ゼロと魔王   作:GAYMAX

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第2話 変化

 爽やかな光が差し込む朝の食堂に、ドスドスと怒りの靴音が響く。これでもかと肩を怒らせ、キツネのように目を吊り上げ、杭を打つように床を踏みつける。巻き込まれてはかなわないと周囲が身を引いていくため、活気あふれる食堂の中で、まるで台風の目のような無人地帯が完成していた。その中心に居座るのは怒りに打ち震えるルイズだ。

 

「どうしたのルイズ?今日はいつもよりも怒ってるじゃない」

「どうもこうもないわ!あいつのことよ!私のつ・か・い・ま!!」

「あ、ああ、あの……」

 

 なんでもないことのようにスルリと近づいて来たキュルケも、耳元で叫ばれるように怒りをブチまけられては、流石にたじろいでしまう。それでも表面上は平静を装いながら、もはや噴火中の火山と化したルイズと話を続ける。

 

「彼女がどうしたのよ?見た感じ、仲良くしていけそうだったじゃない」

「あれは猫被りよ!蓋を開けてみればとんだダメ使い魔だったわ!あいつったら───

 

 

 

「だから!私は御主人様で、あなたは使い魔なの!分かった!?」

「……」

「あーもう!」

 

 ルイズは学生寮の自室で頭を抱えている。その原因は全く自分を敬おうとしない使い魔にあった。彼女はいかに契約やルーンの話をしようが、全て無視をして遠く彼方を見つめている。その先に何かがあるのかと振り向いてみたりもしたが、窓でもなく木の壁があるだけだった。だからこそ、「私の話よりも木目を数える方がよっぽど楽しいって!?」と、怒りが募る訳なのだが。

 

「いつまで経っても話が進まないじゃない!あとで絶対に認めさせてやるんだから……!」

「……」

使い魔(あなた)の役割だけど、3つあるの。1つ目は主人(わたし)の目となり、耳となることよ!……まあ、何も見えないけど」

「……」

「2つ目は主人(わたし)の望むものを見つけてくること。できる?」

「……」

「はぁ……期待しない方がいいわね……。3つ目、主人(わたし)を守ること……だけど、コレじゃあね……はーぁ……」

 

 「最初は大当たりだと思ったのになぁ……」と、ルイズも遠くをぼんやりと見る。見目麗しい()()の使い魔など、装飾品と何が違うと言うのだろうか。あと忠誠心さえあれば、せめてメイド程度にはなっていたと思うとため息が止まらなかった。

 

「……ふーん」

「……えっ?」

 

 聞き間違いと思ってプリエの顔を見ると、なんと彼女がこちらを向いていた。ついてくるだけついてきて、その他一切合切に反応しなかった彼女の最初の反応でルイズは目をぱちくりさせてしまうが、次第に怒りがふつふつと湧いてくる。

 

「ちょっと!どうして私の話を聞かなかったの!」

「聞いてたわよ。答えなかっただけ」

「嘘おっしゃい!じゃあ、今までのことを話してみなさいよ!」

「あたしはあんたの使い魔で、あんたの目となり、欲しいものを見つけ、あんたを守るんでしょ?」

「なっ!?そ、そうよ……」

 

 本当に聞いていたことに思わず語調も弱まってしまう。しかし、聞いていたのならもっと反応があっても良かっただろうと、ルイズの怒りにバックドラフトが巻き起こった。

 

「じゃあ、相槌ぐらい打ちなさいよ!一人でまくし立ててた私がバカみたいじゃない!あなたは人の話を……あれ?」

 

 いつの間にか部屋の中にプリエの姿はなかった。いや、思い返してみれば、平然とした顔で部屋を出ていったはずだ。それは()()()()()()()()()()()()で、全く疑問が浮かばなかった。しかし、思い返してみれば疑問が湧いてくる……が、それ以上に怒りが湧き上がる。

 

「~~~~~~っっっ!!!」

 

 あまりの怒りで顔が真っ赤に染まり、わなわなと体が震え出す。しかしその怒りの対象はどこか彼方。どうにもできない怒りを抱えたままルイズはベッドに飛び込んで、乱暴に服を脱ぎ捨てて眠りについた。

 

 

 

───たのよ!それで、起きた後もあいつはいないし!」

「あんまりにもうるさかったから、愛想尽かしちゃったんじゃない?」

「最初はうるさくなかったわよ!!」

 

 そう言ってはいるが、壊れた蓄音機のように騒ぎ立てるルイズに説得力はなく、キュルケは浅い言葉を口にしていく。もっと深いところに原因がある気がするが、それを考える元気はルイズに奪われてしまったのだ。

 結局、食事が終わってもルイズの怒りは収まらず、隣にいるキュルケを辟易させている。教室に移動した時になんとかキュルケは離れようとするが、それは許されなかった。幾分か小声になった愚痴を聞きながら上の空で生返事を繰り返していると、教師が入ってきてルイズがついに黙ってくれた。いつもは少し退屈な時間である授業が救いの神となり、キュルケはふくよかな中年の女性教師を心の中で崇め奉った。

 

「皆さん、おはようございます、そして、進級おめでとうございます。私はシュヴルーズ、土のメイジです。これから皆さんは召喚した使い魔によって、それぞれの専門分野の属性について、より深く学んでいくことになります。ですが、今回の授業はオリエンテーションと復習のようなものですので、肩の力を抜いてもらってもいいですよ」

 

 少なからず、大きく息を吐く音が聞こえてくる。使い魔を伴っての初めの授業なのだから、緊張していたのだろう。しかし、本来ルイズの隣に控えていなければならないはずの使い魔の姿はない。その事実にルイズは怒りの炎を燃え上がらせていた。

 

「実は私、召喚された様々な使い魔を見るのが楽しみなんですよ」

 

 シュヴルーズは人の良さそうなにこやかな表情を浮かべたまま、半すり鉢状になっている教室をゆっくりと見回す。フクロウや大モグラなどの一般的な使い魔に微笑ましさを覚え、大きすぎて教室の外で待機している風竜に驚き、サラマンダーから主人の優秀さを感じ取ったところで、ルイズが目に止まった。彼女の周りには使い魔の姿が見えない。一番外周の机ではないため、教室の外でもない。その疑問は、純粋な感情のままシュヴルーズの口を衝いて出る。

 

「ミス・ヴァリエール?貴女の使い魔はどうしたのですか?」

「先生!逃げ出したんですよ!ルイズが『ゼロ』だから!」

 

 ルイズが返答する前にどこからか男子生徒の声が飛ぶ。すでに慣れてしまった野次に対してルイズは机を叩いて立ち上がり、殺意にまで昇華されたフラストレーションを爆発させた。

 

「さっきのはどこのどいつが言った!あんた!?」

「い、いや、違うよ……」

「じゃあ誰よ!」

「ま、マリコルヌだよ」

「ちょっ!バカ!何言」「上等じゃない!その喧嘩買ったげる!」

 

 授業中だというのに、太っちょの生徒───マリコルヌにずんずんと近づいていくルイズ。まるで阿修羅のような雰囲気にマリコルヌは恐怖を覚え、思わず小さな悲鳴を漏らし、身を屈めてしまう。その怒りでマリコルヌが処刑されるものだと誰もが思ったが、小さな鬼の通り道は盛り上がる赤土で止められてしまった。

 

「おやめなさいミス・ヴァリエール!貴族たるもの、悪口ぐらいで手を出してはいけません!ミスタ・グランドプレも!幼稚な悪口など論外です!」

 

 叱られたというよりは邪魔されたことにより、ルイズは渋々と席に戻る。マリコルヌも胸を撫で下ろしていて、説教などは届いていないようだ。とはいえ表面上は体裁が整ったことに満足して、シュヴルーズは授業を再開した。

 授業に入ると、先ほどの怒りが信じられないほどルイズは集中してノートを取っている。既に話を聞いておらず、魔法で板書を写している者もいるというのに、シュヴルーズの発言で重要だと思われる言葉まで記述していた。

 普段の跳ねっ返りの強い横暴な態度とは真逆の真摯な努力を見て、キュルケは微笑む。ルイズの努力を知っているからこそ、彼女を芯から馬鹿にすることはしないのだ。とはいえ後でテキトーに男からノートを貰う考えなので、勉強に関してだけはルイズを馬鹿にする資格などないと思われるが。

 

 授業も中盤に差し掛かり、シュヴルーズは『錬金』の魔法の説明を始めた。5つの属性の内の1つである『土』の魔法だが、その属性の適性を持たないメイジでも使えるそれは、物質を別の物質へと変質させる魔法だ。それをシュヴルーズが実践してみせると、教卓の上の石ころが黄金色の輝きを放つ鉱石へと変貌した。思わず生徒たちはいきり立ち、特にキュルケは強く惹かれているようだった。

 

「それ、(ゴールド)ですか!?」

「いいえ、これは真鍮です。私は『トライアングル』なので、これくらいが限界ですね。金を作るには『スクウェア』級の実力が必要になります」

 

 黄金ではないと聞き、あからさまに肩を落とすキュルケ。金の匂いに敏感なところに意地汚さを感じて、ルイズは少しだけ嫌悪した。

 

「後は、『ライン』だとガラス玉、『ドット』だと土くれなどが作れますね。もちろん、皆さんの属性や習熟度によって結果は変わってきますが。では、貴方、メイジのランクを低いものから順に挙げてください」

「えーと……『ドット』、『ライン』、『トライアングル』、『スクウェア』ですよね?」

「はい、正解です。それぞれ、自分が使える属性の数で分類されていますね。それでは、誰かに『錬金』を実演してもらいましょう。……貴方、降りてきてください」

「……」

 

 呼ばれた生徒は返事もせずに立ち上がり、つかつかと教壇へと降りていく。ルイズは「失礼なやつね」と思ったが、シュヴルーズは特に何も思わなかったようで、朗らかな顔を崩さない。しかし、その生徒()()()()()()()()の後ろ姿が視界に映った瞬間、ルイズの表情が驚愕に染まる。

 

「ちょ、ちょっと!」

「ん?どうしたのよ?」

「あいつ!なんでここにいるのよ!?」

「なんでって、そりゃ生徒だからでしょ?」

 

 そいつを見てもそう言い切ったキュルケに、ルイズは開いた口が塞がらなかった。生徒はもちろん全員が人間で、巻角が生えている者などいるはずがない。マントをつけずに、制服を煽情的な衣装に改造している者もいるはずがない。そもそも、召喚時から全く姿を変えていない己の使い魔を、ルイズが見間違うはずもなかった。

 1つだけの教室の異常がまるでルイズだと言うように、誰も不自然だと思わないまま、授業はつつがなく進行していく。教壇にたどり着いたプリエは興味なさそうに石ころを一瞥すると、先ほどと同じように黄金色の光を放つ鉱石へと早変わりした。今度も同じ真鍮だろうとキュルケは興味なさげに見つめていた。

 

「こ、これは……!金ですね……!?」

 

 一転して食い入るように金を見つめるキュルケ。石ころがそっくりそのまま置き換わった金は、貴族のお小遣いには十分な量があった。後で()()()なるために、驚愕と称賛を背中で受けるプリエの顔をよく覚えようとするが、プリエに関する全ての情報は目的と共に頭から抜け落ち、訳も分からなくなったキュルケは何も思わずに前を向いた。

 

「それでは、誰かに『錬金』を実演してもらいましょう」

 

 それは教師も例外ではなく、先ほど見事なまでの実演が行われたというのに、その事実もすっかり忘れてオウムのように同じ課題を繰り返す。黄金もまた、ただの石ころに戻っていて、まるで時が戻ってしまったかのようだ。その中で唯一、現状を正しく認識できたルイズは激しく混乱していた。

 

「では、ミス・ヴァリエールにお願いしましょう」

 

 そんなルイズが目立っていたのか、はたまた別の理由なのか、シュヴルーズはルイズを指名した。プリエに関する記憶が抜け落ちて、熱意だけが保たれていた教室から温度が下がる。生徒の反応にシュヴルーズは首を傾げるが発言を取り下げる気はないようで、ニコニコしながらルイズに期待の視線を送っていた。

 

 先ほどの尋常ならざるルイズの怒りもあり、誰もが口をつぐんで執行の時間を待つさ中、救いとなるかもしれない手が、静かに挙げられる。

 

「ミス・ツェルプストー、どうぞ?」

「危険です、先生」

 

 キュルケは端的に伝えたい言葉を告げる。それを生徒の侮蔑だと受け取ったのか、シュヴルーズの表情があからさまに悪くなるが、それでもキュルケは一歩も引かない。

 

「貴方もお友達を悪く言うのですか?」

「いいえ、これは事実です。先生も、ルイズの二つ名はご存知のはずでしょう?」

「ああ、あれですか。ですが、私はそうとは思いません。現に、彼女は進級できているじゃないですか」

「物事に絶対はありえません。あの時はうまく行ったからといって、今回もうまく行くなどと、私は思いませんわ」

「もういいでしょう。当人を無視して議論をしていても埒があきません。ミス・ヴァリエール、貴方はどうしたいですか?」

「えっ、わ、私は……」

 

 冷静に考えれば、キュルケの言う通り()()()()()()を引き起こしてしまい、皆に迷惑をかけることになるだろう。しかし、先ほど自分の使い魔は見事に黄金を作り出して見せたのだ。なら、その主たる自分だってできたとしても不思議はない。

 

 2つの想いがせめぎ合い、しのぎを削る。どちらにも利があり、どちらにも損がある。失敗して納得などできないが、何もせず引き下がるのも納得できない。理での勝負は決着がつきそうになく、ルイズは心に従うことにした。

 

 静かに教壇へと進み始めたルイズを見て、キュルケは小さくため息をこぼす。自分のライバルが魔法を成功させる場面は見てみたいが、昨日の今日で急に成功するようになるとは到底思えない。教壇にたどり着いて、ゆっくりと呪文を唱えるルイズを尻目に、幾ばくかの生徒と同じように机の下へと避難した。

 

「『錬金』!」

 

 ルイズが呪文の最後の一節を紡ぐ。いつもならこの瞬間に対象が爆発し、室内に爆風が吹き荒れて惨事をもたらすのだが、今日はまだ来ない。怪しく思った生徒の一人が顔を出し、教卓の上を確認する。そこにはただの石ころがあり、どうやら魔法は発動しなかったようだ。「今日は()()()()()だな」と、胸を撫で下ろしながら少しだけ嘲る。しかし実情は全く違った。

 

「(な、なによこれ!?)」

 

 ルイズの目には、誰にも見えないはずのものが映りこんでいた。例えるならそれは、色を持った線であり、感触もわずかに感じられる。今は杖先から白色の線の束が出ていて、それは石ころに巻きつきながら大きく膨れ上がろうとしている。目の前の現象を理解できたわけではないが、不穏な気配を感じ取ったルイズは五感を超えた超感覚によって、なんとか白色の線の束を抑え込んでいた。

 

「……失敗、で」「あ!」

 

 横から降ってわいたネガティブな言葉につい反応してしまったルイズは、極限の集中を切らしてバッタリと制御を終えてしまう。まるでリードを離した犬のように自由を手にした線の束は、嬉々として膨れ上がり()()()()()()を巻き起こした。その大爆発はシュヴルーズを吹き飛ばして気絶させ、石ころどころか教卓までもを消し飛ばす。隠れそこなった前列の生徒はもれなく気絶。隠れていた生徒も、吹き飛ばされた木板に運悪く命中して気絶してしまった者もいた。間違いなく過去最大の惨事だろう。

 

 その爆発を最も身近で受けたはずのルイズは、少し煤けただけで大した被害はない。それどころか爆発の瞬間すらも見きってしまえた。その時に爆発が、どこかから伸びていた別の糸を断ち切っていたことまでも見えてしまった。しかし、それらのおびただしいほどの情報に理解が追いつかず、ルイズは放心してしまっていた。

 

「誰か!ケガ人を運ぶぞー!」

 

 心ある生徒の声でルイズは我に返る。多くの疑問を胸に、いつもの失敗を引き起こした杖をゆっくりと見つめた。杖はいつもと何も変わらないように見える。しかし注意深く見つめていると、杖全体をぼんやりと白い線が覆っているように見える。その中に一本だけ、妙な存在感を放つ黒い線があった。それだけが杖から出ておらず、自分の胸から出ているようだ。そしてそれは、教室の外のどこかへと続いていた。

 

 使い魔までも暴れ出し混沌とする教室の中で、ルイズは黒い線の先を静かに見つめていた。

 

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