ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
「あの、お二人さん、ちょっといいですか?」
シンジョウとイリスに声をかけられる。
柄にもない表情をしていた二人は気恥ずかしさからそっぽを向いて、気をとりなおした。
だが、そもそもからして、この洞窟で誰かと遭遇するということ事態に疑念を向けるべきだろう。
前に現れたのはバラル団の制服を纏った人物であった。
「おっと、待って待って、そう身構えなくても。僕は味方です!」
「信用できるか、シャワーズ使い」
「え、ポケモンまでバレてる? これだから強者ってやつは……」
ごほん、とそのバラル団の団員は咳払いをして、懐からバッジを取り出した。
それはダークボールの部隊章であった。
「はじめまして。PG暗部、ジェイと申します」
「へえ、噂には聞いてたけど、実在したんだね」
PG暗部、それは法では裁けぬ悪と戦う者たちのことだ。
治安維持組織といえども、法に従って行動をしている以上は限界がある。超法規的に、あるいは違法だとも知りながらも、平和を守る者たちがいてもおかしな話ではない。
尤も、公にすることはできないだろうが。
「もちろん内密でお願いしますよ、イリスさん」
「あ、もしかして、知ってるの?」
「三年前のチャンピオン決定戦、見てましたから。それと、そちらは?」
「シンジョウだ。違う地方だが、ジムリーダーをやっている」
「なるほど。なら、お二人にお願いがあります。時間もないですから、移動しながら」
そう言ってジェイは駆け出した。よほど急ぎの事態と見える。シンジョウとイリスもそれを追った。
複雑な道であったが、ジェイはあちこちにマーキングをしているようで、ときおり見当違いな方向を見て頷いて、道を確かめていた。
「いま現在、ラジエスシティはバラル団の支配下におかれていることでしょう。電気は止まり、ハロルドタワーを占拠しています」
「それは大変だ。私たちにできることなんてあるの?」
「……幹部を倒せるだけの実力はあるはずと思ってますよ」
深刻そうにジェイは言う。
幹部。シンジョウはイズロードという人物の名しか知らない。イリスもまた同じようなものだろう。
「バラル団の目的は、『いでんしのくさび』を手にいれることです」
「聞いたことないね。ジョーくんは?」
「俺もだ。どういう代物なんだ?」
「僕も聞かされてません。下っ端ですので。ただバラル団の目的に大きく近づくものである、とは聞いてます」
そのために戦力は多く導入されている。
全国に散らばっているバラル団の団員、その七割を動員しての作戦なのだという。
そして、招集されたメンバーの中には。
「イズロード、ハリアー、クロック、ワース、グライド……幹部の全員が動員されています」
「そいつは」
「うん、まずいね。それはまずい」
洞窟の中にいるシンジョウとイリスは、そこでようやく事態が危険な領域に踏み込んでいることを知った。
幹部の一人一人は、ジムリーダーと同等の実力があるの考えるべきだ。安く見積もって痛い目を見る羽目になるのは御免だ。
その幹部が五人もいる。カエンとシンジョウ、イリスを含めても二人足りない計算だ。まして、戦力が伯仲するように計算をすることは、愚の骨頂である。勝つためには数で上回るというのが戦いの常だ。
PGの戦力がどれほど回せるか不明であり、カエンの状況がわからない以上、シンジョウとイリスで幹部五人を相手にするとなれば。
「PGも急いで戦力を回してるようです。ですが、だからと言って手薄にできる場所とできない場所が」
「組織にはつきものだよ。仕方ない、私たちでできることをしよう」
「助かります。現状、ターゲットとなるのは二つ。ひとつはリュサ族の女の子を捕らえているハロルドタワーの北棟、その最上階です。ですが、ここへ向かうためにはひとつ障害があります」
それこそが、あの異常な雨なのです。
ジェイが言った。
「あの雨は、ポケモンのあまごいによるもの。それとかみなりの技を組み合わせます」
「典型的なコンボ技だけど、たしかにそれは堅い。飛んで近づくことはできない。かと言って地上からは時間がかかり過ぎる……。組織ならではのポケモンの使い方ね」
テルス山の突然の雨も、それらの訓練だったのだろう。今日、この日のための。
その防衛網を突破することは困難だ。
「そうなれば二人には、地下にある装置を狙うのがよいかと」
いでんしのくさび、それを作るための装置がハロルドタワーの北棟地下にあるのだという。
その装置を動かし、楔を精製するための手順はいくつかあるが、その最たるものは、リュサ族の血を持つ者と、大きなエネルギーなのだという。
エネルギーは、街ひとつの電力すべてでようやく賄えるほどのものだ。
おそらくその装置を破壊すればすべて解決する。突破すべき防衛網と幹部たちもいるだろうが、目標がはっきりすればやるべきこともわかるというものだ。
「やれやれ、そのハロルドさんっていう人も災難だね」
「いや、あの人は……いまはこの話はよしましょう。出口です!」
洞窟から飛び出す。
そこは山の麓であり、ラジエスシティの東区、さらにその東端にあたるのだろう。
三人を迎えたのは光ではない。暗雲だ。
暗闇に包まれたラジエスシティ、そこを照らす光などはどこにもない。
どころか、事件の起こっているハロルドタワーは雨雲に包まれていて、上階に関しては視認することもできなかった。
繁栄を極めたこの街ですら包む闇の大きさに、シンジョウとイリスは少し気圧される。
「でも、やるしかないんだよね」
イリスは帽子を深くかぶる。そして身の丈に合わないバッグをジェイに渡した。
「これ、持ってて。送り先は……ラジエスジムで!」
「は、はあ、良いですけど。って重い!? どうやって背負ってたんだこれ!?」
ずっしりとしたバッグを持ち上げようにもできないでいるジェイに笑みを向ける。
そしてシンジョウに拳を突き出した。
「さあ、行こうジョーくん! あんなやつら、さっさと倒しちゃおう!」
「ああ」
シンジョウもイリスの拳に自分の拳をぶつける。
二人はそれぞれポケモンを呼び出した。
シンジョウはリザードンである。だが、ただのリザードンではない。その姿は普通のリザードンよりふた回り大きい。なにより翼が立派であった。
一方、イリスが出したのはバシャーモだ。頭に生えた羽根が雄々しい。
そしてシンジョウとイリスは、それぞれ輝く石を持っていた。
シンジョウはポケットから取り出したカードにはめ込まれているものを。
イリスは帽子につけられたバッジのものを。
そこから溢れるのは光の奔流だ。
「いくぞ、リザードン。俺たちの真価を見せてやろう」
「バシャーモ、この手に勝利の光をつかむよ!」
————メガシンカ!
二人の言葉が重なる。
トレーナーの持つ石、キーストーンをきっかけにして変化が起こる。
自らの主人に、友に応えるとき、絆は力へと変わる。
リザードンの姿は黒く、蒼く、まるで闇夜の中でも静謐さを保つ焔のように。
バシャーモの姿はより赤く、激しく、鮮麗さを増した猛火のように。
進化のその先、メガシンカへと到達した二匹にトレーナーたちは寄り添った。
「さあ、反撃開始!」
イリスの言葉を合図に、双炎は流星のように空を駆けた