ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle   作:真城光

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プリズム

 空の底、海の果て。

 そんな場所にいるような感覚がした。

 シンジョウはうっすらとした意識の中で、自分の身に起こったことを自覚していた。

 かみなり、それはでんきタイプの技でもトップクラスの威力を持つモノだ。それが直撃したのだから、無事で済むはずがない。

 もしかするとこの感覚も、神経が麻痺して擬似的に見ている光景なのかもしれないとさえ思った。

 頭だけがいやに冴えていて、冷静だった。

 走馬灯というやつか、とも考える。

 こんなところで死んでしまうのか。こんなときになって、思い浮かぶのは他人のことばかりだった。

 イリスとバトルする約束はどうすればいい。

 カエンとはまだ落ち着いて話もできていない。

 カーシャの無事もわからない。

 コスモスには再会すらしていない。

 ああ、怒られてしまうだろうな。などと思ってしまうのは余裕からか、諦観からか。

 

『何を諦めている』

 

 声がした。目をはっきりと開く。

 不思議な空間にシンジョウはいた。視界いっぱいにオーロラがかかっている。もはや上下という概念はなく、あるのはそこがこの地上のどこかではないということだけだ。

 そして目の前には、己自身がいた。

 鏡を見ているような気分であった。夢であるならば覚めてほしいとも思う。

 

『お前は知りたいんだろう』

 

 己との対話。知らなければならない真実がある。

 

『お前はなぜ強くなりたい。お前はどうして、他者と関わる』

「それ、は……」

『弱いから群れるのか。強いから一人なのか。強くなるために繋がるのか。弱いから触れることをやめたのか』

 

 かつて自分がたてた問いである。答えを見つけたつもりで、ずっと目を逸らしてきたこと。

 チャンピオンを目指して旅に出て、一度はチャンピオンに挑み、そしてジムリーダーに任ぜられた。

 自分の求める強さがそこにあったはずだから。

 

『さあ、答えろシンジョウ。誰かの答えを求めるくせに、自分の答えがないなど、お笑い種だぞ!』

「俺はっ!」

 

 シンジョウは顔をあげた。

 言葉にするのをずっとためらってきたことがあった。だが、いまこのとき、自分に嘘をついてどうするというのか。

 

「俺は、弱い。誰よりも弱い。俺は強くなりたい。何のためなのか、何に憧れたのか、いまならはっきり言える」

 

 目の前の自分に告げる。口にしなければ、人はわからない。それは自分のことにしてもそうだった。シンジョウは、自分の答えをここに示す。

 他人を受け入れるというのは、とても恐ろしいことであった。

 少なくともシンジョウは幼い頃、他者との交わりを恐れていた。自分の中に入ってくることが恐い。他者の正義と自分が相反したときが恐い。

 恐怖ばかりを抱いていた自分が、目指した強さがあった。

 

「俺の目指す強さは、誰かを受け入れられる強さだ!」

 

 いつか逃げた自分と出会う。

 弱いままでは、強くぶつかってきた誰かを受け止められないから。

 かつてコスモスが、カエンが自分の元にやってきたときのように。

 そして新しい友であるイリスが、自分の弱さを吐露してくれたように。

 ジムにやってくるチャレンジャーたちが持っている経験や、思想や、そのすべてを。

 シンジョウはそういう力を欲していた。

 

『正解だ。些細な贈り物だけど、受け取ってくれ』

 

 もう一人の自分はそう言うと、姿を変えた。

 人ではない。翼が生え、尻尾が生え、鋭い牙と瞳を持っていた。

 そこにいたのはリザードンだった。それも、いま自分が連れているものではない。見ればわかる、先代のリザードンだった。

 

 ああ、なんだ。ずっとそこにいてくれたんだな。

 ごめんな。不甲斐ないトレーナーだ。

 これからもずっと、見守っててくれ。

 もう大丈夫だから。

 

 シンジョウはリザードンの背に乗る。そして遠くへと羽ばたいていった。

 オーロラの先へ。

 

 

 

    *     *     *

 

 

 

 目を覚ます。夢を見ていたようであった。

 時間を確認する。寝ていた時間は3分にも満たない。短い就寝だった。

 自分の体を確認する。目立った怪我はない。落下はしたものの、木に引っかかって衝撃を和らげてくれたようだ。見れば、自分が寝転がっていたのも草むらである。どうやら公園に落ちたらしい。

 服もあちこちが破けていた。とりわけひどいのは胸元だった。黒く焦げてちぎれている。

 見ればそこは、バッジがついていた場所だった。自分のものではない。サザンカからもらったピュリファイバッジだ。

 どうやらかみなりの電流はすべてバッジの金属部分に流れていったようで、そのおかげで自分の身体への電撃は最小限で済んだらしい。さすがにバッジはかみなりの負荷に耐え切れず、弾け飛んだようだった。

 

「……まさか、本当に役立つとは」

 

 サザンカはこのことを見越したわけではないだろうが、言葉に偽りはなかった。

 シンジョウが立ち上がると、木の奥にいた巨体が目に入る。

 リザードンだ。いまの自分の相棒たるポケモンが、その荒々しい印象に反して静謐ささえ纏って待っていた。

 いまだ降りしきる雨の中で、シンジョウはリザードンに近づく。

 

「リザードン、悪かった。まだ迷ってたみたいだ」

 

 いいや、これは迷いから始まった旅だった。道を失った自分は、もしかするとこっちにあるんじゃないかと思ってラフエル地方の大地を踏んだのだ。

 だが、違った。道はずっと足元にあった。ただそれを照らす光を失っていただけだった。

 頬も髪も、雨に濡れる。だが寒くはない。

 

「俺は見つけた。俺の光を。また見失うかもしれない。だが、いま目の前にあるものを大切にしたい」

 

 自分にはまだたくさんの出会いがある。託されたものがあって、見たいものがある。

 強いかどうかと迷っている時間があるならば、少しでも強くなろうとするべきだろう。プリズムに日を透かすように。見えたものは七色の光だ。それぞれの色の濃淡が、一歩進むだけで違う光景を見せてくれる。

 そしてそのことに気づかせてくれたこの地を守りたい。

 大切な人が、その人の大切なものが、脅かされているのならば。

 それを守るのが友であり、恩というものだろう。

 

「俺と一緒に戦ってくれ、リザードン。明日に答えを出す者のために」

 

 そのとき、リザードンは輝きを発した。シンジョウのポケットに入っていたキーストーンもまた、輝きを放つ。

 シンジョウはリザードンの背に乗った。光をまとったままのリザードンは、そのまま天へ飛んでいく。

 そして飛竜の形をした光が、リザードンの全身から放たれた。

 雨雲の中央を目指して飛んで行った光は、何にも阻まれることなく届いた光は、暗雲を払ったのだ。

 一気に雨は弾け、雲に開いた穴はどんどん広がり、太陽の光がハロルドタワーを満たす。

 そして現れたのは、メガリザードンYであった。

 その特性は『ひでり』である。空を快晴の状態にするという能力であった。

 理屈だってのことであった。その展開は必然であった。

 だが人々はその光に希望を見出す。

 どんな確率が百であっても零に等しくても、希望を抱かせたものを人は、奇跡と呼ぶのだ。

 そして空には、虹が広がっていた。

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