ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
自分の強さに限界を感じ始めていた。
それがシンジョウのいまの状況である。
さらなる上が見えているのに、自分の歩んできた道に自信があるのに、どうしてか先に進むことができない。
だが諦めることはできなかった。この十数年、ずっとポケモンバトル一筋で生きてきた。
才能などというものはなく、運命なんてものもない。
ただひたすらに磨いてきた腕と相棒たちを信じていま、ここにいる。
矜持か、あるいは執着か。
そんな風に自虐的になってしまうのも悪い傾向だな、と思う。
ジムリーダーとなってから五年ほどの月日が経っていた。自分の元から巣立ったトレーナーは数知れないし、他のジムリーダーの指導をしたことも数回はある。
そんな自分がこの体たらくでは、と戒める。
ラフエル地方に訪れる一週間前のことである。
小さいながら自分の城として構えている我が家で、シンジョウはコーヒーをドリップする。ぽたり、と落ちる黒い液体と芳しい香りが心を落ち着けた。
つけっぱなしのテレビからは、ドキュメンタリー番組が流れている。異なる地方の光景は刺激をあたえてくれる。想像を伸ばし、空想であっても実感をあたえてくれた。
『ラフエル地方では、英雄ラフエルを讃える伝承を多く残しつつも、ラフエル地方のほとんど人が信じているにもかかわらず、その実在については疑問を呈する研究者も少なくありませんでした。地域ごとに異なる様相を見せるラフエル地方に、果たして統一された王朝が太古に存在したのか疑問があったのです。ラフエルもまた、流民の一伝承にしか過ぎないのではないか、とも言われておりました。しかし近年、急速に遺跡の調査が進んでおり……』
聞こえてきたナレーターの言葉に、シンジョウは流れてくる映像を見た。
それは壁画の修復活動である。剣を携えた人が、二対のポケモンとともに描かれている。この人物がラフエルであり、二対のポケモンこそラフエルがやってきた際にその大陸を統べていたポケモンの王なのではないか、と。
そして空に描かれた丸い何かと戦っている。ようにも見えた。伝承と一致はしているが、絵から生まれた伝承なのか、あるいは伝承を誰かが描かせて尤もらしくしているのではないか、と言われることもあった。
『研究初期における、その絵に対する学者たちの見方は想像力に欠けていたと、今では言わざるを得ない』
ナレーターがそう言った。
これだけ見れば、ラフエルもポケモンも空からの脅威も、何らかの象徴にすぎないのではないか、と思われた。
すなわち善と悪であったり、希望と絶望であったり、理想と真実であったり、生と死であったりだ。太陽と月かもしれないし、海と大地、天と地かもしれない。
おおよそ、現実で起こったことではない、と言われていた。しかし、ある発見からそれが覆ったのだと言う。
研究者の一人が映った。彼の背景には巨大でありながら崩れかけの塔が映っていた。
『メティオの塔を調べた結果、恐るべきことがわかりました。この塔が占星術に利用されたのは比較的最近のことであり、元は違う役割を果たしておりました。それは、宇宙よりやってくる脅威を事前に察知するための、物見櫓のようなものだったのです。そしてメティオの塔は、ラフエルが活動した時期に造られたことが数年前の調査で判明しました。これはラフエルが二対の王とともに、宇宙からやってきた脅威と戦ったという伝承が事実であったということの証明になるのではないか、と学会は結論を出しました』
英雄ラフエルは実在する。考古学会のみならず、ラフエル地方中が騒ぎになった。
リザイナシティは考古学に関する研究機関を増設し、企業や投資家の多くもラフエル研究に出資を申し出た。
その結果として現在、研究が急速に進み、いまなおラフエル研究の熱狂は冷めることはない。
次回予告が流れてその番組は締められた。
「ラフエル、か。懐かしいな」
ラフエル地方にはそれなりに知り合いがいる。ジムリーダーというのは異なる地方であってもそれなりに親交のあるものなのだ。
彼らは確か、そのラフエルと浅からぬ因縁を持つ者たちであった。
一人は子孫を自称し、もう一人は伝説の守り手と言っていた。
ふと、壁に飾ってある写真を見た。ほとんどが旅先の景色であったり、ポケモンであったが、その中でも数枚だけ、人と写っているものがある。
英雄の子孫、カエンとは写真を撮るひまもなかったが、もうひとり、伝説の守り手であるコスモスとの写真であった。
自分が写るのはあまり好かないシンジョウが、このときばかりはしっかりカメラを見ている。
銀色の髪の少女のコスモスの手には生まれたばかりのヒトカゲが抱かれており、シンジョウの隣にはリザードンがいる。
そして、二人の足元で寝ていながらも、視線だけカメラに寄越しているのは
無表情で写っているシンジョウとコスモスであるが、このときばかりは、そうだ、泣いていたのだ。
思い出が蘇る。それから決意するまではそれほど時間がかからなかった。
携帯端末を取り出して、シンジョウはメールを各方面に送った。簡潔に、旅に出ると。
留守にしている間のジムは四天王に任せればいいだろう。
もとより友人たちも家族も、シンジョウの気質については理解もしてくれている。
なにも問題はない。
そのとき、焦げた臭いが漂ってきた。
しまったとシンジョウがキッチンに駆けこむと、ガスコンロから煙が吹いていた。
「やっちまった……」
思わず声を漏らしてしまう。真っ黒になったトーストがそこにはあった。