ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle   作:真城光

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暴力のもてなし

 シンジョウとアバリスの戦いは倉庫の中へと移っていく。

 木材の弾ける音とともに、ゴウカザルが宙を舞った。頑丈な木を噛み砕いたのはワルビアルである。

 両者の能力は、ほとんど拮抗していると言ってもいい。

 敏捷性と、遠近どちらにも対応できるという意味ではゴウカザルは器用であった。一方で物理的な攻撃力、防御力のどちらもが優れているワルビアルはわかりやすく強い。

 だが、バトルとはそう簡単な要素で勝敗が決まるわけではない。それは天井の鉄筋を自在に使うゴウカザルを見ればわかる。人に近い手足の形をしている、というのはそれだけで「人が作った場所」では有利なのである。

 それがバトルにおける決定的な差になるかと言えばそうではない。車をも砕くほどだと言われているワルビアルの顎の強靭さはそれだけで脅威であるし、その目は鋭くどれほど離れていようと正確に相手を捉えることができる。

 そして、この場にいる二人は、それぞれが自分のポケモンの強みをきちんと理解しているトレーナーなのだ。

 

「ワルビアル、柱を噛み砕けェ!」

「ゴウカザル、跳んで避けろ」

 

 アバリスの指示でワルビアルは、ゴウカザルが乗っている鉄筋を支える柱に歯をかけた。柱がへし折れるよりも前にゴウカザルは違う貨物の上に降り立ち、難を逃れる。

 

「おいおい、逃げてばかりじゃ埒が明かないぜ」

「攻めるばかりが勝負ではない」

 

 とは言うものの、この消極的なバトルはシンジョウにしては珍しいものであった。

 答えは至極簡単だ。ワルビアルというポケモンが、シンジョウの弱点を見事に突いているのである。

 じめんタイプはほのおタイプに対し効果抜群の相性である。もちろん、じめんタイプへの有効手段としてシンジョウはマフォクシーを持っていた。”にほんばれ”から”ソーラービーム”というコンボもあった。

 だが、ワルビアルはあくタイプも複合して持っている。先ほどの強力な”かみくだく”を受けてしまえばひとたまりもない。やわな育て方はしていないが、相手のワルビアルの能力を見ればマフォクシーは有効な手立てにはなりえない。

 一方、じめんタイプの技を無効化できるリザードンは、このあとのファイヤーとの戦いに備えて温存をしておきたかった。それにいわタイプの技を持っていることも考えれば、ここで消耗してしまうのはいただけない。

 結果として、あくタイプに有効なかくとうタイプを持つゴウカザルを選出するしかないのだ。この選択をせざるをえないことが、シンジョウの苦戦を物語っている。

 すべて織り込み済みで、アバリスがワルビアルを出したこともまた、シンジョウに警戒心を与えていた。

 すでに情報はほとんど明かされていると考えていいだろう。

 

「”がんせきふうじ”だ!」

 

 シンジョウの予感をそのままに、ワルビアルは岩を投げ飛ばしてくる。それはゴウカザルの進路を封じるようにだった。

 

「”インファイト”で打ち砕け」

 

 迎え撃つように、ゴウカザルは拳を突き上げ、飛来する岩を次々と砕いていく。行く手を阻もうとする企みを阻止するためだった。

 だが、そこで攻撃を仕掛けてきたのは、ワルビアルではない。

 アバリス自身がシンジョウの元に迫ってきていた。それに気づいたシンジョウは、咄嗟に腕で頭を守った。

 直後、蹴りが腕へと入る。直撃していれば脳震盪を起こしていただろう衝撃が響いた。

 そして次々に繰り出される拳を、避けて、防いだ。

 

「はっはあ、お前、けっこうやり手だな?」

「バトル中にトレーナー同士で殴り合いだと!?」

「甘いってんだよ。これはポケモンバトルじゃねえ。……殺し合い、だぜ?」

 

 穏やかじゃない。シンジョウはまともに相手する気も起きず、バックステップで引いていく。自分のポケモンの方に視線をやると、自身のゴウカザルと同じように、相手のワルビアルもトレーナーの指示なしでも相応に戦えるようであった。

 最後のパンチを、両腕を交差させて受け止める。大きく飛び退くことで距離をとった。

 

「やるじゃないか、ジムリーダー。その武術はカロス系だな。なるほど、メガシンカもそこで身につけたってわけか」

「……大した目だな。そういうお前はカラテか」

「知ってるのかよ。やはり只の男じゃねえな」

「愚直なだけだ」

 

 シンジョウが腕を払うと同時に、ゴウカザルは”だいもんじ”を繰り出す。大の字に広がってワルビアルに迫る炎は、防御技に転化された”がんせきふうじ”による壁に防がれる。技のぶつかり合いによって、爆発が起こる。

 それをそよ風のように受け止めるシンジョウとアバリスは、お互いのポケモンを横に立たせる。まるで戦いそのものがリセットされたかのようであった。

 

「いや、驚いた。ジムリーダーをやってるっていうから、こういう戦いには慣れてないかと思ってたぜ。PGでさえ、自前の格闘技は大したことはないっていうのによ」

 

 それもそうだろう。ポケモンバトルによって様々な解決を図ることの多いこの世界で、格闘技は自分の肉体を鍛える、精神を鍛える以外の目的はほとんどないと言っていい。相手を打ち負かすために鍛える、などという発想がそもそも乏しいのだ。

 それに対抗しうる手段を持つ、というのはそれだけで特別である。

 まして、ラフエル地方における悪党はみな、ポケモンによってトレーナーを狙う、という行為をする。バトルとは根本的には違う方法でポケモンを利用することも多々ある。

 そういったものに対抗するためには、相応の訓練と覚悟が必要である。

 

「さて、お前のような奴の手口は、見てきたからな」

「おいおい、オレをバラル団と一緒にするってのか。そいつは勘弁だぜ」

「どういう意味だ」

「あいつらみたいな、甘っちょろいお題目は掲げてねえって言ってんだよ」

 

 シンジョウは首を傾げる。何がおかしいのか、アバリスは高笑いをした。

 

「ははは! 知らねえか。あいつらはよ、『ポケモンを傷つけることはしない』なんて言ってやがるんだぜ?」

「……なるほど」

「その手に握ってるのは何だ。ポケモンじゃねえか。力の正体はなんだ。ポケモンだ。おいおい、とんだ綺麗事を口にしながら、矛盾してると思わねえか?」

「悪を飲み込んで、悪を為して、やり遂げたいことがあるのかもしれない」

「悪には悪なりの矜持か。なるほど……な!」

 

 アバリスはそう言って、再びシンジョウへと殴りかかった。片腕で防いでカウンターパンチを入れるが、それは簡単に避けられる。

 その隙に、ワルビアルのかみくだくが迫った。狙いはシンジョウの膝だ。咄嗟に脚を一歩下げると、そこへ低い姿勢のゴウカザルが割って入る。ワルビアルの顔にチョップが入った。

 一方、シンジョウの腹にはアバリスの拳が入っていた。それを後ろに引くことで衝撃を逃すが、ダメージはすべて消すことができない。

 ならばと自分の腹に突き刺さる腕に、拳を叩き落とす。アバリスはさっと腕を引くが、掠めた握りこぶしが腕を払う。シンジョウほどではないが、いくらか腕に痛みが走ったはずだ。

 

「くっ、はは! お前との戦いは高揚するな。この感覚は、そうだな。引きずり出されるってやつだ」

「そうか。俺は冷めてきたぞ」

「ツレないことを言うなよ。これからがお楽しみだろう?」

 

 今度はアバリスの拳に合わせて、シンジョウは交差するように腕を突き出した。二人の頬に互いの拳が入る。急所は外したが、口の中に血の味が滲み出る。

 ゴウカザルは柱を蹴って登り、空中で宙返り。再び柱の砕かれる音が響く。ワルビアルが再び噛み砕いていたのだ。そのがら空きの背中にゴウカザルの炎が飛んだ。いくらか掠めたものの、ワルビアルは健在だ。

 

「大した実力だ。『暴獣』にもお前ほどのやつはいねえ。これだけの実力がありゃあ、オレの右腕くらいにはなれたな。ああ、だが足りねえ。お前はまだ足りない」

 

 孤独が。悲憤が。

 アバリスはそう言う。シンジョウは、自分の感情から熱がひいていくのを感じた。

 この男の思想を知る。

 力こそすべて、その言葉の意味を知る。

 誰にも認められない環境があった。人を人ともおもわず、ただ生きるか死ぬか、利用するかされるか、それだけの価値があるか否か。

 アバリスが生きていたのはそういう場所だ。

 すなわち、自分はどのような力になれるか。

 純粋無垢な力としてあり続けることができるか。

 上に立つ者の思想など知らない。依頼主の素性など知ったことではない。

 ただ何者かに利用されようとも、力であり続ける限り存在が保証される。より強い力になれば重宝されるし、歯向かう者もいなくなる。

 欲はある。食欲もあれば性欲もある。支配欲もまた、ある。しかし、力はそれを満たすための道具ではない。むしろそういったものは、力をつけるための動機や手段でしかない。

 力、ちから、チカラ。

 

「お前は、ただの力になりたいんだな」

 

 シンジョウの言葉によって、アバリスの顔から表情が消えた。

 

「……何を言い出すかと思えば。はっ、力というのは、生き物の本質だ。聞いたことはないか。国家とは暴力の独占と管理だ。であるならば、純粋な力こそが社会において生きる意味になりうるし、それを握ったとき、ようやく一個の存在になれる」

「それこそふざけた話だな。お前のそれは正当性に欠けている。恐怖による他者の支配は、簡単に覆るぞ」

「英雄の登場によって、か。おいおい、思ったより学があるな」

「そちらこそ」

「それこそ『暴獣』のやり方よ。より強い力を持つ存在(チャンピオン)を決めるってのは、お前たちが好きなやり方だろう?」

「いいや、それは違う。チャンピオンとは希望を背負う存在だ。そいつは強くなければならない。お前たちのような、何者かの暴力を代行するだけの者たちとは訳が違う」

 

 いままでの戦いと、彼の言葉から、シンジョウはアバリスの身上を暴く。

 彼がたくさん飾った言葉をすべて削ぎ落として。もう一度突きつけたのだ。

 

「お前は、ただ人の間にある力になろうとしている」

 

 それでしか、自分を保つことができないから。価値を示すことができないから。

 事の善悪もなし。力そのものへ辿り着こうとしている。

 乾いた笑いが響いた。アバリスのものだ。

 

「人の間に価値があってこその、人間だ」

「そこにお前はいないぞ、アバリス!」

「オレを哀れむか。ああ、もう少し早くお前と出会えていれば、こうはならなかったかもしれないな」

 

 その感情を、絶望と言うのだろう。

 似た男をシンジョウは知っている。バラル団幹部のグライドだ。彼もまた、自分を何者かの力たらんとしていた。

 アバリスにも同じものを感じていた。だが、本質はまったく違う。グライドは希望からそう振る舞っているのに対し、アバリスは絶望からそうなったのだ。

 そのとき、光が渦巻いた。大地より溢れてくるその光は、アバリスを中心としている。そしてワルビアルとアバリスをつなぐと、その姿を変え始める。

 

「キセキシンカ、だと……!?」

 

 それは英雄の力と言われている。この地に眠るラフエルが貸した光であるとも。

 アバリスに味方した、ということなのだろうか。シンジョウは目の前で起こっているはずの出来事を信じられずにいた。

 そして、頬の傷が再び開く。いいや、そこから溢れたのは血ではない。虹色の輝きだ。

 

 キルカ キラレルカ

 再びその声が響く。垣間見た光景は血だまり。倒れていく人々。だがそれに対する感慨はない。その血の海で微笑む女。彼女はこちらに手を差し伸べる。

 

 シンジョウは悟る。いま、自分は目の前で起こっているキセキシンカに当てられている。まるで毒のように。

 根っこが遠いどこかの何者かと繋がっている。

 頬から流れていく光の帯を、シンジョウは手で掴み、強引に振りほどいた。

 

「ふざけるな、俺はいま、お前に用はない!」

 

 シンジョウが叫んだ。それと同時、シンジョウの手に握られた光が弾け、ゴウカザルにも光がまとわれる。

 二つのキセキが、顕現しようとしていた。

 

 だがその二つの虹色を、白の光が包み込んだ。

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