ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
テルス山の中をシンジョウとイリスは駆け抜ける。
高山で酸素は薄いものの、丸一日この山で過ごしたからか慣れてもいた。元から鍛えているし、旅慣れていることもあって肺活量も十分だった。
ポケモンたちも調子は悪くない。むしろ久しぶりに外に出たものだから、張り切っている節もある。
襲いかかってくるバラル団のポケモンたちを一蹴しながら、シンジョウはイリスに耳打ちする。
「カエンたちは」
「もう遠くに行ったみたい!」
リザードンで飛んで行ったカエンたちを逃がすために、シンジョウとイリスは時間稼ぎをしていた。なるべく自分たちの注目を集めながら、迎撃しようとしたポケモンを倒していたのだ。
「それにしても、厄介ね。誰も彼も練度が高い。相当な精鋭部隊みたい。私たちでよかった、って感じ?」
イリスがそう言う。バラル団の実力の高さもさることながら、シンジョウはイリスの実力にも驚いていた。陽気な彼女の実力は、もしやするとシンジョウよりも上だ。直接戦わなければ勝敗はわからないけれども、すでにそう思わせるだけの実力を見せている。
自分とイリスを相手にするのは、バラル団にとっても不幸だろう。そう思った。
「絶対に逃がさないわ……!」
バラル団の中でも、ソマリと名乗った女の実力は相当なものである。カクレオンのふいうち、かげうちが先ほどから至るところで飛んでくる。それも、攻撃を放った隙であったり、防いだ直後などだ。
シンジョウのバクフーンが随時対応しているが、他の大勢と戦いながら彼女を打ち倒すのは困難だ。こちらは休む暇はないものの、向こうは回復する時間もある。
「ヌメルゴン、アクアテール!」
状況の打開をはかるべく、イリスのヌメルゴンがアクアテールをくりだした。木々が激流とともに倒れ、追ってきたバラル団のポケモンたちを追い払う。
視界が完全に隠れた。シンジョウとイリスはポケモンをボールに戻し、より低い方へと向かっていく。
しばらく走って、岩陰に隠れる。岩肌を覗く地域になってきて、隠れる場所を探すのも一苦労だ。息を整えながら、二人はタブレットを開いた。
タウンマップは正確な位置を示していない。衛星通信の状態があまり良好ではないのだ。だが、おおよその位置はつかめている。
「テルス山の中央に寄ったな。このあたりは洞窟が多くある」
「私たちも上手くそこに逃げ込めればってところね。カエンくんたちの方も大丈夫かな」
イリスが心配そうに言った。こればかりは祈るしかない。
「それにしても、みずタイプばっかり。シンジョウくん、大丈夫?」
「俺のポケモンは平気だ。カエンだったらまずかったかもしれないが」
「そうねえ。あの子、まっすぐそうだし」
「だが、あまごいをさせるのにみずタイプばかり、というのはいかにも過ぎないか」
「確かに。あまごいなんて汎用性のある技だからなにもみずタイプにこだわらなくたっていい。もしかして、はじめからカエンくんが来ることをわかってた?」
「その可能性はある」
このあたりでなにか起こせば、PGのみならずカエンを相手にすることになるだろう。ジムリーダーであるカエンの実力は本物だ。もし相手にするのであれば、みずタイプのポケモンを多く用意するのが素直な対策だろう。
だとすれば、はじめから狙いはカエンだったのか。シンジョウはそうは思わなかった。確かにカエンは稀有な存在である。『英雄の民』の血をいま現在、最も濃く継いでる存在だ。だが、それがバラル団の目的か、と言われれば違うだろう。
異常な雨がバラル団の仕業なのは確定だ。ソマリという者の待ち伏せがその証拠である。
「リュサ族が目的か」
「そのこころは?」
「たいしたことじゃない。消去法だ」
「うん、信じよう。このあたりで行動を起こすのだとすれば、リュサ族のことでもなければ、洞窟のお宝だね。じゃあ、リュサのなにが目的なの?」
「わからない。だが、もしかするとあの壁画の真実に気づいてるのか」
そこまで話すと、パチパチ、と拍手が響く。
そこにいたのはソマリだった。それだけではない。バラル団のメンバーも追いかけてきていた。息も絶え絶えである。
「なかなかいい答えね。まあ、こちらとしましては、ずっと見てましたから。あなたたちがあの洞窟に入っていくのも、スピアーを追い払うところも」
「……すべて手のひらの上ってわけか」
「あなたたちはイレギュラーよ。本来やってくるべき人ではないもの。ここまで手こずらせてくれるとは思わなかったけれど。『リュサ族の血』、私たちの狙いはそっち。あのカエンって子と族長がなかなか厄介だったのだけれど、いまはあの里、がら空きよねえ?」
シンジョウは思わず舌打ちをする。
であるならば、自分たちはむしろ時間稼ぎをさせられた側であったのかもしれない。
失態であった。結果論ではあるが、相手に先手を許してしまった。
「あの雨もあなたたちの仕業よね。それの目的は何なの?」
「ああ、そのこと? 訓練よ訓練。まあ、今日が本番なんだけどね。ふふっ、このあたりはリュサ族のおかげでPGもレンジャーもいないから、調査も訓練も、楽にできたわ」
にんまりと笑みを浮かべるソマリに、イリスは怒りの形相を向ける。
シンジョウもまた、モンスターボールを取り出す。
ちっちっち、とソマリは指を振った。
「のんきにしちゃダメよ。私たち、こう見えて抜け目ないの。テルス山のことだったら、けっこう知ってるんだから」
こんな風にね。ソマリの言葉とともに、地面から水が吹き上げる。
間欠泉か、と思うもそうではない。緩んだ地面にみずポケモンたちが一気に水を流し込み、崩したのだ。
途端に落下していく。一枚下は洞窟であった。シンジョウとイリスは吸い込まれるようにして、テルス山の闇へと落ちていった。
「ばいばあい、お二人さん。そこで仲良くしててね」
ソマリの嘲笑が響いた。
* * *
「くそっ、こんなのって!」
シンジョウとイリスが洞窟の底の落ちてから、少し時間が経ったころである。
カエンは一路、ラジエスシティへと向かっていた。
シンジョウの指示でリュサ族の里へと向かえば、そこはすでに襲撃の後であった。
最小限の損害であった。その最小限とは、バラル団の目的に対するコストとして、である。
壊滅させるのが目的ではない。ただひとつの目的のために、彼らは襲いかかってきたのだ。
カエンと族長がリザードンに乗って戻ったとき、目の当たりにしたのは巨大な氷柱が刺さった族長の家であった。
そして、彼らの目的とは。
「カーシャ、いま行くからな!」
リュサ族の娘、カーシャであった。
里に残っていた者いわく、氷の鳥ポケモンに襲われ、カーシャがさらわれたのだという。
その正体にカエンは心当たりがあった。かつて『雪解けの日』にネイヴュの監獄から脱走した凶悪犯にして、ネイヴュシティのジムリーダーユキナリの因縁の相手、イズロード。その相棒であるフリーザーだ。
里の人と、途中の空でポケモンたちに聞いた限り、フリーザーはラジエスシティの方へと向かったことがわかっている。
もうすぐラジエスシティに着く、そのときであった。カエンのスマートフォンが鳴った。
表示を見るとステラからである。
「もしもし! ステラ姉ちゃん、いまは話してるどころじゃないんだ!」
『落ち着いてください。いったいどうしたんですか?』
「オレの……友だちが攫われたんだ! バラル団に!」
『その話、詳しく聞かせてもらえますか? いまの状況と無関係ではありません』
ステラは慎重に、言葉を選んで言った。
『いま、ハロルドタワーはバラル団に占拠されてます。それだけではありません。ラジエスシティ全体が停電しているのです』
「え……?」
カエンのリザードンがラジエスシティの上空までたどり着く。
地上に光はほとんどなく、空は分厚い暗雲に覆われている。
このとき、ラジエスシティはバラル団の手で、闇に包まれていたのだった。