ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle   作:真城光

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虹の女

 ラフエル地方の上空は、この日は雨であった。

 シンジョウが乗っているリザードンは、雨に負けることはない。人をひとり乗せていたとしても問題なく飛行することができる。

 だが、先ほどのサザンカとのバトルによる疲労は無視できるものではないし、シンジョウは鍛えているとはいえ雨に打たれ続ければ風邪をひくだろう。

 まだ小雨だからいいが、風の吹く方を見れば視界が白むほどの大雨が降っていることがうかがえた。

 早くどこかに避難しなければ。シンジョウはそう思いながら、大地を見下ろす。

 テルス山脈の端に位置するあたりだろうとタウンマップと見比べて把握する。目的の街まではあと三十分も飛べば着くだろう、というのは楽観的な憶測か。

 慣れぬ土地を行く不自由さにわずかに苛立ちながらも、シンジョウは山の中腹の岩場に降りることに決めた。

 リザードンはゆっくりと着陸する。シンジョウはその背から降りて労いの言葉をかけると、モンスターボールに戻した。

 どうやら岩場だと思ってた場所は洞窟のようであった。それも人の手によって片付けがされている。

 山で暮らす者の、雨天時の避難場所なのだろうか。あるいは食料などを保存する場所か。

 ともあれ、いまはここに頼るほかない。今度はマフォクシーをモンスターボールより出し、火を灯すように伝える。

 火によって、洞窟が照らされた。それほど奥は深くない。10メートルもすれば行き止まりだ。

だが、ただの行き止まりではない。シンジョウは思わず、目を見張る。

 

「これは、壁画か……?」

 

 そこには絵が描かれていた。だがそれは、あまりにも抽象的で、特別な技術が使われたものではなく、かろうじて何者かであるかが判別できるようなものだった。

 表現というものが出現したばかりのころ、こうした絵が描かれていたということを、シンジョウは思い出した。

 好奇心を刺激されたシンジョウは、まじまじとその壁画を見る。

 

「マフォクシー、手伝ってくれ」

 

 マフォクシーが宙に火を浮かべた。近くの壁から順繰りに見ていく。

 何が描かれているのかわからない。人だろうか、ポケモンだろうか。

 

「いや、これは、見ていく順番が違うんだな」

 

 独り言は好きではない。しかし抑えられない興奮が、シンジョウの口を動かした。

 洞窟をどのように使っていくのか考えていただろうか。人がまず最初に使うなら、一番奥だろう。そこから順に外へ向かって伸ばしていったにちがいない。

 そう思い、マフォクシーに照らしてもらう。

 そこに描かれているのは、ひとりの人間と一匹のポケモンである。そして、それを祝福するかのように周りにポケモンが描かれていた。

 さらに、そこから広がっていくのは、人であった。おかしい。人はひとりしかいなかったはずだ。では、ここに描かれているのは何者だろうか。

 専門家ではなく、ましてラフエル地方の出身でもないシンジョウでは理解に限界があった。

 ふう、と息を吐く。レニアシティに向かえば、知っている者もいるだろうか。カエンに紹介してもらうのも手だろう。

 あくまで知的興味心である。その手の道を目指しているわけではない。

 だが、この壁画を見たときの、背筋に走ったぞっとするような感覚はなんだ。

 知ってはいけない禁忌のようにも思えるし、真実でありながら希望であるかのようにも思えた。

 憶測で考えを固めるのもよくない。雨があがるまで、休息をとる方が優先だろう。

 

「ひいい、ひどい雨だ」

 

 シンジョウが焚き火の準備を整えるのと同時に、洞窟に駆け込んできた人物がいた。

 大きなリュックに、赤いキャップが特徴的である。シンジョウよりわずかに年上だろう女性だった。髪の一房に至るまでびしょ濡れで、登山中に雨に降られたようであった。

 彼女は洞窟の半ばまで来ると、服を絞る。滴る水は雨の激しさを物語っていた。

 慌ただしい彼女はそこでようやく、洞窟に先客がいることに気づいたようであった。少し気まずそうに微笑む女性は、しかし朗らかに挨拶をした。

 

「やあ! 君も雨宿り? 見たところ、空を飛んでて雨に降られたって感じかな。わかるよ〜、軽装だもんね」

 

 よく見ているな、というのがシンジョウの感想だった。

 相手を見るというのは戦術の基本である。あるいは対人のコミュニケーションにおいてだ。

 少なくとも、そのどちらか、あるいは両方において長ける人物のようである。

 良い意味で年齢を感じさせなかった。子どものような好奇心を持ちながらも、経験によって裏付けされた観察力があった。

 その目をした者は、ジムリーダーを務めるシンジョウであっても何度も出会えるものではない。

 

「火にあたっても?」

「構わない」

 

 許可を得ると、その女性は荷物を下ろして火の側に座った。

 そしてぐるりと洞窟を見渡すと、描かれている絵を見て驚きの表情を浮かべた。

 

「すごいなあ、こんなところがあったんだ。このあたり、来たことなかったけど……」

「あなたはラフエル地方の出身なのか」

「え、あ、そうそう! まだ名前言ってなかったね」

 

 えへん、と胸を張る。自分に自信がある人の特徴だ。

 

「私はイリス。旅のしがないトレーナーだよ」

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