ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
炎迅と氷刃
猛吹雪の中を炎が舞った。
その光景はいかのも妖しいものであったが、ポケモンの起こした現象と言われても納得はできない。
例えポケモンであっても、自然に逆らうことはできない。あまごいやにほんばれ、あられという技はあるだろう。そうしたものを覆すことができるのは伝説のポケモンと呼ばれるものたちだけである。
では逆らうことができる者とは何者なのか。「そういう風に鍛えられた」ほかにない。
野生のポケモンではありえない練度だけが、そうしたことを可能にするのである。
それも途方に暮れるほどの訓練のみが、だ。
はどうだんが飛んだ。着弾と同時に雪が弾ける。散った雪も吹雪に溶けるが、その一層濃い中から現れた影があった。
「……リザードン、いけるな」
ひとりは男、シンジョウである。そしてその相棒、リザードンが隣にいた。
リザードンは吹雪の向こう側に吠える。同時に飛来してきた”はどうだん”をドラゴンクローで切り裂いた。
(ルカリオ使い、やるな)
はどうだんを使える唯一のポケモンの名を挙げる。タイプ相性ではリザードンに分があるが、相手はそれも躊躇わず
シンジョウがそう思うのと同時、今度はハイドロポンプが迫る。吹雪の中で氷の欠片を撒き散らしながらも、巨大な水流はリザードンを襲う。
それをリザードンは焼き払った。大文字に炎が広がり、ハイドロポンプを蒸発させる。空気に散った水分が液化し風に散った。
(雪の中から現れた。それにこの威力、パルシェンか……)
再び分析、それと同時に雪中を走る。ポケモンの現れた位置をおおよそ見当つけ、避けるようにして進んだ。
幸いにして方位磁針はまだ使えている。自分の目指している方向がどうちらかはわかる。
雪を踏みしめて進んで行く。だが、しばらくすると目前に違うポケモンが現れた。
ユキメノコだ。こおりとゴーストのタイプをもつそのポケモンは、シンジョウをじっとにらみつける。
次いでユキメノコが風を纏う。こごえるかぜだ、と気づいたもののもう遅い。その射程にはすでに捉われている。
だが、リザードンがその間に割って入った。こごえるかぜを翼で受けながらも炎を吹く。直撃とまではいかなかったが、いくらかダメージが入ったのか撤退していく。
いまの攻撃でシンジョウは理解する。
相手のトレーナーは複数、最低でも五人はいると見ている。それぞれが修練を積んだ一流かそれの届くレベルであり、なにより特筆すべきは誰もが雪の中の戦闘に慣れていること。
これだけ荒れた視界の中で、相手のいる位置を把握するのは困難だ。シンジョウも、だいたいの位置を把握するので精一杯なのである。それを平然とやってのけるのは、よほど訓練を積んでいてもできることではない。
そしてこの集団戦闘に慣れている具合を考えれば、誰か指揮官がいることは明白だ。
(ネイヴュのPGか。手練れ揃いとは聞いていたが、ここまでとは)
いまシンジョウが歩いているのはネイビュシティから西側、道無き道であった。
その先にあるのはアイスエイジホール。
遠い昔、隕石が落下したことで生まれた巨大な空洞の名であった。
ネイヴュシティに年中雪が降るのはそこから溢れている冷気のせいであるとも言われており、未だ多くの謎に包まれている場所である。
……そこに何かある。シンジョウの直感が告げている。
いいや、むしろおかしいのだ。ラフエル地方の多くの人々は、生まれついてのそう言われ続けていたその地のことを疑わないかもしれない。だが違う地方からやってきたシンジョウはまさに、その常識を疑った。
遠くからでも見ることができればよかったが、悪いことに猛吹雪の真っ只中だった。だからこっそり、近くから覗くことはできないかと考えた。
のだが。
(こんな猛吹雪の中、ここまで警戒を強めているとはな。『雪解けの日』の影響か、鼻を利かせているか)
尤も、この吹雪はむしろ絶好の侵入日和であったから、特に警戒していたのかもしれない。
防護柵を越えていないにもかかわらず、勝手に襲い掛かられるほどには。
この雪中の逃走劇から、三十分ほどの時間が経った。
さすがのシンジョウも体力を考えなければならない。リザードンも、相手からの攻撃はほとんど受けていないとは言え、この吹雪では堪えるだろう。
攻撃が止んだ。むしろ、シンジョウはそのときこそ警戒を最も強めた。連携において、相手に隙を作らないようにするのは定石だ。
であるならば。それを崩したということは、何かを企んでいる証拠なのだ。
それほどの指揮官が、いる。ネイヴュ支部は特別であるとシンジョウは聞いていた。その噂に違わぬ実力を見せ付けてきただけの何者かが背景にいるのだ。
そのとき、空にポケモンが見えた。雪に擬態していたが、シンジョウよりもリザードンがはっきりとその姿を捉える。
チルタリスだ。ひこうとドラゴンのタイプである。綿毛のような羽を持っており、晴れ間に見ることの方がふさわしいかと思われるポケモンであるが、その実は違う。
どんな天候の中でも変わらずに活動できる特性『ノーてんき』を持っているからだ。
いいや、それだけではない。数匹のポケモンがそこらにいる。
見えたのは異なる姿のキュウコンだ。リージョンフォーム、アローラ地方に見られる、異なる姿と能力をもつポケモンだ。
雪がいっそう、強くなったように感じられた。強引に晴らすことはできるが、そうなってしまってはPGに自分の存在が露呈し、お縄につくことになるだろう。
背後から雪を巻き上げながらツンベアーが襲いかかってくる。シンジョウは転がって避けながら、場所をリザードンと入れ替えた。リザードンはその口に熱を溜めていた。ゼロ距離からのだいもんじに、さしものツンベアーもひとたまりもない。
次いで、リザードンはそのまま真横に薙ぎはらうようにして炎を撒く。そこにいたのはバイバニラである。吹雪をものともしない火力の炎は、バイバニラを掠めた。
状況が変わる。自分の目線では確かに一対多勢のままだったが、いまこれらのポケモンを指揮しているのは一人だけである。
「部下たちが手こずってるって言うから来てみたけど、なるほど」
そう声が聞こえた。女の声である。温かな言葉を選んでいながら冷たく、柔らかな口調ながら鋭利だった。
「やりますわね。こうも簡単に一蹴されると、さすがに参りますわ」
どうだか。シンジョウは思った。この声の主は、この程度で負けたなんて思ってはいないだろう。まだまだ余力を残している。他にもポケモンがいるし、これが全てというわけではない。
そしてこの人物は、いままでシンジョウが相手をしてきたPGのネイヴュ支部のトップにちがいない。
この地にまつわる噂の最たるもの。冷血にして鉄血。カリスマから付けられた異名は”氷獄の女帝”、逸話から”上官殺し”。その名を微笑みとともに背負う女支部長だろう。
「俺に敵対する意思はない」
「知っているわ」
女支部長は言った。
「いいえ、貴方のことは知らないです。ええ、聞く限り『怪しいから攻撃した』だそうで。いかに私でも、そんな理由は認めませんとも」
声だけが聞こえる。表情どころか、姿も見えはしない。けれども確かにそこにいる。声の発生源ではない。気配があった。
それでも。と女支部長は言った。
「ここまで来たからには、逃がさないことにしてるのよ。部下にだって許してないもの」
シンジョウはふと、自分の視界の左を見た。
そこに広がっているのは巨大な風穴だ。まるで逆再生をしているかのように、下から上へと雪が舞い上がっている。
驚きとともに、まじまじと観察をした。壁面を覆うのは氷だ。角度からして底は見えないが、雪が吹き上がるような穴だ。とてつもなく深いにちがいない。
これがアイスエイジホールか。思わず感心する。こんな状況でもなければ、感動もしたかもしれない。
だが、それも束の間だ。
キュウコンを中心にして氷の柱が生える。それらはシンジョウとリザードンを取り囲んだ。
柱は一気に空へと伸びるとそれぞれがぶつけあうようにして新たな柱を現出させ、ついには牢獄のようにして二人を囚える。
そしてその柱は、牢獄の中へと刃となって突き立った。
”ぜったいれいど”と呼ばれる技だった。どんなポケモンであろうとも、どんなコンディションであろうとも一撃で倒しうる攻撃だ。
勝負あったか。女支部長はため息をついた。だが、吐いた息が吹雪に溶けるより前である。
氷の牢獄は、炎によって砕かれた。
青い炎が氷にひびを入れ、間から漏れるようにして噴出した。
メガシンカしたのだ。リザードンのメガシンカ、メガリザードンXへと変貌する。橙から黒へと姿を変え、赤から青へと炎を変えた。
吹雪の中にあっても異常なほどの熱が溢れる。その余波が女支部長の眼鏡を飛ばした。
だがそれは伊達である。奥にある鋭い瞳を隠すためのもの。相手に意思を悟らせないための守りである。
この吹雪の中では意味ないか、と女支部長はとりなおした。
一方のシンジョウは、余裕ではないものの、落ち着いている。ぜったいれいどを受けてなおも立っているのは、その落ち着きがリザードンを導いたからに他ならない。
「……あの技を避ける人はごまんといますが、受けてなお砕いてみせた人は初めて」
声に滲んでいるのは驚きか。そうでなければ、恍惚だ。
そして次に寄せられた言葉は親愛である。
「ねえ、私の元に来ませんこと?」
「どういう意味だ」
「貴方ほどの実力でしたら、私のPGネイビュ支部は高待遇で迎えます。本部のように固いことは言わないわ。その力、存分に使う機会をあげる。欲しいのは力を振るう大義名分? お金かしら? それとも誇り? 女だと言うなら……うちの子も粒ぞろいよ。ふふ、私もこう見えてけっこう自信があって」
「いらん」
短く突っぱねる。特に最後のは、いらない。
何がこう見えてだ。自信しかないだろうに。
「俺が求めているのは真実だ」
端的な回答を示す。
沈黙が流れる。それと同時に、吹雪がより一層強さを増した気がした。
「あら、そう」
シンジョウの答えへの返答も、またそっけないものだった。
「大胆で、面白い人だけど、そういうことなら仕方ないわ」
そして見えたのは、殺気だった。
ぞっとして、シンジョウは一歩引いた。狼狽えるなと自分に言い聞かせなければ、自我を保てない。
バラル団の幹部にも匹敵する、危険人物だ。シンジョウは彼女をそう評価した。
「お誂え向きの穴もあるし。その首を晒しなさい、ここが断頭台よ」
そう言った瞬間、シンジョウの目には、吹雪の奥に銀色の光が見えた。
おそらくトレーナーの手から現れたであろうそれは、まっすぐに
その一瞬の間に起こった出来事をすべて、正確に理解できた者はいないだろう。それはシンジョウも、そして相手の女支部長も同様である。
まずはじめに、女支部長の手から放たれた光は薄く伸び、吹雪の中を高速で飛んだ。
一本の短剣にも等しいそれは必殺の威力を伴って、リザードンではなくシンジョウの首を狙っていた。
察知できずとも、狙われるだろうと思っていたシンジョウはどうにか首をひねる。しかし避けるには足りない。
その数センチをリザードンのドラゴンクローがもぎ取ったのだ。伸びた竜の爪が、甲高い音を立てて飛んできた光を弾いたのだ。
勢いもあり、わずかに軌道を逸らすことしかできなかったが、その行動がシンジョウの命を救った。
完全に避けきることができず、シンジョウの頬に切り傷ができる。鮮血が滴り、雪を赤く染めるが構っていられなかった。
ブーメランのようにして返ってきた光が、女支部長の元に戻る。
「リザードン!」
シンジョウはリザードンの背に乗って、指示を出す。だいもんじが吹雪を突き抜け、雪を溶かし女支部長の隣にいたキュウコンを襲った。
同時に生み出された霧が、女支部長から視界を奪う。
そして霧が晴れたとき、落下してきたのは上空で待機していたチルタリスだ。すれ違いざまに一撃もらったようで、ひんしには至らずとも大きなダメージを受けていた。
女支部長は、それぞれのポケモンをボールに戻す。
そして歩いていくと、シンジョウのいた位置でしゃがみこんだ。
わずかであるが、赤に染まっている雪を手でつかむと、ぐしゃりと潰した。
「久しぶりよ、血が滾ったわ。若返った気分よ。それに、あの子を見せて逃がしたのも初めて」
シンジョウは気づかなかったが、女支部長が放ったのはポケモンである。
それもただのポケモンではない。アローラ地方でしか見られない、異次元のポケモンである。
その名をカミツルギ。学名をSLASH。ウルトラビーストと呼ばれる規格外の存在だった。
どうして手に入れたのか。どうやって手に入れたのかは一切明かしていない。
まして、彼女が……PGネイヴュ支部の支部長カミーラがそんなポケモンを持っていることを知っている者は。
誰一人として
* * *
吹雪を抜けて、シンジョウを乗せたリザードンはシャルムシティへと向かっていた。
頬から流れる血は止まらないが、そのうち治るだろう。
それよりも、あの女はやばい。シンジョウの全身がそう告げている。
人そのものへ、あれだけの殺気を向けられる人物などそうそういない。
バトルしてわかることがある。彼女は誰よりも自分を信じているのだ。自らの目的のためには、自分の脚で歩くと決めている。そして前に立つ障害など自分の手で払いのける、排除することができるというだけの自負がある。
そういう女なのだ、と思うと厄介だという考えしかない。
それにしても、最後の光はいったいなんだったのだろうか。シンジョウの意識はやはり、頬の傷に戻ってくる。
ポケモンの技にしては違和感があった。なぜトレーナーの手から放たれたのか。そればかりが気がかりである。
真っ当なバトルであれば、勝てる。よく鍛えられているし、恐らくトレーナーの腕も高いだろうが、タイプの相性としては抜群にいいはずだ。
けれども。けれどもだ。あの光こそが、シンジョウが脅威に感じたものだった。
(まさか、ポケモンか。あのサイズで、あれだけの速度を瞬間的に出し、あれほどの威力を持つポケモンが存在するのか)
ジムリーダーである自分は、ポケモンのことならそれなりに知っている。図鑑を持たずともにいま発見されているポケモンをすべて挙げることもできる。
そんな自分でもわからないというのであれば、相応の知識人を頼るしかない。
「イリスなら知っているだろうか」
陸が見えてきた安心からか、シンジョウは思わず思考を口に出してしまう。
リザードンがいきなり降下を始めた。振り落とされないようにその首につかまる。
錐揉みの要領で陸に投げ出されたシンジョウは、怪我こそしなかったものの転がってしまう。
「痛え……リザードン、なにするんだ」
そう言うが、当のリザードンはそっぽを向いている。どうやら背中で女の話をされたことが気に召さないらしい。
こうなるとしばらく放っておかないと機嫌は直らない。早くシャルムシティに行って、温泉に入って冷え切った身体を温めたいというのに。
すると、そこにひとり、笑いながらやってきた人物がいた。
「はっはっは、仲がいいな」
そこにいたのは、ネイヴュ支部の制服を着た男だった。四十手前ころの年齢だろう。体格が自分に近い。もしかすると体術などで鍛えているのかもしれない。
いま一番会いたくないPG、それもネイヴュ支部の人間であった。シンジョウはいつもに増して無表情になる。
「……あの子が生まれたときから一緒だからな」
「ほう、女の子なんだな。ずいぶんなじゃじゃ馬だ」
「かわいいところでもある」
「君はそういう子が好みなのか」
「手にあまるくらいが丁度いい」
「言うじゃないか」
愉快だとばかりに笑うその男は、それで、と続ける。
「ネイヴュから飛んできたようだな。どうしたんだ。いいや、言わずともわかる。突っ返されたのだろう」
「そんなところです」
事実とそう遠くない。シンジョウは頷いた。
「あそこはPGか政府に承認された者しか通らせることはできんからな。観光にラフエル地方にやってきた者などは、よく勘違いをする。あの日以来、人に見せるものなどほとんどなくなってしまったが……。それでも、明日のために毎日頑張っている」
それは復興のことだろう。『雪解けの日』にて破壊し尽くされたネイヴュシティであるが、再興を目指して日夜努力をしている。
この人物もまた、そのために動いているのだ。シンジョウは目の前の男の瞳から、熱いものを感じた。トレーナーとしてもベテランの域に到達してるだろう年齢であったが、炎のような熱を宿している瞳はとても頼もしくある。
「ああ、そうだ。あそこはバッジを六つ集めれば、無条件で通れるんだ。……二十五歳未満に限るがな。君は?」
「二十三だ」
「いいじゃないか。観光がてら、いまからでもバッジを集めてみるといい。そのリザードンとなら、いけると思うが。けっこうなやり手だろう?」
おっと、船がそろそろ出るか。男は港についているフェリーを見て言った。
「それじゃあ、僕は向こうへ行く。君を待ってるよ」
「気が向いたら、行く」
「それでいいさ」
そう言って男は去っていく。その背を見送った。
シンジョウの「かわいい」発言で機嫌を直したのか、リザードンがすりよってきた。単純なやつめ、と頭を撫でる。
「六つのバッジか」
それも悪くはないかもしれない。シンジョウはそう思いながら背中に乗る。
幸いにして、クシェルジムのバッジ、ピュリファイバッジは手元にある。サザンカから再び譲り受けたものであった。
残るは五つ。リザードンとあちこちを飛びがてら、集めるのも手だ。検討する余地はある。
だがまずは温泉で身体を温めることにしよう。
シンジョウを乗せたリザードンは、大きな空へと羽ばたいていった。
カミーラ「あら、おかえりなさい。ところで頬に傷のあるトレーナーとか見なかった? リザードンを連れてたのだけれど」
ユキナリ「」