ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
カエンとステラは劣勢であった。
ジムリーダーが二人がかりでさえ、勝利を見ることはできない。
カエンのリザードンは、切り札であるメガシンカを封じられてしまっている。その状態でメガシンカしたジュペッタとの戦いを強いられていた。
一方のステラは、ミミッキュも消耗しており、ステラ自身も傷を負っている。おまけにカーシャを庇う立ち位置にもいた。いいや、消耗の度合いを考えれば、ステラが防御に徹するほかないのだ。
二対一という有利な状況すら満足に活かせず、火力も圧倒的にメガジュペッタの方が上であった。ゴーストタイプのみならず、様々なポケモンの中でも単純な攻撃力であればトップクラスを誇る。
「リザードン、ほのおのパンチ!」
「シャドークローです」
ふたつの技の激突。相性は通常、であれば純粋な威力の勝負になる。
だが、そこにおいてもリザードンは押し負ける。
「無様ですね。幾度重ねたところで同じこと」
ハリアーは笑みを浮かべたまま言う。
唇を噛みながら、カエンはその言葉を聞くことしかできなかった。
「ジムリーダーが束になってもこの程度ですか。もっと楽しませてくれるかと思いましたが。人として尊いことと、ポケモンバトルが上手いかどうかは別ということですか」
キーストーンを奪い、屋内というリザードンには不利な場所で戦いながら、ハリアーはそう言った。話術による思考の誘導だ。二人を焦らせ、不用意な攻めに出るのを誘っている。
ステラは理性的に、カエンは本能的に察したのか、その挑発には乗らなかった。
攻め手に欠ける、とリザードンがカエンに伝えたのもある。
「ポケモンと意思疎通ができる、というのは大きなアドバンテージですね。コツでもあるのでしょうか」
「他人を知ろうとしないオマエには、わからないだろうな!」
「そうでしょうか。私ほどあなた方のことを知っている者も、いないかもしれませんよ」
そう言って、再びハリアーは本を開いた。そして、そこに書いてある文言を読み上げる。
「レニアシティのジムリーダー、年齢は10歳、英雄の民として生を受ける。ラフエルの血を濃く継いでいると言われ、ポケモンと会話する能力を持っている」
「え……?」
「将来の夢はラフエルのようになること。英雄の民のしきたりに従いはするも、反発を抱かないわけではない。英雄とは行為によるものであり、決してそのように生み出されるわけではないということを理解しているのでしょう」
それは、もはやカエンで知らないカエンのことであった。
彼の知り得ぬ言葉で、淡々と感情を言語化していく。
びっくりして目を見開くカエンから視線をはずし、今度はステラの方を向いた。
「ラジエスシティのジムリーダー、年齢は24歳。英雄神ラフエルを信奉しながら、自らのできることを全うすることを良しとする。両親は健在。一般家庭の生まれであるが、信仰と歴史遺産の管理という職から修道女としても活動している。一週間前に友人の結婚式に参加、そのときに誓いの言葉を聞く役割を務める。一般的な幸せと自分の幸せとの乖離について少しでも引っかかりを覚えたのではありませんか?」
個人の情報から、つい先日にあったことまで、述べてみせる。
これにはさしものステラも、不快感をあらわにする。
ぱたん、と本を閉じる。ハリアーは笑みを深めた。
「ええ、情報とはただ並んでいる数字と言葉ではありません。そこからぼんやりと描ける輪郭があります。その輪郭を確かなものにするためにもっと情報を収集する。その積み重ねこそが、相手を知るという行為なのでしたら」
顎に指をかける。左右で違う、赤と青の瞳が二人を捉えていた。
「私ほど誰かを知ろうとしている人など、いないのではありませんか?」
* * *
イリスはハロルドタワーの下にまで到着する。
いいや、厳密にはリザードンの炎の加速を活かしたまま突っ込んだのだった。
おかげでバラル団の防衛網にはひとつも引っかかることなく突破ができ、中に転がり込むことに成功する。
「ええと、地下だったよね」
そう軽口を叩いている間に、イリスのバシャーモはバラル団を二人、一蹴する。
多勢に無勢で叩く。トレーナーさえも狙う。
バラル団の動きについてある程度把握したイリスは、もう彼らとの戦いに慣れつつあった。
やり口がわかってしまえばこっちのもの。そうは言っていたが、この順応性は経験に裏打ちされた、もはやスキルである。
エレベーターのボタンを押すが動きはしない。であるならば、階段で下りる他ない。
「地下は駐車場に、空調室……うん、空調室! そこに行こう」
地図を見て、一瞬で判断するイリスは、再びバシャーモの腕に乗って、今度は階段を下りていく。
壁を蹴り、階段を跳んだバシャーモはすぐに地下階へとたどり着く。
扉などは容赦なく蹴り飛ばし、辿り着いた先は空調室……ではなかった。
そこにあったのは何らかの施設だった。イリスには見た目だけでは理解できなかったが、その中心にあるものの正体には見当がついた。
鎖によって四方とつながれた、大きな杭だ。それは内側に生命を宿しているかのように、どくん、と脈動している。
そしてその上下にある電極から、とてつもないほどのエネルギーが注がれていた。
これを破壊すれば、バラル団の作戦は失敗に終わる。
そうとわかれば行動するのみ。イリスがそう思ったときだった。
「困るんですよ、そういうことされると」
そういう言葉とともに現れた男がいた。
イリスと同い年くらいだろう。そして印象として、とてもバラル団のような悪も辞さない組織にいる人物とは思えなかった。優しいとは少し違う、気の弱そうな青年だ。
「壊されたら、困るんです」
「へえ……じゃあバトルとしゃれこむ?」
「そりゃあもちろん。僕はそれしか脳がない人なので」
それに、とその男は言う。
「あんたがその帽子をかぶっているなら、僕たちが戦うのは決まってたことだ」
表情は打って変わって、憎悪に満ちたものになる。
イリスのかぶっている赤い帽子がきっかけになったようであるが、その理由はいまいちわからない。
ただ、彼には譲れないものがある。イリスや、シンジョウと同じように。多くのトレーナーがそうであるように。
「よくわかんないけど、わかった。私はそれを破壊する。君はそれを守る。で、君は私を倒したいと。うんうん、シンプルはいいことだね。ただ、私もやられるわけにはいかないからね。押し通らせてもらうよ」
「上等だ……っ! バラル団幹部、クロックだ。参る!」
「私はイリス、ただのトレーナーだよ。いくからね!」
イリスのバシャーモに対して、クロックはガブリアスを呼び出す。
「我が呼び声に応え撃うち均ならせ、ガブリアス――!」
「メガシンカ! いいねえ、燃えてきた!」
虹の輝きが、地下に満ちた。