ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
カエンのリザードンは、劇的な変化を遂げた。
ただのメガシンカではない。キセキシンカと呼ばれる、ラフエル地方にしか見られない特有の変化であった。
姿はメガリザードンXに近いだろうか。だが体の色は黒ではなく赤であり、炎は真紅で手に纏われていた。より格闘戦に特化した姿という印象を強める。
カエンと同じポーズをとったリザードンは、じっと目の前のメガジュペッタを見つめた。
ハリアーは目を見開く。いままでずっと理知的でありながら軽薄な笑みを浮かべていたのとはうってかわって、その表情は憤怒を表していた。
「私の前で、一度ならず二度までも……!」
「観念しろバラル団!」
「まだ終わってないでしょう。力を手にいれただけで勝ったつもりになるのは早すぎますよ」
そう言ってメガジュペッタは次なる攻撃に備えた。ずっと隠れ潜んでいたカクレオンもまた、強襲の態勢に入る。
だが、カエンはすでに攻撃の動作をとっていた。
呼吸は合一になり、意識は同調される。メガシンカのさらに先、確かな絆と意志の高まりによるその力は、カエンの能力と相まって、トレーナーとポケモンとを完全に一体としていた。
生み出されるのは炎の拳だ。リザードンの手に纏われた炎がより一層、大きくなる。
そしてリザードンは地面を蹴った。翼は低く空を切るようにして、加速に一役買った。
カエンもまた、拳法の姿勢であった。両方の腕を引いて構える。
「天に在りては、願わくは、比翼の鳥と作らん……これがオレたちだ!」
カエンの拳に応えて、リザードンが打ち出した右腕はメガジュペッタを、左腕はカクレオンをつかんだ。爆炎とともに弾け飛び、窓ガラスに叩きつけられる。
ガラスの割れる音。二匹とも体力はほぼ万全であったにも関わらず、ただの一撃で戦闘不能にまで持って行かれる。
凄まじい威力であった。メガシンカしたからといって、そんな芸当ができるものか。
これはかつて、ハリアーが遭遇した現象と同じ。あの『雪解けの日』に戦ったPGの少女と、ルカリオと。キセキシンカというものが言われ始めたきっかけのときから、ハリアーに付きまとう忌まわしい光だ。
割れた窓から日が差した。それはバラル団の展開した防衛網が崩れたことを示している。誰かが欲張ったか、あるいは打ち砕いた者がいるのだろう。
「潮時ですか」
そう言って、ハリアーはジュペッタとカクレオンをモンスターボールに戻した。
それと同時にリザードンが倒れる。つられてカエンもだ。
カーシャの悲痛の声が響く。
「カエンくん!」
「みちづれを先立って打たせていただきました。二度目ですから、私も学習をするものです」
メガジュペッタとみちづれのコンボであった。特性の『いたづらごころ』によって、どんなことがあっても自身の強化などの技を先手で使えるメガジュペッタは、相手と共倒れにすることができるみちづれを、自分が負ける寸前に使うことができるのだ。
カエンの元にカーシャが駆け寄った。ステラもまた、カエンとハリアーの間に立つ。
笑顔に戻ったハリアーは、窓のあった場所の外に、今度はサザンドラを呼び出す。
「どうやらこれで終わりのようです。大変残念な幕引きとなりましたが……お二人がご健在なら、またいずれ会うこともあるでしょう。それと、これはお預かりいたします」
カエンのキーストーンを手に持ちながら、そう別れの言葉を告げて、ハリアーはサザンドラに乗った。この場を逃亡するつもりなのだ。
ステラの手持ちに飛行できるポケモンはおらず、カーシャは言わずもがなであった。カエンのリザードンさえ倒せれば、逃げ果せる算段はあったのである。
だが、ここにきてハリアーには計算間違いがあった。
「逃がしはしません!」
ステラは、ハリアーの考えていた何倍も、諦めの悪い人物である。
怪我をしているにも関わらず、全力疾走。すでにビルから離れつつあるサザンドラをめがけて跳んだ。
それだけでは足りない。このままでは地上65階の高さから落下する。
そこで呼び出したのはアブリボンであった。無論、人を連れて飛ぶことなど到底できない。
だが、ジャンプの距離を伸ばすくらいであれば。女性一人の重量をつかんで、わずか数メートルの跳躍の幇助であれば、できる。
そうしてステラはアブリボンの助けによって、ハリアーの乗るサザンドラへと飛び移ったのだ。
「なんということ……!? どういう神経をしているんですか、貴女は!」
「あなたもそういう顔をするのね」
「このクソアマ」
「な、なんですって!? もう一回言ってみなさい!」
そう言って、サザンドラの上で取っ組み合いを始める二人に、さしものサザンドラも戸惑っていた。ハリアーの指示でステラを振りほどこうにも、一緒にハリアーまで落ちそうになるのだから強くはできない。
そしてステラは、ハリアーの手からカエンのキーストーンを取り返す。
取った、そう思ったときに気が緩んだのか。あるいは自身へのダメージの蓄積が祟ったのだろうか。
ステラは足を滑らせて、サザンドラの上から落ちる。
地上200メートルからの自由落下は、死を覚悟するのに十分だった。
* * *
いくつもの羽ばたく音が、ハロルドタワーに集まっていた。
雨が晴れて、かみなりの脅威もなくなった。
青い空に落ちる影は、おおよそ五つ。そして周囲には、下っ端でも飛行能力のあるポケモンを連れた者たちが漂っている。
「派手にやったようだな。やはりこちらに来ればよかったか」
伝説の鳥ポケモン、フリーザーとその主、イズロード。大勢のPGを相手していたにも関わらずいまだ余裕を崩さない。
「そう言わないでください。貴方がいては、私が満足に仕事ができないというもの」
三つの首を持つドラゴンポケモン、サザンドラに乗るハリアー。汗で髪が張り付いているが、それを掻いて笑みを浮かべている。
それに対して、満身創痍と言った様子の二人がいた。
一人はクロック。ガブリアスにまたがっているが、ポケモンもトレーナーも敗戦に濡れたのが見えるようであった。メガシンカも解けている。
そしてもう一人。むしろ、こちらの方がひどい有様だ。グライドとボーマンダである。こちらもメガシンカは解けており、両者ともにボロボロである。
そんな二人に軽口を言おうとしたハリアーであったが、それは許されなかった。
視線の先にいるのは、二匹の炎のポケモンだ。
ビルの屋上にいるのはメガバシャーモ、そのトレーナーのイリスである。壁面を駆け上がるなどの神業を見せて、そこに立っていた。
そしてその前に飛んでいるのは、メガリザードンYであった。トレーナーのシンジョウはその背に乗っていた。
空から降りてきたリザードンは落下していくステラを回収したのだ。いま彼女は、シンジョウの腕の中に収まっている。
ハロルドタワーの頂上から降りるとともにバラル団たちは集結し、こうして膠着状態に陥ったのだ。
いずれもが優れたトレーナーであるように、シンジョウは思った。育成の難しいと言われるドラゴンタイプのポケモンを使い、メガシンカも行う。イズロードなどはフリーザーさえ連れていた。
これらを同時に相手をするとなれば、イリスと共にいても難しかっただろう。
「どうやらワースの奴が心配性をこじらせたらしい」
イズロードの言葉とともに、空から巨大な飛行船が降りてきた。
噂には聞いていたが、どれほどの規模の組織かさっぱりわからない。よもや飛行船を保有しているとは思わず、しかもそれを隠し持っている、というのだから謎ばかりがあった。
団員たちが飛行船の方へと飛んでいく。幹部たちは、
無言の対峙。これより幾度となく戦う相手との、挨拶のようなものでもあった。
そしてその静寂を破ったのは、意外な人物である。
「二つのメガシンカを持つリザードン使い、名は」
その問いに驚いたのは、むしろバラル団の面々であった。
いつも熱を感じさせず、感情すら読めないグライドが、他人に興味を持っている。
そして問いを向けられた相手であるシンジョウは、静かに答えた。
「シンジョウだ」
「覚えたぞ、シンジョウ。貴様は我らの最大の障害のひとつとなるだろう。次に
「受けて立つさ」
ここに因縁がまさに、生まれた。
そしてもうひとつの因縁もまた、刻まれる。
「イリス、って言いましたっけ。今日はやられたけど、次こそは勝ちますから。その帽子を被り続ける限り、僕とあんたの戦いは必然だ」
「もちろん! 全力の勝負を待ってるよ、クロックさん」
その挨拶が終わり、最後に幹部たちは引き上げていく。
飛行船へと飛んでいく四人をシンジョウたちは見つめていた。
次なる戦いの予兆を感じながら。