BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*95 Cometh the hour

 浦原喜助が開発した卍解奪掠を阻止する道具───侵影薬は、卍解の所有者が丸薬に触れることにより作用する。

 見えざる帝国による第二次侵攻時、各卍解所有者に送信された侵影薬は紛れもなく魂魄内に虚の力を浸透させ、滅却師の力を阻害した。

 

 だが、裏を返せば所有者が触れていなければ奪掠は阻止できない。

 極端な例を言えば、丸薬の送信以前に既に死んでいて遺体が残っていなかった者だ。ユーハバッハとの戦闘において、『一刀火葬』により全身を術式発動の触媒として捧げた元柳斎の肉体は、その骨肉の一片までもが灰となった。故に侵影薬に触れる機会などなく、卍解はそのまま簒奪者の手に残っていた。

 

「どうした? 何の抵抗もせずに世界を焼き尽くされるのを是とはせぬだろう」

 

───よく言う。

 

 誰もが内心吐き捨てる。

 滅却師の王を鎧う炎は、灼熱を以て万物を焼き尽くす太陽の衣。

 

 如何なる剣も。

 如何なる矢も。

 如何なる槍も。

 如何なる弾も。

 

 ありとあらゆる武具を無為に帰す、超絶とした力そのもの。

 

「───まいったねェ……」

「残火の太刀……いざ目の前にすると、足が震えて仕方ありませんね。流石は山本総隊長の卍解っスね」

「嘘は止しなよ。キミがそれを言っちゃあ、他の皆が怯えちゃうじゃない」

 

 みるみるうちに消えていく大気中の水分。

 熱に煽られ噴き出た汗も、瞬く間に蒸発して消えていくような炎熱地獄の中、頻りに瞬きをする京楽と浦原は言葉を交わす。

 

「で? 君なら何か策があるんじゃない?」

「買い被りっスよ。アタシ一人にできる事なんて限界があります」

()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 1500万℃の熱。

 直接攻撃系の斬魄刀はおろか、並みの流水系や氷雪系、あまつさえ鬼道ですら手に負えぬ攻防一体の灼熱の衣を突破する術がなくば、護廷十三隊に勝利の未来はない。

 期待などではなく願望。

 この窮地を打開する策が浦原になければ、最早詰みに等しい状況である中、大勢から眼差しを送られる浦原は重々しく息を吐いた。

 

「───やれます。ここに居る皆サンが力を合わせれば、必ず」

 

 それは希望の声。

 絶望に焼かれていた死神の瞳には光が宿る。

 

「さて……ここまで来て言うのもなんですが」

 

 熱風に煽られ、帽子が脱げる浦原が精悍な面持ちを湛え、閧の声を上げる。

 

 

 

「命を懸ける準備は───よろしいっスか?」

 

 

 

 答えは、是として。

 刃を振り上げる音が木霊した。

 

 

 

「良い覚悟だ」

 

 

 

 それを哂う影が、刃を足元に突き立てる。

 

「ならば、相応の舞台を用意してやろう」

 

 迸る炎が、真世界城に張り巡らされている霊脈に灼熱を注ぎ込む。

 直後、世界が揺れる。

 鳴動を轟かせ、不穏な足音が鳴り止まぬ決戦の舞台に眉尻を顰める浦原であったが、割断される石畳より湧き出る煤色の髑髏に目を見開く。

 

───よもや。

 

 鬼謀に長けた浦原だからこそ思い至る───思い至ってしまった。

 

「───外道め」

「残火の太刀……“南”」

『!!』

 

 知る人ぞ知る。

 鷹揚に大地を割いて現れる無数の骸。太陽の如き熱を一身に注ぎ込まれ蘇った骸は、炭化した骨の髄に赤熱を滾らせる。

 

火火十億万死大葬陣(かかじゅうまんおくしだいそうじん)

 

 恨めしそうな呻き声を上げる亡者の大群。

 流刃若火の炎に呼び起こされた骸は、哀れな髑髏(しゃれこうべ)を大きく揺らし、滅却師の王に仇為す死神へ殺到する。

 

「此奴ら……!」

「てめえを倒す前にこいつらをやれってか!? てめえの手を汚そうとしねえたァ、どこまでも趣味が悪ィ奴だぜ!」

「待て、ルキア。恋次」

 

 斬魄刀を構える二人を白哉が手で制する。

 ここまで来て何を抑えろというのか。抗議する眼差しを送るが、敬愛する男の律した居住まいを前に軽挙妄動を即座に取りやめる。

 静謐な姿に反し、誰よりも裡に熱い心情と固い矜持を抱く彼の事だ。

 よっぽどの理由があるのだと、今一度押し寄せる亡者を一瞥し───吞んだ息の通った喉が灼けた。

 

「ッ───袖白雪ッ!!!」

 

 咄嗟に解き放つ凍気の壁が、護廷十三隊を熔かし尽くさんとした業火から辛うじて護ってみせる。

 

「……まさか、あの骸は……ッ」

 

 全力で凍気を放ち続けても尚、止むことのない焦熱の嵐。

 彼らが目の当たりにする景色は、紛れもない地獄。煮え滾る真っ赤な大地の中央を踏みしめる漆黒の骸は、陽炎を纏いながら死神へと歩み寄る。

 

「───山じい」

 

 誰よりも先に、京楽が名を紡ぐ。

 

 護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國。

 最強最古の焱熱系斬魄刀『流刃若火』を操り、死神を育て育む学び舎・真央霊術院、果てには世界の均衡を保つ死神らの組織である護廷十三隊を創り、千年もの間その変遷を見守り、ある時は決して折れぬ大黒柱として坐していた男。

 

 護廷隊の歴史そのものが、己が身を業火の刃となして迫る。

 

「……」

 

 誰もが開いた口が塞がらない。

 無防備な口腔を晒せば、瞬く間に体中の水分が蒸発し、魂が干乾びていく感覚を覚える。烈火の如き生き様と死に様を見せつけ、果てて逝った男が今や物言わぬ亡骸となりながら、護らんとしていた人々に刃を向けた。

 山本重國を知る者達ならば、それがどれだけ彼の遺志を踏み躙るものか知らぬ筈もなく。

 

「……死んでも稽古をつけてくれるとはね。本当に頭が下がる思いだよ。これを越えなくちゃ、ボクら護廷十三隊に未来はないって訳だ」

『───』

「そうだろ、山じい?」

 

 骸は答えぬ。

 だが、炎は苛烈に燃え盛った。

 

 新たな総隊長として気丈に振舞わなければ、との心算はある。

 だがしかし、それ以上に燃え上がる闘志の炎。邪知を働かせる魔王を前に、集った勇者は義憤に立ち上がる。

 

 熱く。

 烈しく。

 それこそ太陽にも劣らぬ程に。

 

 “新世界”に立ち向かうは“新時代”。

 

 これより世界の行く末を決める決戦の火蓋は───切られた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 火花が散る。命の輝きだ。

 一つ光が瞬く度に死が迫りくる。

 刹那の間に幾つもの死線を何度も何度も潜るのは、バズビーとハッシュヴァルトの二人。焰真が立ち去った後、しめやかに始まった二人だけの死闘は互いに一歩も退かぬ熾烈な様相を呈していた。

 

 最初の会話から、両者は口を結んだまま黙々と刃を振るう。

 聞こえるとすれば、時折渾身の息遣いが時折漏れるのみ。

 それ以外は刃と刃が打ち付け合う甲高い金属音だけ。炎に焼かれる鋼の悲鳴と、刃に裂かれる火の断末魔。

 

 パッと咲いては網膜を焼き尽くす閃光が溢れ、秒針が一つ進むよりも短い時の間、視界はまっしろに染まる。

 しかしながら、視界を潰されても尚二人の動きには寸分の狂いもない。牙を剝く刃も正確無比に相手の首根っこを付け狙う。

 

(どっからだ)

 

 命を燃やして戦う最中、バズビーは幻視する。

 

(なあ、ユーゴー)

 

 陽炎のように揺らめく光景の最中、酷く朧げなハッシュヴァルトの輪郭を捉え、違えた道の先に続いていた筈の未来。

 

(俺達は……どっから殺し合わなくちゃならなくなったよ?)

 

 そんな空想を断ち切るように、鋼が差し迫る。

 紙一重で避けた。しかし、剣圧で瞼が少し切れた。それを自身の掌に籠る熱で焼き、すぐさま流血を止めては熾烈な剣戟へと戻る。

 

 ハッシュヴァルトは強い。天才である自分よりも遥かに。

 認めていた。だが、認められなかった。

 だからこそ、何百年も前から決着を望んでいた───筈だった。

 

(なのに何だ? この乾きは)

 

 渇望していた。骨肉が灼けつく程に。

 それは奴との戦いの涯に満たされるものだとばかり考えていた。

 しかし、いくら刃を交えども心火に焙られた心のナニカは一向に満たされない。潤わない。ただ、より乾いては刻まれた罅を拡げていくばかり。

 

(お前には分かるかよ、なあ?)

 

───わからないことは全部教えてやる。

 

 どの口で訊けたものだろうか。

 

───そんなのきみに教える必要ない。

 

 どの口で答えてくれるだろうか。

 

(誓ったよな、俺達)

 

 互いの刃がドス黒い感情を孕んだ肚を斬りつけ、鮮やか血の華を咲かせる。

 トトト、とよろめいて三歩後ろに下がった。

 それから二人は四歩目を堪え、代わりに一歩踏み出す。

 石畳を踏み砕き、しとどの血に濡れながら睨み合う両雄は、これが最期と全身全霊を刃に込める。

 

(ユーハバッハを殺すって誓ったよな)

 

 急速に熱を失う指先。

 

(───いや、違うな)

 

 しかし、バズビーは過去を思い返すや、沸々と煮えくり返る怒りに身を任せて紅蓮の炎で全身を覆い尽くす。

 

(先に約束破ったのは、俺か)

 

 ()()()()()で気が触れそうだ。

 肉を焦がし、骨を熔かし、魂を焼き尽くさんばかりの炎はバズビーの右腕から真紅の輝きを上げて雄叫びを上げる。

 

(お前にだけは敗けたくないって、ただそれだけの理由で───お前との約束をふいにしちまった)

 

 無意識の内に見下していた傲慢。

 見捨てられなかったと思う厚顔。

 受け入れられぬ現実に喚く弱さ。

 

 その全てが腹立たしかった───許せなかったのだ。

 

 ()()()()だけは、どうしても。

 

(ユーゴー……)

 

 迸る紅蓮は螺旋を描き、五条の軌跡を紡ぐ。

 

(ユーゴー!!!)

 

 翼を羽搏かせる神の使いへ、手を伸ばす。

 

 

 

 

 

「バーニング・フル・フィンガーズ!!!」

 

 

 

 

 

 正真正銘の全力。

 これを凌がれようものなら自身に打てる手はないと断言できる程に。

 打開の先には完膚無き敗北が待ち受けている。だからこそ、命を懸ける価値があるのだとバズビーは吼えたのだ。

 折れた剣とは言え、ハッシュヴァルトの剣技は凄まじい。

 ()()()()()()()()のだから断言できる。

 だからこそ、受け入れられる。この先に待ち受ける結果が勝利であろうが、敗北であろうが潔く───。

 

 

 

「……ごぼッ」

 

 

 

 ───受け入れられる、つもりだった。

 

「……おい」

 

 答えは、返ってこない。

 

「おい、ユーゴー」

 

 貫いた右腕に伝わる体温に、胸に空虚を穿たれたようにバズビーが茫然自失と立ち尽くす。

 

()()()()()()()()()()

 

 振るわれた剣は、バズビーの肩口を僅かに食い込んだだけ。

 

「どうしててめえが敗けてやがる」

 

 三度、腕を濡らす吐血。

 

「答えろ、ユーゴーッッッ!!!!!」

 

 絶叫が真世界城を揺らす。

 バズビーは腕を引き抜く。ハッシュヴァルトの胸を貫き、その骨肉と臓腑を焼き焦がした忌々しい右腕を。

 腕を抜かれた青年は、唯一の支えを失くすや、すぐに脱力した体を地面に投げんばかりに崩れ落ちた。すぐさま受け止めるバズビーであるが、急速に熱を失っていく体に顔から血の気が引いていく。

 

「ユー……ゴー……」

 

 何度も何度も繰り返す自問自答。

 自身が彼に勝てる理由など見当たらなかった。それほどまでにハッシュヴァルトは強かったはずだ。

 にも拘わらず、自分が生きて彼が斃れる理由など一つしか思い浮かばない。

 

「……情けを……かけやがったのか……」

「……違う……バズ……」

「!! ユーゴー!!?」

 

 か細く紡がれる声に、弾かれたように駆け寄るバズビー。

 噎せ返るような血の臭いの中、彼はハッシュヴァルトを抱きかかえる。そこには既に敵として戦っていた男等ではなく、下の者を心配するような友や兄貴に近しい様子の男が居た。

 

 それを一瞥するハッシュヴァルト。

 光を失い始める瞳を揺らしながら、ポツリポツリと言葉は紡がれる。

 

「人生とは……正誤の秤の……連続だ。時に……自分の……意志さえ持てぬ、まま……選択を強いられる……」

「喋るな……もういい……!」

「だが……例え未来が視えたとしても……結果が変わらずとも……思うままに選択し……思うままに進む事に……意味があると……私は考える」

 

 残された力を振り絞り、焦げ付いた腕が持ち上げられた。

 咄嗟に掴み取ったバズビーは、固く固く握りしめ、じっとハッシュヴァルトの言葉に耳を傾ける。

 

「バズ……私はこれまで……幾度となく……秤にかけてきたつもりだ……」

「ユーゴー……」

「けれど……最後の最後で……秤にかけられなかった……陛下が御創りになる未来と……お前の未来と……」

 

 ふざけるな、と口をついて出そうな言葉を呑み込む。

 

「そんな……そんなもんの為に、てめえは俺を……俺との決着に泥を塗ったってのか!!」

「……あの死神は言った……」

「あの死神……?」

「未来で……お前と笑い合えているか……と……」

「───!」

 

 この期に及んで、斯様に甘い言葉を吐く死神など一人しか存在しない。

 だが、この場を離れた彼に言及する余力もないと、ハッシュヴァルトの声音は焦燥を帯びる。

 

「秤にかけられぬまま選んだ道は……等しく後悔となる……が……秤にかけぬと決めたなら……それもまた……道の一つなのだろう……」

「だから……だから俺に殺されたってか……ッ!? 俺の命も、ユーハバッハの命も取れなかったから!! だから死ぬってのか、アァ!!?」

「……意味を失ったのだ……未来を視る……滅却師の未来に……仲間も……喜びもない未来を視る……その意味を……」

 

 潤む瞳は涙に濡れてか。

 そして揺れる瞳から零れ落ちる雫は、焼け焦げる床に小さな染みを描く。

 

「あの死神に───気づかされた」

「ユーゴー」

「いや……ずっと昔から……気づいていた……それなのに……目を逸らしていた」

「もう、いい」

「お前と道を違えた……その瞬間から」

「もういい……やめろ」

「私の未来から……喜びは……消えてなくなったんだろう……」

「やめろ、ユーゴー!!!」

 

 慟哭。

 吐露される思いにつれて膨れ上がる感情は収まりがつかず、バズビーの胸中でグズグズに煮え滾る。

 

「もう……やめてくれ……ッ!!」

「……すまない、バズ……約束を……守れそうにない……」

「ッ───違う!! 約束を守れなかったのは俺だ!! 謝らなくちゃならねえのは俺だ!! お前は悪くねえ!! お前に……()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「それは……違う。君は……()()()()()()()()()()……私が何より求めていたものを……」

「ユーゴー……!!」

「だが……裏切った私に……君の隣に立つ資格など───」

「馬鹿野郎ッ!!!」

 

 木霊する絶叫が、吹き消えそうな命の灯火を繋ぎ止める。

 

「ふざけたこと言ってんじゃねえ!!! 約束を守れたとか、裏切ったとかどうとか!!! そんなの関係ねえだろうが!!!」

「バズ……」

「てめェはずっと……俺のダチだったろうが!!!」

 

 見開かれる瞳には光が宿り、鮮明な光景を目に映す。

 そこに映っていたのは涙ながらに語る友の姿。

 

「ダチだから必死こいて追いかけた!!! ダチだから負けたくなかった!!! ダチだから……!!!」

 

 かつて見た事のない程に情けなく、感情に任せた様子を晒すバズビー。

 

 難しい話ではなかった。

 

 友だからこそ、許し難く。

 友だからこそ、信じ難く。

 友だからこそ、認め難く。

 友だからこそ、容易くは離れ難かった───それだけだ。

 

 

 そんな彼の咽び泣く姿に、倒れた青年はフッと穏やかな笑みを零す。

 

「……バズ……」

 

───これでよかったと、心から思える。

 

 

 

「私と一緒に泣いてくれて……ありがとう」

 

 

 

 滑り落ちる掌。

 

「……ユーゴー?」

 

 解かれた指は剣を放す。

 

「ユーゴー」

 

 血に塗られるも、唯一汚れぬ柄の内。

 

「ユー……」

 

 そこに埋め込まれた、薄汚れた“B”と刻まれたボタン。

 

「───」

 

 熱を失った体からは何も感じない。

 友と叫んだ青年は何も答えてはくれない。それも当然だ、亡骸が応える筈もなく。

 それでも夢見てしまった未来に焦がれるバズビーは、未だ温もりが残る柄を握りしめ、渦巻く魂の衝動に震え。

 

 

 

「───ぉぉぉおおおオオオオォぉオおオおお゛オ゛お゛お゛お゛あ゛あ゛ア゛ア゛ッッッ!!!!!」

 

 

 

───最強の滅却師になろうぜ、ユーゴー。

 

 

 

 醒めぬ夢に吼えた。

 

 取り戻せぬと知りながら。

 

 

 

 ***

 

 

 

 王の口元が愉悦に歪む。

 

「どうした? 先の威勢はハッタリだったのか?」

 

 あからさまな挑発を口にするユーハバッハであるが、誰も答えない。答えられない。()()()()()()()()()()

 元柳斎を始めとした亡者の群れと相対す護廷十三隊。

 黄泉の国へと引きずり込まんとする腕を斬り払い、この屍山血河の地獄を生み出した首魁の許を目指さんとするが、猛き不動の火山が立ちはだかる。

 

「流石ッ……一筋縄じゃいかないねェ」

 

 滴る血すらも乾き切り、パキパキと罅割れていく。

 

『───』

 

 斯様な炎熱地獄の中、未だ斃れぬ護廷十三隊を望んで骸は何を想うか。

 

「幸いなのは蘇った総隊長そのものが熱を帯びている訳じゃない事っスか……」

「それでも強烈だよォ、山爺の拳骨は」

 

 今じゃたんこぶじゃ済まないかもね、と軽口を叩く京楽。

 相手取るのは元柳斎の尸だけではない。彼が今迄に焼き殺した(つわもの)の全て。いわば山本元柳斎重國の戦いの歴史そのものと相まみえていると言い換えても過言ではない。

 

 それ即ち、護廷十三隊の歴史よりも苛烈かつ凄絶であり。

 

 剣の鬼とも畏れられた元柳斎が殺した数は百や千では数え足りない。

 幾万にも及ぶ亡者を押しのけ、尚且つその山を築き上げた死神の長を打ち倒さなければ、この戦争の首謀者には辿り着けはしない。

 

 遠い、余りにも。

 

 それでも歩み出さなければ進めぬ事を、彼らは知っている。

 

 長々と戦えば窮地に追い詰められるのはこちら側だ。

 手の内を明かせば、それだけ後に控えるユーハバッハとの戦いに響いてくる。悠長に言っていられる状況ではないが、真に世界を護るつもりならばそうしなければならないのだ。

 

(これが山爺の千年背負ってきたものなんだね)

 

 改めて恩師の凄まじさを実感する。

 重い。重い。これだけの部下や同僚、そして仲間に支えられても尚、立つ事さえままならぬような重圧と重責が京楽を襲う。

 

 瀞霊廷を護り、世界を護る───元柳斎が千年背負い、護り続けてきたのはそういうものだ。

 

 それが例え、恩師の骸を踏みつけにするような所業をしなければならなくとも。

 

「……どうして皆、ボクにばっかり一番大事なものを預けていくんだか……」

 

 誰にも聞こえぬ声量で独り言つ京楽。

 しかし、これでようやく胸の中の蟠りが解けたと面を上げる。

 

「───準備はできたかい、店長さん?」

「ええ……そろそろ一石を投じる頃合いっスね」

 

 番の青龍刀を構える京楽と、艶めかしい煌きを放つ刀を握る浦原が身構える。

 皆が悟る、反撃の狼煙と。

 燻り続けた激情を今解き放たんと刀を握りしめれば、亡者の重なる怨嗟の声を圧し潰す霊圧が猛々しい火柱となって巻き上がる。

 

「素晴らしい霊圧だ」

 

 魔王が賞賛の言葉を吐く。

 

「そうでなくてはならぬ……尸魂界の歴史そのものでもある護廷十三隊。お前達を打ち砕かずして、新たな世界の名乗りを上げる事は赦されん」

 

 掲げられる銀盤。

 五芒星を刻んだ簒奪の印を見せつける魔王は、立ち上がる戦士の骨肉の一片までも我が物にせんと、

 

「戦え、死を司る神よ。この恐怖で塗り固められた世界を護るべく立ち───戦い───そして死ね!!!」

 

 

 

 錦に彩られんとする御旗を振り翳した。

 

 

 

「……なんだと?」

 

 目の前に広がる闇、闇、闇……。

 突如として広がった───否、既に広がっていた常闇の中に佇む魔王は、右へ左へと頭を振る。

 

───どこだ、此処は?

 

 辛うじて玉座に坐る感触はあるが、それ以外は何も感じられない。

 生温い血の臭いも、畳畳(じょうじょう)する悲鳴も、あれほど腹の底に響いていた霊力の波濤も。

 何もかもが感じられぬ暗黒は、この世に生まれ墜ちたばかりの不全の身を強いられていた頃を思い出す。

 

(これは、まさか)

 

 奪い去った智より導き出す解が、己を無明の地獄へと堕とした張本人を看破する。

 

「───東仙要!!」

「……卍解」

 

 

 

清虫終式(すずむしついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)

 

 

 

 その名は魔王の耳に届きはしない。

 而して彼の未来視を封じ込める無明の監獄を築き上げてみせた東仙は、闇の中で世界を滅ぼさんとする破壊者を見据えていた。

 しかし、

 

「どうやって私を閉じ込めてかは知らぬが、この程度で我が眼を封じられたとでも思ったか?」

 

 ユーハバッハの身を包む神火が勢いを増す。

 

「お前の……いや、お前の友の矮小な卍解など、我が眼を謀るには手に余る」

「……」

「功を急いたな。一度破壊された卍解は───二度と元には戻らない!!」

 

 神火は、尚も激しく燃え盛る。

 清虫終式・閻魔蟋蟀はドーム状の天幕を張り、敵を内部に閉じ込める卍解。一度標的を閉じ込めれば有利な状況こそ作り出せるが、卍解自体の強度は絶対的なものではない。

 相応に強大な力を受ければ、当然破られる。

 それは相手を閉じ込める形式の東仙の───彼の友・歌匡の卍解にとって、致命的な弱点であった。

 それでいて修復が不可能な卍解という奥義の弱点も相俟って、一度力尽くで突破されれば二度と無明の地獄は生み出せなくなる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その状況に置かれても尚、ユーハバッハは己が優位を疑わない。

 

「いくら我が眼を封じたところで、この衣を破らぬ限りお前達が私に傷を与える事は永劫叶わぬ!!」

 

 苛烈な豪火は、地獄すらも焼き尽くさんばかりに魔の手を広げていく。

 

「まずはお前からだ……東仙要。お前が掲げる正義……友の代わりに護ろうとした世界と共に死んでゆけ!!」

「罪科に対する戒めならば───今がその最中だ」

「───ッ!?」

 

 残火の太刀の超絶とした熱量で閻魔蟋蟀を焼き尽くさんとしたユーハバッハであったが、突として身体に降りかかる激痛に動きを止めた。

 

「馬鹿な……これは」

 

 天地を焦がす炎は、瞬く間に燻るような黒煙を上げて鎮火する。

 それすらも今は見られぬユーハバッハであるが、みるみるうちに冷え切る肉体の感触は確かに感じ取っていた。

 

()()()……()()()()()?」

 

 この世に唯一残された元柳斎の火。

 それが消えゆく感覚に訝しむユーハバッハは、

 

───ドッ!!!

 

「……なんだと?」

 

 胸を貫く幅広の刃に、眼を見開いた。

 

「貴様……」

「───『影鬼(かげおに)』」

「京楽……春水……!」

 

 手が触れるより早く、貫いた刃は引き抜かれる。

 夥しい血が石畳に真紅の軌跡を描くや、振り向いたユーハバッハは無明の地獄に唯一差し込む光明を目の当たりにした。

 

 その時、彼は気づいた。

 己が視界を塞ぐ異物───顔を覆い隠す白亜の仮面の存在を。

 

 成る程、と声にならぬ声を紡いだユーハバッハは光明に佇む人影を睨む。

 

「これも……貴様の策謀か」

「卍解」

「浦原喜助ッ!!」

「───『観音開紅姫改メ(かんのんびらきべにひめあらため)』」

 

 地獄に手を入れ、手を加え。

 開いた疵より影を通した巨大な仙女は、艶めかしい御手を蠢かしながら、浦原の背後に佇んでいた。

 見えざる帝国でも収集が叶わなかった未知の卍解。

 その顕現を目の当たりにした魔王は、好奇に瞳を歪ませる───だがしかし、すぐに世界は闇に閉じられた。

 

「ッ!!」

「アナタの能力は聞き及んでおりまして……その眼。()()()()()()()()()()()()()

「成程、これが貴様の……───ぐッ!?」

 

 刹那、無明を裂いて現れる巨腕がユーハバッハを捕え、握り、抵抗を許す間もなく宙へ放り投げる。

 

「卍解───『双王蛇尾丸(そうおうざびまる)』ッ!!」

 

 激情に燃える恋次が吼える。

 

「今だ、全員かかれェ!!!」

「───一回限りのチャンス、それをわざわざドブに捨てるつもりはありません」

 

 ()()()()に冒されるユーハバッハを一瞥し、浦原は瞳を細める。

 

「未来を視る……実に恐ろしい力だ。だからこそハッチサンの“時間停止”と“空間転移”で閻魔蟋蟀の中に転移させ生まれた隙に、特製の侵影薬を転送させました。残火の太刀の熱が及ばぬ体内にね」

「そういう訳か……!!」

「それでもアナタには長い効果は見込めないでしょう」

「……そうだ、例え虚の力とて私を殺すには至らぬ!! 貴様が注いだ虚の力諸共奪い尽くしてやろう!!」

 

「───やらせマセンよ」

 

 宙に晒されるユーハバッハの体を、頑強な帯の群れと鋲の雨が縛る。

 

「縛道の九十九───『(きん)』!」

「この程度の縛道で……私から自由を奪えるとでも───!」

「無駄っスよ」

 

 縛道における最高峰。

 それを喰らっても尚、霊子を奪う滅却師にとっては一時の隙しか生み出せない。

 

 だが、それこそが護廷十三隊が待ち焦がれていた一瞬。

 残火の太刀は侵影薬の効果で一時的に無力化されている。

 この機を逃さずして、世界を奪わんとする簒奪者を討ち取る機会はない。

 

 浦原が烽火を上げる。形勢逆転を奏でる雄々しい音色だ。

 淡々と練った霊圧、そして紡いだ言霊。

 それら二つを以て繰り出されるは、滅却師の城を突き破って現れる五頭の竜頭。荒々しい顎を剥き、

 

 

 

「破道の九十九『五龍転滅(ごりゅうてんめつ)』」

 

 

 

 魔王に喰らい付く。

 炸裂する霊圧の奔流。破道の極致とも言える禁術は、その超絶たる威力を以て轟音と爆風を巻き起こす。

 例えユーハバッハ程の力を持っているとは言え、無防備で喰らえばタダでは済まない。

 爆炎を貫き現れる人影は、未だ解けぬ呪縛に囚われたままに宙を舞う。

 

「ぐ……う……ッ……!」

「ここからは手も足も出させず磨り潰させて頂きます」

 

 刹那、魔王に覆い被さる三つの影。

 巨大な金棒、鋸、槍を構える死神は仮面の奥に潜む眼光を閃かせる。

 

「世界を潰されちゃ、最近気になり始めたジャンプの新連載が読めなくなるんでな!」

「その舐め腐った髭面、シバき回したるわ!」

「思い知らせたるわ。あんたのつまらん野望に付き合わされた連中の恨み辛みを」

「───火吹(ひふき)小槌(こづち)!!」

「───西瓜割(すいかわ)りィ!!」

「───二十一条蜻蛉下(にじゅういちじょうとんぼくだ)り!!」

 

 虚化したラブ、ひよ里、リサの三人による痛恨の一撃が振り下ろされ、無防備を晒す肉体を真下に吹き飛ばす。

 急転直下する肉体。手足も縛られている状態では受け身を取る事さえままならない。

 そこを狙うように大地を断割する力で踏み込んだ拳西が、ドス黒い肚目掛けて鉄拳を振り上げた。

 

「卍解───『鐵拳断風(てっけんたちかぜ)』ェ!!!」

「ぐッ……」

「オオオオオッ!!!」

「おおおおお!!?」

 

 無限に炸裂する拳撃に肉を、骨を、臓物を突き揺らされるユーハバッハ。墜落の勢いが殺されるまで叩き込まれる衝撃は凄絶そのものであり、つい先ほどまで弧を描いていた口からは堪らず苦悶の声が上がる。

 鳩尾に突き刺さり、延々と震え伝播する振動が肺の空気の悉くを強引に絞り出す。

 ついに墜落の勢いが死に、拳西のアッパーカットが押し勝った瞬間、夥しい血を口腔から吐き出すユーハバッハは放物線を描くように宙を舞った。

 

「夕四郎様! 今です!」

「はい、お任せ下さい! ねえさまの分まで天賜兵装番、四楓院家の当主としての務め! 果たしてみせます!」

「その意気です! さあ、私が合わせます! その拳、存分にお振るいください!」

 

 刹那、一陣の風が飛び掛かる。

 隠密機動の装束を身に包む影が二つ、眼にも止まらぬ速さで肉迫するや、固く握られた拳を歪な眼の浮かぶ顔面に叩き込む。

 

「無窮瞬閧!!!」

「瞬閧───爆炎無双!!!」

 

 炸裂する拳。

 直後、拳を纏う圧縮された鬼道が爆音を轟かせ、旋風と爆炎が螺旋を描いて巻き上がる。烈風は炎の熱を帯び、爆炎は風に煽られて火勢を増す。

 

 刻一刻と高まる技のキレ、そして白打の破壊力。

 殴打、蹴撃、手刀、掌底、肘打ち、貫手───ありとあらゆる白打を砕蜂と夕四郎の二人は、それぞれが風と炎の翼を羽搏かせながら舞うようにして浴びせかける。

 舞であり武。練達された武芸は舞踏にも等しい。

 華麗ささえ感じさせる流麗かつ超絶怒涛の白打の嵐。その涯に腰を落として引いた拳が、疾風の如く突き出された。

 

「はあああっ!!!」

「でやああっ!!!」

「がっ!!!」

 

 圧縮された鬼道が炸裂する閃光が瞬く。

 双翼より伝って炸裂した拳は、ユーハバッハの腹部へと突き刺さる。肉が潰れ、骨が砕ける感触。何十、何百という数を叩き込まれた体は挽肉同然であり、万全であれば掠り傷一つ追わぬ一撃が、今だけは確実に命を磨り潰す攻撃へと昇華した。

 

 だが、それだけでは当然終わらない。

 

「砕蜂隊長に続けェ!!」

「ここが正念場じゃあ!! 檜佐木も気張らんかい!!」

「言われなくても……!! 殺された仲間の分、きっちり返してやるぜ!!」

 

 直線状に吹き飛ぶユーハバッハの背中を五形頭が直撃し、その止まった一瞬の隙に射場が斬りつけ、最後に檜佐木の投擲した風死が鎌鼬の如く切り刻む。

 そこへ轟く激震。

 巨体を揺らし、ユーハバッハを見下ろす獣は牙を剥く。

 

「元柳斎殿の無念……今ここで晴らさでおくべきか!!」

 

 獣の如き鋭い眼光に義憤を宿らせ、狛村が刃を振り翳す。

 

「卍解……『黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)断鎧縄衣(だんがいじょうえ)』!!」

 

 命を投げ打ち、剥き出しの牙を突き立てる。

 守りを捨て、攻めにのみ特化した明王の形態。その一撃必殺に等しい巨刀の一閃は、ユーハバッハ諸共真世界城を幾層も叩き斬る。

 

「まだだ!! 続けェ!!」

 

 獣の勘が吼える。敵の首魁はまだ健在と。

 まだ立ち込める砂煙により姿を窺い知るのは叶わぬが、それを厭わぬ勇音が追撃を仕掛ける。

 

「卯ノ花隊長に託された命……私も護り抜くの!! 縛道の六十二『百歩欄干(ひゃっぽらんかん)』!!」

 

 立ち込める砂煙に突き刺さる光柱の雨。崩れ落ちる瓦礫ごとユーハバッハを貫いては、どこへも逃げられぬようにと身体を縫い付ける。

 

 その間、淡々と紡がれる詠唱。

 

「───千手の涯。届かざる闇の御手。映らざる天の射手。光落とす道。火種煽る風。集いて惑うな、我が指を見よ」

 

 言霊と共に霊力を収束させるのは七緒であった。

 鬼道の才のみで副隊長の座に就いたといっても過言ではない彼女にとって、他の隊長格にも扱いの難しい上級鬼道ですら容易く撃てる。

 

「光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔。弓引く彼方、皎皎として消ゆ」

 

 脈々と紡がれる言の葉が終章まで辿り着いた時、無数の霊圧の矢が七緒の背後に悠々と浮かぶ。

 

「私は……これからも先の未来、隊長を支えていく身として、隊長よりも早く折れることは許されない。きっと雀部副隊長もそんな覚悟を胸に抱いていた筈でしょう……だから私も!! 最後まで京楽春水が副官として務めを果たしてみせます!!」

 

 覚悟を決めた七緒の気迫に応じ、光の弾雨は縛り付けられた魔王と階層に降り注ぐ。

 

「破道の九十一『千手皎天汰炮(せんじゅこうてんたいほう)』!!」

 

 一発一発が瓦礫を塵灰に帰する破壊力を秘めた弾頭。

 連なる爆炎は凍土を砕き、燃やし、滅却師の城を更なる暴力の嵐で蹂躙してみせた。

 

「卍解」

 

 而して、大輪の花は咲き誇る。

 

「───『百枝紅梅殿(ももえのこうばいどの)』」

 

 無数に枝分かれした先に火球を実らせる雛森が、爆炎の中に垣間見る敵軍に首魁を捉えた。

 

「……あたしは皆よりずっと、ずっと弱いけれど……それでも譲れないものはある。こんな駄目なあたしを、それでも好きでいてくれる皆の世界を護ってあげたいから!」

 

 努力の結実を振り翳し、火球は重力に引かれて落ちていく。

 

「弾けッ!!!」

 

 その解号と共に、百を超える爆炎の果実はユーハバッハの沈む階層を一瞬にして火の海へと変貌させる。余りの火力に瓦礫は赤く煮え滾る溶岩と化し、グツグツとマグマの泡を浮き上がらせた。

 

「こ……ここまで……」

()()()()? 冗談は止せよ、こっからが───始まりだ!!」

「ッ!」

 

 轟音を響かせて押し寄せる激流が、ユーハバッハごと煮え滾る階層を呑み込んだ。

 

「卍解……『金剛捩花(こんごうねじばな)』!!」

「志波……海燕!! 志波家の末裔が霊王宮まで昇るとは数奇な運命な事だ……!!」

「はっ!! 運命なんて安っぽい言葉で、俺の心を言い表されてたまるもんかよ。俺は……俺達は!! てめえを倒して!! この戦争を終わらせて!! 平和な世界を取り戻す!! こっからがその始まりなんだよ!!」

「愚かな……これから私が奪い尽くすのだ!! この世界の全てを!!」

「だったら奪ってみせやがれ。いくら凄ぇ力を持とうがなァ……───力じゃ心は奪えねえッ!!」

 

 死した浮竹の分まで奮い立つ海燕の攻撃は壮絶そのもの。

 幾重にも絡み合う水龍は、天から大海が零れ落ちたの如き圧倒的な水量を以て、縛られた肉体を圧し潰す。

 

 魂を燃やし解き放たれた一撃の数々は、確実にユーハバッハの力を削いでいく。

 それを確信する海燕は、今や今やと身構えていた彼らを呼ぶ。

 

()()ィ!! やれェ!!」

 

 舞い散る桜吹雪。

 煮え滾る溶岩が激流に冷まされ、視界を白く染め上げる蒸気が立ち込める階層に、億を超える花弁と氷点下を下回る凍気が雪崩れ込んだ。

 焼かれ、圧し潰された傷口をまた切り開き、凍てつかせる氷嵐。

 ユーハバッハを逃がさぬ気魄に満ち満ちる阿吽の呼吸を見せつけるのは、卍解を解き放つルキアと白哉の二人である。

 

「……何時ぞやの悩みを思い出す。“何の為に戦うか”等な……だが、貴様の言い分ではっきりとした! やはり私は、“戦って護る為”に死神と為ったのだ!」

「これこそが我々の死神としての誇り……」

「覚悟しろ、ユーハバッハッ! 今の私は───手ごわいぞ!!!」

「我らが矜持、その身に受けよ……!」

 

 絶対零度と億万の花弁の波濤が、ユーハバッハの髄という髄までをも打ち砕かんと殺到する。

 

「ぐ、ぅうおおおおおお!!?」

 

 度重なる猛攻。魂の咆哮。

 曝け出した衝動と共に振るわれた刃の数々は、紛れもなく滅却師の王に終わりを迎えさせんとしていた。

 

 それでもまだ魔王の身体は滅びず、

 

「この程度で……私に死を与えられるとでも……!!」

「永遠を夢見る魂に鎮魂歌を」

「ッ!」

 

 『禁』の拘束を漸く抜け出したユーハバッハが護廷隊へ魔の手を掲げる。

 だが、それを阻むように捩花に劣らぬ激流が渦を巻く。

 

「これは……!!?」

「第一の演目、『海流(シー・ドリフト)』」

「鳳橋楼十郎……貴様の卍解かっ!!」

 

 指揮棒を振るうローズに応じ、突如として現れた金色の演者は奏でられる音色に応じるように踊る、踊る。

 その舞踏を眼の潰されたユーハバッハが視る手段はない。流れる壮大なオーケストラを聴くしかない王は、次なる旋律の虜となった。

 

「第二の演目、『火山の使者(プロメテウス)』」

「ぐッ……馬鹿な! 炎と水の両方を操るなど……!」

「信じられないかい? だけれど、事実君はボクの『音楽』に心奪われている」

「! まさか……」

「人の心を奪うのはいつだってまやかしさ。キミの耳に鳴り響くそのまやかしの旋律がキミの心を奪ってゆく」

 

 ローズの卍解『金沙羅舞踏団』の真骨頂は、旋律によって幻覚を見せつける能力。

 だが、余りにも誘惑的な旋律に奪われた心に体は()()()()()()()

 

「まやかしに心奪われれば火傷もするし、息も絶えるさ」

「!」

「第三の演目……」

「させるか!!」

 

 最終演目を阻止せんと神聖弓を引き絞る滅却師の王。

 その莫大なる力を孕んだ破滅の一矢は、ローズの心臓を───素通りした。

 

「!?」

「スマンなぁ、滅却師の親玉さん」

 

 鼻腔を撫でる甘い芳香。

 

「うちの仲間の大舞台や。最後までお口チャックで頼むわ」

「平子───真子!!」

「音楽聴いて死ねるんや、オシャレな死に方とちゃうん?」

 

 瓦礫の上に腰を下ろす平子が、柄尻の輪に指をかけ、勝ち誇った笑みでクルクルと振り回す。

 それに伴って振り撒かれる幻惑の香りこそ『逆撫』による前後左右上下等の方向感覚の混乱を生み出すのだ。視覚のみならず霊圧知覚にも作用しうる能力故、藍染惣右介でさえ初撃看破が叶わなかったと言えば、その凄まじさを窺い知れるだろう。

 

 それによりローズが実際居る場所とは違う明後日の方向へ矢を放ったユーハバッハは、最期の好機を失う破目となった。

 

 斯くして、終焉の音色は奏でられる。

 

 

 

「───『英雄の生涯(アイン・ヘルデンレーベン)』───」

 

 

 

「ぉ、おぉ、ぉ、ぉおおぉおぉぉぉぉぉおおぉお……!!?」

 

 異変は間もなくユーハバッハに押し寄せる。

 力が漲っていた肉体は刻一刻と痩せ衰え、若さの見る影もない程に老いさらばえていく。喉から迸る声も嗄れ、風に靡く髪と髭も白く脱色していった。

 如何なる英雄と言えど、命ある限り死を迎える。それは劇的な戦時の最中かもしれぬが、身動きもままならぬ病床の上で老衰する最期かもしれない。

 

 どちらが英雄的かと問われれば前者だろうが───現実とは斯くも思い通りにならぬもの。

 英雄の最期は余りにも普遍的で、余りにも鬱屈としたもので。

 

「おおおぉぉぉ……───」

 

 膝から崩れ落ちる老人は、その振り撒いた暴虐とは裏腹に弱弱しく倒れる。

 やがてまやかしの旋律が終わりを迎えた頃、晒された老躯はピクリとも動かなくなった。

 

「やったか……?」

 

 誰かが漏らした声。

 相手が相手である以上、倒れたからといって警戒は解かない。あれほど理不尽な能力を有した星十字騎士団を統率する王なのだ。魄動を感じられないとはいえ、突如として起き上がる可能性も否めない。

 しかし、知る人ぞ知るローズの卍解を信じている面々は、脳裏を過る“勝利”の二文字に自然と口角が吊り上がっていく。

 

「あいつら、本当に……」

 

 離れた場所に佇んでいたリルトット。

 護廷隊の連携に水を差さぬようにと眺めていた彼女は、微動だにしないユーハバッハに護廷隊の勝利を薄っすらと信じ始める。

 

───崩れていた骸が動き始めるまでは。

 

「いや───まだだ、死神!! ユーハバッハはまだ生きてる!!」

『ッ!!?』

 

 遠目から俯瞰していたリルトットだからこそ、注意が逸れていた亡者の大群の動きを真っ先に気が付いた。

 彼女の注意に振り返る死神が半分、もう半分は倒れているユーハバッハへと注がれる。

 

「んなアホな!!? ローズの卍解喰らった筈やろ!!」

「魔法か何かか……とにかくまだ生きている事に間違いなさそうだ!」

「───仕留める」

 

 未だ動く気配はない。

 完全に息の根を止めるには今しかないと真っ先に白哉が千本桜景厳を仕向ける。雪崩れ込む桜色の奔流は、老いさらばえた肉体を粉微塵に切り刻まんとユーハバッハへと殺到する。

 

 だが、億万の花弁がユーハバッハの骨肉に達する直前、不可視の鎧が花弁を塵に帰す。

 灰燼になる瞬間も捉えられぬ短時間。

 不味い、と刃をひき下がらせる白哉は、間に合わなかった攻撃に苦虫を嚙み潰した顔を浮かべ、獄炎の衣を燃え盛らせるユーハバッハを睨みつける。

 

「───素晴らしい戯曲だったぞ、護廷十三隊」

 

 褒め称えるように、嗄れた声は紡ぐ。

 

「実に見事な連携、練り上げた霊力、極めた斬拳走鬼。そのどれを取っても、これより千年は越える者が現れぬと断言できる程の力だった……」

「……化け物め……!」

「だがしかし、それらを以てしても私を倒すには足りないと知れ!!」

 

 恨めしそうにルキアが吐き捨てた。

 

 解き放たれる霊圧の波濤は凄まじく、それでいて濃密で。

 息をするのもままならぬ力と風の奔流は、肌と衣を焼き尽くさんばかりの熱量を孕んで竜巻を起こす。

 

「まだ絶望するには早いぞ……打てる手を全て出し尽くせ。お前らの希望の一つ一つを轢き砕いてやろう。尤も───」

 

 蘇った炎は、沈黙していた骸を呼び起こす。

 

「その亡骸を薙ぎ倒して進めるのならな」

 

 当然、元柳斎の亡骸もまた覚醒して。

 

 広がる絶望の気配。

 死の足音を幻聴として捉える面々は、その顔を険しい表情に彩られる。

 

「クソッ、喜助!! 他の手はないんか!?」

「今暫く耐えてください!! 活路は必ず切り開きます!!」

「簡単に言ってくれるで、ホンマ……!!」

 

 耐えろと言われれば耐えるしかないが、だからと言って相手は休息も様子見を許してはくれない。

 沈黙していた元柳斎が動く。

 狙いは拳西であった。引き絞られる拳を目の当たりにした彼は、咄嗟に腕を交差させて防御態勢を取る───が、

 

 

 

一骨

 

 

 

「ッ、ぐわあああああ!!!」

 

 防御など無意味。

 そう言わんばかりに構えられた両腕の骨を砕き、拳西の胴体に骨だけの拳が炸裂した。衝撃音は短く、しかしながら壮大に轟き渡るや、拳西の姿は皆の視界から消え失せた。

 直後、戦場から離れた場所から轟音が轟いた。

 眼を遣れば、白目を剥いて沈黙する偉丈夫の姿が窺える。

 

「拳西ェー!! クソッ、容赦なしかよ……!!」

「こんのボケがァー!!」

「老骨に鞭打たせよって……!!」

 

 虚化したラブ、ひよ里、リサの三人が元柳斎に飛び掛かる。

 しかし、幾ら隊長格と言えど彼の相手をするには戦力が足りなさ過ぎた。

 

「ぐぉ!!?」

「がぁ!!?」

「がはッ!!!」

 

 振るい、薙ぎ払い、突き出す。

 その斬魄刀の悉くを打ち砕かれた三人は、骸の拳を前に血反吐を吐いて沈む。

 

「こ、こんなのどうやったら……!?」

「雛森!! 虎徹さん!!」

「阿散井くん!?」

「お前らは倒れた皆の救護に!! 総隊長とユーハバッハの野郎は俺達で何とかする!!」

「でも……!!」

「いいから行け!! 全員死んだら意味がねえだろ!!」

 

 慄く雛森に指示を出した恋次は、返答が来るより早く猛威を振るう骸へ飛び掛かる。

 その間も隊長格のほとんどは押し寄せる火火十万億死大葬陣の対処に負われていた。元柳斎を始めとした兵の骸は一筋縄ではいかず、味方の戦線離脱した分を差し引いても戦力は護廷十三隊側が劣勢を強いられる形となっている。

 

「ぐおぁ!!?」

「射場さん!! ッ、がああっ!!!」

「檜佐木!! おのれェー!!」

 

 射場と檜佐木が倒れ、奮う狛村が元柳斎と組み合う。

 膂力では当然後者に軍配が上がる───が、合わせる掌を握り潰されようとも、狛村は一歩も退き下がらない。

 

「うぬううう……!! 元柳斎、殿……ッ!!」

『───』

「例え貴公が相手であろうとも……貴公の遺したものを護り抜く為ならば、儂は貴公に刃を振るう所存!! どうかこの恩義に仇為す仕打ちを許されよ!!」

 

 大恩ある者の遺志を護る為、大恩ある者を討つ。

 その覚悟にどれだけの葛藤を経たか、狛村を知る者ならば想像するに難くなく、どれほどまでに凄まじかったかは推し量るに余りあった。

 だが、元柳斎を前にして一進一退の攻防を繰り広げる狛村の意志がどれだけのものか───想像するだけで鳥肌が立ち、胸奥より熱い血潮が滾るような感覚を覚えるだろう。

 

「おおおおおっ!!!」

『───!!!』

「今だ!!! 総隊長の爺さんを狛村が抑えている内に……ッ!!?」

 

 海燕の音頭に応じ、一斉に斬りかからんとする護廷隊。

 だが、突如として轟く地響きを前に、反射的に辺りを見渡した。

 

「なんや、これは!?」

「これもユーハバッハの仕業でショウか……!」

「いや、違ぇ……この霊圧は……!!」

 

 

 

「───ははははははハハハハハハァ!!!!!」

 

 

 

 恋次が見遣る先。

 激戦の爪痕を刻む石畳であるが、何処ともなく近付いてきた霊圧と刃を受け、粉々に砕かれて散っていった。

 

 その光景に、砕蜂が顔を歪める。

 それは拭えぬ苦手意識か、はたまた遅れてやってきた呆れからか。

 

「あれは───更木!!」

「やっと着いたぜェ!! ドンパチやってる方に来てみたが……大当たりだったみてェだな!!」

 

 群がる骸を一閃の下に斬り伏せながら、狂気染みた笑い声を上げる男。

 護廷十三隊十一番隊隊長、更木剣八。名実共に“最強”を欲しいままにする剣の鬼は、圧倒的な“力”で次々に骸を叩き斬る。

 

「強ぇ奴はどいつだ!!? こちとら上に上がって来てから斬り合えてなくてウズウズしてるんだよ!!」

「馬鹿者!! 後ろだ!!」

「おぉ? ───ッ!!」

 

 砕蜂の忠告も虚しく、剣八の姿が線と化して消える。

 元柳斎の骸に殴り飛ばされたのだ。幾層もの階を突き抜けて吹き飛ぶ剣八は、現れてから一分と経たずとしてフェードアウトした。

 

 しかし、

 

「……居るじゃねえか、斬り応えがありそうな奴がよ!!」

『───』

「なんだよ、ただの死体かと思やぁ……総隊長(ジジイ)じゃねえか」

 

 吹き飛んだ先から、これまた一瞬で飛び跳ねて戻ってくる“最強”が“最強”の前に立つ。

 共に瀞霊廷の歴史に名を刻む剣の鬼。

 対面するだけで衝突する霊圧の波動は想像を絶する火花を散らす。

 

「ハッ、こりゃいいぜ!! 一度あんたとは本気で斬り合ってみたかったんだ!! 死んでても強ェのには変わりねえ……本気で行くぜェ!!」

 

 出し惜しみはしない───そう言わんばかりに眼帯を脱ぎ捨てた剣八は、“剣”無くとも“拳”を振るう元柳斎へと斬りかかる。

 ぶつかり合う剣と拳。

 広がる衝撃は既に無数の亀裂が走っていた真世界城に、更なる戦火の爪痕を刻み込んでいく。

 

「ハハハハハハァ!!!」

「ッ……やっぱり更木隊長は凄ェ……割って入る隙がねえ。けど、今が絶好の機会だぜ!」

 

 振り返る恋次。

 彼と同じ思惑を巡らせた者もまた、ユーハバッハの方へと振り返る。

 

「今の内に、今度こそユーハバッハの野郎を叩いてやる!!」

「お前ら如きに出来ると思うか?」

「───!!」

 

 元柳斎を剣八に任せる恋次達。

 しかし、だからと言ってユーハバッハが無防備になった訳ではない。

 

残火の太刀

“西”

残日獄衣(ざんじつごくい)

 

 太陽の如き熱こそが何人の攻撃も許さぬ絶対的な守りの要。

 如何なる斬魄刀も、如何なる鬼道も。

 生半可な威力では触れる前に霊子に帰す炎熱。それを纏った滅却師の王を傷つける事は容易な真似ではない。

 

「やるしかねえんだよ!! ───『金剛捩花(こんごうねじばな)』ァ!!」

「お供致します、海燕殿!! ───『白霞罸(はっかのとがめ)』ッ!!」

 

 超絶とした熱を冷ますべく、圧倒的な激流と絶対零度の凍気がユーハバッハに向けられる。

 白銀の龍はうねり、轟音を響かせて爬行し、研ぎ澄まされた牙を剥く。

 しかし、1500万℃の熱量を無力化するには何もかもが足りない。これだけの水量と凍気を以てしても、ユーハバッハに触れる直前には水蒸気へと気化する段階を飛び越え、消し飛ばされていく。

 

 それでも尚、全霊を注ぎ込んで相対す二人は攻撃を止めない。

 

「おおおおおっ!!!」

「はああああっ!!!」

「温いぞ、志波海燕!! 朽木ルキア!! お前達が敬愛した死神の力は、斯様に矮小な抵抗では止められはしない!!」

「ちくしょうがああああ!!!」

「まだ……まだ終わっては───!!!」

「最早ここまでだ!!! 炎獄に包まれて死ぬがいい!!!」

 

 

 

「───それはどうかな?」

 

 

 

 激流と凍気を焼き尽くさんとした豪火を、天より舞い降りた氷瀑が押し留める。

 

「この氷は……!」

「シロちゃん!?」

 

 真世界城の外壁を翔け昇ってきた氷竜が、副官の美女を背負いながら舞い降りた。

 

「遅れて済まねえ! だがどうやらギリギリ間に合ったみてえだな!」

「皆、大丈夫!?」

 

 海燕とルキアに加勢する日番谷の傍ら、彼の背中より飛び降りた乱菊は灰の刃を振り回し、呻き声を上げる骸の群れを薙ぎ倒す。

 心強い助っ人に胸をなでおろす雛森は、思わず頬を綻ばせて声を上げる。

 

「乱菊さん、無事だったんですね!」

「そりゃそうよ! こんなところで死ねるもんですか!」

「あのっ、その……」

「?」

「市丸……さんは?」

「───」

 

 不意な問いかけに、乱菊の顔が陰る。

 雛森にとっては何気ない疑問。一度は敵対しながらも、紆余曲折あって味方になってくれた男を心配するが故の質問であったが、失言だと気付いた時には、既に乱菊が覚悟を決めた表情を湛えている時であった。

 

「───あたし達を護って、逝ったわ」

「え……」

「あいつの覚悟を無駄にはできない。あたし達は勝って、生き残って、そんで未来を掴み取るの!」

 

卍解

───『灰冠(はいのかんむり)』───

 

 玻璃の王冠を被り、不死の肉体となった乱菊が骸に立ち向かう。

 縦横無尽に戦場を駆けまわり、漆黒の骸に爪を立てる灰色の姿は、どことなく哀愁を漂わせるものであった。

 

「だから……これ以上誰一人だって死なせないんだから!!」

「乱菊さん……!」

「雛森、気張りなさいよ!! もうすぐ焰真や一護たちだって来るわ!!」

「っ……はい!!」

 

 最後にして最上級の援軍が後に控えているのだ。

 彼らさえ辿り着けば、この絶望的な状況だってひっくり返せる───雛森のみならず他の面々でさえ信じている者達の到着を、誰もが待ち侘びていた。

 しかし、それ以前に死ねば元の木阿弥。

 何よりもまず生き延びねばならないが、残火の太刀の炎熱は余りにも強大であった。

 

「おおおおおっ!!!」

「ぬああああっ!!!」

「はああああっ!!!」

 

 流水系と氷雪系、そのどれも尸魂界最高峰の力を持つ斬魄刀であった。

 にも拘わらず、それらの力を束ねても尚、焱熱系最強最古の神火を喰い止めるのが限界。

 

「どうした、その程度か?」

 

 深い皺が刻まれた顔に勝ち誇った笑みを浮かべるユーハバッハは、更に霊力を込めて火勢を増す。

 既に海燕は滝のような汗を流し、活動時間を越えても尚凍気を発するルキアは罅割れ、限界以上の冷気を放つ日番谷の氷の華はかつてない速度で散っていく。

 

「ぐ……クソぉぉおおお!!!」

「まだだ……まだ耐えなくては……!!」

「いや───もう十分だ」

『!?』

 

 限界寸前の二人に対し、やけに落ち着き払った声音の日番谷が紡ぐ。

 とは言え、彼の卍解の制限時間を示す氷の華は、最後の一片が散る寸前。普通に考えればこのまま散り尽くし、卍解が解けてしまうと考えるのが普通だが、

 

 

 

「氷の華が散り尽くして漸く───大紅蓮氷輪丸は完成する」

 

 

 

 崩れ落ちる不香の華。

 刹那、爆発するように溢れ出す霊圧と冷気が、霊力の過剰放出で失神寸前であった二人を護る氷壁と成す。

 息をするのもままならなかった二人が、残火の太刀の炎を止めた絶対零度の壁を反射する姿を覗き込み───目を疑った。

 

「ひ、日番谷隊長……そのお姿は一体……!!?」

「……氷輪丸を十二分に使いこなすには俺の力はまだ未熟だ。だからなのか知らねえが、大紅蓮氷輪丸が完成すると俺は───」

「うぉおい……なんじゃそりゃ……!!?」

 

「───少し老ける」

 

 唖然とするルキアと海燕に挟まれる白銀の鬣を靡かせる()()

 言葉通り、そこに少年だった日番谷の姿はなく、順当に成長したであろう身長や肉付きとなった日番谷が悠然と佇んでいた。

 溢れ出る冷気は静かながら、熱風が荒れ狂っていた戦場を瞬く間に冷やし尽くしていく。

 

 これこそが氷雪系最強の斬魄刀、氷輪丸の真の姿だ。

 紛れもなく流刃若火と拮抗する冷気は、護廷隊を焼き尽くさんと燃え盛っていた豪火から仲間を護る盾をなす。

 

「温ィな、ユーハバッハ。てめえが奪った卍解は……総隊長に遠く及ばねえ」

「ほう……」

「……市丸の弔い合戦だ。此処にてめえの氷の墓標を立ててやる」

「ならば、お前の卍解も奪い去ってやろう!!」

「!!」

 

 掲げられるメダリオン。

 それは残火の太刀を掠奪したものとは別の物であった。

 即座に紡がれる詠唱。するや、真の力を解放していた日番谷から卍解が引き剥がされ、メダリオンの中へと吸い込まれ、

 

「終わりだ、日番谷冬獅郎!!」

「それは……」

「? ───ッ!!?」

「こっちの台詞だぜ」

 

 五芒星は、氷片と共に粉々に砕け散った。

 

「───氷結すれば、全ての物質の機能は停止する」

「なん……だと……?」

「安心しておけ、何もてめえのメダリオンが壊れた訳じゃねえ」

 

 

 

───俺の卍解に氷結させられて、その機能を停止しただけだ。

 

 

 

 今度は日番谷の口元に銀鉤が浮かぶ番だ。

 

「お前の“掠奪”の機能は停止したぜ」

「───成程」

「終いだ、ユーハバッハ」

 

 初めてユーハバッハが自ら剣を振り翳した。

 天地を豪火の下に両断する一閃。その破滅の炎を宿しながら、魔王は歩み寄る。

 

「ならば、人智を越えた機能など持たぬ力の奔流で灰燼になるがいい」

 

 

 

残火の太刀

“北”

天地皆尽(てんちかいじん)

 

 

 

 まさしく絶閃。

 その刃の通る道に立ちはだかる森羅万象を焼き斬る究極の一閃は、炎衣を無為に帰す氷鎧を身に纏う日番谷へ迫りゆく。

 空も、大地も、海も───何もかもを断ち切る炎刀は、己が通った轍こそが地平線と世界を二分する。

 

 

 

 止められる者など存在しない。

 

 

 

「総隊長の炎か」

 

 

 

 日番谷冬獅郎、この男唯一人を除いては。

 

 

 

「その判断が───半歩遅かったな」

 

 

 

 大気が、凍る。

 大地が、凍る。

 世界が、凍る。

 

 刀身より迸る絶対の冷気が、迫りくる焦熱の剣閃も、魔王の纏う太陽の如き炎衣さえも、この世に存在するあらゆる物体を凍てつかせる氷雪系最強の力の真髄。

 

 

 

───四界氷結(しかいひょうけつ)───

 

 

 

「大紅蓮氷輪丸を解放して、四歩のうちに踏みしめた空間の地水火風の全てを凍結する」

「なっ……」

「三歩までの間に刃を振るっていれば、俺を斬る事もできただろうな」

 

 万象氷結の鋒を突き出す日番谷は、一瞬の内に凍てついた肉体を晒すユーハバッハを見据えた。

 地水火風全てを凍結する───それ即ち、残火の太刀の炎でさえも凍てついて熱を失う事を意味する。

 最早、ユーハバッハを護る炎衣は意味をなさない。

 

 卍解を奪ったメダリオンごと凍り付き、その身を動かす事も叶わない魔王は致命的な隙を晒していた。

 

 そこへ舞い降りる白麗の鳳凰。

 純白の翼を羽搏き、億万を越える花弁を一束に重ねる男は、その剣に己が矜持を見出した。

 

「千本桜景厳───奥義」

 

 一方その頃、剣鬼と剣鬼の死闘もまた佳境を迎えていた。

 千年前最強と今代最強の死神。

 時と場所を選べたのであれば、空前絶後の果し合いとして歴史の一頁に永劫刻まれるであろう一戦である。

 

 しかしながら、剣を振るう男は違う。

 

「ははっ……やっぱり強ぇな。待ち侘びた甲斐があったぜ……!」

『───』

「俺ァよ、愉しみにしてたんだぜ? アンタとやれるこの瞬間をな……!」

 

 感慨深く、それでいて獰猛な笑みを湛える剣の鬼は、刀を握りしめたまま手首の内側で額の血を拭う。

 剣を握らずとも元柳斎の力は絶大。

 剣八程の実力者であっても、幾度となく殴りつけられた体は挽肉にされる寸前の状態だ。

 

 それでもまだ“剣八”は倒れず。

 

「……だがよ、やっぱり剣を握ったアンタとやり合いたかったぜ。そしたら、もっと愉しかったろうによ……」

『───』

「……ハッ!! そう恨めしそうな顔すんじゃねえよ。安心しやがれ、俺ァ十分味わってるぜ……戦の愉悦って奴をよォ」

 

 柄にもなく感傷に浸ったもんだ、と自嘲する剣八が構える。

 

「……別にアンタの流儀に合わせるつもりはねえ。だがよォ、折角こうしてやり合える機会に恵まれたんだ。全力を出し惜しまれちゃ、死んだアンタも死んでも死にきれねえってモンだろ」

 

 だからよ、と語を継いだ。

 

 

 

───“剣道”で、アンタを斬ってやるよ。

 

 

 

 剣八が、両手で柄を握った。

 ただのそれだけで空気が重く、鉛のように辺りに圧し掛かる。

 

「正真正銘、全身全霊でアンタを───叩っ斬ってやる」

 

 

 

───来いよ。

 

 

 

 獰猛な眼光を閃かせれば、双拳を引き絞る元柳斎の骸が駆け出した。

 影が重なるは一瞬。

 熔け焦げた大地を踏みしめ、己が剣を振り抜いた。

 

 時を同じくして、白哉もまた白銀の日輪を背負い、天地ほども分かたれた場所にて志を共にする死神の想いを一太刀に籠める。

 

 その刃は彼の矜持そのもの。

 四大貴族が一、掟に殉ずる事を重んじる朽木家の誇り、そして白哉自身の誇り。

 仲間を、同僚を、部下を、友を、家族を───この尸魂界に生きる遍く魂を護る死神として振るう一閃。

 

 

 

 老いさらばえ、傲慢に彩られた眼では見切る事の出来ぬ絶閃。

 

 

 

 斯くして、二つの刃は。

 

 

 

望景(ぼうけい)

「吞め」

 

 

 

 太陽と暗黒を、断ち切った。

 

 

 

「───“矜雅白帝剣(きょうがはくていけん)”」

「───『野晒(のざらし)』」

 

 

 

 白が、黒を絶つ。

 

「がっ……」

 

 ユーハバッハを両断する白哉の刃。

 残火の太刀を掠奪した金属板諸共斬り捨てた一閃は、その斬撃の凄絶故に血の一滴にも汚れぬままであった。

 

 人の形を成していた影は、脆くも融けるようにして崩れ落ちる。地面の染みと化す影。それが超絶たる力を有した代償か、人の身に収まり切らなかった力の奔流は魔王の遺骸から零れていくばかりだった。

 同時に、卍解奪掠の道具は破壊されたからか、亡者を蘇らせていた熱も急速に失われていく。

 

 すれば、猛威を振るっていた闘神が朽ち果てるのも時間の問題。

 しかしながら、あれ程までに拳を振るい、死神を薙ぎ倒していた老骨の成れの果ては───立ちながら沈黙する。

 

 

 

 命の灯火は、疾うに燃え尽きていた。

 

 

 

「……どうだった、俺の剣は」

 

 骸は答えない。

 だが、温い風が吹き渡るだけで、千年斃れる事のなかった体は無惨な音を立てて崩れ落ちる。その最期、振り抜いた拳はパッと解かれ、己に打ち克った死神の肩へ手を置いた。

 

 程なくして焼け焦げた骨は灰となって風に運ばれる。

 烈火の如く死に遂げた男を、輪廻の道へ導くように。

 

「俺が───“剣八”だ」

 

 最強を斬り伏せた大刀を担ぎ、剣八が言い放つ。

 それは己が矜持を確かめるような言いぶりで。

 幾度斬られても立ち上がる今代の“剣八”を見せつけ、剣鬼は後顧の憂い諸共亡者を斬り伏せたのであった。

 

「……勝った……のか?」

「隊長と……更木隊長が……」

 

 まん丸と見開かれたルキアと震えが止まらない恋次が漏らす。

 魂を焼き焦がさんばかりに燃え盛っていた炎は鎮まり、今や霊王宮の空には冷涼な風が吹き渡っていた。

 

「ユーハバッハを……」

『───倒したァ!!!』

 

 誰が叫んだか、歓喜の声が闇夜を突き上げるように響きわたった。

 興奮に拳を掲げる者、実感が湧かぬまま茫然と立ち尽くす者、安堵の余り崩れ落ち涙を流す者、果たした雪辱に故人を想う者。

 

 尸魂界の頂点は、今まさに悲喜交々の坩堝と化していた。

 その最中、強張った表情筋を解いた浦原は、同じ様子の京楽に語り掛ける。

 

「これで……終わりっスかねェ」

「だといいんだけどねェ……まだ瀞霊廷じゃ皆戦ってるだろうし、敵さんの親玉倒してもやることはたくさん残ってるよ」

「カワイイもんっスよ、こっちに比べたら」

「それを言っちゃあね」

 

 零れる笑みは穏やかで、これまでの重責が解かれた安堵が滲むばかりだ。

 

「さて……奴さんの死体はどうするんだい?」

「零番隊に引き渡しましょう。死んだとは言え、霊王そのものを取り込んだ以上彼らの管轄でしょう。アタシらがやれるのはここまでです」

「そう、か……それなら瀞霊廷の守護に専念できるね」

 

 やれやれと首に手を添える京楽は、ユーハバッハの遺骸に背を向いた。

 前時代の遺物に翻弄されるのは今日までだ。

 間もなく夜が明ける。千年にも渡る戦争が終わりを迎える、実に清々しい新時代の幕開けとなるであろう。

 

 

 

「さて、皆……帰るとしようか。瀞霊廷に」

『はい!』

 

 

 

 護廷十三隊は歩む。

 恐怖をその掌にのせたまま。

 呑まれもせず、はね退けもせず。

 ただ、共に歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 護廷の二字の名の下に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりだと───思ったか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッ!!?』

 

 影が天を覆い尽くす。

 

「馬鹿な……確かに魄動は止まっていた筈だ……!!?」

 

 振り返る視線の先に広がる光景に、ルキアは己の目を疑った。

 暗黒の濁流を巻き上げ、僅かなる星々の光さえ遮るように広がる暗黒は、無数に浮かぶ眼を愉悦に歪ませながら護廷十三隊を見つめる。

 

「……何が起きてるか解るかい、店長さん?」

「いえ……今は此方の理屈が通じない蘇生術を持っているとしか……!」

 

 浦原も慢心していた訳ではない。万が一にも敵が生存している可能性に、細心の注意を払っていた筈だ。

 しかしながら、彼の観察眼を以てしても健在とは見抜けなかった。否、先程までのユーハバッハは魄動も心臓の鼓動も止まっており、絶命していると断言できる状態に他ならなかったのだ。

 

 敵は人智を越えた蘇生、あるいは復活の術を有している。

 

 そう思い至るや、浦原を始めとした護廷隊の面々は収めていた刀を抜く。

 

 絶望の足音を響かせてやって来る魔王に相対すべく。

 

 

 

「───そう怯えてくれるな」

 

 

 

 押し広がる影が歪に歪む。

 

 空を埋め尽くす闇はユーハバッハに降り注いだ。

 冷たく陰惨な印象を与える暗黒は、不規則な蠢動と脈動と共に男の体を抱きしめる。間もなく全身を覆った暗黒は、王の座すらも簒奪した滅却師に一つの王冠を戴けた。

 禍々しく、余りにもおどろおどろしい光輪。いや、漆黒に染められている冠を“光輪”と称して良いかすら、唖然と眺める者達には解らない。

 そうこうしているうちに、冥い衣より翼が生える。

 強欲に塗れた手の如く、先が五股に分かたれた翼はゆらゆらと蠢く。翼と呼ぶのも疑わしい暗黒の幕には歪に歪んだ眼が何十、何百と浮かび上がり、恐怖と絶望に彩られた表情を湛える死神を見据える。

 

「感謝するぞ、護廷十三隊。お前達が必死になり我が卍解を破壊したお蔭で……私の真の姿が日の目を見るのだからな」

「なんだと……!?」

「冥土の土産に見せてやろう、我が───滅却師完聖体をな」

 

 そうは言うものの、ユーハバッハは最初から計画通りであったと言わんばかりに芝居がかった口振りであった。

 

 

 

───全ては我が掌の上に。

 

 

 

 魔王は全てを掌中に収めんと翼を広げた。

 

 

 

「───『神の簒奪(ユゥ・ダ・ヴァート)』───」

 

 

 

 それは簒奪の座。

 それは偽神の姿。

 それは───新たなる世界を創造する唯一神の名。

 

「何も畏れる必要はない。お前達は今迄通り、“運命”や“可能性”と呼ばれる転がり回る砂粒の上を飛び移り続ければいい。ただし───我が眼はそれを遥か高みより眺めるがな」

 

 漆黒が、魔の手を伸ばす。

 

「ッ……皆サン、一旦退いてください!! 態勢を立て直します!!」

「はははははァ!!!」

「更木隊長!?」

「一旦退けだと!!? こんな強ェ奴を前にして、尻尾撒いて逃げる訳ァねえだろ!!!」

 

 撤退を促す浦原の制止を振り切り、野晒を担ぐ剣八が疾走する。

 

「前は世話ンなったなァ!!! こいつは……そん時の借りだ!!!」

「───威勢の良い事だ」

「ッ、ごぼ、ぶはっ!!!」

 

 石畳より湧き上がる漆黒の奔流が槍と化し、剣八の胸を貫いた。

 血反吐を吐く剣八。しかしながら、それだけで止まる彼ではなく、自身に一撃加えた滅却師の王へ獰猛な牙を振り翳した。

 

「ハハァ!!!」

「特記戦力、更木剣八。今やお前とて我が敵ではない」

「ハ───がばっ……」

 

 跳躍した剣八に押し寄せる漆黒の波濤。

 それらは剣山の如く無数の鋭い切先と化し、剣八の全身を貫き、切り刻んだ。一瞬にして血塗れの体躯を晒す破目になった剣八はそのまま地表へと墜落する。

 

「更木隊長ォー!!」

「店長さん!!」

「奴を殺すのは不可能です!! こうなった以上、封印を主に立ち回るしかありません!! 日番谷隊長!!」

「ああ、まだ行けるッ!! 俺が奴を凍らせる!! 続け!!」

 

 京楽の催促に日番谷を呼ぶ浦原。

 すれば、颯爽と氷嵐を巻き起こして日番谷が吶喊する。如何に強大な力とて凍結し得る力を持つ彼こそが、現状の打破するに相応しいと。

 

 誰もが思い至り───日番谷の刀は折れた。

 

「なッ───!!? 馬鹿な、一体どうやって……!!?」

「真の『大紅蓮氷輪丸』……“恐るべき卍解”だ」

「がはぁ!!?」

「シロちゃん!!?」

 

 何処からともなく攻撃を受け、胸に風穴を開けられた日番谷が崩れ落ちる。

 その衝撃的な光景に、雛森の悲痛な叫び声が上がった。誰もが駆け寄る中、それより早く雪崩れ込む漆黒の力は日番谷を呑み込まんとする。

 

───させない。

 

 咄嗟に前へ躍り出た雛森は、滅却師の力を遮断する清廉潔白な防御壁を形成した。

 

「“白断結壁”!!」

「───無駄だ」

「えっ……」

 

 ドッ、と全身を揺らす衝撃。

 

 寒い。堪らなく寒い。

 全身が凍えるような冷たさを覚えた雛森は、それに反して熱い液体が伝い落ちる胸に掌を当てた。

 

 ヌチャリ、と掌を濡らす液体。

 続けて甘い血の香りが鼻腔を撫でる。

 

「……うそ……」

「ッ───雛森ィィイ!!!」

 

 眼前で胸に風穴を穿たれた雛森に日番谷が絶叫する。

 

「ユーハバッハァァァアアアアア!!!」

「待ってください、日番谷隊長!!」

「視えていたぞ、日番谷冬獅郎。お前が怒りに奮い立ち私に立ち向かってくる姿は」

 

 やおら、魔の手が忍び寄る。

 遍く物体を氷結する真の大紅蓮氷輪丸を解放した今、日番谷に触れるなど自殺行為に等しい。触れた瞬間、その物体が機能を停止するのだから当然だ。

 にも拘わらず、次の瞬間には噴出する影の刃が日番谷を切り刻んだ。

 

「がっ……!!?」

「迂闊だな」

「グッ……そ……!!」

「愛する者を討たれ嘆き悲しむ姿には心が打ち震える……だが、未来を投げ打つには安い対価だったな」

 

 最上級の侮蔑を送り、魔王は少女と青年の命を奪った。

 

「隊長!! 雛森ィー!! 許さない……ギンだけじゃなく二人も……!!」

「落ち着くんだ!! 皆、こっちだ!!」

 

 混沌と化す中、京楽が逃げ道を切り拓く。

 影鬼で生み出した影の世界。影さえあれば自由に出入りできる異空間は、仮に夜ともなればこの上ない広範囲に影を生み出すことができる。

 

「愚行だな」

「ッ……!!?」

「千年影を根城としていた我等を前に影の世界など、神に唾する行為だと知れ」

 

 不可侵である筈だった影の世界は、誰かが飛び込むよりも早く、ユーハバッハより広がる暗黒に呑み込まれた。

 

「そんな、馬鹿な……!!」

「お前も死ぬがいい、京楽春水!!」

「隊長ォ!!」

「来ちゃ駄目だ!! 七緒ちゃ───」

 

 迫りくる魔の手から、先程とは別の組成の“白断結壁”を展開する七緒が割って入る。

 だが案の定謎の力は防壁を素通りし、京楽を庇った七緒ごと、二人の胸を貫いた。

 瞳から光を失い、崩れ落ちる総隊長とその副官。隊士の命を背負って立つ総隊長と、彼を未来永劫支えると誓った副官は、手を重ねるようにしながら無造作に血の海へ沈んだ。

 

「七緒ォー!!」

「そんな……総隊長まで……!!」

「ぅうぅぅううぁあぁぁああぁ……ユーハバッハあああああ!!!」

「松本さん、駄目ェー!!」

 

 勇音の制止も振り切り、半狂乱になって魔王に飛び込む灰被り。

 しかし、彼女の奮起の甲斐なく無尽蔵かと錯覚する漆黒の奔流が彼女を呑み込んだ。

 

(まずい、此方の陣形がガタガタだ……このままでは!!)

 

 次々に未知の力に斃れる味方に浦原が歯噛みする。

 奮い立つ護廷隊も、防御したと確信しても尚致命傷を与えてくる攻撃に混乱しており、一人、また一人と暗影の深淵へ沈んでいく。

 最早ここから巻き返すのは不可能に近い。

 仮にあるとしても、それは希望的観測を孕んだ夢想に過ぎず現実的ではなかった。

 

 

 

 故に浦原は、託す方へ全霊を注ぐと決めた。

 

 

 

───何とか見つけなければ、ヤツの力の正体を。

 

 

 

「卍解!! 『清虫終式・閻魔蟋蟀』!!」

「無駄だ、東仙要」

「ッ……これは!?」

「お前の卍解も、最早我が力の前には及ばん」

 

 再び魔王を無明の地獄へ堕とさんとする東仙であったが、展開した天幕は瞬きする間もなく打ち砕かれてしまう。

 その光景を盲目の瞳で目の当たりにした東仙は、肚を決めたように仮面を被る。

 二度と被らぬと決めた復讐の記憶。されど正義の為ならば、自分の身など幾ら汚れても構わないと醜い姿を顕現させた。

 

「清虫百式───『狂枷蟋蟀(グリジャル・グリージョ)』!!」

「無駄だと言った筈だ」

「───ッ……!!?」

 

 解放した。

 次の瞬間には、手足と翅の全てが斬り落とされていた。

 

「なん……だと……ッ!?」

「東仙ェェェエエエン!!!」

「馬鹿な……何も見えなかったぞ!!? 一体どうやって!!!」

 

 手足と翅を捥がれた羽虫は、無念に歪んだ顔を浮かべたまま血に沈み、暗影より突き上がる刃に貫かれて絶命した。

 その光景に憤慨する狛村も卍解し、ユーハバッハに刃向かう。

 同時に常識の及ばぬ光景に困惑していた檜佐木もまた、敬愛する恩人を討たれた悲憤に奮い立ちながら刃を振るうも、

 

「最早、如何なる卍解も私には通じん」

 

 召喚された鎧武者も、彼を不死に昇華させようとした死神も、残らず凶刃に喉笛を掻き斬られる。

 

「ご、ぶっ……」

「ぞ……んな……ッ」

 

 

 

 またもや倒れ伏す命。

 

 

 

「夕四郎様だけでもお逃げください!! 此処は我等が!!」

「そんなことできるはずがありません!! 四楓院家当主として、賊軍に背を向けて逃げるなど───がぅあ!!?」

「夕四郎様ァ!! おのれ……おのれぇぇえええ、う゛ッ!!?」

 

 

 

 一つ。

 

 

 

「虎徹副隊長!! 君だけでも逃げるんだ!!」

「し、しかし!! 怪我人を置いて逃げるなど……!!」

「オマエだけでも逃げて敵さんの情報持ち帰るんや!! 俺とローズが援護する!! はよせんかい!!」

「は……はい! ───ッ!?」

「そんな……ここにまで!?」

「……はっ! 逃がす気は毛頭ないっちゅう訳かい、ボケ」

 

 

 

 また、一つ。

 

 

 

「隊長!!」

「狼狽えるな、恋次」

「ッ……けどこんな奴、一体どうやって戦えば……!!」

「決して折れるな、諦めるな。我々が護廷十三隊である限り───友を護れ」

 

 

 

 摘まれる。

 

 

 

「朽木、隊長命令だ!! もう少し……もう少しだけ耐えろ!! 死んだらもっぺんぶっ殺す!!」

「しかし海燕殿……このままでは!!」

「芥火が来る!! それまで信じて耐えやがれ!!」

「! ……はい!」

 

 

 

 命が、摘まれていく。

 

 

 

「ッ! まさか……ヤツの力は!」

「───特記戦力、浦原喜助。未知数の“手段”を有す天才よ」

「!!」

「お前の万策も、最早これまで」

 

 

 

 悲鳴。絶命。

 怒号。絶望。

 慟哭。崩落。

 矢尽き刃折れ、骨肉の一片までをも磨り潰されても尚地獄絵図は続いた。

 

 そうして血の華が幾度となく咲いた頃。

 夥しい血と尸の山が築き上げられた屍山血河。

 まさしく死屍累々の地獄が広がる中央に、この光景を描いた魔王は悠然と構えていた。生暖かい風が甘美な血の香りを運んでくる。

 同時に魂の欠片───力の胎動を感じ取り、ユーハバッハは口元に鋭い弧を浮かべてみせた。

 

「───終わり、か」

 

 感慨に耽るように、鷹揚と呟いた。

 微かに耳に届く息の根も間もなく止まる。

 すれば、彼らの魂は不全の身の欠落を埋めるべく、己が許に導かれるのだ。

 

「……ククク、クク、ハーッハッハッハッハッハッハハハハハハ!!!!!」

 

 そして哄笑。

 狂ったように笑い声を上げる魔王は、光を失い、影に沈む死神を見下ろす。

 

「終わりだな、護廷十三隊。全てを……命すらも投げ出したお前達の抵抗は、実に心地よかったぞ」

 

 浸食する影は、広く、深く。

 無造作に転がる亡骸の全てを───その尸すらも奪い尽くさんと強欲に、何よりも無情に手を掛けた。

 

 

 

「卍解」

 

 

 

 その瞬間、喜悦は悲嘆に上塗りにされた。

 

 

 

「───『花天狂骨枯松心中(かてんきょうこつからまつしんじゅう)』───」

 

 

 

 昏く、冷たい彩りの無い世界へ。

 

 

 

「……ほう、まだ生に追い縋る者が居たか。幸運に恵まれたものだな」

「ははっ……ホント参るよ。なんでボクだけ生きてるんだか……」

 

 死に体の体を晒し、それでも尚立ち上がる護廷隊の長は辛うじて折られていない斬魄刀を見遣る。

 

 するや、徐に一振りの刃が無い剣が懐の()から転がり落ちる。

 ギラギラと光を乱反射する剣。戦に用いるには不似合いな装飾。それもそうだ、これは祭事に用いる特別な武器だ。

 神官の伊勢家当主に代々継承される、神と対峙し、神の力をその身に受け、八方へ振りまく力があると謳われる神器。

 

「───『神剣(しんけん)八鏡剣(はっきょうけん)』。ホントなら君が持つべきはずだったのに……生き残るなら君だったはずなのにね、七緒ちゃん」

 

 遣る瀬無い。

 実に遣る瀬無く痛恨に歪んだ顔を濡らす京楽は、次の瞬間には腹を括った神妙な面持ちで、沈黙を貫く副官を───護り抜くと決めた姪を見つめる。

 

 だが、最早これまで。

 

「───御免よ。ボクを……許してくれ」

「……?」

「君を……君達を犬死だけはさせない」

 

 突如として胸を穿つ虚空。

 心臓を穿った致命の傷は、京楽と全く同じ場所にユーハバッハの肉体にも刻まれる。あれほどまでに護廷隊を蹂躙した神の肉体に深々と……。

 

「───一段目、“躊躇疵分合(ためらいきずのわかちあい)”」

「これが……お前の卍解の能力か、京楽春水!」

「相手の体についた疵は、分け合う様に自分の体にも浮かび上がる」

 

 言うや、次々に斃れる尸にも同様の疵が刻み込まれる。

 敵だけではなく味方も。

 その無差別な有様に面食らったユーハバッハであったが、直ぐにでも納得するように微笑を湛えた。

 

「成程……敵味方関係なく巻き込む領域系の卍解か」

「御明察。だから皆が居る時は遣えないんだけれど───今となっては関係ない話さ」

「フ……ハハハハハッ!! 死んだからと仲間の死体を足蹴にするとは!! 総隊長の名が聞いて呆れるなァ!!」

「───一死以て大悪を誅す……それが護廷十三隊の意気ってもんだよ」

「大義を謳うか」

「お互い様さ。キミもそうやって仲間を皆殺しにしたんだろう?」

 

 けどね、と冷笑を湛える魔王へ京楽が告げる。

 

「隊士の死に意味を与えるのも総隊長(ボク)の役目さ。そうでもなければ、こんなつまらない戦争で死ぬなんて馬鹿馬鹿しい話だよ」

「残酷な事を言ってやるな。それではこの者も死んだ甲斐がないだろう」

「……芥火くんなら『こんな戦争、間違ってる』って言うんだろうね……そうさ。初めから正しさなんてありはしなかったよ、こんな戦争に」

「違うな、正しいかどうかは歴史が決める。そして私こそがこれからの歴史となろう」

「───言ってくれるねェ。なら、尚更勝ちは譲れない」

 

 同じ疵を浮かべる両雄は向かい合う。

 

「さて……幕の合間の語りはこれまで。幕の最中は(だんまり)で」

 

 京楽が掲げるは『花天』と『狂骨』。

 

 

 

「二段目、“慚愧(ざんき)(しとね)”」

 

 

 

 神の肉体を侵すは不治の病。

 

「う……ぐぅ……!!」

「相手に疵を負わせた事を悔いた男は、慚愧の念から床に伏し、癒えぬ病に罹ってしまう」

「ごぼぁ!!」

 

 全身に浮かび上がる斑模様。

 堪らず血を吐き蹲る魔王へ、死神は畳みかける。

 

 

 

「あれよあれよと三段目───“断魚淵(だんぎょのふち)”」

 

 

 

 世界は水の中へと沈んだ。

 日の光も温もりも届かぬ冷たい水の底。どれだけ手を伸ばしても銀鱗を輝かせる水面には届かず、不治の病に侵された体は緩やかな死へと向かっていく。

 

「覚悟を決めたものたちは」

「ごばぁ!!!」

「───互いの霊圧が尽きるまで湧き出る水に身を投げる」

 

 無尽蔵と錯覚するほどの膨大かつ莫大な霊力(チカラ)が急速に奪われていく。

 冷えた水に熱を奪われるかの如く吸い出される霊圧に、ユーハバッハは背中の翼で水を掻き分け水面を目指す。

 

 しかし、幾ら羽搏こうとも水面には辿り着かない。

 遠く、遠く、光は遠のく。

 それに連れて体は深く冥い水底へ沈んでいく。

 

「当たり前じゃないの、ボクら身投げしたんだよ。幾ら羽搏いたって後の祭りさ。だけどまあ、気持ちは解らんでもないよ」

「ぐ……ッ!」

「冷えた水面に身を投げりゃ、覚悟の凍てつく事もある。だけどそいつはあんたの我儘。浅ましいにも程がある」

 

 足掻く男の背中を見遣り、語り手は紡ぐ。

 

「誓った男の浅ましさ、捨てて逝かぬは女の情」

「おのれ……こんなもので、私に死を与えられるとでも……」

「女の情は如何にも無惨。あたける男に貸す耳も無し。いとし喉元光るのは、未練に濡れる糸白し」

 

 揺らす指先、揺蕩う白糸。

 それらを搦めて引き裂く(ゆかり)

 

「せめてこの手で斬って捨てよう、無様に絡む未練の糸を」

「思っているのか!!!」

「此にて大詰、〆の段」

 

 

 

───“糸切鋏血染喉(いときりばさみちどめののどぶえ)”───

 

 

 

 一閃。

 刹那、京楽を殺さんとしていた魔王の喉が切り開かれ、そこから未だ湧き上がる膨大な霊圧が噴水の如く閃光と共に溢れ出した。

 生は長くも、死は一瞬。

 何千年と鼓動を打ってきた魂も、死ぬ瞬間はほんの短な時間に過ぎない。

 己が身より溢れる霊圧に魂を焼かれる魔王は、そうして呆気ない最期を迎えた。

 

 数多の犠牲を強いた決着。遣る方ない心情を抱く京楽は、ただ一人この場に立ちながら斃れた仲間を見渡した。

 

「待っててくれ……すぐに……助けを呼ぶから……」

 

 死神の命は持ち得る力に比例する。

 故に隊長格程の霊力があれば、例え常人なら即死するであろう傷を負っても絶命に至らなければ、意識も失わぬ場合も多い。

 花天狂骨枯松心中により追い打ちを喰らった者は多いが、それでも辛うじて息がある者は居る。彼らだけでも救わんと、京楽は瀕死の体を引き摺ってこの場を後にする。

 

「織姫ちゃんなら、きっと……いいや、芥火くんでも……」

 

 

 

 

 

「実に……見事な卍解だった」

 

 

 

 

 

「……冗談は止しとくれよ……」

 

 血を失い過ぎた体は鉛のように重く、振り返るだけでも一苦労だ。

 それでもこの耳に届いた声が幻聴であるか否か確かめねばと眼を向けた先で───京楽は絶望に叩き落された。

 ズチャリ、と影が蠢く。

 すればみるみるうちに人の形を成すや、嫌と言う程目に焼き付けた眼の数々が暗影の翼に浮かび上がる。

 

「───ユーハ……バッハ……」

「───まさかお前如きに不覚を取るとはな」

 

 魔王、健在。

 命を投げ打ち、仲間の体を犠牲にし、それでようやく掴んだ勝利は糠喜びだったというのだろうか。京楽は乾いた笑いを浮かべる事しかできなかった。

 

「一体……どういう絡繰りだい?」

「なに、そう難しい話ではない。お前は気付いているのだろう───浦原喜助」

「!」

「……バレちゃいましたか……」

 

 口角を吊り上げるユーハバッハが『狸寝入りは止せ』と告げる。

 すれば、激しい咳き込みと共に血反吐を吐く浦原が、喉元から夥しい量の血を垂れ流しながら体を起こした。

 素人目から見ても血を流し過ぎている。

 だが、それでもまだ致命に至っていないのは、偏に彼自身の卍解で切り開かれた喉元を縫い留めたからだろう。

 

「それは……ホントかい?」

「……ええ……ある程度は。信じたくは……ないですが」

 

 驚く京楽に、浦原は暗く沈んだ口調で紡ぐ。

 それは隠し切れぬ絶望の彩り。

 眼を背けたくなる事実に、真偽を定かにするのを理性が警鐘を鳴らしているからこそ。

 

「……宗弦サンから、アナタの力は未来を視るものだと聞かされました……しかし未来を視るだけでは、これまでの不可解な現象に説明がつきません……」

「だったら、奴の能力は一体?」

「それは───」

 

 

 

「「───『未来に干渉する力』───」」

 

 

 

 浦原が導いた(こたえ)に、まるで未来が視えていたかの如く魔王が口を揃えた。

 

「ッ……そんな出鱈目な……!!」

「未来に干渉できるとするならば……死んだ未来の自分に力を分け与え……蘇る事も可能なはず……最早それしか考えられません」

 

 不可解な復活のプロセス。

 知り得る限りの霊術や理論を用い、あれでもないこれでもないと考えを巡らせていた浦原が辿り着いた解は、酷く理不尽で抗いようのない真実でもあった。

 

「それじゃあ、ボクたちはこれまで一体何を……」

 

 京楽は肩を落とす。どれほど抗って犠牲を強いた勝利が書き換えられると知れば、彼ほどの男であっても絶望に沈み得る。

 

 するとそこへ天才の解答に満足したユーハバッハが手を鳴らす。

 

「───そうだ。我が『全知全能(ジ・オールマイティ)』は未来を視る力ではない……」

 

 

 

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)

“A”

全知全能(ジ・オールマイティ)

Yhwach(ユーハバッハ)

 

 

 

 

 その聖文字の真髄は、未来を改変する力にこそあり。

 

「恐れるな。お前達の持つ力と何も変わりはしない。お前達がその眼の前の一瞬にしか干渉する事ができぬように、私はこの眼に映る未来の全てに干渉できるだけの事だ」

「卍解を無力化するのも……その力の延長線上って事っスね」

「どうしてそう思う?」

 

 絶対的優位を疑わぬ魔王は、試すように問いかける。

 それに対し瀕死の天才は、己が導き出した解を紡ぐ。

 

「無制限に卍解を無力化するのであれば、卍解奪掠の手段など用立てしなかったでしょう。干渉するのはあくまでアナタ自身……だからこそ、残火の太刀には『全知全能』を以てしても触れられもせず、改変するのも叶わず───千年前はまんまと返り討ちにされた。違いますか?」

「……やはり我が眼に狂いはなかったか」

「がはッ!!!」

 

 湧き上がる純粋な感服と賞賛。

 そして僅かな情報でここまで“全知全能”の全貌を見抜いた天才への畏怖に敬意を表し、一刀の下に浦原を斬り伏せる。

 既に観音開紅姫改メは破壊され、造り変えて自身を修復するのも叶わない。

 背中に深々と刻まれた刀傷からは止めどなく血が溢れ出し、刻一刻と浦原を死出の道へと誘う。

 

「浦原くん!!」

「お前も用済みだ、京楽春水」

「がっ……!!?」

 

 無惨にも京楽にトドメを刺す魔王は、瞳から光が消え失せる間もなく、死神の体を無造作に投げ捨てる。

 

「……随分と手古摺らされた。ハッシュヴァルトが絆され、ジェラルドも零番隊に封殺される今、我が子たる星十字騎士団は壊滅したに等しい」

 

 だが、と魔王は嘲笑う。

 

「最早私一人で全て事足りる」

 

 闇が広がる。

 光の届かぬ、永劫の地獄が。

 

「護廷十三隊は全滅した───私が滅ぼした。そして死したお前達の力と魂は、我が許に還ってくる」

「……ここまでっスかね……」

「さあ、我が魂の糧となり、恐怖無き世界の涯を望もうか」

「途中で……任せちゃってスミマセン……」

 

 朧げに霞む視界。意識が闇に鎖されるのも最早時間の問題だ。

 このまま敵の思う壺に事が進めば、恐らく三界は滅ぼされてしまうだろう。現世、尸魂界、虚圏───在り様は違えど、創世より何百万年にも渡り人々に進歩を与えてきた魂の循環が止まってしまうのだ。

 

 それ即ち、生死の崩壊。

 それ即ち、永遠の停滞。

 再び世界は三界が生まれる以前の、生と死の境目が崩れ、悠久の時をかけて滅びを待つだけの暗澹たる未来への道を辿るしかなくなる。

 

 しかし、浦原は絶望していなかった。

 

 

 

 希望は残した。

 未来は託した。

 

 

 

「後は頼みました……───芥火サン」

 

 

 

 大地が裂ける。

 空を翔け昇る。

 そして暗黒の大海を切り拓くように一条の光が降り立った。

 

 

 

「待ち侘びたぞ」

 

 

 

 強大な闇は嗤う。

 

 

 

「───ぉぉぉおおおオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!!!!」

 

 

 

 小さな星は瞬く。

 

 

 

「───お前を殺さずして、真に護廷十三隊を滅ぼしたと言い切れるものか」

「ユーハバッハぁぁぁあああ!!!」

「なあ? 焰真よ」

 

 怒りのままに刃を振り下ろす死神へ、魔王は剣で切り結ぶ。

 激しい霊子の衝撃が嵐を巻き起こす。爆発に等しい衝撃波が大気を揺らすも、鍔迫り合いを演じる両雄は微動だにせず。

 

 故に、解放。

 

「卍解───」

「さあ来い。全能の神を人柱とし繋ぎ止められた罪深き世界……貴様ら死神の原罪を洗い流し、永遠の屈辱を断ち切るには今この瞬間を於いて他には無い……!!!」

 

 迸る煉獄の炎も厭わず、魔王は嗤う。

 

 

 

「戦え!!! 抗え!!! そして死ね!!! その為にお前は生まれ堕ちたのだ!!!」

()めろ!!!」

「その骨肉の一片に至るまで未来の礎となるがいい、煉獄の落胤よ!!!」

「───『星煉剣(せいれんけん)』ッ!!!」

 

 

 

 剥き出しの殺意は、純黒の獄炎へ。

 

 

 

 廻る地獄に歯止めは利かぬ。

 

 

 

 千年の血戦の運命を決める刻が来た。

 

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