Twitterの方で申し上げましたが、失踪はしません。これから忙しくなりますが、創作活動は続けていく所存です。
長門 聡様
拝啓 本来は拝啓の後に季節の言葉などを入れるのが形式ですが、今回は省かせてもらいます。二週間近くお世話になりました。きっかけは私が我儘のあまりに寮を飛び出した事から始まりました。それからは長門チャンに迷惑をかけたりしたと思いますが、私はとても楽しいと感じました。普段から一人でいた長門チャンの印象が良い方向になるきっかけでもありました。クラスに馴染めた事をクラス委員長として嬉しく思います。これからは一緒に過ごす機会が少なくなりますが、時間が会うならまた猫カフェに行きましょう。 敬具
前川みくより
―猫と俺―
時間は無情にも流れていく。それは前川と共に過ごした短い記憶を風化させるように、時間に取り残された俺を置いていくように。正直に言うと、物凄く充実した日々だった。居なくなって初日でこれとは、俺は如何に弱い人物だと否が応でも自覚してしまう。
「...行くか...」
学校に行くのがダルい...あぁ、元々だ。頭が働かない...のも元々か...。やっぱり俺は真面目とは程遠い生徒なんだな...前川にも振り向いてもらえない...のは行動しないからか。なんだかどっちに転んでも駄目な気がするなぁ...気持ちは...切り替えようにもそんなモチベは無いし。前川の住む寮に凸りに行ったらストーカー行為として豚箱にぶち込まれる。いや絶対にそんな事はしないんだけどな。ちょっとキモイな俺。よし長門聡、クールになれ...頭をクールに......ふぅ、落ち着いた。
普段歩く静かな通学路は静寂に支配されていた。湿った空気と熱気が鬱陶しい程纏わりつき、歩けば歩くほど額から汗が垂れ始め、目に入ると痛いから汗を拭う。忘れずに持ってきたタオルを片手に、朝とは思えない程威張っている見えない蒸し暑さを敵にし今日も戦っている。
「長門?朝会うなんて珍しいな」
「…あ?近江か…」
「随分と考え込んでるんだな」
「うーん…朝はいつもこんな感じなんだよ…」
「なるほどな…しかし今日はクソみたいに暑いな」
「最高気温は三十三度らしいぞ」
「うへぇ…コンクリートの上だと体感的に焼かれるということか…」
七月近くでこれとは…八月は地獄か?クールビズ期間と言うのもあり、俺は最初からブレザーやネクタイを持ってきていない。ワイシャツの第一ボタンは既にはずしているが、それでも暑い。団扇を持ってくるべきだったか。
「こんな暑い中よく考え込めるな…」
「碌な事考えてないけどな」
「どんな事?今夜のおかず?」
「それはスーパーで考えてるなぁ」
「そうじゃねぇよ」
新鮮な空気の流れる通学路でその様な事を口走るのは良くないと思うぞ。まあ面倒だし無視の方向で。
―――
夏の空気が流れる教室、不運な事に学校の冷房の調子が悪いらしい。朝よりも暑くなっているこの教室を過ごしていると故郷の冷たい川が恋しくなる。持ってきた弁当の中身が腐るんじゃねぇかなんて思っていると漸く四限の授業が終わった。広げているノートには汗が少し垂れていてふやけていた。
「あぢぃぃ…」
本格的に仕事が乗ってきたらしい前川は今日は収録があるらしく休みだ。CDが売れ始めるに連れ、学校内でも話題になっている。男子陣は「彼女に欲しい」だの「いい身体してる」だの下品な話をして直々女性陣に白い目を向けられている。学校で猥談は良くないぞ…?
「前川は人気者だな」
「そりゃ頑張ってたんだからよ。これくらいの報いがあって当然だ」
本当に良かったよ。公園で見つけた時の彼女はこのまま倒れるんじゃないかと思った。それが今では疲れで倒れるんじゃないかというレベルに上がった。いや後者の方は色々とまずいな?
「前川のファン一号さんは君かい?」
「そう在りたいな…いただきます」
「お前が教室で飯食べるなんて珍しいな」
「いつも食ってるところは気候が穏やかなくらいなら気持ち良い感じだが…この時期は陽射しが直に当たるから辛い」
冬は暖かそうだがこの時期は地獄だ。まだ騒がしい空間で食った方がマシだ。
「でもこの空間も暑い…」
「…だよな」
口にするご飯が、塩をかけていない筈なのにしょっぱいのは汗のせいだろう。
茹だる様な暑さは人々をおかしくする。男子陣の猥談は更に加速していき、女性陣の冷めた視線は更に強くなる。暑くなっているのに寒くなる。その冷たさを貰うには猥談するべきなのか。俺も頭おかしくなってるぞ?
「…アホくさ」
発達した入道雲、眩しいくらい輝く陽光、校庭に出て楽しそうにサッカーをしている男子生徒の声、その中のイケメンに気付いて貰おうと黄色い声援を贈る女子生徒。六月の後半だが…いやだからか。梅雨の影が薄く感じた今年の夏も、いよいよ本番だ。滅入ってくる気持ちとは反対に、どこかこの夏を期待している…そんな自分がそこには居た。
―――
始まりがあれば終わりもある。物語なんてものはそれの繰り返しだ。
―何しけた面してるんだ、前川―
俺たちの物語の始まりは…なんてことの無い、六月の空の下で綴られた。初めて見た。街中で猫耳を付けていた女の子なんて。しかもそれが同じクラスの委員長なのだから。それにアイドルの駆け出しだった。俺は強く衝撃を受けた。
そんな女の子は猫が好きで、料理が出来て、頭が良く笑顔が素敵な女の子だ。根暗な俺とは反対で、みんなの笑顔に囲まれたしっかり者の女の子。でも少し甘えん坊で、ツッコミ気質で、頑張り屋さんな女の子。俺はそんな女の子を…気付いたら目で追っていた。単純に好きになったのだろう。この二週間と言う短い期間で。我ながらチョロい生き物だ。でも好きだ。夕陽に向かって大声で叫ぶ事は出来なくても、この気持ちは確かなものだ。でも相手はアイドル…なんて少し前の俺ならそんな言い訳でも作っていたのだが、彼女には通用しない…らしい。正直今でも「アイドルも恋愛するの!?」となっている。いや346プロが特別なだけだろう。兎に角、俺が前川に気持ちを伝える事は可能という事だ。あとは俺の気持ち次第…。こんな時にヘタレるのが俺なんだよなぁ…。知人Bなんてモブでは無いはずだが、俺は人気を集める要なイケメンでも無いし、精々百七十越えたくらいの背の高さ、特徴的な特技も無くクラスでは目立たない立ち位置、なんなら存在を認識されているか分からないレベル。そんな俺がアイドルと交友を持ちそうなモデルや俳優に太刀打ち出来るとは思えない。前川の彼氏になる男はきっと誰が見てもカッコイイ奴で、背も高いから前川は背伸びをして届こうとするのだろう。もしかしたら歳上かもしれない。何一つ勝てやしない。こんなモブみたいな俺に前川が振り向いてくれるなんて到底思えない……。
いや、そいつ誰だよ。
いつも通りの住宅街、いつものとこ同じ十字路。車も自転車も走っていない静かな道。でも一つ…俺以外の足音が聞こえる。きっと買い物帰りの主婦だろう。心に余裕が出来てきたのもあり、こうして歩く事が楽しくなってきた。散歩はボッチの運動と娯楽なのだろうな…なんて考えていると角から見覚えのある女の子が現れた。俺が会いたいと思っているショートヘアの女の子。猫好きだけど、魚が苦手で…実はハンバーグが大好きな女の子。こんな所で会えるなんて。
「あ!長門チャン!」
「前川」
「プロデューサーに頼んで時間を作ってもらったの!伝えたい事が…一つ…」
「…伝えたい事?」
テレビの仕事が来た報告…?それとも好きな人が出来た報告?面と向かって言われると色々不安になってしまう。やはり俺はヘタレのようだ…知ってるけど。
「うーん…碌でもない事考えてるでしょー、みくにはお見通しだよ!」
「うーんこの」
そんなわかりやすい表情してるか…?
「で、一体どうしたんだ?貰ったエプロンなら大事に毎回使わせてもらっているぞ」
「本当に!?き、気に入ってくれたかな?」
「おう!猫は俺も好きだしな」
「だ、だよねだよね!」
「お、おう…」
この表情を見ると…この子は男に言い寄られるよりも猫に寄ってもらいたい感じだよなぁ…なんと言うか、前川らしいな。
「そ、それよりも……長門チャン!!」
「お、おぉ!?なんだ声上げて…」
「一度しか言わないからよく聞いてね!絶対だよ!」
「わ、分かったから…落ち着け…」
紅潮仕切った顔を上げて前川はこっちを見る。その真っ直ぐな視線に少したじろぐが、目を合わせないと失礼だと思い俺は目を合わせる。
「あのね…」
「…おう」
「私…長門チャンの事が―――」
始まりが来れば終わりが来る。俺と前川の今までの関係は幕を閉じた。
でも、終わりが来れば新しい始まりもやってくる。
俺の…猫との物語は……まだまだ続くらしい。
FIN
本編完結、人生の中で初めて物語を完結させることが出来ました。ここまでの応援、本当にありがとうございました。
番外編、不定期で更新し続けます、