ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
シャルムジムの前は人だかりができていた。
騒がしいだけでなく、怒号まで聞こえて来る始末である。
なにかあったのだろうかと、ジム挑戦者ではないシンジョウは眺めていることしかできない。
「シンジョウさん?」
そう声をかけてきたのはルシアであった。金色の髪を揺らしてそばに寄ってくる彼女の姿は、不安でありながらも安心感があった。
「もしかして、ジムに挑戦するんですか?」
「いや、ジムリーダーに用があったんだが」
「だったらもっと難しいかもです」
ルシアは笑いながらそう言った。
「あのひとだかりもそうですけど、シャルムジムのジムリーダーさんは、ジムを不在にすることで有名なんですよ」
「……耳が痛いな」
「え?」
「なんでもない。そうか、あれは挑戦者たちなんだな」
ようやく人だかりの正体を知ったシンジョウは、ため息をつく。
ジムリーダーというのは基本的に個性の塊だ。というよりも、それぞれが自分の美学や流儀を持っていて、その通りに生きている。真面目な者ももちろん多くいるが、その中にはここのジムリーダーのように自由奔放な者もいる。
自分がいないジムもこんな風景が広がっていると思うと、他人事ではない。
「今日はいる日だって聞いてたんですけど」
「詳しいのか?」
「オレントタウンのお手伝い屋さん……のお手伝いですから!」
それはまたずいぶんと微妙な。
「こっちに来たいっていうトレーナーさんを案内したんですよ。なんでも今日は、ジムリーダーのランタナさんがいる日だとかで。週に二日はジムに滞在するように決められたそうです」
「なるほど、それで」
わかっているひとたちが集まったにも関わらず、ジムリーダーが不在となれば、それは顰蹙も買うというものだ。
しばらくは落ち着きそうにないな、とシンジョウはため息をつく。
するとルシアは、手を打って言った。
「このあと、ご予定はありますか? 公園で少し待つのはどうでしょう。実は、全国を旅しているトレーナーさんのお話を聞くのが好きなんです」
「悪くないな。時間を潰して、様子を見よう」
そう言って、シンジョウとルシアは公園へと向かう。
だが、ここからがシンジョウの心労の始まりであった。
公園まで向かうわずか100メートルの間に、花屋の店先で打ち水にかかりそうになっていたり、木の上から頭サイズのきのみが落ちてきたりなど、ルシアは散々な目にあう。
そのたびにシンジョウが腕を引っ張ったりなどして助け出すが、これではキリがない。
少し先の公園にたどり着くまででもう大冒険であり、この少女の日常が疑われる。
「本当に、申し訳ないです……」
「構わない」
シンジョウはそう言って、ベンチに座る。失礼します、とルシアは言ってシンジョウの隣に座った。育ちの良さを感じる。
「ところでシンジョウさんは、ジムバッジはいくつなんですか?」
「挑戦者ではないからな。一つだ」
「あ、そうなんですね。てっきりもう、五つ集めているのかと思いました。昨日のリザードン、ちょっとしか見ることができなかったですけど、とても強そうでしたし。只者じゃない雰囲気がバシバシです」
さすがオレントタウンの手伝い屋である。たくさんの挑戦者を見てきただろうし、その多くが七つ集めてルシエシティへと行く者たちだ。全員が相当な実力者なのだろう。そんなひとたちと付き合いを持つうちに、鑑識眼のようなものが磨かれているのかもしれない。
シンジョウは、リザードンを褒められたことで少し得意げになるが、表情には出なかった。
「ただ、気ままに旅をしている。その途中でクシェルジムに用があった。昔世話になった場所の、先輩なんだ。面識はなかったが」
「サザンカさんですね。カロス地方の、メガシンカの使い手だとお聞きしてますが……もしかして、シンジョウさんも?」
ルシアの問いに、シンジョウは頷く。するとルシアは、満面の笑みを浮かべて「すごい!」と叫んだ。
「ポケモンとの確かな絆、何度も一緒に戦ってきた経験、ポケモンと心を通わせられる。そういうものがないとできないと聞いてます。やっぱり、すごいトレーナーなんですね……!」
「あまり持ち上げるな」
むずかゆくてしかない、というのは黙っていた方が吉だろう。
謝るルシアであったが、やはり高揚は抑えられないようであった。
「あ、あの、私にバトルのことを教えてもらえませんか?」
ご迷惑でなければ、と一言添えてルシアは言った。
普段であればやぶさかではないが、シンジョウはいま、ジムリーダーとしてやってきているわけではない。立場を利用することはあるものの、他の地方の、他のジムリーダーの街で、ジムリーダーの真似事をするのは憚られた。
「君こそ、リーグに挑戦を?」
「いえ、私はPGになりたいんです」
また、PGだ。昨日に引き続き縁があるのだろうか。だとすればいい縁ではないように思う。少なくとも頬の傷が治るまでは、あまりいい顔はできないだろう。
「PGになるのに、強さが必要なのか」
「それは、はい。私の憧れた人は、恩のある人は、それはもうとても強い人でした」
ルシアはそう言った。これだけの不運に巻き込まれる彼女のことだ。PGのお世話になったのも一度や二度ではなさそうだ。
そして、その中に自分の想いを決定づける何かがあったのだ。
……夢、希望。そういうものを抱いている者を見るのが好きだった。シンジョウのジムリーダーとしての矜持がくすぐられる。
バトルのことでなければ、指導をするのも一興か。そう思って口を開こうとした。
「見つけたぜ」
声が公園に響いた。
その声の主は、黒い髪の天然パーマが特徴的な男である。三十路前の、いかのもな伊達男である。だが、その目は真剣そのものだ。
「ラジエスシティの映像を見てから、ずっと気になってたんだ。このリザードン使いと戦いてえってな。なあ、トップガン。俺の喧嘩を買ってはくれないかね?」
そう言って、ウインクをする。シンジョウはその人物をじっと見つめた。昨日、イリスとの通話のあと、少し調べた者の顔がそこにあった。
ルシアは、あっ、と言って立ち上がった。
「シャルムジムのジムリーダー……ランタナさん!」
名を呼ばれた伊達男は、にやりと笑った。
* * *
公園にバトルフィールドはつきものだ。
誰だって気軽にポケモンバトルができるように整備されており、ときおり素人の大会が行われることもある。
この日は公園にそもそもの人が少ないため、自由に使える状況だった。
「もしもし、じいさん。ここ使いたいんだがいいかい?」
ランタナが、近くのベンチに座っていた老人に声をかける。腰の曲がった、人のよさそうな笑みを浮かべた老人だった。少し騒がしくすることの了承をとったのだ。
その承諾を得て、シンジョウとランタナはそれぞれトレーナースペースへ立った。ルシアは審判である。
「条件を整理するぜ」
そう言ってランタナは、指をたてて一つずつ挙げていく。
「バトルは二対二の勝ち抜き戦。時間制限はなし。フィールド制限は……まあ仕方ねえ、俺のジムは使えないしな」
「使いたくない、の間違いだろう」
「はっはっは、まあそうなるな。んで、俺が負けたら、あんたの質問に答える。俺が勝ったら……好きな子を教えろ」
「学生か」
「ナイスツッコミ! まあ本当のところは考えておくよ。俺はシャルムジムのジムリーダーランタナ。さあ、名乗りなトップガン」
「シンジョウだ」
「……へへっ、お前がそうか」
そう言ったランタナは、モンスターボールを投げる。それとほぼ同時にシンジョウも自分のポケモンを繰り出した。
ランタナが呼び出したのはグライオンだった。ひこうタイプと聞いて連想しがちなのはとりポケモンであるが、グライオンも立派なひこうタイプである。そういった固まった価値観にも囚われないのが、このランタナらしさだろう。
一方のシンジョウは、そのランタナを相手するのに相応しいとはとても言えないポケモンを呼び出していた。
「ゴウカザル? おいおい、俺の前にかくとうタイプって正気か?」
シンジョウの繰り出したゴウカザルは、ほのおとかくとうの複合タイプである。そしてそのどちらもが、グライオンに対して弱点となりうるものだ。
さらに言えば、ランタナがひこうタイプの使い手の知っていながらの選択である。侮られている、と思われても仕方ない。
「これが最良の選択だと思ったまでだ」
「へえ……そうかい! まずはグライオン、”アクロバット”だ!」
軽快な動きで、グライオンがゴウカザルに迫る。地面すれすれの低空飛行で、左右に揺れながらも、無軌道で動きを読ませなかった。
「ゴウカザル、”ストーンエッジ”」
一方のシンジョウの指示に従ったゴウカザルは、地面を大きく叩いた。途端、岩の刃が地面より飛び出してくる。
攻撃として用いる技であるが、このときのゴウカザルはその技を防御として利用した。
しかし、グライオンは岩を華麗な動きで避けながら、ゴウカザルへと迫る。勢いを止めることは叶わない。アクロバット特有の無軌道性が活かされた。
それでもランタナは冷静だった。シンジョウの狙いを読んでいたのだ。
「いや、待てグライオン!」
そう声を出すと同時、グライオンは急停止を決めて、ストーンエッジの一本に着地した。
グライオンの進んでいった先にはすでに、ゴウカザルが待機していた。アクロバットの軌道をストーンエッジで制限し、自分に突っ込んでくる場所を特定したのだ。
「”じしん”で岩を砕け!」
「”くさむすび”だ」
グライオンは突き出された岩を叩いて、大きな揺れを起こす。ゴウカザルによって生み出された岩の刃は崩れていく。そしてその技は純粋な攻撃としてゴウカザルを襲った。
一方のゴウカザルは、地面より生やした草を結び、トランポリンのようにしてその上を跳ねた。中空に浮遊することで、じしんを避けたのだ。
だが空は、ひこうタイプの領域だ。グライオンはそのゴウカザルに向けて突っ込んでいく。
「もう一回”アクロバット”、キメろ!」
下からの急上昇により、一気にグライオンは浮いているゴウカザルへと迫る。空中にあっては身動きがとれないゴウカザルは、万事休すかと思われた。
「”だいもんじ”」
その指示によって、ゴウカザルは口から炎を吐いた。そしてそれは、ゴウカザル自身を押し出す力となる。ジェット噴射の要領で推進力を得たゴウカザルは、自由とは言わずとも空を駆け、グライオンのアクロバットを避けたのだ。
「すごい……ジムリーダーを相手にここまで」
ルシアは感嘆の声を漏らす。
果たして、ジムリーダーの攻撃のことごとくを無効化するなど誰ができるだろうか。シンジョウは守りに徹しているものの、ポケモンの技を応用することで苦手タイプの攻撃を凌ぎ切ったのである。
その技、鮮やかなり。
ランタナは、それさえ織り込み済みであった。この程度ならやってのけるだろうという確信があった。そうでなければ面白くない、という期待もある。
ジムでは味わえない感覚の数々に、高揚が抑えきれなかった。
ゴウカザルが着地する。だが、シンジョウはその様子の異変に気付いた。
柔らかい砂が巻き上がる。それは渦になって、ゴウカザルを閉じ込めたのだ。
「”すなじごく”だ。ハマったな……!」
そしてその砂嵐に閉じ込められたゴウカザルへ、とどめの一撃が迫る。
「”ハサミギロチン”、行け!」
グライオンの鋏が白く光る。急加速を伴って、砂嵐の中心へと迫っていく。
狙いはまっすぐ、身動きがとれないゴウカザルへ。
勝ちを確信したランタナが、笑みを浮かべた。
一方のシンジョウは、時が止まったような感覚を覚える。
斬るか、斬られるか。
グライオンの太刀筋をしっかりと目で捉えていた。
経験がそうさせたのかもしれない。自分の中にある記憶が、シンジョウとゴウカザルにすべきことを教えてくれた。
「”インファイト”だ」
迫り来るグライオンのハサミに、ゴウカザルは見えないにもかかわらず対応してみせた。
砂の防壁を突き破って現れたその腕を、なんとゴウカザルは、ハサミの根元に拳をぶつけてみせたのだ。
打ち上がったグライオンは虚を突かれる。その顔にゴウカザルのもう一方の拳がめり込んだ。
インファイト。それは格闘技において、相手の懐に潜り込み打撃を加えていく戦法そのものを言う。ポケモンがこの技を覚えるということはすなわち、格闘の基礎技能を修めた上で戦法として選択したということだ。
そしてシンジョウとともに鍛え上げたゴウカザルは、シンジョウ自身の技能を会得していた。
グライオンはタイプ相性としてかくとうタイプには強い。能力にしても、物理防御に優れている。
だが、奇策というものはそういうものを無視して、時にゴリ押すという手段によって打ち破ることを言うのだ。
ゴウカザルの拳が何発もグライオンに叩き込まれる。そして挙句には、”だいもんじ”さえも吹きかけた。
そして地面に倒れたのは、グライオンである。
「ぐ、グライオン戦闘不能! ゴウカザルの勝ち!」
戸惑ったように、そして驚きとともに、ルシアは勝敗を告げる。
番狂わせというのだろうか。確かにタイプ相性で言えばゴウカザルが不利である。練度は同じ程度だ。であるならば、その差こそが実力というものだろうか。
「よくやった、グライオン」
ランタナは労いの言葉をかけて、グライオンをボールに戻した。
一方のゴウカザルは、”すなじごく”でいくらかダメージを負ったがほとんど無傷である。
「すげえじゃねえか、トップガン!」
「そちらこそ。あのコンボは危なかった」
「よく言うぜ、ったくよ。こうなったら俺も、ゼンリョクで行かねえとなあ」
そう言って、次のポケモンを出そうとするランタナであったが、寸前で阻止されてしまう。
公園のバトルフィールドに集まってきた人々がいた。これほど派手なバトルであれば、注目を集めてしまうというものだ。
そしてこのとき、バトルを好むトレーナーと言えば、ランタナへのチャレンジャーに他ならない。
「いたぞ! バトルしてもらうからな!」
「逃がさないぞ!」
「やっべ。逃げるしかねえな」
「おい、まだ終わっていない。聞きたいこともある」
「んなもん、バトルなんてなくたって話してやるよ! いまはここを去るぜ」
そう言ってランタナは駆け出した。人混みのない方にめがけて一直線だ。
シンジョウもゴウカザルをボールに戻す。
「え、ええっ? どういうことですか!?」
「こっちだ」
戸惑っているルシアの腕を引っ張って、シンジョウもまたランタナの後を追った。
* * *
人々が去っていった公園で、老人はひとりまだ残っていた。
騒がしいトレーナーたちを気にすることもなく、ただ微笑んでいた彼であったが、杖を握っている手はぎゅっとしめられている。
バトルの熱狂は確かに伝わっていた。年甲斐もなく興奮してしまった。
このままにしておくのは惜しい。そう思った彼は、電話を手に取る。年齢にそぐわず器用に最新機器を操る彼の口元には笑みが浮かんでいた。
電話の相手が出たのだろう。老人は口を開く。
「儂だ。ああ、もうひとつ、頼みごとがしたくてな……」