ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
「遊びすぎだ、ハリアー」
無線でそう呼びかけるも、返答はない。問題などないということだろう。
ラジエスシティの港湾部、暗い雲の上に浮かぶ飛行船に備え付けられた司令室にグライドはいた。
現在の作戦状況が逐一報告され、映像として視認できるようになる。優秀なスタッフのなせる技であった。
「仕方ねぇさあ、グライド。ありゃあツボに入っちまったんだ。なに、それで仕事を忘れるような女じゃねえってことは知ってるだろ」
艦長の椅子に座るワースが言った。
普段は財務を取り仕切る男であったが、損得勘定の良さはときに全体指揮の腕にも関わってくる。なにを拾い、なにを切り捨てるのかの判断が上手いからだ。
無表情のグライドは、意思を感じさせない瞳でワースを見る。びくり、とワースは反応するが、視線を外せばすぐに安心して画面を見た。
「作戦は六割方進んでる。この調子なら、問題ねぇな。おうい、イズロード、そっちはどうだ」
『こちらも問題ない。むしろ、退屈しているくらいだ。どいつもこいつも、自前のポケモンと釣り合わないぼんくらばかりでな』
PGと戦いながも、歯ごたえがないようでイズロードはそう言った。
ネイヴュほどの士気もなければ実力もない者たちで構成されているラジエスシティのPGなど、この程度のものだろう。
むしろネイヴュで手こずらされた遊撃隊などが来ようものならば、いくらか楽しめるというものである。
だが、これは遊びではない。グライドは口にはしなかったが、無言で圧力をかける。イズロードはそれに気付きながらも、好きにやらせてもらうと決めているようだった。
気を取り直して、ワースはもう一方へと問いかける。
「クロック、状況はどうだ」
『はいはいっと。こちらの進行状況は把握しているでしょうに。誰の侵入も許してません。レニアシティのジムリーダーくんは上の階に向かいましたからね』
「今度は倒されるんじゃねえぞ?」
『あのねえ、僕だって本当、好きでやってるわけじゃないんですから。それに……まあ意地ってもんがあります。次は負けませんよ』
そうして応答は終わった。
いまのところ作戦は順調である。ハロルドタワーのパーティー会場にも目立った動きはない。ハリアーがジムリーダー二人を相手取っているということであるが、問題がないと彼女が言うのであればその通りなのだろう。
『いでんしのくさび』を生み出す作戦。その鍵となる莫大なエネルギーと原初の血を持つ者の存在。
二つを同時に成立させうるいまを逃せば次の機会はない。
各幹部が相応の緊張感を持ってはいたものの、ここまで障害がないのであれば拍子抜けだ。
司令室の者たちがそう思っていたときであった。
「東区に強大なメガシンカエネルギー反応を感知! 急速にハロルドタワーに接近しております!」
「PGか?」
「いえ、民間人のようです。メガリザードンXとメガバシャーモ? それにしてもこの出力は……。映像、出ます!」
各地に設置しているカメラのひとつが、接近してくる者を映し出す。
そこにいるのは空を飛ぶメガリザードンXと、ビルの上を駆け抜けるメガバシャーモであった。
それぞれ、トレーナーがつかまっている。リザードンの使い手には見覚えがなかったが、バシャーモの使い手は知っていた。
「へえ、なかなか大物だぜ。なにせいまのチャンピオンのライバルでお気に入りだ」
ワースがにやにやと笑いながら言う。
自分の眼鏡に適う人物が出てくると喜んでしまう質なのは、こうした作戦のときには玉に瑕である。
一方のグライドは、そのイリスと並び立つ男のことも気になった。
むしろ、未知数であるだけ危険な要素と判断すべきだろうとも。
『どうする、俺が行こうか』
イズロードが言った。強者の気配にうずうずとしているのが見えている。
だが、ここで適切な判断をすべきはグライドであった。
「俺が行こう」
「これは珍しい。グライドが表に出るなんてな」
「合理的判断だ」
ほのおタイプを相手にするのに、こおりタイプの使い手であるイズロードを出すわけにはいかない。
一方のクロックは、空戦能力を持っていない。装置を守護するという、彼に最適なポジションから動かすわけにはいかない。
ワースも同様に、司令室の取りまとめという役割がある。
ならばグライドが自ら出るほかない。
「ハッチを開けろ、ボーマンダで出る」
* * *
シンジョウとイリスはラジエスシティの中心までやってきた。
途中にバラル団の妨害があったものの難なく突破し、残す距離もあとわずかである。
海岸近くにあるハロルドタワーまで、あと五分というところだろう。
雷などを警戒するためにも、そろそろ高度を下げる必要がある。そうイリスに打診しようとした。
だが、はるか先の空から何かが迫ってくるのが見えた。目を凝らさなくてもわかる。あれはポケモンだ。
思わず、シンジョウはリザードンに回避行動の指示を出す。イリスのバシャーモも同じように大きく跳んだ。
二人の間を、そのポケモンが抜ける。とんでもない速さであったが、一瞬だけその背に誰かが乗っていることが視認できた。
「な、なにあれ!? メガボーマンダ?」
「バラル団だ」
イリスとシンジョウが並び、飛んできたボーマンダを見る。
メガシンカをしたボーマンダがそこにはいた。その背には、金色の髪を持つ男が乗っている。
その異様な存在をどのように形容すればいいのだろう。
視線が合っているのに、重なっていない。自分たちのことを見ていない。はるか先を見通していて、ただ障害があるのだと、そのように捉えているのだ。
道端に転がっている石を見ているかのようだ。
ぞくり、と背筋に悪寒が走った。
ボーマンダは再び、シンジョウとイリスに突撃攻撃をしてくる。
とりわけ、イリスのバシャーモは大きく避けた。
メガボーマンダは特性として『スカイスキン』を持っている。その攻撃のすべてがひこうタイプとして扱われる。かくとうタイプであるバシャーモの天敵であった。
三度目の突撃を躱す。速さはボーマンダの方が上だ。
だがこのままずるずると避けているだけでは埒があかない。シンジョウは決断する。
「イリス、バシャーモ、炎には乗れるか?」
「とんでもないこと考えるね。いいよ、乗ってやろうじゃないの。いくよバシャーモ!」
シンジョウのリザードンが大きく口を開いて、炎を溜め込む。一方のバシャーモも足に炎を纏っていた。
そしてタイミングを合わせる。バシャーモが宙に浮かぶリザードンの正面へと跳んだ。その背中に向かって、青い炎が吐き出される。
バシャーモはその炎に足をかけた。
圧倒的な加速度で飛んでいく炎に、バシャーモは乗っていた。青い炎は流れ星の尾のように伸びており、バシャーモを一気に押し出す。
そのままイリスとバシャーモはハロルドタワーへと一直線に飛んで行った。
シンジョウはその姿を見送って、身を翻した。
ボーマンダに乗る者は、無表情を崩さない。他の団員たちが驚愕する二人のコンビネーションを見てさえ、意にもしていない。
いいや、それどころか。
「一人、逃がしたか」
などと口にする。あくまで二人ともを足止めするつもりだったのだろう。
余裕ともとれる言動であるが、この男の言葉からは熱を感じなかった。シンジョウはそのことが少し気がかりであった。
「お前の相手は俺だ」
シンジョウは告げた。ようやくその男と視線があった。
目と目があったとき、それがポケモンバトルの始まりだ。などと言ったのは誰だったか。
二人の竜は、急上昇を開始した。