ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
食事は山菜粥であった。カーシャの言っていた通り、すごい量である。
カーシャとその両親だけでこの量を食べるつもりだったのか、と驚くほどである。
シンジョウとイリス、カエンの三人が加わっても食べきれるか不安であったが、なんてことはない。ここに暮らす人々の胃袋が大きいのか、ほとんどカーシャの家族が食べきってしまった。
薬草茶だという飲み物をもらいながら、族長はシンジョウとイリス、カエンを残した。
自己紹介を終えた自分たちを見て、族長はうんと頷いた。
「あらためて、こちらからお願いさせていただきたい。あの雨を解決したいのです」
「はい、それは当然。そちらの知ってることを聞かせていただけますか?」
「もちろんです。ここ二週間の雨のこと、お話しいたします」
その話を簡単にまとめる。
二週間、雨の降らない日はなかった。普段は乾いた風の吹くこの地域では、雨は恵みであると受け止められていたが、三日も続けば異常だと気づく。特に異常であると感じたのはむしろ最初の頃の雨のことだったという。
その雨は散発的だった。降っている地域とそうでない地域がまばらである。山に登り、あたりを観測する役割を担う里の者はそう言ったのだそうだ。
数日してからその雨はやがて大きくなっていった。雨雲そのものがまとまりはじめ、大雨を降らせるようになったのが五日前のことだった。
野生のポケモンたちも、慣れない環境に動揺し、異常な行動を始める。カーシャ以外にもポケモンに襲われかけた者もいるのだそうだ。
これが里全体で緊張感が増している事情であり、カーシャにあのように言った理由であった。
「なるほど……どう、シンジョウくん?」
「俺に頼るのか。ラフエル地方のことはそう詳しくはない」
見当ついてると言ったのはお前だぞ。とはさすがに口には出せなかった。
だが、ある程度考えがあったのは事実だった。
自然現象ではない、あるいは野生のポケモンの仕業でもない。ならばたどり着く結論はほとんど絞られる。
「推測になるが、この雨もすべて人の手によるものだろう。正しくは人の指示によるポケモンの、だな」
「こんな大雨を降らせる、なんてことできるかな? シンジョウ兄ちゃんだってほのおタイプのジムリーダーだからわかるだろ。雨せんぽーってやつな。ポケモンのあまごいだって、バトルフィールドを埋めるので精一杯だし」
「いいや、できる。できなければこの話はそもそも成り立たない」
ふうん、と話半分でカエンは聞いていた。むしろ、イリスの方が目を輝かせている。
「いくつか考えることがある。『誰が』『何を目的に』『どのようにして』やったかということだ」
まずはどのように、である。これはもう考えるまでもない。
「組織的なポケモンの管理、統率だ。それも相当に大規模な」
数十、あるいは百にも及ぶポケモンが一斉にあまごいをする。かぜおこしなどの技を用いて雨雲を誘導し、霧散させないようにする。
長時間、といってもポケモンバトルと比べれば長いというだけだ。たかだか一時間持たせればいいだけならば、可能かもしれない。
「……え、そんなことができるのなんて、ラフエル地方じゃポケットガーディアンを除いたら」
「バラル団、だろうな。族長、あなたが先ほどカーシャさんに言っていた人というのは、こういう人物たちではないか?」
と言って、シンジョウはネットに転がっていた画像を見せる。バラル団の制服である。
それを見た族長は、ああ、と言う。
「私が直接見たわけではないが、特徴は同じだ。間違いない、この者たちだろう」
「くっそ、バラル団! あいつらな、本当にひどいやつらなんだ!」
カエンは怒りをあらわにそう言った。その感覚は、シンジョウとイリスの理解できるところではない。シンジョウはこの地方の出身ではないし、イリスも最近になって帰ってきたのだから、現在形で彼らの事件を目の当たりにしたわけではない。
だが、『雪解けの日』の話を聞くだけで恐ろしくなった。投獄されていた凶悪犯が世に放たれ、多くのPG職員が負傷し、さらには空からゴルーグを降らせてみせたと言うではないか。
前代未聞の事件に、報告を聞いただけでシンジョウは恐怖したのだった。
「じゃあ、これがバラル団のやってることとして確定で、あいつらは何をしようって言うの?」
「さあな。そこまではわからん。直接聞くほかない。断言できるのは、大規模災害が彼らの望むところではないということくらいだ」
「それはそうね。彼らは決して、ポケモンを傷つけない。災害なんて起こしたらどれほどのポケモンが犠牲になるかわからないし」
「そういった無秩序を嫌う人間が、トップなんだろう」
そこまで話して、シンジョウはふと考えに沈む。
これほどのことを考えやってのける彼らには……社会倫理や法正義を超えて、奉ずるべきなにかがあるというのだろうか。
その事件を実行した者を想定する。末端にまで及ぶ支配力の根源はすなわち恐怖、あるいは畏怖である。それらを持ち合わせながら、何かの目的や、人物に準じられる人物だろう。少なくとも狂信的なものは感じない。あくまで厳然と存在する、世間一般とは異なる秩序を持っているにちがいない。
シンジョウはバラル団との戦いに際して、そういう人物を仮想の敵と定めた。
「ううん、二人の言ってることわかんないけど、わかった。とりあえず、明日にでも雨を降らせてるやつを取っ捕まえればいいんだな!」
「そういうこと! カエンくん、あったまいい!」
だろ〜、とイリスのおだてに乗るカエンに、シンジョウは一抹の不安を覚えた。
ともあれ、方針は固まった。
「族長、よければ明日、山の案内をしてもらえないか」
「もちろんです。ああ、よかった。カエンさん、あなたはやはり英雄の末裔なのですね。先ほどは失礼いたしました」
「いいってこと! それに、シンジョウ兄ちゃんもつええし、イリス姉ちゃんも強いって俺の直感が告げてる! ラプラスに乗ったつもりで任せてくれ!」
えへん、と胸を張るカエンに、族長とイリスはにっこりと笑った。