BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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 激震が真世界城を襲う。

 大地が唸り、空が叫ぶ。振るわれる剛刃は触れるもの皆圧し潰し、踏みしめる剛足は浮かぶ神殿を断割してみせる。

 

「ウハハハハハ!! 幾ら逃げたところで無駄だ!! 我の『希望の剣(ホーフヌング)』から逃げるなど不可能よ!!」

 

 嵐を巻き起こしながら呵々大笑する山の如き巨漢が、巨躯に見合った大剣を振り抜いた。

 鈍重な見た目とは裏腹に、大質量の剣は疾風となって周囲を飛び交っていた羽虫の一つを弾き飛ばす。

 深紅の飛沫をまき散らしながら、白い影は建物を突き抜ける。

 

『虚白!!?』

「チィ! 出鱈目過ぎるだろオイ……リリネット、嬢ちゃんを援護するぞ」

『まかせろ!! あのデカブツめ……ゼッタイにぶっ飛ばしてやる!!』

 

 味方の一人をやられ、憤怒に駆り立てられるリリネットが狼の弾頭となってジェラルドへと群がる。魂を分かつ能力より生み出された弾頭は、ネムの『義魂重輪銃』程ではないものの単純に霊圧を放つ虚閃よりも数段上の破壊力を有す。

 それが凡そ数十。並みの実力であれば、一方的に貪られる圧倒的な弾幕がジェラルドに喰らい付く。

 

「効かぬと言っている!!!」

『グッ……!』

 

 が、それらをたった一振りで一掃するジェラルド。

 リリネットも思い通りにならず苦悶の声を漏らすが、彼女と心持を同じくする仲間が追撃を仕掛ける。

 

断瀑(カスケーダ)!!」

 

 天より降り注ぐ瀑布がジェラルドの脳天に直撃する。

 あらゆるものを押し流し、圧砕する勢いの水流。

 それを見守るハリベルであったが、激流の奥から伸びる腕を垣間見るや、攻撃を中断して響転で回避に徹する。

 

「化け物め……ッ!」

「温い!! 温い温い温い温いぞ!! この程度か、十刃!!」

「がっ!?」

 

『ハリベル様!!』

 

 回避に徹したにも拘わらず、盾を装備した腕はハリベルを捉え、粉砕した瓦礫が転がる地表へと叩きつける。

 決して少なくないダメージを負ったであろう光景を前に、部下であり仲間である3獣神は切迫した声を上げた。

 

「糞がァ!!」

「よくもハリベル様を……死に晒せっ!!」

「簡単に死ねるとは思わない事ですの……!!」

 

 三人の放つ虚閃は、期せず同調を果たし、一条の極太な閃光と化して不動の大山を呑み込んだ。

 

「アタシ達も続くわよ!! ビューティフル・シャルロッテ・クールホーン`s……」

「長いんだよ!! 死ぬか!?」

 

 と、続くクールホーンに罵声を浴びせ、ルピもまた背中の触手の先から虚閃を解き放つ。

 

「こんなもの喰らうと思ったか!?」

 

 しかし、目の前の滅却師には通用しない。

 ただの一振りで掻き消される虚閃。同時に振り抜いた掌より巻き起こる旋風が、周りに立っていた者の体を浮かせるようにして吹き飛ばす。

 

 だが、それに逆らって突き進む者も居る。

 

「ウロァァァアアア!!」

「同じ事だ!!」

 

 帰刃───『滅火皇子』を解放するワンダーワイスが、自身を奮い立たせる雄叫びを上げ、仲間を鎧袖一触に打ち伏せる敵へと吶喊する。

 ともすれば上位十刃に匹敵する実力を有すワンダーワイスだ。並みの隊長格を上回る戦闘力は目を見張るものがある───が、それでもジェラルドという強大な存在には届かない。

 真正面からの激突。

 ジェラルドの拳撃に対し、ワンダーワイスは無数の触腕を振り抜く殴打の嵐で立ち向かう。

 

 勝者は───ただの一撃の方だった。

 

『ワンダーワイス!?』

「ッ……あいつでも駄目か。まったく、随分と厄介なのを引き受けちまったぜ……なあ、嬢ちゃん」

 

 叫ぶリリネットを余所に、スタークは両手の拳銃から幾条もの虚閃を乱れ撃ち、ジェラルドへ弾幕を張った。

 ただの虚閃では掠り傷にもならないと、ここまでの戦いの中で明らかになっている。少なくとも王虚の閃光か黒虚閃でなければ話にならない。それ程までに今のジェラルドは常軌を逸した強さを誇っていた。

 

「ウワハハハハハ!! 高が虚閃如きで我に傷をつける事など“奇跡”が起きても不可能だ!!」

 

 押し寄せる“無限装弾虚閃”を意にも介さず、強靭な肉体で受け止めるジェラルドは、神の寵愛を一心に受けた巨躯を震わせる。

 

「我はジェラルド・ヴァルキリー!! 高潔なる神の戦士!! 我が力は“傷を負ったもの”を“神の尺度(サイズ)”へと“交換”する!!」

「ったく……こいつは藍染サマでも勝てるかどうか……」

「虚共よ!! 我をこの肉体に“交換”させるまで痛めつけた事は認めよう……しかし!! “奇跡”をこの身に宿した我は、最早何人にも打ち砕かれはせぬ!!」

 

 吼える巨神。

 “奇跡(ザ・ミラクル)”を冠すジェラルドの力は、自身の傷を負った部位を強化する初見殺しの能力であった。

 

 当初はその数の利で圧倒した帰面の一同。

 しかし、ジェラルドが聖文字を発動するや形勢が逆転した。広大な霊王宮の端に立っていたとしても目に入る体躯は、最早人の身で立ち向かうべき相手ではない。

 巨体になったから遅くなる欠点も存在せず、強化された膂力より放たれる大質量の一撃は必殺そのもの。例え隊長格や十刃クラスの強者が対峙したとしても、一発も喰らえぬ破壊力を秘めていた。

 

 だからこそ、仲間の一人が弾き飛ばされた光景に誰もが焦る。

 彼女も弱者ではない。寧ろ、十刃で例えるのならば第5(クイント)から第4(クアトロ)の間に収まる器だ。

 それでも危惧する彼女の戦線離脱。

 仮にこの化け物に対抗し得るとするのなら、彼女の力が必要不可欠だ。想像を現実にする規格外の怪物相手にも対抗してみせたのだから。

 

「───卍解」

 

 絶望の色が滲む空気を裂く光芒。

 

「『鎖斬架(さざんか)』ッ!!!」

 

 それは背負いし罪を、剣と成した姿。

 虚でありながら死神と滅却師を喰らい、辿り着いた極致。

 

 卍解でありながら帰刃と同質の力の解放は、傷ついた彼女の体を回復させ、純白のロングブーツで崩れた楼閣を踏みしめさせるに至る。

 

「うしッ、全快(ゼンカイ)!!」

「まだ生きていたか、しぶとい奴め!!」

「お生憎様、ボクの命は安くないからさ。そんな簡単にあげられないよっと!」

 

 逆手に持った双剣を構えた虚白が飛翔する。風に靡く振袖は、天使の翼のように揺らめいた。

 直後、重なる斬撃が十字を描く。

 

十字鎖斬(サザンクロス)!!」

「効かぬ!!」

 

 奔る霊圧の刃がジェラルドへ喰らい付く。

 しかし、威力が足りなかった。牽制にもなり得ぬ攻撃は、ジェラルドの盾を装備した腕で振り払われる。弾かれる霊圧は花火のように四方八方へ弾け、淡い光の粒子を辺りに散らす。

 

「まだ!!」

 

 その間、建物の屋上を響転で飛び移る虚白は懐が空いたジェラルドへ肉迫していた。

 体格差は絶望的。羽虫が人間に立ち向かうに等しい光景であるが、淡い光を纏う双剣は万物を斬り崩す鎖鋸と化し、獰猛な唸り声を上げる。

 刀剣の表面を行き交う霊子の音だ。

 霊子で構成される霊体であるならば、たちどころに崩されるであろう振動と共に、刃はジェラルドへ差し迫る。

 

「はああああ!!!」

「そんな矮小な剣で、我が体躯を斬れると思うな!!」

 

 ぶつかり合う刃。

 直後、希望の剣が鎖斬架の超震動によって霊子結合を崩される甲高い悲鳴が上がる。

 

 と、その時。

 

「馬鹿めッ、“希望”が“刃毀れ”したぞ!!」

 

 斬られてもいない虚白の腹部から血飛沫が舞う。

 臍周りが曝け出されているロングコートであるが故、白磁の肌から噴き上がる鮮血の赤さは際立つ。

 予期せぬ、もとい理解できぬ現象に白黒が反転した瞳を見開いた少女は、一瞬力が緩まった瞬間に圧し負ける。

 弾き飛ばされる体は地表へ激突し、これまた巨大な砂煙を轟音と共に巻き上げた。

 

 余りにも不可解な光景に、ようやく立ち上がるハリベルをはじめとした誰もが困惑する。

 

「一体どういう事だ……」

「何が疑問だ? 我が力は『奇跡』! 『奇跡』とは民衆の想いを形にする事!」

「なんだと?」

「破壊できぬ我が体躯は民衆の“恐怖”で巨大なものとなり、民衆の“希望”を束ねて剣となした“希望の剣(ホーフヌング)”は折れれば即ち絶望となる!」

「……意味が分からんな」

 

 要領を得ない物言いに頭を痛そうに抱えるハリベル。その心境は他の者達も同じようだ。

 

「……つまり、奴さんを倒すにゃ剣を傷つけずに全身吹き飛ばすしかなさそうだな」

『それ無理だろ!? “無限装弾虚閃”も全然効かない相手だぞ!』

「それでもやるしかねえだろ。じゃなきゃ、俺らが皆殺しにされるだけだ」

 

 改めて対峙する滅却師の逸脱した力を確認したスタークは、既に焼き切れそうな程に霊圧を撃ち出した銃口を構える。

 すればハリベルが身の丈程もある大剣を掲げた。

 続々と己が武器を構える帰面達。むざむざと嬲り殺される為にやって来た訳ではないと、瞳に宿る闘志はギラギラと燃えている。

 

 

 

 

 

「───御馳走様」

 

 

 

 

 

『!』

 

 ピチャリ、と背徳的な行為を彷彿とさせる水音が木霊する。

 ジェラルドも含め、全員の視線が集まる砂煙の中央。そこに佇む白い人影───虚白は、既に傷が塞がった腹を濡らす血を指で掬い上げるや、それを舐め取っていた。

 

「キミが言う“希望”の味……中々悪くなかったよ」

 

 言うや、何処からともなく笑い声が響き渡る。

 

───ケタケタケタケタケタ。

 

 砂煙に紛れていた影が蠢動する。

 幾条もの鎖。虚白の孔から生える因果の鎖にも似た貪欲な口は、“希望”の味を占めたかのように狙いを定めていた。

 標的は、無論欠けた希望の剣───そしてジェラルド本体だ。

 莫大な霊力を誇るジェラルドの肉体は、仮に虚が喰らったとして極上の味を誇る栄養の山に他ならない。

 

「ボクのお腹がいっぱいになるか、キミの体が無くなるか。どっちが先かな?」

 

 超速再生、そして効率よく霊体や霊子を捕食する“虚食転生(ウロボロス)”を有する虚白にとって、漂白された肉体に刻み込まれる絶望は絶望足り得ない。

 

「愚か!!」

 

 しかし、それを一蹴するジェラルドの雄叫び。

 

「いくら貴様らが足掻いたところで、絶望的なまでの彼我の差は埋まらん!! それを解らぬとは甘い奴!!」

「甘いものは大好きだよ、ドーナツとかさ」

「我は甘味の事は言っておらぬ!!」

 

『真面目かよ』

 

 気が抜けるやり取りを演じる二人に思わずツッコむリリネットであるが。

 

「……まあ、別に甘い奴呼ばわりでも構わないよ」

 

 途端に纏う空気が一変し、狙いを澄ませるように瞳を細める虚白の霊力の昂ぶりを感じ取る。

 

「どんなに力の差が開いてる相手でも諦めずに立ち向かう……そんな姿に救われたから」

 

 双剣を地に突き立て、空いた掌を虚空に添える。

 刹那、両手の間の空間が歪む。死神や破面等のような人型の霊体であれば、大抵は手首に霊圧の排出口が存在する。つまり、手首に近い掌からこそが威力の減衰も少なく、霊圧の安定化を図るには最も適当だ。

 止めどなく注がれる霊圧が、掌を濡らす深紅の液体と混じり合い、極大なる光の球を形成する。

 

「だからボクも、最後まで絶望はしてやらないよ」

 

 

 

───王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)

 

 

 

 空間に歪を生む破滅の閃光が牙を剥く。

 ともすれば、虚夜宮を破壊しかねない力を孕んだ光線だ。人一人に対して繰り出すには過剰な破壊規模を及ぼす攻撃であるが、ジェラルド程の巨躯に対抗するには妥当な一撃。

 だが、それすらもジェラルドは構えた盾で難なく受け止める。

 曲線を描く盾の表面に沿って分散される霊圧は、放射状に散っては地表を焦がし、爆炎を上げていった。

 

「懲りぬ奴だ!! 貴様の攻撃など、我が“奇跡”によって生まれた体躯を傷つける事は永劫能わぬ!!」

「ボク一人ならそうかもね」

「なに?」

 

 次の瞬間、ジェラルドの頭上で閃く黒。

 

「「───黒虚閃(セロ・オスキュラス)」」

 

 拳銃を構えるスターク。

 大剣を振るうハリベル。

 

 共に漆黒に凝縮された霊圧を解き放ち、巨神兵の不意を衝く形で頭上へ一撃を見舞わせる。

 解放状態の十刃のみ繰り出せる黒い虚閃───黒虚閃。

 十刃クラスの莫大な保有霊力があってこそ成し得る一撃は、霊圧が収束している関係上、一点に対しての貫通力に至っては王虚の閃光を上回る。

 それを第1と第3が放った以上、ジェラルドもタダでは済まない。

 

 筈だった。

 

「小賢しいぞ!!」

「ッ……くそ!」

「まだ貫くには足りんか……」

「邪悪なる虚如きが、我が神聖な体躯に傷を負わせられると思ったか!!」

 

 黒い閃光を体より漲る霊圧で相殺するジェラルドが吼える。

 

「我は“奇跡”、ジェラルド!! 最大・最強・最速の滅却師!! 我は全てを与えられた戦士!! 我を出し抜けると思うな!!」

 

 鎧袖一触。

 群がる虚を振り払うジェラルドに、帰面もいよいよ疲労を隠せなくなってきた。作戦会議がてら集合する面々は、聳え立つ巨躯を見上げながら話し合う。

 

「おい、嬢ちゃん。黒虚閃も効かないとなると大分キツいぜ」

「ん~、どうしよっか」

「我々が打てる最大の攻撃ならば賭けてみる価値はありそうだが……敵がそれを許すとも思えん」

「だね。でも、せめて一斉攻撃じゃなきゃ」

 

 現時点で考えられる手段は二つ。

 一つはグレミィとの戦闘のように“纏骸”で全員と融合し、極限まで力を高める方法。

 もう一つは前述の手段の前に、各々が打てる最高火力を一斉にジェラルドに叩き込むというものだ。

 

 しかし、これには致命的な問題点が存在する。的が大きくとも、ジェラルドの俊敏性は侮れるものではない。無策で撃ち込んだところで回避されるのは明白だ。何の妨害も無く撃たせてくれる可能性こそ奇跡に等しい確率だろう。

 

───奇跡を信じ、一か八かに賭けるか。

 

 それは時期尚早か、と頭を振る虚白。

 

「……キツいけど、背に腹は代えられないってね」

 

 覚悟を決め、孔より生やす鎖を伸ばす。

 繋ぐは共に戦う仲間の魂。それを金色の髑髏と化し、その身を鎧う力は余りにも強大だった。故に繰り手たる白神すら、間を置かずに行使すれば多大なる体力を消費する羽目になる。

 

 だが、切迫した状況もまた事実。

 

 魂を擦り減らしてでも勝たねばならない。

 死なないと約束した以上、死ぬつもりはなかった。だが、此処でおめおめと逃げ帰った挙句、先に進んだ者の背中を危険に晒すのはそれ以上に本意でない。

 

「───トばそうか」

 

 瞳孔を見開かんばかりに漆黒の目玉が剥かれる。

 強張る体を解さんと首を回せば、コキリと小気味いい音が鳴り響き、期せず周囲の者達に反撃の狼煙を報せるに至った。

 

 そんな帰面の機微を感じ取ったジェラルドは、口角を鋭く吊り上げる。

 浮かべる笑みは嘲りと侮りを含み、鉛のように重い霊圧を叩きつけた。

 

「何をするつもりか解らんが……如何なる策を弄そうとも、我を斃すなどと足掻く真似が無意味と知れ!!」

「───無意味かどうかは」

「!」

「その体で分からせてやるよッ!」

「ぬおゥ!!?」

 

 ジェラルドを襲う黒い一閃。

 黒虚閃とも違う漆黒の牙は、それまで帰面の攻撃を歯牙にもかけなかったジェラルドをよろめかせる。

 驚天動地。巨体が一歩退かされるだけで石畳がめくれ上がる中、虚白は遠方より黒衣を閃かせ、一対の黒刀を携える死神を垣間見た。

 

「あれは……!」

「黒崎ィ!! てめえ、俺の獲物を横取りするんじゃねえ!」

「ゲッ」

 

 と、ルピの口をついて出る嫌悪を隠さぬ声。

 それは自分が後釜に収まったからこその気まずさか、あるいは同じ『破壊』の死の形を司った同族嫌悪に等しい感情か。

 

「貴様は───黒崎一護ォ!!」

 

 巻き起こった黒煙を爆発音に等しい吶喊を轟かせるジェラルドが、大混戦に割って入った一護へ希望の剣を振り下ろす。

 刃を阻む万物を切り裂く一撃。

 直撃せずとも、刀身の軌跡には暴風が吹き荒れる中、一護はそれを意に介さないどころか返す太刀で二撃目の月牙天衝を巨体へ叩き込む。

 

「うぬゥ!! 流石は特記戦力筆頭……強いな!!」

「あれを喰らって倒れねえかよ……頑丈な野郎だな」

「だが、如何なる攻撃であろうと我を斃せるとは夢にも思わぬ事だ!! ウワハハハハ!!」

「……なんだ、メンドくせぇ臭いがプンプンしやがる」

 

 しかし、初撃を省みるかの如く身構えていたジェラルドは、二撃目の月牙天衝を難なく受け止めてみせた。

 

 その光景に頭に過った感想を、一護は淡々と反芻する。

 全力でこそなかったが、紛れもなく本気で放った攻撃で掠り傷しか負わない───否、その傷すらも瞬く間に回復するジェラルドには、ただただ呆れが湧いて出る。

 

「こいつは厄介だな……」

「退け、黒崎」

「うおお!?」

 

 斬月を構えていた一護の眼前に振ってくる剣圧。

 地面に深い溝を刻む斬撃を放った下手人へ抗議の視線を向ける。

 

「グリムジョー、危ねェだろうが!!」

「うるせえぞ。てめえに指図される憶えはねえ」

「てめッ……!」

 

 第6十刃、グリムジョー・ジャガージャック。

 浅葱色のリーゼントを靡かせる青年は、既に斬魄刀を抜き身にして見上げんばかりの巨体を前に獰猛な笑みを浮かべる。

 

「首が痛ェな。ヤミーの刀剣解放とどっちがデケぇか……まあ、図体だけの愚図なら大して手古摺りもしねえだろうがな」

「……おい、まさか俺の事をおちょくってんじゃねえだろうな?」

「アァ? 誰がてめえを木偶の坊って言ったって?」

「ぶっ殺す!!!」

 

 あからさまな挑発に怒髪冠を衝く大男、ヤミー・リヤルゴ。

 しかし、遅れて響転でやって来た二人の破面が喧嘩腰の雄を窘める。

 

「虚妄もそこまでいくと哀れだな。少しは忍耐の方を鍛えたらどうだ?」

「ウルキオラ、てめえも俺に殺されてえのかッ!!?」

「グリムジョー、貴男も無為に他人を挑発するのはやめなさい」

「チッ……」

 

 片方に至っては窘めにもなっていないが、数少ない傍若無人な獣を抑えられる両者もまた斬魄刀を抜き、臨戦態勢へと入る。

 

「ありゃあ……ヤミーじゃねえか。ウルキオラも連れてるとこ見ると、しっかり助けられたか」

「グリムジョーもここに来ているとは律儀な奴だ。ネリエルも」

 

 見覚えのある顔に、自然と名前がスタークとハリベルの口から紡がれた。

 いずれも破面であったならば、一度は耳にするであろう強者達。藍染の懐刀である十刃にも名を連ねた破面の登場に、元破面の帰面は一筋の光明を見出す。

 だが、援軍はそれだけにとどまらない。

 

「黒崎くん!」

「一護!」

「おいおい、俺を置いて先に行くたぁいい度胸……って、うおおおお!!? やっぱりデカすぎるだろ!!」

「井上! チャド! 岩鷲!」

 

 一護の仲間である三人も、遅れて戦場へ辿り着いた。

 続々と集う戦力。風は間違いなく反見えざる帝国側に吹き始めている───そう直感した。

 

「数人集まったところで結果は変わらぬ!!」

 

 しかし、それ以上にジェラルドは強大だった。

 

「面倒だ……ここら一帯ごと叩き落してやろう!!」

「ッ、まずい!! あの野郎!!」

 

 掲げられる希望の剣。

 それは一護らを彼らが踏みしめる地面ごと砕かんとする心算の下、振り上げられた。それ故に内包する破壊力は膨大だ。何の抵抗もなく地面へ叩きつけられれば、間違いなく霊王宮の一角が瓦礫の山と化し、瀞霊廷へ降り注ぐ質量弾となるだろう。

 

 それだけは避けなくてはならない。

 一護を始めとした勇猛な戦士が駆け出した。

 

「させると思うか?」

「む?」

「瞬閧───“雷神戦形(らいじんせんけい)”!!!」

「うぬォ!!?」

 

 瞬神は誰よりも早く。

 万雷の喝采はジェラルドの脳天を打ち鳴らす。

 

「夜一さん!!」

「───まだじゃ」

 

 一護の呼びかけに夜一は凛然たる声音を返す。

 拳に纏った鬼道が炸裂しても尚、繰り出される殴打と蹴撃が止むことは無い。

 

───雷王拳(らいおうけん)

 

 留まらぬ雷鳴こそ、瞬神の武技の凄絶さを如実に表していた。

 並みの相手ならば、骨の髄まで粉々に打ち砕かれ一山いくらの挽肉へと変貌しかねない猛攻であるが、

 

「痒いぞ、四楓院夜一!!」

「ちぃ!」

「蟻の抵抗で、神の戦士は揺るがぬ!!」

「儂を捉えて蟻とは随分な言い様じゃのう……」

 

 相手が余りにも悪かった。

 自らの四肢を武器とする白打は元来ジェラルドのような巨躯を想定した武技ではない。実力者であればある程度の体格差ならばカバーもできるが、ここまでの巨躯ともなれば話は違う。

 “技”よりも“力”と“速”で押し切らんとした夜一であったが、蠅を叩くように頭上へ振り抜かれる掌を前にして、持ち前の神速の歩法で離脱する。

 

 決定打は与えられずに終わった。

 しかし、その間にも反撃の狼煙は上がっていた。

 

志波式石波法奥義(しばしきせっぱほうおうぎ)連環石波扇(れんかんせっぱせん)!!」

 

 ジェラルドの足元へ広がる扇状の円模様。

 次の瞬間、円がかかった部分の石畳は砂へと変化した。彼ほどの巨体だ。それだけで霊峰の体躯は沈み、僅かながら体勢が崩れる。

 

 更にそこへ追い打ちをかける剛拳が飛ぶ。

 

「『巨神の一撃(エル・ティタン)』!!」

 

 泰虎の盾となす右腕。

 髑髏をあしらい面積を拡げた右腕の肩部からは、圧縮された霊子を排出し、解き放たれる凄絶な一撃の背中を押した。

 大気の壁を貫いて駆け抜ける弾丸は、そのまま沈んだジェラルドの足元を崩す。

 だが、小さな巨人はそれだけでは終わらない。

 

 白亜に包まれる左腕。右腕の“防御”とは裏腹に“攻撃”の力を宿した悪魔は、主の魂を代償として受け取り、歓喜の声を轟かせる。

 当時、実力が隔絶していた京楽春水を以てして、喰らえばタダで済まないと慄かせた一撃と同質のそれ。

 更に言えば、未覚醒の『巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)』であった“防御”の力ではなく、『悪魔の左腕(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)』で繰り出すのだから、その威力は想像を絶する。

 

 悪魔は斯くして、魔神となった。

 

 

 

「───『魔神の一撃(ディオス・デ・ラ・ムエルテ)』!!!」

 

 

 

 魔神の拳は、巨神の膝を打ち砕く。

 衝き抜ける衝撃は、ジェラルドの膝のみならず後方に聳え立っていた真世界城の城壁に巨大な死神の叫び顔を刻み込んでいた。

 完全に片足を砕かれ、地に膝をつくジェラルドは鬱憤に顔面を歪ませる。

 

「おのれ、人間がァ……小賢しいわっ!!」

「六天絶盾……」

「ッ!!」

「私は───拒絶する!!」

 

 小細工を仕掛ける泰虎と岩鷲を屠ろうとしたジェラルドであったが、振るわれた拳は六芒星を模った盾に阻まれる。

 

「我の拳を……受け止めただと!?」

 

 それはジェラルドにとって驚愕に値する出来事。

 高が一人間如きに“奇跡”によってもたらされた肉体より放たれる一撃を受け止められるとは、よもや思いもしなかった───否、赦される筈がなかった。

 

「女ァ……よくも我が拳をッ!! その力、敵ながら見事だ……だが、貴様の起こした“奇跡”を我が“奇跡”は上回る!!」

「うッ……!!」

「圧し潰れよッ!!」

 

 漲る怒りのままに力を込めれば、拳を盾で受け止める織姫の顔に苦悶が浮かび上がる。

 火無菊、梅厳、リリィ、あやめ、舜桜、椿鬼───六体を合わせて『舜盾六花』と呼称する織姫の完現術は、盾を基点として“事象を拒絶”する能力を有す。

 

 六体全員の力を要し発動される六天絶盾が拒絶するもの、それは、盾に触れる“存在の拒絶”。数百年もの歴史を重ねた物質すら存在以前に回帰されかねない力は、織姫の力の中でも紛れもなく最も強大な力である。

 それを以てジェラルドの攻撃を受け止めた織姫であったが、隔絶した力の差は瞬く間に織姫の霊力と精神力を削っていく。

 

 辛うじて保つ均衡も、瞬きをする間に崩れかねぬ程に危ういものであった。

 

 しかしながら、彼女は一人で戦っている訳ではない。

 

「鎖せ───『黒翼大魔(ムルシエラゴ)』」

「軋れ───『豹王(パンテラ)』ァ!!」

「謳え───『羚騎士(ガミューサ)』」

「ブチ切れろ───『憤獣(イーラ)』ァ!」

 

 刀剣解放。

 

 黒い翼を羽搏かせる悪魔が。

 疼く爪を研ぎ澄ませる王が。

 槍を担いで闊歩する騎士が。

 怒りを巨躯に滾らせる獣が。

 

 期せずして生まれた隙を衝くように、同族と共に己が霊力(チカラ)を高め、真世界城の一角を大海の如き霊圧で呑み込んだ。

 

「今しかない、ブチ破るよ!!!」

 

 その四人に合わせ、こちらもと虚白は合図を出す。

 刹那、言われるよりも早く極限まで霊圧を高めていた帰面一同も、己が出せる最大の技を解き放った。

 友情や絆とは程遠い虚の力を宿す者の渇望より出でし力は、冥々たる濁流となってジェラルドへ押し寄せる。

 

 

 

 魂を引き裂く双狼の弾頭が、咆哮を上げて牙を剥き。

 紅血に彩られた海流が、巨大な牙を為して振るわれ。

 天へ掲げた槍先から、幾条もの光の雨が降りしきり。

 黒翼の巻き起こす羽搏きが、一陣の漆黒の嵐となり。

 霊子が集い為す十本爪が、大挙して獲物へ殺到して。

 触腕が巨腕を絡め取り、棘の生えた触手が風を切り。

 溶岩の如く煮え滾る赤熱の拳が、赫怒の唸りを上げ。

 一双の十字架が、純白と漆黒を重ねて墓標を立てる。

 

 

 

「『群狼の炮哮(レボルベル・ロス・ロボス)』!」

「『皇鮫后の血涙(ディエンテス・デ・ティブロン)』!」

「『羚騎士の凱槍(ランサ・デ・ルソ・ガミューサ)』ッ!」

「『大魔の羽搏き(トルメンタ・デ・ムルシエラゴ)』」

「『豹王の鏖爪(パンテラ・デストロクシオン)』ッ!!!」

「『葦嬢の揺籠(クーナ・デ・トレパドーラ)』……!」

「『憤獣の怒槌(エル・ギガンテ・デ・ラ・イーラ)』ァアッ!!!」

「『皇虚の十字架(グラン・ド・クロス)』!!」

 

 

 

 爆炎、波濤、弾雨、暴風、兇刃、荊棘(おどろ)、鉄槌、剣閃。

 亡者の慟哭の如き音は重なり、奇跡を覆う暗雲の如き黒煙を空に一つ浮かべてみせた。

 

「茶渡くん! 岩鷲くん! こっちに来て!」

 

 吹き荒れる霊圧と衝撃波から仲間を護るべく、織姫は盾の面積を拡げる。

 そうしなければならない程、眼前で広がる光景は超絶としていた。彼らを虚という括りで見るのであれば、三界が生まれ落ちてから今に至るまでの永い歴史の中でも上位に君臨する覇者に等しい者達だ。

 

 斯様な怪物が一堂に会し、その上同じ獲物に牙を剥いたとなれば───喰いつかれた肉と骨は影も形も残らない。

 

 

 

 それが、ジェラルド・ヴァルキリーでさえなければの話だが。

 

 

 

「うぬぁぁぁあああッ!!!」

 

 奮起の雄叫びが大地と大気を揺るがす。

 体の至る所に痛々しい生傷を刻み、血の噴水を巻き上げるジェラルドは、それでも尚霊峰の如き巨体に霊力を漲らせる。

 

「我は斃れぬ……我は神の戦士ッ!! 不死の神兵!! 虚のような畜生にやられはせぬゥ!!」

「あれを喰らってまだ……!?」

「正真正銘の化け物か……!」

 

 慄く織姫と泰虎が、虚の一斉攻撃を喰らいながらも既に回復を始める巨神兵の姿に戦々恐々とする。

 

 あれで駄目であるならば、一体誰が奴を倒せるのか?

 

 それに答えられる者は誰一人居らず、収束する光は弓の形を成す。

 

「灰となって消えろ!!」

「うごォ!!?」

「ヤミー!!」

 

 ジェラルドの神聖滅矢に肩を穿たれるヤミーが苦悶の声を上げる。

 その光景に振り返るネルであったが、滅却師の街並みを圧し潰して倒れる巨体をどうする事もできぬまま、直後に周囲を激震と砂煙が襲う。

 

「チッ……世話の焼ける」

「貴様もだ、ウルキオラ・シファー!!」

「!」

「陛下の慈悲を与っても尚叛逆するとは愚挙の極み!! 率いる軍門ごと我が鏖殺してやろう!!」

 

 二射目の神聖滅矢が収斂を始める。

 

 あれを喰らってはならないと本能が訴えている。

 元来虚と滅却師の力は相性が悪い。虚は滅却師の力で滅却(ころ)され、滅却師は虚の毒で魂が崩れる。

 交わる事のない水と油のような存在───仮に自身も滅却師に滅却されようものなら、その魂は尸魂界へ昇華することも地獄に堕ちることもなく、楽土を満たす霊子の砂となって消えるだろう。

 命が惜しい訳ではないが、わざわざやられる義理もない。

 故の抵抗。だが如何せん敵の力が圧倒的だ。直撃すれば致命傷は必至。それこそ脳や内臓を吹き飛ばされようものなら超速再生を以てしても死に至る。

 

 ならば、と悪魔が本性を露わにした。

 

「───刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)

 

 黒き躰を曝け出す悪魔は、突き出す指に翡翠に縁どられた漆黒の光を生み出す。

 

「……黒虚閃(セロ・オスキュラス)

「無駄だァ!!」

 

 禍々しい闇と神々しい光が衝突する。

 共に譲らぬ力の奔流。

 しかしながら、数秒の拮抗の後に闇が光に呑み込まれ始めた。

 

「ッ……!」

「そのまま滅し飛ぶがいい!!」

「ウルキオラ!」

 

 だが、彼の命運は尽きていない。

 黒虚閃を呑み込まんとする神聖滅矢に歯向かう人影。二振りの斬月を握る一護が、助太刀に入ったのだ。

 斬魄刀に己の霊圧を喰わせ、解き放つ漆黒の牙。

 卍解せずとも純黒に染まる月牙天衝は、滅却の波濤を押し留める閃光に加勢する。その甲斐もあってか、黒は劣勢から拮抗まで押し戻す。

 

「おおおおお!!」

「諦めの悪い奴等め!! どれだけの奇跡が起ころうとも……貴様らの敗北は揺るがぬ!! 我が“奇跡”の前に、絶望に沈め!!」

「ぐッ……うぅ!!」

 

 注がれる力の波濤。

 それは瞬く間に黒白の戦場を眩い光で染め上げる。

 

「黒崎くん!?」

 

 黒虚閃と月牙天衝を押しのけて一護の下まで辿り着いた霊子の矢に、織姫が焦燥に満ちた声を上げた。

 斬月を交差させて受け止める一護だが、芳しい状況でないのは火を見るよりも明らかだ。

 すぐさま救援に向かわねば───と逸る織姫であるが、それも絶望的な状況。現在進行形で力の奔流を受け止める一護に織姫ができることは限られる。

 

「五天護盾! 私は……!」

「井上っ!!」

 

 が、それを制したのは他ならぬ一護の声。

 ハッと視線を向ければ、凝縮された霊子に肌の表面を焼かれながらも、一歩も退かぬ一護の姿が目に映る。

 焦燥に煽られているでも、諦観に沈んでいるでもない。

 

───信じてくれ。

 

 そう言わんばかりに一途な瞳が織姫を───仲間の皆を射抜いていた。

 

「おい、一護の野郎! あのままじゃまずいんじゃねえのか!?」

「ううん……黒崎くんなら大丈夫」

「井上?」

 

 焦る岩鷲を宥める織姫に、泰虎が怪訝そうな声音を紡ぐ。

 だが、

 

「解るの」

 

 変わる風の流れに、織姫は思い出す。

 昏い絶望に包まれた中、淡く昇る希望の光に目を覚ましたあの瞬間を。

 

 

 

()()()と───同じだから」

 

 

 

 刹那、神の光に触れていた斬月に異変が起こる。

 刀身を刳り貫かれた形の長刀が、瞬く間に白く染まり上がった。まるでそれは混沌とした色が混じり合って生まれた黒が、真白へと漂白されるように。

 

「うおおおおおっ!!!」

「むッ……うおおっ!!?」

「おおおおおっ!!!」

「なんだ……この力はッ!!?」

 

 加速度的に膨れ上がる一護の霊圧。

 途中まで押し勝っていたジェラルドが身をのけ反る程に湧き上がる力は、それまで一護を灼いていた霊子の鏃を打ち崩すや、一本の鋭い牙を生み落とした。

 

 高く、高く、高く昇る三日月。

 天を衝かんばかりに伸びていく月牙は、白と黒───そして頭部を(かざ)る一本の角の三点を基点として尚も鋭さを増していく。

 

 藍染惣右介が求めた死神と虚の壁を打ち崩した姿が、其処には在った。

 本来混じり合わない二つの力が、創造主の想像を超えた存在の参入により生まれた“奇跡”と“必然”の結実。

 

「あれは……()()()()()……」

 

 そして最後にウルキオラが瞠目する。

 記憶と重なる光景。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「奴の中の虚と───」

「俺の中の滅却師の力……覚醒(おこ)しててめえにぶち込んでやるよッ!!!」

 

 吼える一護に宿るは死神(ちち)(ホワイト)滅却師(はは)の力。

 均衡を保っていた三つの力は、目覚ましいばかりの暴力に境界を打ち崩され、内に眠る衝動を呼び起こさせた。

 刃の如き一本角。煉黒に染まる左眼にかかる紋様は、かつて大魔を斬り祓った折の勇姿を彷彿とさせる。

 絶望に心を穿たれても尚、一途な愛によって御してみせた奇跡の一幕を、だ。

 

 振るわれる白刃は、天に浮かぶ三日月をジェラルドへと堕とす。

 

 

 

「月牙……天衝ォォォオオオッ!!!!!!」

 

 

 

 死神と虚と滅却師。

 三つの力が融け合い、破天の刃を成す。

 

「お、おおおおおおおおおッ!!!!?」

 

 運命の歯車が紡いだ“奇跡”の刃を前に、ジェラルドの“奇跡”は切り裂かれ、迫りくる三日月をその肉体で受け止める事となる。

 だが、金剛の如き頑強な体躯を以てしても防げぬ刃は深々とジェラルドの魂を食い破って進む。

 

「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!!! 人間如きが我を追い詰めるッ……そんな馬鹿な事があってたまるかアアッ!!!」

「───聞き飽きたぜ、『人間如きが』とか『人間風情が』とかよ」

「ぐぬ……ッ!!?」

「もう何て呼ばれようが関係ねえ。死神だとも、虚だとも、滅却師だとも……」

 

 ジェラルドが王虚の閃光と融合した月牙天衝に白刃取りを試みる間、一護は眼前へと飛び込んだ。

 黒白の双剣を交差させ、己を突き動かす衝動に身を委ね、独白する。

 

───確かに俺は誰かの掌の上で生まれたかもしれねえ。

 

 空座決戦での藍染、そして霊王宮でのユーハバッハとの言葉が脳裏を過った。

 出会いは偶然で、しかしながら誕生は必然で。

 父と母の愛すらも偽物と疑ってしまう残酷な事実が、密やかに紡がれていた事実を知ってしまった。

 この世に生まれ落ちたことも、死神の力を得たことも、かけがえのない仲間と出会えたことも、決死の涯に勝ち取った勝利でさえも───その全てが巨悪の思惑だったかもしれない。

 

───けどな。

 

 俯いた顔を、一護は上げる。

 固い決意に彩られた瞳は、最早一片の迷いもない。

 無欠の覚悟は、畏れ故に踏みとどまっていた足を前へと動かし始めたのだった。

 

 彼は知った、過去を。

 彼は視ている、今を。

 彼は目指す、未来を。

 

 紡がれた歴史が何人もの思惑の上に成り立っていたとしよう───上等だ。今なら感謝も言ってやれると少年は不敵に構える。

 出くわした奇跡は必然かもしれない。

 だが、掴み取った勝利に偽りはなく、それまでに己を突き動かした衝動もまた嘘ではない。

 

 魂に埋もれた心の裡───本能を曝け出した時、人は己の渇望に漸く気付く。

 いつぞや、内なる虚を屈服した一幕を思い出す。

 

 虚は言った。お前は戦いを求めていると。

 今だからこそ解る、それは正しかったと。

 

 俺は戦いを望んでいる。

 ()()()()()()()()()()

 

 大切だと思った人が傷つかないよう、自分が傷ついたとしても護り抜きたいと堪らない程に願っている。

 

 それが己だ。

 それが心だ。

 それが魂だ。

 

「俺は……黒崎一護だっ!!! 全部まとめてひっくるめて俺なんだよ!!!」

「ぬゥ……!!?」

奇跡(てめえ)じゃ俺は止められねえ!!! 俺は……そいつを越えて前に行く!!!」

「世迷言を!!!」

「こいつは、その為に得た力だ!!!」

 

 二つ目の月が天に昇る。

 

「うおおおおおっ!!!」

 

 

 

月牙十字衝

 

 

 

 月牙天衝を越えた月牙天衝。

 

 それに至るまで積み重なった奇跡と時間、それに挫折と努力、数多もの人々から注がれた愛情を思えば。

 

 

 

 “奇跡”如きでは、彼の“軌跡”を止められる筈もない。

 

 

 

 一護の振るう刃は牙となって巨神を喰らう。

 

「ヌグワアアアアッ!!?」

 

 巨躯へと墜ちる十字の刃。

 奇跡によって蘇った肉体は、いとも容易く喰い破られ、その骨肉の髄までをも吞み尽くされていく。

 

 激震と共に巨躯が崩れ落ちる。

 夜を落としたように黒に彩られていた景色は、瞬く間に元の静寂な街並みへと姿を変えた。

 

 静けさを取り戻す風景。

 その中央に刃を握る少年は堂々と立っていた。

 

「あれが……藍染サマを倒した死神代行か」

『すっ……げぇ~……!』

「ナルホドね。あれが───()()()()()()

 

 驚嘆と感服に声を漏らすスタークとリリネットの傍で、納得に笑みを禁じられぬ虚白は己が斬魄刀を見遣った。

 魂が震えるような感覚。

 これはきっと自分と一心同体になった魂の一つが、喜びに打ち震えているのだろう。

 

()()……一護……」

 

 志波一心と黒崎真咲の息子。

 そして───黒崎咲の孫。

 受け継がれる血は確かに濃い。

 己が信条を貫き、一途に何かを護り抜こうとする我武者羅な姿は。

 

 

 

「───未だ、終わらぬ」

 

 

 

『!!』

 

 しかし、奇跡は死んでいなかった。

 

 刹那、激震と共に真世界城が影に覆われる。

 月光だけが闇夜を照らす中、浮かび上がる五芒星は、その月すらも覆い隠す巨影を生み堕とす。

 

「我───『神の権能(アシュトニグ)』」

「なん……だと……!?」

「高潔なる神の戦士」

 

 その巨体は先程よりも高く、大きく。

 ともすれば真世界城を超すのではないかと錯覚しかねない巨体を揺らし、更なる強靭な肉体へ生まれ変わったジェラルドは剣を掲げる。

 

「死して尚、神の為に剣を振るう者なり」

「みんな、下がれ!!」

 

 叫ぶ一護。

 直後、神速を以て振り抜かれる剣からは、狂飆と共に光の矢が解き放たれた。背筋に氷を埋め込まれたかの如き怖気を覚えた一護は、咄嗟に矢の撃墜へと奔る。

 

 全身全霊で斬月を振るう。

 その切れ味で矢を切り裂いた一護であったが、両断された膨大な霊子の塊はそのまま霧散する事なく、二方向へ疾走した後に地表へとぶつかって大爆発を巻き起こした。

 余りにも出鱈目な威力。昇る爆炎は巨大なキノコ雲を形成し、辺りを灼熱に包み込んでいく。

 

「っ……野郎!」

「───黒崎一護。貴様のような闇の化身を陛下の許へ行かせる訳にはいかぬ」

「……それに俺が従う義理はねえよ」

 

 滅却師完聖体を顕現させ、いよいよ本領を発揮した巨神兵。

 それを前にしても尚、背中に佇む仲間を想えば一護に後退の二文字が過る事はない。

 

「なにがなんでも押し通らせてもらうぜ!! 俺は……ユーハバッハを倒さなきゃならねえんだよっ!!」

「それこそ我が赦す筈がなかろう!! 我は神赦親衛隊、ジェラルド・ヴァルキリー!! 止まらぬこの心臓の鼓動は、神の不屈を象徴する権能!! 我を殺せる者は唯一絶対の神のみ!! 貴様に我を殺す事は永劫能わぬゥ!!」

「だったらそれも乗り越えるまでだ!!」

「ならば我も貴様の骨肉の一片までをも圧し潰す!! 覚悟せよ!!」

 

「「おおおおおっ!!!」」

 

 吼える両雄。

 奇跡が形を成していると言っても過言ではない戦士の衝突は、三度真世界城に激震を轟かせた。

 

「クソ、デカさだけは一丁前になりやがって……!!」

 

 しかし、流石の一護の表情にも苦心が滲む。

 一護自身、巨大な相手に立ち向かった経験は一度や二度ではない。その度に相手を下し、今日まで生き残ってきた訳であるが、ジェラルドはそれまでに対峙した巨大な敵とはレベルが違う。

 

「どうしたもんだかよ……!」

「一護! やたらめったらに戦っては埒が明かん!」

「夜一さん、なんか策はあるのかよ!?」

「無い! ……が、それを探し出さねば勝ち筋はないぞ!」

「そう言うと思ったぜ!」

 

 一護は単純だが馬鹿ではない。

 夜一の訴え通り、何かしら弱点なり出し抜く策を弄さねばジェラルドを倒せぬと解っている。

 敵の能力を考慮すれば、長期戦になればなるほど自陣営が不利になるのは明らかだ。

 少しでも早く打ち倒し、滅却師の首魁の許へ辿り着かねば───そう考える一護らの背中で、今度は巨獣が吼える。

 

「クソがあああぁぁあああぁぁああぁあああ!!!」

「……ヤミーか」

「野郎、ブッ殺してやる!!!」

 

 流し目で見遣るウルキオラ。

 その視線の先では、憤怒のままに起き上がるヤミーが、肉を穿たれた肩部をそのままにジェラルドへ殴りかかっていた。

 既に体格では滅却師の巨神兵に負けている。が、それがなんだと言わんばかりの気迫を発する彼に呼応するように褐色の異形はみるみるうちに膨張し、堅牢に押し固められていく。

 

 芋虫のように何対もの脚を生やしていた体は、二本角を生やす巨獣へと姿を変える。

 これこそが『憤獣』の真骨頂。ヤミーの怒りに応じ、際限なく力を増大させる“憤怒”を体現した能力だ。

 

「退けェ、虫けら共がよォ!!! そいつを殺すのは俺だああああッ!!!」

 

 巨躯を揺らし、ジェラルドと組み合うヤミー。

 さながら怪獣大決戦とも言わんばかりの光景だ。ただ、いわゆる光の巨人が敵であり、本能のままに立ち向かう怪獣の方が一応味方であるのは皮肉な点であろう。

 その大質量で吶喊したヤミーに対し、対峙するジェラルドは建物を無数に下敷きにしながらも決して仰け反りはしない。

 

 だが、ヤミーも負けてはいなかった。依然として余りある力の差を激情だけで埋めていく。

 

「死神だろうが、滅却師だろうが!!! アルトゥロだろうが、藍染サマだろうが!!! 俺を舐める奴は皆殺しにしてやるァ!!!」

「……らしくなってきたじゃないか」

「俺が……俺こそが破面最強だあああアアアッ!!!」

「それでこそ───第0十刃(セロ・エスパーダ)だ」

 

 返り咲いた“0”の数字は、ヤミーの肩に堂々と浮かび上がる。

 最古の破面、アルトゥロ・プラテアドが地獄に墜ちた今、最強の破面は紛れもなく彼であった。

 ウルキオラはそれを認めるかのような口振りで独り言つ。

 

 斯くしてぶつかり合う神と獣。

 不屈と不沈の力を揮う者達は、己が拳を打ち付け合いながら天地を揺るがす死闘を繰り広げる。

 

「けど、これじゃあ手助けのしようがねえな……」

「あ、それ言っちゃう?」

 

 どうしたもんだか、と頭を掻くスタークに、飄々とした声色の虚白が応えた。

 あれだけの巨体でぶつかるだけでも周囲への影響と被害は甚大だ。鳴りやまぬ轟音と、止まらぬ激震。吹き荒れる暴風は立っている事もままならなくせず、時折流れ弾としてやってくる霊子の矢や霊圧の光線には肝を冷やすばかりだ。

 

「おい! 霊王宮の破片が瀞霊廷に堕ちたらどうすんだ!?」

「あの馬鹿がそこまで頭が回ると思うか?」

「落ち着いて答えてんじゃねえよ! お前らはともかく、こっちには大問題なんだよ!」

 

 淡々と応えるウルキオラに、一護が声を荒げる。

 いくらユーハバッハを打ち倒しても、瀞霊廷が廃墟と化してしまったら意味がない。否、全くないという訳でもないものの、完全な勝利とは言い難い結末になってしまうだろう。

 

 霊王宮は瀞霊廷の遥か頭上に存在する。当然、霊王宮から落ちた物体は真っ逆さまに落ちて瀞霊廷に降り注ぐ訳だが、生憎現在は瀞霊壁の損傷により遮魂膜が欠けており、落下物を完全に防げる状況ではない。

 落下エネルギーは位置の高さに比例する訳だから、仮に霊王宮の離殿一つが瀞霊廷に落ちようものなら、それは隕石の如く衝撃波だけで甚大な被害を引き起こす質量弾になりかねない。

 

 故にジェラルドを倒すにしても、できる限り建物の被害を少なくしなければならないのだが、怒り心頭のヤミーにそこまでの思慮が期待出来る筈もなかった。

 

「って、言ってる傍から……!」

 

 神聖滅矢と黒虚閃の激突により、霊王宮の一部が崩落する。

 巨大な塊だ。無視すれば、今尚瀞霊廷で戦っている死神の命を奪う弾頭となりかねないサイズである。

 

 看過できぬ一護は、即座に斬月に霊圧を込める。

 まさか味方の後始末に人員を回さなければならなくなるとは、全く以て予想外だ。いつユーハバッハが三界を滅ぼすかも解らぬ状況の中、無駄な人員を割く事態は避けたいが───と思った時。

 

 

 

「───裏破道・三の道『鉄風殺(てっぷうさつ)』」

 

 

 

 宙に浮かび上がる龍の頭が、頬を膨らませては、崩落を始めた瓦礫を粉々に吹き飛ばした。

 

「な……誰だ!?」

「ようやっておるの、一護!」

「おわぁ!? あんた……和尚!?」

 

 烈風と共に眼前に舞い降りた人影。

 きらりと光る禿げ頭と豊かな髭を揺らして歩み寄るのは、紛れもなく零番隊の頭を務める男───兵主部一兵衛であった。

 一度はユーハバッハに敗れ、体をバラバラに砕かれたものの、一護の霊力を貰い受けて復活した彼は死闘が繰り広げられる戦場に居るとは思えぬ緊張感のない笑顔を浮かべている。

 

「いやぁ、立派になったモンじゃのう。おんしに稽古をつけた身としては鼻が高いわ!」

「世間話してる場合かよ! ってか、ここにきて大丈夫なのか!?」

「な~に、見ての通りピンピンしておるわ」

 

 力の回復を待っていては間に合わない───そのような理由で一護らを先に行かせた彼だが、動けている分にはある程度まで回復したと推察できる。

 一護が呆気に取られて居れば、ふむ……と顎髭を擦る兵主部がジェラルドを見遣った。

 

「流石は“霊王の心臓”……一筋縄じゃいかんか」

「は? 心臓……?」

「なんじゃ、知らんまま戦っとったのか。いや、まあ、あれをパッと見て心臓だと解る者の方が少ないか」

「どういう意味だよ、和尚!? あれが心臓って……」

「そのままの意味じゃよ」

 

 あっけらかんと兵主部は続ける。

 

「遥か昔、霊王様から抉り取られた欠片の一つ……その中でも一際強大な力を持っておった“心臓”が、今おんしらが戦う滅却師の正体じゃ」

「そんな……嘘だろ……!?」

「肉体を離れてから百万年、その間延々と打っていた鼓動を止めるとなれば、どれだけ時間がかかるか……」

「……遠回しに倒せねえって言ってるように聞こえるんだが」

「倒せぬとは言っておらん。倒そうとなれば気の長~い話になるというだけじゃ」

「変わらねえだろ! どーすんだよっ!?」

「まあまあ落ち着けい。じゃからわしらが来た」

()()()?」

 

 言葉を聞き逃さなかった一護。

 直後、二人の巨神が激闘を繰り広げる足下から巨木が生えたかと思えば、即席の(リング)を造り上げるではないか。

 

「ハイハイハイハイ! どんなもんだい!」

「桐生さん!?」

「よくやってくれたよ、一護ちゃん! こっからは零番隊が引き受けるよ!」

 

 恰幅の良い巨体───ではなく、霊力を使い切ったワガママボディ姿の曳舟が現れた。

 

「霊王様の心臓を倒すのは得策じゃない。だから、アタシらの能力で封殺しておくよ。アンタたちはユーハバッハの処に向かいな!」

「そーいうことSa()!」

「もうそろそろ、護廷隊がユーハバッハとドンパチする頃だろうよっ!」

「決着はそち等に任せる。代わりに此奴はそち等を決して追わせぬ」

 

 霊力を喰らう“命の檻”の周囲に、続々と零番隊の面々が集まる。

 護廷十三隊総力を上回るとされる零番隊。一度はユーハバッハと彼の引き連れる神赦親衛隊を前に倒れたものの、味方としてはこの上なく心強い。

 

 その時、脳裏に響く鈴のような声。

 

『みなさん!』

「ロカか」

『安全なルートが確保できました! 私が案内致します!』

『!』

 

 “認識同期”によって通達される連絡に、場に居る全員が瞠目する。

 ロカにより黙々と行われていた“反膜の糸”による状況把握の結実。紛れもなく吉報のそれは、零番隊によるジェラルドの制止も相まって、一護達を前へと歩ませる理由と化した。

 噤んだまま兵主部に見向く一護。

 すれば、太古より尸魂界を見守ってきた叡智はゆっくりと頷いた。

 

「ゆけ、一護。おんしらなら必ずや勝てる」

「和尚……」

「世界を───護ってくれ」

 

 その言葉に、一護は背を向ける。

 

「……言われなくても、そのつもりだ!」

 

 振り返る事無く駆け出す少年に、仲間はこぞってその背中を追う。

 織姫、泰虎、岩鷲、夜一。数え切れぬ程の人間の望みと願いを背負い、彼らは進む。

 

「……」

「ウルキオラ?」

「俺達も行くぞ」

 

 無言のまま、激震を轟かせる景色に背を向ける破面を呼び止めたハリベルへ、ウルキオラは応えた。

 

 そこへ口を挟んだのはスタークである。

 

「いいのかよ、ヤミーは」

「あの馬鹿は……そう易々と死なん。放っておいても問題はない」

「……そーかよ」

 

 ともすれば無慈悲にも聞こえる返答にスタークは笑みを零した。

 

「意外だったぜ。お前さん、結構分かり易いんだな」

「それはお前の感じ方次第だ」

 

 憮然と言い放つウルキオラは、一護らを追う。

 その姿にジェラルドへ戦意を滾らせていたグリムジョーも、『チッ!』と舌打ちを響かせ、渋々と言わんばかりに背を向けた。

 

 殺すならば、ただの一兵よりも王。

 孤高の王を目指すグリムジョーならば、選ぶのは当然ユーハバッハであった。

 

「じゃ、ボクらも行こっか。お言葉に甘えてさ」

 

 帰面の面々も、虚白の言葉に応じて踵を返す。

 而して、ジェラルドに立ち向かう者はヤミーに加え、零番隊のみとなった。

 

「はてさて……」

 

 重い腰を上げ、命の檻の上に跳び乗った兵主部はジェラルドを見下ろす。

 

「黒崎一護……霊王様の代わりになれる資質を志波の血を引き継いだ者の中から現れるとは因果な事もあるもんじゃのう。じゃが、世界が求めているのは()()()か……見届けねばならんの」

 

 筆の如き形容の斬魄刀を構える兵主部は、これより紡がれる未来を綴る為に顕現させる。

 

 

 

「黒めよ───『一文字(いちもんじ)』」

 

 

 

 真っ黒な墨を滴らせる筆。

 あらゆる黒を力とする斬魄刀は、滅却師を名乗る霊王の心臓を喰い止めるべく、筆を走らせる。

 

「わしは……()()()()()()()()()()働くとしようかの」

 

 

 

 ***

 

 

 

 炎々と燃え広がる紅蓮の炎。

 衣を焦がし、皮を焼き。

 一瞬の油断が骨肉を灰にせんと燃え盛る炎。直後、それは無数の光の雨に貫かれて霧散した。

 

「───“灯篭流し”!!」

 

 バズビーと焰真へ迫る矢の弾雨。

 それを防ぐのもまた炎の壁。

 バズビーが熾す紅蓮の炎とは違い、清廉な青に縁どられた炎は命を奪う暴力から二人を護る盾となる。

 

「劫火大炮ォ!!」

「ッ……!」

 

 次の瞬間、炎の壁を突き破り大文字が迫りくる。

 今度は紅い光に縁どられた猛々しい炎であった。浄罪の青とは真逆の、断罪の権能を司るそれをハッシュヴァルトは左手に携える盾で防いでみせる。

 衝き抜ける衝撃は凄まじい。三人の居る階層をビリビリと震わせては、既に壁や床に刻まれていた亀裂を長く、そして深く広げていく。

 

「……」

「……」

「……」

 

 睨み合う三人。

 滅却師完聖体を顕現させるハッシュヴァルトに対し、焰真は卍解で相対している。

 だが、ユーハバッハの聖別により力を奪われたバズビーだけは、滅却師完聖体を顕現させられず、残された聖文字だけで戦っている状態だ。

 状況は五分五分───否、僅かながら焰真とバズビー側に形勢が傾いている。

 理由は、

 

「……おかしいぜ」

「何がだ?」

「ユーゴーの野郎、聖文字を使いやがらねえ」

 

 バズビーが気付いた。

 

「見てみろ、“身代わり盾(フロイントシルト)”を。あいつはユーゴーの傷を移し取るもんだ」

「……成程な。道理で前に戦った時は一つも傷を負わせられなかった訳だ」

「死ななかったてめえも大概だ。大抵の野郎は“身代わりの盾”と“世界調和(ザ・バランス)”の組み合わせで手も足も出ねえ……」

 

 だが、と語を継ぐ。

 

「盾の傷が俺達に移ってねえ」

 

 それが意味するものが、前述の違和感に繋がる。

 

「あいつは馬鹿正直なくらい陛下に忠実な野郎だ。手加減なんざする柄じゃねえ。なのに、わざわざ聖文字を使わない道理もねえ」

「……能力を使えない理由があるって事か?」

「……かもな。()()()を見たら、いよいよそう思えてきたぜ」

 

 バズビーが見据える先───ハッシュヴァルトの瞳は、一つの眼球に複数の瞳孔が浮かび上がる異様を晒していた。

 

「昔、聞いたことがあるぜ。ユーゴーがユーハバッハの半身だってな」

「半身だと?」

「その言葉の意味を全部知ってる訳じゃねえ。だが、ユーハバッハはあいつを必要としていた。それは間違いねえ」

 

 今となっては忌まわしい過去の記憶。

 鮮明に焼き付いて忘れられぬからこそ、今の状況と繋がって推察する事ができた。

 

「今迄冗談半分で聞いてたが、漸く確信を得られたぜ───今、ユーゴーとユーハバッハの能力は入れ替わってる」

「! だとすれば……」

「あいつは今だけ未来を視る能力を持ってる。代わりに本来の聖文字は使えねえ……筈だ」

 

 あくまで状況より導き出した憶測。

 確信するには時期尚早だが、全部が全部を妄想と断じるのも早過ぎる。

 

「あいつが聖文字を使えないなら好機だ。今の内に“身代わりの盾”を壊すなりして、ユーゴーの手から引っぺがす。あれを奪うだけでも状況は変わる」

「……盾自体が囮だった時はどうする?」

「その時はその時だ。所詮、俺がそこまでの男だっただけの話で終わる」

 

 烈火の如き闘志を燃やすバズビー。

 言っても聞かぬ雰囲気を醸し出す彼を前に、一歩引いた場所から冷静に戦況を分析する焰真は呆れたように溜息をつく。

 

「……分かった」

「あぁ?」

「上等だ。お前の賭けに乗る」

「……正気か?」

「お前が言うかよ。けど、いつまでもここで蹈鞴を踏むつもりはない。俺はこいつを倒してユーハバッハも倒す。仲間が戦ってるんだ。立ち止まってる暇は───ない」

「……だったら、盾をどうにかできたら後は俺に任せろ」

「……死ぬ気か?」

「とっくの昔に命は懸けてる。あいつと決着をつけて死ねるなら本望だ」

 

 真っすぐな瞳には狂気に駆られた様子はない。

 何年も燻り続けた覚悟。今を逃せば永遠に燃える事のないそれを湛えた瞳には、焰真も無粋な口出しもできなかった。

 

 

 

「いくぞ」

「おう」

 

 

 

 炎が、爆ぜる。

 

「……手向かうか」

 

 光の翼を揺らめかせる審判は、剣を振るう。

 

「うおおおおっ!!!」

「はああああっ!!!」

 

 二振りの刀剣が閃く。

 炎が()ぶ。放たれた烈火は空を焼き切り、天井に消えぬ傷跡を残した。

 

 二人の刃を紙一重で躱したハッシュヴァルトは、それからも繰り出される怒涛の猛攻をまるで未来が視えているかのように限限の所で躱し、いなし、受け止めては反撃に応じた。

 絶え間ない剣戟。息をするのも忘れる、いや、息をする暇もない斬撃の応酬。

 体が酸素を求めて空気を吸えば、満ち満ちる熱気に喉と肺を焼かれそうになる。

 全身に滾る熱は、そのまま体の悉くを灰にせんばかりに高まっていく。逃げ場のない熱気は、この戦いに終止符が打たれるまで延々と戦場を焼き焦がす。

 

 幾度も切り結ばれる中、バズビーの“バーナーフィンガー4”によって生み出される炎剣がハッシュヴァルトの剣を捉える。

 彼の解き放たれた激情を表すかのような火勢の剣は、受け止める鋼の刀身を赤熱に彩り、僅かながら()()()()

 

「クッ……!」

「おおお───がッ!!?」

「バズビー!」

 

 途中まで凄まじい気迫のままに鍔迫り合いを演じていたバズビーであるが、刀身を半分熔かされたところで反撃に転じたハッシュヴァルトの一撃を脇腹に喰らう。

 盾で殴り抜ける。

 単純だが、“身代わりの盾”の耐久度を気にしていると踏んでいたバズビーにとっては不意を衝く一撃。

 まんまと直撃を貰った彼は、石畳を数度跳ねて壁に激突したところで沈黙する。

 床を這う砂煙により、今のバズビーの様子は窺えない。

 だが、幽かに感じ取れる魄動で安否を把握した焰真は、そのままハッシュヴァルトへ刃を振るう。

 

 しかしながら、バズビー一人を欠いた状態では未来視を持つハッシュヴァルトに決定打は与えられない。寸前で避けられるか、盾で受け止められるのが関の山だ。

 

 それでも焰真は止まらない。

 ハッシュヴァルトには()()()()()()

 

(彼は……!)

 

 間違いなく以前よりも力を増した焰真に、聖なる御使は防戦を強いられていたのが実情だ。

 

 力をつけたからではない。

 卍解を使っているからでもない。

 

 ただ、迷いのない刃は速く、そして重かった。

 

 全身全霊で繰り出される横薙ぎを盾で受けたところで、ハッシュヴァルトは殺し切れなかった勢いのままに後方へ滑る。

 背中が壁についた瞬間、追撃の上段斬りを繰り出す焰真。

 今度こそハッシュヴァルトは斬撃の衝撃を殺せず、床を砕いて突き抜ける。

 

「グッ……!」

「そこを、退けェ!!」

 

 下の階層へ墜落する最中でも剣舞を演じる両雄は、鬼気迫る形相でぶつかり合う。

 霊子を掌握する滅却師の城。そこで繰り広げられる空中戦ならば、当然の如くハッシュヴァルトに軍配が上がる───かと思いきや、優勢にさえ持ち込ませぬ程に死神の連撃は激烈であった。

 

 崩落する床を霊子にして翼に加えても、それを霧散させる烈火が迸る。

 

「俺は……ユーハバッハを倒さなきゃならねえんだよ!!!」

「それに何の意味がある? 君に変えられるものは……何一つとして無い! 最早未来は変えられない! 何者にもなッ!」

「だったらお前は何がしたいんだ!!?」

 

 とうとう着地する両者。

 石畳を踏み砕き、即座に切り結ぶ彼らは険しい形相のままに、三度剣を振るった。

 

「陛下がお創りになる未来に私が口を挟む余地はない……!! 知る必要もな!!」

「ふざけるな!! そうやって他人が創った未来を生きるのがお前の望みなのかよ!!」

「その問答は無意味だ!! 私は既に秤にかけている……私が生きる未来がどこを目指すかをな!!」

「それがユーハバッハの創る未来だってのかよっ!!?」

「未来が視えぬ君には解らない!!」

「だったら言えよ!! ユーハバッハの創る未来で……お前は友達と笑い合えてるのか!!?」

「な……!!?」

 

 一瞬、ハッシュヴァルトが止まる。

 その寸隙を衝いて振るわれた斬撃が、身代わりの盾に横一文字を刻んだ。

 

「グッ……!! それに何の意味がある!!? 確かに君にとっては重要なものかもしれない……が、それはあくまで君の価値観に則った上での話だ!!」

「ああ、そうさ!! けどな……それがない世界に未来があるなんて、本気で思ってるのかよっ!!?」

 

 義憤に燃える焰真の刃は、尚も苛烈さを増す。

 

「お前が視てる未来もユーハバッハが創る未来も俺には解らない……!! 俺なんかが想像もつかない大義があるかもしれねえ!! だけど、だけど……!! 見たろ!!? 滅却師の奴らが力を……命を奪われてるのを!! 仲間を殺される姿を!! 見てきた筈だろォ!!?」

「ッ……それは私の与り知らない未来だ───見る価値もない!!」

「このッ……馬鹿野郎がァア!!!!!」

「ガッ……!!!!?」

 

 突如、斬魄刀を手放す焰真。

 その奇行に気を奪われた一瞬の隙に、剣と盾を持つ手を握られたハッシュヴァルトは、がら空きになった額に渾身の頭突きを喰らった。

 咄嗟に展開した静血装をも貫く一撃。

 当然血は流れるし、頭蓋に響く衝撃は視界と意識を揺らす。

 

「仲間を殺されて、何も感じないのかよ!!? それは……それはッ……哀しいことだろうが……ッ!」

「ッ……!!」

「死神みたいに長い間生きてたら……色んな人が死んでいくのを見送る……看取ることだってある。その度に涙が枯れるくらい泣いてたら、いつか心が壊れそうだって……そんな気がしてた時期もある……でも、それでいいんだ……それでよかったんだ!」

 

 額から血を滴らせる焰真が、揺れるハッシュヴァルトの瞳を覗き込む。

 

「一番いけないのは、人が死んでも哀しいと思えなくなることだ……! 愛おしかったって……気づけなくなることだ……!」

「死が美徳と説くか……死神らしい……!」

「違う……誰だって生きてくれてた方が嬉しいに決まってる!」

「ならば!!!」

「だから、護りたいと思うんだろうが!!!」

 

 もう一度、頭を振る。

 しかし、今度は直前でハッシュヴァルトの足が腹部に突き刺さる。臓腑と背骨を衝き抜ける衝撃に手の力が緩んだ焰真はそのまま後方へ吹き飛ばされるが、床に転がる星煉剣を拾い、床に突き立てる事で勢いを殺す。

 

「俺には……世界がどう在るべきかとか……正直どうだっていい」

「……ならば、今すぐに陛下に邪魔立てするのをやめてもらおうか……! 陛下は───」

「だけど、大切な人を傷つけられることだけは……それだけは赦せないんだよッ!!!」

 

 吐露される本音。

 魂からの叫びは、留まらぬ霊圧と炎と化して闇夜を照らす火輪となす。

 

「お前らが視る未来がどんなに素晴らしかったとして……そいつが俺の仲間や家族を犠牲にして成り立つものなら、そんな未来───俺がぶっ壊してやる!!!!!」

 

 噴き上がる獄炎を纏う死神。

 罪無きようにも罪深きようにも見える姿は、まさしく太陽。

 

 刹那、刃を振り上げる。

 白銀の刀身に清廉な炎を宿らせる焰真は、小細工を仕掛けることもなく、真っすぐにハッシュヴァルトへと迫り、

 

「俺は!!! 今の世界を愛してる!!!」

「ッ……───黙れえええええッ!!!!!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 全身全霊を以て振り下ろす。

 直線的な攻撃。未来視を以てすれば予知も対策も容易い───筈だった。

 だが、現実はどうだ? 燦々と闇夜を照らす炎に眼を焼かれ、不鮮明になった未来に今が追い付いたと知った時、既に彼は眼前まで迫っていた。

 並外れた反射神経で剣と盾を掲げ、焰真の斬撃を受け止める。

 しかしながら、延々と刀身から噴き上がる炎のような霊圧は斬撃の後を押し、徐々にその勢いを増していく。

 

 そして、終には。

 

 

 

「だから……譲れねえんだぁぁあああアアアッ!!!!!」

 

 

 

 剣と盾を両断し───ハッシュヴァルトを袈裟斬りにした。

 

 

 

「馬……鹿なッ……!!」

 

 

 

 犠牲になった武具の分、斬撃の威力は小さく済んだだろう。

 だが、それを差し引いてもハッシュヴァルトは浅くない傷を負った。純白だったコートを真紅の血に染め、体はグラリとよろめく。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 脱力する体を折れた剣を杖代わりにして支える。

 視界が揺れる。長い時間、熱波に晒されたからだろうか。額から噴き出す汗が目元まで流れ落ちる。

 

 痛い。

 痛い。

 堪らなく、痛い。

 

 目に染みる汗、傷口から溢れる血。

 ハッシュヴァルトの体に刻み込まれた傷は瞬く間に身代わりの盾に移し取られる───が、とうとう限界を迎えたのか粉々に砕け散る。

 而して無傷に戻る肉体であるが、刻まれた痛みの余韻だけは延々とハッシュヴァルトを苛んだ。

 

「……これが……君の力という訳か……」

「……なんだよ」

「なに……?」

()()()()()()()()()

 

 告げられ、目元に手を当てる。

 乾いた肌に浸み込む一粒の雫。それに気が付いた時、ハッシュヴァルトの脳裏には───袂を分かった過去の思い出が蘇る。

 

(違う)

 

 そう、己に言い聞かせる。

 

(違うんだ)

 

 何度も、何度も。

 

()は───)

 

 掬い取った雫を握り潰し、そのまま目元に爪を突き立てる。

 すれば、割かれた皮膚から血が溢れ、目元から頬を伝っては地面へと滴り落ちていく。

 

「私は……間違ってなど……!」

「……それを決めるのは、俺じゃない」

 

 踵を返す焰真。

 直後、崩れた天井の穴から炎が落ちてくる。

 

 流れる血を熱で乾かし、晒された傷口を火で焼く男。

 心火を魂に宿す滅却師・バズビー。またの名を───バザード・ブラック。

 

「ここからは……()()()()()()()。いいな?」

「……ああ。十分だ」

 

 襤褸切れのような体を晒す彼は、今尚鎮まることを知らない火を灯しながら舞い降りた。

 結果的に無傷となったハッシュヴァルトとは違い、彼の傷はそのままだ。刻まれた刀傷や打撲の痕は消えてなどいない。

 

 それでも陽炎の如く景色を歪める炎と霊圧は、これまで以上の気炎を錯覚させる。

 

「バズビー……」

「ユーゴー……」

 

 互いに幻視する。

 

 幼かった子どもの頃を。

 入団したばかりの頃を。

 

 それからも幾度となく投じた火種は、結局のところ避けたハッシュヴァルトにより火花を散らす事無く燻り消えた。

 だが、今は違う。

 逃げ道など無い。

 出会ってから今に至るまで───燻り続けた宿願を果たす瞬間は、この時を除いて存在しないだろう。

 

 確信するバズビーは飛び去る焰真に目をくれず。

 しかしながら、思う所があるように目を伏せる。

 

「……恩に着るぜ。芥火焰真」

 

 

 

───漸く、決着をつけられる。

 

 

 

「……構えろよ」

「……」

「剣が折れた。弓が作れねえ───だからなんだ? それで戦えなくなるほど、てめえが弱かった覚えはねえぜ」

「……バズビー」

「俺達ァこうなる運命だったんだよ。最初から出会った時から、ずっとな」

 

 ボーガン型の神聖弓を形成し、バズビーは続ける。

 

「いい加減終わりにしようぜ。この生温ィ関係をな」

「……死ぬ事になるぞ」

「……それも陛下の眼で視た未来か?」

 

 死する運命を告げられても尚、青年は笑う。

 

「なら、問題はねえな。死に場所は───とっくの昔に決まってるからよ」

「……そうか」

「覚悟はしていたろ。俺も……お前もな」

 

 折れた剣を握りしめ、ハッシュヴァルトは身構える。

 

 

 

「───かかって来い、バズビー」

「───望むところだ、ユーゴー」

 

 

 

 燃える。熔ける。灰になる。

 魂の一片が燃え尽きるまで終わらぬ戦いの火蓋は、斯くして切られた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 コツリ、コツリと階段を上る音。

 昏い闇夜の静寂に木霊する歩みの主は、やがて暁を背負って玉座の前に現れ出ずる。

 

 四つの人影。

 精悍な面持ちを湛え、研ぎ澄まされた刃と力を握りしめる彼らは、語る間もなく飛び掛かってきた。

 決着は一瞬。

 玉座に坐る王を、その一閃で斬り伏せる。舞い上がる血飛沫は景色を血に染め、やがて視界は暗黒に包まれた。

 

 

 

「───夜明けはまだか」

 

 

 

 重い瞼を開く男───ユーハバッハ。

 かつて全知全能と呼ばれた霊王を取り込み、王の座を簒奪した滅却師の王は、その御寝から目を覚ました。

 

「良い夢だ」

 

 己が殺される夢をして、『良い夢』と嗤う。

 

「夢は悪夢ほど素晴らしい」

 

 その目元は無数の“眼”と影に覆われ、誰にも覗き見る事は叶わない。

 

 

 

「そうは思わんか? ───護廷十三隊よ」

 

 

 

 言うや、続々と玉座の間に人が集う。

 黒衣を纏った魂の調整者。億万年もの間、三界の均衡を保ち続けていた死を司る神が、理の破壊者の前に躍り出た。

 

 その陣頭に立つ男は、笠に隠れた目元から鋭い眼光を奔らせる。

 

「初めましてだねェ、見えざる帝国の皇帝さん。御眠りの最中だったかな?」

「護廷十三隊総隊長、京楽春水……山本重國の跡を継ぎ、ここまで辿り着いたのは褒めてやろう」

「そりゃあどうも。しかし、その姿はまた……」

「醜く見えるか?」

 

 異形と化した己の姿を指していると察し、ユーハバッハは意に介さず哂う。

 

「それは正しい感性だ。誰しも自分自身の罪を目の当たりにして、良い気分になるものではないからな」

「……汲みかねるねェ。その言い回しの意図は」

「気にする必要はない。闇に葬られた歴史を知る必要もな。今の世界が背負う原罪は、間もなくその意味を持たなくなる」

 

 肘掛けに手を突き、腰を上げる。

 刹那、止めどない霊圧の波動が護廷隊を圧し潰す波濤となって放たれた。隊長でさえ身震いし、冷や汗が止まらなくなる程の霊圧。隊長ならば兎も角、副隊長の中には呼吸を忘れるばかり顔面蒼白になる者も居た。

 

 だが、そんな彼らに活を入れるように鳴り響く抜刀の音。

 尸魂界に二振りしか存在せぬ二刀一対の斬魄刀を構えた京楽が、誰よりも早く世界の命運を分ける決戦へ臨む背中を見せつけた。

 

 すれば、続々と他の隊士も刀を抜く。

 逃げる者は誰一人として居らず、恐怖や慄きを覚えながらも己が敵を見据える瞳には、確固たる闘志が宿っていた。

 

 負ければ全てが終わる。

 ならば、命を懸けぬ由は無い。

 

 疾うに覚悟を決めていた死神は、滅却師の王へと刃向かう。

 

「悪いけれど、世界が滅ぶのを黙って見ていられなくてね……お命を頂戴するよ」

「私から命を奪うと宣うか……ククッ……ククク、はははははははは!!」

 

 呵々と上がる笑いに呼応し、濁流の如く流れ出る漆黒の影は荒れ狂う。

 

「良かろう。我はユーハバッハ……貴様らの全てを奪う者。勇敢な魂の担い手よ、その意気に免じて、貴様らには贅沢な死を与えよう」

「……さて、幕開けと……いや」

「貴様らが託す希望の一つ一つ……」

「幕引きと───いこうかい」

「私が残らず奪い去ってやろう!!」

 

 闇が、立ち上がる。

 

「護廷十三隊よ」

 

 闇は、紡ぐ。

 

 

 

「真実と潔白を掲げ」

 

 

 

「何も求めぬ殉教に生き」

 

 

 

「絶望の渦中ですら立ち上がり」

 

 

 

「悲しむ者に愛を注ぎ」

 

 

 

「犠牲と危険を強いられようと、清純な愛を抱き」

 

 

 

「高潔な理性を持ち続け」

 

 

 

「勇気を胸に突き進み」

 

 

 

「全てを手に入れんと戯け」

 

 

 

「忘却を認めぬ矜持と」

 

 

 

「神秘とエゴイズムに溺れ」

 

 

 

「飽くなき戦いを只管に望み」

 

 

 

「厳格なる復讐に独り立ち」

 

 

 

「希望を手に入れんと足掻く」

 

 

 

「弱き───魂よ」

 

 

 

 見開かれる眼の一つ一つが、震えながらも刃を握る勇気ある魂を見遣る。

 

「その気魄に免じて、私も全霊を以て剣を振るおう」

 

 眼は哂う。

 

 そして。

 

 魂は揮う。

 

「花風紊れて花神啼き」

「ぶっ潰せ!!」 「尽敵螫殺」

「吹っ飛ばせ」 「潰せ」

「奏でろ……」 「打ち砕け!!」

「奔れ!」 「ぶった切れ!!」

「───散れ───」

「天風紊れて天魔嗤う」

「吼えろ!」 「舞え」

「倒れろ」

「弾け!」「刈れ!」

「鳴け」  「轟けッ!!」

「水天逆巻け」

「起きろ」

 

 

 

 

 

「───『花天狂骨(かてんきょうこつ)』───」

「『五形頭(げげつぶり)』ィ!!」 「『雀蜂(すずめばち)』」

「『断風(たちかぜ)』」 「……『鉄漿蜻蛉(はぐろとんぼ)』!」

「『金沙羅(きんしゃら)』!」 「『天狗丸(てんぐまる)』ゥ!!」

「『凍雲(いてぐも)』!」 「『馘大蛇(くびきりおろち)』!!」

「……『千本桜(せんぼんざくら)』……」

「『蛇尾丸(ざびまる)』ッ!!」  「『袖白雪(そでのしらゆき)』」

「『逆撫(さかなで)』」

「『飛梅(とびうめ)』!!」 「『風死(かぜしに)』!!」

「『清虫(すずむし)』……」  「『天譴(てんけん)』!」

「『捩花(ねじばな)』!」

「───『紅姫(べにひめ)』───」

 

 力の解放。

 心の発露。

 魂の顕現。

 

 刀との対話の涯に得た力を解き放ち、護廷十三隊は押し寄せる圧倒的な力の波濤に対抗する。

 未だかかつて、これほどまでの壮観な眺めを目の当たりにした者が居ただろうか? 千年前の戦争においても、尸魂界の歴史に名を刻むであろう傑物達が並んだ記憶はない。

 

 まさしく絶景。

 遥か天上より見下ろすように頭を擡げる滅却師の王は、意味深に笑みを浮かべるや、懐から一つの五芒星を取り出した。

 

「さあ、始めようか」

「あれはまさか……!」

 

 真っ先に悟るのは浦原だ。

 誰よりも()()に長く触れ続けていた彼だからこそ、ユーハバッハが取り出した物体の正体と───これより始まるであろう地獄を幻視した。

 

「やれやれ……これは」

 

 次に悟る京楽は、ユーハバッハから噴き上がる紅蓮の霊圧を前に汗を流す。だが、肌を焼く熱風とは裏腹に、脊髄には氷柱を詰め込まれたような寒気を覚える

 

「最後の宿題にしてはちょっと厳し過ぎるんじゃない? ───()()

 

 

 

 その苛烈さは太陽の如く。

 

 

 

「卍解」

 

 

 

 滅却師の王が唱える。

 

 

 

「───『残火(ざんか)太刀(たち)』───」

 

 

 

 残り火は、余りにも烈しく。

 

 世界の命運を背負う希望の種すらも焼き尽くさんばかりに、天を焦がさんばかりに燃え盛る。

 

 

 

 明けない夜に、太陽は昇る。

 

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