BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*98 Save The One, Save The All

───口が喘いでいる。

 

 

 

───耳を塞いでいる。

 

 

 

───手が震えている。

 

 

 

───足を曳いている。

 

 

 

───心が拒んでいる。

 

 

 

 言い放たれた言葉は理解し難い内容。

 困惑、放心、焦燥。三者三様の様相を呈す場の中、受け入れられぬ事実に吐き気を催す者の顔からは血の気が引き、あまつさえ嘔吐く始末。

 そこまで至らずとも、緊張した面持ちを湛える一護は折れた天鎖斬月を構える。

 

 すれば、全身が白く染まり返った人間が振り返った。

 髪も、衣も、何もかも。

 

 朝日を照り返す程の純白。

 しかしながら、清廉な色の奥に潜むドス黒い“何か”を感じずには居られない者が一人。

 

「てめえは……誰だ」

「……言ったはずだ。“王”だと」

「ッ───ユーハバッハなのかって訊いてんだよッ!」

 

 痺れを切らした一護の怒声が飛ぶ。

 彼の言い放った問いの意味を理解するや、織姫や泰虎が拳を握った。隠し切れぬ緊張感は瞬く間に波及し、集まる者達は自然と剣を握る。

 しかし、体が構えたところで頭は───心で覚悟を決められた訳ではない。辛うじて臨戦態勢に入ったところで、いざ剣を振るえる者はどれほど居るだろう。

 

「……嘘だと言ってくれ……」

 

 か細く震えた声でルキアが紡ぐ。

 脳裏に過る走馬灯は、これまでの人生における焰真との思い出。

 霊術院で出会い、十三番隊で切磋琢磨した関係。劇的な場面もそうでない日常の風景も共にした掛け替えのない仲間は、体を、心を、その魂を易々と明け渡す柔な男ではない。

 

───信じている、だから。

 

「焰真!!」

 

───帰ってこい。

 

 

 

「“朽木”……ルキア」

 

 

 

 彼の口が唱える。

 瞬間、天鎖斬月の一閃が解き放たれた。

 爆音に次ぐ暴風が周囲を襲う。一瞬の出来事に唖然とするルキアであったが、鉄の焼ける───一発の霊弾により銃創を刻まれた刀身より漂う臭いに、淡い希望を潰され悲嘆に明け暮れる顔を浮かべた。

 涙を流す余裕すらないルキアに代わり、彼女を凶弾から護った一護が義憤のままに口を開く。

 

「てめえ……自分が何をやったのか分かってんのか!」

「……“敵”を滅却(ころ)す。そこに何の疑問がある?」

「焰真の体で好き勝手ほざいてんじゃねえぞ!」

 

 とうとう堪忍袋の緒が切れ、一護が王を騙る男へ刃を振り翳す。

 

「返せ! その体は焰真のもんだ!」

 

 振り下ろされる斬撃は、三度竜巻を巻き起こす。

 尋常ならざる霊圧により引き起こされる霊子の震動は、天に浮かぶ霊王宮全土に伝播する。

 それほどの衝突だ。全快とまではいかないものの、十分に回復した一護の放った一撃は、まさに天を割る威力。

 

 真正面から受け止めようものなら、如何なる強者とてただでは済まない。

 

「!」

「───違うな」

「嘘……だろ……!?」

 

 王は、健在していた。

 死神、虚、滅却師、完現術───全ての力が混じった一閃を易々と受け止める王は、滅却十字を思わせる五芒星を浮かべた瞳を細め、天鎖斬月の刀身に指を突き立てる。

 

「私はユーハバッハではあり、ユーハバッハでないもの」

「だったら……一体誰なんだ!?」

「私は───滅却師そのものだ」

「……!」

 

 記憶が蘇る。

 

───『私は“斬月”ではない』

───『私はお前の中の滅却師の力の根源』

───『ユーハバッハであり、ユーハバッハでないもの』

 

───『……どうしてだ』

───『どうして俺は斬った?』

───『どうしてこの剣は俺の手を放れねえんだ……?』

 

───『我が聖文字は“A”、“全知全能(ジ・オールマイティ)”』

───『全ての力を奪い、与える』

───『我が剣に宿る我が霊圧をお前に与える事もできる』

 

───『その流れ込んだ私の力がお前の血に呼びかけたのだ』

───『許せぬ筈だ。許せぬ筈だ』

───『お前に滅却師の血が流れるならば───』

 

(やっぱりあの時と同じ……!)

 

 一護の表情が歪む。

 次の瞬間、歪む王の右手より血が伸びる。

 青い静脈のような紋様は受け止めている刀身全体に広がり、

 

───『貰うぜ、お前の完現術』

 

 脳裏に過るデジャブ。

 そう───吸い上げられていくのだ、何もかも。

 

 二度目の喪失を思い起こす一護だが、刀身を引くことも叶わぬまま、天鎖斬月と肉体を鎧う骸骨が音を立てて崩れては、王の許へと還っていく。

 

「そんなッ……!!?」

()()()()()()()()()()()()

「ぐっ……がああああ!!!」

 

 雄叫びを上げ、何とか掠奪から免れんとする一護。

 だが、想像を超える膂力から逃れる真似は容易ではなかった。

 それでも必死に抗う少年の心に呼応するかのように、天鎖斬月の白い外殻部分が剥がれ、そのお陰で窮地を脱するに至る。

 

 しかし、ただ抜け出すのを許す王ではなく、取り戻そうとしていた力が自分から離れるや、空を握っていた掌から爆炎を解き放つ。

 

 赤く縁どられた断罪の炎が一護を襲う。

 

「があッ!?」

「一護!」

「……黒崎一護。貴様も滅却師の血を継ぐ者であるのならば解るはずだ」

 

 諭すように語を継いだ王は剣を掲げた。

 それが振り下ろされるのを許さぬと飛び出した影は二つ。白哉と剣八が各々の斬魄刀を振るい、滅却師を自称する焰真の攻撃を阻止せんと試みる。

 

「───御免」

「ぶった斬れば正気に戻るか、おい?」

 

 遠慮は無い。

 手心も無い。

 

 誇りに生きる男だからこそ。

 戦いに生きる男だからこそ。

 

 たとえ恩人と言えど。

 たとえ部下と言えど。

 

 その一閃には一片の迷いも無く。

 

「───この血を巡る憎しみが」

「「!!」」

 

 だがしかし、王には届かない。

 寸前で止められる刃。王の手中に収まった星煉剣に止められた白哉と剣八は、びくとも動かない切先に瞠目しながらも、尚の手に込める力を強める。

 

 迸る霊圧で大気が震え始めた。

 既に幾度となく超絶とした力の激突の余波に襲われた霊王宮だ。あちらこちらの地面には、圧し掛かる力に耐えかねるかの如く亀裂が広がっていく。

 

「この血を焼く怒りが」

 

 刃に炎が迸る。

 赤く縁どられた白い清廉な炎。悪しき魂を罰する断罪の炎を解き放つ星煉剣により、斬りかかった二人は敢え無く吹き飛ばされた。凄絶な火勢はそれだけで隊長二名の表皮を抉り、癒えたばかりの肉体に痛々しい傷を刻み込んだ。

 

「兄様!」

「更木隊長ォ!」

 

 吹き飛ばされた二人の姿に、ルキアと恋次の悲痛な声が上がった。

 が、その間も迸る断罪の炎が止むことはない。

 

「やめろ、焰真!」

 

 星煉剣の力を知る一人だからこそ、一護は叫ぶ。

 始解では虚のみに作用する炎も、卍解となれば死神や滅却師にも通用する。仮にこのままこの場に居る面々が炎を浴び続ければ、いずれは焰真に憑りついた王に全員の命も手の上となろう。

 

 一刻の猶予もない状況に、一撃見舞われて血を流す一護は跳んだ。

 標的は焰真ではない。彼の体を───魂を乗っ取る不届きなユーハバッハの力だ。

 

───なんとしてでも止めなければ。

 

 自然と柄を握る力も強まる。

 

「ユーハバッハの力になんか負けてんじゃねえ! お前はお前だろ!? ルキアに……皆に手ェかける真似なんかするんじゃねえよ!」

「芥火焰真は───死んだ」

「ッ……ふざけんじゃねえ! 出てこい、ユーハバッハ! そんなに滅却師の体が欲しいなら、俺がくれてやる!」

「二度も言わせるな。私はユーハバッハでもない」

 

 天鎖斬月と星煉剣が切り結ぶ。

 どちらも全ての種族の力を融合させた奇跡の一振り。交われば天を割り、大地を裂き、海を分かつ。

 

 それほどの力の衝突を制したのは、

 

「グッ!?」

「……この世界をどれだけの時間見守ってきたか」

「ガッ……がは!」

「それがこの様か」

 

 噴き上がる炎に耐え切れず、一護の体が宙を舞う。

 追撃を仕掛けるように王の鋒が掲げられる。

 しかし、剣先に収束する霊圧ごと横から迫ってくる凍気に凍らされる王は、氷の中で純白の斬魄刀を構える死神を見遣った。

 

「……」

「……焰真……本当に貴様ではないのだな」

「そうだと言った」

「ならば……せめてこの手で斬り捨てる」

 

 目尻より剥がれて落ちる氷片は、地面に叩きつけられて砕け散った。

 その様子を見ても尚、平然と佇まいと崩さない王は空を仰いで息を吐く。朝日が昇る空はまだ赤らんでいる。反面、吹き抜ける空気は冷涼であり、大きく吸い込めば身が引き締まる感覚を覚えた。

 

「……百万年だ」

「?」

「尸魂界……現世……虚圏……三界が生み堕とされてから過ぎた時間。その間積もりに積もった憎悪と憤懣は……───この世を焼き尽くして尚余りある」

『!!?』

 

 劫火だ。

 彼を言い表すには、それ以外の言葉は見当たらなかった。

 世界を焼き尽くす大火を迸らせる王は、身構える死神や虚を目指して歩み寄る。踏みしめる度に、鉛の如く重みが圧し掛かってきた。

 

 これは霊圧だ。

 段違いの、桁違いの、次元が違う領域の力。

 聖別によって与え尽くしたならば、これほどまでの力は残っていないはずだ。

 

───ならば、この力は誰のものだ?

 

 既に頭の中では解が出ている。

 それでも偏に認められぬ理由は、立ちはだかる青年の姿にあった。

 

「全てを奪い返す。手始めに霊王宮を堕とす。朽ちた墓標など必要ない。次に……死神の祖の血族を滅却(ころ)す」

「なんじゃと……?!」

「私が取り戻す世界に死神は不要だ」

 

 夜一の美貌が険しく歪む。

 なにせ敵は世界を滅ぼしかねない力を有しているのだ。現に焰真の肉体から解き放たれる霊圧は、激戦の痕跡が色濃く残る霊王宮に新たな傷を広げ、崩壊へのカウントダウンを早めていく。

 

 このままでは足下が崩れ落ち、全員遥か真下の瀞霊廷へ真っ逆さまだ。

 全員が飛行する手段を持っている訳もなく、早急に対処しなければ全滅は避けられない。

 だが、味方が乗っ取られたという状況に対する戸惑いは未だ拭いきれず、迷いが現れる面々も大勢居る。即座に割り切って斬りかかれる者も居れば、我に返ってくれると信じて待つ者も居る。

 

───これはいけない。

 

 ただでさえ崩玉と融合した藍染に匹敵する力を持つ相手に、足並みが乱れた状態でかかれば死にに行くようなものだ。

 危機を悟る浦原は苦渋に満ちた顔で空に向かって合図を出す。

 

「お願いします!!」

 

 光芒が降り注ぐ。

 突如、全身を覆い尽くす光の柱に瞠目する護廷十三隊であったが、破面や帰面は発生元の空紋へと視線を向けた。

 

反膜(ネガシオン)……!」

 

 大虚が同族を救う際に用いる干渉不可避の光芒は、たった一人の女破面が生み出していた。

 

「こちらです!」

「ロカ!」

 

 優秀なバックアップとして付いてきた従者を見つけたネルが叫んだ。

 するや、浮かび上がる地面と共に一同は黒腔へと引き込まれていく。反膜により殺人的な霊圧から免れたが、依然として表情は険しいままであった。

 

 状況が好転した訳ではない。

 予想だにしていなかった事態に、為す術なく皆殺しにされる未来を避ける為の撤退。捉えようによっては仲間一人を見捨てて逃げ帰っている状況に、二度返り討ちにされた一護は、痛む胸に手を当てながらあらん限りの声を上げる。

 

「焰真!!」

 

 最早慟哭に等しい叫びが轟く。

 

「目ェ覚ませ!! 滅却師の血がなんだ!! そんなもんに操られてんじゃねえよ!!」

 

 距離が遠のく。

 それでも声が届くようにと喉が張り裂けんばかりに言の葉を紡げば、傍に居た仲間達も一斉になって呼びかける。

 

「焰真ァ!!」

「焰真くん!」

「芥火!」

「アクタビエンマ!」

 

 たった一人の魂を呼び戻さんと、大勢が声を重ねる。

 

「信じてるからな!! お前が……絶対に目ェ覚ますのを!! いや、俺が目を覚ましてやる!! だからお前も……ッ!!」

「───退くのならば貴様らは後に回す」

 

 一護の慟哭を遮り、王は審判の手を振り下ろす。

 

 揺れる。

 大気が、大地が。

 天に浮かぶ見えざる帝国の街並みに覆われた霊王宮そのものが、王の裁定によって崩壊を始める。

 尸魂界開闢以来より不沈を保っていた王の居城が崩れ去る光景に、黒腔へ吸い込まれる者は固唾を飲んで眺めていた。

 

───終わる。

 

 一つの歴史が、呆気も無く。

 その無常さと浮世離れした光景に茫然としていれば、王の淡々とした声が未来を告げる。

 

「まずは瀞霊廷だ」

『!』

「死神の歴史に幕を下ろす」

 

 とうとう霊王宮が完全崩壊を始めた。

 

「滅却師も殺し、我が血肉に還らせる」

 

 あちこちの亀裂から噴き上がる赤白い炎は、これより破滅する世界の縮図であるかのようだった。

 ただ見つめていることしかできぬまま、かつてないほどの焦燥と戦慄が見下ろす者の心を震わせる。

 

 だが異変はそれだけではない。

 大地より湧き上がる黒の液体───霊王の力の奔流が滲み出したかと思えば、崩れゆく霊王宮の頭上へと浮かび上がり、巨大な球体を形成する。

 

 漆黒の太陽と形容する他ない存在。

 直後、太陽の表皮が裂けたかと思えば、その奥に佇んでいた瞳が睥睨するではないか。

 

 余りにも悍ましい光景だった。

 人を……いや、世界に向けられる瞳には紛れもない憎悪が浮かび上がっていた。全体に血走ったように浮かぶ血管が脈を打つ度、黒く濁った液体が雫のように零れ落ちていく。

 崩落する周囲の瓦礫を巻き込みながら瀞霊廷を目指す王は、撤退する一護には最早目もくれなかった。

 

 怒りに。

 怨みに。

 憎しみに。

 苦しみに。

 そして悲しみに。

 

 あらゆる感情が綯い交ぜとなった瞳は、ただただ己が敵を見据えるのみ。

 

「焰真あああああ!」

 

 空紋が閉じる直前まで響き渡った叫びは虚空に呑まれた。

 

 朽ちた墓標の破片と共に瀞霊廷を目指す背中。

 それが黒腔へ退く一護が見た最後の光景であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 沈痛な空気が満ちるのは景色が暗いからではない。

 周りを見渡せば憂いを帯びた表情ばかりだ。

 

「……クソッ!」

 

 膝を殴りつける一護が悪態をつく。

 

───何が全部護るだ。

───たった一人を護れなかったじゃねえか。

 

 どれだけ後悔しようと時が戻る訳ではない。

 しかし、後悔せずに居られる程に薄情でもなければ、京楽や白哉のように精神が成熟している訳でもなかった。

 しばし俯いて身動きを取らない一護。

 そんな彼を心配してか、織姫がそっと方に手を掛ける。

 

「黒崎くん……」

「……行かなきゃ」

「え?」

「井上、頼む! 俺の傷を治してくれ」

「! ……うん!」

 

 待っていたと。

 そう言わんばかりに少女の頬が綻び、決意の証である六花が花開いた。

 

───ああ、そうだ。

───彼はそういう人間だった。

───だから、あたしは……。

 

 熱を帯びる頬を隠しながらも、少女の熱意に応えるかのように力を強める双天帰盾は、みるみるうちに一護の傷を癒していく。

 一度は“全知全能”に折られてしまった天鎖斬月も、一護の固まる決意に呼応し、完全なる復活を遂げた。これもまた過去に干渉する完現術の力を引き継いだからだろうか。

 

「おお、皆揃っておるな!」

「和尚!?」

「息災なようで安心したぞ。こちらも霊王の心臓を封印したとこじゃった」

 

 と、見計らったかのようなタイミングで現れる人影。

 浅黒い肌の巨漢を担いだ禿げ頭───兵主部が零番隊と共に、うんともすんとも言わないヤミーを引き連れて現れた。

 

 この破面が居るとなれば……。

 

「ウルキオラくん!」

「喚くな、井上織姫」

 

 分かれたばかりの破面との合流が叶った。

 細やかな再会に織姫が喜ぶ光景を眺める乱菊は、少しばかり目尻を下げつつも、その表情から愁いは拭え切れていなかった。

 

「涅サン達も無事だったんスね、安心しました」

「心にもない事を並べないでくれたまえ、反吐が出る」

「アハハ、信用がないっスねぇ」

「フンッ」

 

 鼻を鳴らしながらそっぽを向くマユリもまた、副官と共に姿を現して生存を報せる。

 浦原に対する態度も相変わらずだ、と周囲の者が思う間、一角や弓親、花太郎と言った面子も合流を果たす。

 

───あいつは……。

 

 別れた場所は自分の居た場所から遠く離れていた。

 真世界城の崩落に巻き込まれたかもしれない。

 それに逃れたとしても、先程の霊王宮と共に瀞霊廷へ落下したかもしれない。

 

 生存は絶望的か。

 暗い影を落とす乱菊は目を伏せた。

 

「ボクも居るで」

「!? ……ギン……」

「っとと。そんなふらふら歩いとったら危な───」

「ふんっ!」

「う゛っ!?」

「……胸の穴は塞がったみたいね」

「せ、せやからって鳩尾殴らんでも……」

 

 生きていた。

 不意をつく生存報告に歓喜と困惑と怒りが混じり合った難易度の高い顔を浮かべる乱菊の拳は、蘇生した想い人へ一撃見舞い、見事悶絶させるに至った。

 

 しかし、期せずして元気を引き出される者も居る一方、冷静に事態を捉える者はその限りではなかった。

 

「これが息災に見えるか?」

「命があるだけマシだと思えェ、すっとこどっこい!」

「ちっ!」

 

 嫌味にも聞こえる言葉に苛立ちを隠さぬ砕蜂であったが、すかさず返される麒麟寺の反応に舌打ちする。

 だが彼女の反応を咎める者が居ないところを見れば、少なからず共感を覚えているからである事は想像に難くない。

 

 呆れる平子やローズ。蟀谷に青筋を立てるひよ里など、零番隊への反応は様々だ。

 そんな彼らの意思を代弁するのは、他でもない総隊長の京楽であった。

 

「そうだねぇ、お互い命があって何よりだ。で? 和尚達も黒腔(ここ)に居るのを見ると、やっぱり徒事で済みそうにはないんだね」

「うむ! 少々厄介な事になってしまった」

 

 事実を認めて首肯する兵主部は告げる。

 

「知っての通り、焰真の霊体は乗っ取られた。このままでは世界の破滅は避けられん」

 

 何度聞いても認め難い内容に、数人が身震いした。

 しかし、知りたい部分はそこではない。

 

「……あいつは自分を滅却師そのものだって言った。ありゃあどういう意味なんだ?」

「ふむ……」

 

 一護の問いに兵主部は顎髭を擦る。

 すれば、今迄に見た記憶がない感傷に浸るような面持ちで、尸魂界の叡智は語り始めた。

 

「……霊王もユーハバッハも人の子だったという事じゃろう」

「……は? どういう意味だよ……はっきりしてくれ!」

「あれは───滅却師の悪意そのものじゃ」

 

 静寂が押し広がる。

 絶句する一護。彼のみならず隣に居た織姫やルキアも言葉を失い、茫然と立ち尽くしていた。

 浦原や京楽といった思慮深い者ならば兎も角、大半は告げられた内容を理解するに至らない。故にその先を求める視線を熱心に送れば、兵主部も僅かに低くくぐもった声を続けた。

 

「一護よ、ユーハバッハからこの世界の成り立ちは聞いたかのう?」

「あ……あぁ」

「五大貴族……死神の祖は超絶とした霊王を封印し、その肉体を抉り、削り、力という力を殺いだ上で身動きの取れぬ結晶の中へと封じ込めた。それから今日まで生きているかも死んでいるかも曖昧なまま存在し続けた。じゃが、言葉こそ口にできぬものの霊王に意思はあった。おんしを霊王宮へ連れてきたのも、他ならぬ霊王の意思じゃ」

「……それが何の関係があるってんだ?」

 

 怪訝そうに眉を顰める少年へ、『想像するといい』と兵主部が続ける。

 

「おんしが世界を護りたいとしよう。じゃが、その為には自分の骨肉を差し出し、誰とも言葉を交わせぬ永遠の孤独を味わうとする……その間、おんしは自分を不全の身に陥れた者達を許せるか? 自分の犠牲も知らぬまま平然と日々を過ごす者達に何も感じぬか?」

「っ……」

 

 仔細を察するにつれ、一護の表情は俯きがちになっていく。

 考えればその通りだ。

 どれだけ志高く素晴らしい人格者であろうと、永久とも知れぬ時の中を孤独に過ごして僅かでも変心せぬ人間がいるだろうか?

 

 今になってユーハバッハの言葉が胸に響く。

 あの時は戦いに夢中で聞く耳を持たなかったが、いざ想像してみれば怖気を覚えて鳥肌が立ってくる。

 押し黙る一護や他の者達へ、兵主部は淡々と語を継ぐ。

 

「……今の焰真に憑りついたおるのは霊王の怨念とユーハバッハの妄念。長い時の間、積もりに積もった死神への恨みと憎しみ、そして理想の世界を作り出さんとする執着心が、焰真の中に流れる滅却師の血を突き動かしておる。その悪しき情動を言い表すのであれば───霊王の虚、とでも呼ぶべきか」

 

 空気が凍てついた。

 虚? それも霊王の。

 言うは易く、理解するは難しい内容に動揺と困惑が押し広がる。

 

「……和尚」

「なんじゃ?」

「今のあいつを止めるには……どうすればいい……!?」

 

 単刀直入に問い質す。

 何よりも知りたい点はそこだ。砂粒程の可能性でも構わない。少しでも希望があるのならば縋り付き彼を救い出したい。

 

 この一点だけは不変だと。

 一護の真っすぐな眼差しが兵主部へ告げていた。

 

「ふむぅ……」

「なんでもいい! 俺は焰真を助けてえ! 今だってきっと必死に戦ってんだ、あいつは!」

 

 喚く子供のように必死に紡ぐ。

 

「あいつは怨みや憎しみなんかで人を傷つけていい奴じゃねえ! 本当は戦いたくなくて、それでも大切なもんの為に涙飲んで剣を握ってるような奴なんだ! そんなあいつが……体乗っ取られててめえが護ろうとしたもん壊す真似なんて、見過ごせる訳ねえだろうが!」

「一護……そうだ。私からも頼む! 焰真を救う方法を教えてくれ!」

 

 一護が放つ魂からの叫びに呼応し、ルキアも腰を折って頭を下げた。

 

「はっきり言って……絶望的じゃ」

 

 が、返された答えは無情であった。

 

「一護よ、おんしも一時(いっとき)乗っ取られたならば解るじゃろう。おんしは腕だけで済んだから良かったものの、焰真は霊王を取り込んだユーハバッハの残った力を全て注ぎ込まれたのじゃ。万全ならば兎も角、力の大部分を失ったあやつが主導権を取り戻すのは至難の業じゃろう」

「だったら……どうすりゃいいんだ!?」

「……霊圧とは生きている限り、無尽蔵に湧き出るもの。仮にあやつを止める術があるとするならば、その魄動を止める他にない」

「ふざけんじゃねえ!!」

 

 そのまま殴りかからん勢いで叫ぶが、一護が最も恨めしく思うのは己の無力。

 

 護りたくて戦ってきた。

 救いたくて抗ってきた。

 

 その帰結が最後まで共に戦った仲間を殺めるものなど認められる訳がない。

 

 誰よりも皆を救いたかった焰真を。

 誰よりも前に立って戦った焰真を。

 誰よりも争いを嫌っていた焰真を。

 

 だが、命を奪わねば悪意の権化は止まらない。

 悠久に等しい時間を揺蕩い、僅かな負の感情が肥大化し続けた怪物は、一護一人の我儘で止められる程に生易しい存在ではないのだ。

 

「選べ、一護。世界を取るか、破滅を取るか」

「っ……!」

「でなければ、おんしの護りたいもの全てが奴に奪われるぞ」

 

 歯に衣着せぬ物言いに吐き出しかけた暴言を呑み込んで食い縛る。

 

 

 

「───いいや、やりようはあるはずだ」

 

 

 

 その時、不意に暗闇で木霊する冷静な声。

 

「石田……?」

「霊力が問題なら、鎖結と魄睡を貫けばいい。違いますか?」

「っ……そうか、そうだよ!! それなら殺さなくても済む!!」

 

 雨竜が告げる打開策。

 鎖結と魄睡───霊力の発生源を司る部位を破壊すれば、必然的に霊体を満たす霊力は時間と共に尽きるはずだ。

 一護も自然と語気を強めて雨竜の策を推すが、しかし。

 

「それは無理じゃ」

「なんでだよ、和尚!?」

「霊力の源を砕いたところで、あやつの血を巡る滅却師の力が消える訳ではない。寧ろ焰真自身の霊力が尽きた時こそ最後。その血に残る滅却師の力に魂全てを奪われるじゃろうて」

「そんな……」

「万が一、可能性があるとすれば……それは焰真自身が己の裡に宿る滅却師の力の根源に打ち克たねばならんじゃろう───まだあやつに自我が残っていればの話じゃが」

 

 無慈悲にも希望を絶ちながら、尚も念を押した兵主部が最後に言う。

 

「あの姿を……あの所業を見ても尚、おんしらはまだ夢を見るか?」

 

 誰も口を開かない。

 楽観的な言葉を口にし、場を和ませられるような雰囲気ではなかった。ただただ黙し、煩わしい浮遊感に苛まれる思考で打開策を練られるはずもなく、無為に時が流れていく。

 

(どうすれば……どうすればあいつを救える?)

 

 一護は剣を握る手を見つめる。

 

(どうすれば……どうすればあいつの誇りを護れる?)

 

 祈るように拳を握る。

 

───あんたは滅却師の“影”を使って俺を助けてくれた。

───あんたは滅却師の“血”を使って俺の血を止めてくれた。

───あんたは滅却師の“力”を貸して弱かった俺を勝たせてくれた。

 

 願うように何度も唱える。

 

(教えてくれ───斬月)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『虚を“斬る”ということは“殺す”ということではない』

 

 

『黒崎サンは知っておいた方がいい』

 

 

  『死神と人間の力を併せ持った相手となら』

 

 

『よい、これは枷だ』   

 

 

『罪を洗い流してやるということだ』

 

 

『前に一度石田サンが滅却師の能力を失くした事があったでしょう』

 

 

『こいつは一度しか見せらんねえからな』

 

 

  『力の受け渡しができるって事実をな』

 

 

『貴様には我が血を……魂を分け与えた事を!!』   

 

 

『そのために……死神がいるのだからな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微かに漏れる、閃きの声。

 

「そうか……」

「黒崎くん?」

「そうだよ……全部だ。()()使()()()……!」

「ど、どうしたの?」

「っと! 悪ィ、井上! なんでも……いや、みんな聞いてくれ!」

 

 譫言のように呟いていた少年を心配する織姫を余所に、当の本人は実に晴れ晴れとした顔を浮かべ、鬱屈とした空気が満ちる場の中心に立つ。

 

「焰真を助ける方法……一つだけ思いついた」

「な……なんだと!?」

「……まさか頭殴って正気取り戻させようなんて案じゃねえだろうな?」

「恋次、てめえ! 俺をなんだと思ってやがる?!」

 

 失礼な物言いに頬を引きつらせながら、一護は息を整える。

 希望が差し込む瞳は眩く、暗い顔を浮かべる者達を照らす。

 だが、その精悍な顔つきが見せる神妙な面持ちが、これより往くであろう至難の道をありありと指し示す。

 

「正直、これは賭けに近え」

 

 下手に隠さず一護が告げる。

 

「でも、俺の頭で考えられる手段はこれしかねえ」

「……よい、話してみろ」

「……ルキア」

「貴様の言うことだ。頓狂な内容かもしれんが、無策で挑むより幾分かマシだ」

「……ああ、サンキューな」

 

 遠回しに焰真を救う事を諦めていない物言いに、一護の固い表情が僅かに綻んだ。

 そして、そのまま周りを見渡した。

 

 すれば、其処に寄る辺を失った子供は居なくなっていた。

 誰もが向かう先を見据えたかの如く、真っすぐな瞳を湛えて少年を見つめている。

 

 その期待に応えるべく、一護は初めに呼び寄せる。

 

「雪緒!」

「なに?」

「おおぉ!? どこから出てきやがった!?」

 

 ヌルリと暗闇から顔を出す少年に、岩鷲が驚きのあまり飛び跳ねる。

 と、人影に隠れていた雪緒に続き、続々とXCUTIONの面々が顔を出す。

 

「なーに、揃いも揃って辛気臭い顔してんのよ! バッカみたい!」

「リルカちゃん!」

「あたしらの完現術の力も分けてやってんだから、ちょちょいのちょ~いで滅却師の親玉倒す手筈だったはずでしょ!? なに奪われちゃってんのよ、信じらんない!」

 

 吸い込まれるような真紅を発するツインテールを靡かせるリルカが、抱き締めてくる織姫を引き摺るようにズカズカと一護の目の前までやって来る。

 『無事だったんだね!』と喜ぶ織姫に『お互い様!』と返しては、その苗字に違わぬ毒舌を発揮しながら、信頼の裏返しとも取れる刺々しい物言いで少年の胸を指で突く。

 

「悪ィ……でも、まだお前らの力がどうしても必要なんだ。───頼む」

「っ……ふーん、そこまで言われちゃあしょうがないわね! いいわ、XCUTIONのよしみよ。最後まで付き合ったげるから感謝しなさいよね!」

「ああ。サンキューな、リルカ」

 

 真摯な面持ちで頼み込む一護。

 そのような少年にほんのり狼狽えては、そっぽを向きながらリルカが快諾すれば、

 

「まだ僕はいいなんて言ってないんだけど」

「仕方ないよ」

「呉越同舟という奴です」

 

 優雅に電子の椅子に腰かけていた月島と沓澤が、不服を隠さない雪緒を宥める。

 これで死神、虚、完現術者が一堂に集った訳だ。その気になれば三界を征服し得る戦力が結集したに等しいものの、これでもまだ焰真を止めるには心許ない。だが、これ以上の戦力を望むのも現実的ではなかった。

 

───これで全員。

 

 確かめるように頷く一護が、いざ口を開こうとした。

 

 

 

「───少し待ってはくれないだろうか」

 

 

 

 その時。

 どこからともなく響いてくる声に、誰もが振り向いた。

 

「キミは……」

「ユーグラム……ハッシュヴァルト……!」

 

 驚いたように目を見開く京楽の傍で、雨竜が滅却十字に手を掛ける。

 見えざる帝国皇帝補佐であり実質的な星十字騎士団の長を務める男が、後ろに大勢の滅却師を引き連れてやってきたのである。警戒しない方が無理と言えよう。

 一瞬で緊張が満ちる場。

 だがしかし、警戒心を露わにする死神側に対し、ハッシュヴァルト率いる滅却師からは警戒心こそ垣間見えるが、これといった敵意は窺えない。

 

「こんなところにまで来てどういうつもりだ?」

「石田雨竜……やはり君はそちらに付いたのか」

見えざる帝国(きみたち)に懐柔していなかったという意味では正しいな。だが、聡明な君なら薄々勘付いていたんじゃあないか?」

「……ああ。だからこうして驚く事も無い」

「話はそれだけか? 生憎君達と争っている暇も利点も無い。ユーハバッハが討ち取られた今、君達も僕達と戦う理由は無いんじゃないかい?」

 

 対話を試みる雨竜。

 彼の言う通り、見えざる帝国はユーハバッハという頭目を失った。今尸魂界を脅かしている王も、見えざる帝国に与するどころか死神共々滅ぼすと公言している。

 ここで争ったところで待ち受けているのは破滅の未来だ。

 戦うにしろ逃げるにしろ、ここで刃を交えるのは得策ではない。

 そう謳う雨竜に対し、隣に佇むバズビーやリルトットを一瞥した皇帝補佐は静かに瞼を閉じた。

 

 逡巡は一瞬。

 

「……我々も手を貸したい」

「……なんだと……?」

「彼を止める手助けをしたい」

「っ!?」

 

 思わぬ提案に衝撃が全員に波及する。

 

「ほ、本当か!?」

「待て、黒崎! 馬鹿正直に受け止めるな!」

「でもよ……!」

「いいから君は下がれ!」

 

 身を乗り出す一護を制し、冷静な雨竜が改めて問い質す。

 

「何故だ? 争う理由が無いにしろ、君達に僕達と手を組む理由も無いだろう。ましてや、相手が相手だ」

「……芥火焰真か」

「そうだ、尤も今は君達が想像している彼とは別物だが……とにかく君達が命を懸ける理由が見当たらない」

 

 恩を売るにしろ危険を伴う。

 そう説いた雨竜へ、静穏に佇むハッシュヴァルトは折れたまま鞘に納めた剣の柄へ視線を移す。年季の入ったボタンが埋め込まれた柄。そこに刻まれた血と汗と歴史を思いながら、見えざる帝国の騎士は告げる。

 

「……我々の望みは滅却師の未来。曲がりなりにも、陛下はその理想を叶えようとして下さっていた」

「……だが」

「分かっている。陛下の子たる星十字騎士団も大望を叶える為の駒に過ぎない。それでも陛下は陛下なりの情を以て我々に接して下さっていた」

 

 神妙なハッシュヴァルトは、重ねた年月に思いを馳せながら続ける。

 

「陛下が討たれた今でさえ、その大望を叶え得るだけの価値はあると考えている」

 

 鯉口が鳴る。

 何人かが柄に手を掛けた。

 

 次の瞬間には誰かの首が刎ね飛ばされていてもおかしくはない緊張感が場に満ちる。

 

「だが今は戦う以外の道を……選び取りたい」

「それはつまり……休戦の申し出って事かな?」

「そう受け取ってもらえれば幸いだ」

 

 長い間をおいて、京楽が溜め息を吐く。

 長く、長く。

 

 腹の奥底に積もったものは数知れず。

 総隊長としての責務もあれば、個人としての感情もある。

 出来る限り理性的に思案する京楽は、迫る刻限に気を向けながら、最良の道はどれかと懊悩していた。

 

 全てを吐き出し尽くす勢いの息が途切れる。

 そこが選択の刻限。

 いざ目を上げる京楽は、柄に置いていた手を徐に差し伸べる。

 

「そうかい……なら総隊長として、君の申し出を承るよ」

「ありがとう」

 

 握る手は固く。

 而して休戦の契りは結ばれた。

 

 周りと一瞥する京楽。当然納得のいっていない面子は大勢居る。

 いくら聖別で生き返った犠牲者が居るとは言え、一度殺された事実や蘇生に至らない者が居る事実は確かだ。口約束如きで信用できる訳もなく、突き刺すような視線が京楽の背中に突き刺さる。

 声を上げないだけ、まだ理性的か───。

 

「そこまでにしようぜ」

 

 険悪な空気を断ち切るべく口火を切ったのは一護であった。

 

「あれだけやり合ったんだ。お互い一から十まで許せるとは思わねえ……つーか、俺は許さねえ。けど、今はそんなこと言ってるトキじゃねえ」

 

 間を取り持つように割って入り、交互に視線を移す。

 

「それを分かってるから手を組んだ。『仕方ねえ』って。力を合わせる理由なんてのはそんなモンでいい」

 

 死神も。

 滅却師も。

 互いにつけた傷は浅くない。

 それでも歩み寄った事実に意味があると少年は説く。

 

「ケジメをつけるのも全部終わってからでいい。世界を護って……それからようやく始められるんだ。これからをよ」

 

 そう霊子の足場に突き立てる剣。

 一護の力の象徴たる斬魄刀に、誰もが目を奪われる。全ての種族の力を合わせた一刀は、力強い霊圧の波動を迸らせ、この場に立っている戦士の身と心を震わせた。

 

「死神も……滅却師も……虚も……完現術者も……そんなモン今は関係ねえ! 力を合わせんだ! 相手は一人! だったら恐れる必要なんか無えだろ!」

 

───退けば老いるぞ。

───臆せば死すぞ。

 

 あの時の言葉は、今も尚一護の背中を押し続けている。

 

───もしもよ、あいつの血を突き動かしてんのが滅却師の“悪意”なら。

───あんたはきっと、滅却師を護ってくれようとする“善意”なんだろ?

 

 その身に宿る力の根源に思いを馳せ、熱い心血が巡る拳を掲げてみせる。

 

「護ろうぜ、俺達で!」

 

 愚直なまでに真っすぐな言葉が空気を揺らす。

 するや、惑っていた感情が一直線の方を向き始めていた。淡々と準備を進めていた雪緒が『いつでも行けるよ』と黒腔に敷いた線路を指し示す。

 

 行く先は無論、瀞霊廷。

 其処に待ち受けている存在は、この世界の原罪が生み出した悪意そのもの。

 

 命を賭さねば止められない。

 命を賭したとしても止められる確証はない。

 

 だが───やらなければ未来がない。

 なればこそ、戦うのだ。

 共通の敵を前に一致団結し立ち向かう。

 それこそが愚かでありながら憎み難い人間の性だ。

 

 変わる。

 不変が。

 尸魂界百万年の歴史が。

 一人の少年の声によって変わりゆく。

 

 その瞬間が、

 

「一人を救う……そのついでによ!」

 

 今、訪れた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「みーんなー! 大丈夫ー?」

 

 能天気な声を上げる緑髪の少女。

 左腕に掲げる副官章には、『URSE』と見慣れぬ単語が刻印されているが、それもそのはず。彼女───久南白は正式な副隊長ではなく『ウルトララジカルスクープエディター』という頓珍漢な役職を担う隊士として復帰した仮面の軍勢の一人だ。

 霊王宮に昇らなかった彼女は、死神養成学校である霊術院に留まり、聖兵の襲撃に遭っていた院生を護っていた。

 

 歴史ある建物は戦火の跡で痛々しい様相を呈し、最早瓦礫に等しい状態となってしまっているが、人の命には代えられない。

 

 そんな奮闘の賜物で無事に生き延びた生存者の内、数名が応答して無事を知らせる。

 

「うんうん! 皆無事だね~。さっすがあたし!」

 

 えへん! と白は胸を張る。

 

「ん~……でも、やっぱり拳西達についてけば良かったなぁ~」

 

 やることもなくなり手持無沙汰となった白は、仲間が向かった天上の楼閣がある方を見遣った。

 今頃仲間が悪者の親玉に勝利しているだろうと信じて疑わない彼女だが、その場に是非とも居合わせたかった───欲を言えばトドメの一撃を任されたかったと口を尖らせる。

 

「不完全燃焼! あたし、全然元気なのにぃ~! 拳西達、ずるいずるいずるい~!」

 

 と喚く彼女だが、二日は戦い通している。

 その底無しのスタミナに、周りの院生は『これがスーパー副隊長……!』と本来存在しない役職へ尊敬と畏怖の念が浮かび上がる目を向けていた。

 

「んっ?」

 

 ゴロゴロと地面を転がっていた白が、不意に何かに気付いた。

 突然止まった少女の姿に、院生も思わず視線を追って空を見上げる。

 

「な……なんだ、あれ……?」

 

 誰かが呟いた。

 それはこの場に───否、瀞霊廷に居る人間全ての心中を代弁した一言。

 

 空を覆っていた雲が割れ、やがて瀞霊廷全土に影が覆い被さる。

 降り注ぐ朝日を遮る巨影はゆっくりと、ゆっくりと堕ちてくる。巨大過ぎる余りに距離感が上手く測れない。まさしく規格外。突如として現れた謎の落下物は、一度飛来した隕石を彷彿させては、見上げる者達に絶望を味わわせる。

 

「ま、また滅却師の術か何かか!?」

「見ろ! あそこから何か落ちてくるぞ!」

「へっ……ひっ?!」

 

 恐怖に竦む悲鳴が響く。

 彼らが目にしたものは、球体の表面から零れ落ちる黒い液体───否。

 

「……目玉?」

 

 白が呟く。

 瀑布の如く瀞霊廷の大地に降り注ぐ波濤は、単なる液体などではない。単眼の異形が集い、固まり、波と錯覚する程に密集した光景こそが正体。

 

「こ、こっちにも落ちてくる!」

「きゃあああ!」

「む!?」

 

 その上、異形が下りてくるのは一箇所ではない。

 瀞霊廷のあちこちに降り立っては、不気味な単眼を見開き、赤子のような体躯の四肢を動かしては近くに居た人間に襲い掛かっていく。

 

「させないよ! 白ス~~~パ~~~、キ~~~ック!!!」

「きゃあ!?」

「ふっふーん、瞬殺! 大丈夫?」

「は、はい……なんとか」

「おっけー! なぁ~んだ、意外と大したことないじゃん。期待して損しちゃった!」

 

 すかさず白が凄まじい脚力で女学生を異形から救い出す。

 

「わあああ!?」

「むむっ!?」

「久南さん! あっちの生徒が……!」

「ラジャー! あたしに任せて!」

 

 が、間もなく悲鳴はあちこちから上がり始める。院生を襲う異形は一体二体では済まない。滴り落ちる量を見る限り数百、ともすれば数千をも超えるだろう。

 

「てや! とぉ! そりゃあ! んもぉ~、数多過ぎぃ~! こうなったら、白スーパー……虚閃!」

 

 最初こそ肉弾戦で潰していたが、キリがないと見るや虚閃の範囲攻撃で薙ぎ払うように消し飛ばす。

 一体一体の強さは大したものではない。小虚をほんの少し強くした程度だ。

 だがやはり数が圧倒的だ。一体ごとの強さは院生でも対処できるとは言え、多勢に無勢だ。

 

「みんな~、気をつけてねー!」

 

 注意喚起する白。

 すれば、後ろから。

 

───ドチャリ。

 

「んっ?」

 

 黒い線が視界を過る。

 

「っ───!!?」

「久……久南副隊長!?」

 

 鈍い打撃音と共に、白の姿が掻き消える。

 轟音を響かせて瓦礫が爆ぜる光景を前に、一部始終を目の当たりにしていた院生が放心の余り斬魄刀を手放す。

 

「な……なんだ、こいつ……」

 

 ()()もまた単眼の異形だった。

 しかし、他の個体が赤子同然の体躯であるにも関わらず、白を殴り飛ばしたのは成熟した人間同然の体躯を誇る個体。

 真っ黒な体に、頭部がそのまま眼球へと置き換わったような化け物であった。

 虚とも違う姿に、院生は恐怖のあまり固まる。

 だが、そうして立ち止まっていれば襲い掛かる異形にとって恰好の餌食となるだけだ。

 

「ぎぃ……」

「ひっ」

 

 口のない姿のどこからか声を放ち、異形がゆっくりと歩み寄る。

 その悍ましい光景に、院生の一人が尻もちをついた。

 

 虚でも滅却師でもない化け物は、粘着質な足音を奏でながら拳を振り翳す。

 

───終わった。

 

 頭がそう理解した時、黒く艶めいた拳は眼前へと迫る。

 

 

 

「白ウルトラキ~~~ック!!!」

 

 

 

 が、寸前で横槍が入り、異形の殴殺は未遂に終わった。

 仮面を被った白の蹴撃が横っ腹に突き刺さる。あらぬ方向に身体を曲がり、バキバキと骨肉が断裂する音を奏でられる。

 次の瞬間には異形の姿はなく、先程白が吹き飛ばされた方向とは逆の瓦礫の山へと突っ込んでいく。

 

「正義は勝つ! えっへん!」

「は……はわわ……」

「ちょ~~~っと油断しちゃったけど、あたしの敵じゃないもんねぇ~~~!」

 

 泡を食う院生の前で胸を張る白。

 だが、仮面の陰から滴り落ちる流血までは隠せない。

 

 不意を衝かれたとは言え、今の個体の強さは別格であった。力だけならば席官クラス。とても院生や平隊士の手に負える代物ではない。

 

「ま、また()()が来る!」

「お? よ~し、あれはあたしに任せちゃって!」

「久南副隊長!? そんな、一人で!」

「ヘーキヘーキ! あたし、燃えてきちゃった! あと、あたし副隊長じゃなくてスーパー副隊長! 副隊長よりすごいの~~~!」

 

 そう言って決めポーズを取った白は、人型の異形の群れへ飛び込んでいく。

 

「かかってこい、悪者め! あたしが成敗してやるんだから!」

 

 勇敢か無謀か。

 どちらにせよ強力な個体を請け負った白は、虚化によって増強された膂力を以て、次々に敵を打ち倒していく。

 

「う~ん……」

 

 違和感を覚える白が首を傾げた。

 

(なんだかこの霊圧、アックンに似てるかも?)

 

 飛散する肉片より溢れる霊力の残滓から、一人の死神を思い出しつつ───。

 

 

 

 ***

 

 

 

 同刻。技術開発局においても混乱が起きていた。

 

「解析急げ!」

「ちくしょう、次から次へと……!」

「一体なんなんだ、あの浮遊物は!?」

「違う、落ちてきてるんだよ!」

「クソ、規模がデカすぎて計器が役に立たない!」

「駄目でも諦めるな! もう一度試すんだ!」

 

 第二次侵攻開始を彷彿とさせるほど部屋中を駆け回り、計器を弄る局員達。

 この煩雑さは言うまでもなく、空より落下する巨大な眼が原因であった。

 

「あ、阿近さん……!」

「言わなくても分かっている! とにかく情報が足りない! 霊打信号でも地獄蝶でもいい! 各地の裏廷隊と連絡を取って情報をかき集めろ!」

「は、はい!」

 

 隊長・副隊長共々留守にしている間、実質的に十二番隊の指揮を執っている阿近が狼狽する局員へ指示を飛ばす。

 自身も卓越したタイピング技術で計器が吸い上げた情報を読み上げる。

 だが、瀞霊廷の直径を遥かに上回る巨大落下物を前に、得られる情報は余りにも拙いものであった。

 

(ちくしょう、隊長の居ねえ間に……!)

 

 何とも間が悪い。阿近は歯噛みした。

 霊王宮へ侵攻したユーハバッハを討つ為とは言え、瀞霊廷に残された戦力はごく僅かだ。仮に星十字騎士団級の滅却師が攻め込んでくれば、瞬く間に壊滅しかねない程である。

 そんな中で訪れた不測の事態。悪態をつくなと言う方が無理な状況の中、阿近は画面に映し出される結果に固まった。

 

「なんて……数だよ……」

 

 次々に現れる来襲者の霊圧反応。

 赤く映し出される点は画面一杯に広がり、最早廷内図が意味を為していない。

 

 出鱈目だ。こんなものどうすればいいのだ?

 阿近を以てしても具体的な案が出てこない現状を前に、部屋を満たす緊迫した空気は極限まで張り詰める。

 

「阿近さん!」

「っ、今度はなんだ!?」

「は、反応が局内にまで! 敵に侵入されています!」

「なんだと!」

「このままでは……ひぃ!?」

「もうここまで!?」

 

 狼狽える局員を押し退けて現場へ急行しようと踏み出した瞬間、何かが扉を殴りつける。

 ビクリと局員の肩が跳ねる中、扉を揺らす衝撃は回数を重ねていく。一回、十回と……優に五十は超えたところで、固く閉ざされた扉は大きく拉げ、その隙間から人間の頭部大の眼球がこちらを覗かせていた。

 

「あっ……あぁ……!」

「も、もうダメだぁ……お終いだぁ……!」

「狼狽えるな、馬鹿野郎! 俺達で何とかする! 鵯洲、お前も手伝え!」

「言われなくてもやるっきゃねえだろ!」

 

 阿近に呼ばれた男が、白衣を靡かせて扉へと駆けつける。

 このままでは扉が突破されるまで一分と持たない。現状、技術開発局は混乱した瀞霊廷内で迅速な連絡を取り次げる唯一の施設だ。ここを掌握されれば、護廷隊の通信機能は壊滅したと言っても過言ではない。

 自分達の居る施設の重要性を理解しているからこそ、阿近の動きは速かった。

 突破されるよりも早く、このような時の為に用意した霊具を取り出し、頭部を隙間から捻じ込んでくる異形目掛けて振りかぶる。

 

「消えろ、化け物……」

「───破道の六十三『雷吼炮(らいこうほう)』!!」

「め……!?」

「ふぅ……いやぁ、すまない! 救援が遅れてしまったな」

 

 扉の裏側で轟音が響くや、今度は朗らかな声音が部屋に伝わる。

 

「う、浮竹さん! あんた、なんで生きて……!?」

「ああ、まったくだ。気付いた時には目が覚めていたから、俺も何が何だか。はっはっは!」

「……はぁ……とにかく助かりました」

 

 屈託なく笑う浮竹に、阿近が額を押さえる。

 降り注ぐ光芒、謎の落下物、得体の知れない化け物と続けば、今さら死者が蘇生してやって来たところで驚きはしない。もとい、驚く余裕もない。

 それを察してか、即座に神妙な面持ちへ返った浮竹が問いかける。

 

「ところで阿近くん、状況は?」

「最悪です。ユーハバッハに似た霊圧の馬鹿でかい落下物に加えて、大量の化け物が降ってきてるときた」

「それは……中々に厳しいな」

「ええ。主戦力は諸々霊王宮に……いつ戻ってくるかも分かったもんじゃない」

 

 無論、浮竹のように隊長格に匹敵する死神も何名か居るし、マユリが置いていった涅骸部隊も居る。

 それでもこの数を前には雀の涙だ。瀞霊廷全土をカバーするには、護廷隊士全員を動員したところで足りるかどうか。

 

 考えれば考える程絶望的な状況に、思わず表情も険しくなる。

 

 その時だった。

 

「阿近殿!」

「っ……どうした!?」

「浦原喜助殿からの霊打信号です!」

「!」

 

 差し込む望みの光。

 藁にも縋る思いの阿近は、受信した霊打信号が映し出される画面の前に立ち、かつてない速度で内容を読み上げる。

 

「………………なんだと!?」

「ど、どんな内容なんスか?」

「りん!」

「は、はいィ!?」

「護廷隊……いや、瀞霊廷の戦える奴全員に通達する準備だ!」

「へぁ?」

「早くしろ! モタついてる暇なんかねえぞ!」

「ぜ、全員って……ほんとに全員ですか!?」

「ああ、いいから早くしろ! 鬼道衆にも隠密機動にも……それに見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の滅却師にもだ!」

『───!!?』

 

 阿近の指示に激震が奔る。

 が、決して阿近が狂った訳ではない。

 遅れて霊打信号を読み解く局員が、その内容に愕然とする。中には茫然と鍵盤を叩く者も居たが、

 

「早くしろ!」

『は、はい!』

 

 部屋中に轟く檄に、すぐさま己の徹する役目へと戻る。

 

「どんな内容だったんだい?」

 

 一人仲間外れになっていた浮竹が、せかせかと準備を進める阿近へ問いかける。

 瀞霊廷に務めて長いとは言え、暗号化された霊打信号を読み解く知識がない以上、内容を知り得るにはそうするしかなかったからだ。

 とは言え、阿近も準備に忙しなくなっている。

 しばらく答えを待つものの、反応が返ってこない事に眉尻を下げた浮竹は、諦めるように踵を返した。

 

「なあ、浮竹さん」

「? なんだい」

「一つ、訊きたい事がある」

 

 流れるような指使いはそのままに鍵盤を叩く阿近が投げかける質問。

 それは、

 

「あんた───さっきまで殺し合ってた奴と仲良くできるか?」

「それは……難しい話だな」

「だろうな」

 

 知っていたと言わんばかりの口振り。

 だからこそ、振り返った阿近の浮かべる笑みは皮肉めいていた。

 

「できるとしたら、正真正銘の馬鹿共だけだろうよ」

「阿近くん……もしや」

「ええ……どうやら俺達は()鹿()()()()()()()()()()()みたいですよ」

 

 くそ! と愉しげに悪態をつく阿近が狂ったように笑う。

 

「ここまできてそんなんありかよ! くはっ! 馬鹿馬鹿しくてやってらんねえぜ!」

「阿近さん! 伝信条網、瀞霊廷全域に展開を確認致しました!」

「よし、回線開けぇ!」

 

 気魄が籠った声と共に、画面に映し出される回線が次々に点灯する。

 一分と経たず、広大な瀞霊廷全土へと声を届かせる“道”は開かれた。

 

───準備は整然と終わる。

 

 あとはこの呼びかけにどれだけの人間が応じるかに懸かっている。

 荒れる呼吸のまま、乱雑にマイクを手繰り寄せる阿近。かつて感じたことのない緊張で全身に鳥肌が立っているが、こんなもの隊長にキレられた時と比べれば屁でもないと自身を奮い立たせ、

 

「これで失敗したら笑い話にもなりゃしねえぞ……頼んだぞ、黒崎一護!」

 

 世界を救う、一石を投じた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「わああああ、助けて志乃さぁーん!」

「あんたはほんっともう……情けなぁーい!」

「うわあ!?」

 

 逃げ惑う竜ノ介。

 彼を追いかけ回していた異形は、救援に駆けつけた志乃によって両断され、地面の染みへと還っていく。

 

「はぁ……はぁ……キリがないったらありゃしない!」

「なんなんでしょうね、これ……」

「ずっと一緒に居るあんたが知らなくて、あたしが知ってる訳ないでしょ!」

「それもそうですね、期待した僕が馬鹿でした……」

「……あんた、あたしに殴られたいの?」

「ええぇ!? な、なんでですか!?」

 

 無自覚の内に人を煽る一種の才能を有す竜ノ介に、志乃の蟀谷には青筋が浮かぶ。実際に拳が出なかっただけ、まだ理性的で居られたと言えよう。

 収めた拳をそのまま柄へとやった志乃は、一拍置いてから眼前の光景を目に焼き付ける。

 

「それにしても……───地獄絵図ね」

 

 夥しい黒の葬列が、死神と滅却師関係なく襲い掛かっている。

 一度目。空より降り注いだ奇跡の光───聖別によって大勢の人間が蘇った。それもまた死神と滅却師関係なくもたらされた恵みであり、生き返った者は大いに喜んだ。

 だが喜びも束の間、両陣営にとっても敵が蘇った事実に呆けたままで居られる余裕もなく、程なくして争いが再開しようとした。

 

 その矢先の出来事だ。

 

 種族など関係なく、瀞霊廷に存在する命を貪らんと牙を剥く異形。

 死神と滅却師へ平等にもたらされる災厄は、奇しくも彼らから闘争という余裕を奪い、目的を一つの方向へと収束させていた。

 

───生きたい。

 

 訳も分からぬまま死にたくはない。

 折角生き返ったのに。

 折角再会できたのに。

 喜びを分かち合う余裕もなく、与えられた命を奪われたくなどなかった。

 

 だが、現状を生き抜く為には何もかも足りない。

 

 人も。

 力も。

 

「このままじゃ……!」

『───護廷十三隊、鬼道衆、隠密機動……』

「! これは……」

『そして……見えざる帝国の滅却師。これは技術開発局副局長・阿近より、護廷十三隊各隊隊長より連名で通達された内容だ。少しの間、静聴を願う』

 

 天廷空羅と同じ原理で広がる音声に、死神のみならず見えざる帝国の兵士も戸惑いを見せる。

 

『先刻、我等護廷十三隊が見えざる帝国の頭目、ユーハバッハを討ち取った。既に皇帝補佐、ユーグラム・ハッシュヴァルトとも休戦協定を結び、此度の戦争は暫定的な終息を迎えた』

「な───!?」

「や……やった……やったんだ、一護さんたちが! 隊長のみんなが!」

 

 驚愕を声に滲ませる滅却師の一方、竜之介は尊敬する死神の勝利に喜色を浮かべる。

 浮足立つ戦場。

 そこへ水を差すように、阿近の声は続く。

 

『だが、知っての通り瀞霊廷には未知の敵が襲来している。それは討ち取られたユーハバッハから溢れ出した力の奔流……死神と滅却師、両陣営関係なく喰らい尽くそうとする怨念の権化だ。敵の数は圧倒的。現存する死神の戦力を結集しても、瀞霊廷に在る命を護り切る事は不可能に近い』

「そ、そんな……!」

『だからこそ、協定を結んだ護廷十三隊と見えざる帝国の長からの指令だ。───『死神・滅却師、両陣営協力して敵を撃滅せよ』と』

 

 驚愕が、波及する。

 

「く、滅却師と……?」

「死神と手を結べだと……!?」

 

 離れた場所から、両者が睨み合う。

 

「ふざけるな……仲間を殺したこんな奴等と……!」

「陛下を討ったのなら、尚更手は組めん……殲滅してやる!」

 

 異形へと向いていた切先が、互いに憎む相手へと向けられる。

 斬魄刀が。

 神聖弓が。

 各々の武器を構える両者の胸中に抱える感情は、命令如きで鎮められるほど優しいものではない。憎悪や憤怒と呼んで差し支えない一物は、突然突きつけられた事実と協力要請を受けた途端、臨界点を迎えたかの如く爆発した。

 

「や、やめましょうよ! 皆さん! 総隊長からの命令ですよ!?」

「知るか! こんな奴等と手を組むくらいなら……死んだ方がマシだ!」

「そんな……!?」

 

 仲裁に入る竜ノ介だが、その甲斐も虚しく負の感情は膨れ上がるばかりだ。

 

「ダメだ、そんなの……! 言ったじゃないですか、戦争は終わったって! もう争う理由なんてないはずです!」

「退け! 戦争が終わっただと……? そんな与太話を信じて、仲間を撃たれてたまるか!」

 

 疑心暗鬼に駆られる死神を制することは叶わない。

 その間にも、収束する霊子は矢の形を成し───。

 

 

 

「死ね、死神!」

 

 

 

「!」

 

 閃く。

 直後、血飛沫が舞う。

 

「っ……ぐぅ……!」

「お、お前……!?」

 

 だが、放たれた矢は致命傷とはならなかった。

 咄嗟に死神の一人を庇った竜ノ介、彼の肩を穿つだけの結果に留まる。すぐに仲間を撃たれた死神に憤怒が伝播する。

 

「おおおっ!」

「しまった……!?」

 

 真っ先に動いたのは志乃であった。

 いつの間にやら、矢を放った滅却師の目の前に入り込んだ彼女は、そのまま構えていた斬魄刀を振り抜き、

 

「どりゃあああ!」

 

 滅却師の背後に迫っていた異形の一体を斬り裂いた。

 

「なっ……!?」

「よしっ!」

 

 反撃ではなく、救援。

 思わぬ状況に身構えるのも忘れる滅却師であるが、振り返る志乃は鬼のような形相を浮かべ、胸倉を掴み上げる。

 

「あんたは……何やってんのよ!!?」

「うっ……!?」

「上のモンが仲良くしなさいって言ってんだから、下っ端のあたし達はつべこべ言わずに協力してればいいのよ!」

「な!? 何を言っているのか分かっているのか、貴様……!?」

 

 感情を差し置いて命令に従えなど、まさか相手から諭されるとは思わなかった滅却師が声に漏らす。

 

「───良いじゃ……ないですか」

 

 返ってきた答えは、目の前の女死神からなどではなく。

 

「力を合わせれば……良いじゃないですか」

「お、おい……無理はするなよ……?」

「僕は弱いし……ヘタレだし……虚と戦うのだって怖くて堪らない……ホントなら、こんな戦争なんて最初からイヤで……滅却師の人達を斬るのもイヤだったんです」

「っ……」

「でも……戦わないなら、それに越したことはないじゃないですか!」

 

 心配する死神を押し退け、痛みを堪える竜ノ介の叫びが響き渡る。

 

「死神も! 滅却師も! お互いが憎い理由は分かりますよ! 死神にも正義はあったし、滅却師にも正義があった! だから戦って……いっぱい死んで……それで憎くなって……けど、仲直りできるんだったらした方がいい! 違いますか!?」

 

 澄み渡る声に反論はない。

 目に浮かぶ困惑が、互いの刃を迷わせる。

 この凶刃を、この憎悪を向けるべき相手を見失い、戦意と悪意が鎮まっていく空気を竜ノ介は感じ取った。

 

 故にここぞとばかりに語を継いだ。

 

「今ここで一緒に戦わなかったから、きっともっと拗れてしまうから! 植え付けた憎しみの種が、また知らない世代にも憎しみを芽生えさせてしまうから! だから……ここで絶ち切りましょうよ! それの何がイケないんですか!?」

 

 感極まる竜ノ介は、ジクジクと疼く痛みも相まって、情けない泣きっ面を晒しながら叫び倒した。

 

「きっと一緒に歩んでいけます! それが今日ってだけの話なんです! だから───」

「竜ノ介、後ろ!」

「へっ……?」

 

 突如、自身に覆い被さる影を認識して後ろへ振り返る。

 

「あ」

 

 そこに佇んでいたのは人型の異形。

 血走った単眼を見開き、摘み取る命を見据える怨念と妄念の権化が拳を振り翳していた。

 

(死)

 

 体は動かない。

 嗚呼、最後までなんて情けない。

 自分の結末を理解し、世界がスローモーションに映る中、それでも竜之介は祈っていた。

 

(どうか、皆……)

 

 

 

 

 

「───バーナーフィンガー1!」

 

 

 

 

 

 一条の熱線。

 視界を紅く照らす光は、竜之介を襲おうとしていた異形の脳天を貫き、たった一撃で仕留めてみせた。

 

「……へ……?」

「オォ───ッ!! そこの死神ィ!! その威勢に免じて俺様が助けてやったぜ!! 感謝しなぁ!!」

「あ、え、ぁ……あの人って……?!」

 

 まだ漂っている熱気とは裏腹に、ゾクリと寒気が背筋に走る。

 それもそのはず。

 間一髪救援に来た男は、他ならぬ木っ端同然に自分を殺そうとしていた滅却師であるのだから。

 

「バ……バズビー様だ!」

「バズビー様が来られたぞ!」

「これであの化け物共も……!」

 

「ゴチャゴチャうるせぇー!!」

 

『!!?』

「てめえら……静聴してろってのが聞こえなかったか?」

 

 どよめく滅却師を一喝で黙らせるバズビー。

 その凄まじさは、まったく関係ないはずの竜ノ介も縮こまる程の勢いだ。蚊帳の外にも拘わらずビクビクと丸まる彼へ、駆け寄った志乃は『あんたねぇ……』と呆れ半分、安堵が半分といった顔色を浮かべる。

 と、場が騒然としている間、どよめきに隠れてしまっていた声が、人々の耳へと届く。

 

『……各位の心中は、俺自身察している。死神にとっちゃあ、さっきまで自分らを殺そうとしていた滅却師と手を組めって訳だ。見えざる帝国にとっても殲滅するつもりだった瀞霊廷を護れなんて頓狂な内容だって事は言われなくても分かる』

 

 冒頭の淡々としていた口調とは違い、己の感情を滲ませるように紡がれる言の葉に、双方が自ずと耳を傾け聞き入っていた。

 

『だが、敢て訊きたい。お前らの中に無駄死にしたい奴が居るか?』

「ッ……」

『嫌だと思うのが普通の感性だろう。誰だって無意味に死にたかねえ。だが俺達死神が……そしてあんたら滅却師が死ぬ事になっても戦おうとするのは、その命を懸けるだけの正義があるからだろ? その御立派な信念が、大義も糞も無いバケモンに食い荒らされて黙っていられるか?』

 

 次第に語気の強まる語りに、耳を傾ける者達の拳が震え始める。

 

『殺し合った相手が許せねえのはお互い様だ。それでも俺達が力を得た理由はなんだ?』

「理由……だと?」

『そりゃあ───てめえの理想の為だろ』

「!」

 

 誰に言うでもなく呟いた滅却師が、ゴーグルの奥に佇んでいた瞳を見開いた。

 

『死神は魂を……世界に生きる命を護りたかった。滅却師、てめえらはなんだ?』

「我々の……理想」

『俺が知っている滅却師はこう言っていた。───『人の命を護る事こそ滅却師の誇りだ』と』

 

 命の危険を省みず、わざわざ瀞霊廷にまで乗り込んできた滅却師の一団を思いながら、阿近は続ける。

 

『俺達の理想に何の違いがある? 何が違った? 何を違えた?』

 

 『自分の胸に訊いてみてくれ』とは言われるものの、互いに答えられる事もできぬまま時間が過ぎていく。

 余りにも短く、それでいて気の遠くなる程に長い時間が経った。

 

 沈痛な息遣いが、伝信の向こう側から聞こえてくる。

 

『……この戦争はきっと、不条理と不寛容が生んだ結実だ。護りたいものを否定されれば誰だって躍起立つ。最初は小さかった溝かもしれない。それを越えられない亀裂にまで広げたのは、百年も千年もズルズルと引き摺ってきた……俺達自身だ』

 

 突きつけられる言葉には、死神も滅却師も反論しない。

 

『“護る”という大義を掲げ、認めない相手を排斥しようとした事実は……歴史は変わらない。だが、今は違うはずだ』

 

 突として人々の面が上がる。

 暗闇の中、微かに差し込んだ光の筋を辿る羽虫の如く、ある方向を見据えるように。

 

 そんな人々へ面と向かうかの如く、阿近の声は力強く響いた。

 

『隣を見ろ───そこに居るのは誰だ? 前を見ろ───お前達に牙を剥くのは誰だ? 手を取る相手は誰だ? 立ち向かうべき敵は誰だ?』

「我々の……敵?」

『事実を受け入れない限り、俺達は本当に護るべき命すら見失ったまま犬死するだけだ。だが……世界ってのはどうも意地悪な仕組みで組み上がっているらしい』

「……なんだと?」

『───良かったな、()()()()()()()()()。今まで殺し合っていた相手を護る、これ以上無え舞台でな』

 

 

 

───破滅寸前の世界。

 

 

 

 用意された舞台は、至高にして最高、そして最後とも言える和解のチャンス。

 

 今一度、二つの種族は互いに顔を合わせる。

 初めこそ険のある近寄りがたい雰囲気を漂わせていた彼等だが、それから仲間を見遣った途端、湛える表情は決意に固まった。

 

「や、やってやる……」

「あぁ、ここまで来て死んでたまるかよ!」

「死神だろうが滅却師だろうが関係ねえ! 全員であの化け物を倒せば、万事解決だぁー!」

「敵はあの化け物だ! 滅却師じゃねえ、間違えるなよ!」

『おおおおお!』

 

 雄叫びを上げる死神が、瀞霊廷の土を踏みつける異形へと斬りかかっていく。

 

「馬鹿な……我々は敵なんだぞ……?」

 

 しかし、威勢よく異形へ立ち向かう死神とは裏腹に、見えざる帝国には迷いが見受けられる者が多かった。

 王であるユーハバッハを討ち取られ、実質的な№2であるハッシュヴァルトも死神と休戦協定を結んだ。個人によれば千年にも渡る忍耐を強いられた挙句のこの様。茫然自失となり、武器である弓を構えるもままならない状態だ。

 

 死神の演説が響かなかった訳ではない。

 だが、もう一押しが欲しい。

 他人を傷つけ、命を殺めた手で護れるものがまだあると誰かに後押しして欲しかった。寄る辺を失った子供のように不安を抱える滅却師は辺りを見渡す。

 

「ぐわあ!」

「か、数が多過ぎる……!」

「誰か! こっちに手を貸してくれ!」

「こいつを安全な場所に運んでくれ! 血が……血が止まらないんだ! 手当を頼む!」

「お願い、死なないで!」

 

「ッ……」

 

 果敢にも異形へ立ち向かうも、数で劣る死神が劣勢を強いられるにはそれほど時間を要しなかった。

 一人、また一人と死神が傷つき倒れていく。

 

 その光景を目の当たりにする滅却師の心もまた、一人、また一人と音を立てて揺らいでいく。

 

「なにボーっと突っ立ってやがる!」

『!』

「バーナーフィンガー4!」

 

 立ち尽くす自軍を振り向かせる怒号を響かせ、一人の滅却師が死神の前に降り立ち、数の暴力で襲い掛かる異形を炎刀の一閃で消し飛ばす。

 灰すら残らず焼き消えた異形を睨んでいたバズビー。

 今度はその眼光を味方へと移し、揺れに揺れる滅却師の心中を殴りつけるように檄を飛ばした。

 

「馬鹿が! 星十字騎士団はてめえの命を他人に任せるような腰抜け連中だったか!?」

「バ、バズビー様……」

「何にビビってやがる!? 化け物か!? それとも死神と今更手を組むのが気まずいか!? なら安心して薄情になりやがれ!」

 

 迸る猛火だけで殺到する異形を蹴散らすバズビーは、不敵な笑みを浮かべながら声高々に叫ぶ。

 

「どいつもこいつも死神に因縁なんかねえ新参ばっかだろうが! 殺しちまった因縁の方も心配するな……黒崎一護が陛下をぶっ飛ばして、聖別で蘇らせちまったんだからなァ! はははァ!」

「ならば……陛下を失った我々が生きる意味など……!」

「失ったんならいい機会じゃねえか! 別のモンでも探してみやがれ!」

 

 五条の熱線が螺旋を描き、一際強力な人型の異形を灰燼に還す。

 

「生きる意味なんて大層なモン、生憎と俺ァ持ち合わせちゃいねえ! ()()()()()()()()()()()()()! だが、案外いい気分だぜ! ダラダラと駄弁ってる方が気楽でいい!」

「そんな……!」

「『独り立ちしろ』ってこった! 俺達にとっちゃ、陛下はイダイ過ぎるお方だったみてえだしな!」

 

 戸惑う滅却師を置き去りにし、バズビーは果敢に異形の群れの中心へ飛び込む。

 しかし、彼ほどの実力者が暴れても尚、溢れて襲い掛かってくる異形は山ほど居る。現に荒れ狂う猛火を運よく掻い潜り、死神や滅却師へと押し寄せる。

 

 が、直後だった。

 一陣の風が吹き抜けたかと思えば、真黒な肉体をバラバラに散らして、異形が土へと還っていく。

 一瞬の出来事に瞠目する一同は、吸い込まれるように援護が飛来した方向に眼を向ける。

 

「神聖滅矢だと!?」

「応援か!」

「……いや……この霊圧は」

 

 

 

「───皆の者、死神と見えざる帝国の方々を救うのです!」

『は!』

 

 

 

 忽然と姿を現した一団。

 手に携える霊子兵装を見る限り、滅却師であるには違いないものの、伝統の白装束の上に死覇装を着込むといったちぐはぐな恰好だった。

 斯様な一団の陣頭指揮を執るのは、白髪に眼鏡、深い皺と如何にも歳を取った容貌の老爺である。

 だが、気のいい好々爺然とした見た目とは裏腹に、引き連れた滅却師に指示を飛ばす姿は老練そのもの。当人の射撃技術も卓越しており、小さな単眼の異形から人型の異形に至るまで、一矢一殺で次々に仕留めていく。

 

「なんだ、奴は? 死神の恰好などして……」

「あんな滅却師、我々の軍に居たか?」

「やはり───石田宗弦!」

 

 一人の年老いた滅却師が口にした名に、知っている者は愕然とした表情を浮かべた。

 

「“石田”……だと!?」

「まさか、石田雨竜の関係者か!?」

「裏切り者の奴が何故ここに……ッ!?」

 

 石田宗弦───知る人ぞ知る見えざる帝国の出奔者だ。

 帝国が保管していた霊具や技術を持ち、現世へと姿を眩ませた裏切り者として、数十年前の事件を知る者の記憶に残っている。

 敢て現世に存在する生き残りの滅却師として死神の監視を付けさせる事により、見えざる帝国が迂闊に追手を仕向けられなくなるよう画策した切れ者でもある。

 

 そんな彼の登場……そして救援に困惑が広がっていく。

 

「一体どれだけの勢力が瀞霊廷に集まり、死神に与していたというのだ……!?」

 

 

 

「───それを憂う必要はなくなった」

 

 

 

 静謐な声が響く。

 一瞬にして鎮まる困惑。

 騒然とする場に澄み渡って聞こえる軍靴の音は、否応なしに見えざる帝国の滅却師らの視線を一身に集めてみせた。

 

「! ハ、ハッシュヴァルト様……!?」

「大儀だった……もう、いい」

「い、一体何を仰っているのです……陛下はご一緒ではないのですか!?」

 

 平素の平静とした佇まいとは打って変わって、現れた騎士団長は穏やかな感情を滲ませて声を紡ぐ。

 

「戦争は……疾うに終わった」

「ッ……!」

「誰が勝者であり誰が敗者であるかなど、今の光景を前にすれば等しく些事だ。だからこそ……私は護廷十三隊と休戦の協定を結んだ」

「そんな……!」

 

 暗に忠誠を誓った王の崩御に動揺が奔る。

 

「私の身勝手を……どうか許してほしい」

 

 だが、次の瞬間に深々と頭を下げるハッシュヴァルトに、別の意味でどよめきが起こった。

 ただただ冷静で冷徹であった騎士団長が、まさかこのような形で感情を曝け出し、あまつさえ謝罪しているのだ。驚くなと言う方が無理な話である。

 

「だが、これだけは聞いてほしい。星十字騎士団長として最後の命令……そして私からの願いだ」

「願い……でありますか?」

 

 『ああ』と面を上げる団長───否、一人の青年が湛える真摯な面持ちに、自然と団員は静粛に耳を傾ける。

 

「我々は多くの命を奪った。それは他ならぬ滅却師の未来の為だ。虚の脅威から。死神の迫害から。ありとあらゆる命を奪う存在を滅却せんと、我々は今の世の廻す歯車そのものへ蜂起した」

 

 ───それがこの戦争だった。

 忸怩たる思いを隠さぬまま、目を伏せるハッシュヴァルトは紡ぐ。

 

「勝敗の行方はどうあれ、結果として我々は自らの手で奪ってしまったのだ……護るべきだった滅却師の未来を」

『……』

「今更融和の道を選んだとして、外れた道から戻るのは困難を極めるだろう。懸念も……無論、反発があるのも承知済みだ。それでも我々が護りたかったものは何だ?」

 

 言うや、ハッシュヴァルトの力強い視線が見えざる帝国の滅却師を見渡す。

 一人一人と視線を交わし、己の所在を認識させるように目で訴えた青年は、ゆっくりと剣を掲げてみせる。

 

「我々は滅却師、退魔の眷属だ。悪しき虚を滅却し、同胞の命を護らんと立ち上がった誇り高き血族」

「───退(しりぞ)けるは悲劇だったはず。それがいつしか、手段と目的が入れ替わってしまった」

 

 ゆらりとハッシュヴァルトの隣に立つ老爺───宗弦は、滅却師という種族の歴史を悲しむように続けた。

 暗く沈んだ空気が一変、刮目した宗弦の声が蒼天に轟く。

 

「しかし、今からでも間に合います! それを私は死神の方々から教えてもらった!」

「……我々は互いに罪を犯した。命を奪った罪は早々に償えない。ともすれば、我々は永劫解り合えぬままどちらかを滅ぼすまで戦っていたかもしれない……だが、この窮地こそ陛下が我々に残した最後の希望だ!」

「手を取るのです! 貴方方の心に誇りがあるのならば!」

「未来を繋ぐ意思があるのならば!」

「───命を護るのです!」

「───友を護れ!」

 

 

 

『───滅却師の誇りにかけて!!───』

 

 

 

『!』

 

 その言葉が、滅却師の心から憂いを拭い去った。

 

 もはや、一片の曇りもなく。

 

「うおおおお!」

「ハッシュヴァルト様ァー!」

「宗弦様ァー!」

「滅却師の誇りにかけて!」

「やるぞ! やってやる!」

「もう迷わん! 死神も護るぞ!」

「一緒に戦えば希望はあるんだろ!?」

「ええ、きっとあります! 共に頑張りましょう!」

 

 見えざる帝国の滅却師が、宗弦の引き連れた滅却師と声を掛け合いながら、魑魅魍魎が跋扈する戦火の渦中へ飛び込んでいく。

 刀で接近戦を仕掛ける以上、傷を負う危険性も高い死神に代わり、滅却師の矢は敵が接近するよりも早く数を減らして有利な状況を作る。

 

 バズビーの活躍も相まって、絶望的とも思えた黒の大群にも綻びが生まれた。

 

「遅れるんじゃねえぞ、猿女!」

「あんたこそ!」

 

 強力な人型の個体も、仙太郎や清音を始めとする護廷隊席官の手により、一体ずつ確実に処理される。

 遠距離から滅却師が矢を放ち、撃ち漏らした個体は死神が叩く。

 双方が互いの間合いを意識し、即席ながらも堅実な陣を張って立ち向かう光景に、猛威を振るうバズビーは『おーおー』と感心した声を漏らす。

 

「悪くねえ連携じゃねえか。こいつも騎士団長様直々の演説のお蔭かァ?」

「……無駄口を叩いている暇があるか?」

「はっ! 何照れてやがる」

 

 飛簾脚で傍にやって来たハッシュヴァルトが、流麗な剣技で異形を斬り伏せていく。

 バズビーも負けじと炎刀を構え、異形の軍勢を一閃。瞬く間に灰燼の山を生み出しては、次なる獲物を目指して駆け出していった。

 

 誉高い星十字騎士団の獅子奮迅足る活躍ぶりには、滅却師のみならず死神の士気も加速度的に高まっていく。

 『続けぇー!』と威勢のいい掛け声が背に浴びせられる。

 思わず微笑を浮かべる二人は、互いを一瞥しながら、迷いなき剣閃を放ち続けた。

 

「それにしても良かったのかァ!?」

「何の話だ?」

「騎士団長様最後の命令ってよォー! 思わず耳疑ったじゃねえか」

「……いいんだ、あれで」

「本当か? 俺様みてえな一団員如きに軽口叩かれて何とも思わねえのかよ、っとォ!」

 

 揶揄うような口振りでバズビーが問う。

 次の瞬間、異形を一体斬り捨てたハッシュヴァルトは長い溜めの果てに『ああ』と答えた。

 

「これからの私に最高位(グランドマスター)の地位はいらない」

「……てめえ」

「ただ、お前とこうして隣に並び立てれば……それでいい」

「……ハッ!」

 

 刹那、バズビーとハッシュヴァルトが交差するように立ち位置を入れ替える。

 流れるような挙動。一糸乱れぬ連携の先に、互いを襲い掛かろうとしていた異形を屠れば、更に士気の高まった味方から大歓声が上がった。

 

「子分の頼みなら仕方ねえなァ! なあ、ユーゴー!」

「……今はまだ部下の前だ。止せよ、バズ」

「おっとォ、そうだったな!」

 

 背中を預ける二人の滅却師が奮う。

 

 秤にかけ、道は選び取った。

 ならば後は進むのみだ。

 

 この燃え上がる魂と共に。

 

 

 

 ***

 

 

 

「清浄塔居林への避難誘導は!?」

「大部分が完了致しました! しかし、これは……」

「……皆まで言うな。例え避難したところで、あれが堕ちてこようものなら一たまりもあるまい」

 

 瀞霊廷に存在する禁踏区域“清浄塔居林”の一角。

 童女程の体躯───もとい、童女でありながら中央四十六室の賢者が一人、阿万門ナユラは貴族お付きの死神に指示を飛ばしていた。

 第二次侵攻開始の折、当初より甚大な被害を被った瀞霊廷を見かね、独断で禁踏区域を解放してまで人命救助を勧めていた彼女であったが、この状況には流石に歯噛みを禁じ得なかった。

 

「……だが、弱者を見捨てて何が司法だ! 尸魂界の霊法を司る者としての気概があるのならば、最後の一瞬まで人命を救う事だけを考えるのだ!」

「は!」

「ナユラ様!」

 

 避難者の護衛を務める死神に指示を出せば、切迫した声を上げる者が一人駆けつけてきた。

 

「空より降ってきた怪物が此処にまで!」

「! ……もう来たか」

「ナユラ様も避難を! この場は我々が!」

「……くっ、武具を取って戦えぬ非力なこの身が憎らしい……!」

 

 上流貴族の生まれである以上、霊力が無い訳ではないナユラだが、死神のように鍛錬を積んだ経験は皆無だ。

 戦時となれば死神に任せなければならないのは重々承知だ。

 権力とは斯くも無力か───改めて思い知らされるナユラは、藍染に殺された賢者の一人であった父を思いながら踵を返す。

 

 その瞬間、防壁の一つを物量で押し倒す轟音が通路に響き渡った。

 

「もうここまで……!?」

「お早く!」

「っ……済まぬ!」

 

 後ろ髪を引かれる思いで走り出すナユラ。

 直後、異形に立ち向かう死神達の雄叫び───そして悲鳴が遅れて聞こえる。

 

「ッ……ああっ!?」

 

 堪らず振り返れば、そこには地獄が広がっていた。

 圧倒的な物量に押し潰される護衛の死神が、黒い異形に群がられては、その体を細々と噛み千切られていく。

 大群が犇めき合う異音の所為で、悲鳴もくぐもって聞こえてくるばかりだ。

 

「そんな……」

「ぎぃ」

「!」

 

 異形の一体と目が合う。

 刹那、犇めき合う黒の密集体に次々と目玉が浮かぶ。

 一斉にナユラへ標的を変えた異形は、小さな四肢を忙しなく動かして小さな歩幅で逃げようとする少女へと迫っていく。

 

「く、来るな! あぁ!?」

 

 必死に逃げ惑うナユラであったが、恐怖に竦んだ足が縺れて倒れてしまう。

 うつ伏せになれば床を揺らす震動が直に伝わり、差し迫る物量を否が応でも理解してしまった。

 

「だ、誰か───!」

 

 迫る死の足音に背を向けて、あらぬ方向へ手を伸ばす。

 取る手などどこにもありはしないのに。

 

 

 

「面を上げろ───『侘助』」

 

 

 

 その時だった。

 あれだけ騒がしかった足音が、暗く陰惨な解号と共に解き放たれた霊圧の波動が広がるや、ピタリと止んだではないか。

 

「なっ……」

「……空から降ってきたギィギィと五月蠅い鳥を片付けたかと思えば、今度は目玉の怪物か。世も末だね」

「……吉良……イヅル?」

 

 現れた救世主は、全く以て予想外の人間であった。

 

「生きていたのだな……!? 死んだと聞いていたが……」

「いや、その男は死んだよ」

「何を言って……?」

「ここに居るのは、ただの死神さ」

 

 生気を失った青白い顔で吉良は言い切った。

 確かに、言われてみれば右半身が大きく抉れており、普通であれば生きていられるような肉体には見えない。漂う霊圧も異様なまでに静かであり、生命というものをまるで感じさせない。

 

 呆然と、ナユラは吉良を見上げている。

 

「それより彼らの手当を」

「あ、あぁ……!」

 

 そんな空気を断ち切るように、沈んだ声がナユラに呼びかける。

 斬術や白打といった武芸は兎も角、手慰み程度ならば回道を修めていたナユラだ。瀕死の護衛を癒すべく、練り上げた霊圧を患部に当てて治療を始める。

 

「そろそろ僕は行くよ」

「もう行ってしまうのか?」

「不安がっている人間を置いていくのは心苦しいけれど、外は此処よりも酷い状況だ。何もせずに居るのは気が重いよ」

「いや……済まん。我儘を言うつもりではなかった」

「そうかい」

 

 そう言って、吉良は踵を返す。

 向かう場所は魑魅魍魎が犇めく戦火の渦中。各地で勇み立つ隊士や滅却師とは違い、淡々と戦場へと歩み出していく。

 その背中を見送るナユラは、僅かに逡巡し、声を上げる。

 

「……イヅル、必ず生きて戻ってこい」

「何度も言うけれど僕はもう死んでいるよ」

「それでもだ。生きて戻らねば、貴様を命を賭して四十六室を護り抜いた英雄として祀り上げてやるからな」

「それは……死んでも嫌だね」

 

 引き攣った笑みでナユラの激励を受け取った吉良は、長々とした溜め息を一つ零し、清浄塔居林を後にした。

 

「さて……屍人(ぼく)一人が来たところで護り切れるか」

 

 空を仰げば、未だに浮かび続ける巨大な眼球から、無数に黒い波濤が瀞霊廷のあちこちへ流れ込んでいるのが見える。

 

 そんな時だった。

 空を無数の閃光が駆けていく。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あぁー、もう! なんなのよ、こいつら!」

 

 瀞霊廷の一角で奮闘していたチルッチが、自分に襲い掛かる異形を前に悪態をつく。

 

「まったく! 吾輩は坊や(ニーニョ)と戦えると聞いて赴いたというのに……」

「これじゃあそれどころじゃあねえな!」

 

 踊るように斬魄刀を振るうドルドーニの傍で、ガンテンバインが拳から虚弾を放つ。

 元十刃とだけあって十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)の三人は大した戦闘力のない異形を次々に消し飛ばしていく。

 

 しかしながら、やはり数は多い。

 チマチマと刀で払っていては埒が明かないと、額に青筋を立てるチルッチが縫い目の残る美貌を歪めて吼える。

 

「しゃらくせえ!」

 

 虚閃。

 広範囲を薙ぎ払うように放たれた一条の光線は、押し寄せる異形の大群の数を一気に減らす。

 

「やるではないか、お嬢さん(セニョリータ)!」

「セニョリータって言うな、気持ち悪い!」

「ムオゥ!? お嬢さん(セニョリータ)呼びの何が不満だったというのかね!?」

「生理的に受け付けねぇーってんだよォ!」

「ぐほぁ!? せ、生理的に受け付けん……だと……!?」

 

「おい! 漫才やってる暇があるなら手を動かしてくれ、手を!」

 

 苛立ちを隠さないチルッチの八つ当たりがドルドーニを襲う。

 これは紳士たる彼には中々のダメージだったようであり、心が折れた中年が地に崩れ落ちて涙を啜る。

 すぐさまガンテンバインのフォローが入るが、明らかに先程までとは動きのキレが違う。

 

「やれやれ……貴方方の怠慢ぶりには言葉も出ない。何処かにいらっしゃる藍染様をお守りしようとする気概はあるのですか?」

「うるっさいわね! どうせあたしもあんたも、あのトチ狂った科学者の肉人形でしょーが!」

「……聞き捨てなりませんね。今すぐ訂正なさい。その首が胴から離れることになりますよ」

「ふんっ! やれるもんならやってみなさいよ! どーせ最初(ハナ)っから死んでるんだから変わりないわ!」

 

 バチバチに火花を散らすチルッチと褐色肌の破面・ゾマリ。藍染に忠誠を誓う余り、マユリの骸部隊として改造されても尚、口を開けば藍染の事ばかりだ。

 その所為もあってか、過去はすっぱりと切り捨てているチルッチとは如何せん反りが合っていない。

 

「だから後にしてくれっての……!」

「ム……あれを見たまえ、戦友(アミーゴ)よ!」

「ん? ッ……おいおいおい、ありゃあ不味いだろ!」

 

 ドルドーニに呼びかけられ、空へと目を向けたガンテンバインが焦燥に彩られた声を上げる。

 落下してくる物体───それは巨大な霊王宮の瓦礫、もとい零番離殿の一部であった。

 零番離殿そのものが小さな街一つ分の広大さを誇るのだから、それの欠片一つとっても落下物としては破格の巨大さを有しているのは想像に難くないだろう。

 

 言ってしまえば、小さな街が丸々一つ落下してきているようなもの。

 幾ら広大な瀞霊廷とは言え、あれほどの大きさと質量の物体が落ちてくれば一たまりもない。ただでさえ異形の対応に追われている中、一発の質量弾によって戦力を削られれば、瞬く間に形勢は相手側へと傾く。

 

「何とか落ちてくる前に片づけるしかねえ!」

「ム……となれば、刀剣解放しかあるまい!」

 

 心なしかイキイキとしているドルドーニが斬魄刀を構える。

 

「いざ……征かん!」

 

 高まる霊圧。

 それだけで押し寄せる雑魚は撥ね退けられ、お披露目の舞台は仕立て上げられる。

 ドルドーニに続き、チルッチやガンテンバイン、そしてゾマリもまた斬魄刀を握っては、落下してくる巨大な瓦礫を見上げながら霊圧を解放した。

 

「───『暴風男爵(ヒラルダ)』!」

「───『車輪鉄燕(ゴロンドリーナ)』!!!」

「───『龍拳(ドラグラ)』……!」

「───『呪眼僧伽(ブルヘリア)』」

 

 虚としての本来の力を解放した四人は、一斉に己の肉体に傷をつけ、それより溢れる血と霊圧を混ぜる。

 

「使うのは久方ぶりだが……致し方あるまい。我々の勝利の道に華を敷いてやろう!」

「ただでさえ燃費悪いってのに……だぁー、もう! こうなったら元十刃の意地、トコトン見せつけてやるわ!」

「それでもやるしかねえか……」

「藍染様、どうか我々にお導きをおおお!」

 

 

 

王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)!!!』

 

 

 

 破壊の光が空へと奔る。

 己の血と霊圧を媒体に発動される最強の虚閃“王虚の閃光”。虚夜宮では天蓋の下では使用が禁止される程の破壊規模を誇る技だが、その破壊力こそ現状打破に必要不可欠。

 四条の光は一直線に空へと昇り、落下する異形や小さな瓦礫を巻き込みながら、とうとう巨大な破片へ突き刺さる。

 

「ぬおおおお!!!」

「がああああ!!!」

「らああああ!!!」

「はああああ!!!」

 

 巨大な破片を押し上げる勢いで、強烈な閃光が瞬く。

 全霊力を出し尽くすと言わんばかりの気魄を放つ四人だが、そうでもなければ忽ちに押し負けるだろう。

 

「ここが正念場だぞ、踏ん張るのだァ!」

「言われなくても……分かってるっつーのォ!」

「へへっ……神の御加護とやらには期待できねえな!」

「ご覧ください、藍染様あああああ! 貴方に捧げるこの光をおおおお!」

 

 各々が自分を、あるいは他者を奮い立たせる言葉を紡ぎながら、王虚の閃光を解き放ち続ける。ゾンビ化に際し、ある程度霊力の強化が図られた涅骸部隊であるが、それにもやはり限界はある。

 王虚の閃光級の技を使い続ければ、霊力が枯渇するのは時間の問題。

 あと数分と経たない内に四人の霊力は底を尽くが、それまでに破片をいくらか砕かねば根本的な解決にはならない。

 

「あ、破面達が……!」

「涅隊長が改造したっていう、あの!?」

「凄い霊圧だ……もしかしたら、このままイケるか!?」

「いや……ダメだ!」

 

 近場で眺めていた死神が期待の眼差しを向けるが、現実はそう易々と都合の良い方向へは運ばない。

 

「デカ過ぎる……あのままじゃ、砕くより前に落っこちてくるぞォ!」

 

 最強の虚閃を以てしても、破壊し切るには至らず。

 ぐんぐん迫って来る破片は、見上げる者達の視界を埋め尽くす。そうして押し退けられる大気は、低い唸り声を上げる。

 

「クソがあああ!」

 

 滝のような汗を流すチルッチが、怨嗟の叫びを響かせる。

 四人の攻撃を以てしても、未だ破片の表面を幾らか削り取るに留まっていた。流石は霊王宮を築き上げる素材だ、並みの頑丈さではない。

 最早霊力は枯渇寸前。

 表面を削ったところで、圧倒的な面積がそのままである以上、下敷きになる場所に居る者達は等しく挽肉になるだろう。

 

 だが、それを良しとするのも、諦めている者達もこの場には居ない。

 

「破道の三十一『赤火砲(しゃっかほう)』!」

 

「!」

 

「破面に続けェ! 俺達も撃ち落とすんだ!」

「瀞霊廷を護らなくて何が護廷だ! 少しでも小さく砕いて被害を抑えるぞォ!」

「天廷空羅で鬼道衆にも応援を要請しろ!」

 

 まばらに存在していた死神が、空目掛けて鬼道を撃ち始める。

 四人に比べれば、一発一発は余りにも小さく、そして弱い。

 だが、時が経つにつれて増していく人の数に比例し、空を覆う弾幕は厚くなっていく。

 

「我々も加勢するぞ!」

「瀞霊廷の影には見えざる帝国があるんだ!」

「滅却師の誇りにかけて、我等の故郷を護ってみせろ!」

 

 そこへ更なる増援、見えざる帝国も霊子の矢を放ち始める。

 死神の多種多様な鬼道と滅却師の神聖滅矢、二つが入り乱れる空はまさしく混沌であった。が、確実に破片を穿ち、削り、そして瓦解を引き起こす。

 

「いける……いけるぞ!」

「……ぐッ……!」

「チルッチ!?」

 

 込み上がる期待感を声に滲ませるドルドーニ。

 だが、一方でチルッチが膝から崩れ落ち、轟音を奏でていた王虚の閃光もか細い線へと瘦せ衰え、最後には消え入るように止まってしまった。これには隣に立っていたガンテンバインも、他の者達も動揺を隠せない。

 

「ッソがァ……!」

 

 息も絶え絶えのチルッチが呪詛を吐く。

 ただでさえ燃費の悪い刀剣解放に加え、王虚の閃光という莫大な霊力を消費する技。併用しようものなら、こうなる結末は目に見えていた。

 そして一人分の攻撃がなくなった所為か、僅かに落下速度が衰えていた破片が、速度を取り戻していく。

 

「これまでか……!?」

 

───願わくば、着物が似合う大和撫子と一服したかった。

 

 若干邪な欲望が漏れたドルドーニは、迫る巨大な破片を前に苦虫を噛み潰す。

 

 

 

「───『群狼(ロス・ロボス)』」

 

 

 

 その時、紺碧の閃光が空へと駆け上がり、落ちてくる破片へ牙を突き立てる。

 

「あの霊圧は!」

「……成程、まだまだ俺達の命運も尽きちゃいねえってことか」

 

 驚愕するドルドーニに対し、ガンテンバインはニヒルに笑ってみせる。

 突として現れた霊圧は彼一人ではない。牙を剥き、外敵を一蹴せんと猛る獣は群れを成して立ち向かう。

 

「───『皇鮫后(ティブロン)』」

「───『葦嬢(トレパドーラ)』」

「───『宮廷薔薇園ノ美女王(レイナ・デ・ロサス)』!」

「───『碧鹿闘女(シエルバ)』!」

「───『金獅子将(レオーナ)』!」

「───『白蛇姫(アナコンダ)』」

「───『滅火皇子(エスティンギル)』」

 

 虚化からの、爆発したと錯覚せん霊力の完全開放。

 それに続くかのように、空間を裂いて現れた黒腔が現れる。吹き荒れる乱気流を貫き、地面に背を向けて天を仰ぐ。

 

「私達もやるわよ!」

「チッ!」

「俺に指図するんじゃねえよ! イライラしやがるぜ……!」

「なら、瓦礫に潰されて死ぬ事だな」

「微力ながら私も加勢致します」

 

 虚圏の勢力───生き残り、千年血戦に参戦した五体の破面もまた、瀞霊廷を圧し潰さんとする天蓋を打ち破るべく解放する。

 

「───『羚騎士(ガミューサ)』……!」

「───『豹王(パンテラ)』ぁ!」

「───『憤獣(イーラ)』ッ!」

「───『黒翼大魔(ムルシエラゴ)』」

「───『絡新妖婦(テイルレニア)』」

 

 空を埋め尽くす影の中に瞬く破壊の閃光は、絶望に脅かされている瀞霊廷の命に希望を与えるように瞬いた。

 

王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)

 

 それまでとは比べ物にならない威力と射程を以て、虚の力を宿し魂が抗ってみせる。

 四人では精々落下速度の減退が限界であったにも拘わらず、帰面の一斉射撃は巨大な破片を上空へと打ち上げるではないか。

 

「す、すごいぞ、あの破面達!」

「敵だと恐ろしいのに、味方だとこうも心強いのか……!」

「なんたって隊長達とやり合ったんだ!」

「やれぇー、頑張れぇー!」

「馬鹿者! 応援だけじゃなくて、彼らが撃ち漏らした破片を狙うぞ!」

 

 一転して希望が差し込み、死神と滅却師の士気が高まる。

 みるみるうちに破片は押し上げられ、とうとう衝撃と自重で原形を留められなくなり、轟音を響かせながら瓦解した。

 

「───卍解、『鎖斬架(さざんか)』!」

 

 その時を狙っていたかのように、白い人影が十字の光を放つ。

 

 ()()()()()()が飛翔を始める。

 死神の虚化実験に際し、屑の烙印を押された“絶望”を冠す魂。だが、あらゆる魂は黒崎一護に引き継がれた虚“ホワイト”に匹敵する潜在能力を、自分の力で勝ち取ってきた。

 

 その力は、罪に穢れた魂を禊いでくれた死神に報いるべく。

 

「一気にブチ破るよ! 虚食転生(ウロボロス)!!」

 

 帰面に繋がる因果の鎖。

 刹那、光と還る魂は、一直線に虚白の魂魄へと集っては、

 

「───『纏骸(スカルクラッド)』!!」

 

 絶え間ない希望の光を、空に一つ浮かべてみせた。

 

 

 

皇虚の閃光(セロ・エル・マス・グランデ)

 

 

 

 解き放たれる破滅の光芒は、散り散りになりながらも巨大であった破片を霊子へと還していく。

 

「おおおおぉぉぉ───っらぁ!!!」

 

 気魄が込められた雄叫びと共に霊力と霊子を出し切った後、瀞霊廷を覆っていた瓦礫は見る影もなくなっていた。

 

 しかし、未だ上空に浮かぶ眼球は健在。

 瀞霊廷を覆う影も消えてはいない……が、巨影を一つ打ち払い、戦う者達の表情にはありありと希望の色が浮かび始める。

 ドルドーニも込み上がる喜悦を抑え切れぬといった面持ちで、頻りに頭を振っていた。

 

「ふふっ、なんとも凄絶な……」

「……何? あの白い奴。あんなの虚夜宮に居たかしら?」

 

 感服するドルドーニの傍で、怪訝そうにするチルッチ。

 そうこうしている内に、飛翔していた白い少女が颯爽と舞い降りてくる。纏骸が解けたのはその直後。

 

「死神さんの街も災難続きだね……っと!」

 

 破片を砕いても尚、地表に溢れる異形はまだまだ湧いて出てくる。

 何もせずとも襲い掛かってくる以上、先手を打たねば一方的にやられるのみ。少女は霊圧の刃を解き放ち、犇めき合う黒の大群に穴を穿つ。

 爆ぜる霊圧の残滓が小さな異形を蹴散らす。

 そうして生まれた地表の穴に降り立つや、今度は柄尻から伸びる鎖を手に取り、飛び掛かってくる異形へ向けて振り回し始める。分銅鎖の如く自在に宙を奔る双剣は、押し寄せる異形をものともしない活躍ぶりをみせていた。

 

「でも、これじゃあ何処も安全じゃあないね」

「この世の何処にもねえよ。逃げ場なんか」

「だからこそ、これ以上の狼藉は許せまい」

 

 隣に降り立ち首肯する気だるげな男と、褐色肌の女も続けて仕掛ける。

 

───無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)

───青の圧伏(オレアーダ・アズール)

 

 途方もない数の光線が銃口から。

 轟々と唸る水柱が大剣から。

 

 二つの圧倒的範囲攻撃は、好機と言わんばかりに進路上に佇む異形を蹂躙する。通った後には抉れた地面しか残っておらず、その威力の凄まじさを物語るばかり。

 

「ふふっ、流石は藍染様が選び上げた(エスパーダ)……こうも圧巻な光景を見せられては、嫉妬の念も浮かばんな」

「それでも貴方は諦めてはいなかったでしょう?」

「うむ? ……おぉ!?」

 

───翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)

 

 ドルドーニの傍を高速回転する槍が通り過ぎ、後方から押し寄せていた黒い波濤を貫いた。

 圧倒的な回転数を誇る投擲は、ただ貫通力を高めるだけに留まらず、周囲の物体を竜巻の如き呑み込んではバラバラに引き裂いていく。

 

 ゾッと背筋に寒気を覚えるドルドーニ。

 思わず抗議の声を上げんとしたが、軽やかな蹄の音を響かせて現れた美貌を前に、すぐさま言葉を呑み込んだ。

 

「貴方は……」

「お久しぶりね」

「ほほう……吾輩から第3十刃の座を奪い取ったネリエル嬢ではないか」

「元気そうで何より……って言うのも可笑しな話かしらね」

「いやはや、貴方のような美女の記憶に残っているだけでも感激の極み。数年前、貴方が虚夜宮から姿を消してから心配しておりましたが、その美貌にお変わりはない様子。いや……寧ろ以前よりも美しく窺えますな」

「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

「世辞のつもりなどは」

「フフッ……実はもっと最近出会っているんだけれどね、憶えていないかしら?」

「ほ?」

 

 不意に投げられた爆弾発言に、ドルドーニは『そんな馬鹿な!』と自身の記憶を掘り返す。自分の美女を焼きつける脳内フィルムに欠けなどない筈だ。

 むぐぐ、と苦悶の声を上げる残念紳士に『意地悪な質問だったかしら』と微笑みながら、ネルは槍を拾い上げる。

 

「グリムジョー、念を押すようだけれど死神や滅却師を巻き込まないで。いいこと?」

「何度もしつけえぞ! 要するにかかってくる雑魚だけ殺せって話だろ!」

「はぁ……本当にわかっているのかしら」

 

 怒鳴り散らすように応答し、異形を切り刻むグリムジョー。

 その荒々しい戦いぶりには溜め息が止まらない。

 すると、颯爽と隣に舞い降りたウルキオラが告げる。

 

「猛獣を飼い慣らすなど無駄な考えはやめる事だ。被害を出したくないのなら、檻にでも閉じ込めておくのが賢明だ」

「だからと言って、遊ばせていられる状況じゃないでしょう」

「それなら精々手綱でも握っておくんだな」

 

 それだけ言って、ウルキオラは再び飛翔する。

 空から虚弾を放っては的確に異形を撃ち抜く技量は機械染みた代物だ。

 しかし、その淡々と数を減らしては辺りの異形を殲滅し別の場所を目指す姿が、今だけは死神と滅却師にとっても心強いものである事は言うまでもない。

 

「それにしても不愛想ね……」

「そうでもありません」

「ロカ……」

 

 蜘蛛を彷彿とさせる脚を背中から生やすロカが、ネルの隣に並び立つ。

 

「ああ見えて、ウルキオラ様は変わられました」

「そうなの? 私にしてみれば、貴方の変わりぶりの方が気になるけれど」

「それは……ヒーローに出会えたから、でしょうか」

 

 現世で出会った一人の英雄に思いを馳せれば、ロカの儚げな美貌に華が咲く。

 困った者を見捨てず、子供の為に立ち上がり、強大な相手にも果敢に立ち向かう姿は、今でも鮮明に思い出せる。

 

 だからこそ、彼の姿が重なるのだ───世界を救わんと諦めない少年、黒崎一護に。

 

「……成程、いい出会いに恵まれたみたいね」

「本当に」

 

 丁寧に受け応えるロカは、反膜の糸でコピーした破面の技を、次々に異形へと叩き込んでいく。

 

 これこそが『絡新妖婦』の真骨頂───糸で吸い上げた情報の再現。

 創造主たるザエルアポロには失敗作とされたものの、最終的にはその創造主すらも打ち倒せる可能性に秘めた力は存分に揮われる。

 

「最早誰を欠いても、私達の願いは成し得られないでしょう。一人一人が全力を尽くさなくては……」

「ええ、その通りよ」

 

「りゃあああ!」

 

「「!」」

 

 意気込みを口にすると共に身構える二人。

 その直後、円を描くように双剣ごと回る虚白が傍に着地した。人型の異形を何体も切り刻み、宙には夥しい黒い液体が飛び散っている。

 

 降りしきる血雨を浴びる虚白。

 その霊子の中には、焰真の霊圧が幽かに感じ取れた。

 

 かつては自分を救ってくれた死神。

 だが、今となっては世界を滅ぼす破壊者と化している。

 

 認め難い事実が胸に込み上がるものの、両手に握る白亜の双剣を見つめた彼女は、フッと表情を和らげた。

 

「恩返しには絶好の機会だね」

「絶好……といってもいいのかしら。こんな状況で」

「言えてるね。……でも、そう思ってなきゃ世界丸ごとジ・エンド。ここまでやっといて諦める方がバカバカしいって話じゃない?」

 

 おどけるように言い放つ少女は、状況にそぐわぬ笑みを咲かせた。

 

「それに人生諦めない限りイイコトが起こるもんだよ」

「経験談かしら?」

「アタリ」

 

 ニカッと白い歯を覗かせる虚白は、紛れもなく人生の転機であった瞬間───愚直なまでに純真な一人の死神に出会った場面を思い出す。

 

「キミは虚を救おうとするヒト知ってる?」

「……一人、心当たりがあるわね」

「あらら、奇遇。それじゃあ、ボクら運が良かったみたいだね」

「ええ、そうかも」

 

 それぞれが別々の死神を思い浮かべ、笑みを禁じ得られなくなる二人。

 どこにでも理屈や慣習よりも、感情や感性を優先し、己の信念のままに戦う人種というものは。

 

「ボクはそのヒトに教えてもらったんだ。望みを絶やさない限り、応えてくれるヒトは必ず居るって」

「……その事を知っていたら、って人は居たけれど。中々上手くいかないものね」

「だから諦め悪く足掻くんだ。ホントに終わる───最後まで!」

 

 襲い掛かる異形を薙ぎ払い、虚白は契る。

 

 

 

───ねえ、アクタビエンマ。

───あの時とは逆になっちゃったけど。

───ボクが“鎖”になるから。

───ボクらが“楔”になるから。

───だから、ね?

───キミも諦めないで。

───こんなに諦められなくなったのは。

───キミのせいなんだからさ。

 

 

 

 死神は絆と言った。

 魔王は鎖と言った。

 

 どちらも合っている。

 どちらも間違っていない。

 

 なればこそ、今は絆を鎖と化して彼を止めるのだ。

 そう、取り戻した中心(ココロ)が叫んでいる。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……」

 

 天から見下ろす。

 地表で抗う生命の輝きとも言うべき力の結集を。

 

「……」

 

 だが、王の瞳は冷然と変わらぬまま。

 遥か頭上に浮かぶ眼球には目もくれず、瀞霊廷を目指す間直立していた瓦礫から、忽然と飛び降りる。

 

 そこは一見何の変哲もない荒地。

 建物の瓦礫が乱雑に転がる場所は、貴族が避難する清浄塔居林や死神と滅却師を扇動する技術開発局でもない。

 

「───ようこそ、私の尸魂界へ」

 

 しかし、この男が居る。

 

「……藍染惣右介」

「まさかユーハバッハが斃れるとは。君も想像以上に成長していたらしい」

「私は───」

「ああ、構わないよ。今のは元より()()と話しているつもりはなかった」

 

 伏せていた目を上げ、慇懃とした居住まいを崩さぬ大罪人が面と向かう。

 

「改めて御挨拶といこう───初めまして、霊王よ」

「霊王、か」

「気に入らないのであれば訂正しよう。だが、世界を繋ぎ止める楔を霊王と呼ぶのであれば、貴方以外に適当な人間は在り得ないだろう」

「興味はない。呼び名にも、貴様にも」

「成程。少々貴方を超然なものと見過ぎていたようだ。憎悪と衝動のままに突き動く姿は虚染みているが、それで人間味を帯びるとは……皮肉なものだ」

 

 物腰は柔らかなまま。

 だが、慇懃な態度に見え隠れする無礼さは、世界を掌中に収めんとする王を前にしても変わりはない。

 

 故に藍染惣右介。

 故に大罪人。

 霊王を殺し、その座を我が物に挿げ替えんとした男として在るべき姿であった。

 

 しかしながら、言葉通り癇に障った様子を見せぬ王は、悠然と大罪人の許まで歩を進める。

 椅子に拘束された藍染の傍まで近寄れば、無差別に解放される超絶的な霊圧が身に襲い掛かるが、構わず王は手を伸ばす。

 

 刹那、藍染の口が弧を描く。

 

「そうか、てっきり霊王宮(うえ)で決着をつけると思っていたものだが……どうやら予想以上に黒崎一護に手古摺らされたと見える」

 

 人並外れた観察眼が見透かす。

 

「力も随分と殺ぎ落とされているところを見れば、残された力で芥火焰真の体を奪ったという訳だ」

「そう視えるか」

「でなければ、態々私の許へ力を奪いに来る理由はあるまい」

 

 不遜な物言いを宣う口は、不敵に歪んでいる。

 ある意味勝ち誇ったようにも窺える面持ちは、黒崎一護らに討たれた滅却師の王を嘲るように、あるいは逆に討ち取ってみせた英雄を讃えると言わんばかりだった。

 

 だが、冷淡な雰囲気を身に纏う王の様子は変わらない。

 霊圧で軋もうとも破れた肉から血が滲みでようとも厭わぬ指先を、拘束具に縛られた藍染の胸へそっと突き立てる。

 

「違うな」

 

 頑強な束帯を破り、生温かな皮膚を破り、冷えた爪先が触れたのは藍色の光を放つ宝珠。

 今尚胎動を止めることのない禁忌の産物は、藍染惣右介という怪物の心臓と化し、延々とその鼓動を打ち続けるのみ。

 

()()()()()()()

「成程。今になって()()を求めるか」

「……貴様の玩具が喰らった欠片、返してもらおうか」

 

 刹那、藍染の全身に血管の紋様が浮かび上がる。

 掠奪の力に蝕まれ、僅かながら藍染に苦悶の色がにじみ出た。骨肉を破られる痛みよりも、融合した超越物質を中心に広がる虚脱感が理由である。

 理論の上では不死とされ、だからこそ無間に投獄された藍染ではあるが、彼より湧き上がる底無しの霊圧がみるみるうちに吸い上げられていくではないか。

 

 崩玉───創造者を以てしても破壊不可能な願望器。

 彼の宝珠が取り込んだ魂の中には、遥か昔に殺ぎ落とされた霊王の欠片もある。

 

 

 

 

 

「返して貰うぞ───全て」

 

 

 

 

 

 月のように凍てついた瞳が突き刺さる。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「一つも無えよ───そんなモン!」

 

 

 

 

 

 日のように燃え上がる瞳が割って入る。

 刹那、月の剣が大地に堕ちてきた。刃と地の間に存在するもの全てを両断する勢いで振り下ろされた剣からは、その気魄に呼応するように膨れ上がった霊圧の刃が解き放たれた。

 目を見張るばかりの威力。

 すかさず手を引く王。それでも一瞬遅れた分、獰猛な牙が王の御手を焼き焦がす。鋭い痛みが襲い掛かる。直後、痛みに苛まれる手が反射的に突然の───しかしながら、予想はしていた来襲者を打ち払う。

 

「……貴様」

「今度こそ……返して貰うぜ!」

 

 現れたのは救世主。

 一度は折れた剣を掲げ、尚も仲間と世界を救わんと立ち上がる一人の少年───黒崎一護が舞い降りた。

 

 悪意に取り込まれた仲間を前に、狼狽えていた姿はない。

 決意を固め、覚悟を決めたと窺える精悍さを携えた彼は、かつては自分が討った大罪人すらも護ると言わんばかりに王に立ちはだかった。

 

「異な事を言う。私から奪ったのは貴様達……この世界の方だ」

 

 しかし、王の眼中に映るのはあくまで奪われた欠片の方。少年の裡に宿る完現術の力の根源である。

 

 それを知ってか知らずか、仄かに憂いを覗かせた目を伏せる。

 

「……かもしれねえ」

 

───それでも。

 

 祈るように剣を握る一護は、下を向くのを止める。

 前を、ただ前を見ては現実と向き合う。

 

 向き合わなければ戦えない。

 向き合わなければ進めない。

 

 過去にも、未来にも。

 進む為には真っ向から、彼と相まみえなければならないと。

 

───俺の魂も、そう理解してんだよ。

 

 故に、一護は前を向く。

 

「アンタが世界を憎む理由は解らなくもねえ」

「ならば───」

「だからって世界を滅ぼしてもいい理由にはなんねえし、生まれてくる命に罪がある訳でもねえ! 憎いものがあるからって、世界を滅ぼそうなんてちゃんちゃらおかしい話なんだよ!」

「……」

「アンタも理解してるんだろ!? こんな事やったって虚しいだけだって!」

 

 ユーハバッハから告げられた歴史が一から十まで正しいとは微塵も思っていない。

 それでも耳にした過去に対し、自分がどう感じたか───その心の機微を大切にしたかった。

 

「アンタは根っからの悪人なんかじゃねえ……人並みに人に希望を見出して、人並みに人に絶望する、ただの人間だ! そうだろ!?」

「……人ならば何だ? 私を殺せるとでも?」

「……アンタを救ってみせる」

 

 衝きつけられるは、一振りの剣。

 

「一人の───死神としてな」

 

 それは天鎖斬月ではなく、()()()()()であった。

 

 死神、虚、滅却師、完現術の集大成であった天鎖斬月から、その大部分を奪われて残った搾りかすのような大雑把な姿形。

 何が起ころうとも刀は放さない───そう言わんばかりに柄巻の代わりである包帯は、右腕全体に巻きつけられていた。

 

 原点に帰るとは、物も言い様だ。

 

「……貴様一人か」

「なんだよ」

「───傲慢だな」

「!」

 

 吐き出される呪詛と共に、重く膨れ上がる霊圧が瀞霊廷を圧し潰す。

 積年の怨念。それを芥火焰真という器を得て、形を成した存在である王が解き放つ。死神とも虚とも滅却師とも違う───否、あらゆる次元を超えた霊威は、周囲の瓦礫や大気すらも霊子へと還し、己が身へと取り込んでは力へ変える。

 

「貴様一人で世界を護れるとでも?」

 

 刻一刻と、世界が悪意へと傾いていく。

 

 揺れる天秤。

 かつて死神と滅却師との間で揺れ動いていた世界という天秤は、今やたった一人とそれ以外の生命全てを秤にかけていた。

 まさしく世界の命運が、重圧と化して一護に圧し掛かる。

 

(重てぇ)

 

 想像より、遥かに。

 

 だが、大地を踏みしめる脚は震えることも折れることもなく。

 世界を背負っても尚、託された心に支えられているからこそ、少年が屈する姿勢は見せなかった。

 

(これが……今までアンタが背負ってたモンかよ)

 

 だからこそ、噛み締められる。

 この重圧を。

 延々と命が廻る揺り籠を繋ぎ止める、途方もない責任を。

 想像するだけで気が遠くなり、狂いそうになる。斯様な身に囚われた王に心を寄せる少年は、託されたものの全てを斬月へ注ぐ。

 

「……俺一人じゃねえ」

「……なんだと?」

「これからは、皆で背負っていくんだよ」

 

 静かな怒りを前に、激しい想いを抱く少年は衝きつける。

 

「アンタが繋いでくれた、この世界をな」

「……疑問でならないな」

「何がだよ?」

「どうしてそこまで固執する。世界を護る事に」

 

 一護にしてみれば当然の行為に、王は小首を傾げるかのような物言いで問いかけた。

 

「護るだけの意義があるのか? 貴様がどれだけ誓おうと、世界は理不尽に奪っていくぞ。貴様から大切なものを……今在る世界の仕組みがそうなのだ」

「それは───」

「それでも護るのか? 貴様と……貴様の大切なものに仇為す存在までも」

 

 グラグラと煮え滾る憎悪を紡ぐと共に、断罪の炎が立ち昇る。

 噴き上がる劫火は留まることを知らず、瀞霊廷に巣食う命を焼き尽くさんと火勢を増していく。

 その光景に一護は息を飲む。

 焼かれれば地獄へ堕ち、永遠の苦痛を味わう星煉剣の炎。

 本来、それは心根優しい死神が持ち得るからこそバランスの取れていた力だ。

 だが今や、世界を憎んで止まない悪意の手に渡ってしまっている。このまま劫火が広げれば、間もなく瀞霊廷のみならず三界の全てが地獄絵図と化すだろう。

 

 終末を陽炎の奥に幻視する一護。

 そのような少年に王は諭す。

 

「背負うまでもない」

「……」

「背負う意義もない」

「……それがアンタの言い分かよ」

「貴様もそうは思わないか?」

 

 語気を強める王。

 

「違う」

 

 しかし、真っ向から否定する声が響く。

 

「俺は何もてめえが嫌いなモンまで護りてえ訳じゃねえ」

 

 強い瞳が王を射抜く。

 

「けど、俺を助けてくれた奴等の中には俺が嫌いな奴が居たかもしれねえ」

「……」

「護廷隊の皆が俺に死神の力を取り戻させてくれた時……それと焰真の完現術を通じてはっきり解ったんだ。世界には好きな奴等も嫌いな奴等もたくさん居て、それだけたくさんの繋がりがあるってな」

 

 一度は失った剣を握るからこそ、噛み締めながら言い切った。

 

「俺は大切な奴等だけを護りたい訳じゃねえ。だからって嫌いな奴も護りたいって思うほど聖人でもねえ」

「ならば───」

「それでも俺は大切な人が生きている場所を護りたいって……そう思っただけだ」

 

 それが世界だったというだけの話。

 

 居場所を護りたいと謳う少年を前に、王は───。

 

 

 

 

 

「───下らない」

 

 

 

 

 剣を振り翳した。

 

 次の瞬間、白銀に煌めいていた刀身が炎へ熔けていく。

 剣という器を滅し、代わりに右手と融合したかのように力が剣を成す。その切先からは断罪の炎が絶えず噴き上がる───天を衝かんばかりの怒りを表すように

 

「貴様達に在りはしない。世界を如何こうする権利など」

「っ……アンタ」

「赦されるのは、この世界の犠牲となった私だけだ」

 

 憎悪に震える声と共に、怒りに焠ぐ剣を振り下ろす。

 

 

 

「この世界でただ一人……全てを裁く権利がな」

 

 

 

 世界が白に染まる。

 

 

 

 世界を打ち滅ぼす断罪の炎。

 瀞霊廷諸共両断し得る破壊力を秘めた一閃は、暴風と激震、そして轟音を広げながら一護に襲い掛かった。

 

 

 

 避ける間も、逃げる暇もない。

 

 

 

 そして、

 

 

 

 引き下がる必要もない。

 

 

 

「───それでも、護んだよ!」

 

 

 

 世界が黒に塗り変えられる。

 

 

 

「……なんだと?」

 

 刃が止められた。

 確かに振り下ろした、全霊の力で。

 霊王宮(うえ)で一合相まみえたからこそ、少年の力量や霊力は推し量れていた筈だ。

 にも拘わらず、炎に視界を遮られた先に佇んでいる少年の気配は消えない。寧ろ、迸る力の波動は増していくばかりであった。

 

 断罪の炎を受け止めていたのは、果てしなく黒い刃。

 

「……莫迦な」

「アンタがどうしても世界を許せねえってんなら……俺がその世界の罪ってヤツを洗い流す」

「一体、どうやって……」

「その為に……手に入れた力だ!」

 

 黒が弾け、白を吹き飛ばす。

 

 その先に佇んでいたのは、黒衣を閃かせる一人の死神。

 

「───なんだ、その姿は」

 

 平坦ながらも驚愕の色が滲む声音を、王が紡いだ。

 そこに立っていたのは黒崎一護、確かにその男であった。

 しかしながら、黒く染め上がった長髪も、赤く彩られた瞳も、上半身を覆う青く仄暗い包帯も、右手に握られる黒い霊圧の刃の全てに至るまでが想像を───そして常軌を逸していた。

 

───違う。

 

 死神とも。

 虚とも。

 滅却師とも。

 完現術者とも。

 

 あらゆる種族の次元を超えた力を纏う少年が、目の前に存在していた。

 

「……成程」

 

 しかし、記憶を手繰り寄せた王が納得する。

 

「それが貴様の全霊か」

 

 魂が憶えている。

 この奇跡の全貌を。

 

「ああ」

 

 少年は一振りの黒刀を構え、応える。

 

「こいつが俺の……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───最後の月牙天衝(クインシー・レットシュティール)だ───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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