ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
翌朝、シンジョウとイリス、カエンとカーシャの父親である族長はリュサ族の里を出立した。
シンジョウは、昨日の風向き、雲の高さからおおよその位置を予想できないかと里の者に協力をとりつけることができ、タブレット上のタウンマップにマーキングをしていたのだ。
「シンジョウ兄ちゃん、寝不足か?」
と、カエンは言った。昨晩、カエンとともに寝たシンジョウであったが、寝つきの早さで負け、カエンのいびきに安眠を脅かされたのだ。
それを告げるのも気が引けて、問題ないと返答する。
「しかし、驚いた。シンジョウくんは頭も回るんだね。私じゃこうはいかないよ」
シンジョウが手に持っているタブレットを覗き込みながらイリスが言う。
それはシンジョウもまた、イリスに抱いている感想であった。明るく振る舞い、人の懐に入るのがとても上手い。自分の苦手なところをこなすイリスに少しの憧憬も抱く。
お互いの足りないところを補完できる、という意味では間違いなく、いい相方なのだろう。シンジョウはたった1日の付き合いの中で、イリスをそう評していた。
「これでしたら、見渡せる場所があります」
族長はそう言った。それは助かる。ひとつずつ潰していったのでは、体力も時間も無駄に消耗してしまうだけだ。
なによりもこちらにはカエンがいる。野生のポケモンとすらコミュニケーションを正確に成立させられる、というのはこの捜査では大きなアドバンテージであるだろう。
山道を歩くこと一時間。それなりの時間がかかるが、さすがにこの四人は鍛え方が違っていた。息を整えはすれど、大きく体力を消耗することなく目的地に到着する。
確かに見渡すにはいいスポットだった。マップと位置を同期させれば、おおよそ把握ができそうである。イリスから双眼鏡を受け取りつつ、シンジョウは方角を示し合わせた。
だが、嫌な予感がした。「上手くいっている」という感覚自体が警告を鳴らしているのだ。
カエンのもとにスバメが飛んでくる。なにごとか鳴いた。するとカエンは、慌ててシンジョウのもとに駆け寄ってくる。
「シンジョウ兄ちゃん、まずい! バレてる!」
「みたいだ……な!」
シンジョウとイリスが、それぞれカエンと族長を連れて物陰に隠れる。
四人がいた場所の中心に飛んできたのはシャドーボールであった。一般人にポケモンの技を向けるのは法的に禁止されている。にもかかわらず打ってきた、というのはもはや、正当防衛が成り立つ域である。
だが、シンジョウはいまのシャドーボールにわずかな違和感を覚えた。だが、その正体を知るより前に、次の攻撃が迫ってきた。
「バクフーン!」
「ヌメルゴン!」
シンジョウとイリスはそれぞれ自分のポケモンを呼び出す。続いて迫ってきたハイドロポンプをヌメルゴンが受け止める。そしてその脇をバクフーンが駆け抜ける。でんこうせっか、という技であった。
技の発された元へと駆け抜けぶつかる。そこにいたのはシャワーズであった。
「かみなりパンチだ!」
浮かび上がったシャワーズへの追撃として雷をまとった拳が入った。これにはたまらず相手のトレーナーもシャワーズを引っ込める。
続いて現れたのはヌオーだった。どろばくだんがバクフーンを襲う。咄嗟にスピードスターを撃ち、それらを迎撃した。
「ヌメルゴン、りゅうのはどう!」
その隙を突くように、今度はイリスのヌメルゴンがりゅうのはどうを飛ばした。竜の形をしたエネルギーが森の中を縫うように動き、ヌオーを吹き飛ばす。
だが、敵はそれだけではなかった。気づけばシンジョウたちは囲まれている。
そして囲んでいたのは、バラル団であった。
写真で見た制服に身を包んだ彼らは、真剣な顔をしてぞろぞろと現れる。みな足元には自分のポケモンを連れていた。
「思ったより早かったわね」
バラル団のうち一人の女が前に出てくる。風船ガムを膨らませて、ぱすんと割った。
服装が通常の団員と異なっており、マントを羽織っている。灰色のニット帽と、紫色の髪が特徴的であった。
「いやあ、うんうん。これはけっこう大物が釣れたんじゃないかな。こういうのって、正直本職じゃないんだけど、私って昔から……引きがいいのよね」
「バラル団だな! おまえたち、こんなところでなにしてるんだ!」
カエンが言った。その女は不敵に笑う。この一団を率いるだけあって、さながら女王のような笑みであった。
口ぶりからして、自分たちは罠にはめられたのだろう。あるいはバラル団は、自らの作戦か何かが露呈することも織り込み済みだったのか。
用意周到なやつらだ、というのが彼らに対する評価であった。
「そういうあなたたちだって、こんなところで何をしているの? ふふ、遊んでる場合かしら、ジムリーダーさん? こんな子供にやらせるなんて、ポケモンリーグも終わってるわ」
「なにー!? ぎたぎたにしてやるからな!」
「カエン、挑発に乗るな」
シンジョウがカエンの肩をつかんでたしなめる。
目の前の女は、ポケモンバトル以上にその口八丁が脅威となるやつだ。シンジョウはじっと見つめる。油断ならない相手は、目を離してはいけないというのがシンジョウの鉄則である。
「そんな見つめないでよ。惚れちゃった? 私の元に来てくれたら、お茶の相手くらいはしてあげるけど?」
あえて妖艶な笑みを浮かべて、その女は言った。年若いように見えるが、男を手玉にとる手段は知っているようであった。
だが、その言葉に過剰に反応したのはイリスであった。
「え、そうなのシンジョウくん!? ああいう子が好みなの!? 女王様系ってやつ? やらしー!」
「カエンの前だぞ。教育に悪い」
「否定しないの!? くっ、これはシンジョウくんの目を覚まさせるために、私が一肌脱ぐしかないか」
「どうしてそうなる」
「『私の魅力、マジカルシャイン!』なんてキャッチコピー、どう? ファースト写真集。エーフィと写るの」
「悪くはないな」
「でしょう?」
「三部買って、親にも見せる」
「それは勘弁」
にんまりと笑うイリスに、シンジョウは変わらない無表情だった。
相手にペースをつかませないぞ。そういう意思の表れだ。
代わりに頬をひくつかせていたのは相手のバラル団だ。
「どうやら怒らせてしまったようですが」
族長もまた、冷静に言った。もしかするとシンジョウとイリスの会話の内容がわかっていないのかもしれない。カエンも同様に、首を傾げていた。
「ああ、興ざめも興ざめ。しらけちゃったわ。責任、どうとってくれるの?」
バラル団の女が言った。足元から迷彩をといて、カクレオンが現れる。その育成度合は見てわかる。相当な手練れに違いなかった。
はっきり言って、シンジョウはバラル団をみくびっていた。しっかりと愛情を持って育てたポケモンと、バトルを熟知したトレーナーである。この女の実力は並大抵ではない。
これは少々、荷が重いか。シンジョウは冷や汗とともに、カエンにささやく。
「族長を連れて里に戻れ、カエン」
「でも、兄ちゃんは!?」
「俺の心配はいい。それよりも、里がまずい」
推測であるが、断定するような口調で言った。そうでもしなければカエンは聞かないだろう。
しぶしぶであるが、カエンは頷いた。カーシャのこともある。カエンが適任だろう。
そして族長とカエンを隠すように、シンジョウは前に立つ。イリスも同じように、シンジョウの隣に並んだ。
「用意はできた? 命乞いの言葉も決めてる? バトルとか柄じゃないけれど……負けるつもりはないからね」
その言葉とともに、バラル団は構えた。全員の目に敵意が宿る。
なるほど、カリスマ性だ。空気を支配しているのだ。シンジョウとイリスは経験からその殺気をはねのける。
やはりバラル団は危険だ。この女でさえ、一つの部隊を率いているにすぎない。
バラル団の女は、戦場の女将軍のように手を掲げ、号令のように言った。
「さあ、このソマリがあなたたちを……私の色に染めてあげる!」
「油断しないでよ、シンジョウくん。こいつ、マジで強い」
「わかってる。いくぞ」
バクフーンとヌメルゴンとともに、シンジョウとイリスは一歩前に出た。