ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
ステラのミミッキュと、ハリアーのオーベムのバトルが繰り広げられている。
化けの皮を持っているミミッキュであるが、その動きは見た目に反して俊敏であり、オーベムは攻撃能力においてミミッキュをはるかに上回っているが、俊敏さには大きく劣る。
一撃食らえばまずい状況ではあるが、ミミッキュがうまく撹乱してオーベムと戦うという流れが見られるはずだ。
……と、最初は思われていた。
「やりますね。さすがはラジエスジムのジムリーダー、というところでしょうか」
「狙いはわかりますから、手くらいは打たせていただきます。それに、これは私の得意戦法でもあります」
オーベムは特性として『アナライズ』がある。言うなれば、敵の攻撃を分析し、より最適な行動をとり相手に致命的な一撃を与えるというものだ。
足の遅いオーベムであったが、この特性によって一転し優位に立ち回ることができる。相手の攻撃を読み、隙を見つけ、つけ込むという戦法はハリアーの得意とするものである。
一方のステラは、その狙いを読んでいた。オーベムというポケモンの戦い方について熟知していたし、ハリアーという女の情報はすでに頭の中にある。
ステラとミミッキュの打ち出した、オーベム対策。
「『トリックルーム』……あえて先手を譲ることで、有利になる状況なんてそうそうないはずですが。敬虔な修道女サマが、まさか博打に出るなんて」
「それは勘違いです。博打なんて、するわけがないじゃないですか」
「私になら確実に勝てると?」
「もちろん」
ステラは笑みを浮かべる。そこにいるのは慈愛の聖女などではない。城塞もかくやという堅牢な精神を持った存在である。
能力はあくまで平凡であり、生まれも育ちも特別でないステラを、ジムリーダーたらしめている理由がある。
それこそ、決して曲げない心である。
希望を信じてやまず、己にとってよりよい未来を描き行動する。
頑固、と人は言うのかもしれない。だがあえて言うならば、彼女は敬虔な信徒であり、それと同時に、純粋に何かを信じることのできる人なのだ。
ゆえに、ステラはジムリーダーなのである。
常に前を向く者として、その姿勢を示し続ける者として在るのだ。
「素晴らしいです。ええ、本当に。これほどまでに美しい心を持っている者がいますでしょうか。純粋で、無垢で、屈託のない……まるで瞳を輝かせた乙女がそのまま大人になってしまったかのような」
だからこそ、残念でならないのです。
ハリアーのその言葉と共に、物陰から飛び出すポケモンがいた。
カクレオンである。植木鉢に擬態していたそのポケモンは、その隙を狙っていたのだ。
そのとき、ステラは思い出す。ハリアーというトレーナーが異質であり、異常であること。その最たる理由を。
ハリアーは平然と
狙いはなんだ。そう思うのと同時に、ステラは駆け出していた。
ずっと側で二人の戦いを見守ってきた、カーシャを守るためにだ。
「ぐっ……!」
「お、お姉さん?」
ステラの口から苦悶の声が漏れた。
カクレオンのふいうちを、その身にもろに受けたのだ。
さらに追撃とばかりに、オーベムのサイコショックが迫った。致命傷となりうる攻撃はすべてミミッキュが庇ったものの、その攻撃によって生まれた破片はステラを傷つける。
攻撃が止んだとき、そこに倒れていたのはステラだった。ミミッキュはそのステラを守るようにして立ちはだかる。
ステラの腕の中にいるカーシャは、自分の横にある金髪を避けながら、声をかけた。
「お姉さん、お姉さん!」
「私は、大丈夫です」
「でも怪我してる!」
「いいえ、大丈夫、です」
そうはいうが、ステラは動かなかった。庇った姿勢のままである。
かつ、かつと靴の音を鳴らして、ハリアーが近づいてきた。
「まあ。その趣味の人が喜びそうな絵ですこと」
「あ、あなた……!」
「美しい献身です。ですが私がその子を殺めるわけがないことくらい、少し考えれば理解できることでしょうに」
それもそのはずだった。カーシャはバラル団にとって重要なファクターである。そんな彼女を傷つけはすれど、死なせることはしないはず。
だが、その傷すらも嫌がる者はいる。
「無関係な人にも一生懸命になれる。美徳でしょう。私は貴女を評価いたします、シスターステラ。この世において無類の価値を持つ一人であると」
あくまで、美術品を見て楽しむかのごとく、ハリアーはそう言った。
途端、エレベーターのドアが弾け飛んだ。煙が立ち込め、次いでその煙の中より人が現れる。
「カーシャ! ステラ姉ちゃん!」
「まあ……今日は来客が多いこと。尤も、招いているのは私なのですけれど」
ハリアーはむしろ、カエンを迎え入れていた。
無線で常に連絡はとりあっている。カエンがハロルドタワーへ侵入してきたこともすでに知っていた。
だが、ハリアーは窓の外に向けて問題ないとハンドシグナルを送っていたのだ。
むしろジムリーダー二人をここに釘付けにすれば、作戦の成功率は上がるというもの。ハリアーはそう判断したのだ。
リザードンとともにエレベーターを駆け上ってきたのだろう。赤い髪の少年は雄々しいリザードンとともにそこに立っていた。
ハリアーは、今度はカエンの方へと寄っていった。
「おまえ! 二人に何をしたんだ!」
「少しばかりお相手をしてあげたんです。混ざりたいですか? おませなこと」
「言ってること、わかんねえよ!」
そう言ったカエンを、なぜかハリアーは抱きしめる。
状況が読めないカエンは手足をばたつかせ抵抗する。こうなってしまえば、習っている格闘技など無意味なものになってしまう。
そして何事もなかったようにハリアーは離れた。薄ら笑いは変わらない。
「いい子ですね。好いた子のために、こんなところまでやってくるなんて。蛮勇とも言いますが。『英雄の民』としての矜持からでしょうか」
「関係ねえな! オレはオレとして来たんだ!」
「ふふ、面白いことも言ってくれます。合格です」
ハリアーはオーベムをモンスターボールに戻す。そして次いで出したのはジュペッタだった。
「さて、二回戦といきますか。ちょうど二対二です」
「ステラ姉ちゃん、動けないだろ! ずるいぞ!」
「だいじょうぶ、です。私はまだ立てます、カエンくん」
ステラはカーシャに寄り添いながら立ち上がった。足や横腹の衣服は裂け、切り傷もできている。だが、それよりも打ち身やカクレオンの攻撃を受けた腰の方が痛んでいた。
それでも、ステラは立つ。相棒であるミミッキュを連れて。
「まあ、なんて耐久力でしょう。これは私も、早々に切り札を使うべきでしょうね」
「だったらオレだって!」
カエンは自分の首を触るが、そこに本来あるはずのものはなかった。
代わりにハリアーが、薄ら笑いをより明らかにして、その手に持っているものを掲げた。
「探し物はこちらですか?」
「あっ、オレのキーストーン! 返せよ!」
カエンの言葉を無視し、ハリアーはそのキーストーンに口づけする。クラボのみで遊んでいるかのようであった。
「この石は、このように使うのでしょう?」
そう言って、ハリアーの持つキーストーンから光が発される。
カエンとステラは、思わず目を見張った。
いままさにハリアーは、メガシンカを行った。メガシンカはそもそも厳しい修行とともに、ポケモンとの絆がなければできないことである。
なら、ハリアーはジュペッタとの間に確かな絆があると言える。
これだけの非道を行いながらも、ポケモンと結ばれる絆とはいったい何なのか。
善を良しとする生き方をする二人には理解ができない。
その動揺が手に取るようにわかるからか、ハリアーは嘲笑を浮かべながら言った。
「さあ、まだ場が温まったばかりではありませんか」