ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
肩で息をする三人は、喫茶店の片隅で一息ついていた。
とりわけ体力を使いは果たしていたのはルシアである。大の男二人に振り回される形で追いかけていたのだから当然と言えば当然だが。
「も、もう、ランタナさん!」
「言いたいことはわかるけどよ」
何事か言おうとしたルシアを、ランタナは押しとどめる。
ジムリーダーとして、ジムを空けるのはよくないことであるのは理解している。しかし、それでは自分の在り方を失ってしまう。
そういう二律背反が、ランタナというジムリーダーであるのかもしれない。
「でもよ、楽しそうなものがあったら飛び込んじゃうだろ?」
「へ……そ、そうですけど、でもランタナさんも大人なんですから」
「はっはっは、視線が高くなった分、いろんなものが見えるもんなんだから、そりゃあいままで楽しかったもんもそうじゃなくなるかもしれねえけど、遠くまで見えるようにもなるんだ」
おお、とルシアは少し感心していた。
尤もシンジョウの方は理解を示しつつも、それはそれでどうなのだろう、とも思う。
「それで、話ってのは何だ?」
「ポケモンのことを教えてもらいたい」
「ほう。アローラ地方のことか」
話は本題へと入っていく。バトルの条件、などとランタナが入っていた話だった。それはシンジョウとバトルをするための口実でしかなかった。
シンジョウは自分の身に起こったことを、イリスに対してと同じように語った。そして、そのうえでイリスの推論も足す。
この技の正体は物理攻撃であり、手のひらサイズの、強力なポケモンがアローラ地方には存在するのではないかと。
途端、ランタナの顔から笑みが消えた。真剣な表情で、シンジョウを見る。
「悪い、その話はなしだ」
「……そうか。すまない、変なことを聞いたな」
踏み込んではいけない領域だったのだろうか。そう答えるということは、少なくともランタナは知っているということだ。
そのうえで答えられないということであれば、よほど深いものなのだ。シンジョウは、ここは下がるのがいいと判断する。
「構わんさ。代わりと言っちゃなんだが、ここの代金は持つぞ」
「ルシア、このヒメリパフェのホエルオーサイズというのはどうだ」
「わあ、美味しそう!」
「いきなり足元見始めたな!?」
という会話もあり、それぞれがお茶と食事にありつく。
サンドイッチとパンケーキを頼んだランタナとルシアに対し、本当にヒメリパフェのホエルオーサイズをシンジョウが頼んだときは、さしものランタナも少し引いた。
「それで、ルシアちゃんもトップガンに何か用があるんだろ? 昨日のことは知ってるけどよ」
「え、昨日のって」
「おい、おまえら、なにをしている!」
サンドイッチを頬張りながら、ランタナはそう言った。
あっ、と言ったのはルシアだった。
「あのときのPG!」
「そういうことだ。ラジエスでバラル団と戦ってたリザードンが見えたから、もしかしたらと思って追いかけたら、騒ぎになってたからよ。手を貸してやるのもやぶさかじゃねえっと思って、声をかけたんだ」
「それはとても助かりました……」
安心したルシアが胸をなでおろす。面倒見はいい方なんだろうな、とシンジョウはランタナの評価を改めた。
「バトルのことを教えてもらいたかったんです。シンジョウさん、とても強そうで……実際強かったんですけど。私、PGになりたくて、そのためには強くならないといけないんです」
「ふうん、PGにねえ。俺はあんま好かないけどなあ」
ランタナは、あくまで少女の夢を壊さずに、自分の立場を表明する。なにかしら思うところはあるのだろうがぐっと堪えつつ、それでも肯定的な意見は持っていないとあらかじめ伝えているのだ。
はい、とルシアは少し萎縮したが、それでも言った。
「私、その、あんまり間が良くないというか、運が悪い方なんです。二年前なんですけど、イワークに襲われてしまって……そのときにPGの方に助けてもらったんです」
何かの任務などではなく、通りすがりのようでした。ルシアはそのときの光景を思い出すようにしながら話した。
ラジエスシティとオレントタウンの間の道に、突然現れたイワーク。大暴れをして、道を荒らしていた。
そのとき、親元から離れて祖父母の元へと向かおうとしていたルシアは、乗り合い馬車に乗っていた。横転した馬車から、どうにか這い出たものの、大人たちの姿はなく立ち往生をしてしまったのだった。
暴れるイワークが、ルシアを見つける。迫ってきたイワークに、為すすべのないルシアを救ったのは、一人のPGだった。
金色の髪を持ったその人は空から降りてきて、エアームドを操るとすぐにイワークを倒してしまったのだ。
王子さまのように颯爽と、騎士のように華麗に。
その姿はあくまでルシアの視点によるものであったが、憧れるには十分すぎるものであった。
「恩返しをしたいんです。彼に、というのはもちろんですが、誰かを助けるという役割を持っている人たちに。そういう人に支えられてるんだなって思うから……」
それはルシアの夢であった。シンジョウとランタナは、顔を見合わせる。シンジョウは無表情、ランタナは悪い笑みを浮かべる。
立派な夢だと思う。そのPGもまた、とても立派な人物だ。
けれども、それにはあと一歩、足りないものがあった。
「それで、強くなりたいのかい?」
「はい! 強くなれば、きっと守れるものも増えるんだと思います! さっきのバトルもそうでした。なんというか、天才、というものを感じて」
「ああ、そいつは違うぜ嬢ちゃん」
ここでようやく、ランタナは明確な否定を見せる。
「シンジョウは天才じゃない」
「でもあれだけの発想をしてたんですよ。才能のない私には、とても思いつかないです」
「すげえことをすることと、天才であることは違うんだぜ。どんな凡人だって、どんな天才だって、すげえことはできるし、できたならそれは褒めなければいけねえ。シンジョウのそれは、経験とか努力からきたものだろうと俺にはわかるぜ」
「な、なるほど……。失礼しました」
「んで、嬢ちゃんが強くなりたいって話だったな。どうよ、トップガン、ひとつレクチャーしてやるのは」
「始めからそのつもりだった」
とは言うものの、言いたいことはランタナの言うとおりだった。
そのうえでシンジョウが伝えられることとは、何か。食べ終わったパフェのカップの中に、スプーンを置いた。
「才能がない、というなら自信をつけるしかない」
「えっと……?」
「圧倒的な才能というものは存在する。俺も天才と呼ばれる者を見てきた。だがほとんどの者はそうではない。なら、どうやって上を目指すか。やりたいことをやり遂げるか。方法は、ある」
シンジョウは目を閉じる。
天才、と呼ばれる者を見てきた。そういうものに共通するものとは何か。
それは自分ができることを知っていることだろう。
戦術の達人に曰く「己を知り敵を知れば、百戦危うからず」だ。自分のことを知ることから物事は始まる。どこまで届くのか、何が足りないのか。そういうものの中から選択をしていくことのできることが、才能というものだ。
もし才能がないというのであれば、己を知ろうとするしかない。
「その方法を手にするには、まずは自分の『色』を知ることから始めるといい。それが第一歩だ」
もし、自分のことを知ることをしなければ、人は躊躇してしまうものだ。
できるかわからない。失敗したらどうしよう。自分には才能なんてないのではないか。
そういう思いこそが、人が歩みを止めてしまう原因なのだろうとシンジョウは思っている。そしてそれこそが、シンジョウがいま戦っている相手であり、このラフエルの地を踏んだ理由でもある。
言うなれば、自信、というものだ。
「自分の『色』ですか……難しいですね。でも、考えてみます。自分がPGになったとして、できること」
「ルシアは優秀だな」
「へ? そんなことないですよ。言われなければわからないですし」
「言われてわかれば上等だ。励めよ」
シンジョウはそういうと、頬がずきりと痛んだ。
「シンジョウさん、傷が!」
頬のガーゼに血がにじんでいた。傷口が開いてしまったのだろうか。頬である以上、話すたびに動いてしまう。
「問題ない。少し席を外そう」
手当をするために、シンジョウは席を立った。
残されたルシアとランタナである。三人がともに関係が深いわけではないが、とりわけ薄い二人が残ってしまっていた。
しかし、ランタナは笑顔だった。笑いをこらえている、と言った方が正しいかもしれない。
「何かおかしい、ですか?」
不安からか、ルシアはそう言った。先ほどのランタナの態度からすれば、当然とも言える反応だ。
「いや、ルシアちゃんじゃねえよ。あ、君が優秀なのは本当だ。俺も保証するぜ。あれだけの言葉で納得できるのもそうだし、間違ってると思ったらすぐに撤回したろ。そういうのもひとつの才能だ、ってハナシ」
厳しい態度の次は、きちんと褒める。飴と鞭の使い方は、さすがはジムリーダーというべきだろう。シンジョウとランタナは特にそのあたりをよく弁えているタイプだった。
「シンジョウのやつ、ぞっこんだなと思ってな」
「もしかして、その天才の人って女性なんですか?」
「勘がいいな。いいPGになれるぞ。まあ、男女というより、才能ってやつに惚れ込んでるのさ、あいつは」
「ランタナさんはその人がどなたかご存知なのですか?」
ルシアが目を丸くして言う。うん、と頷いたランタナは、笑みを深くして言った。
「嬢ちゃんはオレントタウンにいるんだろう。ならわかるはずさ。そこから旅立ったトレーナーが、どんな才能にぶつかるかをな」
そう言ったとき、食後のコーヒーと紅茶が運ばれてきた。ベストタイミングだろう。
ランタナとルシアは、喉を潤した。