ポケットモンスター虹 Desire like a Drizzle 作:真城光
寝る部屋は族長たちの配慮によって、イリスとカーシャは同じ場所で寝かせてもらえることになった。シンジョウとカエンは物置小屋を整理した場所を貸し与えられていた。
この里のリュサ族の家屋は、一室のみの作りになっているようであったが、里に客人を招いたときのために族長の家のみ、二室の作りになっていた。いま、イリスとカーシャが寝転がっているのはその部屋だった。
「イリスさん、それ、暖かいですか?」
カーシャがそうたずねる。イリスが身を包んでいたのは寝袋だった。長く使っていて布も薄くなり、寝心地はそれほどよくないが、少なくともカーシャがいま使っている草などを編んだゴザよりはずっとましだろう。
「じゃあ、こっち来なよ」
「いいんですか?」
「ふふ、覚悟ができてるならね」
そう言って、イリスは寝袋のスペースを広げた。もともと二人用にもできる代物である。小さい女の子がひとり増えたところで窮屈ではない。
おそるおそるカーシャがイリスの寝袋に入ってくる。すると、えっ、と驚いた表情を浮かべた。
「い、イリスさん! 暖かいです!」
「でしょう? とても気持ちいいのよ。私の旅の相棒なの。ポケモンに次いでね」
ぬくぬくと気持ちよさそうにするカーシャはとても可愛らしい。姉と妹にしても歳が離れているが、こういう妹がいれば楽しいんだろうなとイリスは思った。
ポケモンといえば、とイリスは思い出す。
「カーシャちゃん、ワシボンを持ってたよね」
「はい。ポン、といいます」
「かわいいね。どうやって捕まえたの? けっこう難しいと思うけど」
「捕まえたわけではなくて、群れからはぐれて怪我をしていたのを助けたんです。それから懐かれてしまって」
「なるほどね。そういう出会いもあるよ」
イリスは自分のポケモンとの出会いをひとつひとつ話していく。旅先で出会った大切な仲間たちとの逢瀬は、忘れられないものだった。いい話もあれば悲しい話もある。カーシャはそのどれもを興味深く聞いてくれた。
ふと気になって、イリスはカーシャに聞く。
「カーシャちゃんはポンとしたいことあるの?」
「ポンと、ですか」
するとカーシャは少し俯いた。それが顔が赤くなったことを隠すためであるとイリスはすぐにわかる。
もじもじとして、紡いだ言葉はか細く、しかししっかりとした言葉であった。
「空を飛びたいんです」
「背中に乗って?」
「はい。その、カエンくんと一緒に」
ああ、とイリスは頷く。
こういう子には少しだけいじわるとしたくなる。
「だったらリザードンの背中に乗ったりもできると思うけど」
「乗せてもらうんじゃ、ダメなんです。一緒に、隣で、同じ高さで見えるものがあるんじゃないかなって、思うんです」
その返答に満足したイリスは、ぎゅっとカーシャを抱きしめる。カーシャの体が強張ったが、その程度で遠慮するイリスではなかった。
「もう、かわいいなあ! いい子いい子!」
「イリスさん……?」
「いい夢だね。うん。いい夢だ」
寝言のようにつぶやいた。
それは遠い目標だった。ワシボンからウォーグルに進化しなければ人を背中に乗せることなんてできないだろう。だが、その育成難易度は数多いるポケモントレーナーでも音をあげるほど難しい。
そのころには、カーシャはどんな人になっているだろう。カエンはどうなっているのだろう。一族の長として、あるいは一人の女として立っているだろうか。英雄の末裔として、あるいは一人の男として立っているだろうか。
きっとそれは素敵な物語なんだろう。
……私はどうなんだろう。
イリスはふと、顔を曇らせる。それは三年前のことを思い出したからだ。
『君になら任せられる。そのときがきたら、よろしくね』
そう言った彼の顔が、光景が、匂いが、時間が、忘れられなかった。
ずっと脳裏に焼き付いて、ふとした瞬間に思い出す。
永遠のライバルであり、よき理解者でもあり、親友でもある彼の数ある言葉の中でも、唯一わからない言葉があった。
共にずっと目指し、切磋琢磨し続けた。その果ての場所を自分に譲ると言った彼はいったいどんな想いを抱いていたのだろう。
『言うまでもないことは言わないでよ、縁起でもない。任せろよ、親友』
軽くそう答えた。
あのときからだった。
自分の旅が、自分だけのものでなくなってしまったのは。
私は、いったい何を背負わされているのか。
いまでもその答えを探している。
彼と同じものを見るための旅を続けていた。
背中はいつまでも見えないまま、だけど。
「イリスさん?」
カーシャの声で意識が戻る。うたた寝の中で、夢のように過去が蘇った。
イリスはふっ、と微笑んで、今度はカーシャを優しく抱きしめる。
「ちょっと思い出しちゃっただけ。大丈夫だよ」
「明日も早いですから、寝ましょう」
「そうね。いまごろ男子たちも何か話してるのかなあ」
そのつぶやきを最後にして、イリスは自分の意識を手放した。