ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
ルシアとランタナは路地裏を駆けていた。
ファイヤーから逃げるため、ではない。むしろランタナ自身はファイヤーを止めるために動いていた。
しかし、それを妨害する者がいる。その素性に気づいたランタナは、真っ当な話し合いもバトルもできないと踏んで、一目散に逃げ出したのだ。
スキンヘッドの男である。その姿はルシアも見覚えがあった。
「あのひと、昨日の……」
「とことんツいてねえんだな、ルシアちゃん。ありゃあ、ラフエル地方でも一等危ねえやつらだぜ」
ランタナは旅を繰り返している。その上で、多くのことを聞いてきた。いい噂も悪い噂もだ。
PGの話。有名なPGのことならば異名も含めて知っている。旭日の騎士、絶氷鬼姫、氷獄の女帝、修羅、怪物の世代とその寵児。物騒な名であるが、それらは犯罪者たちを震え上がらせるには十分な威力を持っている。
バラル団の話。幹部たちの名。彼らの起こした事件の数々。真相には至らずとも、そういうことがある、というのは知っている。
そして、もうひとつ。かつてPGの『怪物の世代』たちと戦い、バラル団とさえ凌ぎを削った者たちがいる。
数々の犯罪組織が生まれは消えた3年前の生き残りに名を連ねるそれは『暴獣』であった。傭兵、あるいは軍閥のようにして裏社会を渡り歩いてきた恐るべき集団だ。金さえ積めばなんでもするという評判は伊達ではなく、小さな商店を襲うことから、PGの一団を壊滅させたことすらある。
そしてどれもが、彼ら自身の意思による行動ではない。まるで血そのものを求めるかのようにも見える彼らであったが、その目的は一切不明だ。
ランタナは理解している。バラル団にしたってそうだ。
なにをするかわかるのであれば、対処のしようがある。だが、それがないのであれば、予測をするなど意味がない。
行動の理由がわからないことをひとは最も恐れる。理解ができないことは奇妙さを増す。
それこそ、暴力的なまでの違和感だ。
「PGは何をやってるんだ、ったく。ファイヤーも出てきて、それどころじゃねえってのに」
「……ランタナさんは、ファイヤーの相手を」
建物の角に隠れながら、ルシアは言った。ランタナはルシアを見た。
「何を言ってんだ。あの男は嬢ちゃん一人でどうにかなる相手じゃねえぞ! それに、あいつは明らかにルシアちゃんを狙ってる。お前を失ったら、俺はシンジョウにどう顔向けすればいい」
「でも、ランタナさんしかいま、ファイヤーを相手にできるひとはいないんですよ! 私なら大丈夫です。バトルの腕なら、多少は自信があります」
「そうは言ってもよ……!」
ランタナはルシアの頭を抱えて伏せる。建物の壁を削りながら現れたのはサイドンであった。
崩れた壁は二人を襲うようにしてなだれてくる。サイドンを出したのも、ランタナに対するメタであろう。
「見ろ、こいつらは人だろうが平然とポケモンに襲わせるんだぞ!」
「それでも!」
それでも、とルシアは言う。
いま誰かがやるべきことがあって、自分にできることがある。
ランタナはファイヤーを止めるべきで、あのスキンヘッドの人物はルシアを狙っていて、彼を止めることができればランタナはファイヤーと戦うことができる。
ならば、迷ってなんかいられない。
ルシアの言葉を聞いたランタナは、目を鋭くする。そして頷くと、ルシアの額に指を当てる。
「いいか、無理はするな。迷わず逃げろ。倒そうなんて思うな」
「はい!」
「俺はともかく、シンジョウはああ見えて繊細だぞ。あいつが泣いてるところを想像してみろ」
「……嫌です!」
「上等だ。ファイトだ、嬢ちゃん」
そう言ってランタナは、ムクホークとファイアローを繰り出した。ムクホークに騎乗して、まっすぐ空に飛んでいく。
一方のルシアは、ミロカロスを呼び出した。世界一美しいポケモンと呼ばれているミロカロスは、出てくるだけで世界が華やいで見えた。
サイドンが現れる。歩くだけで大地が揺れるかのような振動があった。
「逃げるの、やめたのか」
「いいえ、逃げます。でも私、自分のできるはずだったことから逃げるのは、やめます」
「何を言ってるんだ、あ? わからねえよ」
たどたどしい言葉の選び。スキンヘッドの男は、怒りに染めた目をルシアに向けていた。
「お頭が言っていた。好きにしていいと」
「それは私を、ですか」
「何を、とは言わないのが、俺たちのやり方だ」
舌なめずりをした。ルシアを生理的嫌悪が襲う。
PGになりたい。いいや、なるんだ。だとすれば、目の前の相手から目を逸らしてはいけない。
* * *
ランタナは眼下に自分の街を見る。
なりたくてなったジムリーダーではない。ただ冒険の資金が欲しかったから、ジムリーダーとなった。多くの人がその地位に憧れを持っていることは知っているが、ジムリーダーというもののないアローラ地方の出身であるランタナは、その感覚への理解が希薄であった。
それでも、この街に愛着がないわけではない。島巡りを経て子どもから大人になった者として、自分に挑戦してくる若者たちが嫌いなわけではない。むしろ好んでさえいる。
天の采配だった、とさえ思う。傷ついた者たちが流れ着いたと言われるこの街で、よそ者である自分が、街の代表であるジムリーダーという職になったとということに対するランタナの想いだった。
「だから、柄にもなく熱くなっちまっても仕方ねえよなあ」
そう言って、同じように空を舞うポケモンを見た。
ファイヤー。伝説の、火の鳥のポケモンだ。不死であるとさえ言われており、春の到来を告げるとも言われる存在だ。
「温泉が熱すぎるってのも、あいつの影響だろうな」
ファイヤーは溶岩の中で眠ると言われている。おおよそ、テルス山の中で寝ていたのだろう。
そうなれば辻褄も合うし、こうして暴れているのは起こされて不機嫌だからか。
見当をつけていると、飛んでくる存在を脅威に感じたのか、ランタナの乗るムクホークに向けて炎を吐き出す。その火力は並のほのおタイプのそれではない。急遽、回避行動をとる。
「空飛ぶ炎ポケモンの勝負と行こうぜ。ファイアロー、”ブレイブバード”!」
ひこうタイプの中でも最強クラスの技、ブレイブバード。そしてファイアローの特性『はやてのつばさ』。この二つが組み合わさったとき、伝説のポケモンすら超える速度の攻撃が繰り出される。
光をまとったファイアローが、直線的な軌道を描いて飛んでいく。それは避けようとするファイヤーに追いすがるほどの勢いであり、そしてついに捉えた。
翼が刃のようになり、ファイヤーに直撃する。さしものファイヤーも、その威力は堪えたか。
しかし、闘志はむしろ強くなったようだ。標的を完全にランタナに定め、翼の炎はさらに勢いを増している。
「……決め手に欠けるか」
現状、ファイヤーに有効な技はファイアローの”ブレイブバード”のみ。しかしそれは、自分の体を傷つける諸刃の剣だった。
他のポケモンではファイヤーに追いつくことも難しいだろう。
打つ手は限られている。その中からどう切り札を切っていくか、それが問題だった。
シンジョウがいたならば手はあったかもしれない。だが、彼はいまいない。どこでなにをしているかも不明だ。こんなときに限って、とは思うものの、彼もまた『暴獣』に目をつけられているのかもしれないと思えば、救援に来る可能性は低い。
「俺が他人を当てにするなんてな。ま、それだけ気に入ってるってところかね。それでも、ルシアちゃんの頑張りには報いないとな」
もはや地上で戦うルシアを気にかける余裕もない。無事でいてくれ、と願うことしかできない無力さと、それでもいまの最善を尽くそうと己の意思を奮い立たせる。
可愛い少女に希望を託され、街の命運を背負う。目標は伝説のポケモン。
運命のいたずらか。悪くない。悪くない……冒険だった。