉しかったよ」

 

 

 

 刹那、光が闇を呑み込んだ。

 

 

 

(───なんだ、ここは?)

 

 ただただ白い空間。

 地平線の涯にも何も見えない。

 否、ここにそのような概念があるかさえ分からない場所に、剣八は立っていた。

 

(俺は、死んだのか?)

 

 夢うつつな気分だった。

 グレミィとの戦いは、時を忘れてしまう程に愉しかった。

 だからこそ、ここが現実か夢の中であるのかさえも分からない。

 

 

 

「───ねえ、剣ちゃん」

 

 

 

 しかし、不意に聞こえた声が剣八の意識を振り向かせる。

 

「……やちる? お前ぇ、どうしてここに……」

「なに言ってんの! あたしはずっと剣ちゃんと一緒だよ!」

 

 屈託ない笑顔を咲かせる桃髪の少女は、『ほら早く!』と剣八の手を取って先へと進む。

 

「おい、どこに連れてく気だ……」

「どこって、剣ちゃんの行きたい場所に決まってるじゃん!」

「俺の……行きてぇ場所だと?」

「うん!」

 

 鬼の手を取る童子は、より先へ、より光が強まる方へと歩を進ませる。

 

「ねえ、剣ちゃん」

「あぁ?」

「戦いは楽しい?」

「愉しいかだと? そりゃあお前ぇ……愉しいに決まってやがるだろうが!」

「そっか!」

 

 いつも傍に居た相手と、いつもと変わらない会話を続ける。

 そんな感覚も何時振りか───と、剣八が思い返していれば、やちるの足がぴたりと止まった。

 

「やちる?」

「忘れないで」

「……あぁ?」

「あたしと剣ちゃんは、ずっと一緒だからね!」

 

 光が差し込む方を指さし、やちるははにかんだ。

 それに剣八は応える。

 

「───あたりめえだろうが」

 

 いつもと、変わりなく。

 

「……うん!」

 

 童子は、鬼を導いて進む。

 

 

 

「あたしは……剣ちゃんのこと、大好きだよっ!」

 

 

 

 やちるの姿が光に掻き消される。

 すると、次第に意識が呼び起こされてはすぐにでも死にかねない衝撃が身を襲う。

 

───ああ、どうやらここが現実みたいだ。

 

 戦いの中で夢を視ていたと嗤う剣八は、童子に引かれていた手を───斬魄刀を握る手を見つめた。

 

(俺は……剣八だ)

 

 憧れを越え、尸を踏み越え、

 

(斬れねえものは、何も無ぇ)

 

 何度斬り殺されようと立ち上がる。

 

(見てろよ、やちる)

 

 思い起こす少女の顔に、全身に力が満ち満ちる。

 歓喜に沸き立つ血が全身を巡るように、肌が赤黒く濁っていくが、剣八の眼中には入らない。

 

 そして、もう一度誓う。

 やちると出会った、あの瞬間(とき)に。

 

 

 

()()()()()!!!)

 

 

 

 斬れぬものは、何も無いと。

 

 

 

「───ぉぉぉぉぉおおおおおおオオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 真紅の剣鬼が吼える。

 鬼の形相と成って振るう刃は何物にも阻まれず、描かんとする剣閃を辿って突き進む。

 体を焼き尽くさん炎を、魂を滅し飛ばさん光を、その先に君臨する創造主でさえも。

 

「なっ……!!?」

 

 刃が、神を斬り伏せた。

 

 肩から腰にかけて袈裟斬りされたグレミィは、全身が粉々になったかと錯覚する衝撃に意識が飛び、それに伴って想像力も途絶えた。

 すぐさま意識を取り戻すも、体は言う事を聞かない。

 どれだけ傷が治った自分を想像しようとも、刻まれた一閃の痕は消えず、グレミィの脳内へ鮮烈に焼き付いてしまっていた。

 

「こ、れが……きみの……卍、か……」

「───はぁ!! はぁ……なんだ? 今の力は……」

 

 グレミィが崩れ落ちる一方、肌から血の気が引いた剣八は、我を取り戻して刀を握る手を見つめていた。かつてないほど無尽蔵に溢れ出してきた力の名残は、間もなく消えていってしまう。

 

───あの力は一体?

 

 自覚せぬままにグレミィの最終兵器すらも斬り伏せた剣八。

 彼は自身の傷も厭わぬままに辛うじて息があるグレミィの下まで歩み寄る。完聖体も解け、傲岸不遜な雰囲気も見る影がなくなった姿は弱弱しい。

 

「……ふ、ふふっ……流石だよ、更木剣八」

 

 残された力を振り絞り面を上げるグレミィは素直な賞賛を口にした。

 

「きみは……完全にぼくの想像力を越えた……」

 

 敗因は単純だった。

 想像と実際に訪れた未来との齟齬。その隙を衝かれた。

 グレミィが想像した未来は、剣八が超新星爆発に塵も残らず滅し飛ばされた後でも生きている自分。

 しかし実際には剣八は死なず、終焉の爆炎を斬り抜けて、(あまつさ)え自分を斬り伏せてみせた。

 

「完敗、だよ」

 

 認めざるを得ない。

 己の敗北を、剣八の勝利を。

 

 薄れゆく意識の中、震えた手を虚空に翳すグレミィは最後の想像力を働かせ、空間に歪みを切り開いた。

 暗黒の中にふと浮かび上がった景色は、紛れもなく滅却師の街並みに上塗りされてしまった瀞霊廷のそれだ。

 

「さあ、早いところ帰るといいさ。ぼくの想像力が続くうちに……ね」

「……てめえ、随分と律儀なんだな」

「ははっ……ぼくなりの流儀に付き合ってくれた、きみへのお礼ってとこさ」

「流儀、か。別に付き合った覚えはないぜ」

「そりゃそうさ。人の数だけ流儀はある。付き合いの悪い奴も居れば、たまたまきみのように符号しただけの奴も居る」

 

 でも、とグレミィは微笑を浮かべた。

 

「愉しかったんだ、きみとの戦いは。掛け値なしに」

「───!!!」

 

 刹那、グレミィの体が崩れた。

 霊子へと霧散した訳ではない。最初からそこに何も無かったかのようにフェードアウトしていくのだ。

 だが、剣八が瞠目した理由はそこではない。

 グレミィから零れ落ちる容器に収められたのは脳味噌だった。頭蓋骨が転がり落ちる訳でも、脳漿がぶち撒けられる訳でもなく、実際の脳味噌がそのまま現れたのだ。

 

「なんだ……こりゃあ……?」

「そんなに難しい話じゃないよ。ぼくの体も……所詮は想像の産物ってことさ」

 

 事実だけを淡々と述べるグレミィは、消えゆく体に残る余韻に浸る。

 それは想像でしかなかった体に刻み込まれた、生の悦楽。死線に迫る度、命の温度を実感し、心の底より味わった。

 

 だからこそ名残惜しく、そして羨ましく思う。

 

「いいなぁ……」

「……何の話だ?」

「全部さ。きみが勝ったことも、これからも生きて戦い続けられることも。きっと更木剣八という男の名は、これからも打ち立てられる武勲と共に、尸魂界の歴史に刻まれる」

「興味ねえな」

「そっか……まあ、それもきみらしいっか」

 

 目を伏せるグレミィは、最後の方に感傷を滲ませていた。

 それに怪訝な眼差しを送る剣八に、少年は今も消えゆく自身の体を見つめる。塵も残らない体は尸魂界の大地に還る事もなく、三界の周りに広がる無限の暗黒に溶け込んでいく。

 

「でも、きみが死ねば死体が残る。やがて肉は腐り、骨は朽ちて、最後には消えていってしまうけれど。それでも瀞霊廷が在る限り、きみの名は永遠に語り継がれる」

「……」

「それが、ぼくには羨ましいんだ。ぼくは……何も残らないから」

 

 全ては空想の産物。

 この仮初の姿も、創り上げた物の数々も。

 どれだけ立派なものを創り上げたところで、自分が死ねば崩れてなくなる。自分が生きていたという証拠も一つ残らず。

 

「───そういやァ」

「……?」

「てめえは俺の名を知ってやがったが、お互い名乗っちゃいなかったな。名乗れよ、滅却師」

 

 突拍子もなく振られた話題に、グレミィは目を白黒とさせる。

 ここまで来て一体何を……と思わなくもないが、もうすぐ消えゆく肉体を思えば、無意味に思える余興に付き合うのも吝かではない。

 

「ぼくは……グレミィ……トゥミュー……」

「そうか。グレミィっつうのか」

 

 名を聞き届けた剣八もまた名乗り返す。

 

「俺は十一番隊隊長、更木剣八だ」

「知ってるよ、そんな───」

「グレミィ。てめえとの戦いは愉しかったぜ」

 

 だから、と剣鬼は嗤う。

 

「てめえの名前……死ぬまで憶えといてやるよ、()()()()

「!」

 

 弾かれたように面を上げれば、実に満足そうな笑みを湛える剣八が立っていた。

 

 目の前の男が、己の記憶に名を残すと約束した。

 それだけ、たったそれだけのことなのに。

 

「ははっ……そうか」

 

 

 

 

 

───心より、報われたと思えた。

 

 

 

 

 

「光栄だよ、更木剣八……」

「てめえも俺の名前を憶えてやがれ。てめえが生まれ変わったら、もう一度戦り合おうぜ」

「ああ……それも、悪くないね……」

 

 再び目を伏せたグレミィは、暗闇に輝きを呑み込まれた雫を零しながら、光指す方を指さした。

 

「さ、ぁ……そろそろ……限界だ……きみは、もっと……戦えるん、だから……」

「あぁ、邪魔するぜ。礼は」

「いらないよ……もぅ……もらったからね……」

「……そうかよ。それじゃあ、あばよ」

 

 道が途絶える前に、剣八は瀞霊廷へと続く空間の裂け目に飛び込んだ。

 

 そんな彼の背中を見届けたグレミィは、薄れゆく意識の中で夢を視た。

 遠い遠い先の話。魂が輪廻の道を巡り、もう一度生命として生まれ落ちた世界で、依然最強として謳われる男と相まみえるような未来を。

 

(だから、敗けないでよ。更木剣八)

 

 消えゆく体に恐れはなく。

 ただ、未来へ希望を託し。

 

 

 

 少年は───夢を視る為に眠りについた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 護廷十三隊が総力を挙げて死闘を繰り広げている頃、技術開発局では霊王宮へと向かう準備が整えられていた。

 志波家が管理する打ち上げ砲台。これが無ければ霊王宮へ赴く事は困難を極めるだろう。

 しかし、此度の事態を予見していたマユリの手により複製の砲台が建造されていた為、後は浦原が調整を済ませるだけで打ち上げ可能となる。

 

 その間、天柱輦に乗り込み束の間の休息を取る一護。

 雨竜の裏切りに心中穏やかでない彼だが、為すべき事が明白となった以上、いつまでも引き摺っている訳にはいかないと言わんばかりの面持ちだ。

 彼の他にも同様に心なしか気を落としている織姫と泰虎、そこへ破面であるウルキオラ、ヤミー、ロカの三人が同乗していた。

 

 気まずい沈黙が流れる。

 そんな時、口火を切ったのは特に無口な泰虎であった。

 

「一護」

「ん?」

「いや……これはいつ切り出すべきか迷っていたんだが、どう思う?」

「どうって何が?」

「井上の服だ」

 

 二度目の静寂。

 それは気まずさから来るものではなく、衝撃より生まれた時間であった。

 言われるや、一護は無意識の内に逸らしていた視線を織姫へと向け、特に言われた訳でもなく今にも零れ落ちんとする双丘を見つめてしまう。

 女性は視線に敏い。それは普段天然な織姫も例外ではなく、想い人である少年に無防備な胸部を見つめられ、一瞬の内に顔を紅潮させた。

 

「ちょっ……ちょっと茶渡くん!!」

「どっ……どうってお前……そりゃあちょっと出しすぎかなとは思うけどよ……」

「ちがっ、ちがうからね黒崎くん!! この服はあたしが変態だから着てるんじゃないからね!! これは浦原さんが……浦原さんが……浦原さんがうそつきだから……!」

 

 必死に言い訳を取り繕う織姫。

 元を辿れば浦原の口八丁によるものだが、割と織姫もノリ気で身に着けた点については言及できそうにない雰囲気を、泰虎はひしひしと感じていた。

 ヤミーが『うるせえなァ……』と顔を顰める一方、先程まで瞼を閉じていたウルキオラは騒ぐ織姫に目を遣っていた。

 

「……」

「はっ!? ウルキオラくん、ほんとのほんとにちがうんだよ!! 出したくて出してるわけじゃ……」

「お前の痴態に興味などない」

「はうっ!!」

 

 一刀両断。

 誤解は解けず、そもそも興味すら抱かれずに胸の話題は切り捨てられた。

 

「ほんとに……ほんとにちがうのォ……」

「わ、悪かったよ井上。よくよく考えりゃあ、そこまで出しすぎじゃないような気がしてきたしよ……夜一さんとかと比べたら」

「それはそれで問題だよっ!!」

「喧しいぞ、女。いい加減黙れ」

 

 沈黙を和らげる為の話題であったが、結果としては織姫が辱めを受けるだけで終わった。

 さめざめと涙を流す織姫を慰める一護と泰虎。これ以上はどちらに転んでも彼女が傷を負うだけと察した男二人は、視線だけで意思疎通を図る。

 と、そこへ誰かの足音が近づいてきた。

 反射的に振り返れば、通路の奥から額に角を生やした白衣の男性が姿を現す。

 

「喜助さん」

「はぁい。夜一サンのご到着っスか?」

「いえ……ちょっと別の来客っつうか」

「はい?」

 

 十二番隊第三席及び技術開発局副局長を務める阿近の登場に、待ちかねていた人物がやって来たかと応答する浦原。

 しかし、阿近は暗に違うと申してくるではないか。

 

「それじゃあひよ里サン達っスか?」

「そっちでもないです。これはちょっと俺の一存じゃあ決められそうになくて」

「? 他に何か仰ったりは」

「それが『黒崎真咲の知り合い』と……」

『!』

 

 思わぬ名前に真っ先に反応したのは一護であった。

 

「なんでお袋の名前が……!?」

「……わかりました。通してください、阿近サン」

「いいんですか?」

「はい。アタシの見立てが正しければ問題ありません」

「……はぁ、わかりましたよ。そんじゃあ何人か連れてきますからね」

 

 阿近からしてみれば不審な人物を局内に招きたくなどないが、浦原が問題なしと判断したのであれば通さない訳にもいかない。

 踵を返し、客人を案内しに戻っていく阿近。

 その後ろ姿を凝視していた一護は、そのまま通路の奥へ視線を向けたまま固まっていた。

 この有事に母を引き合いに出してくる人間など、ロクな顔が浮かんでこない。それこそ彼女が滅却師だと知っている者が真っ先に浮かんでくるが。

 

「……」

「黒崎くん……」

 

 険しい面持ちの一護に、織姫はポツリと声を漏らした。

 そうこうしている内に通路の奥から反響する足音を耳が拾う。霊圧に覚えはない。初対面を確信する一護は、万が一に備えて斬月の柄に手を添えた。

 全員の視線が集まる中、『こっちです』と案内する阿近に続いてきたのは、

 

「滅却師っ!?」

 

 純白の装束に身を包む滅却師の集団であった。

 咄嗟に斬月を握り膝立ちになる一護に続き、泰虎やウルキオラも臨戦態勢に入る。

 

 しかし、当の滅却師はと言えば敵意を露わにする一護達に武器を向ける事もせず、静かに阿近の案内に従うだけであった。

 中でも一際風格が漂う白髪の老爺は、案内を務めた阿近に対し柔らかな笑みを湛えて礼を告げる始末。

 どうにも現状戦争している相手とは思えぬ物腰に、自然と一護も刀を握る力を弱めた。

 

「あんたら一体……」

「……君が、黒崎一護くんじゃな」

「……そういうあんたは?」

 

 今更容姿と名前を覚えられていたところで驚きはしない。

 だが、これまでに出会ったどの滅却師とも気色が違う様子に一抹の安堵と不審を抱きつつ、故に問いかけた───何者かと。

 

 対して老爺は粛々と告白する。

 

「わしの名は石田宗弦」

「!!! 石田……って、まさかあんた!?」

「ええ。石田雨竜は、わしの教え子であり……」

 

 

 

 

 

───実の孫じゃ

 

 

 

 

 

 混然一体と化す思いを優しい瞳の奥で燃やす老爺は続ける。

 

「黒崎一護くん……真咲さんの息子くんや。君にどうしても頼みたいことがあって、わしらは来たのじゃ」

「俺に……石田の爺さんが?」

「ああ」

 

 ゆっくりと頷く宗弦。

 深い皺が刻まれた拳を震わせながら継ぐ言葉は、彼にとってまさしく宿願に等しい、

 

 

 

「───ユーハバッハを……倒してほしい」

 

 

 

 滅却師の、祈りそのものであった。

 

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