ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
黒と青が幾度もぶつかる。ラジエスシティの上空では、前代未聞の空中戦が行われていた。
のちの世では、伝説的なスカイバトルとさえ言われる映像が撮られたのはこのときである。
メガリザードンXとメガボーマンダの衝突の余波は、空気を震わせる。
「だいもんじだ」
ボーマンダの背に乗る男の指示が飛ぶ。
その口から巨大な火炎が広がった。漢字の大を描いたそれは、範囲の攻撃である。不規則な形はリザードンの回避行動を遅らせる。
一方のリザードンは、動くことをしなかった。代わりに、その尾の炎を大きくする。まるで剣のように伸びた炎を大きく横に振るった。
だいもんじの炎を横一閃に切り裂いたのだ。
それが形を変えたドラゴンクローであるかなど、誰がわかっただろうか。
空中での戦いならではのテクニックである。
「お返しだ、リザードン」
宙に浮かぶボーマンダへ、火炎弾が三発飛んでいく。ボーマンダはそれを巧みに翼をはためかせ避けていった。
リザードンもまた同じように、弧を描く軌道で空を駆ける。ボーマンダの後ろについた。空中での戦いは、背後をとられた方が不利だ。ポケモンの持つ遠距離攻撃の多くは口や手から発射されるものであり、背後へと発射することは不可能だからだ。
火炎弾が数発、さらにボーマンダへと迫る。今度はボーマンダが口から火炎を出し、リザードンの攻撃を相殺した。
衝突した火炎は空中で広がり、シンジョウとリザードンの視界を埋める。思わず腕で顔を守った。
その火炎を抜けたとき、目の前にボーマンダはいない。背後を向けば、今度はボーマンダが後ろをとっていた。
空中での飛行速度はボーマンダに利があった。ただの追いかけあいであればすぐに追いつかれてしまう。
おまけに相手のボーマンダは、すてみタックルを利用してくるようであった。圧倒的な速度から繰り出されるその技は脅威である。
首を傾けてじっと見続ける。お互いがタイミングを計っていた。円を描く動きの中で、ラジエスシティが下から上へ、上から下へと動いていく。
ついにそのときがきた。ボーマンダが急速に迫ってくる。一撃で沈めることができる威力を誇るすてみタックルが迫ってくる。
リザードンは大きく翼を広げた。空気抵抗を受けて急激に速度を落とす。そして口からは炎を噴射した。そして身をひねると、宙返りをする。
次いで、尻尾の炎は延長され再び剣のようになった。ドラゴンクローが繰り出される。狙いは宙返りの真下を通っていくボーマンダだ。
尾の剣がボーマンダに迫った。とっさに身をひねる好判断によって、わずかに翼に掠る程度のダメージで済ませる。
相手も普通ではないトレーナーだ。シンジョウはそう思った。自分を乗せながらすてみタックルの指示が出せる、そしてポケモンに承諾させる。どれほどの覚悟と経験を積んでいるのか、計り知れない。
ラジエスシティへと降下していくボーマンダを追いかける。
火炎弾を発射するもいずれも避けられる。ビルの合間、道路の上を飛行する。少しずつ引き離されていくことに歯がゆさを覚えるが、ここは堪えてリザードンに待ちの指示を出した。
ビルの陰に隠れながら、ゆっくりと漂う。周囲に気配を探るが、静かなものであった。電気が止まってしまえばあの人の多いラジエスシティでさえ静まり返ってしまうのか。
一度空へと上がろうか。いや、降りてもっと探すべきか。そう思っているときである。
シンジョウが背にしていたビルから、メガボーマンダが飛び出してきた。
ひとつのフロアを丸々突き抜けて、窓さえも粉砕して。まさにすてみタックルの名を体現している。
反応が遅れたリザードンであったが、爪から生えたドラゴンクローでどうにか迎え討ち、その攻撃を受け流した。
宙にとどまった二人と二匹は、そこで互いににらみ合った。
実力はシンジョウの方がわずかに上回っている程度であるが、その差を埋めるほどの何かを相手が持っているのは事実だった。
だがそれほどのものを、金髪の男が持っているようには見えない。
シンジョウはジムリーダーとして、ポケモントレーナーとして、戦っているうちに見えているものがあると思っている。
だがこれほど手応えのない相手というのも、珍しい。
ただわかるのは、目の前のバラル団員は自分のために戦っていないということ。
はるか先にある目的のためか。あるいは誰かのためか。
(……
目の前の男と同じ、ドラゴンを扱う者を思い浮かべる。
そういえばまだ、あいつに会ってない。ラフエル地方に来たときの、楽しみのひとつだ。
「そろそろ決着をつけよう」
シンジョウは言った。相手は何も言わない。
しかし答えは返ってきた。ボーマンダは身を翻して、飛んでいく。追いかけてこい。そういう挑発なのだろう。
それに乗ろうが乗るまいが、追いかけねばなるまい。シンジョウはリザードンの背を叩き、ボーマンダを追った。
中央を流れる川へと飛び出す。水面ギリギリを飛行するボーマンダに追随するようにリザードンも飛んだ。
二匹の羽ばたきが波を起こす。白い筋が水面にできた。
そして橋の下をくぐったときだ。ボーマンダのハイパーボイスが水面に叩きつけられる。
突然巻き上がる水しぶき。そこへ突っ込んでしまった。シンジョウは先ほどの火炎のときと同じように、視界を奪って背後を取る算段かと考える。
だが、違った。目の前で起こっていたのは、先ほどシンジョウのリザードンが披露した技である。
逆噴射月面宙返りによって、メガボーマンダの尻尾が迫る。
だが、自分の技への対策は、自分がよく知っているものだ。
リザードンは空中で横ステップを踏んだ。尻尾を避けながら、中空で動きの止まった瞬間のボーマンダの首をつかんだ。
そして思いきり、橋へと叩きつける。道路へとボーマンダとトレーナーが転がった。
受け身をとったのか、傷一つ負わなかったトレーナーがシンジョウとリザードンを見上げる。
勝負ありだ。シンジョウはその男へ向けて、告げる。
「お前は強い」
ここまで追い縋れたのはいつぶりだろうか。まして空中戦などそうそうないシチュエーションでのバトルで、である。
だが、この勝敗は明確だった、とシンジョウは思っている。
「だが、ただ強いだけでは俺には勝てない」
そう言って、シンジョウはハロルドタワーへと飛んだ。
追ってくる気配はない。ボーマンダも戦闘不能になっているから、飛ぶ手段も持っていないのだろう。いまごろ回復をしている頃だ。
急いでハロルドタワーへ向かい、自分は最上階へ向かわなければならない。
そこに囚われているのはおそらく、カーシャだろう。バラル団の幹部もいるはずだ。カエンはすでに向かっているだろうか。
思考を巡らせているうちに、雨になった。急な土砂降りに思わず戸惑う。
「いや、この雨はハロルドタワーの防衛網? 範囲を広げたのか!?」
シンジョウがそう言うと同時に、周りにトレーナーの気配があった。
それだけではない。エレザードやデンリュウなどのでんきタイプのポケモンもいた。
狙いは確実に、必中のかみなりだ。
早く脅威を排除しなければならない。シンジョウがリザードンに指示を出そうとする。
だが、リザードンも先ほどのボーマンダとの戦闘で傷ついており、反応が遅れる。
降下を開始するも、すでに遅い。三発のかみなりが連続で降ってくる。雨の効果で必中になっているもののうち二つをドラゴンクローで弾いたが、最後の一発がリザードンではなく、シンジョウへと直撃した。
身体に走る痛み、そして麻痺をしている感覚。シンジョウはリザードンの背より転がるように落ちていった。