ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle   作:真城光

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沁みる酒

 シャルムシティの歴史について、シンジョウは簡単であるが知っている。

 戦争によって傷ついた者たちが集まってできた街、という触れ込みの通り、そこはイッシュ地方やカロス地方から移住してきた者たちが作り上げた街であった。

 そういう経歴があるからか、この街は外からやってきた者たちに優しい。なにもかもが開かれているし、文化も混然としていて、やってきただけで世界一周している気分のなれる。

 

「あそこはジョウト風、あそこはイッシュ風……」

 

 シンジョウはそんなシャルムシティの上空を、リザードンに乗って飛んでいた。

 もう日は暮れているから、そうそうに降りるべきであるのだが、こういうものは楽しむ質であった。

 同じ感覚なのか、ポケモンに乗って空を飛んでいる者も多くいる。

 そうして選んだのはホウエン風の区画であった。近くに温泉がある。当初の目的を見失ってはいない。

 近くに火山でもあるのだろうか。テルス山脈の南部は火山であるようには見えなかったが、もしかすると北部は火山なのかもしれない。

 公園に降り立って、周りを見ればそこは屋台街であった。公園を中心にして軒を連ねているようで、人混みが激しかった。

 とりわけ、飲み屋が多いらしく、子どもの気配はない。

 ただ一人を除いて。

 

「痛っ。す、すみませ〜ん!」

 

 そう言って金髪の少女が走り抜ける。だが、どうにも抜けているのか、間が悪いのか。踏み出した瞬間に他の人とぶつかっている。

 近くで見るとわからないのかもしれないが、少し離れてみるとよくわかる。しっかりした足取りにも関わらず何かしら巻き込まれそうな雰囲気は、もはや運が悪いという領域なのかもしれない。

 どうにもその様子が気がかりなシンジョウは、思わず近づいた。

 

「あっ」

 

 それは誰の声だっただろうか。だが、まずい事態になっていたのはよくわかった。

 金髪の少女は、スキンヘッドの男とぶつかっていた。それはいい。その男は手元から皿を落とし、靴にその料理を被っていた。まだ問題はない。

 だが……その男が悪意に満ちた笑みを浮かべていた。それはよくなかった。

 

「おい嬢ちゃん、どうしてくれるんだ。ええ? この靴、この前にラジエスで買ったもんなんだがよ。けっこう、値が張ってな」

 

 あまりにもありきたりで、しかしあまりにも効果のある言葉である。

 さっと少女の顔が青ざめた。周りの者たちの様子を見れば、気にしていないふり。いいや、むしろ積極的に二人を隠そうとしている。

 

「ご、ごめんなさい、いま拭きますから」

「ああ、いいぞ。ほらよ」

 

 差し出された足。少女はしゃがみこむ。

 しかし、その頭上に男はコップをかざした。酒がなみなみに注がれている。ゆっくりと、周りに見せつけるように。

 

「そのくらいにしておいた方がいい」

 

 そう言って、男の腕をつかむ。

 咄嗟のことであったが、シンジョウは冷静だった。

 え、と少女は顔をあげる。いまなにが起ころうとしたのか、理解していない。

 それでいい。シンジョウはそう思って、男の腕を強引に降ろさせた。

 

「おい、てめえ、見えねえのか。オレの靴が汚れちまったんだよ」

「…………」

「だからよう、代わりに汚れてもらおうってのはどうよって話」

 

 卑しい笑みが満ちる。たどたどしい言葉の選びに、シンジョウは男の素性を想像した。

 路地裏の、汚い空気。そこでは言葉すらも切っ先のやりとりのように交わされる。なによりものを言うのは暴力だ。

 そういう世界でこの男は生きてきた。

 だが勝ってはいない。勝者ではない。勝負によって自らが勝つのではなく、他者を恫喝によって下に置く生き方をしてきた。

 そしておそらく、上の者には。

 

「どうにか、言えってんだ」

 

 そう言って男はシンジョウの顔に酒をかけた。避けれたが、あえて受ける。ここで避けてしまえば、足元の少女にかかってしまうから。

 だが、代わりに怒りの声をあげたのはリザードンであった。炎を口に蓄えて、男へと掴みかかろうとする。

 

「リザードン」

 

 名を呼ぶ。じろり、とリザードンはシンジョウを見た。視線が合う。カエンのように意思を明確に理解することはできない。しかし、ずっと共にしてきた相棒は意図を理解して大人しくなってくれる。

 

「おい、おまえら、なにをしている!」

 

 声が響いた。PGだろうか。

 その声が聞こえたとともに、シンジョウと少女を取り囲んでいた男たちは、蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。慣れているな、と思った。

 残ったのはシンジョウと少女、そして屋台のみであった。屋台の主人は、ばつの悪そうな顔をすると口を開いた。

 

「悪いね、うちのお客さんが。他の店にも言って、出禁にでもしておくさ」

「いや、あなたの責任では」

「そう言ってくれると助かるよ。どうだい、ちょうど空席もできたし、一杯。勇敢さに応じて、奢るよ」

「遠慮しておく。……割れた皿と迷惑代だ」

 

 そう言ってシンジョウは現金をカウンターに置く。もらえないよ、という店主の言葉を無視して、リザードンをモンスターボールに戻し去っていった。

 

「ま、待ってください!」

 

 屋台街から一歩出たところで、シンジョウは呼び止められる。

 そこにいたのは先ほどの少女であった。

 

「お礼、言ってなくて。その、ありがとうございます。私はルシアと言います。オレントタウンでお手伝い屋をしてます」

「悪いな、俺はラフエル地方の出身ではない。地理には少し疎いんだ」

「あ、私と同じですね。シンオウ出身なんです」

 

 共通点を見つけた喜びからか、ルシアは笑みを浮かべる。

 先ほどのことがあったにも関わらず朗らかであった。よほどの胆力か、でなければ世間知らずだ。

 

「その頬の傷、大丈夫ですか?」

「……いや、これは」

 

 この騒動とはまったく関係ない傷である。とは言うものの、いまのことで血が上ってしまったのか、傷が開いてしまい赤い液体が滲んでいるのは確かだ。おかげで酒が沁みてしまって痛みもある。

 

「消毒しますので、こちらに来てください。さあ」

 

 その言葉は有無を言わさぬ力がある。

 おう、とシンジョウが頷くのと同時に、手が引っ張られた。

 なぜかわからないが、金髪の女性に苦手意識を持ち始めたシンジョウだった。

 

 

 

    *     *     *

 

 

 

 ルシアを脅した者たちは、再び集結していた。

 そこはシャルムシティから外れた場所だった。南に下って、山への入り口近くである。

 トレーラーが停まっていた。ワルビアルの顔骨が描かれたその前に、ひとりの男がいる。

 

「おいおい、一息ついてこい、とは言ったが、気を抜いてこいとは言ってないぜ?」

 

 そう声をかけられたのはスキンヘッドの男だった。

 うずくまっていて、鼻からは血を流している。殴られたのだ、と誰もが見て理解する。

 

「それが、変な奴が割り込んできて」

 

 言い訳をしようとしたスキンヘッドの男の頭に、足が置かれる。その様子に、他の者たちも引き気味だった。

 

「そうじゃねえっつうの。その絡んできたやつは正直、どうだっていい。んなことよりよ。わかってんのか? オレたちはビジネスで来たんだぜ? なのによ、女に鼻を伸ばして、あげく恥をかかされましたってんじゃあ、カッコがつかないだろ?」

 

 ビジネス、とは言うものの、その理屈はあくまで裏社会のものだ。

 しかし面子というのは、この界隈では何よりも大切である。下手に悪い……ここでは弱さという意味だが……評判がついてしまえば、すぐに舐められる。

 

「てめえのロリコン趣味には何も言わねえが。趣味ってのは、考えてやるもんだってママから習わなかったか?」

 

 その言葉で堪らず吹き出した者が数名いた。だが、男がにらみつけると一瞬で静かになる。

 ちっ、と舌打ちを男はした。そして側近のひとりを招き寄せると、紙の資料を受け取る。

 

「まあ、いい。さっき前取引も終えたところだ。へっ、ずいぶん気前のいい仕事だ。前金に一千万、成功報酬に五千万だ。そのぶん、相手にするのもやべえやつだがな」

 

 そう言って、スキンヘッドの男に足を乗せたまま、男は近くの者たちに写真を渡す。

 写っているのは、近頃、テルス山北部で見られたというポケモンであった。それは驚愕に価するもので、思わず声を漏らしてしまう者もいた。

 

「お、親分、これは本気ですかい?」

「なにも手を出すわけじゃねえ。ちいっとばかし、挨拶をするだけよ」

 

 くくっ、と愉快げな笑みを崩さずに。

 

「金さえもらえりゃあ、オレたちは何だってやる。それがオレなりの、『暴獣』のやり方よ」

 

 歯を見せて、男は————アバリスは言ったのだった。

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