ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
数日が経って、シンジョウとイリスはラジエスシティの中心にいた。
事件のあったハロルドタワーは、いまなお閉鎖されている。記者会見によれば、バラル団の設備についていつごろ作られたかは不明だとされ、建設会社の一部で逮捕者が出る騒ぎになっているという。
ハロルドは関与を否定している。追求もされているようだが、常にスキャンダルがつきものの彼を追い詰めるのは逆に困難だろうという見方が強い。
ラジエスシティの停電とハロルドタワーの占拠という一連の事件は、大きな打撃にはならなかったものの、『雪解けの日』と同じ程度のインパクトを世に与えた。バラル団への脅威と興味はやむことなく、テレビでも連日特番が組まれることになっているようだ。
シンジョウとイリスもPGから取り調べを受けたりなどしたり、ニュースにわずかであるが映っているのを見て騒いだり、事件後も疲れる時間を過ごしていた。
「ううん、いい日!」
そんなことがあっても、日常はそうそう変わることはない。イリスは伸びをしている。背中には、相変わらず背丈に合わない大きなバッグがあった。
「いやあ、ステラちゃんがジムリーダーになってたなんてね。でもわかるなあ。優しいし強いし、みんなの憧れだよね」
そうだな、とぼんやりシンジョウは答える。ステラについてはどうにも苦手な感じが拭えないものの、むしろ好ましい人物である。
「あ、これこれ。渡してって言われたんだよね」
イリスから手渡された紙袋を受け取り、開けて中を見るとそこにあったのはサンドイッチだった。
そして中には一枚、手紙が入っている。「ありがとうございました。ささやかですが、お礼です。口に合えばいいのですけど。 ステラ」と簡潔に書かれている。
「直接渡しなって言ったんだけど、忙しいみたい。あの子、市の職員が本業だからね」
「無理は言えないだろう。怪我もしているしな」
それに、これだけでどれだけ嬉しいか。シンジョウはステラの顔を思い浮かべるが、怒ってる顔が真っ先に浮かぶあたり苦手度合いも重症である。
二人はラジエスシティを歩いた。朝になったばかりで、商業区は静かなものである。物資を運ぶ車両と、路面電車ばかりが走っていて、歩いている者はシンジョウとイリスを除けば、ジョギングをしている者くらいだ。
テルス山を昇った日がまぶしい。あの山の向こうから三日しか経っていない、というのは少し急ぎすぎているようにも思えてしまってよくない。
「カエンくんとカーシャちゃんは無事に帰ったみたい」
「そうか」
「それだけ?」
「また会える。ステラさんも」
「うん、そうだね。確かにそうだ」
など、軽く話すが、それほど会話は長く続かない。
やがてラジエスシティの北区に続く橋まで来た。シンジョウはこのまま北上する予定であるが、あくまで予定だ。あちこち行くのに便利なラジエスシティにはまた戻って来ることもある。
「ねえ、一緒に旅しない?」
それはイリスの提案だった。
「ジョーくん、すっごい強いし。君の目的はわからないけど、バラル団と戦うなら一緒の方が心強いよ」
「まさか、イリスの目的は」
「そう。チャンピオンたってのお願いでね。バラル団のことを調べてって。尤も、とっとと倒してチャンピオンに挑戦するつもりだけどね」
にんまりと笑って、イリスは言った。
正直に言ってしまえば、自分などイリスと比べてしまえばまだまだ弱いのではないか、とすら思う。
それでも認めてくれる者がいれくれるというのは、なんとも心強いことか。
そしてイリスの提案は魅力的でもあった。旅は道連れとも言うが、彼女がともにいてくれるなら退屈はしないし、バラル団との戦いの中もよりやりやすくなるだろう。
だが、シンジョウは首を横に振った。
「俺の目的は、ラフエルを知ることだ」
「それは、英雄の?」
「そうだ。そこに俺の求める強さがあると思う」
そしてあの日、かみなりを受けて落ちたとき。
わずかであるが触れたような気がするのだ。
いまとなればその時の記憶はぼんやりとしてしまっているが、指先の感覚だけが残っている。
もしラフエルを求める先にバラル団がいるならば、戦うことは避けられない。
けれどもその道がイリスと同じものかと言われれば、違うのだ。
「うーん、そっか。残念! だけどまた会えるよね?」
「当然だ。そして全てを終えたとき」
「私たちはバトルをする。約束したもんね」
「楽しみにしている」
「……よし、わかった! いいよ、待っててね。もっともっと強くなって、君に挑むから! そのときは受け止めてね、私の答えを」
イリスは拳を突き出した。その拳に、シンジョウも合わせる。
これから二人はこのラフエルの地で何度も出会うことになる。ともにバラル団と戦うこともあれば、ただ遊ぶだけということもあるだろう。
けれども、迎える結末、望んだクライマックスは決まっている。
虹は灰色の雲を越えていくように。
真情がその純真を貫くように。
互いの夢を讃えながら、二人は別れた。
霧の中を歩いていた感覚が嘘のように、進む道は晴れていた。
これにて完結です。お読みいただき、ありがとうございました。