ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
「アルマ、貴女の負けよ」
カミーラは短く述べる。アルマは睨みつけて、吠えた。
「支部長! 私のルカリオはまだやれます!」
「はっきり言わなければわからないかしら? 弱いから負けたのよ」
その言葉の、想像以上の棘にシンジョウは驚く。
なるほど、これが彼女の根源か、と。
唇を噛み締めて何も言わないアルマは、ルカリオをモンスターボールに戻すと一礼し、無言で立ち去る。
シンジョウとカミーラは無言で頷くと、彼女の後を追った。おそらくはポケモンの回復へ向かうのだろうことは想像できる。落ち着く場所といえば、この研究所では中庭などがそうだった。
CeReSの廊下は無機質だった。外気の影響をなるべく減らすためだろう。窓も最小限にしている。
「ごめんなさいね、うちの部下が失礼を」
隣を歩くカミーラの謝罪に、シンジョウは困惑する。
彼女と自分は、一度は殺し合い……と言うよりも、一方的に殺されかかった関係だった。
朗らかに笑い合える仲ではないし、そのつもりもない。
一刻も早く逃げ出したい気持ちだった。
それでも。戦った相手を褒め称える間を与えてくれなかった分、言い返してやろうという思いはあった。
「彼女は優れたトレーナーだ」
「弱さを指摘しながら?」
「弱いとは言ってない。強さもきちんと持っている」
「それにしては、言葉が少ないわ。きちんと伝えなければ誤解を招くわよ」
「むっ……善処する」
組織の上に立つ者として、命令は正確でなければならない。彼女の美学もその中にあるかもしれないが、シンジョウとしては反省すべき点だった。
「で、アルマはどう? キセキシンカは結局、自由に操れないわけよね?」
「キセキシンカというのが、メガシンカと同じく感情の高まりと同調によって引き起こされる現象であるならば、彼女が起こしたのはまだ『偶然』だろう」
「いずれは『必然』になると?」
「奇跡というものが、どこにでも転がっている石であり、それを掴み取ることなのだとすれば」
あくまで可能性の話だ。
キセキシンカというものが、他の何者かの意思が介在しないものであるならば、あるいは。
そこまで言うと、唐突にシンジョウは壁に叩きつけられた。
驚き、目を白黒させていると、顔の横に手が突きつけられる。
いわゆる壁ドンというやつだ。
悲しい哉、言葉から想定される状況とは男女が逆である。
それも男は二十過ぎ、女は三十過ぎ。
きゃあ、と華やぐような年頃ではなかった。
「な、なにを」
抗議をしようとしたシンジョウを他所に、カミーラはその身体を改める。
「鍛えてるわね。武術に由来する筋肉のつき方、それもなかなかやる。ここには傷があるのかしら。腕は右利きのようね。あと……」
次いで、シンジョウの顔を両手で掴む。近くに迫るカミーラの整った顔にはさすがに鼓動が早くなる。
とって食われそうな予感による恐怖からであったが。
「顔は……ふうん、ふーん」
「文句あるか」
彼女はシンジョウの目を見た後、首を傾けて頬を見た。
そこはかつて、カミーラが繰り出した謎のポケモンによって傷つけられた場所である。
もはやそこに傷は残っていない。ファイヤーがもたらした奇跡によって修復されているのだ。
けれども、なくなった傷跡をカミーラは撫でる。あたかもそこに傷があるように、三度も、その筋に触れた。
「おい、研究所内での淫行は禁止だ」
「……へ?」
間抜けな声がシンジョウの口からこぼれる。
声をかけてきたのは、今度こそカイドウだった。隣にはアルマもいる。
彼は呆れた顔で、続ける。
「研究員たちの目に毒だ。他所でやってくれ」
「ま、待て。誤解がある」
「そんな……支部長……」
「ごめんなさいねアルマ。私、自分を抑えられそうにないの」
「お前ら、それは冗談で言ってるんだよな?」
くすくす、と笑うカミーラに、本当にきょとんとしているアルマの好対照の光景に、シンジョウは不安を抱かざるをえない。
カイドウとアルマがともにいるのは、どうやら走り去ろうとしたアルマをカイドウが捕まえたようで、しかも目的としていた中庭と正反対へ向かおうとしていたらしい。
「それで、ねえ、この後はどのような予定になってるのかしら?」
シンジョウから離れたカミーラはそう言葉を投げる。向けられた相手はシンジョウとカイドウだった。
「お前たちに付き合っている暇はない。取得できたデータの解析が終わったら一応は連絡してやる。……シンジョウ、お前はそこのPGと戦った所感を聞かせろ」
「期待はするなよ」
「計器を見ればわかる。裏付けをしろ」
これにはさすがのアルマもむっとしていたが、それを抑えてカミーラは二人の手をとる。
「男二人でひそひそ話なんてむさ苦しいじゃない。デートしましょう、ダブルデート」
「はあ!?」
シンジョウとカイドウの言葉がハモる。馬鹿を言うな、と言いたいところであったがカミーラの笑顔を見るに、冗談のような本気だった。馬鹿なことをあえてしよう、という意思がある。
ダブルデート、と言うからには四人組、あえて性の観念に従うならば、男と女が二人ずつ必要になるわけだが、本当に悲劇的なことに、この場には揃ってしまっている。
そのメンバーこそ、おおよそ「男女で楽しむ」ことを想定したときに、最悪のものであることはわかりきったことだ。
「なぜ俺がそんなことをしなければならん!」
カイドウの怒りは尤もだろう。こんな馬鹿げたことに付き合っていられない。
「この色ボケ炎使いだけで十分だろう、そういう役割は」
「さてはお前、俺の敵だな?」
だいたい、色ボケなどではない。シンジョウからすれば、カミーラが誤解を生むような行動をしてきたのがそもそもの原因だ。
「あらそう? 帰りは明日にしようと思っていたから、めぼしいケーキショップとか見つけていたのだけれど」
「なぜそれを早く言わん」
「乗り気なのかよ」
思わずツッコミを入れてしまったシンジョウは、ふと思い出したことがある。
カイドウという少年は、天才的頭脳を持っているが、常人には理解のできない尺度で動いていると。
「決まりね。こちらも意見交換をしたかったところなのよ。キセキシンカを含めて、このラフエル地方のことでね」
デート、というのは冗談で、本来の趣旨はそちらなのだろう。
確かに、CeReSの天才研究員、異郷のジムリーダー、そしてPGの支部長が集まって話すと聞けば、いい会議の場になるだろうと思えてしまうのは不思議だ。箇条書きマジックであるが。
この場から逃れられない以上、シンジョウとしても頷くしかない。むしろ一人になった瞬間に何かを仕掛けてくる可能性もある。視界に彼女を収めていた方が、ずっと安全なのではないか、とも。
誤解が解けた頃合いで暇させてもらおうか、と思うもそれは楽観的に考え過ぎだろうか。
ともあれ、そういう話であれば、乗るのもやぶさかではない。
「アルマ、ごめんなさいね。二人でお茶する約束だったけれど」
「いえ、まったく問題ありません」
そして拳を握って、無表情ながらも気合い十分というポーズをとる。
「デートは初めてですが、油断せず参ります」
「……」
「……」
「……」
「……何か変なこと言いましたか?」
先行きが不安になったのは、自分だけではない。
そのことが確かめられただけ、よかったとしたシンジョウだった。
* * *
「へえ、最近はコンピュータセキュリティも?」
「CeReSが持っている情報がどれほどバラル団に対して優位を持っているかは不明であるが、彼らが持ちえていないものを我らが持っているならば、奪おうと思うのは必然のことだろう」
「確かに、防衛というのは目に見える戦力だけでなく、情報のことも含まれる。私たちもそれで痛い目を見ましたもの。貴方の言葉の逆を言えば、彼らがCeReSより先んじてReオーラの情報について詳細を手に入れていることは想定しているわけね」
「むしろそう考えるべきだろう。アイスエイジホールに何かがあるとわかって動いた者たちであり、現に俺たちは後手に回っている。さらに言えば、『暗躍街』や『暴獣』という、バラル団に勝るとも劣らない脅威もいる。自分たちの方が彼らに優っている、などという傲慢を抱いているならば早々に捨てるべきだ。同じデータが揃っているならば、より計算能力が高いか、先に計算した方が勝つ。まして、俺たちには決定的に元になるデータが少ないときている」
「これは手厳しい。やはり時代は情報戦ね」
「ポケモンバトルも研究も同じだ。ジムリーダーのうち一人が言うに、『己を知り敵を知れば、百戦危うからず』だ。過去の人間の言葉だろうがな。時を経た言葉というのは、当たり前のことであっても洗練されているものだ」
「ええ、ええ、まったくです」
カミーラとカイドウの会話は、意外にもよく弾んでいた。
シンジョウの聞いている限りであるが、カミーラの問いにカイドウが答えるような形で話が進んでいた。
四人がいるのは、学園都市リザイナでも中心となっている科学館であった。隣接されたカフェが、科学技術を集められて作られたケーキが名物なのだとか。
こうした施設が無料開放されているあたりは、さすが学園都市か。見ればトレーナーズスクールの学生もちらほらと見えている。
「人工知能“セレスティア”について尋ねてもよろしくて?」
「……いや、あれは俺の専門ではない。過去に俺と同じような天才がいたのだろう」
「あら、先ほどはセキュリティについて話をされていましたが。それこそプロフェッサーカイドウの専門ではないでしょう?」
「俺が片手間に作った、片手間に防衛するためのシステムだ。趣味の産物でしかない」
「貴方の片手間、といのが想像できないのだけれど」
「CeReSの研究員が束になった程度だろう」
謙遜することもなく、正確な数字として彼は言った。
まったく底知れないな、と思うのと同時に、彼にここまで話させているカミーラにも驚きが隠せない。
外にいることからあまり深い話はできないにしても、よく聞き出す。当たり障りのない、けれども興味関心をくすぐる話題を次々に投げかける。
カイドウの方も機嫌よく喋っている。
なんとなくわかることであるが……カミーラはカイドウの成し遂げたことへの話題を振っているのだ。理解をしつつ、且つ知ろうという姿勢は研究員からすれば心地よいのかもしれない。
彼の才能や能力ではなく、それによって生まれたものこそ価値がある。
上手いな、とシンジョウはカミーラへの印象を良くした。
殺されかかったことには変わらないが。
「……あなたは支部長の何なんですか」
「恋仲などではない」
「そ、それは! ご勘弁を」
明らかな狼狽を見せる彼女は微笑ましいが、あまり冗談の通じるタイプではなさそうだから控えるようにしなければな、とシンジョウは思った。
「俺もわからん。会ったのは初めてだからな」
「そう、ですか」
嘘なのか、嘘ではないのかはわからない。
会ったのは本当だ。しかし、あのときの自分たちはあらゆる立場を捨てて戦っていた。
ここにいるのは異邦のジムリーダーであるし、ネイヴュ支部の支部長だ。
だから、初めましてでもいいんじゃないか、と思わないでもないが、カミーラからすればどうなのだろうか。
科学館の展示内容は、この世界の仕組みというやつだ。火山があり、大地が揺れ、空気が循環し、雨が降り……。それらを最新の研究成果とともに伝えてくれる。
「強くなるには、どうすればいいですか」
ぼそり、と言葉を漏らした。それはシンジョウにしか聞こえないような声だった。
その言葉は何度、この地方に来てから聞いたものだったか。
強くなりたい、強くなりたい。
過去に聞いた二回は、イリスとルシアのものだ。それぞれが夢を抱いて発した言葉であった。
では、アルマは。いかなる想いから告げたのか。
アルマの横顔を見た。鋭くも端正な顔つきに、表情が落ちているという印象があった。目からは寂しさが伺える。
もしかすると、だけれども。シンジョウはそう前置きをする。
本当は、もっとよく笑っていたのではないか。
「はーい、アルマ交代ね」
「え?」
「キセキシンカのこと、聞いて来なさいな。貴女のことなんだから」
カミーラの言葉に戸惑いながらもアルマは、カイドウの元へと向かった。仏頂面を浮かべるカイドウが、シンジョウに視線を送る。どうにも彼は、同年代の者と触れ合う時間が少ないようだったから、困っているのだろう。
あえてその視線を無視する。顔の向きを変えれば、満面の笑みを浮かべるカミーラがそこにいた。
「楽しいか」
「ええ、もちろん。貴方の嫌がる顔は堪らない」
「趣味が悪いな」
「そこは似た者同士ではなくて?」
いつ自分が趣味の話をしたのかは知らないが、それはランタナにも言われたことであり、いまいち否定の材料も持ちあわせていないのが困りどころだった。
「メガシンカの使い手、と聞いたけれども、何を使うのかしら。バシャーモ? バクーダ?」
「リザードンだが」
「やっぱり。貴方、ラジエスでバラル団と戦ったというトレーナーでしょう?」
小さな声で言う。それこそシャルムシティでもそうだったが、シンジョウが戦ったという事実は広く知れ渡っているようだった。
おそらく、カエンやステラ、イリスについて知られているだろう。しかし、表舞台で派手に戦ったのはシンジョウとグライドだった。
あのときの戦いは色濃く、記憶に焼き付いている。
「貴女たちPGは、いつもあのような敵と戦っているのか」
「さあ? 私たちもいろいろありますから。ただ、貴方も知っての通り、我らネイヴュ支部は彼らの標的となった」
「……彼女が強さを求める理由は」
シンジョウはアルマを見る。きっとそれだけではないだろう、とは思いながらも、アルマのルカリオとの戦いを経て、彼女の存在意義に『雪解けの日』が大きく関わっているだろうということは理解ができた。
途端に、カミーラが自身の腕をシンジョウに絡める。
「ちょっと、アルマが好みなわけ? 私だってこう見えて、少しは自信があるのだけれど。おっぱい大きいし」
「本当は自信満々なんだろう。……前もしたな、こんな」
やり取り、と言いかけたところで口を噤んだ。
シンジョウはそのとき、己の失態を知る。
前、とは。いったいいつのことだろう。アイスエイジホールにて実際に対峙し会話したのはここにいる二人なのだ。
一瞬だけこわばった顔を見逃すカミーラではない。
一歩、シンジョウに近くカミーラに、死神の鎌を見た。
「頭が湧いているのかお前たちは」
再び、声が割って入った。カイドウの声だ。
「もう少し待てないのか」
「この会話さっきもしたよな」
「支部長、このような場所では控えられた方が」
「ごめんなさいねアルマ。こうしないと気持ちがまとまらないの」
「絶対にさっきもしたな」
天丼ネタで窮地を脱するとは、と自分のことながら呆れるシンジョウだった。