ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
見えない先
クシェルシティの湖畔には霧が立ち込めていた。
鬱蒼と生い茂った森の中にあってその霧は朝靄を思わせたが、時刻は昼を過ぎた頃である。
その霧の中に組み合う二匹の獣の影が映った。
一方は翼を生やした炎のポケモン、リザードン。
もう一方は三叉の角が印象的なポケモン、ギャラドス。
だがそれぞれ違う形態をしていた。雄々しく、強大な姿である。
メガシンカ。人々は進化のさらに先にあるその姿をそう呼んだ。
「……見事です」
髪を三つ編みにした男がそう言った。
それと同時にギャラドスは崩れ堕ちるように湖に沈む。大きな水しぶきをあげて、さながら雨のように降り注いだ。
リザードンは戦った相手のギャラドスを見ると、勝鬨のように咆哮する。
それを見て、逆に肩から力を抜いたのは黒髪の男である。
「こちらこそ、素晴らしいバトルだった」
「ご謙遜を。そちらはまだ余力を残している様子。自分の未熟さを思い知らされました」
サザンカ、と呼ばれたのは三つ編みの男であった。ギャラドスをモンスターボールに戻すと、もう一人の男の方へ歩み寄る。
リザードンの使い手、シンジョウはそんな彼を見て、得体のしれなさを感じ取る。
年齢も不詳、肉体はたくましいがしなやか、柔らかい笑みと雰囲気を持ちながらもどこか浮世離れしている。
まるでこの湖にたちこめる霧のように、つかみどころのない人物である。確かなのはクシェルシティのジムリーダーということだけだ。
いまの戦いも本気であったし、全力であっただろう。だが、彼の底までは見えなかった。
互いに余力を残していた、エキシビションのようなバトルであった。納得はしても、満足には少し足りない。
戦いの中で見えるものをよしとすることを信条としている自分としては、理解ができない相手というだけで興味深いのであった。
シンジョウは戻ってきて自分の背にもたれかかるリザードンの頭を撫でる。戦いを終えた友への労いだ。
「異なる地方のジムリーダー、その看板に偽りなしですね。私よりもよほど、メガシンカを使いこなしているようにみえます」
「自分もカロス地方のシャラシティで修行を積んだ身、先輩にそう言われては照れるな」
「ふふ……次はトレーナー同士も手合わせしたいところですね」
「それは勘弁してください」
微かに笑って、シンジョウは言った。冗談です、とサザンカも笑う。
「次はどちらに行かれる予定ですか?」
「レニアシティに」
「ああ、カエンくんの元ですね」
シンジョウと旧知の仲であるカエンは、サザンカとはとりわけ深く交流があるようで、メガシンカについても彼が教えたということだった。
かつて一度、同じ炎のジムリーダーとして指導をした程度であるが、シンジョウはカエンをいたく気に入っている。まっすぐに強さを求める姿勢は、眩しくもあった。
「しかし、難しいときに来ましたね。近頃のラフエルは物騒ですから」
「……バラル団、『雪解けの日』。聞き及んでます」
ラフエル地方を脅かす存在と、その象徴の名である。
目的は不明、規模も不明。しかし異様な存在感を放ち、ついにはネイヴュという街をひとつ壊滅させるほどの事件を起こした組織、バラル団のことをシンジョウはラフエル地方に訪れるに際し知った。それこそが『雪解けの日』である。
そのこともまた、このラフエル地方においてシンジョウが気がかりなことであった。
「ですが、あなたの実力なら安心ですね。では、こちらを」
サザンカはバッジを差し出した。ピュリファイバッジ。クシェルのジムリーダーを倒したという証明である。
リーグ挑戦をするつもりはない。ここは断るのが筋かもしれない。
しかし、ジムリーダーが全力を出し、敗北したその意味をシンジョウはよく知っている。
自身もまたジムリーダーであるがゆえに。
「何かと役立つかと思います。ぜひ」
「……ありがたくいただきます」
シンジョウはバッジを受け取り、一礼する。
では、また。そう言ってシンジョウはリザードンの背に乗って飛んでいく。空を飛べるのであれば、レニアシティもそう遠くはない。
サザンカは未だ霧の晴れぬ湖を見て、小さな笑みを浮かべた。
バトルの最中、リザードンの放つ炎は湖面を焼いた。
羽ばたくたびに熱風が巻き起こり、吹き上げる炎はギャラドスの水技でさえ蒸発させてしまったのだ。
「並大抵ではありません。が、しかし……強すぎる力は時に、自分の見る先を曇らせてしまうものです」
リザードンの羽ばたきが起こした波が岸へと着く。新たな戦士の到来に、サザンカはラフエルにさらなる変化が起こることを感じ取った。
『ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle』