BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*91 百鬼夜行

「これで……終いだな」

 

 星煉剣を握る焰真が告げる。

 切先が向けられた先には、満身創痍と言って違わない様子の星十字騎士団が膝を着いていた。

 

「チッ……」

 

 数多くの団員が倒れた中、未だ闘志を滾らせるバズビーの他に唯一無事と言っていいリルトットが舌打ちを響かせる。

 最早手詰まり。喰らったペペも消化し切り、“(ザ・ラブ)”の能力も使えなくなっている。敵すらも味方に引き込む“愛”が無ければ、これだけの数を相手に巻き返せる可能性など限りなく無に等しい。

 ゾンビの大半も縛道や斬魄刀の能力で封殺され、戦力としては機能していなかった。

 

(いや、グレミィがやられた瞬間、オレの負けは決まってた)

 

 それでも死なない為に戦ってきた。

 だが、それも限界だ。

 

「正直舐めてたぜ。まさかオレ達の方が追い詰められるとはな」

「死にたくなけりゃあ降参しろ」

「降参? はっ、今更降参しろって……てめえはバカか? オレ達が何人てめえらの仲間を殺したと思ってんだ」

「……それでもむやみやたらな殺生は性に合わねえ」

()()がそうか? てめえはそれを慈悲かなんかと勘違いしちゃいねえだろうな」

 

 リルトットは焰真へ向ける睨みを強める。

 

「戦争だぜ? それも法も秩序もねえ、な。どっちかがどっちかを滅ぼすまでこの戦争は終わらねえ。現に見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)はそのつもりで瀞霊廷に仕掛けた」

「俺はその戦争を終わらせに、瀞霊廷に下りた」

「だから滅却師(おれら)を殺さないってか? 甘すぎて胸が焼けそうだぜ。例えてめえが滅却師を許しても、そんなてめえをお仲間は許さねえだろうな」

 

 焰真へと向ける視線を、自身の周りを取り囲んでいた護廷十三隊へと向ける。

 その瞳に宿る感情は憎悪や怒りが主だ。死神だけでも数千人に及ぶ犠牲、瀞霊廷の住民を含めればもっと犠牲者の数は増えるだろう。

 それだけの被害を出した軍勢が、よもや許されるなど甘い未来が訪れる事はないとリルトットは理解していた。

 

 戦火を灯した瞬間、自分達には後ろに退く道はとうに絶たれていたのだ。

 敗北すれば、待つのは死───それを理解しながらも、誰もが逆らえなかった。ユーハバッハという強大な存在に。平和を歌いながら平然と命を奪う王に、逆らうという考えすらも持たずに今日まで生きてきた。

 

(助けは……来ないだろうな)

 

 先の光。

 あれはユーハバッハと親衛隊が霊王宮へと昇ったものだろう。

 残る星十字騎士団の面子を考えれば、確かに特記戦力や護廷十三隊と相対しても勝ち目があるだろうが、未だに霊圧の気配がないところを見るに、救援は絶望的だ。

 

「……やるならやれ、一思いにな」

「焰真、せめてもの情けだ。滅却師の言う通りにしてやれ」

 

 複雑な面持ちを湛えるルキアが催促する。

 例え見逃すにしても隊長格以外には荷が重い相手。ここで情けをかけ、更なる犠牲を生み出すのは焰真としても不本意であるが、だからといって斬り捨てるのは。

 

「……違うんだよ」

「は?」

「俺は……そんなことの為に生かしたい訳じゃあ」

 

 歪んだ顔で吐露する───その瞬間だった。

 

「待て! 何か空から……!」

 

 誰かが叫ぶ。

 すれば反射的に身上げる面々が、咄嗟に地表に降り注ぐ光の柱から離れる。

 しかし、敵軍の攻撃と考えた死神の考えとは裏腹に、光は倒れた滅却師を包み込むではないか。

 

「まさか……焰真と同じ!?」

 

 目の前の光景にルキアが思い至る。

 これは焰真が仲間に力を分け与えたり、逆に力を借り受けたりする際に見られる光に酷似していた。ならば脳裏に過る予想は、このまま倒れた滅却師らが力を受け取り、再び立ち上がって刃向かう悪夢となるが、

 

「いや……違う!! 光から離れろ!!」

 

 誰よりも早く焰真が気づくや、()()()()()()

 

「は……?」

 

 呆ける星十字騎士団へ。

 しかし、その甲斐も虚しくリルトットやバズビーを含め、倒れた滅却師を呑み込む光は容赦のない掠奪を始めた。

 

「なっ、うあああああッ!!?」

「おおおおおオオオオ!!!」

 

 悲鳴を上げられる者は二人だけ。

 意識のあったリルトットとバズビーだけが辛うじて力の掠奪に抵抗するも、その間にも倒れた滅却師からは根こそぎ奪われていく。

 

 その力も、知識も、魂の欠片に至るまでを。

 

 敵軍の異変に、死神は茫然と立ち尽くす。

 迂闊に近づけば巻き込まれるかもしれないという懸念。だが、それ以上に味方の所業で苦しみ喘ぐ滅却師の姿に───その光景を創り出した者の暴挙に唖然とするしかなかったのだ。

 

「何だ……!! 何が起きてんだよ……!!」

「くそッ!!」

「焰真!? お前何を……」

 

 恋次の声を振り切る焰真。

 次の瞬間、光の柱へと突入した彼は、逃げる余力さえ残されていないリルトットとバズビーを掴んでは外に引きずり出す。

 

 今度は焰真の行動に全員が驚愕する番だった。

 

「芥火!! そいつは敵だぞ!?」

「分かってます!!」

「分かってたらどうして……」

 

 困惑と非難の声も上がる中、それでも焰真は苦しむ二人の方へと意識が向いていた。

 

「光に触れてなくても力を吸われるのか……!? こうなったら!!」

「!!? てめえ、一体何を……!!」

「喋るな!! 今は生き残る事だけ考えろ!!」

 

 今にも精気の悉くを吸い上げられかけ、意識が朦朧とするリルトットであったが、体に流れ込んでくる温かな霊力に視界が晴れていく。

 しかし、それが焰真が己へ力を分け与えているからだと気付き、リルトットは混乱するばかりだった。

 当然、困惑はバズビーも同じ。

 同僚を殺し、恩師すらも殺しかけた自分を救い出さんとする死神の姿に、敵意や憎悪を越えた感情が頭を埋め尽くしていた。

 

 そんな中、二人に懸命な救命行為を行う焰真が空を見上げた。

 鋭く閃く眼光は、遥か天高くへと伸びる光の柱を射殺さんばかりに貫いている。

 

「仲間の命まで奪うつもりかよ……」

 

 震えた声は義憤に染まっており、柱の先に佇む男へと向けられたものだと察するに、二人はさほど時間を要さなかった。

 

「ユーハバッハ……これがお前のやり方かァ!!!」

「ッ……!」

「仲間を何だと思ってる!!! 仲間を殺そうとしてまで、お前は何をしたいんだ!!? 仲間を殺した未来で、お前は何を視るつもりだァ!!?」

 

 それはまさに二人の心を代弁する叫びそのもの。

 理不尽に掠奪される側の怒りの声であった。

 

 

 

「死なせねえ……死なせてたまるかよ!!!」

 

 

 

 怒れる瞳を浮かべながらも、二人に力を分け与える手は熱く、優しく、力を掠奪されて冷えた体に精気を取り戻させていく。

 

「お前……どうして……ッ」

 

 息も絶え絶えとなるリルトットは、今尚自分の命を繋ぐ死神をジッと見つめていた。

 自分を助けて得などないはず。こうして力を分け与えている間も、ユーハバッハの掠奪─によって彼自身の力は吸い取られているはずなのに。

 それでも欠片程も見捨てる素振りを見せない焰真に、リルトットは湧き上がる不可解な感情を自覚した。

 

「! 光が……止んだ?」

「ッ、はぁ……はぁ……!」

「大丈夫か、お前ら?」

 

 漸く『聖別』が終わるや、力を吸われていた二人はガクリとその場に倒れ、激しく胸を上下させる。

 そんな二人に優しい声音で問いかける焰真であったが、

 

『───浦原喜助です。聞こえてるでしょうか?』

 

 唐突な伝令が脳内に木霊する。

 これは天廷空羅によるものだろう。幾分か神妙な声色の浦原は、淡々とこの場に集う全員に通信を続ける。

 

『緊急招集です。今戦っている相手を放置してでも、隊長副隊長は全員技術開発局まで集まって下さい。以上です』

「技術開発局に……?」

「焰真! 無事か?」

 

 浦原にしては切羽詰まった伝令に訝しむ焰真であったが、背後より話しかけてくるルキアに意識を引き戻される。

 

「ルキア……俺はまあ」

「まったく、無茶しおって。無事だったからいいというものの」

「わ、悪い……」

「はぁ、もういいだろう。浦原の伝令が聞こえただろう? 此奴らは捨て置け」

 

 これが最大の譲歩。

 そう言わんばかりのルキアに、焰真もどこか後ろ髪引かれる様子を浮かべつつも立ち上がった。

 

「……ああ、行こう」

 

 助けた滅却師を背にし、焰真は技術開発局がある方向へと振り向く。

 

「───待てよ」

「っとォ! なんだなんだ?」

 

 しかし、不意に呼び止められる。

 先程の場所に視線を戻せば、やっと上体を起こせる程度に息が整ったリルトットが焰真を凝視していた。

 

「てめえ……オレらを殺さねえのか?」

「は? いや、助けてすぐに殺すって……その、なんだ。頭おかしいだろ」

「頭がおかしいのはてめえだ」

「……まあ、普通考えたらそうなるか」

 

 自身の行為について自覚している部分があるのか、バツの悪そうな顔で頭を掻く焰真。

 

「でも、見捨てられなかった」

「───」

「俺は……俺の目が届く範囲で誰かを見捨てたくない。それだけだ」

 

 しかし、後悔など微塵も感じていない。

 そう言わんばかりの真っすぐな瞳は、リルトットの頭を殴りつけられたかのような衝撃を覚えさせた。

 

───こいつはバカなのか?

 

 もしくは狂人だ。狂っているとしか思えなかった。

 味方を散々殺し廻った相手を救うなど、普通の神経ではできる筈もない。

 

「……敵への同情は仲間を殺すぞ」

「その時はその時……なんてこと言うつもりはねえよ。もしも俺が助けた奴が他の誰かを傷つけようとしてるなら……そいつを地獄の涯まで追っかけても俺が斬る」

「それが……てめえのケジメって訳か」

「ああ」

 

 淡々とした口調ながらも、言葉の節々に“熱”を感じさせる焰真に、リルトットは両手を上げた。

 

「てめえ程のバカは見たことがねえぜ」

「そりゃどうも。分かったらさっさとどっかに逃げろ。自分を殺そうとした味方と居るのも、自分助けた敵と戦うのも馬鹿馬鹿しいだろ」

 

 そう言って踵を返す焰真。

 既に何名かはこの場を彼に任せ、先に技術開発局へと発ったようだ。残っているのはルキアと恋次ぐらいである。

 相変わらず敵にも慈悲をかける姿に呆れつつも、だからこその芥火焰真だという安堵が胸に過るのもまた事実。

 

「焰真」

「分かってる」

「あの浦原が急げと言っているのだ。ただ事ではないぞ」

「遅れた分、少し飛ばすぞ」

「ああ!」

 

 言うや否や、三人の姿は瞬歩によって掻き消える。

 取り残されたリルトット達はただただ無言でその場に居座っていた。風と共に舞い上がる焦土と血の臭いは、否応なしに巨大な戦火の爪痕を想起させる。

 辺り一面に転がる死体、死体、死体……。

 

「ケジメ、か……」

 

 言い放たれた言葉を反芻するリルトットは、既に居なくなった死神の姿を思い返しつつ、己の内に燃え上がる感情にあたりをつけた。

 

「……おい」

「なんだよ、バズビー」

「俺はもう行くぜ」

「奇遇だな。オレもそろそろ行こうかと思ってたところだ」

 

 束の間の急速に立ち上がる程度の体力を取り戻した二人は、未だ鉛のように重い脚を引き摺って進む。

 

「ケジメをつけにいくぜ」

「ああ……」

 

 

 

 抱える想いは違えども、目指す道は同じで……。

 

 

 

 ***

 

 

 

「よっと」

「うむ、ほとんどの者が集まったみたいだな」

 

 軽やかに着地する焰真の傍ら、ルキアは同じタイミングでやって来た隊長格の面々を見渡す。

 

「更木隊長は……まだか」

「誰がまだだって?」

「うおお!!? 居たんスか、更木隊長!!?」

 

 驚く恋次。しかし、他の者も同様なのも致し方ないだろう。

 グレミィと共に黒腔へ消えてから消息が掴めずに居た───と思しき剣八であったが、あろうことか他の隊長格よりも早くに技術開発局へ着いていたようであり、自動で開く扉の先から現れたのだから。

 以前にも現世で完現術者との戦いで似た場面があったが、驚くものは驚くのだ。

 しかし、見せる態度とは裏腹に傷は深いらしく、開いた扉の奥から勇音と花太郎が慌てて飛び出してくる。

 

「更木隊長、駄目ですよ! まだ治療は済んでないんですから!」

「馬鹿言え、こんくれぇなら十分動ける」

「そういう問題じゃなくって……!」

 

 勇音の気苦労も推し量られるといった光景。

 その光景にある種の安心感さえ覚えてしまうが、すぐさま気を取り直し、全員は局内へと足を踏み入れる。

 

「どーもォ、待ってましたよぅ」

 

 すぐさま響いてくる軽薄な声音の主は、奇怪な機材を弄りながら振り向いた。

 

「浦原さん!」

「芥火サンもご無事そうで何よりっス。黒崎サン達なら先に霊王宮に上がりましたよ」

「一護が? ユーハバッハを追って、ですか?」

「ええ。事態は火急っス。黒崎サン達が追いかけてますが、ユーハバッハが霊王宮に足を踏み入れた以上、悠長にしていられる状況じゃあありません」

 

 予想していなかった訳ではない。

 ユーハバッハの声と共に昇った光の柱。時間が経った後、強烈な衝撃波を放ってから消えた事から霊王宮への侵攻を許してしまったという見立ては誰もが抱いていた。

 だからこそ取り乱しこそしないが、少なからず動揺や焦燥が全員の面持ちに浮かぶ。

 

「ですので、皆サンにはすぐにでも霊王宮へ突入してもらいます」

「方法は? ここには志波家の砲台も天柱輦もないんじゃあ……」

「夕四郎サンに持ってきてくれた天賜兵装と、涅隊長の作ったこの台座。そして隊長格が集めた膨大な霊力さえあればできるでしょう」

 

 しかし、やはりそこは浦原喜助だ。

 四楓院家現当主・四楓院夕四郎が携えた無二の天賜兵装と、今回の事態を予見していた涅の準備。

 そして何よりも欠かせぬものこそ、護廷十三隊総力と言って過言ではない隊長格の存在であった。

 

「準備はひよ里サン達も手伝ってくれています。皆サンの出番はそれが終わってからっス」

「現世の仮面の軍勢(ヴァイザード)も来てるんですか?」

「ええ。打ち上げに必要なものを採ってきていただいたんス。それと───虚白サンと帰面の皆サン、ここまでお手伝いいただきありがとうございました」

 

 自然と視線が虚白達へと集まる。

 すでに纏骸は解け、元通りになっていた帰面は、死神から向けられる好意的とも言い切れない視線に三者三様の様子を見せていた。

 

「いやー、ドウイタシマシテ。ウラハラさん、お給料には色つけといてよ?」

 

 しかし、一人呑気に親指と人差し指で輪っかを作る虚白が、親しげな声色でウラハラに応えるではないか。

 

「……なんだお前、浦原さんと知り合いだったのか……?」

「知り合いっていうか、バ先の店長?」

「バイトしてたのか!? 浦原商店で!?」

 

 知らなかった! と焰真は愕然とする。

 まさか見知った人間が経営する駄菓子屋で、かつて浄化した破面が働いているとは夢にも思っていなかっただろう。

 

「そもそも瀞霊廷に来たの、ウラハラさんにお願いされてだしね」

「聞いてへんぞ、喜助ェ……」

「いやァ、中々言うタイミングがなかったものでして」

 

 と、確信犯の浦原はいけしゃあしゃあと述べる。

 

「ですが、敵の意表を衝くのと卍解に対抗するには帰刃の力が必要だったんス」

「ボクの卍解も虚圏で滅却師サンに奪われなかったしねっ」

「各々に因縁はあるかもしれないですが、今は味方です。ここはお互い矛を収めて協力しましょう」

「だってさ、アクタビエンマ。どうする?」

 

 ニヤッ、と悪戯な笑みを湛える虚白。

 捉えようによっては死神への挑発にも取られかねない言動だが、そこへ貴賤上下の差別も偏見もなく答えるのは、ご指名を受けた焰真だった。

 

「……ここまで来て手切れってのもおかしい話だろ。お前達が良ければ、俺達と一緒に戦ってほしい」

「……だってさ。皆はどう?」

 

 振り返る虚白は、仲間である帰面に問いかける。

 すれば、迷いない頷きと共に返事が来る───といった事はなく、

 

「あたしはあんたの付き添いで来ただけだし……」

「俺はリリネットの付き添いだしなぁ……」

「アタシも虚白ちゃんの付き添いよ☆」

「ボクはこのオカマに強引に連れてこられてきた」

「私も……保護者として付いてきたまでだ」

「あたしはハリベル様が行くんなら地獄だろうがどこだろうが付いてくぜ」

「気に食わないが、右に同じさね」

「私はハリベル様の付き添いと、そこのお猿さん達が粗相しないか見張る為ですわ」

「アゥ?」

 

「付き添いばっかじゃねえか」

 

「あれれれ?」

 

 対立の果ての救援なのだから、確固たる信念の下に赴いたかと思えば、全然そんなことはなかったと拍子抜けする。

 当の虚白でさえ思いのほかノリが悪かった身内に冷や汗をダラダラと流しているではないか。

 

 よくもまあそのモチベーションで戦地まで赴いたものだと、話を聞いていた面々は呆れるばかりだった。

 

「味方やと思えば心強いんやろが……」

 

 ぼやく平子が見つめる先には市丸と東仙が佇んでいる。

 最初から敵として対峙した破面よりも、百余年以上もの間味方のフリをし続けてきた人間の方が信用ならない。そう考える平子はすんなりと帰面の存在を受け入れた。

 下は数字持ち(ヌメロス)で上は十刃(エスパーダ)。下手な席官よりも強大な戦力を受け入れる理由はあっても、断固として拒否する理由もない。

 

「ま、なんかあったら焰真に任せればええしなァ」

「あれ? もしかして俺の責任にしようとしてます、平子隊長?」

「自分が拾ってきたモンは自分で世話せえ」

「そんな拾ってきた捨て犬じゃないんですから!!」

 

 抗議する焰真だが、舌戦で平子に勝てる筈もない。

 少しの間言い合っていれば言いくるめられた焰真が肩を落とし項垂れていた。

 

「ド~ンマイドンマ~イ♪」

「頼むから変なことはするなよ?」

「しないよ! ……たぶんね」

「お前なぁ……!」

 

 案外愉快な性格をしている元破面に早速焰真は振り回される。

 心なしか焰真を見つめるルキアと雛森の視線が冷ややかであるが、当人にしてみれば咲を彷彿とさせる天真爛漫で掴みどころのない雲のような虚白の応対でいっぱいいっぱいだ。あれほど戦闘中は息が合っていたというのに不思議な話である。

 

 それを見かねたように、浦原が話を本筋に戻す。

 

「さて、準備にはもう少し時間がかかりそうっス。その間についてなんですが、少しばかりお話を聞いていただきたい方がいらしていて……」

 

「死神さーんッ!」

 

「わっぷ!?」

「あぁ、ちょっとちょっと!」

 

 その時、不意に通路の陰から姿を現した人影が焰真の胸元へ飛び込んだ。

 咄嗟に受け止めた焰真であったが、抱き留めた少女が身に纏う白装束に目を見張る。

 

「お前……滅却師か? なんで技術開発局に……!?」

「はい! 死神さんに会いに来たんです!」

「俺に……?」

「あの……やっぱり憶えてませんか?」

「は? いや、ちょっと待ってくれ……ちょっと待って! 変な目で俺を見ないで!」

 

 それは目の前で潤んだ瞳を浮かべる少女に対してでもあり、あらぬ誤解のままに懐疑の視線を向けてくる周囲の人間に向けての言葉でもある。

 数秒、頭の中で木魚が鳴り響く。必死に記憶を辿る焰真。滅却師を自称しているのだから、記憶を漁ればすぐにでも思い当たる人物が居る筈だ。

 

 やがて数日、数年、数十年と遡ったところで、ようやくそれらしき記憶を掘り起こす。

 

「……まさか、昔俺が虚から助けた子か? 技術開発局にまで連れてこられた……」

「はい、それで間違いありません! その節は本当にありがとうございました!」

 

 

 

───全部守るって決めたんだよ!!! 人も、死神も、滅却師も、虚もだっ!!!

 

 

 

 初めて始解に至った瞬間。

 それこそ虚白がまだディスペイヤーであった時、死神に追われ、虚にも喰われかけた悲劇的な運命を辿りかけた滅却師の少女。

 目の前の滅却師が、彼女が成長して滅却師の正装を身に纏った姿だと気付くや、焰真は時間の流れを感じずにはいられなかった。

 

「おまっ、大きくなったなぁ……!」

「それもこれも死神さんに助けていただいたおかげです。だから今はこうして死神さんに恩返しできます」

「俺に……恩返し?」

 

 怪訝そうに首を傾げるや、また新たな足音が近づいてくる。

 ゾロゾロと白装束を引き連れて現れる眼鏡の老爺は、未だ焰真に抱き着いて離れない滅却師の少女を窘めながらも、その瞳に優しさと温もりを滲ませていた。

 その眼差しは、呆気に取られている焰真を捉える。

 

「初めまして、芥火焰真さん。噂はかねがねこの子から聞き及んでおります。かつて滅却師を研究資料として集めていた死神に止めるよう便宜を図って頂いたとも……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! その前にあんたは一体……?」

「おっと! 申し訳ありません……気が急いて申し遅れてしまいました。儂は石田宗弦……石田雨竜の祖父です」

「あいつの……!?」

 

 見知った人間の肉親と聞き、焰真のみならず雨竜に近しいルキアや恋次が驚愕を面に出す。

 

「どうして雨竜の爺さんが瀞霊廷なんかに……!?」

「……話せば長くなります。じゃが、まずは目的を明らかにしましょう」

 

 一息吐き、好々爺然とした雰囲気から一変、厳格な修行僧の如き威風を纏った老爺は告げる。

 

 

 

「我々の目的……それは、ユーハバッハを打ち倒す事です」

 

 

 

 絶句。

 誰もが驚愕しつつも、その先の言葉を促す視線が宗弦へと集めた。

 

「……話せば長くなります。しかし、それだけの時間に見合う情報もお話するつもりです。どうか、ご清聴頂きたく存じます」

「……分かった。続けて下さい」

「ありがとうございます」

 

 促す焰真に一礼し、宗弦は語り始める。

 

「始まりは千年前。ちょうど光の帝国(リヒトライヒ)───今は見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)を名乗る滅却師の軍勢が死神に戦争を仕掛け、敗北した瞬間です」

「それで滅却師は瀞霊廷の影に潜んだ」

「ええ。じゃが、全ての滅却師がユーハバッハの麾下に入るのをよしとした訳ではありません。見えざる帝国には儂のように現世へ出奔する一族も居りました」

「それは……一体どうして?」

「ユーハバッハの血の呪縛から逃れる為です」

 

 血の呪縛。

 曖昧な言い回しだが、不思議と言葉の意味が理解できた焰真は神妙な面持ちを湛える。

 

「ユーハバッハの奪う力の事か?」

「あれは『聖別(アウスヴェーレン)』と言います。滅却師の“選別”とも呼ぶ忌むべき力……儂はあの力から滅却師を救おうと現世へ旅立ったのです」

「……? 詳しく頼めるか」

 

 未だユーハバッハの能力は不明な点が多い。

 それを実際に見えざる帝国に居た人間から聞けるのであれば、これ以上ない有益な情報を得られるだろう。

 期待の眼差しを一身に受ける宗弦は、数十年に渡って心に降り積もった思いの重さに影を落としながらも、粛々と語を継いだ。

 

「滅却師の伝承には、封じられし滅却師の王を謳ったものがあります。封じられた滅却師の王は、900年を経て鼓動を取り戻し、90年を経て理知を取り戻し、9年を経て力を取り戻す」

「9年? ……まさか!」

「ええ。9年前に行われたのはユーハバッハが力を取り戻すべく、自らが“不浄”と定めた混血統の滅却師達から滅却師の力を奪い去る掠奪劇です。それで命を落とした者も多い……」

 

 沈痛な面持ちで語る宗弦が想うのは、息子の妻であった女性。

 彼女もまた、ユーハバッハの聖別の犠牲となった滅却師の一人であった。

 

「ユーハバッハ……野郎!!」

「……先程、伝承でお伝えした力の9年……それが終わるとユーハバッハはある力に目覚めます」

「ある力……だと?」

「はい。それは……」

 

 

 

───未来を見通す力です。

 

 

 

『!!!?』

 

 紡がれた言葉が、一瞬時を止めた。

 想像だにしていなかった能力。

 ただでさえ強大な力を持つ滅却師の王。彼の真の能力が未来視だとは何と言う冗談か。

 

「馬鹿な……それでは奴が力に目覚めれば、我々の動きは筒抜けではないか!」

「ユーハバッハ……おのれ!」

 

 即座に危惧を口にする砕蜂に続き、狛村が握った拳を震わせる。

 

「しかし、手立てがない訳ではありません。それを皆様にお伝えするべく、我々はこうして参上したのです」

「……ああ」

 

 絶望するにはまだ早い。

 そう言わんばかりの宗弦の言葉が、仄かに滲んでいた絶望の色を払拭する。

 

「伝承から言えば、ユーハバッハは千年前にも未来視の能力は使えていたようです。だが、実際には護廷十三隊に敗北した」

「……先生か」

 

 沈痛な声と共に治療室から現れたのは浮竹であった。続けて仙太郎と清音も顔を出す。

 真央霊術院の学院長を務める浮竹だが、彼もまた招集を受けた人間の一人だと全員がその存在を受け入れる。

 そして紡がれた言葉が示唆する元柳斎───正確に言えば千年前の元柳斎が滅却師に勝利した出来事を思い返す。

 

「未来視は全知であっても全能ではない。しかし、兆しが見えたのはそれからあとの事……奴は本来の魂を分け与える力をより効率的に力を奪うものへと昇華させたのです」

「どういう手段だ?」

「それは己の血杯を取り込ませる……つまり、自身の血肉を与えるものでした。それにより見えざる帝国は強力な力を得た一方、滅却師という種族のユーハバッハによる隷属の力を強めてしまった」

「それをあんたは何とかしようとした……って訳か」

「ええ」

 

 滅却師の王と袂を分かってまで宗弦が追い求めていた術に、誰もが双眸を向け、耳朶を紡がれるしゃがれた声に傾ける。

 

「ユーハバッハの隷属から逃れる術、それは───」

 

 

 

***

 

 

 

「やっと……着いたか」

 

 一度は通った憶えのある道を踏みしめる一護。

 ここは霊王宮表参道。霊王宮本殿へと続く道───即ち、ユーハバッハが辿ったであろう轍でもある。

 最終的にやって来た面子は、織姫、泰虎、夜一、岩鷲を含めた五人だ。

 ウルキオラ、ヤミー、ロカの三人は浦原の言葉で現在別行動をとっている。曰く、黒腔からの別働隊だ。

 

「……」

「……石田の祖父の話か?」

「……ああ、まあな」

 

 泰虎に指摘され、一護は自身の険しい表情に気がつく。

 こうも滅却師の王との戦いが迫っている状況で、思案に耽っている状態であった理由は明白。天柱輦で霊王宮に上る前より聞いた宗弦の話である。

 

『逃れる術は二つ。一つは滅却師最終形態(クインシー・レットシュティール)です』

『それって、石田が力を失ったあの……?』

『……そうですか、あの子は使ったのですか』

 

 剣八との死闘の折、滅却師の誇りに懸けて滅却師としての未来を擲った雨竜の姿。

 思い返して紡ぐ一護の言葉に、徐に宗弦は目を伏せる。回顧するようにうんうんと頷いた彼は、間もなく話の本筋に戻った。

 

『儂が二百年も前に廃れた滅却師最終形態に執心した理由は、まさにユーハバッハの隷属から逃れる為です。滅却師の力そのものを失えば、聖別の犠牲となる事にならないのですから』

 

 一度日の目を見るが最後、滅却師としての究極の力を顕現させた代償として霊力を失う滅却師最終形態は、宗弦が思い描く未来にとっての希望であった。

 

『ともすれば滅却師という種の否定になるかもしれない……じゃが、いつユーハバッハに命を奪われるかも分からぬ状況を思えば、間違いとも言い切れなかった』

 

 想像してください、と老爺は語を継ぐ。

 

『愛した者が理不尽に命を奪われる未来を。……恐怖で支配された未来に先などありません。儂はただ、愛し合った人々が添い遂げられる未来を作りたかった』

『爺さん……』

『じゃが、それは叶いませんでした』

 

 慙愧に耐えない面持ちは、自身の研究が間に合わなかった現実への後悔を如実に表していた。

 滅却師最終形態へと至る為には、散霊手套と呼ばれる霊子を拡散する機構を備えた霊具を用い、七日に渡る過酷な修練を積まなければならない。

 

 滅却師の力を捨て去る為には、滅却師の極みに近づかなければならない───この二律背反こそが、大勢の命を奪った。

 

『儂の義理の娘……息子の妻、叶絵さんは9年前に命を落としました。彼女もまた混血統の滅却師じゃった』

『石田の母親……だよな』

『ええ。真咲さんは太陽のように温かな方でしたが、叶絵さんは雨のように清廉で優しい方だった。そんな彼女の死は、息子と雨竜の間にも大きな溝を作ってしまいました……』

 

 母が死ぬ。

 それがどれだけ大きな出来事であるかは、一護にも無関係な話ではなかった。一度は聖別で母・真咲を失いかけ、黒崎家は重大な人生の岐路に立たされた経験がある。

 辛うじて一命をとりとめた真咲であったが、死に瀕した母の姿を目の当たりにしたこそ、今の一護があると言っても過言ではなかった。

 

 それでも母が死んだ───否、殺された雨竜の心中は察するに余りある。

 父との軋轢もない一護にとっては、雨竜という孤独な少年の過去を共感するには同じ土台に立てている感覚はなかった。

 

『……でも、それなら何で石田……じゃねえ、あんたの孫は生きてんだ? 混血統の滅却師は、その時みんな力を奪われて死んじまったはずなんだろ?』

『それこそがもう一つの逃れる術です。黒崎一護くん……これは君にも関係のない話ではありません』

『俺に……?』

 

 一護は話の焦点を自分に向けられ、母親譲りのたれ目を見開いた。

 

()()()()()()()()()()()()。これから語るお話には、それは切っても切り離せない現実なのです』

『!』

 

 静かに、宗弦は切り出した。

 

『真咲さんと一心さん……お二人の間に生まれた君も紛うことなき滅却師じゃ』

『それは聞いてる! でも、俺は何ともなかった! だからこうして……』

『しかし、黒崎一心さん……志波一心さんは、仮の肉体に入っていたとは言え死神じゃ。真咲さんが純血統じゃったとは言え、死神と人間として在った彼との間に生まれ落ちた君は、純血統ではなく混血統として生を授かったはず』

『……!』

 

 信じられない。

 自分が生きていた。それだけで聖別と自分は無関係だと思い込んでいた。

 

 だが、それは不都合な事実から目を背けているだけ───そう言われていると感じた一護は、急速に口内が乾いていく。

 

『それじゃあ……遊子と夏梨も、どうして……?』

『……それも踏まえ、何故君のご家族と雨竜が生き延びたか、真相をお話いたしましょう』

 

 ともすれば滅却師の王たる自分を越える力を持っているかもしれないとユーハバッハに告げられた雨竜。

 混血統の彼が生き延びた理由。

 それはまさしく、ユーハバッハが自らの口で言い放った言葉に(こたえ)が潜んでいた。

 

『ユーハバッハの力を越える者であれば聖別の支配下には置かれないことに、儂は目をつけておりました……言わば原初の滅却師です』

『原初の滅却師……だと?』

『それは───霊王です』

『!!?』

 

 ユーハバッハは言った。己が滅却師の王だと。己が全ての滅却師の父だと。

 だが、そのユーハバッハもまた人の子である事実に変わりはない。

 ならば、彼に宿る滅却師の力の根源はどこにあるのか───その解に、あろうことか宗弦は尸魂界を統べる王の存在を口にした。

 

『待ってくれ、石田の爺さん! 霊王が原初の滅却師だって……!?』

『儂も全てを知っている訳ではありません。ただ、ユーハバッハは己の麾下に霊王の体の一部を加えておりました』

『霊王の体の一部を? そんな馬鹿な……!』

 

 困惑する一護に代わり、口を結んでいた浦原が反応を示す。

 

『……浦原喜助さん。貴方が真咲さんの命をお救いした事は息子から聞き及んでおります。なればこそ、貴方は霊王の正体には気づいておられるのでは?』

 

 逆に問いかける宗弦に、全員の視線が浦原へと集まる。

 困ったっスねぇ……、と頭を掻く浦原は『憶測でよろしいのなら』と前置きを付け加えた上で、尸魂界百万年の歴史の闇に葬られた真実に迫ろうとした。

 

『……霊王は、全ての種族の力の根源となった存在。人間も、死神も、滅却師も、完現術者も……その力の本流は霊王にこそある。とアタシは考えています。しかし、その強大な力を持つが故に、三界を維持する楔にされた……言わば世界は霊王という人柱の下に成り立っている。これは確かっス』

 

 淡々と語る浦原。

 彼が死神と虚の境界を失くそうと崩玉を創ろうとした際、見繕った理由こそが霊王の存在だった。

 死神と虚の境界を失くす研究が霊王の代替になり得るならば、逆説的に霊王は複数の種族の因子を有した存在だと言えるだろう。

 

『世界の成り立ち云々には門外漢ですが、霊王がユーハバッハを越える全知全能の神であった伝承は語り継がれておりました。ユーハバッハをして、“父”だと』

『ユーハバッハの父が霊王と……成程。話だけは耳にしてますが、それならその規格外な力にも合点がいってしまうっスねェ』

『ええ……儂は見えざる帝国より持ち去った霊王の欠片───正確には左腕から奪った一部とを研究し、君とその妹さん方……そして雨竜へ、霊王の欠片を仕込んだのです。聖別から逃れられるように、と』

 

 長い沈黙が場に流れる。

 その間、宗弦の湛える面持ちは、深い家族愛と己のエゴとの対立による葛藤を思い出したかの如く、歪みに歪んでいた。

 

『……而して目論見は的中しました。君達と雨竜はユーハバッハの聖別から逃れた。それこそユーハバッハを越えた力を持った証拠。原初の滅却師───霊王に近しい存在に』

『だとしたら、俺は……遊子と夏梨も……!?』

『───黒崎サン達も霊王の欠片を無事受け継いだ、そう見て間違いないですね』

 

 困惑する一護に、浦原が断言した。

 ともすれば目を背けたくなる現実であっても、浦原は毅然と伝え、己の意思の在り処を問うような男だ。

 言い切るや、瞠目する一護を見つめる彼の視線は信頼しているという他ない程に真っすぐであった。

 

───アナタならば、このくらいの苦難は乗り越えてきたでしょう?

 

 そう言わんばかりの瞳。

 その信頼に応えるよう、一護は動揺を抑え込んで浮足立つ心に平静を取り戻す。

 

『……つまり、あんたは俺の命の恩人ってことか……?』

『そんな大層なものじゃあありません……儂は、家族の為を嘯き、己が研究を完成させる為とは言え大切な家族を蔑ろにし、あまつさえ守り切れなかった愚かな男。せめて、せめて子供達はと願いを託したはいいものの、結局は君を辛い運命に引き込んでしまった……悔やんでも悔やみきれません』

『違ェ! それはあんたの所為じゃねえ!』

 

 思わず声を荒げてしまう一護。

 

 確かに持ち得た力で辛い目にあった事は多々あるだろう。

 霊感を持ち、いつ別れるかもしれぬ霊と触れ合い続けた。

 それから死神に目覚め、藍染の思惑の中で踊らされ続けたのもまた事実。

 持ち得た霊王の欠片より完現術の素養を持っていたが故に、銀城や月島に利用されてしまった過去もある。

 

 だが、湛える瞳には純真な優しさだけが浮かぶ。そこにはこれっぽっちも宗弦への憎しみや怨みを感じさせない。

 

『俺は……俺は周りのみんなを護れる力が欲しかった! 手に入れた力が死神でも、完現術者でも、滅却師でも関係ねえ! それで痛い目にも遭った……辛い目にも遭った……絶望でもう二度と立ち上がれねえんじゃねえかって何回も思った……けど、それも全部()()()()()()()!』

『っ……!』

『確かにあんたがきっかけをくれたのかもしれねえ。でも、あんたがくれたのはきっかけだけだ。そこから先は他の誰のもんでもねえ……俺だけのものだから。俺の人生は、俺が失ったもんと俺が手に入れたもんでできてる』

 

 死ぬような思いをし、失った辛さに胸を張り裂けさせた経験は幾らでもある。

 しかし、それはあくまで黒崎一護(じぶん)の人生。選び取った道を進んだ先で直面したのだから、後悔はあっても道を進むよう促した他人への怨みはない。

 

───最後に選ぶのは自分だから。

 

『だから、爺さん……あんたは俺の人生に勝手に悲しんでくれないでくれ。俺、こう見えて結構幸せだと思ってんだ。自分(てめえ)の人生がよ』

『……やはり君は真咲さんの息子じゃ』

『は……?』

『いえ……申し訳ありません。話を戻しましょう』

 

 呆ける少年を前に、厳かな居住まいへと立ち戻った宗弦は続ける。

 

『今の話の通り、君は霊王の欠片を持っていらっしゃる。それは霊王の血です』

『霊王の……血?』

『全ての滅却師はユーハバッハと繋がっている……その身に流れる血こそ、千年経とうとも絶ち切れぬ呪縛なのです。その呪縛を解くべく、儂が霊王の血から創り出した血清……『前進の金』とでも名付けましょう。その力は聖別を阻害する、ただそれだけだった筈でしたが……』

 

 意味深な間が、その先に待つ言葉の期待を膨らませる。

 誰もが悟っていた。これより紡がれる内容こそが、未来を切り拓く手がかりになると。

 

『しかし、儂が思っていたよりも霊王の力は強大だった。だからこそ、ユーハバッハも己の身体の一部を取り込ませ、魂を直接刻み込むなどという手段を考えたのでしょう』

『……もしや、それが星十字騎士団の言う“聖文字”と呼ばれるもので?』

『ええ。じゃが、霊王の一部に限っては元の力になぞった文字を冠しておりました。持ち得る力が最早“聖文字”に匹敵する……人智を越えた化生、儂はそう感じました』

『やれやれ。厄介っスね、それは』

『逆に言えばそこまでしなければ、奴は霊王の力を持った者に干渉できぬのです』

 

 老いさらばえ薄くなった虹彩、されど中央に佇む黒目は一護をしっかりと見据えている。

 

『もし仮にユーハバッハに勝てる可能性があるとするならば、彼奴の思い描く未来図から逸脱した君達に他ならない。儂は、そう思いたいのです』

 

 確信以上に滲む思い、それは───祈りに他ならなかった。

 

聖帝頌歌(カイザー・ゲザング)も、けして死神への復讐を誓ったばかりのものではありません。あれは祈りだったのです……千年後の未来もどうか滅却師という種が続き、命の花を咲かせている温かなものであることを願う……そんな祈りだった筈なのに』

『……爺さん』

『……黒崎一護くん。どうか、この老い耄れの願いを叶えて欲しい』

 

 しゃがれた声は、震えながら一縷の望みを紡ぐ。

 

『どうか、どうか雨竜を助けてやってはくれませんか』

『石田を……』

『あの子は聡明です。二百年前の滅却師殲滅の話を聞いても、両者の言い分に理解を示し、儂にも何か力にはなれんかと寄り添おうとする優しい子じゃ……そんな子が』

『断る!』

 

 しかし、それを一蹴するのは頼まれた一護であった。

 非難よりもまず困惑が殺到するが、すぐに続きの言葉が言い放たれた。

 

『爺さん、俺はあんたになんと言われようとも端っから石田は連れ戻すつもりだ』

『!』

『あいつ、普段は真面目で頭良い癖して、変な時に馬鹿で頑固になって屁理屈こねたりするからよ。きっと今回も自分にしかできねえことがあるとかなんとか思って、ひょこひょこ見えざる帝国に潜入したに決まってる!』

 

 そこに込められていた想いは、ただただ真っすぐな信頼。

 

『だから何も心配してくれなくていいぜ、爺さん。あいつは多分、あんたが知ってる石田のままだ』

『そう……ですか』

『んでもって、言い訳ダラダラ喋ろうもんなら、俺がぶん殴って連れ戻してきてやる! 『家族に心配かけてんじゃねえよ!』って』

『……あの子は、良い友達を見つけたようだ……』

 

 感極まったような声音が揺れ、宗弦の目尻からは透明な雫が零れ落ちる。 

 歳を取るといけませんな、と目元を拭う。目の前では少しばかり納得がいっていない一護が『俺と石田はダチなんかじゃ……』と口先を尖らすが、話を最後まで聞かぬのも老人の()()()()()ところだ。

 

『いえ、いいんです。友達であろうが何であろうが、あの子を信頼する人が居てくれるようで……本当に良かった。それだけでも君と話せた価値があった……そう、心より思える……』

『爺さん……』

『さあ、これでお話できることは全て伝えられました。君は君の為すべき事……望む事の為にお行きなさい』

 

 最後に、と付け加えられた言葉は、霊王宮へとたどり着いた今尚一護達の背中を押していた。

 

 

 

「───喜びがなけりゃあ未来に目を向けられない、か」

 

 

 

 噛み締めるように反芻する一護は、今一度霊王が坐す本殿を仰いだ。

 

(……あんたの言う通りだぜ、爺さん)

 

 迷いはなく、翳りもなく。

 

(俺が目指す未来も、きっとそういうもんなんだ)

 

 月の道は、煌々と天上へと続いていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「───成程な」

「如何にユーハバッハの未来視の穴を衝くか、そこが分水嶺となりましょう」

 

 霊王宮突入への準備が進む中、宗弦より語られたユーハバッハの力の全貌に迫る内容に護廷十三隊は難しい顔を浮かべていた。

 ただでさえ比肩する者がないと思える強さを誇る滅却師の王が、千年もの間に虎視眈々と力を蓄え、次元の違う領域に達さんとしていた事実は少なからず死神の士気に影響を及ぼした。

 

「ありがとう、雨竜の爺さん。あんたの話はきっとユーハバッハとの戦いに役立つ」

「……力及ばず、貴方達に任せてしまうのは心苦しい限りです。しかし、千年来の因縁に決着をつけるのであれば、貴方達死神を差し置いて奴を倒すべき者は居ないでしょう」

 

 礼を告げる焰真に対し、老爺の滅却師は言葉通り苦心を表情に出していた。

 だが、清々しい笑顔を湛える死神の青年は『そんなことねえよ』と応える。

 

「誰が止めたっていい。因縁がどうとかなんだとかさっぱりだ。千年前の戦争も、二百年前の殲滅作戦も、正直俺にはピンとこない……そんなことよりあんたみたいな滅却師が瀞霊廷に手を貸してくれることの方がよっぽど重大だと思うんだ」

 

 溝が深い死神と滅却師。

 二度の大きな戦争と、語られれぬ小さな諍いを含めれば、対立を深める理由などいくらでも見つかる。此度の最終戦争染みた決戦は、いよいよどちらかの種族を根絶やしにしなければ終わらぬ程の苛烈な様相を呈しているだろう。

 そんな中、死神の中で膨れ上がる憎悪や憤怒を予想しても尚、手を貸すべく参上した彼らの存在は大きいものだ。滅却師に対する嫌悪感を僅かにでも払拭する、そういう意味では間違いない。

 

「嬉しいんだ、単純に」

「……貴方の」

「?」

「貴方のように……貴方のような道を辿る事ができれば、どれだけの命が犠牲にならずに済んだかと思うと……っ」

「お、おい! いくら歳で涙もろいからって、急に泣かないでくれよ!」

 

 熱く迸る目頭を押さえる宗弦は、意図せず死神の道を辿った滅却師の存在に胸を一杯にする。

 

「はじめからこの道を選んでいれば……死神に迎合する事になろうとも、それで二つの種族が融和できるならば、滅却師(われわれ)は死神になる道が正しかったのかもしれません」

「それは違うさ、雨竜の爺さん。死神も滅却師も、きっとどっちも正しくてどっちも間違ってた。だから争ったんだろ?」

「それは……」

 

 口籠る宗弦。

 戦争は善と悪の衝突ではない。正義と正義の対立だ。どちらも自分こそが正しいと信じるからこそ、退かず、譲れず。そしてもう争いは十分だと感じてから、周りに転がる屍の数に気付く。戦争とは常々そういうものだ。

 

「俺も何百年も昔の事はよく分からない。けど、今と違って昔は掟に厳しかったり、自分と違う奴等を受け入れにくかったり……そういうのは想像できるんだ」

「……度し難いものです、お互いに」

「本当にな」

 

 時代の潮流は、いつの世にも存在する。それが他種族の迫害という形でさえも、だ。

 

 三界の魂魄量を調整し、世界を保ちたい死神。

 虚を滅殺し、自分達の種族を護りたい滅却師。

 

 結果的に対立してしまったものの、種を滅ぼそうとしてまで目的が相反していたかと言われればそうでもない。

 

「死神が魂の均衡を保つ役目を滅却師にも任せたら……滅却師が死神の言葉に聞く耳を持って、滅却以外の手段を取っていたら……それこそ、瀞霊廷で滅却師が斬魄刀を握っているようなことになってたかもしれないのにな」

 

 ありえたかもしれない未来を言葉にすればするほど、胸が締め付けられたように痛くなる。

 

「……それが叶わなかったからこその今です。ですが、今からでも遅くはない」

 

 焰真の言葉を聞く間伏し目がちだった宗弦が、覚悟を決めた眼を浮かべ、後ろに引き連れた同胞を代表して宣言する。

 

「我々が瀞霊廷に協力致しましょう! 千年もの軋轢と此度の犠牲が生んだ確執を埋めるには余りにも小さな集まりだ……それでも、何もせずには居られぬのです! 世界の危機を前に!」

「……それは、見えざる帝国と戦う覚悟があるって事か?」

「ええ……最早、已むを得ぬでしょう」

 

 言葉の節々に感じられる忌避。

 それが同じ種とし、互いを憎み、殺し合う対立に向けてだと気付いた瞬間───焰真は込み上がった思いをそのままに吐露した。

 

「駄目だ」

「え……?」

「あんたらはどんな理由があったって滅却師と戦っちゃ駄目なんだ」

「どうして!? やっぱり、私達を信用できないから……?」

「違う」

 

 涙目で訴える滅却師の少女の肩に手を置く焰真。

 語気こそ荒くなってしまったが、肩を包む手の力は優しく、温かいものであった。

 

「お前、言ってくれたよな? 恩返しに来たって」

「はい! だから、例え同じ滅却師と戦ってでも世界を守らなきゃって……」

「その気持ちは嬉しいんだ、本当に。でも、俺はあんたら滅却師同士を殺し合わせる為に助けた訳じゃない。あんたらが人だったから助けただけだ」

「え……?」

「死神も、滅却師も、虚も、完現術者も……みんな結局人なんだよ。持ってる力が少し違うだけで、根っこの部分は変わらない。だから本当は誰とだって殺し合わない方がいい筈なんだ」

 

 優しく、眼前の少女以外の滅却師以外にも諭す焰真は、()()()の誓いを思い出しながら紡ぐ。

 

「だから、それでも恩返しがしたいってなら……人を殺せなんて言わない。ただ、()()()()()()()()

『……!』

「それが、俺があの時お前を助けた意味なんだと思いたい」

 

 最後に少女へと視線を戻せば、しばし呆気に取られていた表情が途端に引き締まる。

 

「分かってくれたか?」

「っ……はい! ごめんなさい、死神さん……差し出がましいこと言っちゃって」

「謝る必要なんかねえさ。嬉しい気持ちは嘘じゃないしな。でも、それ以上に皆に傷ついて欲しくないだけだ」

「……私、自分がどうするべきかだけ考えて、他に考えなきゃいけないたくさんの事に目を向けてなかったみたいです」

「俺だって最初はそうだったさ。けど……良い人に恵まれたからな」

「はい! 私も……お陰様で!」

「そうか、なら良かった」

 

 はにかむ二人。

 それを眺める宗弦や周りの滅却師───そして死神も自然と頬を綻ばせる。

 

「よし、そうと決まれば……清音さん!」

「はいっ!! 呼ばれて飛び出て只今参上!!」

「この滅却師さん達を連れて、一緒に怪我人の救護活動を頼みます! 次に仙太郎さん!」

「おうよっ!!」

「みんなが救護に専念できるよう、他の隊士と護衛を務めてください! 二人共、手始めに余ってる死覇装を彼らに貸し出して!」

『えっ!?』

 

 驚きの声は、死神と滅却師の両方から上がる。

 

「流石にそれはまずいのではないか?」

「いや、でも見えざる帝国の滅却師と間違えられる方が危なくないか?」

「それはそうだが……ううむ」

 

 一旦ストップをかけるルキアであったが、それなりに筋の通った言い分の焰真に難しい顔を浮かべる。

 いくら応援者とは言え、死神としての誇りとも言える死覇装を滅却師に貸し出すとなると、各所から顰蹙を買う事態は想像に難くない。

 

 だが、

 

「……はあ、どうせやめろと言っても無駄だろう。貴様がそうしたいのならそれでいい」

「ああ!」

 

 仕方のない奴だ、とルキアは微笑んだ。

 どうせ現状は猫の手も借りたい状況。ならば、猫に借りるよりも信頼に値する滅却師の手を借りた方が救える人命は増えるだろう。

 そんな理屈を頭で捏ねるルキアに、他の死神もかねがね同意のようだった。

 

「……滅却師のみんなも、それでいいですか?」

 

 最後に必要なのは、他ならぬ滅却師の同意だった。

 陽だまりのように人を誘う温もりに溢れた声音に、拒む者は誰一人としておらず。

 

「……格別のご高配を賜り、感謝の言葉もありませんっ……」

「そんな大層なものじゃない。感謝の気持ちを伝えたいのもお互い様だ」

「……こうして触れ合っただけでも、貴方から滲み出る優しさが身に染みるようだ。とても……とても優しく、心清らかな方の愛情を一身に受けたのでしょう」

「! ……はい。俺を育ててくれた人達全員が───俺の誇りです」

 

 迷いない言葉は、宗弦の心に響き渡る。

 間違ってはいなかった───生前、幾度も死神に訴えた協力を無下にされ、尸魂界に来た当初は諦めていたものだ。

 だが、魂の故郷で出会った同胞より伝えられた出来事が、朽ちて還ろうとする心身に生気を取り戻させたのである。

 

 滅却師を助けた死神。

 

 その繋がりこそ、今、この場に宗弦達が存在する理由であった。

 

「……ええ。貴方の想いを無駄にしない為にも、我々も為すべき事を果たしましょう」

 

 こうして約定は結ばれた。

 千年もの長い時間をかけ、ようやく漕ぎ着けた死神と滅却師の和解の瞬間だ。それはとても小さな一歩かもしれないが、尸魂界百万年の不変を思えば、歴史に残る革新である事には違いなかっただろう。

 

「よぉーし! そんじゃあ俺達が護衛に付いてやるから、大船に乗ったつもりで居てくれよォ!」

「うっさいわね、なにが大船よ! すいません、滅却師さん……こいつ頼られるのが嬉しくて浮かれてるみたいで」

「んだと、このサル女! 嬉しいので浮かれてるのはてめえも同じだろ!」

「どういたしまして!」

 

「……すいません、これが普段の調子なんで」

 

「ははっ、賑やかで楽しい方々じゃ。羨ましい限りです」

 

 喧嘩するほど仲が良い───訳でもないが、息の合った十三番隊席官主導の下、瀞霊廷に協力する滅却師は救護活動へと発った。

 

「よォーし! 準備はええか、死神ども!」

 

 すれば、タイミングを見計らっていたと言わんばかりに飛び込むひよ里を含めた仮面の軍勢四名が、機械的な如雨露を傾けて液体を台座に注ぎ始める。

 

「これで霊王宮へと繋がる『門』を創れます。さあ、皆サンはこの珠を持って霊圧を注いでください」

 

 仮面の軍勢が死覇装への着替えを済ませる間、珠は全員に行き届く。

 しかし、

 

「これで……───!!?」

「なんだ、この震動は……!?」

「うおっ!? 屋根が吹き飛んだぞ、襲撃か!?」

 

 震動と衝撃。

 度重なる異変に不穏な気配を覚えるが、どうにも敵らしき霊圧は周囲に感じられない。

 

「これは……尸魂界そのものが揺れてるのか……?」

「……まさか───」

 

 険のある面持ちを湛える白哉の言葉に、浦原の眼が見開かれる。

 

 

 

「霊王が死んだのか───……!」

 

 

 

 青天の霹靂の如く、何人の理解も追いつかせぬ終焉は(おとな)った。

 唖然、動揺、驚愕。この場に居る者が三者三様の反応を見せている間にも、大地や大気が崩れる震動は次第に強まり、周囲の建物が倒壊する轟音が聞こえてくる。

 

「なんでや!! 零番隊は何してんねん!! 一護はどないしてん!!」

「考えたくはないですが……零番隊は全滅し……黒崎サンは間に合わなかった……そう考えるのが妥当でしょう」

「……霊王が死ぬとどうなるですか?」

「このままでは瀞霊廷が───いや、尸魂界も。虚圏も。現世までも消滅する」

 

 三界の消滅。

 誰もがそれを止めようと戦った。血を流した。死んでいった。

 にも拘わらず、全てが水泡に帰す結末が迫っている事実に、誰もが信じられないと動揺を露わにする。

 問いかけた焰真ですらも、現実が受け止められないと放心に近い表情を浮かべ───すぐさま頬を叩く。

 

「何か俺達にやれる事は!? いや……無くったって、霊王宮に行ってユーハバッハを止めなくちゃならないだろ!! 浦原さん、早く準備をしよう!!」

「いや」

「ッ!? 浮竹……さん?」

「───俺が霊王の身代わりになろう」

 

 混乱の渦中の中央に身を置く浮竹。

 『説明は後だ』と周りの人間を制し、斬魄刀を抜いた浮竹は、背中に施された不気味な()()の刻印を露わにする。

 

ミミハギ様

ミミハギ様 ミミハギ様

御眼の力を 開き給え

我が腑に埋めし 御眼の力を

我が腑を見放し 開き給え

 

 一度目。

 背より湧き出でし影が腕の形を成す。

 

ミミハギ様 ミミハギ様

御眼の力を 開き給え

我が腑に埋めし 御眼の力を

我が腑を見放し 開き給え

 

 二度目。

 続けて、握られた拳の甲に瞳が浮かび上がる。

 

 刻々と膨れ上がる影は、脈動する度に得体の知れない力の波動を解き放つ。

 

「俺は……3つの頃に重い肺病を患った。この白い髪はその時の後遺症だ」

「それは……知っています」

「俺は本来なら、その3つの頃に死ぬ筈だった」

「!」

 

 浮竹の体が病弱さは、護廷隊の死神ならば周知の事実と言っても過言ではない。

 だが、それでも自身を導いた大恩のある人間が本来は死んでいたと本人の口から紡がれ、焰真が動揺しない筈もなかった。

 

「……“ミミハギ様”、というのを聞いた事があるか」

「……名前だけは。東流魂街の外れに伝わる土着神スね」

 

 東流魂街七十六地区“逆骨”。

 下から数えた方が早い治安の悪いに土地に住まう者達は、霊王や死神を崇めるよりも前に、眼前に降ってきた異形の化生を崇めた。

 自らの持つ“眼”以外の全てを捧げた者に加護をもたらすとされる土着神───“ミミハギ様”を。

 

 

 

「その神は、はるか昔に天から落ちてきた霊王の右腕を祀ったものだと伝えられている」

 

 

 

 その正体は、余りにも時宜を捉えていた。

 仮に見えざる帝国の麾下に霊王の心臓と左腕が在ると知らなければ、荒唐無稽な冗談だと切って捨てた内容だ。

 しかし、浮竹のやけに穏やかで冷静な声音が、浮足立つ者に平静を取り戻させる。

 

「霊王の右腕は“静止”を司る……俺の肺に喰いついた右腕は、肺病がそれ以上悪くならぬようにと止めていた。ここ最近は随分と良くなったが、俺が瀞霊廷で働けるようになったのは元々他でもない、ミミハギ様のお蔭だ」

「浮竹さん……」

「……そんな目をするな、焰真。皆も聞いてくれ」

「! ……はい」

「俺の肺に食いついていたミミハギ様の力を全身に広げる儀式を『神掛』と言う。今の俺の全ての臓腑はミミハギ様の依り代となった。───今の俺は霊王の右腕そのものだ」

 

 霊王の代わりと成れる存在、それは霊王より奪われた四肢や欠片の数々に他ならない。

 その中でも特に強大な力を持つ四肢を以てすれば、三界の崩壊を喰い止める楔となれよう。“静止”を司る右腕ならば、尚更可能性は高い。

 

「俺は……自分が生き延びた理由を知った時から、いずれ来るこの日のことを考えていた」

「浮竹隊長……ッ!」

「何を言ってるんだ、海燕……隊長はお前だろう?」

 

 百余年もの付き合いとなる海燕は、自身の隊長羽織の裾を握りしめながら、くしゃくしゃに歪んだ顔を浮かべていた。

 大切な部下が思慕のまま涙を浮かべる姿を前に、浮竹は嬉しさと悲しみが半々になった思いを胸に、神掛の最終段階へ移ろうとしていた。

 

「他の皆にもよろしく頼むと伝えておいてくれ。───十三番隊は……俺の誇りだったと」

「……浮竹さん」

「どうした、焰真……?」

 

 何か言いたげにやや伏し目がちな姿は幼子を彷彿とさせた。

 浮竹も思わず親のように温かな眼をやれば、目元を腫らしながら、固く握った拳を胸に当て、喉元に留まっていた言葉を押し出す。

 

「俺……父親を知らないから、家族が居たら……海燕さんが兄貴で……浮竹さんが父親みたいだな……そう思ってて……ッ!」

「……そう、か」

「貴方には返し切れない恩を受けた! 愛情をもらった! それがあって今の俺が居る!だから……絶対に繋いでいきます! 瀞霊廷を護ろうとする貴方の想いを!」

「───それだけ聞けば、思い残すことはない」

 

 柔らかな微笑みのまま、浮竹は涙を溜める()()()()()に告げた。

 

「お前も俺の誇りだ。俺の心……お前に託すぞ」

「ッ……はい!!!」

「……後は、お前達が未来を切り拓いてくれ」

 

 天を仰ぐ浮竹。

 直後、魂より迸る咆哮を上げるや、彼の目や鼻、口から湧き上がる黒の本流が空を目指す。

 どこまでも、どこまでも伸びていく霊王の右腕。

 

 いつしか、終わりに怯える世界は───その震えを止めた。

 

「……浦原さん、()()()()()()()()()?」

「……わかりません」

 

 誰もが訊く役目を躊躇った問いかけ。

 それは浮竹の命運が尽き、再び三界が危機に瀕すまでの時間だ。

 今現在、死した霊王の代わりを務める彼の命により、世界という天秤は辛うじて均衡を保っている危うい状況。

 残された時間は明らかではなく、それでいていつまで保つかもわからない。

 

「それなら……急ぎましょう! 門を創って、霊王宮へ!」

「芥火サンの言う通りっス。皆サン、珠に霊力を込めてください!」

 

「───フム、招集があったから覗いてみれば」

 

「ッ……涅隊長!」

「他人の研究室で随分と勝手な真似をしてくれている様だネ」

 

 壊れた天蓋から覗き込む奇怪な人相。

 一目見て分かるマユリは、副官のネムを連れて研究室へと降り立った。

 

「成程成程。門を創る為に全員の霊圧を結集させてると───解せんネ」

 

 徐に研究室のキーボードを叩くマユリ。

 すると、不意にキーボード裏の壁が開くや、中に佇む巨大な機材が現れるではないか。

 

「膨大な霊圧が必要なら、何故先に霊圧の増幅器を用意しない?」

「そんなモノがあるなら教えといて下さいよ……」

「こんな事態になるとは()()()()()()()()()ものでネ」

 

 呆れた声音で返す浦原に、マユリは淡々と答える。

 だが、その平然とした様子こそが彼なりの意趣返しだと、二人の関係を知る者であれば誰もが予想はついた。

 斯くしてマユリの用意した霊圧増幅器を利用し、霊王宮へと繋がる門は着々と準備されていく。ここへ着替え終わった仮面の軍勢が加われば、とうとう門はできあがる直前になる。

 

「……良かったのか?」

「うん?」

「本当に俺達に付いてくる事だ」

「あー、今更それ聞いちゃう?」

 

 珠に霊圧を込める焰真が、隣でも同様の作業を続ける虚白に問いかけた。

 それは頭の片隅にずっと抱え込んでいた疑問。いや、心配とも言えた。

 

「恩義を楯に取って命かけさせるのも気が引けるしな。……多分、引き返すなら今の内だ。それに、俺らを助けてくれるってならわざわざ霊王宮まで行く必要もない。瀞霊廷に残ってくれるだけでも───」

「……はあ」

「? どこにぃい!!?」

 

 溜め息を吐いた虚白が歩き出したかと思えば、一切の手加減がない膝カックンが焰真を襲った。さらには、上体を反る状態となった焰真の後頭部へ、虚白の頭突きが炸裂する。

 二段構えの攻撃。響く鈍い音が今の一連の出来事の強烈さを何よりも表していた。

 苦痛に喘ぐ焰真は、それでも珠を離さぬままに抗議の視線を下手人へと注ぐ。

 

「うごごっ……お、お前……!?」

「気にしすぎだって。そもそも命惜しかったらこんな処にまで来ないでしょ」

「……それでも」

「それでももデモクラシーもないよ。ボクはボクがしたいと思ったから此処に居る。自分が助けた人の事そこまで気にかけて……案外束縛強いタイプだったり?」

「それとこれとはまた違うだろ!」

「そっか。でも、心配ならいらないよ。ボクは───キミとの約束を果たしたいだけだから」

 

 恩義ではなく信義だと。

 虚の力を身に宿しながらも、埋まった心が正しいと信ずる方を向く魂は、焰真に寄り添った。

 

 

 

「一緒に行こうよ、()()()()。地獄の涯でも付き合うよ」

 

 

 

「ッ……!」

 

 そう紡ぐ姿に、何故か今は亡き少女を思い出した。

 現世で初めて出会った少女───お人好しで、そのくせ頑固で、死神の自分を助けてくれた滅却師を。

 

(そうか……()()()()()()()()()

 

 またもや熱くなる目頭が、未だ癒えぬ傷に浸み込んでいく。

 それは痛みではなく、優しさや温もりという形で。

 

(なあ、咲───また俺と一緒に戦ってくれるんだな)

 

 彼女の面影を垣間見た焰真は、時と場を省みずに涙する。

 

 熱い、熱くて堪らないのだ。

 様々な人間から託され、受け継いだ魂の繋がりに心が燃える。

 

 今にも心魂を焼き尽くさんばかりに燃え上がる決意に冷静さを取り戻させるよう、溢れる涙は延々と流れ続ける。

 しかし、それを見るや虚白がバツの悪そうな顔を浮かべた。

 

「あれ? もしかして泣いてる……? いやー、あっはっはー。案外キミって泣き虫? あれだよね、ボクの言葉で感動した……ってことにしてくれない……?」

「あーあ、泣かせた」

「おっふぅー。リリネット、それ言っちゃう? おっと、それ以上何か言うつもりならやめといた方がいいよ。場所を憚らずに泣き喚くからね。ボクが泣いたら中々泣き止まないよ~?」

「どういう脅しだよ!」

 

 小気味のいい音を響かせるリリネットのツッコミが、虚白の頭に炸裂する。

 その間にも、門創りは佳境へと差し掛かっていた。

 

 誰もが確信する、これで霊王宮へと辿り着けると。

 

「!」

「浮竹さん!?」

「───あれは、なんだ?」

 

 だが、差し込む光明を覆い隠す暗雲───否、闇が空から降り注いだ。

 霊王宮へと伸びていた筈の影が吸い込まれるように消え、謎の黒い物体が遮魂膜を覆っていく。

 遮魂膜全体に張り付く黒は、瀞霊廷へ注がれる光すらも奪い、瞬く間に邸内を仄暗く彩る。

 

「瀞霊廷が……鎖された?」

 

 急速に流転する状況に戦慄する焰真は、闇の先に望んだ。

 

「何か……来る!」

 

 

 

 

 

「───チィ───」

 

 

 

 

 

 気味の悪い声を発し、ゾロゾロと殺到する単眼の黒い赤子の群れ。

 一見力は低く見えるが、何よりも数が驚異的だった。それが瀞霊廷の天蓋全てを覆い尽くす影の正体だと気付いた時には、崩れた天蓋より押し寄せる化生が研究室へと向かってくる。

 

「くそ!!! ユーハバッハの野郎、一体何を……!!!」

『止メテクレ』

「え……?」

 

 斃れた浮竹を抱きかかえた焰真は、刹那、声を聞いた。

 

 しかし、その主を理解する余裕間がない今、焰真は即座に外へと飛び出した。

 するや、無秩序に思えた単眼の化生は、一斉に焰真へと標的を定めるかの如く進軍する。

 

「俺を狙ってるのか? なら……!」

「待て、焰真! 何処へ行く!?」

「少し離れた場所に!! そこで一掃する!! 皆は門を!!」

 

 ルキアの声すらも振り切る速度で化生を一手に引き受けた焰真は、今尚天蓋より降り注ぐ黒を前に浄化の炎を迸らせる。

 

「なんだか知らねえが……ユーハバッハの仕業なら遠慮はしねえよ!!」

 

 業鏡

 

 不可侵の防御壁を生み出し、雪崩れ込む化生を表層に流れる炎で焼き尽くす。

 すればただちに塵となって消えていく化生が、焰真の中へと還元されていく。護りの涯に達する掠奪。焰真と化生と攻防は、終始焰真優勢で事が進む。

 

 

 

───かに思えた。

 

 

 

『滅ボセ』

「ッ……なん、だ……!?」

 

 突如として聞こえる声と頭を襲う痛み。

 最初こそただの幻聴だと一蹴していた焰真であったが、時間が経つにつれて激しさを増す頭痛が精神力と集中力を削る。

 

「誰の声だ……!?」

『許スナ』

「お前は……誰なんだ!!?」

『───汝ガ滅却師ナラバ、死神ヲ許スナ』

 

 刻一刻と鮮明に聞こえる声に苦しむ焰真。

 限限のところで堪えはするものの、未だ化生の海嘯(つなみ)は止まず、全方位に展開される業鏡を呑み込んでいく。

 

『許スナ』 『何故』 『滅ボセ』

『思イ出セ』 『死神ノ罪ヲ』

『思イ出セ』 『奴等ノ所業ヲ』

『何故ダ』 『奪リ戻セ』 『余ヲ』

『世界ハ』 『滅ボセ』 『在ルベキ姿ニ』

 

「うっ、くぅ……!!?」

 

 力と共に何者かの意思が頭に雪崩れ込み、酷い頭痛を生じさせる。

 このままでは押し寄せる化生を全て無力化する前に()()()()()()───そう予感した焰真は、違う方法で押し返さんと試みようとした。

 

 

 

「───そのままにしておけ」

 

 

 

 だが、寸前に響いた声が護りの手を留めた。

 

(この声は)

 

 信じられない、しかし確かに聞き届けた。

 

 

 

「破道の九十……───『黒棺』」

 

 

 

 紡がれた葬送の呪言。

 直後、展開する防御壁ごと空間を軋ませる重力の奔流は、まさに焰真に誘き寄せられていた単眼の化生を一瞬の内に圧し潰す。

 間違いなければ、九十番台の鬼道を詠唱破棄していた。

 にも拘わらず、霊王宮で修行を積んだ焰真の防御壁に罅を入れる程の威力。

 

 これだけの所業、出来得る者はただの一人しか存在しない。

 

 

 

「───藍染……さん」

「久しぶりだな、芥火焰真」

 

 

 

 藍染惣右介、元五番隊隊長。

 それでいて瀞霊廷への謀反により、“無間”にて二万年以上の幽閉が決まった大罪人が、拘束用の椅子に縛り付けられたまま地上に姿を現れていた。

 

「ふむ……私の黒棺を受けても平然としているところを見ると、随分と成長したようだね。元上司として嬉しく思うよ」

「助けに……来てくれたんですね」

「……」

 

 自然と口から出た言葉に、藍染が眉を顰める。

 

()()()()()、か。君の眼にはそう映って見えるかい?」

「はい。お蔭様で助かりました、ありがとうございます」

「……やれやれ、つくづく君の甘さには頭が痛くなる」

 

 人によれば皮肉にも聞こえる言葉だった。

 しかし、救援を疑わない焰真の物言いに、藍染の瞳が細められる。

 

 奇妙な空気を漂わせるやり取りが繰り広げられる一方、憶えのある強大な霊圧を感じ取った面々が研究室の天井から飛び出してきた。

 

 浮かべる表情は驚愕に染まり、程なくして困惑へと変わる。

 

「藍染様……」

「あらら、なんや。会いたない人が来てもうたわ」

「そんな寂しい事を言わないでくれ、ギン。要も、芥火焰真に取り留められた命を大事にしているようだね。元気そうで何よりだ」

 

 含みのある声音を紡ぐ東仙に対し、市丸はズケズケと本音を口にする。

 それすらも一笑に伏す藍染は、何とも奇怪な組み合わせの面子にほぅ……と声を漏らす。

 

「破面も居るようだな。いや、仮面がないところを見るに破面ですらもなくなったか。私の意図しないところで進化しているとは、これはまた驚きだ」

「───さて、世間話もそこまでにしようか」

「そう言うな、京楽。お前が連れ出したんだろうに。もう少し彼らと話したいんだがな」

「お生憎様、そう悠長にしていられる時間もなくてね」

 

 悠然とした居住まいを崩さぬ藍染の背後から、女物の羽織を靡かせる男が現れる。

 新たな護廷十三隊総隊長を拝命した死神、京楽春水。平時は女好きな遊び人の彼だが、この時ばかりは隠した爪を───思慮深い慧眼を惜しみなく発揮するような威厳ある風格を漂わせていた。

 

「何故と訊くだろうから先に言うけど、彼の力が必要だと判断したからだ」

「そうだったんですか、京楽隊長が……」

「複雑かい? 芥火君」

「いえ、助けてもらったので……」

「君は案外割り切った部分があるからねぇ」

 

 その調子で頼むよ、と焰真に応える京楽は、今度は険しい形相の護廷十三隊に目を遣った。

 

「不服なのは分かるよ。でも、面子じゃ世界は護れない」

 

───流儀に酔って勝ちを捨てるのは三流の真似。

 

 それが京楽の持論であり、隊長羽織にかけた覚悟そのもの。

 

 

 

「悪を倒すのに悪を利用する事を、ボクは悪だとは思わないね」

 

 

 

 綺麗事では世界を救えない。

 世界を救えなければ、そんな綺麗事さえ吐けなくなるのだから。

 

 現実に則った論理を告げる京楽に反論できる者は居ない。

 ユーハバッハの強大な力を見た者ならば、誰もが一抹の不安を覚えていた。その不安を煽るような言葉。

 ともすれば誰かを侮辱し、あるいは誇りを穢す行いである事実は否定できない。

 それを理解してしまっていたからこそ、ほとんどの者は込み上がる不平不満を喉元で押し留める。

 

「ッ、今度はなんだ!?」

「滅却師の街並みが……剥がれていく?」

 

 京楽の考えが正しいと言わんばかりに、状況はさらに窮していく。

 影より出でし瀞霊廷を覆う滅却師の街が、謎の大震と共に宙へと持ち上がり、そのまま空を目指して昇っていくではないか。

 いよいよ手段を選んでいられる場合ではなくなった───誰もが悟った頃、

 

 

 

「───議論は終わったみてえだな」

 

 

 

 不意に響く声が全員の注目を集める。

 

「お前は……星十字騎士団の?」

「リルトット・ランパード。憶えてくれなくても構わねえ」

 

 焰真に対し淡白に自己紹介するリルトットは、『それよりも』と手に握っていた物体を放り投げる。

 甲高い音を奏でて地面を跳ねたのは、透き通った宝石が埋め込まれた装飾品であった。

 

「何だ、これ……?」

「『太陽の鍵』。銀架城にある『太陽の門』って金属板に翳すと、太陽の門同士の間を移動できるもんだ。そいつを一つくれてやる」

「!」

 

 過るは感謝よりも前に懐疑の念。

 

「信じるな、焰真! さっきの滅却師達とは違う……此奴は敵なのだぞ!」

「それは……そうかもしれねえけど」

「疑うならさっきのジジイ───石田宗弦に直接訊け。あいつなら知ってるだろうよ」

 

 しかし、懐疑の視線を集めながらもリルトットとバズビーは平然としていた。

 信じられようが疑われようが関係ない、そう言わんばかりの態度だ。

 

「これで貸し借りはなしだ。それじゃあ()の話に行こうか」

「は?」

「霊王宮に続く門を創るのにオレ達も手伝わせろ。その代わりにオレ達も霊王宮に連れてってもらおうか」

 

 大勢の死神の間を縫って進む二人の滅却師。

 敵だとするならば命を捨てたも同然な真似だが、焦燥を感じさせないのは本当に敵対する意思がない故か。

 

「もしオレらを霊王宮(うえ)に連れてくなら、案内ぐらいはしてやる。ユーハバッハの処までな」

「本気か……!?」

「信じるかどうかはてめえらの問題だ……が、オレは本気だぜ。どうだ、悪い話じゃねえだろ。オレもユーハバッハに用があるんだ」

「用ってのは何だ?」

「決まってるだろ……───ユーハバッハをブッ殺すんだよ」

 

 憮然と言い放つ滅却師に焰真は瞠目する。

 

 それこそ『本気か』と問いかけたかった。つい先刻聖別の犠牲になりかけたものの、それでも自軍の頭目を討とう等、余程の覚悟がなければできない真似の筈だ。

 自軍を打ち崩し、果てにはそれからも敵軍から狙われ続けるかもしれぬ修羅の道。

 それを辿ろうとする彼らに、焰真は純然な心配を向けていた。

 

「殺してどうするんだ?」

「どうもこうもねえよ。殺されかけたから殺す、普通の感覚だろ。てめえの命を掌の上に転がされ続ける人生なんて、オレは真っ平ごめんだぜ」

「……そうか」

「なんだ? まさかこの期に及んで『殺すのは良くない』なんて綺麗事吐くつもりじゃねえだろうな?」

「いや」

「あ? だったら───」

「ユーハバッハを倒したら……生き残った滅却師の奴等ができるだけ酷い目に遭わないよう取り合う。そう考えてさ」

「……あ?」

 

 ポカンと口を開くリルトット。

 しばらくすれば、我に返るや手を叩いて『こりゃ傑作だぜ』と呵々大笑する。

 

「とんだ甘ちゃんだぜ。……嫌いじゃなくなってきた」

「お、おう」

「ユーハバッハじゃなくて、こっちに付いて正解だったな。なあ、バズビー?」

 

 少女の問いに青年は尚も険しい顔を浮かべながら、舌打ちを鳴らす。

 

「俺はユーハバッハと……ユーゴーと決着をつけられりゃあいい」

「そうかよ。……っつー訳だ。確約はできねえが銀架城も昇っていった以上、太陽の門を見つけさえすりゃあある程度城の近場には出られる筈だ」

 

 気丈夫な物言いで再度提言するリルトットに、京楽を始めとした知恵者が思案する。

 この提案を受け入れた際のリターンは大きい。仮に銀架城がそのまま霊王宮に移ったとするならば、城内の地形を把握している人間を味方に入れられる訳だから、スムーズな進軍が可能だ。加えて太陽の門を繋げれば、移動時の襲撃というリスクを大幅に減らせられるだろう。

 リスクとしては、この提案そのものが罠である可能性。太陽の門を移動した瞬間、敵に囲まれるなどという状況に引き込まれてしまえば為す術なく全滅の危険すらある。

 

「さて……ここは滅却師のお嬢さんを口説き落とした色男に任せるとしましょっか」

「……え? なんで俺を見るんです、京楽隊長?」

「判断を君に仰ぐよ。破面も味方に引き入れた君だ。そういう所の目利きはボクよりも長けてると思うんだ」

「ええ!?」

 

 京楽に肩を叩かれた焰真は、周りの者の表情を見回す。

 判断を任されはしたものの、このバラバラな人間全員を説得できる話術など持ち合わせはしていない。

 どうしても強引な決定になる事を踏まえ、だからこそ誠心誠意込めた言い方をしようと決めた焰真は、こほんと咳払いをしてから口を開く。

 

「……信じましょう、この人達も。責任は俺がとります」

「味方を信じさせたいなら裏切られた時の保険もかけろ、馬鹿者め」

「そ、砕蜂隊長……」

「最低限、貴様らは我々の先頭に立て。裏切った時はすぐに殺せるようにな」

 

「ああ、構わないぜ。ただで信用されるとは思ってねえからな」

 

 厳しくも現実的な反論を述べる砕蜂であったが、内容的にはあくまで判断を受け入れるものであり、焰真も胸を撫で下ろす。

 リルトットも砕蜂が追加する条件を飲み込み、漸く話がまとまった。

 

「よし! 最終段階っスよ! 心の準備も良いっスね?」

「当然だ!」

「頼んだぞ、浦原!」

 

 浦原の問いかけに恋次とルキアが応える。

 他の者も抱く覚悟は一緒だ。

 現存する全隊長格、仮面の軍勢、離反した隊長、帰面、星十字騎士団の混成部隊が霊圧を込めれば、瞬く間に霊王宮へと繋がる門が完成する。

 

「開きますよ!」

 

 

 

 開かれるは、千年もの時を隔てた血で血を洗う戦争への扉。

 

 

 

(待ってろ……ユーハバッハ!!)

 

 

 

 千年血戦、最終章の幕開けだ。

 

 

 

 

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