ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle   作:真城光

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それぞれの答え

 シンジョウの目の前に、ファイヤーはいる。

 温泉が水蒸気爆発してできた霧の中から、なおも炎を猛らせて現れた。そして屋根の上に乗ると、シンジョウの前に留まっていたのだ。

 そんなシンジョウの後ろには、リザードンが控えた。リザードンはシンジョウを自分の翼で隠そうとするが、シンジョウの方はそれを払って、ファイヤーの前へと出た。

 

「怒りは鎮まったか?」

 

 そう問えば、ファイヤーは答えることはしなかった。だが、襲いかかってくることもない。それが答えだった。

 その代わりにファイヤーはシンジョウの頬を、炎の翼でそっと撫でる。火傷に似た痛みが走ったが、それはシンジョウの頬に出来た切り傷を焼いていたのだった。

 決して癒えなかったはずの傷を強引に塞いだのだろう。不思議と、以前ほどの痛みはない。

 納得したのか翼を大きく羽ばたいて、ファイヤーは飛んでいく。まっすぐ火山の方へ行ったが、眠りにつく気はなく、ただ遠くへと行こうと言うのだろう。

 シンジョウは街の方を見た。少しだけ燻っている場所があるが、大きな被害は見られなかった。一番派手に壊れていたのは、自分とアバリスが戦った倉庫であったから手に負えない。

 リザードンをボールに戻して、シンジョウは屋根から飛び降りる。

 すると、そこには老人がひとり、いた。

 見覚えがある。確か、公園でランタナとバトルをするときにいた老人だった。腰が曲がってこそいるが、存在感があった。

 

「……温泉はやってないぞ」

「はは、ずいぶんな余裕だ」

 

 老人は愉快げに笑う。そして飛び去っていったファイヤーの方を見た。すでに点のようになってしまったが、その輝きはすぐに見つけることができる。

 

「若いな」

 

 その言葉が自分に向けられたものであると気づくのに、少し時間がかかった。

 

「久しくしてなかったから、感覚が鈍ってな。火遊びをしようと思ったのだが、なに、儂よりも派手にやる小僧たちがいるじゃないか。ついつい、見たくなってしまってな。歳をとると、自分の限界より他人への興味が大きくなってしまう」

 

 老人はそう言って、シンジョウの前までやってくる。そしてぽんっと何かを投げる。反射的に受け取ったシンジョウは、自分の手に握られたものを見て驚きが隠せなかった。

 

「おい、これは」

「友人たちにもよろしく言っておくれ」

 

 そんなことを言いながら、老人はシンジョウの横を通り過ぎてどこかへいく。その後ろ姿に、シンジョウはなおも声をかけた。

 

「あんた、名は?」

「知らんでいいことを知りたがる。そういうものも、天の采配というやつか。いいだろう。儂はフキ、『腐り木』のフキよ」

 

 その名に聞き覚えはない。だが、誰かに尋ねる気もない。心に留めておこうとシンジョウは思った。いずれまた、会うときがくるかもしれない。

 自分の手に握られた、フキから渡されたものを見る。

 マスターボール。

 ありとあらゆるポケモンを捕まえることができるという、その存在がまことしやかに囁かれていただけの存在だった。

 

 

 

    *    *    *

 

 

「ほらよ、トップガン」

 

 先ほどとまったく同じシチュエーションに、表情には出さなかったが面白がったシンジョウであった。

 ランタナとルシアと再会したシンジョウは彼らから手厚い歓迎……無茶をするなという叱責を受けたのちに、ランタナからあるものを受け取った。

 フリーダムバッジ。それこそはシャルムシティのジムリーダーを倒した証であった。

 

「あんな真似、俺にはできねえ。それに、この街を救ってくれた恩人には報いなきゃならん」

「ありがたくいただくさ」

「ただ、次に会ったときは、あのバトルの続きをするぜ」

「もちろん」

 

 再戦の約束。次こそは心いくまでバトルがしたいものだと、握手とともに交わす。

 こういう友ができるのであれば、ラフエル地方に来てよかったと思える瞬間であった。

 そして、こっそり耳打ち。ランタナはシンジョウの肩をつかむと、ルシアから少し離れて声を潜めた。

 

「お前がどんな事件に関わってるかは知らん。俺も探りは入れるが、お前からは何もいうんじゃねえぞ。もちろん、他言も無用だ」

 

 そう前置きしてから、彼は言う。

 

「お前が出会ったのはたぶん、ウルトラビーストってやつだ。アローラ地方にだけ現れる、異世界から現れるポケモンのことでな。正体はわからん。その中でも小さい個体と言えば、『SLASH』とよばれているやつだろうな」

「……そんなものがなぜラフエル地方に」

 

 いいや、なぜ、あの女の手に渡っているのか。

 捕獲できているということもそうであるし、そもそもどうやってここにやってきたのか。背景があまりにも不明すぎる。

 それをここで問いただしても仕方ないだろうし、ランタナは聞きたくないと耳を塞ぐ。

 だが、シンジョウとしては深入りをせずにはいられない。

 自分の身に起こっているReオーラの発現の兆候、不完全に終わったメガシンカ、暴走しているファイヤーがそれでもなお危険視したという事実、そしてReオーラによるウルトラビーストとのつながり。

 どこかで一本につながっているようにしか見えない。シンジョウは自分の推測を整理する必要があるように思った。

 

「もう、なにを話してるんですか?」

 

 ルシアが頬を膨らませて言った。大人の男が二人、こそこそとなにやら話していれば、疎外感だって感じてしまうだろう。

 ランタナは笑顔で答える。

 

「どっちがルシアちゃんを送ってくかって話だ」

「だったらシンジョウさんで。ランタナさんは、ジムで挑戦者たちの相手をきちんとしてくださいね」

「痛いところを突くなあ」

 

 まるで母親だな。とふとルシアを見て思った。

 こういう面倒見のよさは、彼女のいいところであるし、武器にもなるだろう。

 

「それにしても、こんなことになっちゃうなんて。危ない組織とか、伝説のポケモンとか。私、結構アンラッキーな方だと思ってたんですけど、こんな事態になるなんて初めてです」

 

 などと、ルシアは言った。少しどころではない疲労の色が見える。

 聞いたところによれば、アバリスの部下をひとり、相手取っていたらしい。それも昨日の夜に、ルシアへちょっかいをかけていた人物らしい。

 年頃の少女が相手にするには、少しばかり重いだろう。それでも戦い、シンジョウとランタナの援護までしてみせた彼女は、今回で一番の功労者である。

 

「……俺に会ったのが運の尽きだったな」

「むう、それは違いますよシンジョウさん」

 

 シンジョウがおどけて言ってみせると、再びルシアは頬を膨らました。少し怒っているようにも見える。

 

「あの夜にシンジョウさんに会えたのは、ここ最近で一番の幸運です。シンジョウさんとランタナさんのおかげで、私は、私の夢に自分を登場させることができるようになったんですから」

 

 驚きとともに、シンジョウはルシアを見た。目を丸くする、などシンジョウがそう簡単に見せる表情ではない。

 その笑顔はあまりにも眩しく、ランタナは柔らかな笑みを浮かべることしかできない。

 一方のシンジョウは、笑顔のルシアの頭に手を乗せて髪をくしゃくしゃにする。

 

「な、なにするんですか〜!?」

 

 ルシアの言葉に答えず、シンジョウは歩き始める。

 まだ治療もしてないですよ! だとか、隠してる怪我もあるでしょう! という言葉から逃げたかっただけというのは、内緒だ。


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