猫、拾いました   作:秋の月

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テストが近付くと憂鬱になります。来週です。生きて帰ります。でも英語と物理が死にそうです。


10話 猫、旅立つ

世界が変わるきっかけなんて、大したものじゃなかったんだ。みくは携帯に映し出された一文を見て呆然とした。それは突然に訪れた。

 

『どう言う事なの!学校はどうなるの!?』

 

寮が変わる...それだけならみくはまだ納得出来る。...寂しいのは変わらないけど。そしてメールは直ぐに来た。

 

『学校に関しては会社から車を出します』

 

それ目立つ奴にゃ!?

 

そしてみくはさっき言った事を訂正するにゃ。

 

 

納得出来るかぁ!?いやアイドルとして認められるなら良いんだけろうけど!!

 

ちょっとみくはご乱心らしい。

 

―――

 

世界が変わるなんて思わなかった。なんて事を今でも定期的に連絡取っている友人にメールを送ったら「頭大丈夫か?」と心配された。きっと俺の今までは幻想で、あいつの言う通り今の俺は一種の精神病を患っている患者と言うこと――な訳ねぇよ。

 

なんて言ってもあいつは認めないだろうから『大丈夫』とだけ返しておこう。親しき仲にも礼儀ありと言うのにも関わらずあいつは失礼な奴だ。

 

「ただいまにゃ...」

 

なんて旧友に対して愚痴を零していた所で前川が帰ってきた...が、どこか疲れているとは別な感じの元気の無い表情で帰ってきた。

 

「ま、前川...どうしたんだ?猫にでも逃げられたのか?」

 

「違うにゃ!」

 

「まさか今晩の献立が焼き魚だと察したのか?」

 

「それも違うにゃ!と言うかなんで焼き魚なの!?」

 

「嘘だ」

 

「嘘かい!」

 

うん。ツッコミは健在みたいだ...。

 

「で、シケた面してどうしたんだ前川?あの時と同じような顔してるぞ」

 

「あ...うん...それは...えぇと...」

 

言葉を濁している前川の表情は、まるで最初にここに連れて来た時とは...少し違うが、それでも似たような感じだった。アイドルとしての芽が出ずに周りが売れていき、自尊心や夢をズタズタにされた時の前川と。でもあの時混ざった悔しさはまるで見られなかった。寂しさと言うべきなのか、良くは分からないがそんな雰囲気がした。

 

「会社の都合で...寮が変わる事になって...」

 

「アイドルやってる人の身に何かあったら大変なんだろうが急だな...と言うことは...」

 

「ここも...出て行かないと...あ、でも学校が変わる訳じゃなくて...ただ仮に仕事が増えると...会う機会も少なくなるよね...」

 

...もうそんな頃合いなのか。考えなくても今までの事がおかしいってのは分かっていたことだ。本来はあってはならないもの。元通りになり少し安心する反面、心の底ではもう行ってしまうのかなんて女々しい気持ちも湧き出てくる。それほどまでに俺の中で前川の存在が大きくなっていたのだろう。この二週間が日常で、それ以外は何にも起きない、モノクロームな非日常なのかもしれない。

 

「...そうか...」

 

でも俺に何が出来ると言うのだろうか。高校生の身分で出来ることなどたかが知れてる。一時的な感情に任せて、自分に都合の良い理由を付けて他者を束縛するなんて無責任だ。だから止めないかと言われると、駄目だと分かっているのに辛いものがある。

 

「な、長門チャン...?怖い顔してるよ...?」

 

「いや、何でもない...ただ...」

 

「ただ?」

 

「この生活が終わってしまうとなると...悲しいものがあるな...」

 

文が進むに連れ細くなる声は、果たして前川に届いたのだろうか...なんて驚いた表情を浮かべる前川に対しては無用な心配だったかもな。何だかんだ耳も良いし。

 

「...な、長門チャンそんな事考えてくれたんだ...」

 

「ドン引きものだと思うぞ...なんで嬉しそうにしているんだ...」

 

「え?だって同じ事考えていてくれて、みくはとっても嬉しいから」

 

「ッ!」

 

「永遠のお別れじゃ無いんだよ。学校行けば会えないわけでは無いし、会おうと思えばオフの日は会える。世間体だってどうにか出来るし346プロはそう言うのには寛容的だし...」

 

「た、確かにそれは否定出来ないが...」

 

言い負かされている。辛かったのは前川じゃ無かったのかよ...。言葉を濁らせ、本音をしっかりと言えず、勝手に悲しんで...って俺結局何がしたいんだよ。

 

「でも...もう長門チャンにご飯作ってあげられないし、長門チャンのご飯も食べられないのかぁ...」

 

「...別に弁当くらいなら、作ってやれるじゃねぇか」

 

「え?...そうだね、その方法があるんだね!長門チャン流石だにゃ!天才にゃ!」

 

「ねぇそれ褒めてるの?煽ってるの?皮肉ってるの?」

 

前川に限ってそんな事...否定はできん。

 

「...ところで、この家はいつ出て行く事になるんだ?」

 

「...最後は寮で過ごしたいから...明日かな」

 

「明日...」

 

また急な話だ。あんまり急だと滑り落ちてしまうぞ...俺が。

 

「だから...今日は取っておきのご飯を作るにゃ!」

 

「お、ようやく魚料理フルコースか?」

 

「違うにゃぁぁぁぁ!!!作るかぁぁぁぁ!!!」

 

...それは前川の人生に置いて、最大級のツッコミだった。なんてナレーション付けてるけど...照れ隠しくらいに思ってくれ。野郎の照れ隠しなんて需要ありゃしないと思うけどな。

 

「ま、いつもの様に楽しみにしてるよ」

 

「うん!美味しいの期待してね!」

 

元の状態に戻る。本来あるべき姿に戻る。これは素晴らしい事だと思う。ただ...そんな素晴らしい事を前にして、思いを告げられず勝手に悲しむ俺は身勝手で、ヘタレで、どうしようもない馬鹿だ。

 

―――

 

何かが変わる――なんて何度か話しているかと思う。それは良い事でもあるかもしれない。事実俺は変わる事で新たに友人を得た。休み時間笑い話の出来る友人を。でも必ずしも良いかと言われると、それは違うかもしれない...と俺は答える。今まさに世界が変わる直前...でも俺が抱えているのはウキウキやワクワクと言った今にも新たな出会いがあるのでは!?と思う期待から来る明るいものでは無い。自分を構築するパズルの中で、最も重要であろうピースが、欠け落ちていく様な...暗くて悲しい...そんな気持ちだからだ。

 

表向きは明るくできたのかもしれない。友人と話す時も特段不思議がられる事も無かった。今の取り繕っている明るい表情を見た越前の「ネジが外れてちょっと馬鹿になったか?」と言う言葉が癪に障ったが、そんなんで一々キレる程俺の気は短く無いと思っている。

 

「長門チャン!一緒に帰ろ?」

 

「ん?いいぞ」

 

「おっおっ放課後デートか?羨ましいな」

 

『ヒューヒュー!』

 

「そ、そんなんじゃ無いよ!」

 

「普通に帰るだけだろ?」

 

『ちぇー』

 

この冗談の言い合いも変わった事による副産物だろう。今までは嫉妬の視線だったが、男女共に生暖かく、くすぐったい気分だ。

 

「じゃあな長門」

 

「おう」

 

「前川さんまたね!」

 

「うん!またね!」

 

「...じゃあ行くか」

 

「そうだね」

 

周囲の暖かさは心地良いものだ。なら初めから冷たい視線じゃなくて暖かい視線を送って欲しかったものだが、これは俺の自業自得なのでしょうが無いか...。二年に上がる前に人間関係改善できたのは良かったかもしれない。

 

寒冷地の様な冷たさを誇っていた俺の心の中にも夏は訪れてた。いや春と喩えるべきか。暖かく、感情的になりそうな気持ちだ。

 

「...こんな感じで帰るのも今日が最後か...」

 

「...そうだな」

 

行き帰りの送り迎えが車になるならば、確かにこれが最後だ。最近は通学中に会話とは関係無い話に派生する事は少なく...っと、これこそ関係の無い話か。やはり寂しさが勝るな...。

 

「...みくはね、こうして長門チャンと話して帰るの楽しかったよ。碌でもない事考えてる時もあったけど、と言うかそれが大半だったけどね。会話が無いと気まずいんだけど、長門チャンとの会話はそんなに気まずさは無かったの」

 

ろ、碌でもない...。

 

「碌でもないとは失礼な!でも確かに俺も最初よりは気まずさは消えたな」

 

「でしょー!そんな感じしたんだ!」

 

悪戯が成功した様に笑う前川に少しドキリとしてしまった。持病の心臓病がぁぁぐぬぬ...。

 

「前川と話してると楽しいよな。気を遣うのが馬鹿らしくなるくらいな」

 

「むぅ...それ褒めてるの?」

 

「褒めてるんだよ。あざといからそれやめな」

 

「長門チャン口ではああだこうだ言うけどあざといの好きでしょ」

 

「いや、そんなこと」

 

他人のあざとさならただ「あざとい」か、可愛い女の子なら「あざとかわいい」となるだろう。某ラノベの水みたいな名前の女の子は可愛かったし。ただ前川に対する感情はそれだけじゃない気がする。気がするだけだけど。

 

「でも顔に出てるよー」

 

「いや、前川だけだろそう見えるの」

 

まあ、今までで多分前川にしか見せてないからなんだが。

 

「本当?怪しいなぁ...」

 

「本当だぞ」

 

嘘言っても仕方ない。俺が一番心を許しているのは彼女なのだから。口には出せないがな。

 

「うーん...まあいっか」

 

主要道の外れの閑静な住宅街。こっちに来てから何度も見てきた自分の住むマンション。そして最近当たり前になってきた隣を歩く女の子。

「晩飯、どうする?」

 

「一緒に作る?」

 

「そうだな...ってメニュー決まってないじゃんか」

 

「あはは...魚料理以外なら良いよ」

 

「じゃあ焼き魚...」

 

「話聞いてたにゃ!?」

 

...なんだか何食わぬ顔で帰ってきそうな猫だな...。

 

―――

 

翌日、彼女はいなかった。手紙と買ったばかりのエプロンを残して。




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