ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
「無理無理無理無理ぃ!」
ルシアはミロカロスとともに、街の細道を駆けている。
追いかけてくるスキンヘッドの男とサイドンの勢いは止まらない。足はルシアとミロカロスの方が早い(ミロカロスには足はないが)。しかし、それをなんと、ルシアが避けている建物や塀などを破壊して進むという暴挙によって間に合わせているのである。
タイプ相性で有利であり、さらに言えば、本来ならミロカロスが得意とする特殊攻撃に弱いはずのサイドンであったが、彼はそれをとんでもない方法で克服していた。
「ミロカロス、”ハイドロポンプ”!」
それはみずタイプにおいて最強の技であった。ルシアのミロカロスの持つ最高火力技でもある。激しい勢いの水流がミロカロスより発射される。
だが、サイドンはその水流を、頭にあるドリルで受け止める。回転したドリルは、水を撒き散らして、水流を弾いていたのだ。
メチャクチャだ。ルシアは思った。常識が通用しない相手、とは思っていたがここまでとは。
ルシアのトレーナーとしての実力はバッジ複数個所有者と同程度にはある。タイプ相性はもちろん、バトルの方法や考え方などは身につけている。オレントタウンという立地上、訪れるトレーナーたちはいずれもバッジを五つや七つ保有している百戦錬磨の強者であるし、そういう者たちに少しだが指導をしてもらっているうちに、実力をつけていた。
しかし、このスキンヘッドの男は……『暴獣』の構成員は、その枠に収まらない。ポケモンバトルという常識の外側に在り、恐るべき戦い方を見せつけてくる。
ランタナとシンジョウのバトルも驚くべきものであったが、この男の戦いぶりは恐るべきものであるだろう。
尤も、それはルシア自身の経験不足から発している問題でもあった。数多のトレーナーと戦っていれば、ひとりやふたり、常識外の行動や発想の転換をするものなのだ。いままでルシアが出会ってきたトレーナーたちがみな、チャンピオンを目指しているという、ある意味で規範となるようなトレーナーたちであった、というのもある。
そして、その問題をルシアはこのとき、痛感していた。
(PGになりたいって言ってたのに、どんな人と戦うかなんて考えてこなかった)
それはランタナが言っていたことであった。シンジョウを天才的と言ったとき、それは努力によるものである、と。ランタナが上手くシンジョウのポケモンの弱点を突くように選出したグライオンに対し上手く対処したことは、彼がほのおタイプのジムリーダーとして積んだ経験からなのだと今ならわかる。
(ひとりひとりに、戦い方があるんだ)
自由さと手堅さを合わせ持つランタナと、パワーをテクニックによって最大限まで引き出すシンジョウという二人のバトルを思い出す。そして目の前で、障害を有り余る力で超えてくる男のことも見る。
サイドンが地面を蹴った。途端、大きな揺れとともに地面が裂けていく。”じしん”であった。じめんタイプでも強力な技である。サイドンが得意とする技でもあった。
衝撃とともに、跳び上がるルシアとミロカロス。致命傷は避けたものの、ルシアの足はもつれ、ミロカロスに入ったダメージも無視できるものではない。
「”チャームボイス”!」
ルシアの指示で、ミロカロスは声を発した。可愛らしい声であるものの、それは反響して精神的なダメージとなって、サイドンを襲った。
防御を崩す技であったからか、ここでサイドンに目に見えるダメージが入る。
だが戦意に衰えは見えない。むしろ強くなる一方だった。
「ああ、おまえ弱いな?」
スキンヘッドの男が言った。ルシアはきっと睨みつける。
「バトルは強い。ポケモンも強い。だけどよう、おまえはちっとも恐くない」
「そんなこと!」
ルシアが言い返そうとしたとき、今度は岩が飛んでくる。”ロックブラスト”だ。何発も飛んできた。命中精度が高くない代わりに多くの手数で攻める技であったが、ルシアがいまいるような狭い路地では有効な技だった。
そう、なにも悪と戦うのは、バトルフィールドとは限らない。むしろ市街地や屋内であることの方が多いだろう。
そんなこと、ぜんぜん知らなかった。
(私はなんて、甘いんだ)
やりたいことがあって、やるための努力をしてきたつもりだった。けれども、そのやりたいことについて何も理解していなかった。
「”こごえるかぜ”!」
ルシアの言葉で、ミロカロスは冷気をまとった風を吹かせる。それは飛んできた岩の動きを止め、落下させる。
瓦礫の山のようになって、岩はルシアの視界を埋めた。それこそが、スキンヘッドの男の真の狙いである。
山を突き破って、サイドンが突っ込んできた。慌てて自分の身を物陰に潜めて守ったルシアであったが、ミロカロスはそうはいかない。
巨大な角を回転させて突き付ける技、”つのドリル”。まともに食らえば一撃必殺となってしまう技を、ミロカロスは寸でのところで躱す。しかし、ぶつかってきた衝撃はまともに受けてしまった。
「ミロカロス、”じこさいせい”で回復して!」
光とともに、ミロカロスの体から汚れが落ちていく。体力を即座に回復させる技、”じこさいせい”がその効果を発揮したのだ。
だが、サイドンとそのトレーナーはすでに目の前に迫っていた。ルシアは自分の汚れを払うことなく立ち上がる。
「……おまえ、ぜんぜん戦いがなってない」
あまつさえ、敵にさえ指摘される始末だ。ルシアは己の弱さを恥じる。
戦わなくていい。倒さなくていい。逃げていればいい。
いま自分にできることは、そういうことだ。勝利条件だって、あのファイヤーをランタナがどうにかするまで耐えればいいってことだ。
なのにどうしてこんなに悔しい。どうしていま、私は追い込まれている。
(私にできること……それは本当に、ここで逃げること?)
逃げるべきと言われた。しかし、それは本当に、自分のできるすべてなのだろうか。
すべての自分を発揮できているのだろうか。自分がやりたいことなのだろうか。
問いに問いを繰り返す。
(考えて。たくさんのものを見て)
ルシアは考えをめぐらせる。
例えば、シンジョウのゴウカザルが、”ストーンエッジ”で相手の動きを誘導したこと。
例えば、ランタナのグライオンが、着地のタイミングに合わせて”すなじごく”を利用し動きを止め、一撃必殺の技を使ったこと。
(そう、バトルの基本は、技を当てることなんだ)
次いで、視界を広げる。敵だけを見ない。大きな局面で見ることで、活路を見つけることができるはずだ。
「……ミロカロス、”ハイドロポンプ”!」
ミロカロスの、再びの高威力技。サイドンはそれを角で受け止めて、あたりに撒き散らした。
冷静に考える。これはきっと、こういう風に防ぐしか手がないのだ。避けることはできないし、直撃を受ければ大きなダメージを受けるから。
足元が水浸しになる。サイドンとスキンヘッドの男も水たまりの上に立つ格好になった。
「次に”こごえるかぜ”!」
冷気を含んだ風がサイドンを襲った。いいや、本当に狙ったのはその足元の水たまりだった。
サイドンとそのトレーナーの足に氷が生える。ルシアは、二人の足を縫いとめるように凍らせたのだ。
驚きの表情を浮かべるポケモンとトレーナーであったが、力任せに動かせば簡単に剥がせる柔らかい拘束である。焦りさえしなければ、すぐに対処ができるだろう。
だが、そのときこそルシアが待っていたときだった。
「”さいみんじゅつ”!」
ルシアのミロカロスの隠し技だった。バトルでは当てることが難しく、上手く使える技ではなかった。
けれども、この状況であれば。
狭い路地という地形に、足元が凍りついて動けないという状況であるならば。
途端、サイドンとそのトレーナーは、その場に倒れる。いびきをかいていることから、”さいみんじゅつ”は成功したのだ。
へなへな、とルシアは倒れそうになるが、そうもしていられない。そんな時間も経たずに二人は目を覚ますだろう。
そのときが来る前に姿を消さなければ。
「……いまはまだ、その力はないけれど。いつかあなたを捕まえます。どうか、悪いことはやめてくださいね」
そう言い残して、ミロカロスをボールに戻し、ルシアは去っていく。寝ている彼には聞こえなかっただろう。
それでいい。これは誓いだった。
不運にまみれているけれど、不幸ではない自分が手に入れた、自分の行きたい場所で、為したいこと……夢、だ。
走り去ろうとすると、足元が陰った。空を見上げれば、炎の鳥ポケモン、ファイヤーが飛んでいた。ずっとランタナと戦っていたはずだったが、目標を変えたようだった。
全身から光を放ったファイヤーは、そのまま街の一角にある倉庫に向けて突っ込んでいく。それをランタナが乗るムクホークと、戦っていたファイアローが追っていく。
うん、と頷いて、ルシアは走り始めた。まっすぐファイヤーが降り立った方へと。