ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
ハロルドタワーの最上階に、五人は集まっていた。
意識を取り戻したカエンはカーシャに寄り添われて、窓から入ってくる三人を迎え入れる。
「シンジョウ兄ちゃんも、イリス姉ちゃんも来てくれてたのな!」
「大事なときに遅れちゃったみたいだけどね」
バシャーモから降りてカエンの頭を撫でるイリスに、カエンは目を細めた。
わずか数時間離れていただけであるが、途方もなく久しぶりな気がした。それはシンジョウも同じ気持ちである。
ようやくの再会と二人の無事に胸を撫で下ろす。
尤も、一番死に近かったのは自分であることは棚に上げているが。
「あれ、もしかしてステラちゃん? うそ、すごい久しぶり! ……って、なんで顔伏せてるの?」
イリスがステラに声をかける。どうやら二人は面識があるようだ。
ステラといえば、ラジエスジムのジムリーダーの名だったな、と思い出す。この女性がそうなのか、とシンジョウは思わずまじまじと見てしまった。
だが再会の喜びよりも羞恥が勝っていたようで、ステラは顔を手で覆っていた。
「うう、久しぶりに知り合いに会えたと思ったら私ボロボロだし、お姫様抱っこされてるし、恥ずかしさで死んでしまいそう」
と言った。ステラはサザンドラから落下してからいまなお、シンジョウの腕の中である。
「……あの高さから落ちたんだ。腰が抜けても仕方ないだろう」
「余計なことは言わなくていいんです!」
そう言ってステラは、手を伸ばしてシンジョウの口を封じた。その顔は真っ赤であり、涙目にもなっていた。
腕の中で暴れられようが落とすわけにはいかないから、しっかりと抱える。だが腰が抜けているからか、全身に力が入っていないようであった。
初対面でこれでは、印象も悪いだろうな、とシンジョウは思わずため息をつく。
脇に寄せられていた椅子に座らせると、ごほん、とステラは咳払いをした。そしてカエンとカーシャを招き寄せた。きょとんとする二人を抱き寄せて、背中を撫でる。
「二人とも、よく頑張りました。とても立派でしたよ」
ただ、その一言で。二人の感情は決壊した。瞳から涙が流れていた。
カエンもジムリーダーとは言え、10歳の少年だ。カーシャにいたってはただの11歳の少女であり、自分の里とその周辺から出たこともない。
そんな二人は、おそらく初めて『悪意』というものに出会い、目の当たりにし、当事者となったのだ。
むしろいままで感情を保ってきただけ、大したものだろう。
シンジョウとイリスは並んで三人を見る。自分にはできないことだ、これこそがこのジムリーダーの強さなのだろうと素直に感心する。
「なんか、立派になっちゃったな」
「俺たちは俺たちなりにやっていくだけだ」
「おっ、言うねえ。うん、私もそうする」
さて、とイリスは言った。
「しばらくはここに引きこもるかなあ。PGが来るまで時間かかりそうだしね」
「俺のリザードンだけでは、全員を乗せることはできない」
「エレベーターが動けばいんだけど。まだコントロールルームは復活しないのかな」
そう言ってイリスは監視カメラに手を振ったりなどする。向こうに人がいたならば、こんな陽気な者など放っておくだろう。
「そうだ! みんなで写真撮ろうよ。無事バラル団撃退! ってね」
「能天気だな、お前は」
だが、悪い提案ではない。カエンと写ってる写真がなかったな、と思っていたこともある。
泣き止んだカエンとカーシャはすでに笑顔を浮かべている。
唯一戸惑っているといえば、ステラだ。
「え、ちょっと待ってください。いまとてもお見せできるような格好ではないんですけど!?」
「はーい、寄って寄って!」
「強引なのは三年前から変わりませんね……」
ステラの抗議など他所に、イリスは自撮りの準備を始める。
諦めたのかステラも四人の元に寄った。
「ううんと、カエンくんもうちょい中寄って!」
「お、おう。カーシャ、ぶつかったらごめんな」
「大丈夫。写真、楽しみだね」
「ジョーくん、顔硬いよ。笑ってってば。できなければ面白いこと言って」
「……ステラさんを乗せたとき、リザードンが機嫌を損ねていたんだが」
「うそっ、ヤキモチなの!? っていうか本当に言わなくてもいいんだよ?」
「いいから撮りなさーい!」
かしゃり。イリスのスマートフォンから音が鳴る。
「いい感じ!」
「みんなで撮った写真、初めて。前にカエンくんが撮ってくれたのはあるけど」
「なっ、カーシャ! それは言うなって!」
「ほっほう、カエンくんやるねえ。それにしてもジョーくんも、両手に華だぞ〜」
「棘が痛そうだ」
「どういう意味ですか!?」
一枚の写真に収められた五人の姿。
それは取り戻した日常の光景だ。
あるいはそれからもう一歩進んだ先の、明日だった。奇妙な縁で出会ったことを、なかったことにはできない。
だからこそ、前に進む必要があるのだろうと、このときシンジョウは思ったのだった。
* * *
バラル団の飛行船の内部。特別に切り分けられた区画があった。
テレビ通信による会議などを行う場所であるが、このときはグライド一人のみがそこにいた。
写っている画面は黒塗りに「SOUND ONLY」と書かれているのみである。だが、その向こうにいる人物のことを想像するのは容易だった。
『なるほど、作戦の完遂はならず、か』
「申し訳のしようがありません」
『良いんだ。前と違って、全員無事なのだろう? であれば再起も図れるし……事実上我らの勝利のようなものだ』
声の主は、バラル団のボス。
滅多なことでは顔を出さない。どのようにしてバラル団を結成したのか、どこへと行こうとしているのか。一切不明ながらも実在している人物である。
彼は自身の右腕たるグライドを通じて、指示を出していた。このときは今回の作戦の成果を聞いているのみであったが。
「いいえ、私の失態です。采配を間違えていた。イズロードを戻していれば、あるいはワースともども出ていればこうはならなかったかもしれない」
『珍しいじゃないか。君がでもしかの話をするなんてね』
「……失言でした」
『いいさ。反省して次に活かしてくれたまえよ。働きで返してくれれば、何も言わないさ』
寛容にそう言うボスであるが、グライドは内心、気が気ではなかった。
確かに作戦そのものは最後まで完遂できなかったとは言え、十分に有用なデータは手に入れた。ワースによれば、このデータを元にすれば、時間さえあれば『いでんしのくさび』をもう一度作ることは可能なのだと言う。それもリュサ族の娘も、ラジエスシティを賄うほどの電力を使わずとも、だ。
誰一人失うことなく、むしろ有用なデータを手に入れた。組織の目的を達成するまで時間はかかるが、それでも遠のいたわけではない。
事実上の勝利、というのはそういうことであった。
『それで、イリスにシンジョウか。厄介な人がこの地方に現れたものだね。イリスについてはあとでクロックから聞くとして、シンジョウについてはどう感じた』
「確かに強力なトレーナーであることには違いないでしょう。しかし個の活動ではどうにもならないこともあります。警戒はするべきでしょうが、組織の方針を変えるほどではありません」
『もし立ちはだかったならば?』
「この私が必ずや」
『くっ、ははははは!』
ボスが笑った。それはさしものグライドも瞠目することであった。
ひとしきり笑ったボスは、なお笑いながらもグライドに声をかける。
『そこにいるのは本当に君か、グライド?』
はっとして、グライドは視線を逸らした。音声のみの会話だ。向こうからこちらは見えていない。にもかかわらず、ボスの一言はグライドの急所とも言える場所をついていたのだ。
『いいよ。実にいい。もう疲れただろう、詳細の報告はまたにしよう。他のみんなにもそう伝えてくれ』
そう言って、通信が切れた。
静まり返った部屋の中で、グライドは思わずテーブルを殴る。音が外にまで聞こえたはずであるが、構いはしなかった。
……まさか自分が、個人の戦いに執着していると?
歯ぎしりをする。馬鹿な。そんなはずはない。この身命はバラル団に捧げると誓っているのだ。組織としての勝利を望んでも、個人のことなど捨て置くべきだ。
しかし、グライドは思い浮かべてしまう。彼の言葉を。
—————ただ強いだけでは俺には勝てない。
であるならば、勝利の条件とはなんだ。なにをすれば勝てる。自分には何が足りない。
いつの間にか自分が、シンジョウとの再戦を望んでいることに気づいてしまった。怒りからか、悔しさからか。
そんな感情を抱くことは、固く禁じていたというのに。