BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*96 NEVER

───間に合え。

 

 

 

 全身全霊で駆ける。

 魂が燃え上がるかの如く体は熱い。絶え間なく噴き出す汗は置き去りにされ、死神の軌跡を描くばかりであった。

 

 

 

───間に合え。

 

 

 

 一つ、また一つと光が潰えていく。

 人の命───生命の灯火。あれほど盛んに輝きを放っていた力の鼓動が、今や幽かに感じ取れるのみに留まっていた。

 故に急ぐ。

 最初から急いではいた。それでもより速く、より遠くへ歩を進める。

 

 

 

───間に合え。

 

 

 

 恐ろしい。

 この歩みの先に広がる光景を目にするのが。

 

 恐ろしい。

 このまま大切なものを奪われてしまうのが。

 

 恐ろしい。

 一度解いた掌が二度と結べぬと知ることが。

 

 信じて行かせた。

 託して残った。

 

 それが一番だと。

 それが愛した人たちが死なずに済む道だろうと。

 

 淡い希望。

 儚い期待。

 

 それらは全て───露と消えた。

 

「───待ち侘びたぞ」

 

 誰が言ったのだろう。眼前の光景に刹那時が止まる中、思考する。

 

 ()()? ()()()()()()

 

 転がる肢体。

 流れる血潮。

 光を失った瞳孔は、ひたすらに虚空を見つめるばかりで。

 

(……ぁ……)

 

 視界が、まっしろになった。

 

『護廷隊には必要だよ、キミみたいな子がね。優しくて強くて……真っすぐな子が』

 

 

 

『こう見えて同じ副隊長として貴方には親近感を覚えているんです。京楽隊長みたいに頼りのない人も居ることですし、共に護廷十三隊を支えていきましょう』

 

 

 

『貴様の甘さには反吐が出る。貫く為に鍛えた力は認めるがな』

 

 

 

『おーい、芥火! この太っ腹な大前田様が奢ってやるから飲みに行こうぜェ!』

 

 

 

『キミからは優しい音色が聞こえて嫌いじゃないよ。陽だまりみたいだ』

 

 

 

『怪我人を癒すのが四番隊の使命です! もっと頼ってくださってもいいんですよ?』

 

 

 

『お前見とると、副隊長やった惣右介ンこと思い出すわ……悪い意味やないで?』

 

 

 

『焰真くん! そのッ、お菓子上手く作れたから……一緒にどう、かな?』

 

 

 

『……兄の御前に誓わねばならん。朽木白哉は未来永劫家族を護り抜く。朽木家の……私の誇りにかけて』

 

 

 

『てめえが立てねえ時は俺が肩を貸してやる。だからよ、これからも()()()()()()()焰真』

 

 

 

『ただ許すだけでも救えぬ命はある……斯様に度し難い世界でも尚、その道を行く貴公を儂は尊敬する』

 

 

 

『流石元十一番隊じゃのう。おまんはどこに行ってもやれる肝っ玉が据わっとる。胸ェ張りゃええ』

 

 

 

『恐怖を知る君だからこそ弱者に寄り添える。それも一つの強さだと……私は思う。掛け替えのないものだ、大切にしておくといい』

 

 

 

『刀が折れた時はな……(こいつ)を頼れ。折れねえ限り、てめえは戦えるだろ?』

 

 

 

『俺もジャーナリストぶって長いこと経つけど、芥火は()()()()()()()()()があるよな。正直羨ましいぜ』

 

 

 

『お前を見てると初心に帰れる。何を護りたくて死神になったのかをな』

 

 

 

『あ~く~た~び~! 今日あんたの誕生日でしょ? あたしたちが準備しといたから、とことん飲むわよ~! え? あたしが飲みたいだけだろって? アハハ、そんなことないわよ~!』

 

 

 

『て前ェ、強くなったじゃねえか』

 

 

 

『浮竹隊長がこれまで護ってきた十三番隊を、今度は俺とお前で支えていく番だ。頼りにしてるぜ、芥火』

 

 

 

『焰真、一度しか言わぬからよく聞けよ。私はお前のお陰で姉様に出会えた、兄様にも出会えたし、六花にも出会えた。私を家族の下に導いてくれたのは他でもない、お前だ。

───ありがとう』

 

 心が、まっくろに染まる。

 

 

 

「───ぉぉおおぉおぉぉぉおおおおおおおおおっ!!!」

 

 激情に駆られたままに刃を振り下ろす。

 煌々と燃え上がる炎と共にユーハバッハの光剣と交わる。地を裂き、海を割り、天を絶つ絶閃だ。刃は瞬く間に光剣を食い破り、鏖殺を繰り広げた魔王を斬り殺す───はずだった。

 

「っ……!!?」

「気づいたか」

 

 魔王が不敵に笑う。

 その左手には何処からともなく手にした刀身が握られていた。

 見間違えるはずもない、己が魂の一振り───星煉剣を。白銀の刀身は上半分を綺麗に折り取られていた。

 折れた衝撃はない。折られた動きも見えない。

 まるで折られた結果だけが見せつけられているかの如き光景に、焰真は怒りに燃える瞳を見開いた。

 

「そう怖い顔をするな、焰真。敬意を表したのだ」

 

 握っていた刀身を乱雑に投げ捨てるユーハバッハが続ける。

 

「生まれ変わった『星煉剣』。完現術と完全な融合を果たした恐るべき卍解だ……だからこそ、未来で折っておいたのだ」

 

 斬魄刀とは刀であり刀でない。

 十全な器を為していなければ力を揮うことは能わず。一度破壊されれば打ち直さない限り修復不可能な卍解だが、それを破壊されれば如何なる死神であろうと戦力は劇的に下がる。

 

 無論、星煉剣も例外ではない。先程迄燦々と光り輝いていた炎の火勢も、今や衰え黒煙を上げるように燻るばかり。

 魔王は勝ち誇ったと言わんばかりに不敵な笑みを湛え、一向に反応を返さない相手に言い放つ。

 

「我が『全知全能(ジ・オールマイティ)』は“未来を改変する”力だ。変えられた未来はお前の完現術も受け付けぬ」

 

 炎が、鎮まった。

 あれほど盛んに燃え上がっていた神火は、突きつけられた現実に絶望するように弱弱しく縮まる。

 

 それでも最後の一線は譲らない。

 辛うじて鍔迫り合いを演じる焰真は、顔を伏せながら必死に残った刃で押し込む。軍帽の鐔に隠れた双眸こそ望めないが、ギリギリと鼓膜を揺らす歯軋りの音色が彼の心中を如実に表していた。

 

「解ってしまったか。だが、嘆くべきではない。悲しむべきではない。奴等はお前に未来を指し示してくれたのだ」

「……」

「避けられぬ死を───永劫の離別を───この生の終着点を。今の世の涯がこの地獄だ。いつしか訪れる死に怯え、恐れ、震え……争いを止めるに十全な理知を育むには短すぎる人生を幾度となく繰り返す」

 

 折れた刀身に罅が広がる。

 途端に押される焰真。護廷十三隊を壊滅させた全能の怪物は、人の形こそ保っているがこの世の理から大きく外れた力を宿している。

 少し、また少しとユーハバッハの剣が星煉剣を焼き切って進む。

 

「無益だと思わんか? 無常だと思わんか? 死があるからこそ人はいつまでも争いを止められない、愚かな歴史を繰り返す。だから今もお前は胸を痛めている。親にとって子の涙する姿ほど視るに堪えんものはない……」

「……お前は……」

「この光景を見ても尚、涙を流さぬようになったのはお前の強さだ、誇るがいい。なればこそ、私の手を取れ。共に未来を歩もう……恐怖無き世界への道を」

 

 尸の山を一瞥した“眼”が哂う。

 

 

 

───()()は絶ち切れただろう?

 

 

 

 ()が、()に縁取られる。

 

「……()めろ」

 

 血が滲む唇を歪め、焰真は絶叫した。

 

「───『星煉剣』っ!!!!!」

「───っ!!!?」

 

 刹那、()()()()()()()()

 しかし、光剣は死神の命を奪う間もなく、黒衣より溢れる黒白の劫火に押し込まれる。烈しく燃え盛る劫火の火勢は凄絶そのもの。真世界城の最上層に満ち満ちる影を焼き切らん勢いで広がったかと思いきや、焰真の右手に収斂する。

 

 黑く、黑く、黑く、夜を押し固めかかの如き煉黑の刃。

 

 純黒の一閃は果てしない闇を斬り裂いた。

 

「馬鹿、な……っ!?」

「もう、いい」

「? ───がっ!!!!!?」

 

 次の瞬間だった。

 固く握られた拳は、大切な人から貰った手甲を染み出した血で紅く彩り───多眼異形の顔面に神速の勢いで突き刺さる。

 爆ぜる鉄拳。殴りつけられた顔面は覆っていた影諸共血肉が弾け、頭蓋骨に収まっていた脳髄を揺さぶられる。

 

 だが、終わらない。

 終わるはずがない。

 終わるつもりなど───ない。

 

 より熱く。

 より烈しく。

 より魂を燃やす衝動を出し切らんとする焰真は、夥しい血涙を流しながら叩き込んだ拳を振り抜いた。

 すれば石畳に叩きつけられたユーハバッハが、拳撃の威力と勢い故に逃げることも許されぬまま拳と床の間に頭部を挟み込まれる。

 

───まずい……。

 

 頭蓋が罅割れる鈍い音を奏でる。

 尚も拳に注ぎ込まれる力と炎は止まらない。純黒の殺意は留まる事を知らず、神殺しを為さんと存分に力を振り絞っていた。

 

 その超絶たる力は“凄絶”の一言。

 

 即ち、

 

 

 

───逃れられん……!

 

 

 

「おおおおお───!!!」

「ぉぉおおお……!!?」

「おおおおお───!!!!」

「お、おお、ぉおおっ……!!!?」

「おおおおおあああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」

「お、ぐッ、が、あああああああああああああああああああああ!!!!!?」

「堕ちろぉぉぉおおおおおオオオオお゛お゛お゛お゛お゛お゛ッ!!!!!」

「があああああああッ!!!!!?」

 

 拳が振り抜かれた瞬間、漆黒の流星が真世界城を貫いて落ちる。

 何十層とある階層を突き破りながら落下するユーハバッハ。このままでは真世界城のみならず、土台となっている霊王宮すらも突き抜けて瀞霊廷に落下しかねないと“視た”瞬間、巨大な神聖弓を下方に生み出す。

 

「───『大聖弓(ザンクト・ボーゲン)』!!!!!」

「劫火……」

「!!!」

「大炮ッ!!!!!」

 

 自らを矢で射貫き、その勢いで戻ろうと心算を立てていた魔王に迫る煉黑。

 右手に為す刃からは五芒星の炎の矢が解き放たれ、ユーハバッハが矢で自身を射貫いたタイミングで直撃する。

 爆炎が真世界城を激震で揺るがす。

 超絶とした威力はそれだけで天災の如き甚大な被害をもたらす。ましてや世界を滅ぼす力を持った者ならば、その一撃は計り知れない力を秘めている訳だが。

 

 一人の死神は、世界を滅ぼさんとする魔王を凌ぐ力を発揮していた。

 

 黒煙の尾を引き、真世界城のほぼ最下層に墜落したユーハバッハはドシャリと音を立てて崩れる。

 影も形もなくなるのは間もなくして。

 しかし、コンマ1遅れてやって来た焰真は、獄炎を揺らめかせながら影を睨みつける。

 

「……今のは……折られた()()()()()の分だ」

 

 二発。

 自身の魂に於いて、死神の力を司る彼女と滅却師の力を司る彼。

 彼ら二人分の仇を討たねば、まだ戦いは始まってすらいないと焰真は豪語してみせたのだ。

 

「ここからは……お前に殺された命の分だけ奪ってやる」

「ナる、ホ、ど……そレが……星煉剣の……真ノ姿……か」

 

 ゆっくりと歪に影が人となる───未来を書き換え生き返ったユーハバッハだ。

 

「凄まじい……そして素晴らしい。その力は崩玉を手にした藍染惣右介や黒崎一護にも匹敵するだろう。死神と虚の次元を超えた超越者の霊威……それならば全能の神となった私にも刃向かえるのも道理だ……」

 

 形を取り戻す魔王が問いかけた。

 

「───()()()()()()?」

「……」

「……答える義理はないと。そう言いたげな眼だ」

 

 焰真は首を傾けて下から()めつける。そこに純真無垢な瞳はなく、涙の代わりに血に濡れた瞳が揺れているのみだった。

 

「構わん。それほどの力、何の代償もなしに使えるとは思えん。直に種は解る───お前の希望の芽が潰えるその瞬間にな」

「……ねえんだな」

「……なんだと?」

「案外視えてねえんだな」

 

 怪訝そうな声音を放ったユーハバッハへ、死神は不敵に笑ってみせた。

 

「“未来を視る”だ“未来を改変する”だ大口叩いている割に、俺のもっと先の未来は見通せないんだな。いや……()()()()()()()()()()?」

「……」

 

 答えは沈黙。

 故に光明がはっきりと浮かぶ。

 

「……皆の努力は無駄なんかじゃない。護廷十三隊の皆も手を貸してくれた滅却師も、皆が力を合わせてお前を追い詰めている」

 

 リルトットが太陽の門に案内してくれたおかげで、すぐさま真世界城へ突入できた。

 帰面達がジェラルドを相手取ってくれたおかげで、足止めを喰らわずに進軍できた。

 バズビーがハッシュヴァルトを引受けたおかげで、力の交換を止めることができた。

 護廷隊が命を賭して夜通し戦ってくれたおかげで、御寝と能力の回復を阻害できた。

 

 確信した、ユーハバッハの力は()げていると。

 完全無欠に見える滅却師の王の能力も、ありとあらゆる者の死力を尽くした働きにより、ほんの僅かにではあるが切り崩し始めていた。

 

 無欠は欠落を恐れるがあまり、他者より奪った欠片で己が魂を補う。

 

 己の死を恐れ、他者から奪う滅却師。

 仲間の死を恐れ、他者に与える死神。

 

 二人は反目し合う存在だ。

 奪う者と与える者───力は似通っていても、立場が違えば思想が変わるように心魂を注ぐ目的も変わる。

 

 それらは決して混じり合わぬ境界。

 ユーハバッハと芥火焰真が永劫和解できない理由───矜持そのものだ。

 

「俺だけが諦めるなんてできる訳がねえだろ。まだ皆が戦ってるんだ。護りたいものを護るのに命を懸けて……だから俺も懸けるんだ、この魂を!!!」

 

 例え仲間が全滅したとしてもだ。自分一人でも生き残っているのならば、残されたものを護ってみせよう。

 

 その為に懸ける、命を。

 その為に燃やす、魂を。

 その為に焼べる、業を。

 

 

 

「───『業魔(カルマ)』───」

 

 

 それは洗い流した───否、奪い取った悪業を薪として燃やし、一時の間だけ超絶とした力を発揮できる星煉剣の至高にして究極の奥義。

 数多の虚、破面の悪業を浄化してきた今、燃え上がる煉獄の炎は死神や虚としての次元を超え、超越者と呼ばれる位階にまで到達していると言っても過言ではない。

 

 あらゆる罪人を裁き、赦し、咎めてきた働き。

 その因果応報の全てを力に変えるのだ。

 

「……奪えるもんなら奪ってみろよ」

 

 孤独となった勇者は奮う。

 何故ならば、心までは独りでないから。

 

 集う光は絆の力。

 完現術───“絆の聖別”により焰真の魂に導かれる力は、

 

「力で命は奪えても……心までは奪えやしないぞ!!!」

 

 言い放つ焰真の黒白の獄炎は高く、高く、天上を焼き尽くさんばかりに昇りゆく。

 

 青き清廉な光は、浄罪の力。

 赤き真勇な光は、断罪の力。

 黒き無垢な光は、滅罪の力。

 

 穢れなき純黒を纏う潔白の浄火は、世界を護る最後の一線として燃え盛る。

 天より悠々と見下ろす神の“眼”。運命に轢き砕かれる砂粒を見下ろし、その未来を弄ぶ眼力を眩ますべく煌々と光り輝いて。

 

「───志波海燕と同じ言葉を口にするのだな」

「ッ!」

()()()()()()()()()()?」

 

 それすらも魔王は嘲笑う。

 対する勇者も答える。

 

()()()()()()()()()?」

「……クッ、ククッ、ハハハハハ!!! 良いぞ……その眼……敵の“死”に執着する者の眼だ。死を司る神として、今のお前ほど『死神』と呼ぶに相応しい者は居らん」

「……そうだ。俺は───死神だ!!!」

 

 刹那、爆風が吹き荒ぶ。

 焰真とユーハバッハ、二人の刃が混じり合った衝撃だ。純黒の炎刀と燦然な光剣は切り結びながら、その力の胎動で真世界城を激震で揺るがす。

 高まる超次元の霊圧は傍にある瓦礫を風化させ、虚圏に満ち満ちる白亜の砂同然に崩壊させる。

 

 天上の神殿は、刻一刻と砂の楽土へと変貌していく。

 その渦中で相まみえる勇者と魔王は、一歩も譲ることなく力を揮う。

 

「だからお前を討つ……討たなきゃならねえんだ! 護廷十三隊の死神として! 最後までな!」

「……滅却師と人間の間に生まれ堕ちたお前が死神になるとは因果なものだ。どれほどの奇跡と時間がお前を創ったか……想像するだけで心が打ち震えるようだ。だが、それすらも我が眼が見通した通りだ!」

「たわけるな……!」

「お前はそのままで居てくれていい。お前の行いが、思いが、戦いが、その全てが私に利するようにできているからな!」

「そんなの……願い下げだっ!」

 

 炎が爆ぜる。

 影を打ち破り、影を斬り裂くように燃え上がった。

 その中央に佇む煉獄の落胤は、青と赤が入り混じる混沌とした眼で絶望を睨みつける。燦然と輝く希望の火は、未だ衰えることない。

 しかし、絶望の影は侵食を止めない。

 ドロリ、と床を這って忍び寄る冥い力は尚も一人の死神を付け狙う。

 

「お前が好む好まざるに関わらず、未来への道は疾うに拓かれている!」

 

 何故か解るか? と、暗黒が首を傾げる。

 そして答える間もなく理不尽な力の奔流は、たった一人の死神へと覆い被さった。

 

「全ては焰真───我等に同じ血が流れているからだ!」

「くっ……ユーハバッハ!!」

「お前はこれからも私の思い通りに生き、そして死ぬ!! それが定められた宿命!! 変えられぬ未来と知れ!!」

「黙れ!!」

 

 押し寄せる暗黒を焦がすように、獄炎は死神を鎧う衣と為って燃え盛る。

 

「もう十分だ……宿命だ運命だ、そんな押しつけがましいのはな!!」

「なんとでも思え!! それは自由だ!! だがお前に流れる滅却師の血は決して私に逆らえない!! 今迄も───これからもな!!」

「だったら!! それを今ここで絶ち切る!!」

 

 殺到する影を次々に斬り伏せる焰真が、自らの魂が発する光を頼りに一歩前へ踏み出した。押し寄せる死の気配は濃密そのもの。少しでも油断すれば、容易く命を刈り取る死神の鎌に等しい。

 怒涛の剣舞を演じる焰真。

 それでも防ぎきれぬ魔の手は、一陣の凶刃と化して体を斬りつける。

 

 頬を。腕を。脚を。致命傷とまではいかずとも体のありとあらゆる部分に決して浅くない傷を負わせられ、焰真の表情は苦痛に歪む。

 

 それでも尚、恐れを胸に抱きつつ奮う勇気に身を任せる青年は進む。

 一歩、また一歩と。

 

「進むんだ……この足で!!!

「っ……」

「他の誰でもない、自分の足でだ!!!」

「……愚かな事だ」

「そうじゃなきゃ、望んだ未来は斬り拓けない!!!」

 

 

 

───煉獄劫火大炮(れんごくごうかたいほう)───

 

 

 

 特大の砲火が魔王を守る闇の衣を焼き払う。

 轟々と周囲に吹き荒ぶ爆風により、真世界城には更なる亀裂が刻まれる。絶え間なく落下する破片や砂埃も夥しい量に増えていくばかりだ。

 二人の周囲を満たす砂の海。さながら真世界城そのものが砂時計と化し、崩壊までの刻限を示す。

 

 戦火の渦中に佇む焰真は、黒白の獄炎を滾らせながら刀を掲げる。

 突きつける鋒はユーハバッハへ。

 ゆらゆら、ゆらゆらと。揺れる炎は燦然と光り輝き、闇夜を照らす。

 

「いい加減訣別といこうぜ……!! 他人から奪った力を我が物顔で振るって、傷つけて!! 子離れできてないのはお前の方だ!! 世界はお前をあやす為の揺り籠じゃねえんだよっ!!」

「───違うな、焰真よ。私こそ世界に不可欠な存在なのだ。私こそ真理。それを今からお前の魂の髄まで刻み込んでやろう……!!」

「もういい、もうたくさんだ……!! お前から受け取るもんなんて一つだってありゃしねえっ!!」

 

 解き放たれる黒の激突。

 広がる霊子の衝撃波は、三度真世界城を激震に揺るがす。

 

「お前からは返してもらう……それだけだ!!!」

「異な事を叫ぶ……返してもらうとは何の事だ? 力か? 命か? それとも世界か?」

 

「未来だよっ!!!」

 

「───それを是と返すとでも思ったか、焰真よ」

「だから戦うんだ!!! ユーハバッハぁぁあああ!!!」

 

 対峙する勇者と魔王。

 絶やさぬ望みと希う望み───絶望と希望の狭間で、世界は揺れ動く。

 

 

 

 ***

 

 

 

「もうすぐ頂上か……煙と馬鹿はなんとやらじゃ。面倒な場所に城を構えおって」

 

 辟易とした顔で悪態をつく夜一。

 彼女を先頭に頂上を目指す一護らは、個人差はあれど迫る最終決戦を前に緊張した面持ちを湛えていた。

 不安、恐怖、焦燥。一度頭に浮かべば簡単には拭えぬ感情が湧いて出れば、すぐさま首を振って払うのも何度目だろう。

 

「……さっきまでの霊圧の衝突が感じられない」

 

 ふと泰虎が呟く。

 頂上に近づくにつれ、鮮明に感じ取れていた戦闘の余波。それが今やピタリと止まっていた。

 

「っ……急ぐぞ!」

「う、うん!」

 

 嫌な予感が胸を過る。

 グッと拳を握り締める一護が歩みを速めれば、それに織姫らも懸命に追い縋っていく。

 

 と、その時だった。

 

「おおっ!!? なんだァ、この揺れ!!?」

 

 地震と錯覚する激しい揺れに、思わず岩鷲は驚愕の声を上げる。

 先に進むのもままならぬ激震は数十秒にも渡って続き、拭い去れぬ不安を全員に刻み込む。

 

「これは……焰真の霊圧、なのか……?!」

「え? あたしは何も感じ取れないけど」

「いや、間違いねえ! なんつう霊圧だよ……! それにこれは───ユーハバッハと戦って……!?」

『!』

 

 大多数が感じ取れぬ霊圧に、唯一知覚できる一護がブルリと震えた。

 焰真と諸悪の根源が相まみえる震源地。尸魂界にて最も高い霊王宮に於いて、頂上から一気に最下層近くまで戦場が移り変わった事実に慄きつつも、強大な霊圧が離れた事から、幽かな生命の魄動に気が付けた。

 

「ルキア……恋次……? クソっ!!」

「ふぇ、ええっ!?」

「待て、一護!! 井上を連れて何処へ行く!?」

「皆のとこだよ!! 急がねえとヤベェ……悪ィ、井上!! トばすぞ!!」

 

 直後、織姫を抱きかかえる一護が疾風となって頂上へ駆け上がる。

 敵襲を警戒しわざわざ城の内部を通っていたが、最早悠長にしていられる余裕もなくなった。軽く刃を振るって繰り出す月牙天衝で天井を貫き、即席の穴から最短距離で頂上へ辿り着く。

 

 織姫の悲鳴を聞きつつ、降り立ったのは王の間だ。

 するや、一護は眼前に広がる光景に目を疑った。

 

「……嘘、だろ……!?」

「え……? ……朽木さんっ!? みんな!!」

 

 彼女だけではない。

 ルキア以外にも力なく転がり微動だにしない護廷隊の姿に、織姫は六花を顕現させながら走り出す。

 

「双天帰盾!!」

 

 盾の内側の事象を否定する織姫の最も突出した異能。

 どれほど深い傷であろうが元の状態に回帰させる力は、最悪対象が死して間もなければ蘇生し得る程。

 一縷の望みを託し、“事象の拒絶”を発動する織姫は祈るように斃れるルキアの手を取り上げた。

 

「っ!!?」

 

 だがしかし、硝子が割れる甲高い音と共に盾が霧散した。

 織姫は瞠目し、一護は一向に治らぬ傷に語気を強めてしまう。

 

「井上!? 頼む、お前の六花で皆を……!」

「治せ……ない……?」

「は……?」

「嘘……そんな、イヤ……! イヤだよ……朽木さん!」

 

 朽木さぁん! と悲痛な声を上げ、ルキアを抱きかかえる織姫。

 少女の悲しみに明け暮れるような嗚咽は、痛い程に静まり返った王の間を反響し、一護の耳に突き刺さる。

 

「治せない……?」

 

 茫然自失と立ち尽くす間、遅れてやって来た夜一らも死屍累々を目の当たりにし硬直。

 

「馬鹿な……全員やられたのか? ユーハバッハ一人に……!?」

「砕蜂……! 夕四郎までも……おのれ!」

「兄貴ィ!! そんな……なあ、冗談だろ……? 目ぇ覚ましてくれよ、兄貴!! 都義姉ちゃんはどうすんだ!? 天鵺は!? 地鵆は!? 家族を置いて逝くなよ、兄貴ィ~~~!!」

 

 唖然とする泰虎。その傍から飛び出るや、元部下と実弟の亡骸の前に膝をつき、夜一は怒りに震えた拳を地面に叩きつける。

 岩鷲も胸に虚空を穿たれた兄に泣き縋る。しかし、幾ら呼び掛けようと声が返ってくることはなく、残された者達の沈痛な空気が場に満ちるのみだ。

 

「……」

「……戦争である以上、犠牲は已むを得ぬとは言え……これは」

「正直キツいぜ、おい……」

 

 無言を貫きながらも思う所があるような表情のウルキオラ。

 その両傍に佇むハリベルとスタークは、居た堪れないと言わんばかりに歪んだ顔で言葉を漏らした。

 

「皆……誰かの大切な人だったのにね」

 

 血の海に沈み、光の無い瞳が半開きのままの死体。その瞼を翳した掌でそっと閉じる虚白は、痛む心から絞り出した言葉を呟いた。

 彼女にとってはほぼ見識の無い他人に等しい。

 それでも恩人(えんま)の知人だからと護ろうとする気概を胸に、瀞霊廷にまで飛び込んで滅却師と戦ってきた。

 

 この凄惨な光景が、その結末だ。

 

 ギリッ……と食い縛られる音は、織姫のすすり泣く声の合間に挟まり、血の臭いを運ぶように吹き渡る風の中へ消え去った。

 

「……の、ぅえ……」

「ッ……朽木さん!!?」

「ルキア!!?」

 

 ポツリと聞こえた声。

 聞き逃さなかった織姫、そして一護を始めとした面々が血塗れの少女へと駆け寄る。拒絶でも治せぬ致命傷により瀕死のルキアは、微かな吐息で命を繋ぎ止めながら、焦点の合わぬ瞳で一護らを見渡す。

 

「すまぬ……こんな、無様を……何も……護れず……ッ」

「いいんだ、んなこと!! すぐに治療してやるから絶対諦めるな!! 皆助かる……俺が助けるからッ!!」

「一、護……」

 

 必死に呼びかけ意識を繋ぎ止めんとする一護へ、ルキアは血塗れの唇で三日月を浮かべる。

 

「私のことは……いい……それより……焰真の、ところに……」

「ルキアッ……!?」

「あやつは……今も、たたかってる……たった……ひとり、で……」

「わかった!! 焰真は俺達が護る!! そんでユーハバッハも倒す!! だから安心しろ!!」

「……あぁ……」

 

 強くなった少年へ、安堵の微笑みを湛える少女は告げる。

 

「たのむ……最期に……ひとつ、だけ……」

「ッ……!」

「わたしの、心、は……お前に、預、け……」

「ああ……ああ!! 何も心配すんな!!」

「あやつに、も……え……───

 

 咳き込むルキア。

 一護は視界に飛び散る真紅を目の当たりにした後、頬に張り付く生暖かい感触と鼻腔を通り抜ける甘い芳香に硬直する。

 

「ルキア?」

 

 崩れ落ちた手を取る。

 酷く冷たい。生気の余韻などなく───否、死す直前まで肉体を殺していたからこそ、一護達が辿り着くまで風前の灯火を灯し続けられていたのだろう。

 寧ろ、ここまで生き延びていた事実こそが奇跡。

 

 そんな奇跡も、長く続くはずもなく。

 

「朽木さん? ねえ……イヤだよ、朽木さん……」

「……」

「おねがい、起きて……朽木゛さぁん゛……!!」

 

 顔をくしゃくしゃに歪ませる織姫が、事切れた友を抱きしめながらさめざめと涙を流す。

 

 誰もが彼女の死を信じられない。護廷隊の全滅を受け止められない。

 

「ルキ、ア……」

 

 誰よりも受け止められぬのは他でもない、一護であった。

 彼女こそが始まり。

 死神の力を受け取り、一護が護ろうとしていた世界が広がった。

 刃を握って虚を倒し、死神と戦い、破面を破り、藍染を倒し、銀城を越え───そして今まで滅却師から世界を護るべく戦ってきた。

 

 命を賭してでも護りたい一人だ。

 何度死の窮地に追いやられようと、彼女から貰った掛け替えのない日々の恩に報いるべく、不屈の心で立ち上がってきた。

 

 そんな彼の目の前で、朽木ルキアは死んだ。

 

 仲間を託し、未来を託し。

 一縷の望みを───黒崎一護に託して逝った。

 

「……行くぜ」

「黒崎ぐん゛……?」

「泣いて立ち止まってたら……今度こそ護りたいもんが護れなくなっちまう」

 

 本当ならば今すぐにでも叫びたい。

 悲嘆に駆られるがまま慟哭を上げ、胸に止めどなく湧き上がる遣る方ない感情を只管に撒き散らしたい。

 

「じゃなきゃ、『たわけ!』って蹴っ飛ばされちまうだろ?」

 

 ───しかし、それを彼女は許してくれないだろう。

 

 悲嘆を呑み込んで取り繕った笑顔は───今にも涙が零れ落ちそうだった。

 そんな少年の胸中を察し、泣き腫らした顔を乱暴に拭う織姫もまた、力強く頷いてみせる。

 

「ッ……う゛ん゛……!」

「……もう我慢ならねえぜ」

 

 怒りに焠ぐ一護は、王の間から最下層まで続く深淵を覗き込む。

 

「俺が終わらせる……この下らねえ戦争をよ。決着をつけてやるぜ、ユーハバッハ!!!」

 

 時折噴き上がって来る暴風は、深淵の底で繰り広げられる死闘の余波だろう。暗く、暗く───その底を見通す事は叶わないが、遠く離れているにもひしひしと伝わる霊圧の波動が、未だ希望が燦然と輝いている事実を示してくれていた。

 瞼を閉じ、胸に宿る心を確かめる一護。

 心臓が早鐘を打つ。恐怖が無い───と言えば嘘になるが、託された心を想った途端、それ以上に勇気が全身に行き渡り、力が漲っていく感覚に満ち満ちる。

 

 準備は整った。

 刮目する三日月は、全身を鎧う霊圧を解き放つ。

 それこそが決戦の狼煙。

 

 

 

「こっから進めば、二度と戻れねえ」

 

 

 

 忠告するかの如く、一護が言い放った。

 

 

 

「皆……覚悟はいいな?」

 

 

 

 解は当然、是として返される。

 

 

 

「───こいつが最後の戦いだ、行くぞ!!!」

 

 

 

 残された最後の希望は身を投じる───いざ、千年の節目へ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 光と闇が交わる。

 生命を照らす温かな光が、どこまでも暗く飲み込む闇と。

 今の世界の存続を願う焰真と、今の世界の滅亡を望むユーハバッハ───互いに譲れぬ望みを抱えているからこそ、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

「素晴らしい……素晴らしいぞ!! その力こそお前という存在の軌跡に他ならぬ!!」

「お前の御託に……付き合うつもりはねえっ!!」

「我が血を受け継いで生まれ堕ちた中でも、お前は最高の傑作(クインシー)だ!! 存分に揮え!! 存分に戦え!! そして全ての力を吐き出し尽くせ!!」

「───っ!!!」

 

 ユーハバッハの声を掻き消すように刃を振るう。

 斬魄刀という器を破り、溜め込んだ業の力を剥き出しに燃え上がる刀身は、脆い強度の魂であれば傍に在るだけで崩壊する霊圧の塊そのもの。

 全知全能を誇る霊王を取り込んでも尚、生身で受ければ命に関わる。

 それを理解しているからこそ、両手に生み出した光剣で受け止めるユーハバッハであったが、

 

「劫火……滅却!!!」

「むおおっ!!!」

 

 受け止めた刃から溢れ出す黒白の獄炎が、光剣諸共ユーハバッハの体を焼き尽くす。

 全身を襲う激痛。悶死しかねない苦痛に身を捩る魔王の隙に、懐へ潜り込んだ焰真は神速の刺突を二度、与えてみせた。

 

 蒼現火(そうげんか)

 

 『閃火』の要領で鎖結と魄睡を貫く。

 闇の衣を纏い、異形と化したユーハバッハとは言え、体そのものは人に近しい。霊力発生の源を砕かれれば、如何に理不尽で道理の通じない能力を有していようが倒せるはず。

 そう踏んだ焰真の想いを聞き届けるかの如く、ユーハバッハから伸びる血の軌跡が導火線と化し、貫いた部位に苛烈な炎を灯してみせた。

 

 しかし、すぐさま異変に気付く。

 

「───霊王の欠片を宿す我が闇の子よ」

「っ……!!」

「輪廻は何の因果でお前の魂にその欠片を担わせたのだろうな」

 

 答えは一閃で返される。

 闇を両断する炎の斬撃は、いとも容易くユーハバッハを上下に分ってみせた。

 しかし、その不死性を遺憾なく発揮してみせる魔王は、何度その身を刻まれようとも影より現れ出で、奮戦する勇者へ言葉を投げかける。

 

「なあ、焰真よ。力とは何処から湧き出ずるものか分かるか?」

「そんなもん……心に決まってる!!」

「可笑しな事を云う。真っ先に魂魄の急所を狙った者とは思えんな」

「お前は自分が納得できる道理じゃなきゃ気が済まないか!?」

「そう怒るな、私はただ言葉を交わしたいだけだ」

 

 刃を影に満たされる地面に叩きつければ、蠢動していた大部分が消し飛ばされた。

 弾け飛び、宙に舞う影の肉体。しかしながら、闇が集って形を成せば、またユーハバッハという魂に命が吹き込まれる。

 これも何度目だろうと勇者は辟易しつつ、尚も刃を振るう。

 

「お前は心こそ力の源だと云う。それもいい、夢に溢れている。だが生命というものは神秘と謳われる外面に対し、その裡は何とも機械的でつまらない。さながら歯車で廻っている絡繰りのようなものだ」

「何がっ……言いたい!?」

「お前を突き動かす心の衝動の正体は一体なんだ? 怒りか、それとも悲しみか……正義感や責任感でもいい。しかし仲間を討たれ震えるお前の心を真に突き動かすものは?」

「ッ───お前が口にしたもん全部だよっ!!」

「ハハハハハ!! そうか、それは結構な事だ!!」

 

 高らかな笑い声を上げながら、魔の手を振るうユーハバッハ。

 不規則かつ四方八方から襲い掛かる手を斬り払う焰真であるが、流石に手数が足りず、仕留め損ねた一発を貰い吹き飛ばされる。

 すぐさま体勢を立て直すものの、一度の寸隙に付け入って畳みかける猛攻は留まる事を知らず、一人の死神を追い詰めていく。

 

「ならば教えてやろう!! お前に力を与える義憤は!! 悲嘆は!! 正義は!! 責任は!! その使命感に至る感情は全て───紛い物だ!!」

「ふっ……ざけるなぁぁぁあああ!!!」

「感情とは眼で、耳で、肌で!! その肉体が感じ取った事象の悉くから導き出された、魂の反応に過ぎん!! 云わば生命の危機に学習を重ねる魂の機能!! 哀れな程に機械的で無機質な代物だ!!」

「お前がッ……お前が心を語るなぁ!!!」

「心とは!! その絡繰りの仕組みを美しく取り繕った言葉に他ならん!!」

 

 押し寄せる漆黒の波濤は、焰真を鎧う獄炎の衣諸共呑み込む。

 

 息もつかせぬ死の猛攻。

 すかさず“業鏡(わざかがみ)”を展開する焰真であるが、それだけで凌げる程、此方の手を手繰り寄せんとする腕の群れは防げない。

 防壁を抉じ開けんと、魔の手は焰真を護る盾を揺らす。

 視界を埋め尽くす影。ユーハバッハの姿も窺えぬ光景に焰真は歯噛みし、現状を打開すべく刃に血と言霊を注ぐ。

 

「浄めろ……星煉剣!」

「力とは元来魂が持ち合わせる分しか持ち得ぬものだ……解るか、焰真? 心は所詮……魂が持ち得る力を出し切る為の道具に過ぎんという事を!!」

「───『火生三昧(かしょうざんまい)』!!!」

 

 透き通った青い結晶を打ち破る炎の波濤。

 純黒に縁どられた純白の獄炎は、命を奪わんと拡げられていた掌を滅し飛ばし、砂塵が吹き荒れる階層に広がっていく。

 どこまでも眩く閃く烈光は、世界を焼き尽くす劫火となって空間を満たす。

 

 瞠目するユーハバッハ。しかし、見開いた視界とは裏腹に未来は見通せない。苛烈な閃光の涯は視えず、ただただ眼前を満たす光芒に阻まれるのみだ。

 グチャリ、と粘着質な音を奏でるかのような不敵な笑みが浮かぶ。

 すかさず影を引き延ばし、迫る獄炎を受け止める。

 

「どうした、お前の力はこんなものか!? お前の心とやらはこれが底か!!?」

「……同情するぜ、ユーハバッハ」

「……なんだと?」

「心はな……生まれた時から持ってるもんじゃない。人と接して、触れ合って……そうして初めて生まれるもんなんだよッ!!!」

 

 闇を護る影を打ち破り、炎が舞い上がった。

 ユーハバッハに肉迫した焰真は、その右手に宿す純黒の刃を振り下ろす。刹那、黒い火花が閃いては、一人分の影が砂の大海と化す地面に叩きつけられる。

 噴き上がる砂柱。

 轟音を響かせて最下層を打つ砂瀑は、中心を貫く流星によって一瞬の内に吹き消える。

 

 次の瞬間、勇者と魔王は何度目かもわからぬ鍔迫り合いを演じていた。

 しかし、今度ばかりは斬りかかった勇者に形勢が傾いている。途方もない力を押し固めた刀と剣は、時折形を保てなくなった分を火花となって飛び散り、辺りを照らし上げた。

 

 その度に浮かび上がる死神の表情。

 今にも決壊しそうな瞳を揺らしながらも、刃を押し込む力は余波だけで床の亀裂を瞬く間に広げる。

 

「お前は視えねえよ……自分の命しか愛せないお前にはな!!!」

「この期に及んで愛を叫ぶか、焰真!!! 女々しいぞ!!!」

「叫んで何が悪い!!! 魂は心の器だ!!! “心”を“受”け入れて、初めて“愛”を知るんだ!!! 愛するものがあるから……どんなに恐くたって人は戦おうと思える!!! 護りたいと心から願える!!! それが心だ───人の強さだ!!!」

「それは素晴らしい、尊い事だな!!! だが、敢て言おう……愛など知らずとも、私はこの手でお前を殺せるぞ!!!」

「その力は、お前を愛した人達のものだろうがァ!!!」

 

 純黒が絶叫し、行く手を阻む禍々しい光を打ち砕く。

 刹那、振り抜かれる絶閃は強大な闇を斬り裂いた。何度目かも判らぬ死。それでも尚蘇るユーハバッハは、生と死が混合したかのように不定形な混沌とした姿で浮かび上がる。

 

 この時、初めてユーハバッハの顔が歪む。

 これまで余裕を湛えていた笑みが、歪に崩れ去った。

 

「む……ぐぅ……!!!」

「───俺は器だ。器でしかない。お前と同じだよ、ユーハバッハ」

「なん……だと……?」

「誰かに愛してもらわなきゃ生きられない弱い魂だ。この力も俺だけのものじゃない……今迄触れ合ってきたたくさんの人達のものだ。俺達は自分以外の誰かに()()()()()()()

 

 諭すように、焰真は告げる。

 

「この命に意味を求めるなら、俺は───愛してくれた人に応えたい!!! 貰った力を皆の為に使いたい!!!」

「押しつけがましいぞ!!! お前が言う皆とやらがそれを求めているとでも思っているのか!!!」

「求められてなくったって(たす)けるんだ!!!」

 

 三度、交わる刃。

 火花が爆ぜる中、影を押し退けるように踏み出す焰真は叫ぶ。

 

「救けて、希望を与えるんだ!!! この世界が捨てたもんじゃないって!!!」

「傲慢だな!!! お前に世界の何が解る!!!」

「お前程世界に絶望してなけりゃ、見える世界も変わってくるさ!!!」

 

 振り払われた刃。その剣閃の先に佇む城壁を斬り裂きながら、両雄は距離を取った。

 彼らほどの力もあれば、間合いなど無意味な存在かもしれない。

 だが、どれだけ距離を取ろうとも近づこうとも、二人の間には壁が聳え立っていた。決して相容れぬ思想と野望がそうさせていた。

 

 彼らは相容れぬ、永遠に交わることのない空と大地のように。

 彼らは反発する、磁石のように───肌のように。

 

 対峙する死神と滅却師の溝は、それまでに深く増悪に彩られていた。

 

「……そうか、見る世界が違うか!!! だがどれだけ視方を変えようと真実は一つだ!!! お前の仲間は死んだ!!! 私が命を奪ってやった!!!」

「ッ……ユーハバッハ……!!!」

「このまま私が奪い尽くしてやろう。お前が与えんとする希望の悉くを!!! この私が根絶やしにしてくれる!!!」

「!」

 

 焰真の瞳が見開かれる。

 その視界には眼前を覆い尽くす闇が広がる。が、彼が瞠目したのはそれが理由ではない。

 

「───月牙」

 

 天より光が降り注ぐ。

 

「天、衝ッ!!!」

 

 闇を斬り裂く絶閃は、焰真に押し寄せる魔の手を滅し飛ばした。

 

 

 

「───漸く来たか」

 

 

 

 待ち侘びたように名を紡ぐ魔王の前に、もう一人の勇者が降り立った。

 

「一護!!!」

 

 『尸魂界百万年の不変を変えた革命者』『大逆の徒、藍染惣右介を討ち取った立役者』『霊界の英雄』など持て囃されようと、彼はこう名乗るだろう。

 

───死神代行、黒崎一護だと。

 

「───……悪ィ、随分待たせちまった」

「いや……よく来てくれた」

 

 どこか影を感じさせる声音に、焰真は気に留めず歓迎する旨を口にした。

 

 が、魔王が甲斐なく打ち壊す。

 

「強がるな。お前も視てきたのだろう?」

「ッ……ユーハバッハ……!」

「大切な仲間を殺され、護ると誓った世界も今際の際に瀕している。お前が来たところで変えられるものなど、此処には一つもありはしない」

「……そうかもな」

 

 静かに、一護は答えた。

 

 

 

「───俺一人だったらな」

 

 

 

 刹那、続々と舞い降りる星々。

 精悍な面持ちを浮かべ、義憤と悲憤に揺らぐ霊圧でその魂を鎧う戦士が、種族の垣根を越えて同じ目的を果たす為に駆けつけた瞬間だ。

 その先陣を切る一護は、黒白の二刀を構えて紡ぐ。

 

「俺一人が変えられるもんなんて所詮高が知れてんだ。俺は……俺の手で抱えられる山ほどのもんを助けたくて戦ってきた、この剣が届く限り護ってやるって。でも皆が居れば変えられる。山ほどのもんを、今度は世界全部を護れるぐらい増やせるってな!」

 

 己に言い聞かせるように綴られる言の葉は、勇気づけるように力強く、そして優しく響き渡る。それだけで大勢の者達が背中を押されたように奮い立てた。

 

「手を取り合うってそういうことだ。あんたがどれだけ絶望を押し付けてこようが───俺はそいつを越えていく!!!!」

 

 

 

 

 

「───よかろう」

 

 

 

 

 

『!!!』

 

 闇が、天高く聳え立つ。

 巻き上がる漆黒の奔流に埋もれ、ゆっくりと浮かび上がるユーハバッハの姿。闇の冠と翼を揺らす魔王は、剣を取る勇者たちを前に尚も悠然とした態度を示す。

 朽ちた墓標を創り変えた城が激震に襲われる。

 それだけでも十分警戒に値するが、ここまで戦ってきた焰真が何よりも注意すべき点を声高々に叫んだ。

 

「気をつけろ、あいつの眼は───未来を改変する!」

「なんだとッ!?」

「防いでも無駄だ! 止まったらあいつの思う壺になる! 立ち止まらず攻撃し続けろ!」

「ッ……そういうことかよ!」

 

 護廷隊が倒れた所以を知り、一護が歯噛みする。

 未来を改変する───想像するだけでも身が震えあがるような人智を越えた力。抵抗するには神にも等しい力が不可欠だ。

 

「それなら……最初(はな)っから全力だ!!!!」

 

 少年は、立ち上がる。

 

 

 

───一緒に戦おうぜ、斬月。

 

 

 

 生まれ変わった相棒と共に。

 

 

 

 

 

「 卍 解 」

 

 

 

 

 

 白の矜持と黒の衝動。

 二刀に分かれた力は、今、融和の刻を迎えた。

 一刀の───黒白の月剣へ。

 

 

 

 

 

「───『天鎖斬月(てんさざんげつ)』!!!!」

 

 

 

 

 

 原点回帰。

 (ルキア)から託されて浮かび上がった初めての力を彷彿とさせる大剣。それが今、一護の手に固く握られていた。

 鋒から刃の根元に繋がる鎖は、彼が今迄手にした歩みの軌跡を───連なった人の輪を思わせる。

 

 家族を護り。

 友達を護り。

 戦友を護り。

 仲間を護り。

 故郷を護り。

 記憶を護り。

 今度は───世界を護るべく。

 

 誓いの証。

 護る為の力が成した姿。

 

 あの日、死神と出会って手にした覚悟をまた、少年は握り直した。

 

「皆の仇を取る……そんで世界も護る!!!」

「ああ……皆の願いを……俺達が果たすんだ!!!」

 

 並び立つ両雄。

 彼らの後ろに続く戦士もまた、手にした力を顕現させる。

 

「火無菊! 梅厳! リリィ! あやめ! 舜桜! 椿鬼! ───『舜盾六花』!!!」

「『巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)』!!! 『魔人の左腕(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)』!!!」

「瞬閧!!! 雷神戦形(らいじんせんけい)!!!」

「鎖せ───『黒翼大魔(ムルシエラゴ)』」

「軋れ───『豹王(パンテラ)』ァ!!!」

「謳え───『羚騎士(ガミューサ)』」

「蹴散らせ───『群狼(ロス・ロボス)』」

「煌け───『宮廷薔薇園ノ美女王(レイナ・デ・ロサァ───ス)』!!!」

「討て───『皇鮫后(ティブロン)』」

「突き上げろ───『碧鹿闘女(シエルバ)』ァ!」

「喰い散らせ───『金獅子将(レオーナ)』ッ!」

「絞め殺せ───『白蛇姫(アナコンダ)』……!」

「縊れ───『葦嬢(トレパドーラ)』」

「ウゥアァウアー!!! ───『滅火皇子(エスティンギル)』」

「卍解!!! 絶ち切れ───『鎖斬架(さざんか)』!!!」

 

 絢爛豪華、勇猛無比。

 虚と滅却師の力を持つ死神を先頭に、人間と死神と虚が刃を振り上げる。その混沌としながらも壮観と呼ぶしかない景色を前に、魔王は恍惚とした笑みを浮かべた。

 

「お前達の勇気と知恵に敬意を表し……我が全能を解放してやろう!」

「! まだ隠し玉があるのか……!?」

「私は()()()()()……私が与えた魂が還ってくる時、その者が身に着けた英知と能力は我が魂に刻まれる」

「───まさか……!」

「そのまさかだ。その目に焼き付けるがいい、我が魂の軌跡を……!」

 

 慄く焰真を前に、翳される掌。

 闇が天より召喚するは、血塗れた尸の群れだった。

 

 

 

「さあ……始めようか!」

 

 

 

───『The Zombie(死者)』───

 

 

 血色と生気を失い、白濁とした(まなこ)を浮かべた死霊が、ゆらりゆらりと歩み寄って来る。

 何とも緩慢な動きだろう。

 しかし、その死者の葬列が何者かであるか、知らぬ振りをできぬ者達は皆立ち止まる。

 

 硬直する思考。

 次の瞬間、爆発したのは焰真と一護だった。憤怒や憎悪すらも生温いドス黒い感情に駆り立てられ、血が滲むほどに剣を握る。

 それは痛みを感じぬ死者に代わりに己へ刻む、せめてもの自罰か。

 真っ赤に染まる視界を憎悪で燃やし、双星は光を迸らせる。

 

「ッ……ユーハバッハァァァアアアアア!!!!!」

「───赦さねえ……この外道があああ!!!!!」

「天鎖斬月!!!!」

「星煉剣!!!!」

 

 激情に駆られるがまま吶喊する二人。

 余りにも直情的な行動だが、冷静に努めようとしていた夜一でさえ、その行動を咎めることはできなかった。

 何故ならば、

 

「どこまで我等を侮辱すれば気が済むか……! ()()()()()()()()()……!」

 

 ユーハバッハの力───星十字騎士団に刻み、還ってきた聖文字の能力を行使して蘇らされたのは他でもない、彼に殺された護廷十三隊の亡骸だ。

 つい先ほど心を託して逝ったルキアでさえ、今や魔王の傀儡となって刀を握っている。

 それがどれほどの侮辱か。どれほどの所業か。

 

 業腹煮えくり返る夜一の背中では、霊圧が成す稲妻の翼が一層猛々しさを増していく。

 血塗れの体を揺らす中には、彼女の幼馴染───浦原も居る。手放しに賞賛できる頭脳を誇る彼と過ごした日々は奇天烈で痛快そのもの。

 そんな彼が今、頭脳も糞もない物言わぬ死兵となって歩み寄る姿には、夜一の拳にもかつてない程の力が籠る。

 

「お主も悔しかろう……じゃが、安心しろ。手心なぞ加えん、それこそ愚弄に等しいからのう───お主らの尸を踏み越えて儂等が仇を討ってやる!! 待っていろ!!」

 

 稲光が死兵の群れへ突撃する。

 緩慢な動きしかできぬ死兵に、瞬神の動きが捉えられるはずもなく。

 

「おおおおお!!!!」

 

 刃を振るう死兵を、次々に雷光が弾き飛ばす。

 斬撃など意に介さぬ早業。舞うように振り抜かれる刃を紙一重で躱し、すれ違いざまに拳と脚を叩き込んでいく。

 手心を加えぬ、とは言うもののあくまでそれは気概の話。

 死体とは言え仲間の体を徒に傷つけるつもりのない夜一は、あくまで無力化せんと攻撃を弾き、骨を砕くか関節を外すかして身動きが取れぬように仕上げていった。

 白打の達人である彼女だからこそできる芸当。仲間に手を上げられぬ一護たちに代わり、先陣を切った夜一は獅子奮迅の活躍を見せる。

 

 だが、

 

「───少しばかり昔話をしよう」

「なっ……があ!?」

「夜一さん!」

 

 

───『The Nimble(神速)』───

 

 

 瞬神を越える速度で背後に回った魔王が、延々と延びる影を振るい、雷撃諸共夜一を叩き落した。

 すかさず一護が追撃を阻むように割って入る。

 その天すらも斬り裂く刃からは、魂を食い破る獰猛で勇猛な牙が放たれた。

 

 しかし、一護の放った月牙天衝はユーハバッハの手前で()()()()()()()

 

 

───『The Wind(紆余曲折)』───

 

 

 本能で感じ取った攻撃を逸らす歪んだ空間は、次々に振るわれる刃からも逃れていく。

 

「クソッ!!」

「遥か昔……それこそ尸魂界、現世、虚圏の三界が生まれるよりも前の世界だ。存在する全てが曖昧で、朧げで。生もなければ死もない……進歩もなければ後退もない世の中に、魂はただただ揺蕩うように存在していた」

「───煉滅火刑!!!」

 

 一切の攻撃が当たらぬ中、焰真が刃を振り下ろす。

 すれば、魔王の両手首から炎が弾け、その両腕を焼き落としたではないか。意識外からの攻撃───延いては本能が敵と認識しなかった己が霊圧を利用しての攻撃だった。

 体内を巡る炎に焼かれ、魔王の意識が途切れる。

 瞬間、ありとあらゆる攻撃を歪ませていた空間が元通りと化し、薙がれた一閃をその身に叩き込まれた。

 

「……緩やかに、悠久の時をかけて冷えるのを待つだけの世界。虚になる事すらも霊子の循環に一つであった」

「!!」

 

 刃を受け止めたのは、純然な()()()

 不自然な程に膨れ上がる影を纏った手が、天鎖斬月の刃を掴み、辛うじて胴体を絶たれるのを防いでいた。

 

 

───『The Power()』───

───『The Iron(鋼鉄)』───

 

 

「しかし、一つ転機が訪れた。虚は人を喰らうようになり……循環が止まったのだ」

「そのまま押さえて!!」

「! ああ!」

『───黒虚閃(セロ・オスキュラス)!!』

 

 虚白の呼びかけに応じる一護。

 直後、虚としての姿に回帰した者達の鋒から黒い閃光が解き放たれた。凝縮された負の霊圧。あらゆるものを呑み込み、喰らい、一条の暴力の肚に収めんとする力。

 

「このままでは魂魄の全てが一つの巨大な大虚(メノス)に成り果てて、世界は完全に静止する───その時だ。彼の者が現れたのは」

「あれは……私の姿!?」

 

 驚愕するのはネル。

 何故ならば一護の刃を受け止めていた影が緑髪の美女に変貌していたからだ。

 

 

───『The Yourself(貴方自身)』───

 

 

 その口腔に殺到する黒い破壊の閃光が吸い込まれていく。

 刹那、飲み込まれた黒虚閃は幾条にも束ねられた破滅の光芒となって、並ぶ虚へ撃ち返された。

 

―――重奏虚閃(セロ・ドーブル)

 

 吸収した虚閃に、自身の霊圧を上乗せして撃ち返す技だが、飲み込んだ虚閃が十刃を含む強大な虚たちともなれば重奏虚閃の威力も想像を絶する。

 

「みんな、逃げてェ!!!」

 

 ネルが叫ぶ。

 あの光芒が降り注いだ瞬間、この場に居る者達が爆炎に焼かれる未来は想像に難くなかった。

 故に立ちはだかり、負けじと大口を開ける。

 

「ぐぁ、あがッ……!!!」

 

 迫る黒虚閃の集合体を取り込まんとするネル。

 

───熱い。体が内側から爆発しそうだ。

 

 それでも被害を拡げまいと身を挺して黒虚閃を吸い込んだネルは、

 

「がぅあッ!!!?」

「ネル!!!」

「ネルちゃん!!?」

 

 口腔から爆炎と共に血を吐き出し、そのまま崩れ落ちた。

 その手に握っていた槍を力なく手放し、体は微動だにしない。にも拘わらず、口からは絶えず血が流れ出るばかり。

 

「『霊王』───後の世にそう呼ばれる命は、まるで世界に望まれたかの如き滅却の力を有していた。そして虚を滅却し霊子の砂へと変える事で循環を取り戻した」

 

 

───『The Thunderbolt(雷霆)』───

 

 

 瀕死のネルにトドメを刺すべく、元の姿に戻った魔王が雷の槍を投擲する。

 それに立ちはだかるのは刀剣解放第二階層と化していたウルキオラであった。背中側のネルを庇うように黒翼を広げ、迫りくる雷槍に対抗せんと、翡翠の光槍を生み出して投げる。

 

───雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)

 

 雷と雷の衝突は、途轍もない轟音と閃光を広げるように爆炎を巻き起こす。

 

「くっ……」

「まさに奴こそ全知全能。我が眼を以てしても見通せぬのは、奴の力がそれ以上に凄まじかった事に他ならない」

「───!」

 

 飛翔せんとしたウルキオラの足が折り畳まれる。

 瞠目する彼が目の当たりにしたのは、床一面に広がる枝分かれした模様───否、神経だ。それは石畳を返すように起こし、一枚の巨大な壁を生み出したではないか。

 

 

───『The Compulsory(強制執行)』───

 

 

「チッ」

 

 聳え立つ神経の壁に舌打ちするウルキオラは、無策な接近が命取りだと断じ、即座に足を斬り落としてはネルを回収しつつ後方へ下がった。

 その軌跡をなぞるように、魔王の指は付け狙う。

 

「だが、そうして虚を滅し続ける一方で、世界が息を止めるのも最早時間の問題だった」

 

 

───『The Heat(灼熱)』───

 

 

 指先から迸る熱線が、ウルキオラの脳天に迫りくる。

 

「───断瀑(カスケーダ)───」

 

 しかし、間一髪のところで圧倒的な水壁が熱線を受け止め、九死に一生を得る。

 

「助かった」

「気にするな」

 

 軽い応答を交わす間、ウルキオラの脚は元通りに再生する。

 片や、敵に攻撃を許せば瞬く間に追い詰められる事実を嫌と言う程理解した一護と焰真が、目にも止まらぬ連携で斬撃を叩き込んでいく。

 それでも殺戮を繰り広げてきた魔王の力は極限まで高まっており、二刀の光剣に阻まれ、決定打を打ち込めない。

 

 

───『The Overkill(大量虐殺)』───

 

 

「世界の停滞は避けられない……それでも尚、霊王は護り続けた。やがて緩やかな混沌に溶け合う世界をな」

「月牙天衝ォ!!!」

「劫火大炮ォ!!!」

「しかし───それを良しとせぬ者達が現れた」

「「ッ!!?」」

 

 不意に聞こえた囁き。

 それを耳にするや、絶閃を解き放たんとした二人の動きはピタリと止まる。まるで思考が『本当にこれが正しいのか?』と問いかけてきたかの如く、二人は無防備を晒してしまった。

 

(しまった!)

(こいつは……!?)

 

 

───『The Question(異議)』───

 

 

 口に出され、耳が拾った異議に身体は動きを止める。

 そこへ魔の手が付けいった。

 

「がっ!!?」

「ぐぅ!!?」

「黒崎くん! 芥火くん!」

 

 

───『The Underbelly(無防備)』───

 

 

 霊体の弱点を突かれた体からは力が抜け、瞬く間に墜落を始めた。

 すぐに織姫が三天結盾で拾い上げるものの、その間にも魔王は力を溜めている。破滅の力を内包した弾頭は、間もなく無防備な三人を焼き払わんと牙を剥く。

 

「霊王には及ばずとも、強い力を持った五人の者達がな……」

 

 

───『The Explode(爆撃)』───

 

 

「───『巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)』ェ!!!」

 

 しかし、咄嗟に割って入った逞しい壁が、押し寄せる爆炎から身を挺して三人を護った。

 肌が焼け爛れ、骨肉までをも焦がされんばかりの威力。それでも尚、泰虎は揺らぐ事も倒れる事もなく三人を護り抜き───立ったまま沈黙した。

 

「チャドぉ!!」

「茶渡くん!! ッ……『双天帰盾』!!」

「それが……志波家と朽木家、そして四楓院家を含めた五大貴族の始祖達だ」

 

 またもや翳す掌から光が迸る。

 今度は懊悩を彷彿とさせる色合いの閃光。それが織姫の脳天に直撃すれば、彼女の純真な瞳から光は消え失せた。

 

 

───『The Love()』───

 

 

「ユーハバッハ……様ぁ……♡」

「井上!? クッ……何しやがった、ユーハバッハぁ!」

 

 憤怒と悲嘆が綯い交ぜとなった声を響かせる一護。

 そんな彼へ“愛”に駆られた織姫が凶刃を振るおうとする。

 

「この体……この心は陛下のもの」

「井上! 目ェ覚ましてくれ!」

「六天絶盾……」

「井上ぇぇぇえええ!」

「私はっ……───拒絶するッ!」

 

 拒絶の力を解き放つ一瞬、少女の顔が悲痛に歪む。

 刹那、万物の存在を拒絶する光華は───織姫の頭上で咲き誇る。

 するや、忽然と光華の大輪は亡者が犇めく戦場を覆い尽くしていく。傷ついた者を癒し、亡者の侵攻を止め、己を操る支配からも逃れんと輝く拒絶の能力は、一時は奪われた少女の瞳の光を取り戻させるに至っていた。

 

「ごめんね……黒崎くん」

「なっ……!?」

「恐い目に……遭わせちゃって」

「井上……お前、何して……!」

「でも、誰に操られたってあたしは……みんなを傷つけたりなんか絶対にしないから……!」

 

 血が滲む程拳を握りながら、儚げにはにかむ少女は告げる。

 回帰と“死者”の阻害、そして“愛”から逃れようと指定した拒絶対象は、至って単純なものであり───強大なものであった。

 

───拒絶する、それは滅却師の王の力。

 

 紛い物の“愛”を拒絶する織姫。

 その強大な力に抗う代償とし、自身の存在すらも消しかねない出力の異能に六花達は切迫した声を上げる。

 

「織姫さん、無茶だ! これ以上続けたら君の体が……!」

「それでもやるの! 舜桜、あやめ! 茶渡くんをお願い! 火無菊、梅厳、リリィ! 三人はあたしを抑え続けてて! それでもダメな時は……椿鬼くん、絶対にあたしを止めてね」

「ッ……わかった!」

 

 主の覚悟を誰よりも理解する六花が各々の持ち場へ向かう。

 舜桜とあやめは、双天帰盾で死に瀕する泰虎の回復。

 火無菊と梅厳、リリィは、三天結盾で操られる主の拘束。

 椿鬼は最終手段。万が一にも仲間へ手を掛けよう時は、己が四肢を斬り落としてでも手を上げぬという覚悟の現れに他ならない。

 

「う、くぅ……!」

「井上ッ……待ってろ! 今助けてやるからな!」

「ッ、ぁぁぁぁぁああああああ!」

 

 髪を振り乱し、半狂乱になって泣き喚く織姫。

“愛”を振り払う代償は大きい。強大な支配と深い恋慕の間で揺れ動く彼女は、噛み締める唇から、三天結盾を掻き毟る指先から、そして瞑る目からも血を流し、やっと抵抗を続けられる状態であった。

 

 このまま続けば精神(こころ)が壊れてしまう───そう思った瞬間、風のように現れた黒い影が動きの止まっていた亡者から意識を刈り取り、最後に意識を失い前のめりに倒れ込む織姫を支え上げる。

 そんな早業を成し得られるのは、この場において一人しか居ない。

 

「夜一さん!」

「はぁ……井上は……儂に任せておけ」

「大丈夫なのかよ、その腕……!?」

「なあに、お主に心配されるほど柔な鍛え方はしておらぬ……」

 

 不敵に笑う夜一だが、その状態は凄惨そのもの。

 あらぬ方向に折れ曲がった左腕からは、見えてはいけぬ物体が飛び出しており、直視するのもままならぬ程に痛々しい。

 

「もう立てるな?」

「あ、あぁ……井上とチャドのおかげでな」

「くそ、俺の所為で二人が……!」

「悔やむのは後じゃ。それよりも……」

 

 夜一が一瞥する方向では、今も尚ウルキオラ達が奮闘してユーハバッハを喰い止めている。

 が、戦力は絶望的。

 すぐにでも一護と焰真が戦線復帰しなければ殲滅されかねない程、今のユーハバッハとそれ以外では力に差があり過ぎる。

 

 それを理解している夜一は、辛うじて拳を握れる右手の中にある注射を見つめた。

 

「……儂が突っ込んで隙を作る。お主らはそれに続け」

「待てよ、そんな腕じゃ返り討ちにされるのが関の山だ! 夜一さんは井上を連れて……!」

「甘えた事を抜かすな、この餓鬼がッ!!!!」

「ッ───!」

「……いいか、一護。よく聞け」

 

 起き上がった一護の髪を掴み、己の眼前へ手繰り寄せる夜一が告げる。

 

「はっきり言って儂の力ではユーハバッハに手傷を負わせるのも叶わん。希望があるとすれば───やはりお主らじゃ」

 

 忸怩たる思いを抱きながらも、絶望など毛ほども見せぬ笑みを湛える夜一は浦原の懐から掠め取った注射を首に刺す。

 

「皆が命を懸けて繋いできたものを、儂等が断つ訳にはいかん。自分の命を安く売るつもりなどないが、この命で未来を拓けるのなら安いものじゃ」

「夜一さん……」

「───頼んだぞ、一護」

 

 刹那、眩い雷光が影を照らす。

 奔る霊圧の稲光は荒々しくうねり、その紫黒の髪と褐色の肢体を照らし上げた。するや、意思を持ったように蠢く電光は傷だらけの肢体を包み込み、鋭利な爪を有す獣の四肢へと塗り替えてみせた。

 

「グルルルル……フシャー!!!!」

 

 

 

瞬閧

雷獣戦形

───『瞬霳黒猫戦姫(しゅんりゅうこくびょうせんき)』───

 

 

 

 其処には人としての理知を捨て、剥き出しの本能を曝け出す獣の姿があった。

 夜一自身、弛まぬ鍛錬の下に身に着けた体術もへったくれもなくなる事から嫌悪感を覚えていた姿だが、本能に従うからこそ発揮できる底力もある。

 それに賭ける夜一は一護から目を逸らすや、命を脅かす恐怖の根源に振り向き、獰猛な雄叫びを上げて飛び掛かった。

 

 雷鳴が轟く。

 烈しい雷爪は、影の帝王の首を掻き斬るべく振るわれた。

 それに追随するは浅葱色の鬣を靡かせる孤高の王。その両腕に霊子の爪を形成するグリムジョーは、ここまで自分を鎧袖一触する宿敵に牙を剥いた。

 

 生まれながらの敵、滅却師。

 奴に殺されれば己の魂は輪廻の道を巡る事無く、霊子の砂と化して世界を満たす塵となる。

 恐怖など感じぬはずがない。本能が叫んでいるのだから。

 それでもグリムジョーは大気が裂けるような雄叫びを響かせ、獰猛な凶刃と化した爪を振るう。

 

───豹王の爪(デスガロン)

 

「いつまでも舐め腐った眼ェしやがって!!!」

「───奴らは動機こそ別だった」

「気に入らねえんだよ!!!」

 

 王は駆ける。

 影を振り切り、鎧を鳴らし。

 骨を蹴散らし、血肉を啜り。

 

 超絶とした力を前にし、体は灰になりそうな程に軋みを上げている。

 それでも尚、己の血と霊力を融合させて爆発させる霊圧の閃光を、己が雄叫びの代わりとする。

 

王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)!!!」

「ある家の祖は、滅却の力がいずれ我が身に向くことを恐れた」

「ッ、があっ!!?」

 

 空間を歪ませる程の力の奔流は、魔王の声一つで平伏するに至る。

 軋み、歪み、次の瞬間には霧散して。

 霊圧ですらない音圧は、グリムジョーの身体を圧し潰すだけではなく鼓膜を破り、彼の平衡感覚を奪ってみせた。

 

 

───『The Roar(咆哮)』───

 

 

「く、クソが……!」

「ある家の祖は、後に『地獄』と呼ばれる『(あな)』を塞ぐ蓋となる世界が必要だと叫んだ」

「! この檻……あのメガネ猿の!?」

 

 

───『The Jail(監獄)』───

 

 

 滅却師以外を封殺する檻でグリムジョーを無力化したユーハバッハは、周囲を神速で駆け回し、その鋭い爪を幾度となく奮ってくる稲妻に標的を変えた。

 

「シャァァァアアア!!!」

「ある家の祖は、停滞した世界を前に進める為には、更なる大きな循環の形が必要だと謳った」

「───!!?」

 

 不規則に揺れる稲光。黒猫戦姫の特性として一秒間に48回変化する。それは霊圧の不安定さを招く代わりに、その大きな揺れ幅から最大値は雷神戦形を上回る。

 だが───通じない。

 まるで初めから彼女の霊圧に抵抗があったかのように。

 

 

───『The Deathdealing(致死量)』───

 

 

 目を見開く夜一に、爆ぜる雷光を受けても微動だにしない魔王は、力を凝縮させた掌をがら空きの胴体に添える。

 

 刹那、艶めかしく輝いていた褐色の腹に風穴が開いた。

 

「がっ……」

「ある家の祖は、世界をより盤石な形とする為に新たな規律が必要だと唱えた」

「夜一さん!!!!」

「ユーハバッハぁぁあああ!!!」

 

 漸く再起に至った二人がユーハバッハに斬りかかる。

 もう二の轍は踏まぬ。浮かぶ鬼気迫った形相からも分かる通り、凄絶な覚悟の下に斬りかかる二人の猛攻は嵐を呼ぶ。

 崩壊までの刻限を示す砂時計と化す真世界城そのものを破壊せん勢い。

 一護に魔の手が振り下ろされれば、間に割って入る焰真が炎を放って焼き払う。決して長い時を共に過ごした訳でもないものの、息が漏れんばかりの連携を魅せる二人に眼を奪われれば───一閃。

 

 闇の衣ごと、天鎖斬月が漆黒の肚を食い破った。

 胴体を両断された影は力なくひゅるりひゅるりと舞い散るように落ちていく。

 

「───そしてある家の祖は、虚にも心がある故に、滅却ではなく浄化の道を探るべきだと諭した」

「まだ……生きてるだと!?」

「止まるな、畳みかけろ!! 蘇る隙を与えるな!!」

「而して、死神の祖は同じ目的へと帰結した───今ある世界を分離させるとな」

 

 瞬くように降り立つ二人が振り抜く斬撃。

 しかし、亡者の恨めしい声に応じて蘇った魔王は、更なる力を宿して再起に至った。

 

 

───『The Superstar(英雄)』───

 

 

「霊子の世界……器子の世界……そして双方より生まれ出ずる虚が行き着く砂の楽土、虚圏。三界の創世に伴い他の形の世界も生まれ落ちるかもしれんが……それは些事だった。何よりも肝要であったのは明確な『生』と『死』の区別。その二つを分け隔てる事だったのだ」

 

 語る合間に攻撃を繰り出すユーハバッハ。

 一護と焰真、そして帰面や破面も援護するが、それまでの攻防を学習してきた魔王に致命傷を与えるには至らない。

 

 

───『The Knowledge(叡智)』───

 

 

「一つ問題があったとすれば、その三界分立を現実とするには、それこそ全てを超越した男の力が必要だった事だ」

「「「混獣神(キメラ・パルカ)!!!」」」

 

 三人の獣が呼び出す巨獣が召喚される。

 闇を我が物とする魔王をも上回る巨躯は、ぐるりと角に隠れた眼を開き、底知れぬ腹の底から絞り出す咆哮と共に拳を突き出した。

 

「───その人柱こそ霊王だ」

「「「ッ!!!?」」」

「とある家の祖が霊王を結晶の中に封じ込めた。そして奴の全能の力を『楔』として、五人の始祖は新たな世界の基盤を創り上げた」

 

 アヨンの創造主である三人が認知するよりも早く、突き出されたはずの巨拳は消えていた。

 直後、闇の深淵よりグチャリグチャリと咀嚼する不快な音が響いてくる。

 鼓膜を撫で回され、総毛立つ三人。

 彼女達が視た光景は、影の中に浮かび上がる牙が噛み千切った巨獣の肉を貪っている姿であった。

 

 

───『The Glutton(食いしん坊)』───

 

 

「───だが、死神はそれだけでは飽き足らなかった」

「オオォォゥアアゥアアアア!!!」

「待って、ワンダーワイス!」

 

 味方がやられる光景に憤慨するワンダーワイスが、狂獣の雄叫びを上げて魔王に飛び掛かる。虚白の制止も聞かずに千手の触腕を振るう彼であるが、突として微動だにしなくなる。

 

「霊王の持つ滅却の力を怖れるがあまり、結晶に封じ込めた男を生かしもせず殺しもせず、生き続け、同時に死に続けるという矛盾の螺旋の中に放り込んだ。『前進』と『静止』と司る右腕と左腕を捥ぎ取ってな」

「ゥ……ゥァ……ォオゥァアァアア……!」

「そして永い時をかけ、心臓を、両足を、臓腑という臓腑を刻んで本体から切り離した。力を(こそ)()とし、己らにとって都合の良い『王』を作り出した」

「アアアアアアアッ!!!」

 

 

───『The Fear(恐怖)』───

 

 

 発狂するように泣き叫ぶワンダーワイス。

 そのような隙を見逃すはずもなく、にじり寄る魔の手はワンダーワイスの触腕を引き千切り、果てには地面に叩きつけた。

 刹那、罪を洗れた白神の瞳が憤怒に染まる。

 

「こんのぉぉぉおおお!!!」

(まつりごと)や主計にも異を唱える事はおろか、叛意を抱かれようが吐息一つ吹きかける事も叶わぬ不全の身。千切られた肢体を晒し、ただ、ただ、死神の為の楔であり続ける永遠を余儀なくされたのだ」

「いっ!!?」

 

 白亜の双剣から放たれる斬撃、十字鎖斬(サザンクロス)

 十字を描く霊圧の刃は一直線に魔王を襲う。が、あろうことか攻撃はすり抜けて、罅割れる真世界城の壁に十字の穴を穿つだけに終わった。

 

 

───『The X-axis(万物貫通)』───

 

 

「───解るか、魂の児等よ」

「ハリベル!」

『ルピ!』

「わかっている、スターク!」

「呼び捨てすんな、チビ助!」

 

───無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)

───戦雫(ラ・ゴータ)

───触檻(ハウラ・テンタクーロ)

 

 元十刃が繰り出す壮絶な攻撃の波濤が、如何なる攻撃をも素通りする体と化した魔王を襲う。

 逃げる隙間を埋め尽くすほどの砲火。ルピが逃げ道を塞ぎ、そこをスタークとハリベルが連携して弾幕を厚くする。いつかその身が実体と化すまで、延々と。そんな気概で銃身に等しい霊力回路が焼け尽く勢いで攻撃を続けていった。

 

「もう一度だ!! ───煉滅火刑!!」

 

 そこへ極大の火柱が上がる。

 ユーハバッハの超大な霊圧を焼き焦がすには足りないが、手傷を負わせ、霊力回路を焼き尽くし、能力を維持できない状態には陥れられる。

 案の定、万物貫通が解けた魔王へ十刃の砲火が殺到した。

 致命傷には至らぬものの、目の前を覆い尽くし全知全能を妨げてくる光芒。

 

 それを前に眼を細める魔王は、突如、光を斬り裂いて現れる四人の勇者を垣間見た。

 

「───月牙天衝!!!!」

「───劫火大炮!!!!」

「───雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)

「───十字鎖斬(サザンクロス)!!!!」

 

 超絶とした一撃が折り重なり、魔王の命を刈り取った。

 入り混じり、融け合い、最後には超反応を起こして爆裂する霊圧。それはユーハバッハを魂の裡より引き裂いては、肉片一個も残らぬ凄絶な爆炎を巻き起こした。

 四方に散り、様子を窺う四人。

 未だ生きていると信じて疑わず、魔王が動く気配を見せればすぐにでも追撃に打って出んと身構える彼らであるが、声は頭上より響いてきた。

 

 重く、深く、暗澹たる色を滲ませながら心に滑り込むような声音は、暗幕のように一護と焰真達を取り囲む影と共に広がる。

 

「この世界は───罪そのものだ。人を殺めるよりも遥かに残酷な罪の上に成り立ち、その罪を犯し続けて生き永らえている」

 

 

───『The Visionary(夢想家)』───

 

 

「ッ、みんな避けろォ!!!」

 

 叫ぶ焰真。

 

 直後───剣が、槍が、矢が、銃が。

 ありとあらゆる凶器の類が頭上を埋め尽くし、一瞬の蠢動を波紋として広げるや、一斉に刃向かう反逆者へと降り注いだ。

 

 それらを斬り払い、撃ち落とし、叩き落す。

 だが、避ける隙間もない程に埋め尽くされた攻撃を凌ぐには何もかもが足りなかった。

 頭数や手数はおろか、単純な霊力すらも及ばない。一人、また一人と弱者が貫かれては、血反吐を吐いて倒れていく。

 

「おおおおおっ!!!」

「これが真実だ。お前達が必死に護ろうとしていた霊王は、他ならぬ死神達の祖によって嵌められ、生も死も許されぬ百万年の孤独に囚われていた人類の救世主。私はその永い呪縛から解き放ってやっただけの事」

 

 全身を刻まれても尚、凶刃の雨を凌ぎ切った一護が天鎖斬月を振り翳し、ユーハバッハへと肉迫する。足元は砂煙に覆われて見えない。空間に満ち満ちる濃密な霊圧と霊子のせいで、無事かどうか判別もつかない状態だ。

 それでも皆が無事であると信じる───信じるしかない一護は、己の血と混ぜる事により爆発的に威力を高めた月牙天衝を解き放つ。

 

「さっきからベラベラベラベラ!!! 何と言われようが、あんたは俺の敵だっ!!!」

「───霊王は我が手により救われた。次は世界を在るべき形に()()番だ」

「ッ!!?」

 

 ()()()王虚の閃光と融合した月牙天衝を体で受け止めた魔王は、身を焦がすばかりの激痛に苛まれながらも、刃を振るった遥か遠い末裔に語り掛ける。

 

「世界は混沌としたものになるだろう。生もなく死もない世界に。だが、死の恐怖がなくなれば人類は自らを狂気に駆り立てる“心”から解放されるのだ」

 

 眼下では砂煙を突き破り、焰真、ウルキオラ、虚白の三人が鬼気迫る表情で飛翔してきた。

 それを見計らい、能力を発動する。

 

 

───『The Balance(世界調和)』───

 

 

「がっ……!?」

「ぐっ!」

「っ……!」

「あぁ!?」

 

 ユーハバッハに刻まれた月牙天衝の傷が、そっくりそのまま四人に刻み込まれた。

 肩が深々と斬り開かれる刀傷は、決して軽いものではない。寧ろ流れる夥しい血の量からして、素人目から見ても失血死に至りかねないと判別できる。

 

 力なく墜落し、地面に打ち付けられる四人。

 魔王が放つ力の波動で砂煙を吹き払えば、血みどろになった勇者が息も絶え絶えになって蹲っている光景が広がっているではないか。

 

「そうして争いはなくなる。それこそが私の望む───真の世界だ!」

 

 

───『The Almighty(全知全能)』───

 

 

 超絶とした力が、ここぞとばかりに未来へ矢を向ける。

 

───力が、力を挫く。

 

 刹那、倒れる勇者達の握る剣に異変が起こった。

 

「なっ……天鎖斬月!!?」

「鎖斬架!? いつ折られて……!?」

 

 一護や虚白の握る斬魄刀───卍解が折られていた。

 これこそが未来を改変する聖文字『全知全能』の真骨頂。触れずとも、現在(いま)が書き換えられた未来へと導かれる神の如き力である。

 霊王宮での修行を経て手に入れた真の卍解。それがあまりにも呆気なく折られた一護の顔には、困惑と焦燥───そして絶望が滲み上がる。

 

「嘘……だろ……!?」

「なあ、一護……そして焰真よ。今一度問おう、私はお前達の“敵”か?」

「はぁ……そんな、もんっ……当たり前だろうが……!」

「皆を殺しておいて、よくもぬけぬけと……!」

「───ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()

「「っ!!?」」

 

 闘志と誓いに固まっていた瞳が、大きくぶれる。

 

「そ、んな……こと……」

「戯言だ、黒崎一護。聞く必要などない」

 

 ピタリと動かなくなる一護へ、深い裂傷を負ったウルキオラが再生しながら制止する。

 

「何が戯言なものか、ウルキオラ・シファーよ。我が全知全能をその眼で見ただろう。この力を以てすれば、死体さえ残っていれば生き返らせるなど赤子の手をひねるようなもの」

「ふ……ざけやがって……」

「焰真よ……そう強がるな。私は心からお前を心配しているのだ」

「心配……だと?」

「ああ。誰よりも他者を愛し、誰よりも他者を慈しみ、誰よりも他者を護りたいと願うお前だからこそ、お前は泣きながら戦いに身を投じる……そんな痛ましい姿を見て悲しまぬ親が何処に居る」

 

 先刻までであれば激しい嫌悪感と共に拒絶の言葉を口にできたであろうが、今だけは違う。

 右へ左へと泳ぐ視線は、明らかな焰真の動揺を表していた。

 

 自身の完現術や、織姫の舜盾六花でさえ蘇生不可能だった護廷十三隊の仲間。掛け替えのない───それこそ命を賭して護りたかった人達だ。

 今の焰真は彼らを護れなかった憤慨で折れそうな心をやっと支えているようなもの。

 そこに提示されるユーハバッハの言葉は、甘言と分かりながらも突き離せぬ甘美な心地よさがあった。

 

「みんなを……本当に……?」

「ああ、嘘ではない。だから私と共に来い」

「お前と……?」

「よく考えてみろ。今の世界の形を変えると聞けば、確かに恐れが湧いて出る。人は極端な変化を恐れる生き物だ。だが、実際には世界の在り様がほんの少し変わるだけだ。お前が愛した風景や生活は変わるかもしれんが、傍には愛する者が居る。そうと解れば、案外悪いものでもないだろう」

「……」

 

 揺れる、揺れる。

 血色を引き、顔に滲み出る脂汗は青年の迷いをありありと映し上げる。

 

 それを見かねたウルキオラは雷霆の槍を形成し、駆け出さんと踏み出した。

 

「馬鹿がっ……」

「待って!」

「……何故止める。あんなもの、恫喝となんら変わらん」

 

 しかし、それを虚白が止めた。

 純白の死覇装を血に染めながらもしっかりと地面に足をつける彼女は、諭すようにゆっくりと頭を横に振る。

 

「こればっかりは……ボクたちが決められることじゃない。奪われた……あの人だけが選べるんだから」

「だとしても、見え透いた誘いにまんまと」

「それでも、ダメなんだ」

 

 涙声で語る虚白は、それでも彼を信じていると言わんばかりに焰真を見遣る。

 

「じゃないと、彼は一生後悔する」

「……」

「それはきっと……癒えない心の傷になっちゃうから」

「……そうか」

 

 そういうものか、と納得するようにひき下がるウルキオラも、ユーハバッハに説得される一護と焰真を見守る事に決めた。

 

 世界は、今まさに境目に立っている。

 

 崩壊か、存続か。

 

 掛け替えのない人の命の為に世界を滅ぼすか、世界を滅ぼして愛した人を見捨てるか。

 

 決めるのは……彼らを於いて他にない。

 

「どうした。解はまだ出ないか?」

「……」

「この機を逃せば皆を生き返らせることは永劫叶わんぞ。それでもいいのか?」

「……俺は」

「何を迷う。友や家族の命を尊ぶのに理由はいらん。お前が約束するのならば、私も奴等の命を奪わんと誓おう」

「……本当、だな?」

「ああ、約束しよう」

 

 魔王が手を差し伸べる。

 心身共に傷つき、倒れた勇者へ。

 

「我々の与える力は、育む為にあるのだ。私の力とお前の“絆の聖別”……双方合わされば、きっと今よりも良い未来が創れる」

 

 

 

───さあ、共に夢を視よう。

 

 

 

「……」

 

 徐に手を取る焰真。

 すぐ傍では一護が叫んでいるが、青年の体は力強く引き上げるユーハバッハの手によって、確かな足取りで立ち上がるに至った。

 

「……」

「決心はついたか?」

「……ああ」

 

 焰真は深く深く頷いては、

 

 

 

 

 

───その手を振り払った。

 

 

 

 

 

「……焰真よ」

「自分の夢くらい……自分で視るさ」

「……なんだと?」

 

 ポツリと紡がれた言葉に、魔王は怪訝そうな声を上げた。

 

「お前にどんな夢が視れるというのだ? それは本当に価値のあるものか? 救える命を見捨ててでも選び取る程のものなのか?」

「……ああ……」

 

 弱弱しく応える焰真の瞳に、徐々に熱意が灯る。

 

「ひさ姉に出会って、海燕さんに導いてもらって、ルキアと学んで、恋次とバカやって、雛森と頑張って」

「……」

「咲に救けてもらって、虚白(ディスペイヤー)を救けて、アルトゥロを倒して、藍染隊長を止めて」

「……」

「この世界には───捨てられないくらい大切な思い出と、まだ叶えたい願いがたくさんあり過ぎる」

 

 振り払って手に、今度は刃を握る。

 黒白の獄炎を一刀と成し、次元すらも絶ち切る壮絶な霊圧を押し固めた滅罪の力。

 それを再び握り締めた焰真の瞳は、強く、そして何よりも光り輝いてユーハバッハから目を逸らさずにいた。

 

「それが、お前が戦う理由か」

「ああ」

「まるで呪いだな」

 

 魔王は嘲笑う。

 

「どうにもお前は“絆”と呼ばれる見えぬ繋がりに縛られている。聞こえこそいいが、そうしてお前を立ち上がらせて死地に向かわせる様を見ていれば、“絆”と言うよりも“鎖”に近いらしい」

「……そうかもな」

「お前の運命を雁字搦めにする呪縛。倒れることも死することも許さず、お前の心を圧し殺すとは……何とも薄情な繋がりだ」

「───だったら、(ほど)いてもいいだろ」

 

 その言葉に理解が及ばず、一瞬反応に遅れた。

 

「……なんだと?」

「いつ(ほど)いたっていい。いつ(むす)んだっていいんだ。人と人の繋がりは……絆はそのくらいのものでいい」

 

 己が力を指し示し、焰真は続ける。

 

「一度解けば結ぶのは難しいかもしれない……けど、一回結んだ事があるならまた結べるはずだろ。どれだけの時間がかかっても、いつかきっと結べる時が来る」

「解せんな。ならば何故お前は立ち上がる? 何故戦おうとする? 解いた絆とやらに命を懸ける価値など欠片もないだろうに」

「あるさ」

 

 はっきりと言い切る焰真。

 その瞳が穏やかに閉じられた、次の瞬間───光が広がった。

 どこまでも暖かく、どこまでも照らす柔らかい光の波。絶望の色が犇めき合う空間を照らし上げる光は、何人たりとも魔の手を主へ近づけることを許さず、闇を打ち払っていく。

 

(なんだ……この力は……?)

 

 魔王は困惑を顔に浮かべる。

 

 

 

(『全知全能』が───通じぬだと?)

 

 

 

 光。

 どこまでも、悠久の彼方へと続く光が全知全能の未来視を妨げる。

 

「……ただ光を放つだけで力を防げるとでも」

「本当にそう思うか?」

「なんだと?」

「こいつは───お前が価値のないって決めつけたもんだ」

「っ───!!!?」

 

 押し寄せる魔の手を鎧袖一触する。

 先刻までの奴とは違う───何が?

 

(これは、光ではない)

 

 気づくや、魂が焼けこげんばかりの熱を感じ取る。

 噴き上がる汗すらも、瞬く間に蒸発せん焦熱。息をするのもままならない苛烈な焱熱は、赫々と光を放つ太陽を幻視させた。

 

 

 

───残火(ざんか)太刀(たち) “西” 残日獄衣(ざんじつごくい)───

 

 

 

「山本……重國!?」

 

 影を焼き払う焱の衣。

 

 触れるものみな全て灰燼と帰す焦熱は、紛れもなく自身が殺した死神の卍解そのものであった。

 

「お前は言ったな、俺の卍解が完現術と融け合ったもんだって」

「!」

「これは───その二つの力だ!!!」

 

 刹那と呼ぶには、余りにも速過ぎて。

 未来を認知しても尚、反応はおろか、改変することも叶わない。

 隔絶した力を宿す霊圧の鎧を纏った勇者は、何者にも阻まれぬまま魔王に一太刀喰らわせる。

 

 まさしく想像を絶する一閃。

 全知全能で未来を書き換えても尚、与えられた死を覆すには多大な力を要し、魔王の顔に苦悶が浮かぶ。

 影を食い破る刃は、延々とその影を焼き尽くす。

 熱い、熱い、熱い。それが痛みか炎の熱かも判らぬユーハバッハは、必死になって全知全能の力を解放する。

 

「ぐ、ぅ……!」

「怖いか? 自分の眼に視えないものが」

「なんだと……!?」

「どうせ視えやしないさ、お前には……この力の源が───心の在り処はなっ!!!!」

「この期に及んで未だ抗うか!!!! 誰も護れなかったお前が!!!!」

 

 魔の手が焰の刃を押し寄せる。

 

「それでも護るんだ!!!!」

 

 だが、三度刃は誓いと共に掲げられ、影が滅し飛ばされた。

 

 固い絆を。

 育んだ魂を。

 己が魂を埋める欠片を()べ、心血を注ぎ焠いだ刃は、迸る情熱と共に振り翳される。

 

 

 

「ここからは残った命と……誇りを護る為の戦いだっ!!!!」

 

 

 

 全知全能と全身全霊。

 互いの全てを注いだ衝突に数拍遅れ、激震と轟音が真世界城を襲った。

 

(失念していた……奴が()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 これまでとは比較にならない程の衝撃の中、魔王の胸中には不覚を取った後悔が過る。

 何も忘れていた訳ではない。可能性の一つとして頭の片隅程度には置いていたつもりであった。

 

 それでも───それでもだ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

(死した者の魂が、奴に味方している!)

 

 

 

 分け与え。

 育て上げ。

 そして、少しずつ拾い集める。

 

 ユーハバッハに比べれば、それは微々たる力の収集。

 しかしながら、決して他人を脅かすことのない力は、一人の死神が愛した人々の死を皮切りに、孤独に震える心に寄り添おうと結集していた。

 

 一つ一つは小さな力でも。

 呼び起こされる記憶は、どれも大切な思い出。

 魂に刻まれた記憶こそが、死した者たちとの悠久の絆。

 

 そう謳うように、あらゆる魂が焰真にもたらされた。

 

───未来を代償に、一時の力を得る。

 

 

 

 

 

 

これは滅却師の究極系であり。

これは死神の最終奥義であり。

これは完現術の完成形であり。

 

 

 

 

 

絆の聖別(ブレス・ア・チェイン)完全発現形態(フル・ブリンガーズ)

 

 

 

 

 

 苛烈な焱に相反し、集まる光は優しく焰真を抱きしめる。

 芥火焰真という器を依り代に宿る魂は、彼の握る剣に、その時が来るまで無尽の力を分け与えんと光り輝いた。

 

「おのれ……死しても私を邪魔するというか! 山本重國よ!」

 

 声を荒げる魔王は、広げる翼より翡翠の稲光を閃かせる。

 幾条もの“雷霆(ザ・サンダーボルト)”による雷の雨は、太陽の衣を羽織る死神を貫かんと轟音を響かせるが、

 

 

 

───黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)───

 

 

 

 雷鳴が届くより早く、天より降り注ぐ紫電が“雷霆”を蹴散らす。

 雀部の斬魄刀『厳霊丸』の卍解───見えざる帝国の滅却師に奪われ、最後には元柳斎によって弔われた忠義の証が、今まさに主君を護る盾となった輝きを見せつけた。

 

「チィ……!」

「ユーハバッハッ!」

「私と同じ力が使えるからなんだ!? それで私を殺せるとでも……!!」

「ああ……やれるさ!」

「っ!」

 

───“万物貫通(ジ・イクサクシス)”───

───花天狂骨枯松心中(かてんきょうこつからまつしんじゅう)───

 

 何物にも触れられぬ喉笛を、繋いだ未練の糸が掻き切る。

 

「ぐぅ!?」

「俺は弱い!」

「なにを……!?」

「だから皆と戦う! だから力を合わせる! だから───」

「ええい……! 有象無象がいくら集まったところで───」

 

 寄り添う心に勇気づけられて奮い立つ魂を前に、魔王は忌々し気に無数の瞳を歪ませながら収奪した力を完全に解放する。

 

 

 

「私には勝てぬわッ!!!」

「お前には負けねえ!!!」

「「おおおおおおお!!!」」

 

 

 

 魂が、三度激突する。

 

 

 

───“英雄(ザ・スーパースター)”───

───清虫終式(すずむしついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)───

 

 

 

 

 

───“爆撃(ジ・エクスプロード)”───

───百枝紅梅殿(ももえのこうばいどの)───

 

 

 

 

 

───“鋼鉄(ジ・アイアン)”───

───鐵拳断風(てっけんたちかぜ)───

 

 

 

 

 

───“(ザ・パワー)”───

───野晒(のざらし)───

 

 

 

 

 

───“強制執行(ザ・コンパルソリィ)”───

───白霞罸(はっかのとがめ)───

 

 

 

 

 

───“世界調和(ザ・バランス)”───

───風死絞縄(ふしのこうじょう)───

 

 

 

 

 

───“紆余曲折(ザ・ワインド)”───

───皆尽(みなづき)───

 

 

 

 

───“致死量(ザ・デスディーリング)”───

───神殺鎗(かみしにのやり)───

 

 

 

 

 

───“夢想家(ザ・ヴィジョナリィ)”───

───金沙羅舞踏団(きんしゃらぶとうだん)───

 

 

 

 

 

───“大量虐殺(ジ・オーバーキル)”───

───双王蛇尾丸(そうおうざびまる)───

 

 

 

 

 

───“監獄(ザ・ジェイル)”───

───観音開紅姫改メ(かんのんびらきべにひめあらため)───

 

 

 

 

 

───“恐怖(ザ・フィアー)”───

───吭景(ごうけい)千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)───

 

 

 

 

 

───“死者(ザ・ゾンビ)”───

───大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる) 四界氷結(しかいひょうけつ)───

 

 

 

 

 

 幾度となく繰り広げられる魂の激突は真世界城を激しく揺さぶる。

 ガラスの管が弾けるように、城壁や石畳に広がる亀裂はみるみるうちに広がり、無数の瓦礫と破片が一護らの居る最下層へ降り注ぐ。

 

「やべえ、城が崩れるぞ!」

「いや、待て。何かおかしい」

「おかしいって何が……うおおお!!?」

 

 揺れはさらに酷くなり、とうとう全員が集う大聖堂のような階層が崩れ落ちた。

 叫ぶ一護に対し、ウルキオラは自前の翼で宙に舞う。間もなく体勢を整えた一護や虚白は、落下する瓦礫を飛び移り、視線を上へと向けた。

 

「爆発!!?」

 

 崩れ落ちる瓦礫の合間からは、真世界城の各所から火の手が上がる景色が垣間見える。

 明らかに人為的な工作か能力と思しき爆炎に、全員が驚愕の色を面に浮かべた。

 ユーハバッハですら、この未来すらは視えていなかったと言わんばかりの様子───否、視る暇と割く力が無かったとも言い換えられる。

 

 何故なら、眼前に立ちはだかる死神は己の人生を捧げた力の全てを注ぎ、自分を斬らんと刃を振るっているのだから。

 

 刹那、見開いた瞳に掌が叩き込まれる。

 脳を揺るがす衝撃。

 しかし、それだけに留まる筈もなく、二人は黒白の軌跡を描いて真世界城から零番離殿であった大地を目指す。

 

「おおおおおおおおおお!!!」

「ぐおおおおおおおおお!!?」

 

 錐揉みしながら墜落する両者へ、一護は手を伸ばす。

 

「焰真ぁ! くそ、一体誰が……」

 

 

 

「───黒崎!」

 

 

 

「っ……!」

 

 聞きたくても聞けなかった。

 そして心のどこかで聞かぬまま戦いを終わらせたかったと願う声が、一護の鼓膜を揺らした。

 

「石田!?」

「真世界城は僕が壊した!」

「はぁ!? おまっ……馬鹿か!?」

「君は知らないかもしれないが、城中には霊王宮から流用した霊脈が駆け巡ってる! それがある限り、ユーハバッハの力の源を絶つ事はできない!」

「!」

「本当ならユーハバッハごと滅し飛ばすはずだったのに……君達が来るのが早過ぎるのが悪いんだ!」

「てめえ、俺らのせいにするつもりかよ!」

「うるさい! おかげで僕の計画が台無しだ!」

「俺らごと城を吹っ飛ばすことのどこが計画だ、馬鹿野郎!」

 

 喧嘩腰で怒鳴り合いながらも、どこか喜色を滲ませる二人。

 それもそうだ、呼びかけ合う二人は敵でなければ味方である必要もない───ただ信じあった仲間なのだから。

 

「御託はいい! 聞け、黒崎! 落ちていく皆なら僕がなんとかする!」

「!」

「ユーハバッハの眼を眩ませた今がチャンスだ! お前が……あいつを倒すんだ!」

「───もちろんだ!」

 

 天鎖斬月を担ぎ、一護は焰真とユーハバッハが墜ちていった方角を見据える。

 そんな彼の背中を押すように、檄が飛ぶ。

 

 

 

「───なら行けッ!」

「言われなくてもな!」

 

 

 

 踏み台にした瓦礫が砕け散る。

 次々に落ちる瓦礫を足場に下りる一護に続き、ウルキオラも隙間を掻い潜って飛翔し、虚白は倒れた帰面に鎖を繋げていた。

 

 虚食転生(ウロボロス)───『纏骸(スカルクラッド)

 

 傷ついた魂が光の粒子となり、虚白を護る鎧と成す。

 純白の衣装を彩る金色の装飾。絢爛豪華な輝きを閃かせ、かつて死神に救われた魂もまた、最終局面に向けて飛び込んでいく。

 

「今度はボクがキミを救う番だ……アクタビエンマ!」

「……」

 

 それに追随するウルキオラもまた、瞼の裏に焼き付いた光景を思い返しながら翼を羽搏かせる。

 あれほどまでに少年を想っていた少女が、敵の支配により取り乱した。それでも偽りの情動を裡に秘めた想いだけで抗ってみせた姿には、自分の穿たれた虚空に、得体の知れぬ鼓動を覚えさせるものがある。

 

「……見届けなければな」

 

 この目で、結末を。

 絶望を前にしても尚、無限に膨れ上がると錯覚せん力の出所───心の在り処を目撃するべく。

 

 

 

 ある者は歩んできた力の軌跡を描き。

 ある者は黒白に光る炎の尾を引いて。

 ある者は漆黒の羽根を降らしながら。

 ある者は白銀と金色の燐光を散らし。

 

 

 

「がっ!」

 

 勢いよく放り投げられた体が真世界城の眼下に広がる大地に叩きつけられ、魔王がうめき声を上げる。

 瞬間、連なる四つの音。

 飛び散る破片を踏みつけ、白み始めた空の彼方より滲み出る朝日に背を向ける者達は、その手に誓いを、誇りを、想いを、契りを握り締める。

 

 

 

 暁の光を背負って立つかの如く、勇者は魔王の前に立った。

 

 

 

「……壮観だな」

 

 口をついて出た言葉は、純粋な賞賛。

 何故今になって斯様な感情が湧き上がったか、ユーハバッハ自身知る由もない。

 誰よりも死を恐れているからこそ、その恐怖を押し退けた勇気を目の当たりにしたからか。

 心中で独り言つ魔王は、感慨に耽るのもここまでと闇の御手と翼を広げ、今一度己に王冠を戴く。

 

 三界の絶対的支配者である証明。

 立ち並ぶ者のない唯一無二の権能そのものだ。

 だが、奴らは跪かない。

 この力を、この智を、この眼を以てしても膝を折る姿を───諦めて絶望に沈む姿を望む事は終に叶わなかった。

 

 そう、穏やかな笑みを浮かべては大きく息を吸い込んだ。

 冷涼な空気を吸い、ようやく自分の体が火照っていたと気付く。

 

「……我が眼が見通さずとも解る」

「……ああ、そうだな」

「これが───全ての魂をかけた最後の戦いだ!!!!」

 

 魔王は世界を崩壊させるほどの力を、眼前の四人を滅ぼす為に掲げる。

 

 

 

「終わりにしようか、全てを!!!!」

「終わらせねえよ……世界は!!!!」

「おおおおおおおおおおおお!!!!!」

『おおおおおおおおおおおお!!!!!』

 

 

 

 天の割れる音が、開戦の鐘となる。

 

「はあああああっ!!!」

「があああああっ!!!」

 

 絶叫して激突する焰真とユーハバッハ。

 紡いだ絆───そして育んだ魂を代償とする焰真は、世界を滅ぼす力を有した魔王にも引けを取らぬ力を揮い、命を刈り取る闇の腕を一刀の下に抑えてみせる。

 双方によって引き起こされる衝撃は、辺りの見えざる帝国の街並みを薙ぎ倒す。

 その衝撃波は傍に居るだけでも意識を奪われかねない凄絶なものであるが、精神力で耐えてみせた他の三人は、先陣を切った勇者に続いて刃を振るう。

 

「うおおおおっ!!!」

「ぐぅ!!!」

 

 一護が折れた卍解をがら空きの胴体に叩き込む。

 刀身を折られた以上、最大限の力を発揮することは叶わないが、なればこそ残る全ての力を振り絞るしかあるまい。

 過剰に注ぎ込む霊圧。器たる刀が爆砕しかねない力を注ぎ込んだ一撃は、ユーハバッハの口から苦悶の声を引き出す。

 

「小癪なァ!!!」

「鎖斬架っ!」

「ぬぅ!?」

 

 魔眼を見開かんとする魔王へ瓦礫が押し寄せる。

 ()()()()によって一纏まりに固められる無数の瓦礫は、折れた鎖斬架を楔にして絡め取った虚白による目潰しであった。

 

 如何に猛威を振るう『全知全能』とて視界を潰されれば途端に効力を制限される。

 すぐさま視界を晴らそうと魔の手を振り翳すが、

 

「───黒虚閃(セロ・オスキュラス)

「がぁ!!?」

 

 すかさず三人の後方に舞い上がったウルキオラが手首に乗せて照準を定める指先から閃光を放ち、怒声を迸らせる口ごと魔王を黙らせた。

 

「まだだ!!!」

 

 怯んだのは一瞬。

 その寸隙に、焰真が全霊の力で弾き飛ばす。

 

「月牙───」

 

 素足で破片や瓦礫に埋もれる地面を疾走する一護が、天鎖斬月に全身全霊の霊圧を込める。

 今尚崩落してくる瓦礫を掻い潜り、走り、跳び、滑り、時には転がるようにして突き進み、魔王の眼前へと飛び込む。この間、十秒にも満たない。

 

 全身に擦り傷を負いながら、一切の気魄を削られていない一護は解き放つ。

 

「天、衝!!!」

 

 天を衝く月の牙。

 獰猛に、そして本能に従って振り翳された一閃は、堕ちてくる瓦礫諸共ユーハバッハの体を呑み込んだ。

 

「無駄な……」

「!」

「足掻きだぁ!」

 

 しかし、魔王を討つにはまだ足りない。

 超密度の刃を破り、重圧を放ちながら堕ちてくる闇は一護へと襲い掛かった。寸前で振り下ろされる手を刃で受け止めるものの、それにより折られた際に刻まれた罅が広がっていく。

 

「くっ!」

「むん!!」

「があっ!?」

 

 隙とも言えぬ隙を衝き、黑い体から滲み出す魔の手が一護を握り、真横の建物へ放り投げる。

 投げ捨てられた少年は、そのまま幾棟もの建物を薙ぎ倒すように距離を取られるが、

 

「うおあああっ!!!」

「まだ来るかっ!!!」

 

 折れた天鎖斬月を地面に突き立て、強引に勢いを殺し、止まった瞬間に大地を踏み砕いて駆け出す。

 

「月……」

「ふんっ!」

「がっ!?」

 

 奔る一護の体に何かが突き刺さる。

 激痛に顔を歪めながら一瞥すれば、呼び起こされた内なる虚(ホワイト)の象徴であった角が、左肩に突き刺さっていた。

 

───『全知全能』で折られたのか?

 

 思考が脳裏を過る。

 

「っ……天!!」

 

 が、直ぐに斬って捨てた。

 

「衝ぉぉぉおおお!!!」

 

 肩を貫かれたまま、二撃目の刃を解き放った。

 一撃目より霊圧の収束は甘い。案の定、ユーハバッハの手に弾かれて霧散する。

 

───いい。それで。

 

 自分がトドメを刺す必要もなければ、これが最後の一撃である必要もない。

 

 繋ぐのだ。

 護廷十三隊の皆が自分達へ繋いでくれたように。

 

 自分もまた、この戦いに終止符を打つ為の一手であればいい。

 

 血反吐を吐きながら、一護は返す太刀を魔王の首へと滑らせる。

 だが、寸前で掌が刃を阻む。たったそれだけの衝撃で折られた際に刻まれた罅は広がり、刀身の破片は辺りに飛び散っていく。

 

「っ!」

「その砕けた刃で何ができるものか!」

「できるさ!」

 

 圧し掛かる霊圧に食って掛かるように、負けじと霊圧を解き放つ。

 

「俺が折れねえ限り……───アンタを止められる!!!」

「っ……!!!」

「止めてみせる!!!」

 

 ただの言葉。

 にも拘わらず、その気魄に押されたユーハバッハの体は硬直する。

 

 弛緩した霊圧と筋肉。その所為か、天鎖斬月から溢れ出す暴力的なまでの霊圧が、ユーハバッハの掌を薄く裂いた。

 

「───世迷言を!!!」

「ぐっ!!?」

 

 怒声を飛ばす魔王が、天鎖斬月の刀身に指を突き立てる。

 鋼鉄よりも固き刃に食い込んだ指は、逃れようと一心になって身を反らす一護を引き寄せ、黒白の刀身を地面に埋めた。

 

「くっ!」

「ならばお前の身と心と刃……全て髄から打ち砕いてやろう!」

 

 絶死の力を凝縮した掌が、今度は一護の胸目掛けて突き出される。

 瞠目する一護だが、

 

「おおォ!!!」

 

 瓦礫を砕き、舞い降りた焰真が振り下ろした刃が魔の手を斬り落とす。

 骨肉を絶たれた手は、重力に引かれて地面に転がる。瞬間、凝縮されていた力が破裂し、一帯を覆い尽くす大爆発を巻き起こした。

 当然、爆心地の近くに居た三人は巻き込まれる。

 予見していたユーハバッハと超次元の霊圧の鎧で纏う焰真に対し、一護に関しては真正面から爆風の煽りを受けてしまう。

 

「がは、はっ!!」

「一護ォ!!!」

「よそ見している暇などあるか!!?」

 

 爆風と爆炎にやられ、遥か彼方へ吹き飛ばされる一護を見遣る焰真。

 そこへ哄笑を響かせながら、ユーハバッハの魔の手が忍び寄る。

 

「っ───ごぼっ!!!」

 

 大地を覆う暗黒。それより衝き上がった一本の腕が、焰真の胴を貫いたのだ。

 焰真は吐血し、前のめりに崩れる。

 

 

 その時に出た足が、闇を踏み潰して身を支える。

 

 

「がああっ!!!」

「うごおっ!!!」

 

 両手で握り締めた一刀を、魔王の胸に突き立てる。

 これほどの力を以てすれば如何なる衣や鎧と言えど守りは意味を為さない。まんまと胸を貫かれ赤黒い血を滝のように吐き出すユーハバッハへ、上体を大きく反らして勢いをつけた焰真の頭突きが突き刺さる。

 

「ぐぅ!?」

 

 自傷も厭わぬ全身全霊の一撃に意識を奪われかける。

 

「……これでもまだ視えるかよ?」

 

 そうこうしているうちに視界を釘付けにする義憤に歪む形相から、生温い吐息と芯まで凍てつくような声音が吐き出される。

 刹那、貫かれた傷口に捻じ込まれた左手が臓腑を掻き分け、背骨を握って放さない。

 

「ぎ、がっ!!!」

「絶対に逃がさねえぞ……ユーハバッハ!!!」

「貴様……!!!」

「おおおおおおおっ!!!」

「がああああああっ!!?」

 

 焰真の頭蓋を叩き割らんとするユーハバッハであるが、貫いた刃から迸る劫火がそれを許さない。想像を絶する痛みが、ありとあらゆる抵抗の意志を一瞬にして刈り取った。

 身が焦げるような───骨が熔けるような───臓腑が爛れるような───魂が灰に還るような灼熱。

 ただの炎であればいい。

 だが、その本質は悪業を焼き尽くす浄罪の力を持った霊圧。心の臓に突き立てられ、直接霊圧回路に注ぎ込まれるような真似をされれば、あらゆる霊圧を介して発動される能力を阻害される。

 

 尤も真に恐れるべき点はそこではない。

 浄罪の力の本質は簒奪。悪業を吸い上げる事にある。

 即ち、星煉剣の浄炎に焼かれ続かれる限りユーハバッハの魂に刻まれた業は、

 

「お、のれぇぇぇえええ!!!!」

「このまま……()えてなくなれぇぇぇええ!!!!」

 

 『業魔(カルマ)』によって、命尽きるまで燃え上がる。

 

「滅えるのはっ、貴様だああああああああ!!!!」

 

 本能が警鐘を鳴らす命の危機に、魔王が刮目する。

 要は自身の業が奪い尽くされるより前に、目の前の死神を殺せばいいだけの事だ。辺りに満ちる闇を思い通りに蠢かせ、命を奪う形に削り上げる。

 

 鋭く研ぎ澄まされた鋒は、無防備な脳天に狙いを済ませた。

 

「死───」

「死ねェ、ユーハバッハぁぁぁあああ!!!」

「っ!!?」

 

 不意を衝く豪火が魔王の腕を射抜いた。

 直後、思わぬ援軍は焰真へと迫る死の脅威を炎と共に焼き斬ってみせる。

 

「バザード・ブラック……!!! 貴様の出る幕ではないわ!!!」

「ぐぼぁ!!?」

 

 赫怒と共に舞い降りたバズビーであるが、力の差は覆し難かった。

 不意打ちこそ決まったが、矛先が自分に向いた途端、避けることも受けることも叶わず、その胴体を暗黒に貫かれる。

 

「───ニング……」

「!」

「フル・フィンガーズ!!!!!」

 

 されど、炎は潰えない。

 

 今際の際に瀕する命を燃料に、我が身諸共焼いて燃え盛るバズビーの抵抗は、時間にして数秒魔王の目を釘付けにしてみせた。

 

「っ───邪魔だァ!!!」

 

 火に油を注がれた魔王が吼え、貫いた掌の中の心臓を握り潰す。

 すれば、一矢報いるべく燃え上がっていたバズビーの瞳から光は消え失せた。現れてから殺すまで一分と経たず。

 されど、それで生み出された隙は勇者の背中を押した。

 

「───!!!」

「やああ!!!」

 

 追いついた二匹の虚。

 失った心で魂を鎧う哀れな人の成れの果ては、他ならぬ心が発する衝動がまま刃を振るう。

 

───今だけは……!

 

 この時ばかりは、如何なる弱者の足掻きであろうが無視できるものではなかった。

 さもなければ、滅罪の炎にたちまちに魂を焼き尽くされてしまう。

 その手に命を握られたユーハバッハは、最早体裁を取り繕う余裕も失い、なりふり構わぬと言わんばかりに全身の闇を解き放った。

 

「うぬぁぁぁああ!!!」

 

 無差別かつ全方向への攻撃。

 避けられぬ者は居ない。例え受け止めようとしたところで虚二匹を殺す程度訳がない威力だ。

 

「フハッ!!!」

 

 思わぬ笑みが零れ出た。

 ユーハバッハが目の当たりにしたのは、爆裂する闇に片腕を捥がれる二人の姿。思い描いた光景が瞳に映った彼の顔には、安堵したかのような笑みが浮かび、

 

「チィ……───!!!」

「がああああああ!!!」

「なッ……!!!?」

 

 瞬く間に崩れ去った。

 

 片腕を千切られながらも吶喊する白と黒。

 その手には未だに剣と槍が握られており、瞳に宿る戦意も欠片ほど奪われてはいなかった。

 

───不味い。

 

 すかさず二撃目を繰り出さんと、今度は自らの腕を振り翳す。先の無差別攻撃では仕留めきれぬと断じての行動であった。

 魔の手は剣を掻い潜り、白と黒の肚を難なく突き破る。

 間もなく血の華が宙に咲く───しかし。

 

(とら)えたぞ」

「両腕もーらいッ……!」

 

 黒は囁く。残った片腕と尻尾で魔の手を握り締め。

 白は嗤う。残った片腕と鎖翼で魔の手を握り締め。

 

 引き抜けない。

 どれだけ力を込めようと、その手に纏わりつく血肉を外へ引きずり出す事は叶わない。

 

「貴、様らぁぁぁあああ!!!」

「燃えろ、星煉剣ぇぇぇえんッ!!!!!」

「がああああッ!!!!?」

 

 魔王を貫く剣が燃える。

 刹那、両腕を封じる二人ごとユーハバッハの体は空へと昇り行く。

 

 炎は燃える、天高く。

 闇を焼き払うように、どこまでも、どこまでも。

 

 

 

「はあああああッ!!!!!」

「こ、の程度、で……」

「ああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

「殺せると思うなあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』

「がああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 まさしく熾烈。

 まさしく死闘。

 

 佳境へと入る最終血戦は、死線を跨ぎ続けるかの如く生と死の境目の間で繰り広げられていた。

 

「ッ……ぐぅ……クソッ!」

 

 空高く光り輝く光を見上げ、死に体を晒す一護が血反吐を吐く。

 先の爆撃で最早満身創痍。天鎖斬月は手元になく、残された力も無に等しい。それでも立ち上がらねばと少年は奮い立つ。

 

「立て……立てよッ……立てよ、この野郎!!!」

 

 だがしかし、震えた手足は身を起こすには及ばない。

 崩れた先で這い蹲って地面を舐める一護は、不甲斐ない己への怒りの余り涙を流す。

 

「今立たなきゃどうすんだ……立てなきゃ何も護れねえままだろうが!!!」

 

 一途に何かを護ろうとしていた少年の想い───その魂からの叫びは地を揺らし、空に響き、

 

 

 

「───情けねえ面見せてんじゃねえよ!」

 

 

 

 一人の心を突き動かした。

 

 刹那、涙すら枯れ果てた体に力が満ち満ちる。

 漲る。恐怖に強張り、絶望に罅割れ、それでも立ち上がらんと湧き上がっていた闘志さえも尽きかけていた体にどこまでも───優しい想いが滲んでいく。

 

 するや、襤褸切れ同然であった死覇装に変化が訪れる。

 纏う卍解───誰が言ったか、一護の力はそういう形をしていた。

 満ち足りていく霊力に呼応し蘇る黒衣。だが、延々と注がれる力は死覇装のみならず、いつぞやに奪われたはずの白い骸骨の鎧を成す。

 

 名は知らぬままだった。

 しかし知る必要もない。

 

 彼もまた───『斬月』なのだから。

 

 溢れる漆黒の霊圧。

 気づいた時、一護はさしのべられていた剣の柄を取った。刀身が罅割れて見るに堪えない姿を晒しているとしても、漲る力を前には些少の問題にもならないだろう。

 

「立て、一護!」

 

 手に取った瞬間、折れかけていた剣を差し伸べていた人物に身体ごと引き上げられる。

 

 流れる霊圧から何者かは見当がついていた。

 それでもいざ目の前にすれば胸に込み上がる熱い想い……そして注がれた想いに目尻から一筋の雫が伝い落ちる。

 

 

 

「ッ……銀城……!」

「まだ終わってねえんだろ! しっかりしやがれ!」

 

 

 

 体力まで元に戻った訳ではない一護の肩を支え、銀城が檄を飛ばす。

 

()()()()()()()()()()()()! こいつでケリをつけてこい!」

「ッ……!」

「どんな敵が相手だろうが関係ねぇ! 絶望じゃてめえの足は止められねえんだろ!?」

「……あぁ……!!」

「だったら見せつけてやれ! てめえの力を!」

「ああ!!!」

「てめえがどれだけ護りてえのか、その心の強さを!」

 

 少年は力強く頷き、飛び立った。

 

 

 

「───ありがとう、みんな!!!!」

 

 

 

 真紅の翼を羽搏かせ、最後の希望は飛び立った。

 霊圧で形作られた一対の翼は星を瞬かせる。祈りを捧げる人々の想いを背に、どこまでも高く、高く───影を浮かび上がらせる光の下へ。

 

 

 

『───うおおおおおおおお!!!!!』

「───ぐおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 遥か天高く。

 眼下に広がる真世界城や零番離殿だった大地も、最早目を凝らさねばならぬ程に小さくなる空の涯で、魔王と勇者は己が魂を焼き焦がす。

 

「ぐッ……うぅ……!!!」

「頑張れ、アクタビエンマ!!! もうちょっと……もうちょっとだから!!!」

「あぁ……解ってるッ!!!」

 

 しかし、限界は近い。

 幾ら超絶とした力を持っていると言え、所詮は人の身。霊力ならば兎も角、大量の血を失っても尚動けるほど霊体は万能ではない。

 

 焰真は血走った瞳で獄炎を燃やす。

 血と涙と汗に汚れる顔は筆舌に尽くし難い鬼気迫ったものであり、対峙する敵に畏怖を覚えさせながらも、間もなく訪れる終焉に勝機を見出させていた。

 

「限界か……焰真よ……!!!」

「まだだ……まだ終わらねえッ!!!」

「いいや、終わる!!! 貴様らの魂は我が力によって滅ぼされる!!! この世界と共に!!! だからお前は……」

「言いたきゃ何とでも言え!!! それでも俺は……」

 

 交わす視線は互いに逸らさず。

 故に、譲らず。

 

 

 

「諦めろおおおおおおおおおおお!!!!!」

「諦めてッ……堪るかあああああ!!!!!」

 

 

 

 譲らぬ望みの激突は、遂に最後の攻防へと移った。

 先に命尽きた方が敗れる。その胸に抱えた望みと共に。

 

 だからこそ勇者は全身全霊を尽くしても尚、魂を燃やして限界以上の力を引き出す。

 しかしながら、勝敗の天秤は間もなく魔王の方へと傾かんとしていた。焼き焦がれる想いを抱きながらも、現実は無情にもより力を持つ夢を叶えようとしている。

 

 それでも、諦めない。

 

 理由がある。

 意地がある。

 誇りがある。

 誓いがある。

 契りがある。

 命がある。

 力がある。

 夢がある。

 託された心がある。

 

 そして、

 

 

 

 

 

「ユーハバッハぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 残された、希望がある。

 

(───なんだ、あれは)

 

 はじめは太陽に視えた。

 

 白む空に浮かぶ、黒い星。

 だが、鼓動を打つように脈動する度に膨れ上がる光は、ただ一人の男が掲げる鋒に浮かんでいる力。

 

 

 

 黒崎一護、彼が託された力の全てであった。

 

 

 

「ッ……一護、貴様ァ!!」

「はあああああッッッ!!」

 

 機が熟したと勇者は奮う。

 

「よもや忘れた訳ではあるまいな!!」

 

 だが衒う様に魔王も叫ぶ。

 

「貴様には我が血を……()()()()()()()()()!!」

「!!」

「その力の全て!! 我が聖別で奪い取ってくれよう!!」

 

 全ての滅却師はユーハバッハと繋がっている。

 それは一護も例外ではない。

 過去に聖別を免れた少年も、第一次侵攻の折に注がれた王の生血により紛れもなく霊魂の奥深くまで刻み込まれていた。

 

 

 

 掠奪の魔の手から逃れる術など───無い。

 

 

 

「さあ!!! 返してもら……───ッ!!?」

 

 

 

 はずだった。

 

「こ、これは……!!?」

 

 ユーハバッハの胸に浮かび上がる五芒星。

 心臓を中心に広がる青く縁どられた白銀の光は、闇を纏っていた魔王からその衣を奪い去った。

 

───聖別が使えない。

───いや、聖別だけではない。

───()()()()()()使()()()()()()

 

 無に帰る。

 たった一瞬だけ。

 この数千年の結実が。

 

(馬鹿な───まさか!!?)

 

 勇者にとっては千載一遇の好機。

 魔王にとっては折悪しき星の巡り。

 

 偶然ではない、まさしく奇跡と呼ぶ他ないタイミングだった。

 だが、魔王は奇跡など信じてはいない。

 

 最初から狙っていたかのようなタイミング。

 聖別を遣わざるを得ぬ程に追い詰められた瞬間に発動する術式に、魔王の慧眼が己が手で命を奪った神算鬼謀の計略家の顔を思い浮かべる。

 

(───浦原喜助、奴め。この期に及んで)

 

 護廷十三隊による一斉攻撃。

 その初撃を担った彼が鬼道に乗じて何かしらを埋め込んでいたのだろう。

 

 而して、魔王の予想は的中していた。

 

 これは弱体化した彼が聖別を遣おうとした時にのみ、効力を発揮するよう組み合わせた鬼道の術式。

 ()()()()()()()()()()と共に発動する効力は───たった一瞬だけ、滅却師の王(ユーハバッハ)の全能力を無にすること。

 

 たった一瞬。

 されど未来を繋ぐには十分な時間。

 

 応えねば───皆の想いに。

 叶えねば───皆の願いを。

 

 それを為すのに欠かせぬものを少年は既に知っている。

 

 

 

「俺に出来るのは───全ての力をこの斬撃に籠める事だけだ!!!!!」

 

 

 

 紅い光の尾を引き天より舞い降りる流星は、その剣に願いを込め、

 

 

 

「───月牙」

 

 

 

 斯くて刃は振り下ろされる。

 

 

 

「天、衝ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「───ぐ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 爆ぜる漆黒の霊圧。

 空の絶叫を置き去りに、白む空を縦に裂く黒閃は下へ下へと軌跡を描いて堕ちていく。一人の男の断末魔と共に。

 

「おおおおおおおおおおお!!!!!」

「ぐ、ぎぐ、がぁ、があァ!!!!!」

 

 逃れんと王は藻掻く。

 潰れる肉を、砕ける骨を、軋む魂を突き動かし。

 

 だが、逃れられなどしない。

 焰真を始めとした三人がその命を以て喰い止めている。逃げられるなど甘い考えを、一体誰が許そうか?

……否。焰真の下に集った魂の数々は、業深き滅却師の王の逃避を許しはしない。

 

 

 

───奴を地獄に追い立てるまで、永遠に。

 

 

 

「こいつで……!」

「おのれ……い……ちっ!」

「決めろ、一護おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 託される絆の力。

 刃は強く煌いた。

 

 

 

「これで……終いだああああああああああああああ!!!!!」

「一護ぉぉぉおおおああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 急転直下する流星が大地を穿つ。

 零番離殿の中央。真世界城の跡地。崩壊した新世界の礎に降り立っても尚、一護の放つ力は尽きない。

 全身全霊、まさしく心血を注いだ究極の一撃は五芒星に形作られた大地に張り巡らされる霊脈を逆流していく。断割する大地からは黒々とした力の奔流が溢れ出し、世界の終末と錯覚せん壮絶な光景を創り上げる。

 

 

 

 しかし、それは紛れもない希望の星。

 

 

 

 遥か高みより眺める絶望を絶ち切る───天を鎖す太陽だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「───はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 空に星を描いた一護は、荒い息遣いで辺りを見渡す。

 惜しみなく全霊を注いだ彼に残る力はない。だが、それだけの力を注いだ甲斐があったのか、クレーター同然に陥没した大地にユーハバッハは影も形もなくなっていた。

 

 勝利。

 脳裏に過る二文字により辛うじて一護を支えていた気力が途切れ、あえなく崩れ落ちた。

 

「ぐッ……!」

「───手間のかかる」

 

 しかし、倒れる寸前でウルキオラが一護を支えた───尻尾でだが。

 

「……もうちょいやり様があんだろうが……!」

「俺も腹に穴を開けられているんだ、文句を垂れるな」

「へーへー」

 

 気の抜けた返事を返し、一護は焰真の方を見遣った。

 

「そっちは大丈夫か……」

「……生きてる……って意味なら大丈夫だ」

 

 同様に胸に風穴を開けられた焰真だが、血の気がない以外、至って平然とした様子を浮かべている。

 

「良かった……」

「あはは、そうだね……ボクはドーナツの方がいいかな」

「うおおい、良くない奴が一人いたぞぉ! 誰か救急車ァー!」

 

「ねえよ」

 

 妄言を叫ぶ一護へ、焰真が淡々とツッコむ。

 全員仲良く満身創痍。超速再生を以てしても臓器欠損はどうにもならない。早急な処置をしなければウルキオラと虚白も死に至るだろう。

 救いようのない状態に呆れた様子のウルキオラが口を開く。

 

「どうする、全員真面に動けないぞ」

「あー……まあ、石田達が居るしなんとかなるだろ」

「井上織姫は?」

「あぁ、井上か……確かに───ん? ウルキオラ、お前今……」

「……なんだ」

「……いや、別になんでもねえよ。案外あいつのことちゃんと認めてんだなーって。そんだけだ」

「そのニヤケ面を今すぐやめろ、気色悪い」

「んだとっ!!?」

 

「やめろ……俺ら全員死にかけなんだぞ……」

 

 打ち解け合っているかと思えば、すぐに喧嘩が始まった。

 顔面蒼白の焰真は苦笑いで仲裁に入り、その間も泡を吹いている虚白はぶつぶつと空言を呟いている。

 

 そんな光景を望み、一護は晴れやかな笑みを浮かべてみせた。

 

───微かな翳りを隠せぬまま。

 

「……ユーハバッハは倒したんだ。あとは皆がなんとかしてくれるって信じようぜ」

 

 諸悪の根源は討った。

 時期に戦争は終わるだろう。

 

 それだけでも、この戦いに意味はある。

 

 死んだ仲間の無念を晴らし、世界を救えた。

 失った命は取り戻せないが、彼らが命を賭した価値があると護り抜いて証明できた。

 

 傷ついた身と心を慰めるにはまだ足りない。

 だが、そんな傷を抱きかかえても歩んでいかねばならぬと誓った以上、膝を折る訳にはいかない。

 

 

 

「見ろよ……こんなに綺麗な朝日、俺は初めてだぜ」

 

 

 

 四人が見遣る朝焼け。

 既に太陽は地平線より昇り、遍く命を照らさんと光り輝いている。

 

 明るく、温かく。

 

 どこまでも広がる陽の光は、冷え切った優しく魂を包み込む。

 

 

 

 

 

「終わったとでも思ったか?」

 

 

 

 

 

『!!!』

 

 響く声。

 咄嗟に身構える四人。だが、闇は彼らが剣を握るよりも早く、晴れ渡った空を暗幕で埋め尽くす。

 

 

 

───生きている、奴は。

 

 

 

「ユーハバッハぁ!!!」

「もう、遅い」

 

 魔の手が四人を貫いた。

 

 余りにも呆気なく、その手に掴んだ心の蔵を、奮い立った魂の髄を握り潰した。

 急速に熱を失う体に振り絞れる力はなく、辛うじて持ち上げた腕すらも、這い上がる暗黒は無情に飲み込んでいく。

 

「ぐっ……うっ……!」

「残念だったな。私の力は───未来を書き換える」

「がっ……!」

 

 浮かび上がるユーハバッハは、辛うじて人の形を保った闇そのものだった。暗い、暗い黒に眼と口だけを描いたような不出来な有様。

 

 しかし、魔王は健在していた事実に変わりはなく。

 

 念入りにもう一度凶刃を突き立て、抵抗する余力の悉くを奪った魔王が語る。

 

「実に見事だった。お前達が謳う心より湧き出る力……私に一生拭えぬ死の恐怖を植え付けたことは褒めてやろう」

「ユーハ……バッハ……!」

「だが世界は滅びる。今この時をもってな」

 

 睨み上げる一護と焰真の首を持ち上げながら悠々と語れば、荒廃していた街並みを打ち崩す力の奔流が噴き上がった。

 すれば建物が倒壊する轟音と空中楼閣が崩れ去る激震が伝わってくる。砕けた破片は瀞霊廷目掛けて落ちていく。あれほどの質量のものが落下しただけでも瀞霊廷は壊滅的な被害を受けるだろうが、それを止める手立ては残されていない。

 

「終わりだ、何もかも」

 

 光を失い始める瞳を見据え、魔王は嗤う。

 

 

 

 

 

「せめて共に見届けようか───終わりゆく世界の涯をな」

 

 

 

 

 

 血に濡れる腕に伝わる鼓動は、次第に弱まっていく。

 腕を掴んでいた手も滑り落ち、二人は糸が切れたようにガクリと項垂れた。

 

 静まり返る魂の脈動。

 されど、世界を破滅に揺らす力は轟々と鳴り響く。昇り行く朝日すらも覆い隠す巨大な影は、魂の故郷たる尸魂界を暗黒に鎖して崩す。

 

 幽かな光すらも許さぬ天幕は、そうして世界を覆い尽くした。

 生命の息吹は次々に絶え、その魂は魔王の許へと還っていく。

 

 刻一刻と高まる力につれ、湛える笑みの口角は三日月の様に吊り上がる。

 

「フフフフフ……フハ、フハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 崩壊の音に紛れる魔王の嗤笑もまた延々と響き渡る。

 

 

 

 世界が崩れ落ちる───最後の時まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして世界は、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───いい夢は視られたかよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!?」

 

 ()()()()()()

 間違いなく崩れ去ったはずだった。

 

「なっ……なんなのだ、これは……!?」

 

 しかし、崩れた世界の涯に広がっていたのは黒腔や永久の闇でもなければ、世界が崩れる直前の零番離殿そっくりそのままの景色。

 思いもよらぬ事態に()を疑うユーハバッハは、今一度崩れゆく世界を見遣る。

 だが、何度見返したところで風景に変わりはない。

 自分と刃向かった者達の死闘の余波で廃墟と化した街並み。最後に繰り出した月牙天衝で禿げた土地もそのままだ。

 

「いくら視たところで変わりゃしねえよ」

「貴様……一護!」

 

 ノイズが晴れるように開ける景色。

 その奥に佇む四人の勇者は、先程トドメを刺す前となんら変わりの無い姿で立っているではないか。

 

「馬鹿な、一体どうやって……!?」

「───『画面外の侵略者(デジタル・ラジアル・インヴェイダーズ)』」

「……なんだと?」

「月牙天衝をぶち込んだ時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

───言っている意味がわからない。

 

 

 

 困惑。それが焦燥を呼び、最後に恐怖を湧き上がらせる。

 

───わからない。一体奴は何を話しているのだ?

 

───わからない。一体どうやって『全知全能』の眼を欺いた? 

 

───わからない。奴は何を目論んでいるのだ?

 

 未知を知った途端、ユーハバッハの胸には恐怖が満ち満ちる。

 背筋が凍り、鳥肌が立つような怖気。久しく───否、生まれて初めてとも言える恐怖を前にユーハバッハを身動ぎすらできなかった。

 

「そんなはずが……私の力を欺くなど……!」

「できやしねえだろうな。未来を見通すアンタには。()()()()()()()()()

「……待て」

「なにせ初めての能力だ。詳しい条件とか制限とか、小難しいのはちっとも分からなかったぜ」

「待て……!」

「けど、千年も時間かけりゃあ大抵の条件は満たせんだろ。だから、今この瞬間作動するように()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「お前は───何を言っている!!!?」

 

 

 

 怒号に等しい声を響かせ、ユーハバッハは踏み出した。

 

 関係ない。如何なる力を使ったとて、今再び奴等を殺せばいいだけの話だ。傷も癒えず、力も回復していない四人を殺すなど容易い真似だ。

 

 そう自分に言い聞かせ、魔の手を振り翳す。

 

 

 

───そして時は満ち足りた。

 

 

 

「なん……だ、これは……!!?」

 

 ユーハバッハは己の胸から噴き出す炎に眼を見開く。

 単なる炎でもなければ、星煉剣の浄火でもなければ。

 しかし、炎が盛んに燃え盛っていくにつれ、滅却師の王は自分の中からある者が蒸発するような感覚に襲われた。

 熱が消え失せ、欠片が零れ落ちる感覚。

 刻一刻と虚無に襲われる心身に怯える魔王は、その時漸く自分の身に何が起こっているを悟った。

 

 悟ったが、認めたくなかった。

 

「そんな、私の……()()()()……っ!!!?」

「───アンタの力じゃねえよ」

 

 冷淡に、一護は言い放つ。

 

「そいつは……アンタがこれまで奪ってきた皆の力だ」

「違う……これは……そんな馬鹿な……!」

「頭で理解できねえなら、その眼にしかと焼きつけろ!!!」

 

 審判を下すように、一護が刃を振り下ろす。

 刹那、魔王の体より一条の光芒が天を衝き上げた。

 

「私のォ……っ!!?」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?」

 

 断末魔と共に、どこまでも高く昇り行く光の柱。

 それはやがて太陽よりも眩い珠となって浮かび、荒廃とした霊王宮だけでなく、遥か真下に佇む瀞霊廷をも照らす太陽と化す。

 

 温かな、温かな命の光。

 それは凄惨な戦争で血塗られた戦場を洗い流す光の雨となって、四方八方へと振り撒かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───聖別(アウスヴェーレン)───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あらゆる者から奪い取った力は、今を以て傷ついた者達を癒す慈雨となる。

 

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