ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
「いやあ、それにしてもびっくりしたよね。3年ぶりのラフエル地方に帰ってきたらいろいろ変わってるしさ。レニアシティのジムリーダーもね。というか、ジムリーダーはみんな変わっちゃったなあ」
サザンカさんはずっといるんだよね? と確認をとるイリスに、シンジョウとカエンは頷いた。
どうやら彼は、ジムリーダーをして長いらしい。年齢をうかがわせなかったが、いったい何者なのだろうか。
カーシャの里へと向かう道中、花を咲かせたのはラフエル地方の事情についてだった。
久しぶりに帰ってきたというらしいイリスはよくしゃべる。カーシャは目を輝かせてイリスとカエンの話を聞いていた。
「特にラジエスシティ、いろいろ増えてるよね?」
「そうなんだよな。でっけえ建物が増えた!」
「ね! なんだっけ、あの二本の大きなタワー。ええと」
「ハロルドタワーだな!」
それならばシンジョウも見た。ラジエスシティには違う地方との交通手段であるフェリーの港があり、シンジョウもイリスと同じようにフェリーでやってきたのだ。
都会であるラジエスシティの中でも、ひときわ大きな建物があった。双子のように並び立ち、同じ高さを誇るビルは数カ所の渡り廊下によって接続されていた。遠目から見てもすぐにその建物のことはわかる。
「確か、明日オープンなんだよな」
「へえ! 本当につい最近できたんだ」
「そうそう! そのハロルドっておっさん、最近あちこちにいっぱい建物つくってるんだよな」
などと、世間話も盛り上がっていた。
シンジョウはふと、自分の故郷に想いを馳せる。
自然が豊かであるし、大きなビルよりも古い建物を大切にするような雰囲気であった。芸術や運動も盛んで、よく言えば、心にあふれているのだと思う。
一方で、栄えているのを見るのは新鮮でもあった。
英雄を讃える物語を要する地域の人々は、英雄をいろんな形で見ることがある。戦いの定義をたくさん持っているとも言える。
そのハロルドという人物であれば経済の中で、というように。いろんな形で自分の生きた痕跡を残そうとするのだ。自己顕示欲とも言うが、時にそれは人を引っ張る原動力となる。シンジョウはふと、そんなことを考えた。
「私の里です」
そう言ってカーシャが指差した先には、小さな集落があった。
ラジエスシティについて話していたのとは正反対の光景に、シンジョウはむしろ懐かしさを覚えた。
木で作られた柵の内側に簡素な木造建築が建てられていた。それらが数十も集まっている。
古き営みの残る里である。タウンマップには載っていないが、ここにも生きている人がいるということに、シンジョウは感動を覚えた。
門をくぐって里に入れば、それなりの大きさがあるようだ。人口も百人はいるだろう。そして住民はカーシャのものと近い服装をしている。やはり、ここの民族衣装のようであった。
「カーシャ!」
そう声をかけてきたのは、ひとりの男性であった。頭には何らかの鳥ポケモンの羽を冠しており、この集落では珍しいだろう金属の装飾品をつけている。
「ただいま、お父様」
「ああ、よかった。またあの雨が降ったから、心配してたんだ。ポケモンたちも苛立っているからね。……ところで、彼らは何かな」
その一声で、シンジョウたちは取り囲まれる。里の男たちがぞろぞろと集まってきたのだ。
部外者に対して冷たいだろう、と思ってはいたがここまで苛烈だとは思いもしなかった。シンジョウとカエンは思わず身構える。一方のイリスは、どちらかと言えば余裕そうであった。
「違うの、あの人たちね、ポケモンたちに襲われたところを助けてくれたの」
「そうだとしても、ここを知られるのはよくない」
見れば、家の屋根にはポケモンたちが多くいた。モンジャラやモルフォンである。
一方で小屋の陰からはグラエナの姿もうかがえる。
ポケットからモンスターボールをいつでも取り出せるように構えるシンジョウであったが、カーシャの様子が気がかりだった。
「これから帰ったら日が暮れちゃうよ。私にはきちんと帰るように言って、あの人たちはダメなの?」
「それはカーシャだからさ。一族の跡を継ぐ君が危険な目に遭ったらどうするんだ? このところ、怪しい人たちもこのあたりに出入りしてるらしいからね」
「でしたら、私はあのひとたちと一緒に、ここを出ます。あのひとたち、いい人です!」
カーシャの言うそれは正論だった。そしてカーシャの申し出を受けて、父親は少しばかり動揺をしていたようであった。
その隙を突くように、イリスは前にずいっと出る。
「カーシャのお父さん。いいえ、この里の長だとお見受けします」
「いかにも。私はこのリュサ族の族長。君は?」
「では、族長さん。あの雨の原因について、私たちは見当をつけています。みなさんも困っているでしょう。解決してまいります。その代わりに、カーシャちゃんを許してあげてください」
「カーシャを?」
イリスが真剣な眼差しで言った。それを聞いて、シンジョウはなるほど、と頷く。
ここで図々しく相手の懐に潜ろうとすれば、かえって彼らを警戒させてしまうだろう。むしろ落としどころとして、カーシャだけでも許してもらえるように計らうことが信用を得る方法なのだとイリスは踏んだのだ。
それだけではない。ここでカーシャのために、他人になにかさせる、という選択をすることは、族長としての威厳にも関わるだろう。そこまでの計算があるかはわからないが、立場のある者ほど、自身の評価に関わる判断にシビアになるものだ。
それに、自分たちは野宿でも構わない。旅にはつきものだろう。ここで世話にならずとも、カーシャを帰すことができればいいのだ。
と、彼女を内心で褒めると同時に、イリスの腹の虫が音を上げた。ぐう、と響く。これには自分たちを取り囲んでいた者たちも驚いていた。
「ははは、それに、お腹も空いちゃいまして。さっきからこの里、いい匂いするじゃないですか! 早くご飯にしたいなあ、なんて。どうでしょう?」
などとおどけて言う。それを受けて、族長は顔をほころばせた。
「どうやらあなたは信用できそうだ。みなさんも。申し訳ないことをした。ぜひ、今晩はうちへ寄りなさい。それと……カーシャのこと、ありがとうございます」
「やったあ! こちらこそありがとうございます! 一宿一飯の恩、必ずや返してみせましょう!」
交渉巧みに渡りをつけて、イリスはガッツポーズをとった。
その様子を見て、カエンがすっと寄ってきた。
「なあ、イリス姉ちゃんって何者なんだ?」
「俺もよく知らん」
「え、兄ちゃんの友だちじゃねえの? 仲よさそうだったのに?」
「さっき会ったばかりだ」
こうして信用を勝ち取るのも、一種の才能なんだろうな。
自分の持っていないまぶしさに目を細めながら、シンジョウはそう思った。