ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle   作:真城光

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それは噴煙からやってくる

「しかし、異常な熱さじゃありませんかねえ」

 

 『暴獣』のうちの一人がそう言った。

 場所はテルス山北部、その洞窟内である。

 数ある洞窟の中でもそこはとりわけ特別であった。

 それは古代の遺産があるだとか、珍しいポケモンが生息しているだとかではない。むしろ、ここは人が入ってはいけない領域である。聖域とまではいかずとも、伝説の息吹く場所であるのだから。

 火山として活動はしばらく見られていないものの、れっきとした活火山であるそのあたりにできた洞窟は、テルス山の中を迷路のようにめぐるものとは違い、ポケモンの手によって作られたものではなかった。自然につくられたものなのである。

 そしてその洞窟を包むのは、熱だ。

 

「もう少しだ、気を緩めるな」

 

 団員の一人がそう言うが、最も気を緩めてはいけないのはこの先である。

 洞窟の中でもひときわ大きな空間に出る。

 そこは溶岩湧き出る、まさに地獄のような光景であった。硫黄の臭いが満ち、怪しい赤の色に満ちている。

 

「あれか……」

 

 団員たちは、溶岩の中を見た。そこには一匹のポケモンが眠っている。それこそが『暴獣』の目的のものであった。

 仕事とは言え、こんな場所に来て、やることがポケモンを起こすことだとは。そう思っていた団員も、そのポケモンの威容を見ると萎縮してしまう。

 金さえ積まれれば、誘拐から店荒らし、殺人さえ厭わない『暴獣』であったが、自らの死にも等しい存在を前にすれば怯えてしまうものだ。

 

「おい、さっさとしろ」

 

 そう言って取り出したのは、バズーカのようなものだ。その弾頭は特別性である。

 かつてこのラフエル地方にいたという悪の組織の残党が使用していた技術を応用したものだ。曰く、ハイパー状態にするものであるとか。

 詳細に興味はなかった。さっさとこの仕事を終わらせてしまおう。その考えのもとに、一団はまとまった。

 弾頭が発射される。ポケモンには見事命中。『暴獣』のメンバーは、早急に撤収する準備を始めた。

 

 だが、それすら遅い。

 

 炎が吹き荒れた。洞窟を熱風が包む。『暴獣』の者たちは地面に伏せて衝撃から身を守った。

 次の瞬間にはポケモンは消えていた。山の一角を崩し、火口を突き抜けて、そのポケモンは飛んで行った。

 計画よりも早い展開に、一同は呆然とするしかなかった。

 

 

    *      *     *

 

 

 公衆トイレの鏡をシンジョウは見つめている。

 頬の傷からは、また血が流れている。鮮血をティッシュでぬぐうが、すでにシンジョウは気づいている。

 この傷は、おかしい。異常なまでに治りが悪い。

 1日経ってすぐに治るということはないにしても、未だに切られた直後のようにも見えるし、シンジョウはこの傷をそのように感じている。

 イリスが正しければ、あのポケモンの持つ特性だろうか。あるいは、あの技が何かしら毒を仕込むものであっただろうか。

 

「……いいや、違う」

 

 シンジョウはポケットからカードを取り出す。キーストーンの埋め込まれたそれは、光を放っていない。

 けれども、いま自分が覚えている感覚は、メガシンカに近いものであった。

 ポケモンとつながっている感覚、と言い換えた方がいいだろう。

 いま自分は、この傷をつけたポケモンとつながっている。リンク状態、トランス状態、なんと言えばいいかは不明であるが、なんらかのパスが間にある。

 であるならば、あの夢も、そしてランタナとのバトルのときに起こった異変のことも説明がつく。

 キルカ キラレルカ

 その言葉がよぎったとき、シンジョウは確かに見た。あるいは、ゴウカザルの身に起こるであろう出来事が、首への”ハサミギロチン”であるから、自分の身を重なったのだろう。時が止まり、太刀筋を読み、対処をするまでのゆっくりとした感覚は、ここからだ。

 ……であるならば、あの夢の光景は何なのだろうか。

 ネイヴュシティやアイスエイジホールからはかけ離れた光景だ。この世のものとは思えない。しかし、きっと実在するであろう場所だ。

 まさか、あのポケモンの故郷か。正体のヒントにはならなさそうだ。

 ただ切られただけで何かが繋がるとは、到底思えない。メガシンカを可能とするメガシンカエネルギーが……そこまで推論したところで、はたと気づく。

 キセキシンカ。そう呼ばれる現象がラフエル地方にはある。実際にジムリーダーのカエンは、自身のリザードンとそれを見せたのだという。

 さらに、すでにリザイナシティにある研究機関やジムリーダーまでもがその力について調べているのだという。

 あらゆるポケモンが可能であり、あらゆる者が可能であるという進化のその先、キセキシンカはラフエルの地が何らかの作用をもたらしているのではないか。メガシンカエネルギーを、ラフエルの地が持つエネルギー『Reオーラ』が代用したのではないか。

 であるならば、シンジョウが他のポケモンとつながりを持つのも可能なのかもしれない。推論の上に暴論、さらには不確定要素もある希望論ですらある。

 よその者である自分に対し、そこまで好意的でもないだろう。シンジョウは自らの推理を頭の中から追い払う。

 しかし次の目的地をリザイナシティにするのも良いかもしれない。

 鏡を見る。目の奥がわずかに虹色を宿しているようにも見えた。だが瞬きをする間に消える。気のせいだ、と片付けることにした。

 血を拭って、再びガーゼとテープで固定する。これでどうにか、見られるようにはなるだろう。

 どん、と何かが爆発したような音が響いた。

 それは火薬による爆発と言うより、火山の噴火のような気がした。

 慌てて外にでると、人々が駆け抜けている。逃げ惑うように、いいや、実際に逃げているのだ。

 いったい何かあったのだろうか。バラル団による騒動かもしれない。シンジョウがそう思って、人々が走ってくる方を見る。

 

「あれは」

 

 空を舞っているのは、真っ赤な鳥ポケモンだ。

 だがその赤が炎のものであると気づいたならば、ただごとではないということを理解できるだろう。

 あれはただのポケモンではない。

 世界的に名の知れた、伝説のポケモン。

 

「ファイヤー……!」

 

 ひのとりポケモンのファイヤーは、炎の伝説を持つポケモンであった。

 彼の者の姿が現れた場所は春になると言われており、南国からの渡り鳥の中でも、むしろ環境に影響をもたらす側のポケモンだとも言われている。

 だが、季節はすでに春も過ぎ初夏の頃合いであった。

 ファイヤーが姿を表すには、遅すぎる。

 そして、ファイヤーは天から地へと炎を撒き散らかしている。個体によって違うと思うが、人と大きく関わろうとすることのないポケモンであるだけに、その状況はおかしく、危険であるだろう。

 ランタナやルシアの元へ行こうとしたが、カフェはすでにもぬけの殻であった。

 なら、先に自分のやるべきことは、あのファイヤーを止めることだろう。

 人混みをかきわけて、シンジョウは少し開けた地に出る。そこは倉庫のようだった。

 

「よし、ここなら。……っ!」

 

 シンジョウがそう言ったとき、地面から突然現れたポケモンがいた。

 ワルビアルだ。このあたりに生息するポケモンではないし、自分を狙う理由もない。

 ならばこれは、誰かのポケモンであるということだ。

 一歩二歩とバックステップを踏んで、シンジョウは咄嗟にゴウカザルを呼び出す。二度目であるが、体力は全快に近く残っている。

 

「へえ、いまのを避けるか。トレーナー自身もそれなりってところだな?」

「何者だ」

 

 シンジョウが問いかける。倉庫の中から一人の男が現れた。自分とあまり変わらない身長ではあるが、鍛え方が違うのか相当な筋肉質だ。人相もあまりよくない。昨日のスキンヘッドの男と同じく、暴力の世界で生きてきた者だ。

 

「知らねえか。ま、無理もねえ。あんた、ここ最近こっちに来たらしいな。蒼い炎のトレーナーさんよ」

「ずいぶんな挨拶だな。ラフエル地方では、トレーナーを攻撃するのが流行ってるのか」

「よっぽど平和な地方から来たみたいだなあ。言っておくがトレーナーから一歩外れれば、力がものを言う世界だぜ。規則なんかに縛られたら、立場のある者がでけえ顔をするだけのな。金、暴力、異性。そういうものが真の平等ってやつじゃないかね」

「あのファイヤーはお前たちの差し金だな」

「そうだとしたら?」

「お前を倒し、ファイヤーを止める」

 

 シンジョウの言葉に、その男は笑みを浮かべる。

 それは馬鹿にするようなものではない。感心であった。

 

「言うねえ。伝説のポケモンを止めるってか? さすが、ラジエスシティの英雄殿は言うことが違うな」

「俺は自分のできることをする」

「自分の器をずいぶんでかく見積もったものだな」

「それだけのことをできるように、歩んできたつもりだ」

 

 シンジョウが言うと同時、ワルビアルが突っ込んでくる。”かみくだく”だ。シンジョウのゴウカザルはそれを横に跳んで躱す。

 

「悪いな、手が先に出ちまうんだ。直さなければなあと思ってんだが、ま、自己紹介より簡単に立場がわかるだろう?」

 

 男はそう言って、改めて名乗る。

 

「オレはアバリス。『暴獣』のトップだ。これから二度と聞きたくないと思うようになるから、忘れた方が身のためだぜ」

「シンジョウ。ただのトレーナーだ」

「自分のペースは崩さねえってか。いいねえ、乗ってきたよ。クライアントの意向だから仕方ねえと思ったが、こりゃあ楽しめそうじゃないの」

 

 ゴウカザルが全身の火を猛らせる。それが戦いのゴングとなったように、二匹のポケモンは激突した。

 

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