ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle   作:真城光

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馬鹿=力?

 倉庫の屋根を突き破ってきたのは、ファイヤーだった。

 輝きを纏い、炎を撒き散らして、大きな翼を折りたたみながらも威容さを誇りながら。

 シンジョウとアバリスは、その熱量に圧倒され、顔を腕で防ぐことしかできない。

 対応が間に合わなかったゴウカザルとワルビアルはどちらも戦闘不能に陥る。トレーナーはそれぞれのポケモンをボールに戻した。

 ファイヤーが鳴いた。その鳴き声だけで大地は鳴動するようであり、倉庫が軋む音を立てていた。ワルビアルが何本も柱を折ってしまったから、耐久力が落ちているのだ。

 ちっ、と舌打ちをしたのはアバリスだった。

 

「これじゃあ仕事にならねえな。まあ、役割は果たした。これ以上は依頼に入ってねえ」

「勝負は預ける」

「馬鹿言え。これは殺し合いだって言ったろうが。それに、次にお前をやれって言うなら、それなりの用意と覚悟がいるしな」

 

 それは事実上の敗北宣言であったが、シンジョウも同じ思いだった。

 二度と相手するのは御免だ。そして次があるならば、刺し違える覚悟で挑まなければならないだろう。

 アバリスは崩れる屋根に紛れて、姿を消した。

 一方のシンジョウは炎に巻かれる。熱には強いつもりであるし、着ているジャケットも耐熱性であるが、伝説のポケモンの持つ熱気は並大抵のものではなかった。

 ファイヤーはシンジョウを睨みつける。シンジョウもまた、ファイヤーを見上げる。

 ほのおタイプのポケモントレーナーとして、知らないはずがない存在だ。ひのとり、という名の通り、炎を衣のように纏うポケモンの姿は、こんなときでなければ感動していたであろう。

 バラル団の幹部が持っていたフリーザーと並ぶこの伝説のポケモンは、人々の憧れのひとつでもあった。

 そのファイヤーがなぜ街を襲うのか、と問えば、アバリスたちの手引きにちがいない。けれども、そもそもどうしてファイヤーに襲わせるのか、という理由がわからない。

 そして、どうしていま、こうやって自分の元にやってきたのか。

 シンジョウはむしろ、そちらの方の推測こそついていた。

 

「シンジョウさん!」

 

 声が聞こえた。ルシアの声だった。わずかに視線をやれば、炎の向こうに揺れる金髪の少女を見る。

 シンジョウは存外に、彼女のことを気に入っている。もしここが自分の地方であり、ほのおタイプの使い手であれば、ジムに誘っていたかもしれない。粗もありながらまっすぐで、すぐに吸収していく。その素直さはとても尊いものだ。

 

「ルシア」

 

 名を呼んだ。はい、と答える彼女の表情は心配そのものだ。無理もない。人がひとり、炎に包まれているように見えるだろうから。

 けれども、いい顔をしている。何かを決めた顔だった。

 彼女はきっと、為すべきことをしたのだ。であるならば自分もやらねばなるまい。

 ルシアの言う騎士のようなPGみたいにはできないだろう。あくまで自分は自分らしく。

 この背中は、いつも誰かに見られているものであるならば。

 決してその者に恥じないように。

 

「ついてこられるか?」

 

 リザードンを呼び出した。炎が巻き上がり、渦となって霧散した。

 吠え猛る炎の竜は、ファイヤーにも決して引けをとらぬ気配を発する。ファイヤーの方が大きくあったが、迫力では負けていない。

 ルシアはぎゅっと拳を握って、言う。

 

「私だって、戦えるんですから!」

「いい答えだ。なら、来い」

「……はい!」

 

 シンジョウはわずかに笑みを浮かべる。それは炎に紛れていたはずだが、ルシアの目にはしっかり映っていた。

 再び炎が巻き上がる。リザードンが飛んだのだ。その背中にはシンジョウが乗っている。

 リザードンを追うようにファイヤーも飛んだ。羽ばたきの一つで熱風が嵐となって荒れ狂う。そこへ飛んでくる光があった。ファイアローの”ブレイブバード”であった。

 シンジョウの近くにやってきたムクホークの背中に乗っているのはランタナだ。どうやらずっとファイヤーの相手をしているようで、ムクホークは小さくないダメージを負っている。だが、街に与えられるはずだった被害と比べれば軽いと言わざるを得ない。

 

「よう、遅えじゃねえかトップガン」

「悪かった。少し熱烈な歓迎を受けていた」

「モテる男は辛いねえ。俺はゴメンだけどな。んで、本命のお相手はどうよ」

「悪くない。こういう相手の方が燃える」

「お前かなり趣味悪いな?」

 

 ランタナの軽口に、シンジョウは心外だ、と唇をとがらせる。

 だが、これで全てが整った。

 反撃開始の狼煙は、リザードンがあげる。”だいもんじ”がその口から吐き出された。ファイヤーもまた同じように”かえんほうしゃ”で応戦する。技の火力はリザードンの方が上であったが、力はファイヤーに分があった。少しずつ押されるリザードン。その隙をファイアローが駆け抜ける。

 三度目の”ブレイブバード”が、ファイヤーに命中した。ランタナはこれで三度すべての”ブレイブバード”をファイヤーに当てたことになる。ポケモンの技量だけでなく、トレーナーの適切な指示なしにはこうはいかない。

 空中を弾き飛ぶファイヤーであったが、すぐに態勢を直す。

 

「”でんじは”だよ、レントラー!」

 

 ルシアの地上からの援護だ。火力に寄らない技によって、育成の低さを補おうという考えのようであり、シンジョウの目から見ても最適解であった。

 それをファイヤーは、不思議な守りによって弾いた。”しんぴのまもり”である。一般のトレーナーには見慣れない技だ。シンジョウとランタナはすぐにそれを見抜き、むしろチャンスと見る。

 畳み掛けるように、今度はシンジョウのリザードンが前に出た。でんじはを防いだとは言え、動きが止まっている。”ドラゴンクロー”を使い迫る。ファイヤーの”エアスラッシュ”を右腕で強引に引き裂いて、左腕での攻撃を加えた。

 だが、ファイヤーもただでは済まない。口に再び炎が溜められる。”かえんほうしゃ”の構えだ。

 

「”でんげきは”!」

 

 攻撃の隙は与えまいと、今度はルシアのレントラーの電撃が走った。それは威力は小さくとも、回避不可能の技である。電撃はファイヤーの直撃した。

 その一撃で、さしものファイヤーはルシアを無視できなくなったようで、地上の方を見た。

 

「こっちもいくぞ、”はがねのつばさ”!」

 

 ファイアローの翼が輝いた。そのまま突撃の攻撃である。はがねタイプという相性の悪い攻撃であったものの、ファイヤーにはきちんと当てていく。

 我慢の利かなくなったファイヤーは、翼を大きく広げて熱波による攻撃をしてくる。名のない技に、シンジョウとランタナはポケモンを引かせる。ルシアも慌てて物陰に隠れてやり過ごしていた。

 さすがは伝説のポケモンであった。終始こちらが枚数の有利で圧倒しているが、息切れをする気配は見られない。

 

「おい、トップガン! あのファイヤーの首に何かついてる!」

「ポケモンか?」

「何かの装置みてえだ。あれがこのファイヤーを怒らせてるんじゃねえか?」

 

 シンジョウも目を凝らす。確かにその首に何かの装置がくっついているのが見えた。

 あれを取り除けばなんとかなるかもしれない。シンジョウとランタナ、ルシアの三人はその意識を共有する。

 であるならば。シンジョウはポケットからカードを取り出す。そこに嵌められたキーストーンが光を発する。

 

「いくぞ、リザードン。俺たちの真価を見せるときだ……!」

 

 シンジョウがそう声をかけるとともに、キーストーンの光と、リザードンから発された光がつながる。

 メガシンカ、進化のその先の姿が現れようとしていた。しかし、シンジョウは違和感を抱く。

 何かが間に差し込まれている。割り入ってくるような、そんな感覚だ。

 ばちん、とメガシンカエネルギーが弾けた。まさかの失敗であった。修行時代以来の感覚であり、わずかに動揺するものの、シンジョウはすぐに気を撮り直す。

 そこにファイヤーが飛んできた。隙と見たのか、と思えば違うだろう。これは警戒心からの行動だ。”かえんほうしゃ”の予備動作がほぼゼロ距離で行われる。それを見たシンジョウのリザードンは、逆噴射月面宙返り(レトロファイア・ムーンサルト)で尻尾を振るった。宙返りによって剣のように振るわれた尻尾の炎は、ファイヤーの炎を斬り裂いたのだ。

 

「やはり、そうか」

 

 いまのでシンジョウは確信する。

 このファイヤーはReオーラに反応している。本能的な警戒心なのか、あるいは過去にあった何らかの因縁か。

 シンジョウ自身はキセキシンカを経験したことはない。だが、このメガシンカに似て非なる感覚こそがそれであるというのなら、掴みつつある。

 推測は後だ。リザードンは”ドラゴンクロー”でファイヤーへと近接戦を仕掛ける。高火力技を多く持ち、物理技も得意なファイヤーであるが、近接戦にはリザードンに分がある。紫色のオーラをまとった爪がファイヤーへと向けられる。

 首についている装置さえ破壊してしまえば、こちらのものである。リザードンの攻撃によって、ファイヤーは動きを止める。その首の動きを読んで、”かえんほうしゃ”の射程から外れ続ける。

 そこへファイアローの”はがねのつばさ”が迫った。狙いはファイヤーではない。首につけられた装置(インプラント)だ。

 ルシアのレントラーからの”でんげきは”の援護もあり、ファイアローはその翼を装置に当てることに成功する。大きな音と爆発によって、ファイアローとファイヤーははじき出された。

 

「これで、落ち着くかね」

 

 ランタナが言った。彼の声音には疲労の色もうかがえる。ファイアローの体力もそろそろ限界の頃合いだろう。

 ファイヤーは未だ健在であったが、その動きには落ち着きがある。ほっと胸をなでおろすのもつかの間、ファイヤーは怒りを収めることはなかった。

 むしろ理性的になった分だけ、手に負えない。力任せの圧倒をやめたのだろう。大きく飛びのいて、シンジョウとランタナの二人を視界に捉えている。

 

「こいつは……」

「ちと、やべえな」

 

 予想外の出来事に、シンジョウとランタナは声を震わせる。

 ファイヤーの身に光が集まる。

 その技の名を、知っている。

 ”ゴッドバード”、神の鳥の名を冠する、ひこうタイプ最強の技。

 溜めが必要であるが、この距離であるならば発動まで邪魔されることはない。そしてファイアローとリザードンというほのおタイプであれば遠距離攻撃も大した影響を与えない。無論、地上のレントラーの攻撃も射程外だ。

 シンジョウはリザードンの背に立ち上がる。そして大きく腕を広げた。リザードンも翼を広げており、そのまま真っ逆さまに落下していく。

 これにはランタナもルシアも、驚きの表情を浮かべる。落っこちていくシンジョウであったが、リザードンが身体を持ち上げると街を低空飛行で飛んだ。

 それと同時に、先ほど掴んだ感覚を試す。キーストーンを媒介としたReオーラの発露だ。キセキシンカのためではない。ファイヤーの意識を引くために。

 ”ゴッドバード”が放たれる。引き絞った弓……巨大な弩(バリスタ)が如き勢いで飛んでいく。光の矢となったファイヤーは熱量とともに、リザードンを追った。

 だが、リザードンも負けていない。落下の動作に織り交ぜた”りゅうのまい”が力を発揮する。その効果は攻撃性と敏捷性の向上だ。竜をその身に下ろす儀式のようなものであり、リザードンは加速する。

 巨大な熱量に追われながらも、リザードンは怯むことなく加速を続けた。行き着く先は温泉であった。

 リザードンは再び翼を大きく広げると、羽ばたいて上へと逃れる。真下を通り過ぎたファイヤーは急制動をかけ、同じように上へと逃れた。

 シンジョウはその隙に温泉宿の屋根へと飛び移る。そしてファイヤーを再び見上げた。

 ファイヤーは、二度目の、いいや、倉庫に突っ込んできたときを含めれば三度目の”ゴッドバード”を放とうとしている。

 

「リザードン、ファイヤーの頭を冷やしてやれ」

 

 溜めの動作に入っているファイヤーの背に、リザードンが組みついた。急のことで慌てるファイヤーを抱え込み、空中で三度円を描くように飛ぶ。勢いをつけたリザードンは、そのまま地上に向けて急転直下をする。

 その先にあるのは温泉であった。リザードンはその水面へと、ファイヤーを叩きつける。

 途端に、水蒸気爆発が起こる。あたり一体が真っ白になった。

 

 

 

    *    *    *

 

 

 

「ルシアちゃん、あいつから学ぶのはいいが、真似するのはだめだぜ」

 

 ランタナがムクホークの上で言った。その背中につかまるルシアは、その言葉の意味を理解するのに時間を要した。

 リザードンがファイヤーを叩きつけたとき、ランタナはルシアを回収していた。勝利したのが見えたというのがひとつと、何かあったときのために後詰で力を借りねばならないと判断したからだ。

 

「シンジョウは天才じゃないと言った。それだけじゃ足りん。もっと質が悪いもんだ」

「それは何と言うんです?」

「馬鹿なんだよ」

 

 ランタナは言った。その目は遠くを見ている。温泉宿の屋根の上で、こちらに背を向けるシンジョウはファイヤーを見下ろしていた。

 

「できると思ったらやらずにはいられねんだ。命がいくつあっても足りやしねえ。ありゃあ、女を泣かせるタイプだ」

「それは、確かに」

「ま、それは強くもあるんだけどな。できることは全部やる。やりきったことが自信にもなるだろうし、できることできねえことの区別もつくだろうよ。あいつの言う、天才への勝ち方だ。悪いことじゃねえが、嬢ちゃんはもっと堅実に行くんだぜ」

「ランタナさんに言われても説得力ありません」

「それはちげえねえわ」

 

 はは、と笑ったランタナ。

 一方のルシアは、この二人のトレーナーはきっと似た者同士であり、だからこそわかりあうところがあるのだろうと思った。

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